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夜掻きと拾い物の金貨




その日のウィームでは、翌日の星祭りが延期になり、星屑を集める為に鍛錬をしてきた領民達が重々しく頷くという場面があった。


人々にとっての年明けの最大行事と言えば、この星祭りと、その後にある新年のお祝い料理の振る舞いである。

どちらも、厳しい鍛錬と戦略を以って挑む収穫の儀式だ。


幸にしてネアは、新年の振る舞い料理については、好きなものをいただけるという特権階級に座していた。


とは言え、何もかもをという強欲さは見せず、最も外せない料理の幾つかを恥じらいを含めて控えめに注文しておくという振る舞いなのだが、使い魔のお皿の物は奪って構わないので、負けじと自分のお皿から料理を分けてくれる伴侶と合わせ、ネアの行動域は三倍である。



(なので、振る舞い料理については、鍛錬の必要はないのだけれど……!)



しかし、残念ながらもう一つの年明け行事の星祭りについては、どうしても叶わない願いが多いネアは、日頃よりたゆまぬ努力で鍛錬を続けてきた。

今年は特に、貰えていない誕生日祝いを受け取らねばならないので、とても真剣である。



「むむぅ。夜掻きめのせいで、備えていた気持ちが緩まないよう、また気を引き締め直さねばなりませんね」

「可愛い、弾んでしまうのかい?」

「夜掻きの移動とやらが、収穫を齎さないものであれば、私は、素晴らしい星祭りの収穫の邪魔をしたそやつ等を許しはしませんでした!」

「お前の成果が素晴らしくなるかどうかはさておき、夜掻きは狩るなよ」

「…………今年の星祭りは、沢山の願い事を叶えてみせるのですよ?」

「………ご主人様」

「なぜ、エーダリア様達だけでなく、ディノまで悲しげな目をするのですか?」


ネアは、今年の星屑こそきっと、女友達を作る願いを叶えてくれる筈だと拳を握ったが、なぜか家族はささっと目を逸らすではないか。


「ですが、今年はまず、贈り物を受け取っていただけませんと」


くすりと笑ってそう言ったのは、所用で王都に出ていたヒルドだ。

見慣れない漆黒の軍服めいた盛装姿に、ネアの視界はとても満たされている。


ノアが同行してくれたので一安心だが、ヴェンツェル達と共有している契約書類の更新があり、たまたまダリルは外せない用事があった為、ヒルドが出かける事になったらしい。


エーダリアを王都に行かせたくないからと代理人を務めたヒルドに、ウィーム領主は、朝からとてもそわそわしてしまい、こうして今は、帰ってきたばかりのヒルドとお茶をしようと会食堂に来ているのだった。



「皆さんからのお祝いの品は、絶対に受け取ってしまいます!今年もまた、星屑を狩り尽くしてみせますね!」

「………おかしいだろ。拾う筈の星屑が、狩りになっているぞ」

「………む?」



元々、明日が星祭りの予定だったので、今夜のリーエンベルクには、アルテアだけでなく、ウィリアムまでもが滞在していてくれた。


星祭りでネアが願い事を唱え、星屑が願いを叶えてくれた瞬間に贈り物を渡してくれる為の滞在なので、ネアとしてはそんな二人の滞在を無駄にしたと言う意味でも、夜掻きの移動は別の日にして欲しかった次第だ。




夜掻きは、星明かりの美しい夜空に現れる、小舟のように見える生き物の群れなのだそうだ。



そんな事だけを聞けば、見上げて見付けたらその船を操舵するのは誰だろうと思うに違いないのだが、こちらの世界では、そんな小舟が実は山鳥の分類であるというとんでもない事が起きる。


ネアからしてみると、なぜ小舟型の山鳥がいるのかという部分は謎でしかないのだが、包装紙からぺらぺらリボン型、バスタオル型にタオルハンカチ型までいる不思議生物の見本市がこの世界の鳥類なのだ。



