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鳥羽竜と星屑の箱 2



ネア達がリーエンベルクに戻ると、真っ青な顔のエーダリアが外客用の会議室で待っていた。

ここで、うっかり外に飛び出してきてしまうと二次災害になりかねないのだが、そのあたりはしっかり、どれだけ自分が辛くても我慢出来るウィーム領主である。


何しろ、今回の事件がどうして起きたのかは、まだ明らかになっていないのだ。

その解明の為に必要な報告会を、これからせねばならない。


「……………お前達が無事で良かった。ダリルとも早急に話をしたが、鳥羽竜は、かなり厄介な相手なのだそうだな」

「ご指示を待たずに、森に入ってしまいました。お騒がせして申し訳ありません」

「いや、今回はお前が即時に判断してくれたお陰で、ロジとエトが助かったのだろう。どうか、礼を言わせてくれ」

「ふふ。褒めて貰いましたよ、ディノ」

「……………三つ編みを引っ張ってくる。可愛い……………」


ネアは、ここで伴侶な魔物にきりりとしていて欲しかったのだが、振り返った際に三つ編みを引っ張ってしまった為、こちらの魔物は目元を染めて恥じらってしまうではないか。

今回の外部協力者として、同席してくれているグレアムとジッタが同時に目元を押さえたので、ネアは、おや見間違いかなと思ったが、グレアムの方にはハンカチがあるだけの違いで、ほぼ同じポーズである。



「僕も跡地を確認してきたけれど、贈り物に混ぜて送り付ける型の呪いだね。その中でも随分古い呪いだよ。禁足地の森の奥深くに誰かが封じたみたいだけれど、斃せないのは当然としてもあれを封じきれたのも驚きだし、どうして目を覚ましたのかについてはさっぱりだ」


そう肩を竦めたのはノアで、王都にこちらの騒ぎが聞きつけられないように丁重に会議を終えた後、素早く禁足地の森に入ってくれた。

その間、襲撃の陽動などの警戒をしてエーダリア達は遮蔽のある広間に入っておき、いざという時にはノアがすぐに転移出来るような特別な魔術門を用意しておいたのだそうだ。


ロジとエトは閉鎖領域が解けて真っ先にグラスト達に保護され、怨嗟や呪いなどを受けていないかどうかの検査と魔術洗浄が行われた。

雪の系譜もそうだが、火の系譜にも、付与された直後は息を潜め後から芽吹く呪いがある。

もしそのようなものを持ち帰ってしまうと、安心して部屋で過ごしている時に命を取られてしまうという事例も少なくないのだ。


幸いにしてリーエンベルクにはその対策となる魔物の魔術薬があるが、ゼノーシュの検診の後、二人は問題がなかったと判明した。



(凄い吹雪になってしまった……………)


ごうごうと窓の外で吹きすさぶ白い吹雪は、相対する炎の系譜の呪いが目を覚ました事を嫌がり、冬の系譜の高位者達が禁足地の森の浄化に協力してくれているからだ。

僅かに残った怨嗟や呪いは、既に本体を欠いているのでこの吹雪で壊れてしまうらしい。


「ニエークとジゼルに、アルミエも来ているようだね。特にアルミエは、浸食型の呪いの知覚には長けている。もう安心してもいいだろう」

「まぁ。氷の魔物さんが、このようなことに協力してくれるのは、珍しくありませんか?」

「クロウウィンの事件があったから、こちらのことを気にかけていてくれたのだろう。加えて今回は、彼等の領域への侵犯に等しい。あの呪いがただの魔術の形であれば良かったのだけれど、鳥羽竜の姿のままのものがあっただろう?そのような顕現は、我慢ならないのだと思うよ」



鳥羽竜は、南方の島国に住む鳥の翼を持ち、火山の火を食らう竜だ。

竜種の中では途中で精霊と交わった珍しい種族で、生息域で神格化されたことで、成竜になると大きく階位を上げてしまう。

魔物が治めるとされる今回の世界層では、人型にならない生き物達の階位にはある程度のところで打ち止めの線があるとされるが、その領域の中での最高位になる希少で獰猛な竜として、魔物達も警戒する生き物であった。



