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190. 樽は次回以降受付けません(本編)




翌日の朝は事件の解決を受けて綺麗に晴れるということはなく、見事な薄曇りの朝であった。


だが、イブメリアの季節らしい空模様にネアは大満足であったし、朝食で出て来た素敵なポテトグラタンと、オリーブのパン、ハム各種に温かい牛コンソメのスープというメニューに心をほかほかにしていた。


今回の一件は、魔術の繋ぎが残らないように慎重を期し、イブメリアが終わった後でエーダリアに共有される事になる。


昨晩の内にディノとノアでも独自に何が起きていたのかを調べたようで、どうやらエーダリアは、グレイシアを介してかけられる予定であった祝祭魔術の欠落という不名誉と引き換えに、亡命者の受け入れを強要されそうだったのだと判明した。


祝福魔術の欠落を偶然居合わせたイスキアの高官の手助けで乗り切るという筋書きだったようだが、祝祭の儀式に欠陥があったことに気付かなかったという汚名を着せられるばかりか、ヴェルクレアと正式な国交もないような政情が不安定な他国に貸し一つという、エーダリアにとっては不名誉しかない展開ではないか。


イスキア側にも事情があるにせよ、そんな事になればヴェルリアの貴族達に弱味を与えるような形になるのは間違いなく、国内での政治的な立場が盤石とは言い難いエーダリアにとっては、下手をすれば取り返しのつかない瑕疵となりかねない。


だからこそ、エーダリアの支持者達はここまで徹底的にイスキアの思惑を潰したのだろう。



(よりにもよって、ウィームで最も大きな祝祭となる、イブメリアの祝祭儀式でそのような事をするだなんて……………)



ましてやその儀式には、ヴェルクレアの第一王子であり、ヴェルリア派の筆頭でもあるヴェンツェル王子が出席する予定なのだ。

そんな日に問題を起こせば、王都の廃ウィーム派の者達にとって、これ以上に糾弾し易い材料もない。


どうやらグレイシアが自分で考えてエーダリアの支持者達に相談してくれたようなので、イスキアの介入の後に起こり得る問題の危うさにグレイシアが気付いてくれてこその回避だと言えよう。

これが冬祝祭後であれば危うかったが、祝祭に近い時期のグレイシアは階位も上がる。

イスキアの人間達との交渉を可能にする一方で、今回の問題について自分で可否を判断出来る状態であったというのは幸いであった。


(それと同時に、エーダリア様の支持者の方達が、イスキアからのお客がグレイシアさんに接触する前に手を打ってくれて良かったと言わざるを得ない……………)



ウィームを訪れていたイスキアの高官は、マイロの手で内々に処理されたのだろう。


とは言えここは秘密の帳の下りる街であるので、その秘密が外に漏れる事はなく、ノアの調べによると、姿を消した人物は、ヴェルクレア国境域で不手際があり水仙の妖精の怒りを買ったという開示になるようだ。


利用されるのが水仙の妖精であり、今後の不可侵を誓わなければ許さないと言わしめたともなれば、実際にその事件そのものは起きていて、置き換えの魔術などで見知らぬ誰かの罪を被せられた可能性が高いらしい。

水仙の系譜の妖精達はイスキアに恨みを募らせてしまうようなので少し不憫な気もしたが、そうしなければ、今後、ヴェルクレアやウィームにまた火の粉が飛んでくる可能性もある。


これからの一手も封じて素知らぬ顔で追い払うとなると、このあたりが落としどころなのだろう。

こうして、置き換えで水仙の妖精を犯人たらしめる事が出来た事で、今後の展開は随分と変わってくる。

イスキアの高官がウィームを目指した事はある程度は伏せられていたようだが、知っている者達もいるに違いないので、ただでさえ貰い事故のような状況でその復讐や賠償を求められても堪らない。


