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203. 新年のお祝いで忘れます(本編)





その日、ウィームでは新年のお祝いとなる、リーエンベルクからの料理の振舞いが行われた。

その場にはきっと、素敵に美味しい料理が沢山並んでいたのだろう。

並んでいたのだろうという曖昧な表現になってしまったのは、その場にいたネアの意識が、とても混濁していたからだ。


美味しかった料理を思い出そうとすると、もわんとした意識の中で必死に甘い何かをもぐもぐした記憶、じゅわっとした美味しい肉汁の記憶、そして最後に誰かに飲まされた沼味が甦る。




(ああ、………失敗してしまった。……大失態だわ)




そんな記憶を噛み締めながら、ネアは目を覚ましてしまった寝台の中で両手で顔を覆った。

記憶を消したいような過去は沢山あるが、この失態は駄目だ。

家族を兼務しているからこそ油断してしまったに違いないが、ネアにとってのここは、職場でもある。

仕事としての責任を負う上で、犯してはならない過ちというものも、少なからずあるのだった。




新年のお祝いと言えば、ウィームにとっては、一年の始まりにあるとても大切な行事にあたる。


リーエンベルクの面々が領民の前に顔を見せ、ウィームに暮らす高位の人外者達もお祝いの席に着くその日は、ウィーム内にある老舗や新進気鋭の料理店からご馳走が集められ、領民達にも惜しみなく振る舞われる。


領民達は、どのような経路でウィーム領主やその他のお気に入りの誰かの前を通り、尚且つ、許された時間でどれだけのお目当ての料理を手に入れられるかの綿密な作戦を立てて本番に挑むのだとか。

つまり、それだけ楽しみにしてくれているのだ。


おまけに、そうして目まぐるしく入れ替わるお客様の中にはもう、ネアにだって知り合いがいる。

それだけではなく、今年の色のリボン飾りや花飾りのある美しい街並みの色に合わせたテーブルクロスやテーブルの上の花瓶に生けられた花々を見るのを、どれだけ楽しみにしていたことか。



(………それなのに、お祝いの席での事を殆ど覚えていないくらいに意識が朦朧としていて、尚且つ最後は誰かに運び出して貰っただなんて)



自分自身の楽しみとして、リーエンベルクに在籍する一人の歌乞いとして。

どちらのネアにとっても、この新年のお祝いはとても大切な行事だった。



「……………えぐ」


そう考えてまた、ぎゅわっと込み上げてきた涙を呑み込んだ。



おまけに、ネアが体調を崩し、新年のお祝いの日を台無しにした原因は、どうにかして失った星屑を補填したいと考えた強欲な人間が、夜明けと共に外に出て、森の中をうろうろして星屑を探したからというとても残念な理由である。


鳥羽竜の呪いが現れた関係で前夜までリーエンベルクの周辺が吹雪だったこともあり、どこかに残っているかもしれない星屑を探しに出られなかったネアは、僅かな時間でも活用してみせるという謎の意気込みを持ち、夜明けと共に起き出して星屑を探しに行きまんまと風邪をひいてしまったのだ。



つまりのところ、ただの自己管理不足による、よりにもよっての日に起きた自損事故なのである。



けれども、体調の悪化を感じつつも、ウィームの新年のふるまい料理がいただけるとても大事な日に、欠席だなんて事が出来る訳もなかった。

残念ながらそれは責任感からだけではなく、強欲な人間は、約束された素晴らしき時間からの勇気ある撤退という潔い選択を取ることが出来ないまま、少しぜいぜいしながらの参加に至ってしまったのだ。



