王様ガレットと領主の魔術書
お気に入りのカップに紅茶を注ぎ、小さく唇の端を持ち上げる。
もう、いつかのように色の出なくなったティーバッグを押さずにいてもいいのだが、ネアは未だに、使う茶葉は限界まで飲み切る派の中でも、過激派に近い。
未だ美味しく飲める紅茶の葉をポットから捨てるのは許せないのだという主張を掲げ、こうして、しっかり煮出して作るミルクティーが大好きなのだ。
「濃い目の紅茶に、牛乳をたっぷり。そして私は、お砂糖も入れる派なのです!」
「可愛い……………」
「僕も同じだな。エーダリアは、砂糖は入れないんだよね」
「ああ。だが、紅茶だけを飲む場合は、砂糖を入れる事もある。王宮で暮らしていた際に、魔術洗浄を兼ねて砂糖を入れていたので、その名残りで甘い紅茶は気持ちが落ち着くのだ」
「わーお。その理由かぁ…………。ヒルドは、牛乳も入れない事が多い?」
「そうですね。私はどちらかと言えば。ですが、最近はそちらの楽しみも覚えたのかもしれません。何しろ誰かが、毎回私のカップにも牛乳を入れますので」
「……………ありゃ」
聞けば、エーダリアの執務室などで三人で遅くまで仕事をするとき、ノアが二人の為に紅茶を淹れる事もあるのだそうだ。
軽食の準備や連絡の調整などが出来ない分、そうして手伝っているつもりらしいが、その際に塩の魔物は、毎回自分好みの紅茶を淹れてしまうらしい。
とは言え、結果としてヒルドも牛乳を入れた紅茶も好きになったようなので、ノアは何だか嬉しそうだ。
「ネアは、甘い飲み物が好きだね」
おずおずとそう言う魔物は、伴侶としての主張をしてみたのかもしれない。
とても誇らしげに言うので、ネアはくすりと笑う。
「はい!夏場に飲む冷たい香草茶はきりりとしているのが好きですが、冬場の紅茶にはお砂糖を入れますし、温かな香草茶には蜂蜜を入れたいです。ただ、マシュマロを入れたホットチョコレートや、濃いめのホットチョコレートはあまり得意ではないかもしれません………」
「そのようなものなのだな。私は、小さなカップで飲むホットチョコレートは好きだが……………」
「なぬ。初耳ですよ?」
「そうだったか?」
であれば、自分では買わなかったホットチョコレートを、お土産で買ってきたのにと瞠目したネアに、エーダリアは小さく笑う。
ヴェルリアの王宮では、チョコレートは貴族達に好まれていたお菓子の一つで、冬の寒い朝には、親達が子供達にホットチョコレートを振舞うのだそうだ。
だが、エーダリアには、長らくそんな余分を届ける者はいなかった。
「ヒルドの教えを得られるようになってから、ヒルドが持って来てくれた事があったのだ。最近になって、兄上からの振る舞いだったと知ったのだが、その時に初めて飲み、………嬉しかったのだと思う」
「それ以降でしょうか。あまり甘いものは好まれませんが、時々、飲みたくなると仰っていましたね」
「ああ。ずっと憧れていたものという感覚が強いのだろう。冬の贅沢の一つとして、記憶と結んで飲みたくなるようだ。……………だが、これも最近初めて試してみたのだが、ヴェルリア式のホットチョコレートはあまり得意ではないようだ」
「ああ、香辛料を入れるから、独特な風味だよね。僕もあれはあんまり得意じゃないかな」
「ホットチョコレートに、香辛料を入れてしまうのですか?」
「美味しいものは美味しいんだけど、かなり明確に自分の好みが分かれるから、美味しいと思うのを見付け出すのは難しいかもね」
どんなホットチョコレートになるのかと尋ねてみると、想像のつくカルダモンやシナモンの他に、時には胡椒を入れると聞けば、ネアは少しだけ試してみたくなった。
とは言え、どちらかと言えば興味本位なので、カップ一杯ではなく、ほんの一口のお試しでいいのかもしれない。