「……………氷の魔物まで、来てくれているのか」


そう呟いたのはエーダリアで、少しだけそわそわと窓の方を覗き込み、周囲の視線を感じたのかすとんと座り直す。

その様子にくすりと微笑んだのはジッタで、エーダリアは目元を染めて項垂れていた。



「まぁねぇ。正反対の資質ってのがある連中は、特に神格化されるようなものに入り込まれると、不愉快で仕方ないらしいよ。信仰の魔術を有すると、領域を食われることもあるからさ」

「ガレンに入ったばかりの頃、そのような話を聞いた事がある。その時は、水の妖精と砂の妖精の話だったが、教本になっていたという事は有名な話なのだろう」

「うん。有名な話だよ。本来は均衡が取れていた妖精達の境界が、信仰で底上げされたせいで強制的に塗り替えられる。ましてや、信仰を得るようになった水の妖精達は、信仰を得て自分達の行いは常に肯定されているって思い込むから手に負えなくてさ。あの一件は、こんな事が起こるんだって僕達の中でも当時大騒ぎだったんだ」

「……………クライメルの実験だった筈だ」

「ありゃ、あいつの遊び場だったのかぁ」


グレアムが犯人の名前を明かしてしまったので、図らずもかなり重要な話を聞いてしまったと察したのか、ロジとエトがぴっとなっている。

そんな事はどうでもいいのか、ディノにまた今度美味しいパンを届けると約束してくれているジッタは、少しだけもじもじしている魔物を、孫でも見るような優しい目で見ているばかりだ。


こつりと床を踏む靴音が響き、そこにヒルドが戻ってきた。



「……………お待たせしました。ダリルから、該当する可能性のある事件や事故の記録が届きました。とは言えウィームは、何度か二王家の中で主となる王家の入れ替わりもありますので、これで完全とは言えませんが…………」

「えーっと、どれどれ」

「このような時代からあるのだね……………」

「年表型になっていますね。……………ああ、ここからここまでは省いて構わない」


ヒルドが持ち込んだ年表の中から、グレアムがウィームにいた期間が除かれ、ヒルドが頷く。

更にその中から、ディノが統一戦争後の一定期間を排除してくれた。


「オフェトリウスに話を聞いてある。この期間も問題ないだろう」

「少し狭まったね。因みに、僕の予測では、このくらいの時期に持ち込まれた物だと思うよ。……………あの種類の呪いが流行った時期があるんだよね。そこから暫くすると、配達人のいない呪いの扱いには不利益もあるってことで随分廃れたし、それ以降は、あの呪いの作り方は効率が悪いって言われて別の手法が好まれていたからさ」

「…………配達人のいない呪いが廃れたのは、送り戻されるという危険があるからだろうか」


首を傾げたエーダリアに、ノアが頷く。

ジッタもいるのだが擬態はしておらず、氷色混じりの白い髪は少しだけくしゃくしゃだ。

にっこり微笑んだ青紫色の瞳は、如何にも魔物らしい。


「そう。この頃はまだ、証跡を完全に消す魔術があまり一般的じゃなかったんだ。その糸を残したまま運ぶと、簡単に呪いを返される。逆に、呪いの対策については、徐々に方法が共有され始めていた頃だからね」

「……………そうか。そのようにして、呪いの変遷があったのだな」

「加えて今回の物は、シルが妖精が作った物じゃないかって話していたから、最初にこの種の呪いが流行った頃だと考えていいんじゃないかなと思う。妖精がこういう流行りの呪いに手を出した時期って、実は凄く限られているんだ。本来なら、自分たちの固有の浸食を使った方が簡単だからね」


本来なら、人外者の叡智は対価と引き換えにしか与えられないものだ。


普段からノアと様々な打ち合わせを重ねてきている席次のある騎士達とは違い、そのような情報が会話の中でぽんぽん出てきてしまう状況が落ち着かないのか、ロジとエトは少しおろおろしているように見える。

そんなロジの背中を、ジッタがばしんと叩くと、生真面目そうな柔和な面立ちの騎士は、はっとして冷静さを取り戻してみせた。

エトの方が後輩だと聞いているので、先輩らしい落ち着きを見せようとしているのかもしれない。


(でもそう考えてもやはり、グレアムさんの魔物としての姿にも少しも動じないジッタさんは、元から魔物としてのグレアムさんの事も知っているのかもしれない……………)