ノアが上手いやり方な上に隙もないと大絶賛であったことを見ると、そんな評価からもマイロの魔術的な調整能力の高さが垣間見える。

ノアはこれまで、エーダリアの会におけるマイロの立ち位置は知らなかったようで、これを機に顔合わせをして、今後は情報の共有などを検討するそうだ。



そして、そんな有能な妖精は今、ネアをとても弱らせていた。



「これも持っていかれては?限定の味なので、街の住人でないとなかなか買えないですからね」

「……………ぎゃふ。エーダリア様に食べて欲しいお土産を、物凄く沢山持たせてきます…………」

「こちらは、リンツェで加工を行っているオリーブ油なんですよ。夜の祝福をかけてあるので味が格段に良くなっています。七箱くらいあればいいですかね……………」

「お、おのれ、大瓶ではないですか!事件が解決した途端に、マイロさんはエーダリア様に贈り物をしたい欲を隠さなくなりました……………」

「………隠さなくなってしまったのだね………」

「チョコレートは、この後で送り火の魔物の捜索に同行しますので、その際に、僕の贔屓にしている店で限定の箱などを買ってお渡ししましょう。エーダリア様は、甘過ぎないミルクチョコレートの他に、爽やかな果実の味の物などもお好きだと伺っています」

「……………ふぁい」



ネアは、もう金庫がいっぱいだと断りたかったが、何しろマイロは、今回の事件の功労者である。

エーダリアを守ってくれた彼が、エーダリアの為にうきうきでお土産を準備するのを止めるのはどうも忍びない。


また、リンツェの街長として、土地の新しい名産品をお土産にと言われてしまうと、領主権限での地方産業などの品質管理の側面もあり受け取らざるを得ないではないか。

あまりにも高価な装飾品などは流石に規制対象になるし、魔術の作法的に受け渡しが禁じられる物もあるが、お持ち帰り可能な商品として展開している食品類は予め魔術の繋ぎも切られているのだ。



(マイロさんは、エーダリア様大好きっ子だった………!)



朝食の席から何やらもじもじしているなと思っていたところ、今やこの有様である。


ネアは、お酒を五本に葡萄酢を三本、オリーブ油の大瓶を七本に、蒸留酒をひと樽でもういっぱいいっぱいだったが、菓子類はまた別なのだから凄まじい。

そもそも、お酒の詰まった樽をか弱い乙女に持たせるのはどういう事なのか。

ディノがいなかったら事故でしかないので、今後は、持ち帰りやすいお土産を是非に研究して貰いたいところだ。



「ご主人様…………」

「あらあら、また、しょんぼりしてしまうのです?」


加えてディノは、知り合いではあるがそこまで親しくない誰かの家に泊まるのは初めてで、こちらも何となく落ち着かない様子でおろおろしている。

昨晩まではイスキアの警戒などにあたってくれていたが、無事に事態の収拾がなされると、唐突にここがマイロの屋敷である事を意識してしまったようだ。


このようなお泊まりではどう振る舞えばいいのかが分からないようで、ネアが少しでも離れるとしゅんとしてしまう魔物の為に、ご主人様は常に三つ編みを握っていてやらなければならなかった。



けれども、そんな突発的なお泊まり会ももうお開きだ。



ネア達はこれから再びリンツェの街の中の探索にあたり、どこかで偶然グレイシアを発見する予定である。

ウィーム中央の大聖堂に連れ戻せば任務完了なので、ネアの計算では午前には仕事を上がれそうだ。

昼食はリーエンベルクで摂り、午後には報告を終えて夕刻のウィーム中央の街を歩こうか。

そう思えば、ネアは何て憂いのない一日なのだろうと微笑みを深める。



「……………ふぁ。外に出ると冷えますね」


屋敷の外に出ると、ひゅおんと風が鳴った。

今日は少し風があるようで、街を囲む山々からの吹き下ろしは冷たい。

マイロの屋敷の庭には三色菫の花が咲いていて、ネアは、屋敷の主人も花壇の手入れをしたりするのだろうかと考える。


「マノイロージュの家は、リーエンベルクより暖かいからかな」

「温度差がいつもより大きいのかもしれません。ですが、きりりとした空気も気持ちいいです」

「ああ、リンツェでは家で過ごす事が多いので、室温は高めに設定するんですよ。本を読みかけたまま、寝台に入れずにそのまま寝てしまうというようなことが多いですからね」

「ふふ。マイロさんもなのです?」

「ええ。僕も週に一度は」



事件が解決したので街には人々の姿が出ているということも、やはりなかった。

リンツェの街の人通りはそこそこで、どちらかと言えば仕事に向かう者達や、食事をしに来た観光客の姿が多いようだ。


(そう言えば、……………)


ネアはふと、昨日この街にドリーがいたことを思い出し、果たしてそれは偶然だろうかと考える。

だが、何かの痕跡や予兆を掴んでこちらの様子を見に来たと言われても不思議ではないものの、同時に、ただ美味しいローストチキンを買いに来ただけだったとしても不思議ではない。