ホットチョコレート市場でネアが好きなのは、甘酸っぱい果実の味わいの入ったものである。
だが、やはり普段から好んで飲んでいるのは紅茶だ。
こちらもエーダリアと同じような憧れからの擦り込みかもしれないが、ネアにとっての贅沢は、この濃い紅茶で作る牛乳たっぷりでお砂糖の入ったミルクティーなのだ。
ことりと音がして、隣の席に湯気を立てているカップが置かれた。
椅子を引く耳に馴染んだ生活の音は、かつて、ネアの生活から失われて恋しくて堪らなかった誰かの気配である。
「スパイス入りのものは、お前はやめておけ。あまり好まない味が多い筈だ」
「む。大浴場に二度目の訪問を終え、すっかりお家感を出してきたアルテアさんです」
「あ、やっぱり入浴したんだね。禁足地の森で、ボラボラの幼体と遭遇したんだけど、凄く嫌そうだったからさ」
さて、そろそろおやつの準備もするぞというところで、会食堂にやって来たのはアルテアだ。
窓の外は雪景色なのだが、お風呂上りなのでジレもセーターもないシャツ姿でほこほこしている。
先程まで、鳥羽竜のような古い封印がないかを一度調べておこうと、禁足地の森のリーエンベルク側の見回りに出てくれていたのだが、戻るなりもう一度の入浴としたらしい。
禁足地の森の管理は、リーエンベルクの仕事だ。
アルテアは、本来はそこ迄する義理もない野生の魔物なのだが、ノア同様、自分達で見回りを終えた後に先日の鳥羽竜の呪いが目を覚ましたのが堪えたらしい。
また別のそのような痕跡や予兆がないか、再び二人で調査に出ていたのだとか。
なかなか珍しい組み合わせなのでエーダリアも驚いていたが、ネアは、銀狐の告白に備えて、義兄はしっかり足元を固めておくべきだと考えている。
見回りの時間を活用し、より仲良くなるがいいと頷いておいた。
「では、王様ガレットの登場です!」
「君の欲しい物が手に入って、良かったね」
「ふふ。まさかのロジさんが、王様ガレット達人だとは知りませんでした。ノアとロジさんのお陰で手に入った、憧れのザハの王様ガレットです!」
「僕さ、なんでシルの転移でも買えないガレットを、ロジが買えるのか分からないんだよね………」
「何でだろう………」
その辺りはネアにも謎だが、ロジは、今年の王様ガレットの発売日に、見事にザハのガレットを仕入れておいてくれていたようなのだ。
ロジが王様ガレットの達人だというのは騎士達の中でも有名だったらしく、とは言え、そこまで甘い物が好きではない本人は、ガレット購入に熱意を抱いていなかったらしい。
昨年のネアの落胆を見たノアが、そんなロジにガレットの発注をかけていたのだと聞けば、つい最近沢山話したぞと、何やら運命的なものも感じてしまう。
ネアは、星祭りの前に、ノアから今年は王様ガレットの入手をお願いしなくていいよと、意味ありげに伝えられていたので、きっと手に入る算段が付いているのだろうと思っていたものの、まさかロジ経由だとは思わなかった。
「むふぅ。このガレットを食べる日を、ずっと待っていたのですよ!」
「おい、弾むな。……何だその服は……」
「なぜか最近、使い魔さんは私の普段着を貶す傾向にあります。おかしいのですよ」
「ほお、その主張をしたいのなら、しっかりと上着を羽織れ」
「解せぬ」
「お兄ちゃん的には、今日のネアのドレスは可愛いだけなんだけどなぁ。………柔らかい生地だからかな。……あ、分かった。角度だ!」
「アルテアさんの世代の方がどう思われるのかはさて置き、この程度の襟元の開きはとても一般的なのですよ?」
「残念ながら、それは着方によるな。お前の場合は何か羽織れ」
「ぐぬぅ……。腰はちゃんとあるのだ!」
「ネアは可愛い………」
ことことと、窓の向こうで何かが揺れた。