知らない相手ではないからとグレアムがジッタの応援に向かったとき、ネアは、おじさま給仕としての姿での知り合いなのだとばかり思っていた。

だが、自らその秘密を明かすとは思えないグレアムのこちらの姿でも落ち着いているとなると、ジッタは、予め魔物としてのグレアムも知っていたと考えるべきだろう。


だがネアは、そう考えても少しも不思議には思わなかった。

ウィームに暮らすちょっと凄い領民区分の人達は、白百合の魔物と友達だというハツ爺さんや、何でもスープにしてしまうアレクシスなど、どちらかと言えば境界の向こう側寄りの者達が多い。

あれこれと聞こえてくる話の中だと、ジッタは、限りなくアレクシス寄りだ。



「俺もそう考えている。贈り物の中に呪いを封じ込める手法は今でもあるが、使われているのは古い時代の物だし、近年に好まれる方法での呪いへの変質ではなさそうだから、古い呪いを模した物でもない」

「うん。グレアムもそう思うなら、時代は何となく特定出来そうだね」

「加えて、あの呪いが大きな被害を出したという記録が残っていない事と、封じるという手法で森に残されていたという事からも、その時代の呪いである可能性が高いのではないだろうか。あまり前の事となると、国としての対策には足りないし、その少し後からは、ウィームには封印廟があった筈だ」

「そのような事まで分かってしまうのだな……………」


どこか呆然とした様子のエーダリアに、密かにロジとエトも頷いている。

ネアは、呪いにも流行り廃りがあったのだなと新しい驚きを噛み締めつつ、鋭い目で机の上の焼き菓子を手に取る機会を狙っていた。


「これだな」

「ほわ、焼き菓子様が!」

「気にせず食べるといい。ネアも疲れただろう」

「有難うございます、グレアムさん」

「…………これも食べるかい?」

「むむ。荒ぶれないので、ディノもお菓子をくれることにしたのですか?」

「ご主人様……………」


ネアの視線を辿ってしまったらしいグレアムが、お目当てのプルーンの入ったドライケーキをさっと取ってくれるではないか。

出遅れたと感じたのか、ディノも、慌ててお砂糖のかかったパイ菓子を重ねて手の上に置いてくれる。

実はどちらも手に入れる予定であった邪悪な人間が、勧められた風を装い、狡猾にも望みを叶えられてしまったぞとほくそ笑んでいると、気付いたエーダリアが、騎士達にも焼き菓子を勧めていた。


(……………お二人も、少し休憩してすぐにこの部屋に来たので、まだ何も食べていなかったのかもしれない)


そのあたりが気になっていたのか、この機を逃さずに騎士達にもお菓子を勧めているエーダリアに、ネアはなぜか勝手ににんまりとしてしまった。

折角美味しい紅茶も出して貰っているのでと、いそいそと焼き菓子を頬張り、むふんと頬を緩める。



「俺には呪いの細かなところは分かりませんが、僅かな蜂蜜の香りと黎明石の土壌の香りがしましたね」


ほっこりとしたお菓子休憩を挟み、次に証言してくれたのは、鳥羽竜狩りに参加してくれたジッタだ。

ここで一つの有力な証言が出たことで、俄かに会議室は活気付いた。


「わーお、……………え、交戦の中でそんな事まで分かるんだ」

「俺にはさっぱり分からなかったが、ジッタが言うのなら間違いないだろう」

「ええ。職業柄、そういう感覚はかなり鋭いんですよ。正直なところ、魔術の細かな調整より、匂いや気配のようなものの区別の方が得意ですので」


呪いを収める箱というものは、かなり慎重に閉ざされる。

となると、あの呪いとの相性がそこまで良くないらしい蜂蜜や黎明石の香りが付くことはまずないそうなので、ジッタが嗅ぎ取ったのは恐らく、あの鳥羽竜の生き物としての香りであり、彼等が暮らしていた土地の香りなのだろう。

だとしても生息地が特定されるだけなのではと考えていたネアは、その後に続いた魔物達の議論に驚いてしまった。


「あー、蜂蜜かぁ。あったよね、そんな時代」

「黎明石となると、黎明の妖精達が鳥羽竜の生息地となる領域を治めていた頃だろう。確かに、黎明の妖精達が、蜂蜜を使った菓子ばかりを食べていた時代があったな……………」

