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202. 星祭りで混ざります(本編)




その日、ウィームは星祭りの夜を迎えた。



どちらかと言えば、美しい冬の夜といえば雪曇りであることの多いウィームだが、こんな日ばかりはきりりと晴れているのがいい。


ふくよかな夜の深さは、白みがかった紫混じりの黒色で、上等なベルベットのようだ。

そこに散りばめられた星々は、淡い銀色に煌めく。


星雲が踊る部分はけぶるような水色になっていて、その中の星には、ちかりと金色に煌めく眩い星もある。

空の縁の部分はくすんだような菫色になっていて、地上の雪明かりを映してぼうっと輝いていた。



星祭りの夜は、美しい美しいその夜に、夜空から星屑がしゃりんと降ってくる。

そんな星屑を手に取って願い事をかければ、願いが叶うかもしれない特別な日なのだ。



この澄み渡った夜空からこつんと落ちてくるのは、きらりと光る星屑の形をした、おとぎ話の切符である。



「だからこそ、我々は戦うのですよ」

「戦うのだね……」

「はい!私は今年こそ、願いを叶えてみせます!」

「ご主人様…………」

「ディノ?なぜ頭を撫でてくれたのですか?」



こてんと首を傾げたネアに、こちらを見た魔物はこの美しい夜よりも凄艶な光を孕む水紺の瞳を揺らし、なぜか今日はとても伴侶を大事にしてくるのだ。

それが不思議で堪らないネアだったが、お口に青林檎のギモーブを入れてくれたので、むぐむぐと美味しくいただいた。



(そう言えば、昨日あたりから、ノアやヒルドさんもとても優しいから、みんなも星祭りが楽しみでうきうきしているのだろうか………)



「ディノは、どんな願い事をかけるのですか?」

「ネアが、逃げないようにかな…………」

「なぬ………」

「ネアが、沢山動くように………?」

「いいですか?ご主人様には元々沢山動く機能が付いているので、安心して別の願い事を叶えていいのですよ?何か、………こうなったらいいなというような事はありませんか?」

「………ネアの、グヤーシュが食べたい」

「まぁ!それなら、ディノが食べたがってくれたのがとても嬉しいので、星屑を使わなくても作ってしまうのにですか?」

「………いいのかい?」



そう言われた魔物は目元を染めて恥じらってしまい、口元をもにょりとさせると、嬉しそうに頷いた。


ぱきぱきと音がするので、おやっと思えば、足元の雪が結晶化してしまい、ころんとして丸いちび薔薇を咲かせているではないか。

この薔薇は可愛いぞと目を輝かせたネアは、容赦なく結晶化した薔薇を収穫してしまった。



「むふぅ!とても可愛いころんとした薔薇なので、お部屋に飾りましょうね」

「可愛い……。集めてくる………」

「そして、エーダリア様達は大丈夫でしょうか?無事にお出かけ出来るといいのですが………」

「靴紐は解けたのかな………」

「ヒルドさんが呪われてしまうのは、ちょっと珍しいですよね。困ったちびもわです」



実は今日、領民達の知らないところで、一つの呪いがウィーム領主達を苦しめていた。


ヒルドに恋をした、ちびもわこと草の実の妖精が、エーダリアやノアと仲良し過ぎると腹を立ててしまい、三人の靴紐が絡まる呪いをかけたのだ。

しかし、罠にかかった獲物の中の一人が高位の魔物だと気付いてしまい、慌てて逃げ出してしまった。



その結果、解けない呪いと、靴紐の絡まった靴が残されたのである。



幸いにも草の実の妖精がいなくても根気強く靴紐を解いていく事は出来る呪いなのだが、三人で並んで話をしていたところで突然靴紐が絡まる事件が起きたので、なかなか悩ましい体勢になってしまったようだ。


ネアは、ぎゅっとくっついたままの三人が交代で屈んで靴紐を解いている様子を凝視していたところ、恥じらう家族から、先に星祭りの場所取りに出ているようにと促されてしまった。