そんな事を考えながら歩道を歩くと、曲がり角の向こうから一人の男性が歩いてきた。

淡い水色の毛皮のコートは雪の精のようだが、こちらを見た瞳の銀灰色は、魔物らしい表情である。


「ほぇ、ネアだ」

「む。ヨシュアさんです。またお会いしましたが……………何を食べているのです?」

「……………クレープだよ。これはあげないよ。イーザが買ってくれたんだ」

「ど、どこで売っていたのですか?!今すぐ教えるのだ!!」

「ふ、ふぇぇ!!」


出会ったのは、昨日に引き続きの雲の魔物であった。

ネアは、ヨシュアが持っているクレープが欲し過ぎて荒ぶってしまい、送り火捜索などはすっかり頭から吹き飛びながら、苦笑したマイロにすぐ近くのクレープ屋さんで冬苺尽くしの生クリームたっぷりクレープを買って貰った。


買って貰ってからおやっと思ったが、魔術の繋ぎは切ったというマイロは、ディノにもお砂糖とバターのシンプルで美味しいクレープを買ってくれる。

いきなりクレープを買い与えられてしまったディノはふるふるしていたが、ネアが、良かったですねと言えば困惑したような面持ちのままこくりと頷いた。


(……………可愛いお店だわ)


マイロが案内してくれたのは、街のクレープ屋さんである。

デザートクレープだけでなくおかずクレープも売られており、店内でのお食事と持ち帰りのどちらも行っているようだ。


店の中の壁は可愛い水色に塗られていて、足元のタイルは艶消しの檸檬色である。

灰色の空の下からそんな店内に入れば、何だか心もふんわり上向きになってしまう。

ネア達は、店内でクレープをいただくことにして、なぜだかヨシュアも同じテーブルに着くではないか。

イーザは一緒ではないのかなと思っていると、一人の妖精が店に入ってきた。


「ヨシュア、振り返ったらいないというのは……………ネア様」

「まぁ、イーザさんも来てくれました。通りでヨシュアさんに出会い、持っていたクレープがあまりにも美味しそうだったので、私達もこちらのお店に来てしまったところだったのです」