「そうそう。どの女の子も、蜂蜜の匂いがして、ちょっともういいかなって思ったよね。ってことは、その時代で間違いないかな」

「その時代の鳥羽竜さんを捕まえておき、後から呪いを作るという事はないのでしょうか?」

「それはね、以前は出来なかったんだよ。特に修復の魔物がいた頃にはね。呪いは作ったらすぐに、その中の素材の怨嗟を生かして送り付けるって時代だったんだ。まだ、クライメルやアルテアがあれこれ研究もしていなかったし。……………ってことは、……………ヒルドの持ってきた記録だと、このあたりかな。でも、記録に残っていない事案だった可能性もあるかぁ……………」



ダリルが揃えた情報からノアが選び出したのは、ウィームの建国時に近い時代の二つの事件の記録だ。

東方より災いの道具箱が届けられたという表記と、糸紬の季節に火の怪物が現れたという記述である。

たったそれっぽっちの記録しか残っていなくても、今回のような事件では、危うく大災害を引き起こしかねなかった呪いがどこから来たのかを紐解く為には大事な材料だ。


斃してしまったのでもういいとはならないのが、当時から存命の生き物達もいるこの世界の難しさなのだ。



(もし、かつてウィームを狙った誰かが、古い呪いを掘り起こして、もう一度同じことをしようとしていたのなら)


或いは、クライメルの道具類のように、時差や条件設定を設け後から動き出す呪いもある。

人ならざるものたちの領域には、説明の出来ないものやことが沢山あるとは言え、今回のような歴史が絡む魔術の再来は、一過性のものとして見過ごせない部類にあたる。



「東方からやってきた道具箱については、違うものだろう。あの時に持ち込まれたのは疫病で、カルフェイドからの花嫁道具の中に隠されていた呪いだった筈だよ。今回の呪いは、鳥羽竜を絵に塗り込めて石板に封じてあった。慶事に纏わる道具を封じるのには向かない方法だからね」

「うん。それなら、もし記録にある事件だとしたら、こっちの火の怪物の方だろうね」

「シルハーン、糸紬の季節は、今はもう廃れてしまった季節の風習があった筈です。トルチャが何か知っているかもしれません」

「おや、では彼に聞いてみようか」



(……………凄い。あっという間にそこまで話が進んでしまうのだわ)



あまりにもぐいぐいと推理が進んでゆくので、ネアは、お菓子をいただきながら魔物達の話を聞いているばかりだ。

エーダリアは真剣にメモを取っていて、ジッタは顎先に手を当てて何かを考えている。



「そう言えば、俺が鳥羽竜の羽火を欲しいと思ったのは、爺さんの時代に鳥羽竜の種火で焼いたパンがあったという話を聞いたからなんです。今はもうパン屋を畳んでしまっていますが、その一族は代々鳥羽竜の火を使ったパンを作っていたと聞いていますので、その家に何か伝承が残っているかもしれませんね」

「ウィームで、鳥羽竜の火を使ったパンを焼いていたのだな……………」

「その話を覚えていたので、ロジから鳥羽竜の話を聞いて慌てて森に向かったんですよ。まぁ、アレクシスからも、なかなかいい火だとは聞いていましたが」

「まぁ。アレクシスさんも、鳥羽竜を狩ってしまうのです………?」


そう尋ねたネアに、ジッタが微笑んで頷く。

どうやら、ウィーム領民にとっての鳥羽竜は、そこまで厄介な生き物ではなさそうだと思えてくるから凄い。


「本体を使っているかどうかは知りませんが、羽から取った火を、ランタンに入れて持ち帰ってきたことが何度かある筈ですよ。夏野菜のスープは、その火で煮込むと美味いと言っていましたからね」

「え、………あの竜って、僕も嫌だなって思うくらいに獰猛なんだけど、料理に使うんだ……………」

「あ、……………そう言えば、あの店で、そのようなスープを飲んだ記憶があります。確か、神格化される竜の羽から得る種火を使っているので、体の中に取り込む魔術を祝福の側に傾けやすくなると聞いたような……………」



ここで、まさかの鳥羽竜の種火のスープを飲んでいたらしいロジの発言に、会議室は一気に、呪いの出所や目を覚ました理由ではなく、あの竜の火がウィームではお料理に使われてきたらしいぞと、ざわざわしてしまった。


