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188. 逃亡者は美味しい街にいます(本編)



そろそろネアにとっても冬の恒例行事となった、送り火の魔物の捜索が始まった。


ネアとしてはもう少し季節を長引かせていただいても良かったのだが、こうして任命されてしまった以上は、成果を出すのが勤め人の使命である。


「綺麗な街並みですね。古くからあり、大事に守られてきたところなのだと見るだけで分かります」

「ウィームに統合される迄、自治区だった場所なんだ。グリシーヌと同じような、妖精の影響の強い土地だけれど、この地に暮らす妖精達は真夜中の座の系譜だから、君も気に入ると思うよ」



リンツェの街並みは、ウィーム中央に似て繊細で優美なものだ。

石造りの建物の中でも一際目立つのは、高い尖塔のあるリンツェ教会だろう。

ここは、かつて夜の系譜の管理下にあった土地で、ウィームに統合されたのは王朝時代の頃である。


それは、リンツェの街を治めていた真夜中の座の妖精王が亡くなり、夜の系譜の妖精達が、同系譜の最高位である真夜中の座の精霊王に膝を折った年でもあるらしい。


当時から真夜中の座の精霊王であったミカから、人間達の暮らしは人間の管理に戻してはどうだろうという提案があり、自治区だったリンツェは正式にウィームへと組み込まれた。


だが、妖精の中でも趣味人の多い真夜中の座の妖精達は、今でもこのリンツェに暮らしているのだそうだ。

リンツェの人々はこの妖精達が大好きで、人外者との親和性の高いウィーム王家の人々の統治を喜び、尚且つ、統一戦争後の苦難を乗り越え再びかつての統治を取り戻してくれたエーダリアを歓迎している。


ザルツなどのように、どのような領主ともそれなりに上手くやる土地や、前述のグリシーヌのような、どことも一定の距離を取るような土地もある中で、このリンツェは、エーダリアの支持をしっかりと表明している土地でもあった。



「やあ、お待たせしました。昨晩はやっと手に入った本を夢中で読んでしまい、チョコレートを七つも食べてしまいましてね。不思議な事に、朝になると眠くて仕方ないという有様だ。髪の毛が少しだけくしゃくしゃですが、どうぞお気になさらず」



待ち合わせ場所にいたネア達に、そう声をかけ微笑んだ妖精は、出会った頃のグラストのような壮年の男性であった。


薄く刻まれた目元の皺が美しい、年を重ねた美しい容貌の男性である。

犬種で例えるのもどうかなと思うが、ドーベルマンに少しアフガンハウンドが混ざるような印象だろうか。


(なんて優しい声で話す人なのだろう………)


真夜中の座の高位の人外者という共通点からなのかもしれないが、どことなくミカと雰囲気が似ている。

そして、どうやら食いしん坊でもあるようだ。



「今日はどうぞ宜しくお願いします。この街のどこかに、送り火の魔物さんが潜伏している筈なのですが……………」

「それがどうも、………お二人は既にエーダリア様からお聞きになったかもしれませんが、送り火の魔物を匿っている者がいるようなのです。その者の特定から始めた方が良さそうですね。お恥ずかしい話ですが、この土地の住人の気質のせいで、我々だけでは特定が難しく、リーエンベルクからあなた方がおいでになった事でどうにか事態が動けばと思っているのですが」

「ええ。どなたかに匿われているらしいと聞いています。こちらには、グレイシアさんの、お友達がいるという事なのでしょうか?」


ネアがそう尋ねると、眼差しまで優しい真夜中の座の妖精は、困ったように微笑んだ。


毛先に僅かな癖のある髪は襟足までで、オールバックにするようにして額を出す髪型にしている。

精悍な印象も理知的な印象もある瞳の色は水色がかった緑色で、黒い髪に良く似合っていた。


もし、あなたに代理妖精を付けて差し上げますよと言われ、この妖精を紹介されたら嬉しいだろう。


ネアの中での一番綺麗な妖精はヒルドだが、初対面であれば気圧されてしまうかもしれない。

その点こちらの妖精であれば、お嬢さんがいたら意外に子煩悩になるのだろうなぁと想像出来てしまうような柔和な気配に、勝手に親しみが持ててしまう。


彼は現在のリンツェの街長で、同時に、この地に暮らす真夜中の座の妖精達の氏族王でもある。

リンツェに暮らす妖精達は、真夜中の座の系譜の土地で暮らす同族達を王都の住人とするのなら、領主とその一族のような区分になるらしい。

つまりこの妖精は、人間と妖精の双方を治めるという多忙な人でもあるのだった。



(だから、本来ならグレイシアさんの捜索に同行して貰うのは、ご負担になりそうなものなのだけれど…………)