「金貨の収穫にはノアベルトと出るので、お前は休んでいてくれ」

「おや、着替えてから私も同行いたしますよ」

「だが、疲れてはいないのか?金貨拾いであれば、さしたる危険もない。疲れているのであれば、ゆっくり休んでいて欲しいのだ」



真摯な眼差しでそう告げたエーダリアに、ヒルドは淡く微笑むと首を横に振った。

瑠璃色の瞳に浮かぶ柔らかな表情は、この森と湖のシーがすっかり寛いでいることを教えてくれる。


だからだろう。

ノアがくすりと笑うのが見えた。


「であれば、尚更参加しなければなりませんね。折角、………家族と過ごせるのですから」

「ヒルド………」


そのやり取りでエーダリアがくしゅんとなってしまい、ネアは、隣に座って三つ編みをどうやってご主人様に持たせるかを検討していたディノに、拳を握ってみせる。


いきなりにっこり微笑みかけられた魔物は、真珠色の睫毛を揺らして困惑したように首を傾げてしまったが、ネアが微笑むと一緒に嬉しくなってくれたのか目元を染めている。



「ネアが懐いてくる………」

「ふふ。今夜は、みんなで沢山の金貨を拾えるといいですね」

「うん。君は、沢山拾えるのではないかな」

「星屑の予行練習だと思って、素早く拾いますよ!」

「ご主人様!」


隣の席の使い魔から、事故るなよという呟きが聞こえてきたが、ネアはぷいとしておいた。

新年早々に、しかも収穫の儀式で狩りの女王が事故る筈などないのだ。



(夜掻きは、夜空の上から金貨を落とす船……鳥なのだとか)



大地に住まう者達には、すいすいと夜空を漕いでゆく船底しか見えないらしく、近くを竜などが飛ぶと怯えて姿を消してしまうそうなので、今夜のウィームには一時的な竜達への飛行禁止依頼が出ている。


依頼なので強制力はないが、夜掻きの落とす金貨の祝福は竜達も好むものなので、積極的に力を貸してくれるらしい。



「その金貨を拾えると、美味しいものが食べられるようになるのですよね」

「ああ。手に入れた者の嗜好に合わせ、好みの酒を飲めるような祝福にもなるのだ。古くは金貨ではなく、果実を落としていたそうだが、近年では人々の嗜好が多様化したからな。ここ数百年は金貨を落とすようになったらしい」

「まぁ。夜掻きさんも、時代に合わせた祝福を落とすように努力しているのですね………」



ちょっぴり夜掻きを見直しつつ、ネア達は、お茶を飲み終えたヒルドが着替えるのを待って中庭に出た。

今回の金貨の祝福は、リーエンベルクの排他結界をすり抜ける星屑と同じ仕様の祝福だ。


ネアは、ヒルドが着替える前に着ていた、王都に出かける為の装いである美しい漆黒の正装服も素敵だったなと思ったものの、見慣れた家族としての装いが一番であると胸を張る。


少しだけ、夏至祭の盛装姿を思い出し憧れでいっぱいになったが、もはや既婚者となったネアは、夏至祭の花輪の塔の周りでは踊れなくなっている。




「………そろそろか」



夜掻きが現れるに相応しい夜空は綺麗に晴れていたが、昨日のお昼まで降っていた雪が、しっかり積もっている。

さくさくと雪を踏み、ネア達はそれぞれの狩場に着いた。


(……………むむ!)