おまけに、かつて鳥羽竜の種火を使ったパンを焼いていた一家は、封印庫の魔術師の一人の親族であるらしい。


「え、封印庫の魔術師って、ちょっと情報多過ぎない?今でも、よく分からない魔術とか使うなって思ってるんだけど?!」

「これは、……………当たりかもしれませんね。こちらの事件であれば、封印庫の基盤である封印廟の作られる二年前のことですから」


グレアムが封印廟に触れてから、その情報をダリルから取り寄せていたヒルドが、ダリルとの手帳型の筆談通信で書き出した年表を見せてくれた。

確かに、美しい指先で示された部分の記載によると、糸紬の季節に火の怪物が現れたのは、ウィームに封印廟が出来たほんの少し前の事だ。



「すまないが、封印庫に連絡を取り、何かそのような話が伝わっていないかどうかを聞いて貰えるか?」

「ええ。そういたしましょう。では、騎士達と、ジッタからはもう少し詳しい当時の状況を聞いておくようにします」

「よいしょ。それじゃ、僕達はひと休みだ。封印庫から話が聞ければ、案外簡単に紐解きが進むかもしれないからね」



ひとまずの方向性が決まったので、ネア達は暫し休憩となる。

ここからは、グラスト達も入室して、騎士達への聞き取りと、ジッタからの情報提供が同時に行われる事になる。

二組の聞き取りを同時に行い、話を擦り合わせながら記録を取ってゆくのがエーダリアだと知り、ネアは意外に思ったのだが、エーダリアのガレンの長としての目で記録を纏める事で、後世に残してゆく際により詳細な記録となるのだそうだ。


このようなところに、都度ガレンの魔術師達の現場検証などを行わなくてもいい、ウィームの強みがある。



(勿論、それだけ古い時代に起きた事が、すぐに詳らかに出来てしまうという事でもないのだろうけれど……………)



魔術封鎖に、土地や巻き込まれた者達の魔術洗浄。

事件解決後の土地の洗浄と、事件の切っ掛けや犯人の特定などの調査、そんな今回の事件にかかる様々な工程の中で、他領であれば自分達の力だけでは解決出来ない部分が、一体どれだけあるだろう。


そう考えてしまうと、あらためてウィームは凄いのだぞとちょっと得意な気持ちになりつつ、ネアは、ごうごうと吹きすさぶ吹雪に包まれた禁足地の森を窓から見ていた。


テーブルの上にはほこほこと湯気を立てる紅茶の注がれたカップがあり、ディノが怪我をした瞬間の、血の気の引くような気分の悪さはだいぶ収まった。


得体の知れないものが現れたという、焦燥感と不安は無事に鎮まり、今はもう、リーエンベルクの部屋の中で爪先までぬくぬくと温まっている。



「ディノ、明日のおやつの時間に、パウンドケーキを焼いてあげますね」

「……………いいのかい?」


隣に座った魔物にそう言えば、ディノは目をきらきらさせて嬉しそうに微笑む。

そんな様子を見たグレアムがそっと目頭を押さえているが、ネアは、どうかこちらの魔物にも、そろそろ幸せそうなディノの姿に慣れて欲しいと思わないでもなかった。


嬉し泣きはいい事だと思うのだが、こちらの世界では涙は色々と危ういので、見ていてはらはらしてしまうことも少なくないのだ。



「もう、どこも痛くありませんか?」

「……………うん。君は、……………悲しいだろう。何か食べたい物があれば、アルテアに作って貰うかい?」

「それもとても魅力的ですが、ディノと一緒にパウンドケーキを焼いて食べるだけでも、明日はきっと楽しい日になるのだと思います。でも、もし良ければ、ディノがお茶を淹れてくれますか?」

「……………ずるい」

「この前、ディノが淹れてくれたミルクティーが、とっても美味しかったのですよ!あれをもう一度飲んでしまえば、更にご機嫌な一日になるに違いありません!」

「ご主人様!」

「……………ありゃ、グレアムが号泣なんだけど、これ、……………僕がどうにかしなきゃいけないのかな」



騎士達やジッタの聞き取りが終わる頃には、外部通信の可能な部屋から封印庫の魔術師達と話をしたヒルドが、吉報を持ち帰ってくれた。


封印庫の魔術師の一人がジッタの教えてくれた一族の出で、その一族には、ウィームがまだ国になったばかりの頃に、一人の王女を狙った災いの贈り物から現れた火の怪物を、当時の家長が封じたという記録が残っているらしい。


だが、その頃のウィームではまだ、封印魔術は固有魔術の一つとしてあまり公にはなされていなかったそうで、残念ながら、無用な争いを避ける為に、災いを封じた者の名前は残されていない。