彼は自分で街を案内するそうだと苦笑していたエーダリアの様子を思い出せば、ちょっと責任感の強い御仁なのかもしれない。

また、ダリルからは、エーダリアの会に属しているとも聞いているので、そちらの事情もあるのかもしれなかった。



「こちらに来た送り火の魔物が、料理店で意気投合してしまったようですね。リンツェの街の会派はエーダリア様のものに偏りますので、祝祭進行を妨げるような振る舞いは珍しいのですが」

「……………会派」

「ええ。街や土地によって、暮らす人々にも嗜好の偏りが出るのでしょう。勿論、こちらの土地にも様々な会に属する者達がおりますが、大多数を占めるのが、エーダリア様の会なのです」

「……………会」


ネアは、神妙な面持ちで頷きつつも、このやり取りはあまり深く考えるのはやめておこうと遠い目をした。

ネアの会などはどこにもない筈なのだが、エーダリアの会と銀狐の会は素敵だと思う。



「さて、まずは街をご案内しましょう。その道中で情報が入れば、そちらを優先します。加えて、もしご案内の途中で方針を変更されるようなお気付きがあれば、ご相談下さい。今日は、あなた方の探索に全面的に協力させていただきます」

「はい。お忙しい時期にお世話になってしまいますが、我々はこの街の暮らしや規則にそこまで明るくありませんので、もし、こちらで提案した作戦などに問題があれば、都度教えて貰えると嬉しいです」

「ではそういたしますね。シルハーン、何かご懸念などはございますか?」

「この子が、昼食には教会前のシュニッツェルを食べたいようなのだけれど、大丈夫かな」

「ぎゃ!そ、それをなぜ今言ったのだ……………」

「はは、あの店のシュニッツェルは美味しいですからね。そちらも抜かりありません。実はヒルド様から、昼食はその店を押さえておいて欲しいという連絡をいただいております」

「……………おかしいです。なぜに皆に、私の個人的な野望が筒抜けなのだ」


ちょっと気恥ずかしい食いしん坊情報が漏れていると知り、ネアは恥じらうばかりだったが、優しい目をした妖精は、街の事を調べていただけるのは住人として嬉しいんですよと微笑んでくれた。

幸いにも、仕事の前から食べ物の手配をさせる気かと呆れる様子はない。



「ああ、そうでした。僕のことは、マイロとお呼び下さい。こちらは通り名ですので、どうぞご遠慮なく。僕だけがお二人の名前を存じ上げていても不便ですからね」

「はい。では、そのように呼ばせていただきます」

「シルハーン。街の者達には私の古い名前も知られておりますから、本来の名前で呼んでいただいて構いませんよ。街の者達やネア様には、階位上お勧め出来ませんが、あなたであれば」

「うん、そうしよう。君のような者が、代理妖精にもならずに人間の集落を治めるのは珍しいのではないかな」


ディノの問いかけに、こちらでも妖精が街の代表者になるのは久し振りなのですよと、マイロが笑う。

ヒルドやディートリンデよりも年長であるこの妖精は、ディノとは、古い知り合いなのだそうだ。


前に暮らしていた世界のご近所さんの飼い犬がボーダーコリーなマイロだったネアは、若干脳内の犬種図鑑が混乱していたが、エーダリアの信頼も厚く、尚且つディノとも知り合いのこの妖精が、早くも気に入り始めていた。



「彼はね、真夜中の座の妖精の中でも、夜の統治を司る妖精なんだ」

「まぁ。お名前だけでも偉い方という気がします!」

「同族の中でも王としての資質が高い者なのだけれど、この土地を離れる気がないので、王を継がなかったと聞いている」

「ああ、そんな昔の話を覚えていておいででしたか。お恥ずかしながら、ここでの自由な暮らしにすっかり慣れてしまいまして。ではせめてと、リンツェの為には働こうと思った次第です」