参加する部下の明らかな異変にエーダリアは慄いていたし、アルテアは終始、素敵なドレスを着たネアを、何かもこもこしたもので覆ってきたような記憶がぼんやり残っている。


ネアは、そんな過酷な環境下で、根性だけでもそもそとお料理をいただき、最後に、問答無用で素敵なシュプリとは大違いな沼味の薬湯を飲まされ、ぱたりと果てた。




かくして、ここに至る。



つい先程、自室の寝室で目を覚ましたネアは、己のした事を思い出し、毛布の中で頭を抱えるしかなかった。


窓の外はすっかり夜になっていて、窓辺でしゃりりと光ったのは、ネアがまだ飾っておきたい、イブメリアにディノから貰った贈り物だ。

だが今は、その美しい煌めきを見ているだけで、どうして時間は戻せないのだろうと悲しくなる。




「……………むぎゅ。ぐるるる……………」

「可哀想に。今日は、ゆっくり眠っておいで」



毛布の中で悲しく唸るネアを撫でているのは、目を覚ました伴侶をすぐに労りに来てくれた、真珠色の髪の毛の美しい魔物だ。

優しく頭を撫でてくれるディノの手の温度を感じながら、ネアは、押し込めても押し込めても溢れ出してくる悲しみのあまりにじたばたしてしまう。



もう、いい大人なのだ。



自己管理の甘さから体調を崩して皆に迷惑をかけ、こんな申し訳なさでいっぱいになる年齢ではない。

おまけに、無理を押して参加したくせに、ずっと楽しみにしていた新年のご馳走の記憶すら殆ど残されていないではないか。



「少しでも、君が楽しみにしていた料理を食べられて良かったね」

「ふぇぐ。……………お、お料理の味を、殆ど覚えていません……………」

「そうなのかい?………君が食べていた物は、殆どがアルテアの皿からだったから、どのような料理だったのかを聞いて、同じような物を作って貰おうか」

「…………ふぁい………新年のお料理が……………くすん。おまけに、無理をして出席をしてしまい、皆さんにご迷惑をおかけしました」



寝かしつけられて目を覚ました直後のネアは、この通り、自分でも反省と悲しみのどちらに心を向ければいいのか分からないくらいにたいへんに荒ぶっていた。



(領民の方々との対面のある、新年のふるまいなのだ)



そんな中、風邪でぜいぜいしていた乙女は、お世辞にも優雅で美しいとは言い難い有り様だっただろう。


きっと、体調管理も出来ないのかと関係者をうんざりさせたばかりではなく、今年のウィームの歌乞いは少し残念だねなどと言われてしまうに違いないと考えれば、その悲しさと悔しさでまた憤死しそうになる。



素敵なドレスを着て、お気に入りの真珠の首飾りをつけ、この日を楽しみ尽くすつもりでいたネアにとっては、誤算どころの話ではない。




「ぎゃむ!」

「ネア?!」



どれだけ惨憺たる評判になるのだろうと、荒ぶるあまりに寝台の上で雄叫びを上げた伴侶に、ディノは驚いてしまったようだ。


慌てて沢山撫でてくれると、何か欲しい物がないかとぴるぴる怯えながら確認してくれる。

今回の一件はどこからどう見ても自損事故なネアは、すっかり怯えて震えている伴侶の姿に胸が苦しくなってしまい、へにゃりと眉を下げた。



「ぎゅむ。私が、自分で自分を損なった愚かな人間だというだけですので、ディノに荒ぶっているのではないのですよ?ですが、でも、私はとても身勝手なので、ついつい心が荒ぶってしまうのです…………くすん」

「悲しかったね。………ネア、泣かないでおくれ」

「ふぁい。……………領民の皆さんはきっと、よれよれで参加した私を見て、とてもがっかりしてしまったに違いありません………。大好きなウィームの人達を失望させたばかりか、リーエンベルクの品位まで落としてしまいました………」

「ノアベルトが、今年の君はとても獰猛で、会員達は大喜びだったと話していたよ?」

「……………か、かいなどないのでふ」



思いがけない反応を伝えられた気がしたが、ネアは、それは聞かなかった事にした。

何しろ会などはないので、そんな反応が得られる筈がない。



「アルテアの皿の料理を、全て食べてしまったのは覚えているかい?」

「……………おぼえていないでふ」

「私のところからも沢山食べてくれて、沢山動いていてとても可愛かったよ。君の会の者達は、………その、………泣いていたりもしたようだから、がっかりされてしまうことなどはないのではないかな」

「ふぐ。…………偏らない評価を聞くまでは、安心出来ません。………えぐ。………エーダリア様やヒルドさんは、なんて事をしたのだと、怒っていませんでしたか?」

「心配はしていたけれど、怒ってはいなかったよ。…………ネア、体調はどうだい?」

「………むぅ。……頭がくらくらしたり、呼吸がぜいぜいしたりはしませむ。…………その代わりに、心がくしゃくしゃなだけなのです………」



悲しくて恥ずかしくて、さりりと髪を撫でるディノの手を捕まえ、ネアは、ぎゅっと抱き締めてしまった。

びゃっと飛び上がった魔物は目元を染めて恥じらっていたが、それでも、今は伴侶の体調を案じることを優先させてくれたようだ。




「…………ネア、体調が落ち着いているのなら、少しだけ話をしようか」

「……………ディノ?」



それは、とても静かな声であった。


だからネアは、これはもう、ディノはあまりにも愚かな振る舞いをした伴侶にとても怒っていて、これから手厳しく叱られてしまうのだとばかり思っていた。

寝台に腰掛けた魔物を見上げ、くすんと鼻を鳴らす。



(具合が悪いままにお祝いに参加して、ぱたりと倒れて運ばれるだなんて、ディノをどれだけ不安にさせてしまったのだろう………)



