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まとまらない会議と持ち帰りのケーキ




からから、がおん。



不思議な手押し車の鐘の音が響くのは、今はもう使われなくなった古い聖堂だ。

そんな中で、ゆっくりと大きく重たい水晶のハンドルを回し、魔術詠唱を模したオルゴールが流れ出すのを確かめる。



この扉の施錠は毎回厄介だなと思い、そう言えば、シカトラームの開錠の仕組みのお手本だったと小さく微笑んだ。



「大丈夫かい?」

「……ああ。少しだけ緊張している。……………だが、議長は温厚な人物なのだそうだな」

「うん。今のエーダリアに対しては、温厚だと思うよ。一応は真夜中の座だからね。人外者の中でも、シルに次いでの多面性を持つ存在なんだ。黎明や黄昏は、真夜中程の資質は有していない」



そう言えば、まだ硬い表情のままのエーダリアが、ゆっくりと頷いた。


こうして何かを語る時、彼はいつも、こちらが言葉に載せる以上の意味を汲み取ろうとする。

一度、そんなに真剣に考えなくてもいいよと言ったところ、高位の人外者の言葉には、自分達が当然の物として気に留めていないような大きな叡智が隠されている事が多いのだと言われ、こちらも失念していた事を教えてくれた。



はたはたと風に揺れる外套の裾に、細やかな魔術の光が揺れる。


エーダリアの外套に付与した守護に触れる魔術があることを示す反応に、念の為に周囲の魔術を再調整すると、気付いたエーダリアが目を瞬いた。


立っているのは、鏡のように磨き上げられた黒紫色の床石である。



「この僅かな反応すら、調整してしまえるのだな………」

「うん。何も削らないけれど、反応があると目につくから念の為にね。今日は僕もいるし、アルテアにグレアムもいる。まぁ、いつもの知り合いが多いから、何かあっても安心なんだけど」

「とは言えここは、いつもの領域ではないのだろう。………その、先程の扉の魔術は、シカトラームの仕掛けに似ていないか?」



ぴりりとした警戒の眼差しの後に続いた言葉に、くすりと微笑んだ。


ああ、これだからエーダリアはいいのだ。

ネアとは違う柔らかさで、エーダリアはいつだってノアベルトの心を明るくしてくれる。



(君達は、恐れずに奪わない。ただ僕の隣に立っていて、僕が見ているものを瞳を輝かせて見ていて、僕に一緒に帰ろうって言ってくれるんだ)



それがどれだけの喜びなのかを、今はもう、ノアベルトも知っている。

これはとても贅沢だぞと思えば、帰ってからヒルドに報告する事が増えた。



「うん。ここの魔術の仕掛けを参考にして、シカトラームの施錠の手法が成されたんだよ。同じような詠唱型の施錠で、他のものも参考にしているけれどね」

「ここでは、オルゴールの音階を詠唱に置き換えてあるのだな。個人的な訪問ではないので、歌声を使わせるということは難しかったのだろうか」

「そうだね。会合で呼ばれて、その都度詠唱を求められたら、僕達は多分腹を立てるんじゃないかな。………それと、この足元の床石は、切り出された石材ではなくて魔術を凝らせて作られた物なんだ。ほら、踏むと淡く光るよね?」

「自然の中に育まれた、そのような反応のある素材だと考えていたのだが、違うのだな……………」

「お客の足下を照らすし、同時に侵入者がいればすぐに位置を特定出来る。アルテアが作った仕掛けだよ」

「アルテアが………」



こつこつかつん。

高い高い天井に響く靴音も、この足元の灯りも。


そのどちらもが防ぎようもないこの空間の仕掛けで、それを可能にしているのは選択の魔術だ。

この古い大聖堂は、今はもう共用の施設だが、かつて、アルテアが事業の拠点にしていた時代の名残がそこかしこにある。


そうして今は、どちらかと言えば真夜中の座の系譜の者達が好んで使っているらしい。




(………あれ、誰か来たかな)