ぎくりとしたように目を細めたアルテアは、この時期にリーエンベルクの敷地内に入ってきてしまうこともある、ボラボラの幼体の出現を警戒しているのだろう。
何の音だろうと首を傾げて窓の方を見たネアは、何か重たそうな物を引き摺る毛玉妖精の姿を発見し、眉を寄せる。
同じように怪訝そうな顔をしたヒルドがすぐに席を立って確認しにゆき、その毛玉妖精が、持ち込んだ石を軒下の雪の積もっていない場所に組み上げ、仮設住宅を作ろうとしていた事が発覚した。
定住されないようにと、毛玉妖精に気付かれないよう注意しつつ、すぐ近くの軒下に妖精除けの香木を焚いた香炉を設置すれば、慌ててどこかに飛んでいってしまう。
この際、追い払ったと気付かれないのが良いらしい。
「香炉が、ぽわんと現れました。転移のようなものなのですか?」
「このような小さな生き物達が入り込みやすい場所には、妖精除けの香炉や、精霊用の魔術薬を転移させられるような魔術陣を記してあるのだ」
「そういうところ、リーエンベルクって随分と丁寧に備えているよね。この前に手直しした庭の水路の結界もそうだけど、こつこつ備えてきたって感じ?」
「ああ。この会食堂の軒下の香炉は、私が来た時からあるものだ。それに、以前にリーエンベルクで勤めていた身内を持つ者達や、バンルから教えて貰った仕掛けや設備も多い。だが、私が術式陣を見付けて修復した物もあるのだ。屋根の装飾にある雪明かりの魔術の術式模様は……」
「長くなりますので、食べ始めておりましょうか」
「む。吝かではありません」
「ヒルド…………」
にっこり微笑んだヒルドに熱が入りかけた魔術語りを遮られ、エーダリアは、がくりと肩を落としている。
なお、エーダリアにもどのような理由で設けられたのか分からない魔術的な仕掛けもあるそうで、そのような物は、ノアが相談に乗って使えるようにする事もあるのだそうだ。
加えて、軒下の妖精除けの香炉の煙は、ヒルドには効果のない物らしいと聞けばネアもひと安心である。
夏至祭の日の篝火もそうだが、正式な契約を経てリーエンベルクに在籍している妖精達は、契約の魔術で守られるのでそのような物に損なわれなくなるという。
あくまでも、訪問者用の仕掛けなのだ。
「こういうのもさ、その一つなんだよね」
「むむ、王様ガレットがですか?」
「うん。ほら、どんな風習の興りにも、大抵は意味があるからね。その意味を叶える為に形作られて、尚且つそこから歴史を蓄積しながら土地に蓄えられた認知の魔術の付与が得られる、この土地の歴史に根差した物だよ。………このガレットを食べようとした王が、ただの気紛れで作らせたってだけだったとしても、今日までの歴史の中で土地に蓄えられた魔術が、今も、幸運の付与を約束してくれるんだ」
人々の暮らしに根付き、深く深く受け入れられた魔術はとても強くしなやかだ。
有能な魔術師が考えた幸運の付与の術式よりも、王様ガレットから貰える祝福の方が遥かに強いのは、その魔術を結ぶ行為に参加する結び手が多く、長い時間をかけて踏みしめられた術式だからである。
「だから、王様ガレットの手配をしてくれたのですか?」
「僕の妹や家族が、ずっと幸せじゃなきゃだからね。ザハのガレットは、この土地で古くから知られる物だから、一際魔術の繋がりが深いよ」
けれども、そうして宿る魔術は、便利なばかりでもない。
王様ガレットは、分け合って食べた者達の中の一人に当たりが出るという選別性の祝福なので、安全策を講じてウィリアムの守護が再付与されるまではお預けとなっていたのは、付与される魔術が悪影響とならないようにという理由からだ。
ネアがどれだけこの日を楽しみにしていたのかを知っているディノが、王様ガレットを凝視するネアの頭をそっと撫でてくれる。
昨年の惨敗の時には、アルテアに同じようなガレットの発注をかけてくれた優しい魔物だ。