エーダリア達が大聖堂に移動し、星のミサが終わってから星が降り始める筈なので、ネアとしては、たいへんに解せないタイミングである。



「…………む!」



しゅわんと、銀色の尾を引く流星が、うっとりとするような美しい夜空を駆け抜けてゆく。

まだ時間ではないのだが、星祭りのある日の夜空は賑やかだ。

禁足地の森の木々がざわりと揺れるのは、森の生き物達もこの夜を楽しみにしているからだろう。


つまりは、それだけ競合も多いということなので、ネアはふすふすと鼻息も荒く屋根の上を歩き回り、星の唱歌は歌えないけれど、今年も沢山の星屑を手に入れてみせるのだと心に誓った。



(まずは、まだ受け取れていない誕生日の贈り物を貰う為に、少なくとも六個は手に入れないと!)



目標数は二百前後なので、先日の金貨のような惨敗となる訳にはいかない。

念には念を入れて、今日はお昼休みを使ってリズモを狩ってきたのだ。



ひゅわる。

不思議な風が、ディノのコートの裾を揺らした。

その風の中に細やかな祝福の煌めきが見えたような気がして、ネアは目を瞠った。



「ああ、星のミサが始まったようだね」

「まぁ。では、靴紐は無事にほどけたのでしょう。もう少し恥じらう家族を見ていたかったのですが、星のミサが遅れたら大変なので、無事に間に合えて良かったです」



祝祭に紐付く儀式が始まると、土地の魔術に変化があるのだそうだ。

ディノに無事にミサが始まったと教えて貰い、ネアはふすんと頷いた。



(本当は、星のミサにも参加してみたいのだけれど……………)



だが、歌唱力に多少の問題を抱えているネアが、ミサを執り行う大聖堂でうっかり星の唱歌を歌ってしまうと、大きな事故になりかねない。

ミサの輪の外であれば限定的な事故で収まるが、祝祭儀式そのものを傷付けては大変だ。


なので、うっかりつられて唱歌を口ずさんでしまわないとは誓えなかったネアは、この日ばかりはリーエンベルクでのお留守番となるのだった。



(残念だけれど、何事も、全てを手に入れる事は出来ないのだもの。星祭りの日のミサに参加するのは、やめておこう。対策をしておくに越したことはないのだもの)



いつかの自分が、やめておけば良かったという後悔をするのだけは避けたい。

その時に失うのが、自分の持ち物だけだとは限らないのだ。



しゃわん。

また一つ、流れ星が空に銀色の尾を引く。

そんな一筋の光の下には、細やかな煌めきをちかちかと湛えるウィームの街が広がっていた。



「綺麗ですねぇ……………」

「うん。とても綺麗だね」



星祭りの日には、流星の光を写し取った蝋燭が沢山街の中に並べられる。

小さな蝋燭をそこかしこに並べるウィームの街を歩きながら、星祭りの日だけに売られる飲み物などをいただくのもまた、この日の楽しみ方だ。


ネアはまだ、どうしても星屑の収穫に向けてそわそわしてしまうものの、いつか、そんな街を歩くだけの贅沢も楽しんでみたいと思う。



(きれい………)



遠くに煌めくウィームの街は、今や、流星の蝋燭の明かりが星々に似た光のさざめきを揺らし、街全体がイルミネーションになっているかのような美しさであった。


毎年思ってしまうのだが、この星祭りの街の灯は、なぜか、胸の奥の柔らかな部分に触れるような何とも言えない美しさなのだ。

ぼうっと揺らめく蝋燭の火に、光そのものが脈動しているような錯覚さえしてしまう。



ほうっと溜め息を吐き、ネアは、隣のディノを見上げて微笑んだ。



「どこか切なくて、そしてどこか原始的でさえあるのが不思議なのです」

「願いの魔術に付随する資質だろう。願い事で織られる魔術は、生き物にとって、最も根源的な魔術の一つでもある。欲求や選択に枝分かれする前の、より源流に近いものだからね」