隣り合う空間を、誰かが歩いている気配がある。

気になってそちらを向くと、向こう側でもこちらの視線を感じたのか、魔術の道を開く気配があった。


この大聖堂の特別な所は、敷かれた魔術の道のどれもが、個々に不可視の壁で覆われている事だ。


自分達しかいないように見えていても、誰かが隣を歩いているかもしれず、まさに、そうして誰かが近くにいたらしい。



微かに揺らぐ土地の魔術基盤に、高位の魔物らしい香りと司る魔術の気配。

さらりと揺れたのは白灰色の髪で、こんな薄闇でこそ誰よりも明るく見える灰色の瞳がこちらを見る。


だが、一瞬だけ見せた怜悧な程に他人行儀な眼差しは、万象の魔物がいない場所では、ぞっとする程に冷たい事が多い。

ネアなどが目にする事はないだろうが、この魔物は、願い事というものの苛烈で残忍な部分も司る者なのだ。



「………ノアベルトか」

「ありゃ。グレアムがこれからって、珍しいね。僕達は、わざと少し遅れて来たんだけど」

「統括地で、また面倒な騒ぎがあってな。おまけに、あわいの列車が少し遅れた」

「え、……あの列車って、遅れたりもするんだ…………?」

「時々あるぞ。今回は大雪の影響だったが、前回は凝りの竜が線路で寝ていたからだったか………」



そんな話を、エーダリアは目を丸くして聞いている。

こうして齎される情報は、殆どが人間の領域のものではないので、人間の扱う叡智として落とし込もうにも限界もあるだろう。



(だからこそ僕は、君にこちら側に居て欲しいんだよね………)



聡明で堅実な魔術師達の多くが、望まぬ叡智を背負い、人間の領域を越えることを躊躇うという。


それは、一度、境界を越えてしまえば、自身の覚悟や認識がどうであれ、知るという事で齎される魔術の繋ぎが、その魔術師を人間の領域から引き離してしまうからである。


そうして少しだけこちら側に傾いた魂は、人間本来の魔術領域から僅かに外れてゆき、やがては、人間の領域での理を成さなくなる事も少なくない。



だからこそノアベルトは、エーダリアを意図的にこちらに引き入れる算段であった。



少しずつ、そして少しだけ。

勿論、人間としての運命を奪うような真似は、こちらとて望んでいない。


しかし、人間としての生活に支障がない程度にあちらの軌道から逸らしてやることで、彼が、ウィーム王家最後の子供として背負った災いの枷を外してやれる部分もある筈だ。

何しろそれは魔術の古い理でもあるのだから、エーダリアが立つ基盤の位置付けは、後々にとても重要になってくる。



(今はまだ中央との関係は良好だし、今後それを変えるつもりはないんだけど、とは言え、運命の風向きを変えるのは僕達だけじゃないからね……………)



例えば、第五王子がしでかした事件は、今でも記憶に新しい。


あれは、未来を見越して早めの剪定を行ったヴェルクレア王の手配であり、紅薔薇のシーの策略でもあったことは言うまでもない。

だが、それぞれが連携したのではなく、各々に動いていた糸が絡み合った結果、手を出した者達の署名が見え難くなってしまった。



そんな形でも不確定な事件が起こると知れば、こちらとて慎重になる。




(国外の動きも然り、漂流物の影響も然り………。ああ、守る者があるって、忙しくて最高だなぁ)



だから、今日のノアベルトは機嫌がいい。


こちら側の舞台にエーダリアを招き、また一つ、この大事な人間の防壁や糧とする。

幾つもの芽を育てる道筋の上で、真夜中の座の精霊王との引き合わせは、ずっと考えていたことなのだ。


ネアの会の会員にこれだけの人材が揃っているのは、守るべきものの為にあれこれ手をかけたいノアにとって、恩寵以外の何物でもないし、何しろ向こうから飛び込んできてくれるのだから都合がいい。


あの頼もしい妹が踏み均した道は、ノアベルトにとってのもう一人の大事な人間であるエーダリアも歩けるくらいに、整地されて安全な道になっているのだ。



(でもまぁ、そこを歩けるのは、エーダリアだからこそなんだけれどね。例えエーダリアよりも魔術階位が高くても、他の誰かでは、同じようにいかないだろうし)