叱られるからには、こちらも反省している様子をしっかりと示さなければならない。

ネアはすかさず体を起こそうとしたのだが、はっとするような澄明な水紺色の瞳を瞠った魔物は、見上げたネアがどきりとするような優しい目で微笑むと、そっと頬に手を当てた。



「…………ふぐ」

「まだ万全ではないだろう。このまま横になっておいで。体が辛かったら、無理をせずに言うんだよ」



その優しさに、怖さにひやりとした心が緩み、大人の女性として、自分のしでかした事の責任を取らなければいけないと分かってはいても、ネアは、じわりと涙ぐんでしまう。

そんなネアに、ディノは優しく口付けてくれた。



「ロジという騎士が、災いの天秤持ちなのは知っているね?」

「…………む?………はい」

「鳥羽竜が現れた日に、彼がいつもの時間より早く禁足地の森に出たのは、その災いの天秤の影響によるものなのだそうだ。………そして、その災いは、授かった者を不幸にするような予兆や予言を齎すとされる」

「は、はい。そう聞いています」

「私もそう理解していたのだけれど、災いの天秤については、エーダリアの方が詳しかったようだね」

「…………む、むむ?」



綺麗な指先が、そっと頬を撫でる。


少しだけひんやりとした気持ちのいい体温に、ネアはむふんと頬を緩めてしまい、とは言え、お説教の最中かもしれないのだと思えば寛いでしまってはならない。


会話の行方が見えないが、ここからどこへ向かうのだろう。



「だから今回は、私達よりもエーダリアが、とても君を案じていたんだ」

「…………エーダリア様が、私を?」

「うん。あの騎士をリーエンベルクの守り手として採用したのは、エーダリアなのだそうだ。自分の裁量で災いを利用すると決めた以上、エーダリアは、その呪いについて随分と時間をかけて沢山の事を調べてきたのだと思うよ」

「………エーダリア様ならきっと、そのように誠実な努力をなされると思います」

「そんな彼が、見回りの時間を早めたくらいのことが災いの天秤に乗るだろうかと、懸念を示したんだ」




ディノの言葉にぱちりと瞬きをし、ネアは、少しだけ眉を寄せた。


この乙女は、いつもなら冴え渡る素晴らしい思考の持ち主であるものの、今回は寝起きだからか、話の方向がちょっぴり読めなくなってきたのだ。



「………懸念を」

「災いの天秤は、持ち主を損なうものではない。曖昧な予言や予知に近しい閃きだけを与え、持ち主を孤立させ、虐げられるようにする為のものだということは知っているね?」

「………見回りの時間を早めたことで、ロジさん達が鳥羽竜めに遭遇しかけたというのは、その区分に入らないのですね?」

「うん。私達は感じ取れなかった違和感だけれど、エーダリアは、災いの天秤が正常に働かなかったか、彼をあの場で動かした動機を、自分達は正しく理解出来ていないのではと考えたらしい。ノアベルトに相談をして、すぐにあの騎士と話をしてくれた」

「…………はい。………もしかして、私がくしゃんとなっている間に、何か…………良くない事が起きてしまったのですか?」



急に怖くなり、ネアは、そろりと尋ねてみた。


だが、おやっと目を瞠ったディノは、多分、君が悲しむような事は起きていないよと、体を屈めて額に口付けを落としてくれた。



「彼はね、近しい者が損なわれるような危険を感じて、見回りの時間を早めたのだと答えたそうだ。それも、誰もが信じてくれないような荒唐無稽な方法で何かが起こると感じていた」

「……………激辛スナックです?」

「うん。私とノアベルトも、その話を聞いて、であればやはり、遠い昔に封じられた呪いが空から降ってきた菓子の影響で解き放たれた事だろうと考えたんだ。けれどもアルテアは、それは違うのではないかと言ってくれてね」

「それでは、………ロジさんが責められたり、虐げられたりするような風向きにならないからですね?」

「そうなんだ。災いの天秤のようなものについては、私やノアベルトよりも、人間達を動かしながら様々な剪定を行ってきたアルテアの方が詳しかったようだ。或いは、祝福かのようにして呪いを与えるという手法は、彼も経験済みだからかもしれない。………だから、私達は幾つか仮説を立てた」