「グレアムさんは、願い事を司る魔物さんでもあるのですよね?」

「うん。この世界の願い事には、少なからず対価が必要となる。どちらかと言えばその比重の方が重たくなるからこそ、グレアムは、犠牲を司るものなのだろう」

「では、………もし、対価をあまり取られないような世界だったなら、グレアムさんは願い事の魔物さんでもあったのでしょうか?」

「そうかもしれない。…………でも、あまり誰かにそこまでのものを背負わせずに済むといいのかな。今も願い事を司る魔物でもあるのだけれど、その名前を彼に背負わせたくはないんだ」



街の光を眺めながら、ディノは、そう言うのだ。



(それはきっと、とても素敵な名称であるのと同時に、あまりにも重いものだから………)



ネアは、そんな優しい伴侶の魔物がもっと大好きになってしまい、ぴたりと体を寄せてみる。

すると、おやっと瞳を瞠ってこちらを見たディノは、ネアに寒くないかどうかを尋ねてくれた。



ずっと自分の心の動かし方を知らなかった生き物が、今は、こんなにも優しい。

誰かを想って慈しめるようになった心は、これからもきっと、ネアの大事な魔物を温めてくれるだろう。



「もう一杯だけ、飲めてしまえそうですね」

「うん。テーブルや椅子を片付けるのは、星の唱歌が聞こえてきてからでいいのではないかな」

「はい」


こぽりと音を立ててカップに注がれたのは、星明りと雪香炉の紅茶だ。

そこに雪菓子を贅沢に砂糖代わりに使い、花のような香りのする甘い紅茶をいただく。

今年は早めに屋根の上に移動したので、ネア達は、折角だからと街の灯りを見ながらお茶会をしていた。



(こんな風に、雪の積もった屋根の上でテーブルセットを置けるのは、ディノが伴侶だからこその贅沢なのだから)