そうして許されるのもまた稀有な事なのだと、この人間は知っているのだろうか。

ネアがよく呆れているが、多くのことが自分だからこそ受け入れられているという感覚は、エーダリアにはあまりなさそうだ。



そんな事を思われているとは知らず、エーダリアは、奥の部屋に続く扉を潜り、目を輝かせて天井を見上げている。


高く暗い天井には星座と運命の羅針盤の彫刻が施され、細やかな金色の光が星のように揺れていた。

ゆっくりと降り注ぐその煌めきは、叡智を司る書の系譜の妖精達だろう。



「ここから先は、随分と天井が高いのだな。併設空間を挟んでいるのか………」

「大したものだな。ここに、不可視の中二階の隔離層を作り付けたのは、アルテアなんだ。彼の仕掛けを見抜ける人間は、そうそういないぞ」


最初はエーダリアが評価されて嬉しかったのだが、グレアムに褒められて目元を染めたエーダリアを見ると、少しだけ心がそわそわする。



グレアムは器用な魔物であるし、気に入った相手に対しては当たりも柔らかい男だ。

おまけに、ウィームの統括をしていただけでなく、ウィーム王家の魔術師をしていた経歴すらある。

エーダリアからしてみれば、興味の尽きない魔物だろう。


そしてそれは、ウィームの手入れに余念のないグレアムにとっても同じなのだった。



「今回の会議への参加も含め、実際に触れた魔術の気配を覚えておくのは、魔術師としてとても大事なことだ。とは言え、なかなかその機会を得られる者は少ない。こちらの領域に外の者を招き入れるのは、俺達にとっても面倒な手続きが必要になるからな。………ノアベルトは、それだけ君を大事にしているのだろう」

「ああ。稀なる事だと、理解はしているつもりだ。今日は、あなた方の邪魔をしないよう……」

「おっと、そんなに畏まらなくていいよ!今日は、どれだけ格式ばった言い方をしても、所詮は雑談会議の範疇だからね。それに、君を連れて来てもいいよって言い出したのはミカだし」

「やれやれ、塩の魔物がここまで甘くなるとはな………」

「そりゃそうだよ。僕の家族なんだからさ」



そう言えば、唇の端が持ち上がった。

こちらを見ているグレアムが、呆れたような柔らかな苦笑を浮かべる。


それからもあれこれと話をしながら広間の扉を開けると、そこには既に、様々な者達が揃っていた。



大聖堂の内側に併設空間を重ね置き、さも大聖堂をそのまま利用しているかのように見せかけてある空間だが、窓の外が土砂降りの雨であることに気付けば、ここが特殊な空間だと気付く筈だ。


何しろ、窓の外は春なのである。




円形の空間に、周囲をぐるりと取り囲む窓。

大きな円卓と椅子以外の調度品はなく、夜結晶の円卓は、人間が見たら大き過ぎると思うだろう。


だが、自身の領域に厳格な者達が集まると、このくらいのテーブルが必須となってくるので、この大きさは変えられないのだ。

幸い、静謐の魔術で調整された空間なので、会話が通らないということもない。


静謐の祝福を使うと遠くの参加者の声を聞けるようになるのだと言うと、その仕組みを知らない者達は大抵驚く。

だが、いつだって声の通り道を作るのは静謐で、この空間には、上質な静謐の祝福がひたひたと満たされていた。



そして、しゅんしゅんと湯気が上がり、美しい青色の鍋の中で、何かが煮えている。



「え、………待って。ミカは、何で料理してるの?」

「グラフィーツが食事をしていないと話していたので、何かふるまおうと思ったんだ。彼には、先日、系譜の者の災いで相談に乗って貰ったばかりだからな」

「はは、ボラボラ鍋なんぞ、絶対に食わんな」

「わーお。………竜もいるのに、よくボラボラを出したよね。だから、ジゼルやワイアートがあんな遠くにいるんだ。………それと、僕の契約者を連れて来たけれど、くれぐれも悪さをしないでよね。…………何かあったら、僕の妹に言いつけるから」