汎用性の高い固有魔術は、魔術の略奪や隷属の標的にされることが多かった時代である。

それでも王女を守った魔術師の名を残してやりたいと考えた当時のウィーム王が、その一族に与えたのが、封印庫の前身である封印廟を治める魔術師としての肩書であった。



「むむむ。いつもの三人の、真ん中の方がその一族の魔術師さんだったのですねぇ」

「羽を毟るとさ、美味しいんだって……………」

「そして、鳥羽竜はまさかの食材扱いでした……………」

「食べてしまうのだね……………」

「まさか、鳥羽竜狩りが、あの一族に伝わっているとは思わなかった……………」



取り立てて貰った恩を忘れずにいようと、その一族には今も、鳥羽竜の効率的な狩り方という秘伝の技法が伝えられているらしい。

最後は食べてしまうというなかなかに壮絶な伝統の退治法を聞き、魔物達は真っ青になってしまった。


また、救われた王女と結婚したその家の息子の子孫が、後々、狩りの技術を突き詰めてゆくうちに、現在のお肉屋さんのネイアの一族になったのだと聞けば、何だか物凄いウィームの歴史を垣間見たような気がしてしまう。


ネイアの一族の遍歴はなかなかに複雑で壮絶らしく、あまり表に出てこないその時代の話を聞いたエーダリアは、目を丸くして一生懸命に頷いていたくらいだ。

エーダリアに直接繋がる血筋ではないが、ウィーム旧王家の血筋を引く一族である。



(とは言え、そちらの血筋の方はそれなりに多いのだとか……………)


何世代もかけ薄まっていった筈の旧王家の血だが、アレクシスにジッタ、ネイアなどを考えると、明らかに先祖返りではという者達も少なくない。

ネアは、密かに市場のおかみさん達にもかなりの数の旧王家の血筋持ちがいると踏んでいるのだが、寧ろ、そうではなかった場合にどうすればいいのか分からないので、真実が分からないままでもいいと思っている。



「封印庫の魔術師さんのお家は、王家とは交わらずに固有魔術を受け継いだ一族の方々なのですねぇ」

「今でも、鳥羽竜がいたら、食べてしまうのかな……………」

「あやつめが呪いでなければ、美味しかったのでしょうか。……………じゅるり」

「ご主人様……………」


ロジとエトは騎士棟に帰り、今日の午後からは、討伐後の騎士達に与えられる特別休暇扱いとなるらしい。

特に負傷などがなくても、普段出会う事のない高位の生き物の襲撃の場に居合わせたという事で、大事を取って心と体を休ませる措置となる。

本人が自覚していなくても、心がびっくりしたままでいると、些細な失敗に繋がりかねないからなのだが、このような細やかな気配りが出来るのがエーダリアなのだ。


ジッタは当然のように鳥羽竜の羽を手に入れていたが、今回は呪いから出てきた個体だと知り、その種火は手放すのだそうだ。


帰りにリーエンベルクの手配した転移門を使い封印庫に寄り、その羽は封印庫の魔術師達に預けられた。

羽に残る魔術証跡からも、時代検証がされるらしいが、ひとまずは、黎明の妖精達が蜂蜜に沸いていた時代の呪いで間違いはないだろう。



「王女様は、どうして狙われてしまったのでしょう」

「トルチャが当時の事を覚えていたよ。黎明の妖精の王女が恋をした光竜が、その王女に求婚したのだそうだ。ウィームの王女は光竜の求婚を断ったそうだが、それでも恨みは消えなかったのだろう」

「ありゃ。執念深いなぁ……………」



遠い目をして肩を竦めてみせたノアは、長椅子の上でくしゃんと伸びてしまっている。

ディノは森に入る前にノアに状況を共有してくれていたそうで、その一報を聞いた時は息が止まりそうになったのだという。


(火の系譜のものが現れたと聞けば、ノアはきっと怖かった筈だわ……………)