「ウィリアムの守護がけが無事に終わって、これで安心して食べられるようになったね」
「はい!ノアが、ロジさんにガレットの発注を出来てしまうくらいの間柄なのは少し意外でしたが、そのお陰で今年は、ザハの王様ガレットなのですよ!」
「去年にネアががっかりしていた時にさ、エーダリアから、ガレット購入が得意な騎士がいるって聞いて、アメリアとエトに相談したんだ。そうしたら、エトがロジに話してくれたんだ。………ほら、あの二人はジッタ繋がりで結構仲がいいからさ」
エトは、リーエンベルクの騎士になる前まで、母親がかけられた精霊の呪いを受け、誰からも愛されないという過酷な運命を背負って生きてきた騎士である。
そんなエトとジッタは仲良しで、何とか息子にかけられた呪いを緩和出来ないかと、様々な物を試していたエトの両親が、ジッタの店の、愛情を得られるという加護を貰える煮林檎入りのパンを見付けて以来の縁らしい。
ジッタの店の煮林檎入りのお友達パンと呼ばれる商品は、子供の友達作りや社交性の底上げを助ける為のパンなのだとか。
とは言え、親が子供に買い与えなければ意味がない上に、あくまでも仲良しの切っ掛け作りの為のものなので、効果が得られる時間は限定されていて、決して万能ではない。
だが、そのパンを食べると短い時間だけは呪いが緩和されたそうで、親族間の集まりや、どうしても参加しなければいけない行事などでその効果が必要な時には、家族でジッタの店に通っていたという。
(そこでエトさんは、元々ジッタさんとご近所付き合いのある災いの天秤持ちのロジさんに出会い、今はリーエンベルクの騎士として先輩と後輩になっているのだから、少しだけ幼馴染感もあるのかしら)
ロジのリーエンベルクでの待遇を見たジッタが、エトに、リーエンベルクの騎士採用試験を受ける事を勧めたのだと聞けば、ジッタのパン屋を見付けられた事が、エトや彼の家族にとってどれだけ大きな事だったのかは言うまでもない。
また、愛情を得られなくなるという呪いを受けたエトの両親が、そうして我が子の為に奔走したと知り、ネアは少しほっとしてしまった。
家族の愛情を得られなくなる子供を想像してしまうと、それはさすがに堪えたのだ。
「あの三人の関わり方も不思議なものだな。一番若いエトが、どちらかと言えば一番落ち着いているような気がする」
「あ、それ分かるような気がする。僕もさ、一度危ない事をしてるって叱られた事あるし。仲良くなる前は、僕の事嫌いそうだなぁって思ってたけど、表情が硬いだけで、自分の内側の相手には、どちらかと言えば面倒見がいい方なんだよね。得られるものが少なかったから、身内を大事にする感じかな」
「ノアは、エトさんに叱られてしまったのです………?」
「あ、……………ええと、うん」
ここでノアが視線を彷徨わせたので、恐らく叱られたのは銀狐なのだろう。
幸いにも、警戒しなければいけないアルテアは、塩の魔物ならさもありなんと思ったのか、気にしている様子はなかった。
少しだけ挙動不審になった義兄を救うべく、ネアは華麗に話題を変えてみる。
「ジッタさんは面倒見がいいお父さんという印象ですが、同時にご家族やご友人が、そんなジッタさんを慕いつつ面倒を見てしまうという雰囲気もありますよね」
「そうなのかもしれないな。ロジについては、気配りが出来て面倒見のいい穏やかな男だが、自分ごととなると、人が良過ぎるような部分もあるらしい。そのような面では、後輩であるエトが世話をする事があるのだそうだ」
若干天然かなという部分もあるロジの柔和さは、持って生まれた災いの天秤との折り合いのつけ方で育った気質かもしれないのだと、エーダリアが付け加える。
確かに、あの呪いと生きてゆくのなら、己を損なわないよう、心を守らないといけなくなる場面も多いだろう。