目上の人外者達への礼儀として、エーダリアは名乗らずに黙ってお辞儀をしている。

そんな姿を見たミカが、それは困るなと浅く微笑んだ。


呆れたようにこちらを見たのはグラフィーツで、ちらりと白百合の方に視線を向ける。



「よくもまぁ、連れて来たものだ。俺は砂糖にしようとは思わんが、ジョーイがいるだろう」

「彼には何もするものか。ほこりの生まれ育った家の家主だぞ」


グラフィーツの皮肉を受け流し、ジョーイがひらひらと片手を振る。

こちらに有利な発言を引き出せる上に信奉者の多いほこりは、出来れば一緒だった方が良かったのだが、うっかり参加者を食べないようにとここには来ていない。



ノアベルトは、この隙にとエーダリアを座らせてしまい、グレアムはアルテアを挟んだ空席に着くようだ。

一つ空けた隣の席に真夜中の座の精霊王が座っているので、エーダリアはとても緊張しているようだ。



「でも、どこかで顔合わせをしておかないとね。君達の誰かが、まさかその人間だとは思わなかったって言って、僕の守護を損なったら困るからさ」

「成る程。塩の魔物が、また妙な道楽に耽っているらしいという噂は本当でしたか」



そう呟いたのは海闇の魔物で、黒灰色のざんばら髪に、秋の日の木漏れ日のような金色の目をしている。


「本当だよ。くれぐれも、僕のもので遊ばないようにしてよね。そんな事があれば、海から髪を取り戻して、ただの水桶に戻してしまいたくなるかもだからさ」

「はは、これは恐ろしい」



大仰に笑ってみせた海闇に、エーダリアの気配が僅かに強張る。

こちらを見ている老人が、あまり相性の良くないものだと察したのだろう。



「加えて、俺の領域も侵すなよ。海の収穫には、さしたる興味もないからな。対価を取るのに苦労する羽目になりかねない」

「おやおや、選択の魔物の統括地でもありましたか。であれば、殊更に手は出しますまい。………王の伴侶となられた方に、連なる人間だとも聞いておりますからな」

「知っているなら、余計な真似はするな。守護に目が眩んだ魔物は、正気の一部を手放すと言われているくらいだぞ」

「気を付けておきましょう。王の伴侶は、海の者達から恐れられている者の娘だという。かの者の機嫌は、絶対に損ねたくないのでね」



その言葉に、思わずアルテアと顔を見合わせた。

エーダリアも困惑したように瞳を揺らしているが、誰のことだろう。



「……………アレクシスだな」


ややあって、そう呟いて片手で額を押さえたのはグレアムだ。

途端に、何人かが得心したように頷いている。



(ってことは、今頷いた連中は、みんなネアの会の会員だってことかぁ………。知らない間に、また変なのが増えているんだけど?!)



そんな事に慄いていると、ミカが、エーダリアに何かを勧めているではないか。

差し出された陶器の鉢を見て、慌てて割って入る。



「ちょっと!僕の契約者に、ボラボラ鍋を勧めないでくれるかな?!」

「美味いのだがな。人間も食べないのか」

「食べないよ!」

「アルテアはどうだ?君は、季節の料理を好むだろう」

「……………いいか。それを、俺に近付けるな」

「ふむ………?苦手なのだな」

「………ミカ。ボラボラは、選択の系譜の生き物だろう。それで食べないのではないか」



見かねてそう声をかけたのはグレアムだ。

恐らく彼は、アルテアがボラボラを苦手としていることを知っているのだろう。



「成る程。それは悪いことをした。とは言え、我々が楽しみを控える理由にはならないが」

「好きにしろ。寧ろ、好きなだけ減らしても構わないぞ」


うんざりとした様子でそう告げたアルテアに、グラフィーツが小さく笑う。

だが、返事をしたのはアイザックであった。


「過剰な剪定はやめておかれた方がいいでしょう。ボラボラは、祝祭にすら加わるようになった生き物ですからね。そのようなものは、何らかの形でこの世界の均衡を保つ要素である事が多いのでは?」

「確か、お前の系譜には、紙容器の精霊がいなかったか?」

「おや、私は彼らの存在を否定はしませんよ?ボラボラとは違い、大人しい生き物ですからね」

「やれやれだな。俺に八つ当たりをするくらいなら、さっさと羊の捜索とやらを手伝って来いよ」

「………なぜあなたがその話を知っているのか、お聞きしても?」

「これでも、多少は伝手があるんでな」



(…………あ、ネアの話していた、ランシーンの羊飼いの話かな)



だとすれば、伝手があるのは、アルテアではなく、ネアとエーダリアである。


今回の話は、ランシーンに暮らす青年の叔父が、ヴェルクレアの第一王子に、彼が以前に話していたらしい失せ物探しの結晶について尋ね、回り回って、失せ物探しの結晶の在庫確認がリーエンベルクに届いたのだ。


大事に育てている家畜が拐われ、取り戻したいのだと聞いたネアは、恩のある一家だからとすぐに失せ物探しの結晶を届ける手筈を整えていた。


となるとアイザックは、既に問題が解決したことを知らず、こうして落ち着かずにいるのだろう。



「ええと、蛇の神様に拐われた羊の親子の話なら、失せ物探しの結晶で解決したんじゃなかったっけ?」

「………それは初耳ですが」

「昨晩のことだからね。…だよね?」

「あ、ああ。兄上から届けてもという話だったが、織物を買い足したいという事で、直接届けに行ったと聞いている」

「今の情報を要約しますと、……転移は、シルハーンですか」

「ウィリアムだよ。丁度そっちに用があるって話をして…」

「失礼。私は先に帰らせていただきましょう。あの方は厄介ですので………」

「……………わーお。帰っちゃったぞ…………」



がたんと立ち上がり、出て行ってしまったアイザックに、思わず目を瞠る。


欲望の魔物がなぜ突然帰ってしまったのかを理解出来ない者達はとても不安そうにしているが、お気に入りの人間の周囲に、終焉の魔物を必要とする何かがあったと思い到底見過ごせなかったのだろう。