だから、大聖堂のミサも魅力的なのだけれど、ネアにはネアの星祭りの楽しみ方がある。


周囲の気温をディノが調節してくれているので、設置した長椅子の周りだけはほかほかと温かい。

ただし、こんな時に出される椅子は大抵が長椅子で、一人用の椅子を二脚という選択肢は、この魔物にはないのだった。



「こうして星祭りの日のウィームを眺める事が出来る贅沢な時間が大好きなので、また来年も、一緒に屋根の上でお茶会をしましょうね」

「ネア………、……………今年も頑張るよ」

「ふふ。星屑を一つも拾えなくても、ディノと離縁したりはしませんよ?」

「でも、人間は失望してしまうのだろう?」

「あら、わざと意地悪をして、私から星屑を取り上げたりさえしなければ、そんなことはしないので、安心して下さいね?」

「取り上げたりなんてしない………」



ネアは、魔物を安心させる為にそう言ったのだが、びゃっと震え上がった魔物が慌ててぎゅうぎゅうと抱き締めてくるので、やはり違う生き物との心の沿わせ方は難しい。


膝の上に持ち上げられてしまったので、勝手に椅子になってくる始末であるが、ネアはやれやれと微笑むと怯える魔物を丁寧に撫でてやった。




「……………空が光りました!」

「唱歌が始まるのだろう。紅茶はもういいかい?」

「ええ。最後の一口を、ぐいっと飲んでしまいますね」



やがて、街の方から星の唱歌が聞こえてきた。


その歌声に合わせるように、ざあっと淡い水色のオーロラが夜空に走れば、いよいよ星祭りの始まりである。



「ネア、屋根からは落ちないようにしてあるけれど、沢山の星が一度で落ちてきた場合は、すぐに私を呼ぶんだよ」

「はい!今年は、素敵な星飾りのある収穫袋なので、きっと質のいい星屑が手に入る筈です!」

「うん。君の願い事が沢山叶うといいのだけれど」

「むふぅ。女の子のお友達が、とうとう出来てしまうかもしれません」

「それは、…………叶わなくてもいいのかな」

「解せぬ」




元々、星祭りの日の夜空は、星の瞬きが強いのでとても明るい。


だが、いっそうに光を強めてゆくオーロラがまるで青白く燃える夜空のキャンドルの火のようで、ネアは思わず見惚れてしまった。


目を射るような強い光ではなく、柔らかな光のヴェールが何層にも重なるような色合いは、なんて複雑で魅力的なのだろう。


そんな空の下に、イルミネーションめいた煌めきを宿す雪のウィームがあって、禁足地の森でも、あちこちで妖精やその他の小さな生き物達が、きらきらと光る。

星の唱歌に合わせて聞こえてくるバイオリンの演奏には、今年は他の楽器も加わっているようだ。



わくわくと、わくわくと。

小さな喜びを重ね、心が弾めば、ネアは小さく足踏みしてしまう。

いよいよ、星祭りが始まるのだ。



(平等に降り注ぐ祝福だからこそ、人間のものだけではない祝祭として、こんなにも土地そのものが華やぐのだろう)