ネアはここで、さも、お付き合いでここに居ますよという感じで横に立っている選択の魔物の装いを見て、ぎりりと眉を寄せた。


「ふと思ったのですが、コートも着ずに現れるという事は、アルテアさんはかなり真剣なのです?」

「わーお、本当だぞ。………え、寧ろ金貨目当て?」

「そんな訳ないだろ。このくらいの距離であれば、周囲の気温調整をしながらこのまま出た方が早いからだ」

「ぐるるる………」

「なんで威嚇してるんだよ」

「競合であれば、負けませんよ!」

「ったく。その勢いで事故るなよ?」



頭の上に手を載せられ、わしわしと撫でられたネアは更なる威嚇の唸り声を上げた。

怒れる狩りの女王に怯えてしまったのか、近くの花壇にいたちびこい生き物達が、みゃっと逃げて行ってゆく。


その中に少しばかり様子のおかしな生き物を発見したエーダリアが、目を丸くしてノアの袖を掴んでいた。



「え、………今、何か変なのがいなかった?!」

「今の生き物は、箱包みの亜種ではないだろうか?!」

「ありゃ、怖かったのかと思ったら、大喜びだぞ……」

「やれやれ、あの個体であれば、先月から庭におりますよ。エドモンが気に入って餌付けしていますので、話を聞かれてみては?」

「そうだったのか。………エドモンとなると、珍しいな」

「あの箱包みの方が、エドモンの鍛錬の様子を気に入ったようで、毎日、鍛錬の時間になるとエドモンを観に来るのだそうです。恐らく、リーエンベルクの庭に棲家を持ったのも、エドモンの鍛錬を見守る為でしょう」

「箱包み…………さん?」

「階位は低いが、予兆を司る妖精の一種だよ。箱を布で包んだような形をしているものなのだけれど、先程の個体は頭頂部の結び目のような部位が、広がっていたようだね」



会話の大前提の生き物の名前から躓いていたネアが首を傾げると、そんな生き物については知っていたのか、ディノが説明してくれる。



「船な鳥さんに、箱包みな妖精さん………」

「箱包みは、一刻後の天気の予兆を出すから、人間とはよく共存しているのではなかったかな」

「お天気予報をする箱………」


だが、そんな説明を聞いた事で、ネアの頭の中はとても大変な事になってしまったので、聞かなかった方が良かったのかもしれない。



りぃんと、不思議な音が夜空に響いた。

耳鳴りのように感じられなくもないが、不快感はない。

水を張った硝子の鉢を金属の棒でそっと叩いたような、透明に澄んだ音だ。



「そろそろかな。僕の可愛い妹は、転ばないようにね」

「はい。金貨を沢山集め………ふぁ……!」



ふと空を見上げ、頷いたのはノアだ。

足元の注意に微笑んでみせたネアは、落ちてくる金貨を見逃すまいと空を見上げ、目を丸くした。



(………綺麗)



晴れ渡った夜空に、何百もの船底が見えていた。

だが、じっと見ていると、船を作る板材のように見えるのは、ふさふさとした羽の塊のようだ。

遠目で見れば船にしか見えないものの、手を伸ばして触れたならきっと柔らかいのだろう。



「………こんなに沢山の、綺麗な色の夜掻きさんがいるのですか?」

「浮気………」

「あら、浮気ではありませんよ?………ですが、この夜空に夜掻きさんが現れている景色としての美しさに、うっとりしてしまいました。それぞれの個体の羽色が違っていて、そんな夜掻きさんが沢山集まるので、複雑な色合いに見えるのでしょうか………」

「実際にはさ、羽色は三色くらいしかないんだよ。でも、育った夜によって羽の成長具合が変わるから、下から見上げると、街の明かりや建物の明かりの光の反射具合で複雑な色合いに見えるんだ」



(上の部分はどうなっているのだろう………)



ノアの言葉に夢中で頷き、ネアは、目を輝かせて空を見上げる。


夜空いっぱいにという程の数ではないが、見上げている場所の真上には、随分と多くの夜掻きが現れたようだ。



この夜掻きの出現の情報は、熱心な夜掻きファン達から齎されたもので、世界中のあちこちに夜掻き追いと呼ばれる者達がいるのだとか。

何しろ、追いかけて旅をすればあちこちで金貨を貰えるので、食べ物に苦労しない人生となる。


その代わりに移動費用はそこそこに高くつくので、夜掻きを追いかけて旅をする者達は、立ち寄る土地の決まりをきちんと守り、夜掻きの移動情報を共有する事で、その土地の管理者から僅かながらの返礼金を得ているらしい。