ディノは、ほんの少しだけ躊躇した。


そうしてディノが言葉を呑み込んだ僅かな時間に、どれだけの感情が動いたのだろう。

ネアは、伸ばした手をそんな伴侶の頬に当て、瞳を揺らした魔物が微かに微笑む姿をじっと見つめる。



「…………彼が見付けるのは、自身にも災いを招きかねない災いの芽でなければいけない。であれば、鳥羽竜を発見することは、その区分ではないだろう」

「ふむ。よく考えれば、見回り異変を見付けるのがお仕事な騎士さんですので、竜さんな呪いを見付けること自体は、災いではないのでした……………」

「彼等が森に入ったことであの呪いを広げるという可能性は低いし、既に森の生き物達が騒ぎ始めていたから、どちらにせよ、リーエンベルクによる調査が行われた筈だ」

「となると、ロジさんの天秤を傾けたものは、あの呪いの目覚めそのものではなく、あの災いが誰かを損なうというものだったのでしょうか」


ネアがそう考えたのは、この話が始まった経緯を踏まえてである。



(多分、新年のお祝いの席で、何かが起きたのだわ。……………そしてその出来事は、ロジさんの持つ災いの天秤に感知されていたものだったのではないだろうか)


ネア達が取り違え、エーダリアが気付いた何かが発現したとみて、間違いないような気がする。

ただ、お祝いの席から一足先に退出したネアに、その事件についての説明をしてくれているだけであれば、先程の沈黙は必要なかった筈だ。


(だからきっと、この話は私にかかってくる……………)


それは予感ではなく、確信に近いものだった。



「それは、君だったのだと私は思う」

「……………ええ。私も、そんな気がしていました」

「ただ、ノアベルトは、ジッタがその役割を果たす分岐もあったと思っているようだよ。ジッタの場合は、あの竜を退ける力は持っていたけれど、羽を持ち帰り、呪いからのものだと知らずにパンを焼いてしまった場合に何が起こるのかは、誰にも分からないからね」

「ジッタさんの場合は、そちらの可能性なのですね……………」

「君は、あの場に居合わせた事で、結果として誕生日の贈り物の受け取りを先延ばしにしただろう?どちらも、ロジという騎士が動かねば結ばれなかった顛末だ」


あの時、ロジがジッタに知恵を借りようとして、連絡さえしなければ。

あの時ロジ達が、森に取り残されてさえいなければ。

そんな展開になれば確かに、本来は助けとなる筈の予兆や予言を災いに傾ける天秤らしいとも言える。


とは言えまだどこか弱いような気がして、ネアは首を傾げた。

そのどちらも、受け手が自分の考えで対応した結果なので、ロジが自分の立場を危うくしながらも動いたという感じではない。


そう感じたことを伝えると、ディノも、そうだねと頷いてくれる。



「元々、あの騎士の持つ災いの天秤は、そこまで明瞭な予知ではないらしい。だが、今回は、他に赤いものが関わってくるというくらいの情報しか得られず、本人も困惑していたそうだ。天秤というものは、外的な影響を受けて結果を変えやすい計測器だから、様々な要素が重なり過ぎると少しの揺らぎはあるものなのだけれど……………」



そこで魔物達やエーダリア達は、結果はさておき、ネアやジッタから何かを奪う顛末となる事が、ロジが受け取った予兆の問題解決の為に必要だったと考えた。

なお、この段階での赤いものは、激辛スナックと鳥羽竜、そしてまだ検出されていない第三の要素で考えられていたらしい。


(私が星屑を使った後も、ディノやアルテアさん達が色々と話し合っていたのは、この事だったのだわ……………)


なぜ共有してくれなかったのだろうと思ったが、勿論そこにも理由はあるのだろう。

これまでに過ごしてきた時間で、そのくらいはネアにだって分かっている。



「加えて今回は、近しい者が損なわれる顛末の予兆に対し、災いを成す相手が指定されていなかった」

「…………あの事件と結ばないということなのですか?」

「最初は、あの事件と結んでいた筈だよ。ただ、あくまでも起点だったかもしれないし、その後にこちらで取った対策のせいで、因果の結末が後ろにずれ込んだのかもしれない。このあたりも、これだと断定するのは難しいんだ。そもそも、預言や予知というもの自体が、因果で結末を結ぶばかりの流動的なものであるからね」

「私が失ったのは、一番大きな星屑……………いえ、誕生日の贈り物ですね?」



(…………あ!)