「そうでしたか。…………マイロ、あなたはなぜ、ネア様と同じ物を食べているんですか」

「……………さすがに狭量過ぎるだろう。シルハーンですら気にしていないじゃないか」

「……………同じ物を食べるなんて」

「あら、さては今気付きましたね?」

「マノイロージュなんて……………」

「では、ディノにはこちらも一口差し上げますね。こうしてしまえば、我々は分け合いっこですので、同じメニューというよりも遥かなる高みになりますから」

「うん……………」


そんな提案に、目元を染めて頷いたディノに、イーザはほっとしたようだ。

ヨシュアはクレープに夢中で、先程から喋らなくなっている。

余程気に入ったのかなと思ってメニューと比較してみると、チョコオレンジと生クリームのクレープを食べているようだ。


しかし、そちらを見ると泣きそうになるので、ネアはあまり見ないようにしてあげた。

ヨシュアは、自分のクレープが狙われたと思ったのか、慌ててイーザの背中の後ろに隠れてしまう。

さすがにそのクレープは奪わないぞと渋面になっていると、ますます怯えてしまうのが不思議ではないか。


どうすればいいのだろうと眉を寄せていると、からんとお店の扉に付けたベルが鳴った。



「……………くそ、ここにいたか」

「そして、使い魔さんがやってきました……………」

「どうしたのかな……………」

「おや、アルテア。久し振りだな」


そこにやって来たのは選択の魔物であった。

擬態はしているので、暗い灰色の髪に瞳の色はそのままで、髪色と同じウールのコートを着ている。

マイロが気安い感じの挨拶をしたので、どうやらこちらも知り合いであるらしい。

だがその挨拶に応えるでもなく、アルテアはとても顔を顰めて、ネアのクレープとマイロのクレープを見比べているので、冬苺のクレープが欲しいのかもしれない。


「……………一口だけですよ?」

「何でだよ」

「違うのであれば、あげません。私は、限定的にしか慈悲深くなれないのです」

「ったく……………」

「ぎゃ!苺の美味しいところを、がぶりといきましたね!!そこは、次の次くらいに齧る予定だったのですよ!」

「アルテアなんて……………」

「僕の苺を分けましょうか?いつも、この中盤のところで、苺の酸味の方が強くなるので勿体ないんですよね」

「まぁ、いいのですか?」

「いい訳ないだろうが。こいつは妖精だぞ」

「一番大きな苺を食べてしまったのは誰なのだ……………」

「ほぇ、いちゃいちゃしてる……………」

「アルテアなんて……………」


伴侶の魔物が荒ぶりかけていたので、ネアはここで、自分のクレープを一口齧らせると、ディノのクレープも一口貰い、素朴な美味しさに何度か弾んだ。

バターの塩味とお砂糖の甘さがじゅわっと絡み合い、温かなクレープ生地に蕩けるのは至高以外のなにものでもない。


こんなに沢山の高位な魔物がお店に集まってしまったが、店員もお客も、ネア達を気にしている様子はなかった。

究極に一人上手だからこその反応なのか、マイロが一緒なので気にしていないのかは分からない。

だが、ネアが見ている限り、お店の店員はマイロを見ても過剰に畏まる事はなかったので、この街の人々の気質なのかもしれない。



「可愛い……………」

「ふふ。ディノのクレープもとびきり美味しいです。リンツェには、こんな美味しいお店まで隠れているのですねぇ」

「……………で、お前はここで何をしてるんだ?」

「む。グレイシアさんの捕獲に来ました。そろそろ、ひょっこり姿を現す筈なのですよ」

「クレープを食べながらか?」

「こ、これは、捜索前の栄養補給なのです!尚且つ、リンツェについての知識を深めようとする、高尚な意味も含んでおりますからね」

「やれやれだな。……………それと、この妖精にはあまり近付くなよ」

「マイロさんに?」

「余分を増やすなと言っておいただろう」

「アルテア。彼女とシルハーンは、昨晩は僕の家に泊まったのだが」

「……………は?」

「なぜ、責める風な感じにこちらを見るのでしょう。マイロさんはディノのお知り合いでしたし、こちらに来たのはお仕事だったのですからね」

「宿もあっただろうが」

「色々、複雑で繊細な事情があったのです。私も家族の安全を確認しておきたかったので、いただいた申し出を有難く受けさせていただきました。なお、晩餐と朝食はとても素晴らしかったです!……………むぐ」


笑顔で締め括ろうとしたネアは、意地悪な使い魔に頬っぺたを摘まれてしまい、怒りのあまりに爪先を踏み滅ぼさんとした。

クレープを美味しく食べる事を最優先にした場合は、使い魔の爪先を一撃で仕留めるしかないと思っているのが伝わったのか、アルテアは素早く手を離して後退する。


「ぐるる……………」

「ネア、こちらをもう一口食べるかい?」

「……………ぐる。……………むぅ。では、ディノもこちらをまた一口食べて下さいね」

「かわいい……………」

「ほぇ、いちゃいちゃしてる……………」

「ヨシュア。お二人は伴侶なのですから、当然の事でしょう」

「ふぇ。僕も、バターのクレープも食べたい……………」

「こちらはもういい感じに後半戦ですので、この美味しさの期限を短くするのは許しません。ディノと私のクレープに手を出したら、踏み滅ぼしますよ!」

「ふぇぇぇ!!」


泣き出した雲の魔物は、ふんわり微笑んだマイロから、冬苺のクレープを一口貰い元気を出したようだ。

妖精なのに食べ物を分け合う行為をいとも簡単にするのだなと思っていたら、夜の系譜の中の食楽の資質があるらしく、気に入った相手という前提ではあるがあまり気にならないと教えてくれる。



「だから、アルテアは気にし過ぎだ」

「こいつは、ノアベルトより質が悪い。絶対に近付くなよ」

「困ったな。複数の恋人を持つような嗜好はないんだが……………」

「どちらかと言えばオフェトリウス寄りだな。目を付けた相手は、どんな手を使ってでも囲い込む男だ。朴念仁に見えて計算高い」

「……………はは、あんまりな言われようで少し怒ろうかと思う」

「むむぅ。お仕事でお会いしている方なので、そのような感じではないのですよ?なお、マイロさんはエーダリア様がお好きなので、私には興味はありません」

「……………は?」

「ああ。彼女も充分に魅力的ではあるが、僕はエーダリア様に心を捧げているからね。……………ん?アルテア?」

「……………お前は、いつからそういう趣味になったんだ」

「……………ああ成る程。とんでもない誤解を受けているらしい……………」



顔色を悪くしたマイロは、ネアが、こちらの妖精はエーダリアに沢山食べ物を贈ってしまうくらいに、エーダリアが大好きなのだと重ねて伝えてしまい、いっそうに顔色を悪くした。