雪などに埋まったまま回収されない星屑は、春までにゆっくりと土地に浸透してゆき、土壌やその上に育まれる草木の糧にもなる。

また、地中や地下の鉱石を育てたり、土地の魔術基盤そのものを豊かにすることもあるらしい。



「きました!最初の星ですよ!!」

「今年のものは、少し右側に逸れたのかな。祝福の豊かな良い星のようだ」

「見て下さい!流星の尾っぽの部分が綺麗なエメラルドグリーンで、なんて綺麗なのでしょう!僅かに混ざった白ピンク色が優しくて、春の庭園のような華やかな煌めきですね」

「あの煌めきには、付与されている祝福の質の色も出るそうだから、その色を思わせる祝福の強い星なのかもしれないね」


しゅわしゅわと尾を引いて落ちてゆく流星を眺め、その星が市場の方に落ちた瞬間に興奮のあまりに弾んでいると、最初の星が落ちた街の方からわぁっと歓声が聞こえてきた。



「いよいよ、戦いの時間です………」

「戦いの時間なのだね……………」

「これまでの失敗を生かし、今年は、より質のいい星屑を多く集めるという作戦を編み出したので、この布鞄いっぱいに上質な星屑を集めてみせますよ!」



けれどもなぜか、意気込みに相応しい成果を得られないのが、ネアの星祭りなのだ。

その時はまだ、そんな事を考えはしなかったけれど。



「そこです!」


まずは、ぽこんと落ちてきた星屑に飛びつき、きらきらしゅわりと光る綺麗なものを手にした人間は、丁重な手つきで大事に布鞄にしまった。

まだ明るい光を宿した星屑はほんのり温かく、空の上の星を手の中に収めるという、この世界ならではの満足感を与えてくれる。


林檎の収穫用の布鞄の中がぼうっと光り、ネアは、既に今年最初の星屑を手に入れたぞという満ち足りた気持ちで、ぽこぽこしゃりんと落ちてくる星屑に襲い掛かっていった。



「………むぅ」

「焦げていたのかい?」

「今年は、少しだけ不安定ですね。ですが、量は申し分ないので、綺麗な物を探してゆきますね」

「うん」


ネア達は、敵の少ない屋根の上でお目当ての星屑を集めるばかりなのだが、これだけ多くの星屑を降らせるだけあって、多少の不良品も混ざっている。

一番多いのは、落ちてきたものの粉々に砕けてしまう星屑で、これは、来年の蝋燭作りに使う大事な素材になる物だ。

星屑を拾いながら、踏んでしまわないように屋根の端に寄せておく。



「むぅ。またしても黒焦げです」

「今年は、焦げているものが多いようだね」

「このお空の上にいるどなたかが、少し上の空なのか、或いは、若干不器用な方なのかもしれませんね」



次に多いのが、ネアが続けて手にしてしまったような、焦げたり燃え尽きたりしてしまっている星屑で、この場合は蝋燭にも使えないのでぽいっとしておくしかない。


ネアは、昨年より黒焦げの星屑に出会う確率が高いような気がするぞと眉を寄せたものの、今度こその大きくて綺麗な星屑を見付けると、そんな不安は消し飛んでしまった。


「ふぁ。これは立派な星屑ですよ!これさえあれば、念願のお友達作戦も…………」


すっかり嬉しくなってしまいそう呟くと、手に持った星屑で早速願いを叶えている魔物の姿が見えた。

ぺかりと光った星屑の輝きに、その願いが叶ったのだと知れば喜ぶべきなのだが、ネアはなぜか、不吉な予感を覚えて首を傾げる。


「ふむ。ひとまず、お誕生日の贈り物回収用とお友達捕獲用は確保したので、ここから先は、私の欲望のままに落ちている星屑を一網打尽にしてくれる」



にやりと笑い、ネアがそう呟いた時だった。



「ネア、……………こちらにおいで」

「………ディノ?」


不意に、いつもより硬質な声で名前を呼ばれたネアは、星屑拾いを後回しにしてそちらに行くと、ディノが差し出した手を取る。

空の上を見上げて目を細めた魔物は、はっとする程に冷ややかな魔物らしい眼差しであった。



(何か、………この空の上で起きているのかしら?)



不安になって見上げても、ネアに見えるのは、沢山の流れ星を降らせる明るい星空ばかり。

けれどもディノの目には、可動域の低いネアには見えないような何かが見えているのかもしれない。



「…………終わったようだね。星の領域で、僅かに争いの気配がしたんだ。空の下に影響が出るといけないと思ったのだけれど、大丈夫だったみたいだね」

「ふむ。忙しい日な筈なので、そんな中で小さな衝突があったのかもしれませんね。きっと、………ほわ」



特に問題もなく終わったようだぞとほっとしかけていたネアの目の前に、空の上から、がさんと何かが落ちてきた。


引き続き、願い事を叶えてくれる星屑も落ちてきているのだが、ネアは、目の前に落ちてきた物に驚いてしまい、呆然と立ち尽くす。



(赤い…………?)



「……………なぜ、お空から、激辛スナックの袋が落ちてくるのでしょう」

「…………落としてしまったのかな」

「むむ!またしても落ちてきましたよ!あちらにもです!………これはもう、空の上のどなたかが、隠し持っていたおやつをうっかり落としてしまったのかもしれ……………むぎゃふ?!」