(もしくは、ウィリアムだから、かな。ウィリアムって、最後はどうであれ人間受けがいいし……)



「………確か、ウィリアムも、買い物に出かけたのではなかっただろうか?」

「だよねぇ。最後まで僕の話を聞けばいいのに」

「おい、あいつは無事に戻って来たんだろうな?」

「そりゃ、帰ってきてなかったら僕も家にいるよ。ウィリアムに織物を買って貰ったみたいで、ご機嫌で帰ってきてるよ」

「…………ほお」



アルテアはそう呟いただけだが、この様子だと帰りがけにリーエンベルクに寄って行くだろう。

となると、一つ相談したい事があるので、その用事も済ませてしまえそうだ。



「……………さすが、あのお方だな」

「ああ。さすがご主人様だ」

「素晴らしい。踏んで貰いたいくらいだ」



そんな囁き声が聞こえてくるので、そちらはそちらで楽しそうで何よりだ。

ただ、踏まれに来るようであれば、排除しておかねばならない。


仲間達とのやり取りに満足気に頷いたミカは、今度はエーダリアも食べられるような、木苺のクリームケーキを出している。

なぜ、何度も食べ物を勧められるのだろうと、エーダリアは困惑したように目を瞬いた。



「………ノアベルト」

「うん。これは受け取っても大丈夫だよ。ミカ、有難う」

「ああ。このような場での振る舞いは、食べておいた方がいい。ボラボラ鍋を勧めてしまったことで、断るという対応をさせてしまったからな。代わりに受け取れる物があって良かった」

「だよね。………ああ、そういうものなんだよ。今日の君は招待されたお客で、彼は主催者だからね」

「それでだったのか。では、有り難くいただこう」



折良く、真夜中の座の従者達が、茶器などを運んでくる。

既にテーブルに着いていた者達は、茶や酒など、思い思いの物を飲んでいるようだ。



「うん。さすが真夜中の座だね。この氷酒があるとは思わなかった。そのケーキ、どう?」

「……夜の祝福が随分と入っているようだ。とても美味しいケーキだと思う」

「そりゃ良かった。ミカ、どこのケーキなのか帰りに教えてくれるかい?妹のお土産にしようかな」

「……………それならば、こちらで準備をしよう。魔術の繋ぎは切っておく」

「ありゃ。いいのかい?それなら遠慮なくお土産に貰って行こうかな」



そう言った途端、会議に参加していた真夜中の座の精霊達がどこかに走って行ってしまったので、持ち帰るのはケーキだけでは済まなくなるのだろう。

アルテアは渋面になったが、ネアは喜ぶのでそちらを優先するのが家族というものだ。




「それで、足引きの出現も含めて、土地の魔術の揺らぎについてはどうだろう」



そう声を上げたのは、記録の魔物だ。

幾つかの意見が上がり、こちらからもウィームの事例を説明する。



今回の会議の幾つ目かの議題となった足引きは、先日ウィームに現れただけではなく、ここ数日で、世界的に確認されているらしい。


とは言え、それぞれの顕現には個別の理由があるので、足引きが現れるような事故が多発したというのが正しい表現だろう。



「グレアム、君の近くでは異変はないか?」

「こちらでは、継承争いによる小さな戦乱が幾つか起きている。………人々の気の昂りがいつもより大きいとするべきなのかもしれないが、南部の一箇所を除き、まだ土地の異変はなさそうだ。ジョーイ、君の所でもだろう?」

「ああ。こちらでは、二箇所で異変が確認されているがまだそれ以上の事はない。………恐らく、漂流物の年となり、土地の魔術基盤に揺らぎが出ているのだろう。いつもの通りという対応で受け流していると、足を取られるのかもしれないな」