ウィームを損なうかもしれない火の災い程、塩の魔物を怯えさせるものはないだろう。

幸いにも今回のものは統一戦争絡みではなかったが、それでもまだ、なぜそんな古い時代に封印されていた呪いが目を覚ましてしまったのだろうかという疑問は残る。



「当時の事件に関わった方は、どなたも残っていなかったのですよね?」

「うん。黎明の妖精達も、既に生活圏を違う国や土地に移してしまっているしね」

「誰かが意図的に掘り起こしたんじゃないとすれば、封印が解けるような切っ掛けは、あの激辛スナックが降った事くらいかぁ」

「……………まぁ。そんなものが、切っ掛けとなる可能性もあるのですか?」

「もしそんな理由だとすれば、検証する訳にもいかないから、仮説のままになりそうだけどね。寧ろ、誰かが犯人だった方がまだすっきりするくらいだ」



苦笑してそう言うノアに、成る程そのような見方も出来るのだなと、ネアは頷いた。

こちらで対処出来るくらいの陰謀であれば、理由がわかっていた方が嬉しいこともあるだろう。



「……………そうか。星祭りの日の夜に、あの菓子を食べて命を落とした者達も、森にはいたのだったね」

「もしや、生贄的な感じになってしまったのです?」

「ほら、アレクシスがスープの材料を狩りに来てたって言ったのを覚えているかい?あれって、専門的な言い方をすれば、あのスナックに使われている香辛料が魔術薬的な効果を獲物に齎して、その獲物の魔術資質が変質するっていうのが理由なんだ。幾つかの香辛料は、南方の土地で儀式にも使われる植物から作られるものだからね。呪い作りの際に使われた材料だった場合は、その素材と生贄の両方が揃ったっていう認識になっていて、呪いの再活性化を図った可能性もあるんだ」

「ほわ、……………奥深いのですねぇ」

「だからさ、油断出来ないんだよね。……………あーあ、そういう事が起きるかもって警戒して、アルテアと頑張って見回りをしたんだけどなぁ。もしそんな理由なら、後からこんな影響が出たんじゃ、立つ瀬ないや」

「……………むぅ」



明るい口調だが、どこかしょんぼりしているノアに、ネアは、ディノと顔を見合わせる。

家族を守る事に並々ならぬ情熱を傾けているノアにとって、その疑念が残るのは、悲しい事だろう。

ネアは慌てて、そんな義兄の髪の毛を綺麗に梳かして一本結びにしてやり、エーダリアやヒルドにもこっそり事情を共有しておいた。



また、ネアの誕生日の贈り物がまたしても延期になったと知ると、事故ったのかと荒ぶるかと思っていた使い魔は、どこか神妙な様子で考え込んでいたという。


ネアは、贈り物の中に日持ちの危うい食べ物が含まれているのではと不安になったのだが、そうではないらしい。

誕生日の贈り物の中に守護や祝福を司るものがあれば、そのようなものの付与が、何度も延期になるというのはあまりいい事ではないのだそうだ。

ディノも同じ懸念を持っていたらしく、その対処についても話し合いが持たれ、ネアは、大事に温存してあった星屑を収めた箱の中から、お友達候補を見付けた時に使うつもりだったとっておきの一個を切り出さなければいけなくなった。


これは渡さないと暴れたのだが、無情にもアルテアに取り上げられてしまい、ディノからも、それを使って贈り物を受け取れるように保険をかけておくよう、説得されてしまう。



「……………ふぇぐ。つ、次の、お誕生日の贈り物を受け取る予定は、絶対に延期や中止になりませんようにとお願いをしました。叶うそうなので、もう安心なのですよ。……………ですが、……………あの星屑は、とても大きくて質がいいので、私に女友達を与えてくれる筈だったのです……………くすん」

「ご主人様……………」

「いい加減、その願い事は諦めろ。明らかに、星屑の無駄遣いだろうが」

「ぐるる!!」



かつてウィームで起きた、鳥羽竜の詰め込まれた呪いの贈り物の事件は、あらためて当時の記録に封印庫の魔術師から聞き取りをした記述が追記され、よりしっかりとした記録として再編されるそうだ。

こうして蓄えられてゆく知識や経験が、いつか、ウィームでまた誰かの助けになるかもしれない。



なお、今回の事件の話を聞いたアレクシスが、鳥羽竜の羽から取った種火で作った美味しい冬芋のシチューを届けてくれたので、リーエンベルクでは、鳥羽竜入りの珍しい料理を楽しむ昼食会も行われた。


ジッタのオリーブパンも添え、計り知れない効果のある料理となったが、鳥羽竜は美味しいと知ったネアは、もしどこかで斃した際には忘れずに金庫に詰め込もうと思い、リノアールに耐火魔術の術符をいそいそと買いに出かけたのだった。





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