とは言えヴェルクレアでは、夜掻き追いの旅人の移動は国民だけしか認めていないので、今宵のウィームに滞在している者達の身元はある程度安全である。

大国で他国からの夜掻き追いを受け入れているのは、意外にもカルウィなのだそうだ。



(深い青色に紫。青緑に赤紫と、灰色がかった水色まで。………ずっと見ていたいくらいに綺麗だし、こんな複雑な色合いの織物が欲しくなってしまうような美しさだわ……)



しかし、この夜掻きの移動の見所は、ここからなのであった。



「空の上に揃ったようだね。夜を掻き始めるから、もう少し側においで。最初の金貨の落ち方を見て、どうやって集めるのかを決めるといい」

「はい。ではそうしますね。………み、見て下さい!夜掻きさんの体の脇で、しゃばしゃばした水飛沫のような光が!」

「あれが、夜空を掻いているところなんだ。水鳥が水面に浮かぶ為に足を動かすようなものかな」

「鳥という定義がとても不安定な時ですが、私の想像で間違いないと思います!」



夜掻き達にとって、この夜空は水面のようなものなのだろう。


彼等は、一箇所に留まらずに旅を続ける渡り鳥で、子育ても旅をしながら行うらしい。

そして、訪れた土地の夜空を渡る為に夜を掻くことで、夜空に揺蕩う祝福の層を金貨に変えて落としてくれるのだ。



(あ………!)



ちゃりんと、夜空を揺らす水飛沫のような鮮やかな水色の光の粒が、金貨になって落ちてきた。


こーんと、澄んだ音を立ててリーエンベルクの屋根の端の雪の積もっていなかった部分に当たり、ネア達から少し離れたところに落ちてゆく。

そんな最初の金貨が落ちた箇所を凝視していたネアは、何者かが、しゃっと滑り込みその金貨を手にするまでを見ていた。



「ムグリスでしょうか。なかなかの強敵ですね」

「おい。うかうかしていると、あっという間に降り始めるぞ?」

「ぎゃ!沢山落ちてきている!!」



移動を開始した夜掻き達に、いつの間にか、しゃりしゃりこつんと、空のあちこちから金貨が落ちてくるではないか。

ネアは慌てて、落下の軌跡を目で辿り、素早く駆け寄ると一枚の金貨を手にする。


しっかりとした厚みと重さのある、重厚な金色の金貨だ。



「や、やりました!!」

「うん。良かったね。これも持っているといい」

「まぁ、ディノも拾えたのですね」

「真上に落ちてくるものは、途中で取れるからね」

「………なぬ」



おやっと思ったネアが慌てて周囲を見回すと、動体視力がいいらしい魔物達は、金貨が地面に落ちる前に空中で掴み取っているようだ。


慌てた人間は、こちらだって泥臭さで負けるものかと姿勢を低くして駆け回り、意気込みのあまり一度べしゃんと転んだが、それでも尚、金貨を集め続けた。



(ウィリアムさんも、参加出来れば良かったのにな)



今夜はウィリアムもまだリーエンベルクにいるのだが、夜掻きが怯えてしまうからと、屋内でお留守番していてくれている。

ネアはそんな終焉の魔物にもお土産を持ち帰ると誓っているので、拾う金貨は多ければ多い程いい。



「むが!」

「ネア、また転ばないようにね」

「ぐぬぅ!何だかよく分からない、ちびこくてもわもわした生き物達が、あっという間に金貨を持ち去るので、少しも気が抜けません!」



ネアのように空を見上げて金貨の軌道を辿る生き物がいれば、地表近くで待ち構えている生き物達もいる。

そんな小さな生き物達は、金貨がぽさりと雪の上に落ちた瞬間を狙っているのだ。


ネアとて、そんな儚き者達の収穫の全てを巻き上げる程に残忍ではないが、現状は、そちらの方が拾得率が高いというたいへん遺憾な状況にあった。



(どうしよう!まだ二枚しか拾えていないなんて……!!)