そんなやり取りをしていると、からんからんとお店の扉のベルが鳴って、新しいお客が店に入ってくる。


黒いもじゃもじゃの髪に篝火のような赤い瞳をした男性は、外が寒かったのか背中を屈めるようにして入店すると、林檎のコンポートと生クリーム、シナモンのクレープを注文している。

そんなお客の姿を見て、ネアはさすがに目を丸くしてしまった。



「……………まぁ、舎弟を発見しました。グレイシアさん、それを食べたら帰りましょうね」


ネアがそう言えば、ぎょっとしたようにこちらを見た、お久し振りな送り火の魔物がいる。

その隣にはマイロよりも年上に見える壮年の男性と、その男性の娘かなという綺麗なお嬢さんがいた。

送り火の魔物を匿っていたのはこの人たちなのかなと思ったが、最初とは事件の見え方が違うので、この人たちもエーダリアを守ってくれたのだろうと思い、ネアはお疲れ様ですと言いたくなった。



「ああ、君達が一緒にいたのか」

「これはこれは、マイロ様。この辺りに出ていた方がいいかなと思い、娘と共に、送り火の魔物を連れ出したところでした」

「では、後は僕が引き受けよう。このまま、ウィームへ連れ戻しても構わないね?」

「いえ、……………その、帰りに鶏肉料理の専門店にも寄りたいようでして……………」

「ではそちらにも寄ろうか。今回は、彼には世話になったからね。グレイシア、それでいいかい?」

「……………ああ。それと、魔術の繋ぎを切ってくれると聞いた」

「それも、後でどこかでやってしまおう。もう二度と、エーダリア様を脅かす愚かな連中が現れないように」


微笑んだマイロに、グレイシアが静かに頷く。

イブメリアが近いので大人の男性の一歩手前という感じの青年姿をしており、ネアの視線に気付くと、少しだけ恐れ入ったように背中を丸める。


「グレイシアさん、今回は有難うございました」

「……………!…………あ、あまり良くない事が起きそうだったから、バンルに相談した」

「そうだったのですね。グレイシアさんが、そうして危険を知らせてくれたお陰で、エーダリア様もウィームも安泰です。魔術の繋ぎ上、今はまだエーダリア様にはお話出来ませんが、ダリルさんが冬林檎飴を沢山買ってくれるとおっしゃっていましたよ」

「冬林檎飴!」



思いがけないボーナスが出ると知って笑顔になった送り火の魔物は、ここで、はっとしたように背筋を伸ばしてディノに挨拶をした。

アルテアとヨシュアにも気付き、ちょっと震えながらこちらにも挨拶をしている。


こちらの様子を合わせて観察しながら、アルテアが考え込むような眼差しをしてディノと視線を交わしているので、何かが起こっていたのは察してくれたのだろう。



ネアは、何だか全部解決してしまったぞと微笑み、あむりとクレープを齧る。


店内にはちらほらとお客はいるが、皆、本に夢中のようだ。

刺繍や編み物などを好む人達も多いと聞くが、そのような趣味を持つ人達の活動時間ではないのかもしれず、もしくは、この季節に持ち歩くには向かないのかもしれない。



「では、この後はローストチキンを買いにゆき、その後にチョコレートの専門店に寄りましょう。イブメリアの限定の味の商品が出ていますので、エーダリア様に沢山召し上がっていただきたい」

「ほわ、まだお土産が増えるのでした……………」

「いいか、自分の物は、絶対にこいつに支払わせるなよ?」

「そう言えばアルテアさんは、どうしてリンツェにいらっしゃったのです?」

「アイザックから、お前がリンツェでこいつに会っていると聞いたからだ」

「な、なぬ。私とて、そうそうお仕事先で出会った方に食べ物を強請ったりはしませんよ?それに、チョコレートについては、昨日の捜索活動で立ち寄った工房で、充分に貰ってしまっているのです……………」