「我々の土地でも、幾つかの基盤の揺らぎが確認されている。………ところで、孫が生まれたんだ」

「………冬走り……」


ここからは暫く、冬走りの精霊の王族の一人が孫の話を始めてしまい、参加者全体でなされる議論は分割され、個別のやり取りとなった。

エーダリアは驚いているが、会議はいつもこんなものだ。



「………ウィームではこのくらいか。雪竜の方に報告は上がっていないだろうか。………ワイアート?」

「…………こちらでの確認はない」

「どうして、一番離れた席に行ってしまったんだ」

「ありゃ。ボラボラ鍋なんかするからだよね」

「触れなければ問題ないのでは?」

「ミカ、ワイアートは蒸気を避けているんだろう」

「………成る程。すまないことをした。良い季節の味覚だと思うのだが、やはり精霊ばかりか」

「そうか?ボラボラも、食べられないことはない」

「…………ムガル、君は特別だろう」



あちらでは、土地の名産の果実の話に、こちらでは織物と料理のレシピについて。

子供達の成長について語る妖精と、最近手に入れた宝石箱の話をする竜達。


少しも揃わない話題にエーダリアは終始困惑していたが、種族を問わずに高位の者を集めるとこうなる。

寧ろ、こうあるのが普通なのだ。



「まぁ、いつもこんな感じだよ。雑談会議だからね。ヨシュア達みたいに出ない連中もいるし、アルテアみたいに、雑談から世界情勢や耳寄りな商品情報を拾う為だけに参加する者も少なくはないかな。…………ほら、向こうにジルクもいるし」

「………このような会議になるのだな」

「うん。それでも毎回の参加者が減らないのは、みんなが、どこかで理解しているからなんだろうね。僕達は幾らでも一人で生きていけるけれど、世界には世相がある。それを見誤ると、結局のところ手痛い目を見るのは自分なんだ。……………ほら、僕が統一戦争を知らなかったようにね」

「………ノアベルト」

「だから、今、世界で何が起きているのかを知る為にも、こんな集まりは案外大切なんだ。自分では孫と食べ物の話しかしていなくても、例えば今回なら、そろそろ漂流物の年としての影響が出始めているんだなって事を把握して帰れるからね」



そう説明しながら、グラフィーツとアルテアが話している様子に目を留めた。


あの二人の表情からすると、ネアの話だろう。

会の連中もそうだが、それぞれの成り立ちも気質も違うのに、こうして顔を合わせて同じ話を出来るという事は、存外に心地良いものである。




「……………あ、向こうでまた始まったかぁ」

「あれは、そのままでいいのだろうか………」

「ダイアナを巡る、信奉者の喧嘩だね。珍しく相手がいない時期だから、まぁこうなるかな………」

「成る程………」

「今代はないけれど、前の星の魔物の時は、そっちでも同じ事が起きていたから、なかなか賑やかだったよ」

「………そ、そうなのだな」



(………今回は、ミカの前情報通り、白虹と白樫は来ていないかな。来るようなら、エーダリアを連れて帰らないとだから、欠席で良かった)




とは言え、ノアベルトも昔とは違う。


今はもう、アルテアやグレアムなど、代わりに情報を持ち帰ってくれる知り合いもいるので、必ず自分が出席する必要はなくなった。




「ケーキを食べて、もう少しだけ漂流物周りの話を聞いたら、そろそろ帰ろうか。あまり長く居ると君の体にも害があるしね」

「すまない。私を伴ったせいで、僅かな時間しか滞在出来なかったな」

「いつもこんなもんだよ。それにほら、そろそろ帰らないと、ネアへのお土産が持てなくなりそうだから」

「……………ああ」




必要な情報を手に入れてノアベルト達が帰ろうとした頃にはもう、真夜中の座の精霊達が用意したお土産は高く高く積み上げられていて、溜め息をついたミカが選別しなければならなかったくらいだ。


目をつけたケーキはしっかりと受け取り、ネアがファンデルツの夜会で気に入っていた一口タルトも受け取る。


エーダリアが招待のお礼を言えば、ミカは、これからもウィームの街で見かけられる事もあるだろうと微笑んだ。

今回の招待は、真夜中の座自身がウィームに入り浸っているのでと、挨拶と顔合わせを兼ねてのものである。



(お陰でエーダリアに、ウィームに居ても出会う事はない連中の顔も見せておけたし、真夜中の座の祝福を得られる会議のお茶も飲ませておけたし。………ケーキを出されたのは想定外だったけれど、ミカにとっては、エーダリアはネアの上司で家族だからかな)




今回の収穫も上々で、かつこつと石畳を踏み、大切な家族の手を取って家族の待つ家に帰る。

勿論、そんな時はお土産を忘れてはならない。








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