ここでネアは漸く腑に落ちた。

誕生日の贈り物というのは包装紙に過ぎず、実際に大事なのはその中身である。

まだ受け取れていない誕生日の贈り物の中身にこそ、ネアが失ったものがあったのだろう。


そして、そう考えると少しだけぞくりとした。

本来の誕生日だった日からその贈り物を奪ったのは、因果の成就の精霊王なのだ。



「今回は、祝い事を奪う因果の呪いから始まった。因果というものはとても執念深い領域だから、私達はその中身を明らかにはしてこなかったね」

「……………はい。アルテアさんは、私が受け取るであろう贈り物の中に守護のようなものがある場合は、それを何度も受け取れないのは、あまり良い連鎖ではないと心配してくれていました………」

「うん。実際に、君への贈り物の中には、今後の君にとって必要となるべき守護があった」



(そうか。だからこそ私は、渋々ながらもとっておきの星屑を使うことになったのだわ。そして、その星屑に代わるような物がまだどこかに残っていないかと思って外に出て、風邪をひいて………おや?)



ぴしゃんと思考がクリアになるのは、そんな時だろう。

はっと息を飲んだネアは、そこから先のことを聞くのがとても怖いような気がして、はくはくと息を刻んだ。



「お願いをかけた星屑さんに起因します!という事は、私が体調を崩したのは、星屑さんが守ってくれたからなのですね?」

「と言うより、君が無事に贈り物を受け取れるような願い事の道筋を敷き、その成就の魔術が、君をそちらに誘導してくれたのだろう。あの星屑は、質の良いものだったからね」

「…………私が体調を崩さなければ、守護を失った状態で何かが起こる筈だったのですね?」



晴れの日に傘を忘れても、何ら問題はない。

守護を得る機会が後ろ倒しになるだけで、ネアに何の被害もない場合、それは損失とは言えないだろう。

ロジを追い込む為に災いの天秤が示すのは、恐らく、もっと直接的な何かだ。



(そして多分、…………私は、アルテアさんの指示で星屑を使って難を逃れただけで、そうしなければ私を損なうかもしれなかったものは、棘や罠としてそのまま残されていたのではないだろうか………)



「そうだね。…………今年の新年のふるまい料理で、君がずっと楽しみにしていたタルトを覚えているかい?」

「……………ふぁ。新しく出来たお店の、赤い林檎のタルトです!………記憶が少しもないのですが、食べていました?」


艶々とした赤い林檎を薄く切って薔薇の花びらのように並べたタルトは、このような料理が出ますよというお知らせの絵の中でも、ネアの憧れの一品であった。

あれだけ食べたかったのに、今の今まで、すっかり忘れてしまっていたようだ。


「……………そして、赤いケーキです」

「ヒルドがその事に気付いてくれて、そのタルトは、君には近付けないようにしていたんだ」

「だから、食べた記憶がなかったのですね。更に言えば、そのケーキに何かがあったのでしょう」

「うん。あの騎士の災いの天秤が動いた時にその場に居れば、もっと正確な事が分かったのだけれど、今回は全てが後手になってしまったから、一つずつ確認してゆくしかなかったんだ。アルテアは、君が誰かから狙われる可能性もあると、温かくさせるという名目で護布で君を巻いていたし、グレアム達にも話をしておいたから、領民達の席の方でも警戒をしてくれていたのだろう。けれども途中で、君を損なう筈だったのであろうものが特定され、漸くあの場から君を連れ出せたんだ」



(……………おや?)


ネアはふと、ディノがとてもしょんぼりしていることに気付いた。

ネア自身が酷く落ち込んでいたので気付けずにいたものの、寧ろ、この魔物の方が落ち込んでいるようにすら見える。


少しだけ考え、ネアも一つの仮説を立ててみた。



「ディノがしょんぼりなのは、……………もしかすると、私を、新年のお祝いの席に出してしまったことなのでしょうか?」

「……………災いの天秤の皿の上に何が載っているのかは、どれも仮説でしかなくて、少しでも明確に動くものを見付けて排除する為に、君があの場にいる必要があったんだ。……………本来なら、君が具合が悪そうにしていたところで、休んでいるように言うべきだったのに……………。ごめんね、ネア。君は、あのような状態で祝いの席に出てしまったことが、悲しかったのだろう?」

「…………ですが、風邪を……………インヘルのような症状になったのも、それを押して新年のお祝いに出席したのも、結局は私のしたことなのです。それなのに、結果として良くないものまでぽい出来たのであれば、思いがけない朗報ではないでしょうか」



ネアがそう言えば、ディノは目を瞬き、こくりと頷いた。

狡賢い人間は、今回の失態を星屑のせいにして乗り切れそうだぞと考えているぐらいなので、ずっとそんな伴侶を案じていてくれたディノが落ち込んでしまう必要などないのだ。


なお、ネアが巻き込まれたかもしれない騒ぎは、思っていた以上に何とも言えないものだった。



「鈴蘭の妖精が、君が食べようとしていたケーキを自分ごと破裂させて、自死しようとしていたらしい」

「……………ちょっと、良く分かりません」

「あのタルトの絵を見た時から、とても気に入ってしまっていたらしいよ。店を訪ねて自分の物にしたいと申し出たけれど、それが叶わなかった為に、ケーキに呪いをかけて諸共崩壊しようとしたんだ」