慌てたネアは、いっそうに夢中で金貨を集めたが、この夜掻きの落とす金貨は、待機している頭上に夜掻きがいることが前提である。

夜掻き達が移動してしまうと拾えなくなるので、元々限られた時間の中での戦いだったのだ。


どれだけネアが頑張っても、敵に先を越されている間に、夜掻き達はリーエンベルクの上空を通り過ぎていってしまう。



「ぐぬぬ、………ぎゅむう!もわもわめ!!!」

「ネア、私が拾った物も分けてあげるよ?」

「…………もっとこう、ざくざく拾い、早々に目標数を達成して後はのんびり夜掻きさんを眺めるつもりだったのですよ?」

「予定の数には、届かなかったのかい?」

「三十枚の予定でしたが、五枚でふ………」



ネアが悲しく項垂れると、こちらに歩いてきたアルテアが瞠目するのが見えた。

なぜか暗い目をしてこちらにずかずか歩いて来るが、金貨が予定数拾えなかった以外の事故は起きていない筈だ。



「……………おい、何だその有り様は」

「む、……あちこちが雪まみれなのは、戦いの直後だからなのですよ。この戦域では、もわもわしたちびこい敵がとても多く…………みぎゃ?!」

「ネア?!」



ぱっと、中庭が明るくなる。

夜掻きが通り過ぎたので、リーエンベルク内の庭に面した廊下の明かりが戻ったのだろう。


今夜は、落ちてくる金貨や夜掻きの姿がよく見えるようにと、リーエンベルク内では、庭に面した窓のある場所の照明を落としていたのである。



そうして抑えられていた窓から庭に落ちる光が戻った事で、ネアは、苦戦した相手の正体に気付いてしまった。


びゃんと飛び上がった雪まみれのご主人様にへばりつかれ、慌てたディノがすぐに持ち上げてくれる。

しかしこちらも、伴侶が戦っていた相手の姿を見てしまい、ネアを持ち上げたままへなへなとその場に蹲ってしまった。



「ったく、何が………っ?!」

「だ、脱脂綿妖精めです!」

「…………金貨を集めるのだね………」

「わ、私は、あやつらの群れと戦っていたので、何度もぼふんとぶつかっていたのですよ……ぎゅ」



窓からの明かりに浮かび上がったのは、淡い緑色で虚ろな顔をした、お馴染みの妖精達だ。

こんな雪の中でどこからやって来たのか、か細い声でらんらんと歌いながら、金貨を手にして満足げにあちこちに散開してゆく。


 

「ご主人様………」

「むぐ。ディノもアルテアさんも、すっかりくしゃくしゃですので、早く屋内に戻りましょうね」

「……………その前に、お前は雪を払っていけよ」

「は!………頭の上がひんやりしているのを、すっかり忘れていました」

「ったく」



こちらに合流したエーダリア達も、ネアの惨状に少し驚いたようだ。


そして、エーダリアが九枚、ヒルドが十三枚、ノアは二十枚もの金貨を手にしており、惨敗の狩りの女王を、いっそうにしょんぼりとさせた。



聞けば、エーダリアがいたのはムグリス戦域だったらしく、何度か、もふもふした生き物にぶつかったそうだ。

羨ましさに憤死しかけたネアは、呆れ顔の使い魔に丁寧に雪を払って貰ったが、髪の毛について吐息で溶けた雪に更に雪が絡んだ部分は魔術で払うしかないと、部屋に帰ったらお風呂に入る事を約束させられてしまう。



「お母さんなのです………」

「やめろ。………いいか、夜掻きは、土地の季節の特性をより強く付与する鳥でもある。ウィームが冬の資質の強い土地である以上、夜掻きが通った空の下はかなり冷えるからな」