事件や事故の予兆を探る為にエドモンと組む事も多いロジだが、そのような目的がない時には、少し悲観的になりがちなエトとはいい組み合わせで、仕事でも二人で組む事が多いのだそうだ。
「そして今日は、そんなロジさんのお陰でこの王様ガレットがいただけるのですよ!」
「可愛い、弾んでる……………」
一応は食べ物の持ち込みであるが、今回はノアの手配なので問題はない。
また、細やかな気遣いを得意とするロジは、ヒルド経由でガレットを届けるという繊細さで、時々狭量な事もある魔物への対策をきちんと取ってくれたのだそうだ。
ガレットは、まずはそのままの状態をみんなにお披露目された後、アルテアが切ってくれることになった。
ほくほくとした思いで、ネアは艶々と光るガレットの表面に入るナイフを見つめ、さくりという音に頬を緩めて目をきらりとさせる。
「いつも思うのですが、ここで陶器人形を真っ二つにしてしまったりということはないのでしょうか………」
「真っ二つ………」
「あらあら、怖くなってしまったのですか?」
昨年が銀狐人形だったので、それを聞いて怖くなったのか、ディノはふるふるしている。
だが、ふんと鼻を鳴らしたアルテアは、そんな不手際があるかという目をして、華麗に王様ガレットを切り分けてくれた。
(美味しそう………!)
王様ガレットは、素朴な味わいのお菓子だ。
お皿の上のカットはパイ生地の模様がお洒落なので華やかだが、見た目に反して何切れでも食べられてしまいそうな優しい味わいのお菓子である。
「むぐ!」
「………可愛い」
「うん。いいね、ザハのガレットも美味しいや」
「ああ。昨年のものよりは中のクリームが薄めで、パイ生地もしっかりしているのだな」
「美味しいね……」
「ふふ、ディノは王様ガレットが好きですものね」
「うん………」
「……………おや」
ここで、ヒルドが目を瞠り、ネア達はおおっとそのお皿を覗き込んだ。
するとそこには、小さな陶器人形があるではないか。
「箱……いえ、本のようだな」
「魔術書でしょうか。表紙の絵がリーエンベルクになっておりますね」
「まぁ、とても繊細で素敵です!」
みんなで覗き込んだ小さな陶器の本は、しゅわりと光って、王様ガレットが齎す祝福を宿した。
取り上げるヒルドの指先で、繊細な宝物のようにきらりと光るので、ネアまで嬉しくなってしまう。
「リーエンベルクの魔術書かぁ。ヒルドらしいね」
「そう言えば、こちらの世界には、フェーブという呼び方はあるのですか?私の世界では、このような陶器の小さな置物のことをフェーブと呼んでいたのですが………」
「ふぇーぶ………」
不思議になって聞いてみれば、ディノは知らなかったが、フェーブという呼び名はこちらの世界にもあるらしい。
魔術道具にならなければそれでいいそうなので、この陶器の本は、フェーブということになる。
「ふむ。これで安心です。お人形ではない場合、どう呼べばいいのかが悩みどころでしたので、フェーブと呼びますね」
「ふぇーぶ、なのだね………」
「砂漠の国の方には、同じような陶器のワッシャンと呼ばれる物を、スープに入れる習慣がある。付与される意味は正反対だがな」
「まぁ、どのような意味があるものなのですか?」
「会合や祝賀会でスープにワッシャンが入れられていたら、処刑の合図になる。あちらでは、特に理由はなくても、生贄のような役割を課されての処刑があるからな」
「ぎゃ!そんなものはぽいです!!」
「ラエタから引き継がれた風習だよね。何で始まったのか、忘れちゃったなぁ………」
またしてもさらりと語られたご高齢な魔物達の歴史情報に、エーダリアが慌ててメモを取っている。
ネアは、フェーブを濡れおしぼりで丁寧に拭き、そっとテーブルの上に置いたヒルドの様子に、胸をほこほこさせて微笑んだ。