「あまりにも我が儘ですし、ケーキにも失礼ではないですか。………お店の方も困惑必至の、とんでもない荒ぶりようです……」



呆然としたネアだが、なんとその鈴蘭の妖精は、実際にそうして滅びたのだという。


とは言え、新年のお祝いの席で起きた林檎のタルト爆発事件は、周囲を警戒していた者達の手で、最小限の被害で収める事が出来たらしい。


そう聞いたネアはてっきり、亡くなったのは鈴蘭の妖精一人だと思っていたが、警戒にあたっていた騎士達も、あちこちに切り分けられた林檎のタルトの全てが同時に爆発するとは思わず、領民の一人が巻き込まれて亡くなったのだそうだ。



「君の手から奪われた守護は、ウィリアムの贈り物だったから、どこかに終焉の前兆や予兆が現れると思っていたんだ」

「終焉に結ぶような事が起こるに違いないと、皆さんで警戒してくれていたのですね……」


とは言え魔物達も、それがまさか、タルト爆発事件だとは思わなかっただろう。

赤い色ということで、火の系譜の者達や王都からのお客なども警戒されていたらしい。


「因果に纏わるものは、後付けであれ、相応しいものを選んでそちらに向かう習性がある。どこかで折り目がつくと、そちらに傾き易いと言えばいいのかな。クロウウィンの事件で失った守護の中で、君が、まだウィリアムのものを戻せていなかった事がずっと気になっていたんだ。…………もしかすると、そのような部分が因果の折り目になってしまったのかもしれないね」

「………ウィリアムさんの守護を欠いたまま、更にはその守護の入った贈り物を得られていない私を損なうのであれば、その領域の私を損なうに足りる事件や事故であるべきだとなってしまったのですね………」



ネアはここ迄の説明を聞き、ふと、ディノが、ロジへの悪印象を持たないかどうか心配になった。


だが、恐る恐る尋ねると、ロジが受け取るのはあくまでも予兆や予言に近しいもので、それを、ロジ本人にとっては最悪の形でしか周囲と共有出来ないだけなのだから、特に不快感を覚えたりはしないらしい。



(……………良かった!)



優しくて話しやすいロジは、ネアにとってお気に入りの騎士の一人である。

ほっと胸を撫で下ろすと、ディノが、優しい魔物で良かったとあらためて思う。



「実際に、彼が得る予兆や予言そのものは、正しく扱えばとても有用なものだろう。今回も、その扱い方を熟知しているエーダリアがいたお陰で、君が守護を万全にしていない部分での損傷を受ける事を避ける事が出来た」

「結論から辿ると、まさしくそうなので驚いてしまいますね。ですが、…………もし、ここが災いの天秤を持つ方への理解が足りない土地で、尚且つ私が、その知識を持たない人間だった場合、私はロジさんが心配で森に入った事が、今回の事件に繋がったのだと考えてしまったかもしれません。そうしたら、あの方を恨むような事がなくとも、あの時に森にさえ行かなければと考えずにいられたでしょうか……………」



間が悪いだとか、伝え方が致命的に宜しくなかっただとか、そんな事は、往々にして誰にでもあることだ。

だが、そんな偶然がいつも自分を不利にする呪いとして身に宿るのだとしたら、それは、何て恐ろしいことなのだろう。


ここではないどこかではあり得たかもしれない運命の残忍さを思えば、魔術の特性をよく理解してくれているエーダリアが、ロジの上司で良かったと思わずにはいられない。

そして、そんなエーダリアが災いの天秤を正しく見極めたからこそ、ネアは、林檎のタルト爆発事件に巻き込まれずに済んだのだ。




しゅわしゅわと、コンロから持ってきたばかりのポットの中で、牛乳が琺瑯に触れ、温められる音がする。

夜遅くに体調が落ち着き、ネアは、会食堂でアルテア製の林檎のタルトをいただいていた。



「新年のお祝いそのものは、どうなったのでしょう?やはり、亡くなられた方がいた以上は、中止になってしまったのですか?」

「その程度で中止にはならないな。もっと大きな騒ぎが起きた年も、幾らでもあるぞ」

「………林檎のタルトが爆発し、領民の方が亡くなるよりも大きな事件もあったのです?」



すると、亡くなった領民のご家族への弔問などを終えて帰宅したばかりのエーダリアから、穏やかなお祝いだと思っていた筈の新年の振る舞い料理の日が、思っていた以上に過酷な日であったのだと聞かされることになった。