ネア達がそんなやり取りをしている横で、マイロとイーザも何か話をしているようだ。

こちらもクレープを食べ終えたヨシュアが、そんな二人をじっと見ている。

しっかりイーザの袖を掴んでいる指先に、ネアはなんだかほっこりしてしまった。


「マイロ、リンツェからの帰路は、我々が同行するので大丈夫ですよ」

「いや、ウィームまで同行するつもりだ。久し振りにエーダリア様に挨拶もしておかねば」

「……………ここから先は、我々の管轄では?」

「イーザ、今回の一件は、僕達の領分だよ。君も勿論一緒にいて構わないけれど、僕には案内を任されただけの責任があるからね。昼前に到着すれば、執務も落ち着いておられるだろう」

「……………ほわ。エーダリア様に会いたいという強い意志しか感じられません」



その後、チョコレートの専門店では、冬季限定のチョコレートが五箱もお土産にされた。

あまりにも大容量なので、騎士達にも分ける事になるだろうなと考えたネアは、イブメリア限定のシュプリ味のチョコレートは、自費では買わなくてもいいかなという結論に達する。


だが、お店で試食で貰った苺味はすっかり気に入ってしまい、いそいそと五個入りを買っていると、こちらを見て微笑んでいるマイロと目が合った。


水色がかった緑の瞳は、複雑で繊細な色合いのミカの髪色を思わせる。

ちっぽけな人間が思う分かりやすい真夜中の色という訳ではないが、同じ系譜で何か相似性があるのかもしれない。


相変わらず、はっとするような華やかさではないが、穏やかで美しい妖精だ。

そして彼は、エーダリアが大好きなネアの家族を大事に思ってくれる妖精でもある。



「ウィームの歌乞いが、あの方の傍にいてくれてこれほど頼もしい事はありません。あなたは多分、多くを失い、それを再生してゆくことを知る人間なのでしょう。どうか、これからもエーダリア様を頼みます」

「ええ、任せて下さい。エーダリア様はもう、私とディノの大事な家族なので、勿論頼まれてしまいますね」

「…………ふむ。そのような形の家族が受け入れられるのであれば、僕もどこかで…………」

「おい、こいつに近付くなと言わなかったか?」

「会の規定で、エーダリア様には必要以上に近付けないからな。加えて、ダリル以上に相応しい代理妖精はいないし、共に生きるのであれば、互いに心を預けたヒルドが一番だ。だが、外周からも家族を増やせるのであれば……………ネア様、妖精の庇護はお持ちですか?」

「……………むぅ。私欲のために利用されようとしています」

「……………ネア様、彼は私が排除しておきましょう。ヨシュア、手伝って下さい」

「ふぇ。嫌だ。何だか面倒だよ……………」

「そいつは、俺が排除しておく。シルハーン、くれぐれも、こいつに余計な庇護を増やさせるなよ」

「妖精の庇護は、一つでいいかな……………」



何やらわいわいし始めているので、ネアは、クレープの最後の一口をお口に入れてしまい、水の豊かなウィーム領ならではの、使い捨ての濡れおしぼりで手を拭いた。


濡れおしぼりがあるかないかでこのような買い食いのし易さがだいぶ変わるのだが、その点、ウィームは恵まれているのだろう。

浄化魔術をかけられているので、紙容器の精のような荒ぶる者達が派生することもなく、安心して使える買い食いのお供であった。



「マイロさん、私にはもう、ヒルドさんのくれた庇護があるので、今のご提案はお断りさせて下さい」

「おや、それは残念だ。……………ヒルドか。彼が相手だと、あまり僕も我が儘を言えませんね。粛清対象にされても厄介だ」

「しゅくせいたいしょう……………」



それはやはり、エーダリアを巡って争うのかなと思うと、ネアは、あの上司がとてもとても一般人ですという暮らしを送っているのは、やはりとんでもない間違いであると思わずにはいられなかった。


グレイシアは無事に大聖堂に戻され、この季節は高位の魔物である彼は、チキンが美味しかったとしか言わずに仕事場に戻った。

呆然とするほどのお土産を渡されてしまったエーダリアは恐縮していたが、久し振りにマイロに会ったと、嬉しそうにしている。


ネアは、心の中でこっそり、その妖精はエーダリアの会の会員で、尚且つこっそり家族になりたがっていると思いはしたものの、それは二人の問題であるので告げ口をするような無粋な事はしなかった。













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