ぽつぽつと落ちてきた小さめ包装の赤い紙袋に、ネアは最初、事故だろうと考えてしまっていた。


しかし、その直後にどさっと大量に降り注いだ激辛スナックの紙袋が、リーエンベルクの屋根や中庭をあっという間に埋め尽くしてしまう。

これには騎士達も驚いたようで、あちこちから状況確認の声が聞こえてきた。




「ネア!大丈夫かい?」

「……………ほわ、私の足元は、なぜ激辛スナックの袋で埋まっているのです?」

「星屑の代わりに、この袋を落としてしまったのかな」

「まぁ。そうなると、限界に挑戦などと書かれている激辛スナックめが、願い事を叶えてくれる綺麗な星屑よりも、優先的に落とされたのですか………?」

「ご主人様……………」



静かな静かな声で呟いたネアに何を感じたのか、慌てたディノが、ギモーブをお口に入れてくれる。

美味しい甘酸っぱさをもぐもぐしながら、ネアは、慎重に激辛スナックの袋の山から足を引き抜いた。



リーエンベルク内は、屋根の上から見渡す限り真っ赤になっているので、相当な量のスナックの袋が降り注いだらしい。

これはもう、誰かがおやつを落としたというレベルではなく、意図的に降らせたとしか思えない量ではないだろうか。



おまけに、激辛スナックの袋を沢山降らせた事で空の上の者達は満足してしまったのか、明らかに、落ちて来る星屑の量が減っている。

こつんこつんと、まばらに落ちて来るくらいになってしまった星屑に、ネアはわなわなと怒りに震えた。



「……………ぐるるる」

「どうして、このような物を降らせてしまったのだろう………」

「こ、こんな妨害に負けてなるものですか!!私は、この下に残っている筈の、その前に降った星屑を探し出し、全て手に入れてみせます!!」



怒り狂った人間が、必死に赤い紙袋を掻き分けていると、屋根の上に誰かが下り立つ気配がした。

暗い目で振り返れば、如何にも自宅で過ごしておりました風の装いにコートを羽織っただけのアルテアがいるではないか。



屋根の上の惨状に目を瞠っている選択の魔物は、どこか無防備ですらある。

ぐるりと周囲を見回してから、責めるような眼差しでこちらを見るので、ネアはぶんぶんと首を横に振っておいた。



「寧ろ私は被害者なのですよ………」

「突然降ってきたので、上での調整だと思うよ」

「……………いや、おかしいだろ。なんでだよ」

「私にも分からないけれど、直前に、星の系譜の者達の気配に揺らぎがあったんだ。落ち着いたのでそのままにしてしまったけれど、何か問題が起きていたのかもしれないね」

「……………これは、ガーウィンで流通している菓子だな」

「ふむ。私は、ガーウィンを攻め滅ぼせばいいのですか?」

「やめろ」



中のスナックが割れないように空気を含む包装になっているので、ネアは、嵩張るスナックの袋をかき分けるのにとても苦労していた。


悲しみと怒りのあまりに荒れ狂う人間がじたばたしていたからか、見かねたアルテアが、隔離空間を設けてくれ、ひとまず屋根の上の菓子袋だけはどかしてしまうことになった。



「こ、これで、その前に落ちてきた星屑だけは、なんとか集められます……………」

「ったく。やれやれだな………」

「この菓子袋は、一定間隔で落とされたようだね。街の方でも、赤くなっているところがあるようだ」

「であれば、星の系譜の方々は、我々がどれだけの準備を重ね星祭りを待ち侘びていたのかを、知らなかったのでしょう。………誰が発案者か知りませんが、絶対に許しません……………」

「ご主人様……………」




もしこれが、少しの星屑も降らずに成された暴挙であれば、星の系譜の者達は、この夜の内に滅ぼされてしまったかもしれない。

だが、幸いにもその前に降っていた星屑が一定量あり、ネア程強欲ではない他の被害者達は、何とか溜飲を下げたようだ。


とは言え、星祭りに星屑以外の物が降り注ぐなど、記録にないくらいの珍事である。


この現象は、ヴェルクレア国内で数多く報告されたこともあり、翌日の朝には調査委員会が立ち上げられ、降り注いだ菓子の製造元に調査団が差し向けられた。




「製造元の職員たちがさ、星祭りに自社製品がみんなに食べて貰えますようにって星屑に願ったらしいよ」



昼食の席でそう教えてくれたノアに、ネアは低い怨嗟の唸り声を上げた。



「ぐるる…………」

「それで、あのような事が起きたのだな。大聖堂で一報を聞いた時は、……………もっと良くない事が起きたのかと思ってしまった」

「ええ。リーエンベルクが真っ赤に染まったという報告でしたからね。近くにゼノーシュがいなければ、より大きな混乱となりかねませんでした」

「………大聖堂の周辺には、降らなかったのですよね?」

「あ、ああ。………その、探せば、まだ森の方に残っているのではないか?」



ネアの暗い眼差しに慄いたのか、エーダリアが、引き続きの星屑探しを提案してくれる。


だが、森に降った分の星屑は森の生き物達のものであるし、激辛スナックの袋は禁足地の森にも降ってしまったので、ネアは、そこで暮らす者達の取り分をこれ以上に減らす訳にはいかなかった。



「……………ある程度は確保済だったので、今回はこれで我慢します。ですが、また来年もこんなことをしたら、絶対に許しません…………」

「ありゃ、相当怒ってるぞ………」

「昨年の星祭りの際に願いを叶えるとしてしまったものの、売買契約の魔術で守られた商品の流通経路には介入出来ませんからね。星の系譜で大量に商品を買い取り、空から落とすという手法になったのでしょう。ディノ様が星の魔物と話をして下さったようですので、もう二度と同じような事は起きないと思いますが………」