「あの通り、料理は必ず自分が望む物が手に入るとは限らないからな。また、様々な種族の者達が普段よりも距離を近付けてしまう日でもある。料理を巡っての殺し合いが起きた事もあるし、ジゼルが、手酷く拒絶したという薔薇の妖精に襲われた事もある。………私自身も、何度か命を狙われた事があり、ヒルドは、王都の催しと重ならない日は、客に紛れて参加していてくれたくらいだ」

「………多少の社交や警備が求められていても、美味しいお料理をいただくだけの、幸せな日だと思っていました」

「お前が来て、ディノ達が参加するようになって、漸くここまで落ち着いたのだろう。以前は、氷竜達との兼ね合いも難しくてな。……………途中で、席を立って帰られてしまった事が何度もあった」



そこでエーダリアが悲し気な顔をしたので、ネアは義兄と顔を見合わせ、それは誰だと気色ばんだ。


聞けば人間に好意的ではない一派の氷竜だったようで、来るだけ来ておいて、わざと最悪のタイミングで帰るという嫌がらせをしたらしい。

ジゼルが窘めてくれたそうであるし、珍しい事ではなかったとエーダリアは言うものの、ネアからしてみれば許されない出来事である。

こちらは、機会があれば復讐しよう。



「ともあれ、お前が無事で良かった。他の守護があるので、爆発に巻き込まれても軽い怪我をするくらいでは済んだ筈なのだが、……………それでもやはり、あの爆発に巻き込まれて欲しくはなかった。亡くなった者がいる上で、自分に近しい者は無事だったと喜ぶのは惨い事だが……………」



けれども、悲しそうに微笑んだエーダリアに、ネアは、それでいいのだと思う。


ネアだって、亡くなった誰かを悼むよりも、自分がその事件に巻き込まれ、大事な家族が悲しむ姿を見たくはないとばかり思う身勝手な人間なのだ。

そうして失い得ないものがあるということは誰しもに与えられる恩寵ではないのだから、今は、大事な人たちとこうして林檎のタルトを食べられる事を喜ぼう。



断じて、自分の失態が、運命的な何かで誤魔化せてしまえそうなので嬉しい訳ではない。



「それでも私は、私の家族がこうして無事だったのだと、安易に喜んでしまうのです。エーダリア様、今回は色々と助けていただき、有難うございました」

「今回は、魔術の僅かな揺らぎを追いかける作業だった。そのせいでお前に、事前に話しておけなかった事があったことで、不安にさせてしまってすまなかった」



今回は、星屑で誕生日のお祝いを必ず貰えるように設定しなければ、或いは、ネアが失ったのはそればかりで、災いの帳尻は合ったのかもしれないという見方もある。


なので、お祝いの席でネアが意識して警戒していると、天秤の上の災いが、ますます歪んでいってしまう可能性があると思案され、この最後の追い込みに関してのみ、災いの天秤続きかもしれないという事は伏せられていた。



こんな時、ネアは、終わり良しとなれば問題ないので、調整してくれている側で動かしやすいように扱ってくれればいいと考える人間だ。

どうして事前に教えてくれなかったのだと荒ぶったところで、所詮ネアにはそれを防ぐ力もない。


それなのに律義に謝ってくれるエーダリアに、こちらからも、よれよれで大事な新年のお祝いに出てしまった事を謝罪しておいた。



「だが、それについては、星屑の叶えた道筋なのだろう。獰猛………具合が悪そうには見えたが、薬湯を飲むまでは、そこまでおかしな様子ではなかったぞ?」

「それもどうなのだ……………」

「まぁさ、ネアが、事故を予測してぴりぴりしてたっていう感じになっているみたいだから、いいんじゃないかな」

「ふむ。お外でも、私の憂い顔にそうした理由付けがなされているのであれば、私は、そこに乗っかってしまいますね!」



ふうっと息を吐いたのは、白いシャツに黒のジレ姿のアルテアだ。


ネアが覚えていないところで、今日はかなりお世話になってしまったのだろう。

復調して挨拶に行くと、鼻を摘ままれたので今日ばかりは抵抗せずにいたところ、却って心配になったのか、こうして林檎のタルトまで振舞ってくれるとてもよく出来た使い魔だ。



「結局、どこからどこまでが災いの天秤の報せなのかは、今となっては分からないがな。どちらにせよ、切れた糸の頭を見付けられたのは上々だった」

「ディノからも教えて貰いました。災いの天秤が見せてくれるものは、あくまでも切っ掛けになるお知らせに過ぎないので、本来の予兆がどこまでを示していたのかは、もう分からないのですよね…………」