「……まぁ。それは知りませんでした」

「だから、夜掻きの現れは、気温の下がる夜だと言われてきたのか………」



そんな夜掻きの特性は、エーダリアも知らなかったのだそうだ。


ウィームでは、冬の寒い夜に夜掻きが現れ易いと言われていたようで、そんな冷え込みがまさか、夜掻きの齎したものだとは思いもしなかったという。



「アルテア様の仰るように、かなり冷えてきましたね。エーダリア様も、入浴されてからお休み下さい」

「ああ。そうしよう。寒さを齎す冬の魔術には、そのような暖の取り方が効果的だからな」

「確か、暖炉や火鉢の火に湯たんぽ。温かなスープや、毛布もいいのですよね?」

「ああ。冬の系譜の魔術から生き物を温めるものという認識を得ているものが、最も効果を得易いのだ。種族差があるが、人間には、そうしたものが有効だと言われているな」



季節の齎す魔術の影響には、冬だと思うと寒さがより身に染みるというような、認知の系譜の効果も多く含まれているのだそうだ。

そして、そのような効果は、同じく認知の系譜の魔術効果を齎す措置によって緩和され易い。


人外者が多く、暖炉を作る事を好まないウィームでは、冬の魔術が強まり冷え込む夜は、温かなお湯を張った湯船に浸かったり、あつあつのスープを飲むのが一般的だという。



(魔術とは関係のない古典的な手法のように思えるけれど、それでも魔術を介した理由がしっかりあるのが面白いな……)



残念ながら晩餐の時間は過ぎている事に加え、雪まみれになってしまったネアは、入浴が適切だろう。

そう考えて頷いたネアは、腕輪の金庫から取り出した、手のひらの中の金貨をじっと見つめる。



「むぐ………これで、美味しいものを………」



この金貨を使って、何を食べようか。

そう考えると、収穫が少なくても笑顔になってしまう。


使い方としては、金貨で欲しい食べ物や飲み物などを思い描きながら枕の下に敷いて眠るといいそうで、朝になって金貨が消えていたら要求が受理されたという事になるそうだ。

とは言え上限があり、この一枚の金貨の支払いで叶えられるのは、ザハの晩餐のコースくらいのお値段までなのだとか。



「この金貨の価値に収まるものを、お願いするのですよね?」

「うん。食べに行きにくい土地の食べ物や、安価だが流通の少ないものに使うといいそうだよ」

「ひょ、氷河のお酒にしまふ!一つは氷河のお酒なのですよ!」

「可愛い、弾んでる………」



ディノは、ガーウィンの屋台で食べた卵揚げをお願いするらしい。


また、多めに買っておいた備蓄がなくなったら、昨年末のシナモンロールも食べたいかもしれないと話していて、ネアは、この魔物が思っていたよりシナモンロールを気に入っていた事を知った。



「ネア、雪だらけじゃないか。どうしたんだ?」



そう声をかけてくれたのは、中庭に繋がる扉のところで待っていてくれた、屋内お留守番のウィリアムだ。

心配そうに手を伸ばして頬に添えてくれると、いつもはネアの体温より低く感じる終焉の魔物の手は、じんわりと温かい。



「金貨の奪い合いで、思いがけない難敵が現れてしまい、苦戦したのです………」

「ネアが苦戦したとなると、なかなかの相手だったんだな。食堂に、西方のレシピを使った温かい林檎の酒があるそうだが、どうする?」

「温かい林檎のお酒………じゅるり」


ネアがすっかり温かいお酒を飲むのだというお口になって目を輝かせると、エーダリアが何かを思い出したように目を瞠った。


「そう言えば、遠方のレシピがリノアールの期間限定の売り場に出たそうで、試してみると話していたな」

「は!異国の味ツアーのお店ですね!………あのお店には、小海老サンドやお野菜チャタプ風のもの、串焼肉や、お砂糖たっぷりのミントのお茶に、ランシーン風の林檎の蒸留酒を使った飲み物があるのだとか。………じゅるり」

「その店だろう。グラストが、ゼノーシュと共に行ってきたそうだが、企画とレシピの持ち込みは会………旅の商人らしく、今回の企画が上手くいけば、また第二弾の出店を考えているらしい」