「魔術書のモチーフにリーエンベルクの絵があるだなんて、どことなくエーダリア様を思わせるフェーブですね」
「寧ろ、そのようなものを連想させるように作られたのでしょう。この銀色と水色の装飾の色使いに、背表紙の番号はウィーム領主としてのエーダリア様の付番ですからね」
「むむ、そうなると、今年の王様ガレットは、かなりの争奪戦だったのではないでしょうか?」
「今年は、アレクシスの妹が一番だったみたいだね。バンルは、四十七番目でぎりぎりだったって聞いたかな」
「まぁ。………そちらの方々が………」
「………なぜ、私を見るのだ?」
それはどれだけ激しい戦いだったのだろうと見つめると、エーダリアは困惑したように目を瞬く。
そちらの会の壮絶な戦いがあったのだと言おうかとも思ったが、ネアは、にんまり微笑んで首を振るに留めておいた。
「…………それで、ウィリアムの守護はどんな手順だったんだ?」
「む。私はこれから、エーダリア様がご自身が思うより普通枠ではないという話を始めようとしていたのですよ?」
「いや、なぜそのような話をしようと思ったのだ………?」
「エーダリア様のことが大好きなスープ屋さんのおかみさんが、今年のガレットを手に入れる為に、連続一着記録を持つハツ爺さんを破ってしまうくらいなのですから、どれだけエーダリア様が大切にされてしまっているかは、もはや明白だと言わざるを得ません!」
しかしここで、何やらひそひそと話をしていたノアとアルテアが、じっとりとした目でこちらを見るではないか。
首を傾げたネアは、ウィリアムから貰った誕生日の贈り物と守護について、聴取されるままに答える羽目になる。
「…………ほお」
「ウィリアムなんて………」
「わーお。思っていた以上に腹黒いぞ………」
「結果として、アルテアさんとウィリアムさんがたいへんに仲良しだという事が判明しました」
「そんな訳あるか。それよりも、最後の祝福はなんだ」
「ウィリアムなんて………」
なぜか荒ぶり始めた魔物達に囲まれ、ネアは、幾つかの守護についての詳細な解説を求められ、首を傾げる。
あの領域でのウィリアムには、確かにぞくりとするような雰囲気はあったものの、目的は守護の再添付である。
なぜ情緒問題が取り沙汰されるのかは謎だが、ネアとしての大事件であった、焼きたての林檎のパウンドケーキとバニラアイスの組み合わせの妙についても、熱く語っておいた。
なんとか答弁を終えてふうと息を吐いたネアは、ヒルドの考え込むような眼差しに気付きおやっとそちらを見る。
「ヒルドさん?」
「………いえ、この魔術書の題名が、雪歌いと星灯りの魔術書である事が、少々気になりましてね。以前、エーダリア様が探しておられた物なのですが、魔術書としての階位が高いので、個人での所有はなさらぬように申し伝えた物でして………」
「…………む。エーダリア様が、さっと目を逸らしました」
「………ヒルド。僕はさ、これから、エーダリアの部屋を調べた方がいい気がするんだよね………」
「奇遇ですね。私もそう考えておりました」
「ま、待ってくれ!まだ、読んでいない頁が半分以上も残っていて………」
「まぁ、自白してしまいました………」
その発言が決め手となり、エーダリアはヒルドとノアに連れて行かれてしまい、会食堂にはネア達だけが残された。
アルテアは夜から明日の昼にかけて仕事があるそうで、これから夕刻までは仮眠を取るらしい。
こちらの使い魔や他の家族からの、ネアの誕生日の贈り物は、また折を見て星屑を使うようになる。
次の贈り物は何だろうと考えたネアは、幸せな気持ちでたっぷりと濃く煮出したミルクティーのお代わりをし、隣の魔物から膝の上に置かれた三つ編みをにぎにぎしたのだった。