そう呟くヒルドの横顔には、疲労の影がある。


さすがに領民達はそこまで無謀ではないが、小さな妖精や野生の生き物達は、星屑の代わりに落ちてきた菓子袋を何だろうと思って開けてしまったり、中には食べてしまったものもいるらしい。


その結果、星祭りの翌日にウィーム各地の治療院や薬院に駆け込む人外者達が激増し、激辛スナックで儚くなってしまった生き物も沢山いたのだという。




(あの後は、大変だったのだ……………)



うっかり激辛スナックを食べて悶絶する者達の為に、リーエンベルクでは、急遽、禁足地の森や並木道に水飲み場を設置しなければならなかった。


とは言え、それは一時凌ぎに過ぎない。

激辛香辛料で真っ赤になったスナックを食べた口内を落ち着かせる為の薬湯なども、大量に作られ配布された。



夜通しそんな救援活動にあたったウィーム領民達は、すっかりくたくたである。


ウィームの街のあちこちで、荒んだ目をして星祭りの日の限定の飲み物をごくごく飲む者達の姿が見られた。

恐らくその中の何人かは、同じような被害を受けた他領の住人達と同じように、空の上の星の系譜の犯人たちへの恨みの籠った願い事を星屑にかけてしまったのだろう。


製造元の菓子メーカーは被害者に近いという点が考慮され、厳重注意がなされただけで済んだが、激辛スナックの袋を空から降らせてしまった者達は、アルテアが隔離収納してくれた物も含めた、ヴェルクレア各地に降らせた膨大な量の激辛スナックを、責任を取って引き取る羽目になったらしい。


今も泣きながら辛いスナックを食べているそうで、ネアは、ちょっぴり可哀想だがこうなる事を予測出来なかった責任を取るが良いと、重々しく頷いておいた。




「一度、星屑の代わりに魚が降った事がある。その時も大騒ぎだったな」

「……………まぁ。今回が初めてではないのですか?」



そんな事を教えてくれたのは、リーエンベルクを訪れてくれたウィリアムである。


ネアへの誕生日の贈り物の授与式は、星祭りの日が変更になった際に仕切り直し、週末に再設定してあったのだが、リーエンベルクにも激辛スナックの袋が降ったと聞いて心配して駆けつけてくれたのだ。


星祭りに星屑の代わりに真っ赤な紙袋が降り注いだという一報は、終焉の魔物にとっても、なかなか衝撃だったらしい。



「小さな山間の村だけに起こった事件だったから、あまり知られてはいないんだろう。なかなか手に入らない魚が欲しいと願った者が多かったようで、その時はとても喜ばれたみたいだな」

「むぅ。そうなると、現物支給という事例は、あるにはあるのですね………」

「だとしても、需要と供給の構図にすらならない今回のやり方は、完全になしだがな」


結局あの後はリーエンベルクに泊まったアルテアの言葉に、ノアも頷く。


「だよねぇ。欲しがったなら兎も角、こっちはあんなものいらないんだからさ」

「……………グラストは、喜んでいたようですがね」

「……ああ。口に合ったようだな」

「え、グラスト、あのスナック食べられるの?!死者も出たんだよね?!」

「人的被害は、国内でも六人程度で済んでいるようだ。だが、体の小さな生き物には、刺激が強過ぎるのは間違いない」

「………国内で六人も亡くなっていれば、人間にも充分に強いのですよ………」



リーエンベルクに降り注いだスナックの一部は、グラストが引き取る形で残したのだそうだ。


小さな妖精や精霊は簡単に死んでしまう激辛スナックを鍛錬後のおやつに食べてしまうグラストの姿に、若い騎士達は、ますます憧れを強めているという。


ディノも、食い意地の張ったご主人様の為にひと袋取っておいてくれたが、ネアは、きっぱり首を横に振って受け取りを辞退させて貰った。



その日以降、星の明るい夜になると、時々、空の上からしくしくという泣き声が聞こえるようになったので、夜空の上には、頑張って激辛スナックを食べる者達がいるのかもしれない。


星祭りの日に、そんなものを降らせるのは間違っていると最後まで抵抗した者達だけが、その罰を受けずに済んだのだそうだ。









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