「ああ。だが、恐らくここ迄だろう。………もっと早く、お前が得るべきものを得られるようにする措置を、より強固な縛りにしておくべきだったのは間違いないな。つくづく、因果の系譜から始まる障りは厄介であるらしい………」

「……………ガジュラの問題が片付いても、因果の折り目が残っていたってことだもんね。今回は、ロジがいてくれたことと、エーダリアが気付いてくれたことで、何とか色々と回避出来たね……………」

「新年の御馳走の美味しさを覚えていない事の方が、……………お口に入れたタルトが爆発するよりは良かった筈なのです……………」

「ありゃ、少し迷わなかった?」

「ぐぬぅ……………」




(運命の糸がどこでほつれたのかなんて、その全てまでは掴みようがない)



何しろここは、空から激辛スナックが降ってきて、そのせいで古の呪いの封印が解ける世界である。


なので、ぴょこんと飛び出してきた糸の頭や、絡まっている糸を見付けた際に、見逃さずに丁寧な対処をしておくことこそが大切なのだろう。



「災いの天秤は、持ち主を不幸にしがちなものではあるが、一つの有用な観測所でもあるのだ」


そう教えてくれたのは、ちょっぴりガレンの長感を出してきたエーダリアである。


「エーダリア様は、ロジさんの為に沢山の事を調べたのですね」

「……………ああ。初めてだったからな。……………王都では、私が預かるような騎士達や、使用人達はいなかった。だが、リーエンベルクの騎士達は、私が預かり、同時に私を守り戦ってくれる仲間でもある。そのようにして得られた者達がいることが、とても誇らしく、そして嬉しかったのだろう」



(そんな人達を失わずに済むように、エーダリア様はこれまでずっと努力されてきたのだわ………)



ネアが思わず感動していると、だから面白いのだと、そっと呟く魔物がいる。


時に人間は、日々の研鑽や研究で得た知見から、高位の魔物達が見過ごした小さな糸の端をしっかり捕まえてしまうこともあって、それは多分、今回は選択の魔物のお気に召すものだったのだろう。



「僕の契約者なんだけど……………」

「悪くない選択だったと言っただけだろうが。悪いが、俺はもう手一杯だ」

「むぐぅ。エーダリア様が評価されていて羨ましいので、私も何か、皆をあっと言わせるような凄い発見をしたいのです……………」

「おや、ネア様は、日々それに近しい事を成されていると思いますが?」



騎士棟での連絡会に出ていたヒルドも戻ってきて、全員が揃っての真夜中のお茶会になった。


体調が回復したと知り喜んでくれた森と湖のシーの優しい微笑みに、ネアは、お祝いの席での失態が因果絡みで良かったと心から安堵した。

こんな美しい妖精に叱られたら、きっと悲しかっただろう。



「今朝の探索では、星屑は見付かりませんでしたが、その代わりに捕まえた、二足歩行の謎毛皮鞄から献上された魔術書を開けば、私にも皆さんを感心させるような発見が提供出来るかもしれません」

「………は?」

「……………え、僕の妹は、何を拾ってきたんだろう?」

「収穫の聖人を捕まえてしまったようだ。解放と引き換えに渡されたのは、詩編の魔術書のようだね」

「……………詩編の魔術書だと?」

「そ、それはまさか、失われた第二の大陸の魔術を隠してあるという、あの魔術書なのだろうか?!」

「エーダリア様、カップをひっくり返さないようになされて下さい」

「すまない……………」

「いいか、世界を滅ぼしたくないなら、お前の音階で、その魔術書の詠唱文を読み上げるのだけは、絶対にやるなよ。その魔術書はこちらで預かっておいてやる」

「使い魔さんが、とても預かってこようとします…………」



美味しい林檎のタルトに、塩気のあるものも食べたいとうろうろしたネアの為に、アルテアが出してくれた、新鮮なチーズを使った一口キッシュなどをいただきながら、ネアは、とは言え、二度と大事な行事がある日の朝に体調を崩すような真似はするまいと心に誓った。



爆死者を出してしまった林檎のタルトは、後に、上に小さなクリーム飾りを載せて、あの妖精が欲しがったタルトとの差分を付け、販売することになったのだそうだ。



ちょこんと載せられたクリームは鈴蘭の花にも見えるので、鈴蘭と林檎のタルトと命名されたらしい。

案外これも、運命と因果の手のひらの上なのかもしれなかった。










明日の更新は短めとなります!

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