「むむ、すっかり忘れていましたので、明日のお仕事の後で行ってみたいですね………」

「おや、では行こうか」

「はい!」



ネアは、明るいところで丁寧にやろうとまだ雪の残っていた髪の毛を、アルテアに魔術でしゅわんと綺麗にして貰い、コートを脱いでリーエンベルクに入った。


入浴もするが、まずは会食堂で温かい林檎のお酒をいただき、お腹の中をほこほこさせてから、ざっと湯船に浸かって就寝しよう。


寝台に入る頃には、いい具合にほんわりしている筈だ。



「ウィリアムさんにも、金貨のお裾分けをしますね」

「ん?思っていたより、拾えなかったんだろう?」

「ええ。ですが、ウィリアムさんにもお土産を持って帰るのだと心に決めて挑んだので、その目的は達成するのですよ!」


ふんすと胸を張り、ネアは、厳かな気持ちで二枚の金貨をウィリアムに譲渡した。


淡く微笑んだウィリアムは、この金貨のお礼に食べたいものや飲みたいものがあれば今度持ってきてくれると言うのだが、それは、結果としてウィリアムの取り分がマイナスにならないか心配なところだ。



「ネア、私の金貨からも、君の食べたいものを選んでくれるかい?そんなに沢山は思いつかないから、君にあげるよ」

「………ですが、ディノの分がなくなってしまったら大変なので、余ったらでいいのですよ?」

「五十枚はあるかな。沢山使えるから大丈夫だろう」

「ご、ごじゅうまい!」



さらりと第一位に躍り出たディノのあんまりな拾得数に、ノアやアルテアも、ぐりんとこちらを振り返ってしまう。


聞けば、ネアが脱脂綿妖精との戦いであちこちへ移動したので、その移動を追いかけながら、広範囲で落ちてくるものを空中で掴み取っていたらしい。



「まぁ。さすが私の魔物ですね。ディノが一番です!」

「ご主人様!」




よく分からないけれどご主人様に一番だと言って貰えたのは嬉しいと目元を染めた魔物は、翌朝には、グラストが七十枚の金貨を集めたと知ってしょんぼりすることになる。



そういえばそちらのチームには、因果の成就の祝福と見聞の魔物の力があるのだったなと苦笑しているエーダリアは、以前から欲しかった星砂糖の雪蜜を手に入れてご機嫌な朝を迎えていた。


濃いめに淹れた紅茶に、この蜜を落として飲むととても美味しいのだとか。



(今日は、引き続き、まだどこかに落ちているかもしれない金貨の捜索や、夜掻きの移動の観察が行われるから、星祭りは明日になる………)



夜が明けても金貨の盛り上がりが続くウィームに、計画的な使い方をしっかり考えておいたネアも、えいっと金貨を使いたくなってしまったが、あと五日我慢すれば狙っていたアクテーの季節限定のバタークッキーが発売開始となるので、そこまでは我慢だ。



ウィリアムは、貰った金貨で、今はもう砂漠になってしまったとある国の王都で作られていた、砂糖黍を使ったお酒を手に入れたのだそうだ。



この金貨では、完全に失われたものや禁忌に触れるもの、金貨一枚の価値を超えるものは手に入らない。


だが、そこにさえ引っかからなければ、無償で手元にぽこんと現れる食べ物や飲み物は、世界のあわいや影絵から出されると言われているのだとか。



「晩餐でお願いすると、きちんと夜にお料理を出してくれるのですよね?」

「うん。私の金貨で、一度試してみるかい?」

「やってみてもいいですか?価値的に、ザハのハーフコースなら二人分いただける筈ですから」

「特定の店の料理を頼んだ場合は、現れる時には食器類も一緒に出てくるけれど、それは、食事を終えると消えてしまうから、残しておきたい料理がある場合は、持っている皿などに取り分けておくといいそうだよ」

「むぐ!」



チーズたっぷりのふわふわのスフレオムレツをいただきながら、ネアは、金貨に注文する物と使い魔に注文出来るものをきちんと見極めなければときりりと背筋を伸ばす。


今朝は朝食の席に加わらず、部屋で金貨の出した何かを楽しんでいるらしいアルテアは、やはり充分に夜掻きの落とした金貨を楽しんでいるらしい。









明日の更新は、短めとなります。

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