ゴーンゴーンと、教会の鐘の音がここまで聞こえてくる。


リンツェの街は山々に囲まれた窪地で、その山々を越える石造りの水路が有名である。

建造時には、有名なリンツェのチョコレート目当てに竜達も協力したそうで、ある意味シュタルトのトロッコと同じような運用がなされていたらしい。


残念ながら街からだとその水路は見えないが、今でも山向こうに広がる豊かな森からの水がこの街に届く。


待ち合わせ場所だった公園から、マイロの案内で捜索にあたる通りに移動しながら、ネアは、川などもあり、到底水が不足しているようには思えない街並みに首を傾げた。



「今のお話を聞いて不思議に思ったのですが、こちらは、水が不足するような立地には思えません。何か、水路を必要とするような問題があったのですか?」

「道楽ですよ。かつてここを治めていた僕の一族の王は、森を流れる川の水の方が美味しいと、そちらの水を取り寄せたんです。移植などでこちらでその水が湧くようにすると水の系譜の者達と揉めますからね。人間の産業の為に必要だと言って、水路を作らせていました」

「まぁ。美食家の王様だったと聞いていましたが、お水にまで拘りがあったのですね」



付け焼き刃ではあるが、今日の為に学んだことによると、かつてリンツェを治めていた妖精王は、真夜中の座の中でも食楽の資質が強く、食道楽な妖精だったのだそうだ。


その結果、彼の嗜好が真夜中の座の妖精達だけでなく、リンツェの人々の気質ともなったのが、夕暮れ前に仕事を終え、夜は自宅でゆっくり美味しい物を食べて本を読むのが何よりもの楽しみという生活の価値観である。



(それは、マイロさんもなのだわ……………)



なので、リンツェの食堂は夕暮れで店を閉めてしまう。

有名な飲食店も何軒かあるが、外食が盛んなのは朝や昼で、特に、夜更かし明けの素敵な朝食を食べさせてくれるカフェや食堂が多い。


多くのウィームの人々には、朝は自宅でという文化の方が親しまれてきたので、そうして早朝からの食事に特化した珍しい文化が、現在では、この土地の経済を支える柱ともなっている。


リンツェは、夜が明ける前から美味しい朝食を食べられる街として有名だ。

転移などが可能な者であれば、夜明け前にお腹が空くと、こんな時間なのでリンツェの店で美味しい物を食べようかという話になるらしい。

リーエンベルクの騎士達からも、夜明け前に勤務が終わった日に、奮発して市販の転移門も併用し、リンツェに食事に行くのだという話は時々聞こえてくる。


(名産品と言わしめる程に目立った食材がないのに、ここまで美味しい料理が有名な土地であるという事は、土地の人々が料理への拘りを持っているという事に他ならないのだ。であれば、妖精の王様が、道楽の為に有名になるくらいに立派な水路を作ってしまったことも、住民達にはさほど反対されなかったのではないだろうか……………)


ネアはそう考えたが、どうやらそれだけでもなかったらしい。


「建前と本音が違うのは、当時のリンツェの者達は皆分かっていましたね。ですが、あの方にはそれを許されてしまう親しみやすさのようなものがあった。妖精の種としては、珍しい気質の方でした」



街の中央には大きな広場があり、今は亡き妖精王を愛した者達により碑が建てられている。


これは妖精の文化にはない悼み方であるが、この土地の人間達が是非にと望んで建てられたのだそうだ。

随分と愛されていた王様だったらしい。



「街の中心部に淡い緑色のお家が多いのは、なぜなのでしょう?」

「薄緑の壁の建物は、夜の森から採掘される鉱石が建材にされています。あの石材はこの季節には淡い緑色に見えますが、透過する光の色で見え方が変わりますので、夏になると水色に見えるようになるんですよ」

「とても綺麗だなと思っていたのですが、建材の色だったのですね」

「ええ。街造りの初期の頃は、その鉱石を好んで使っていたようです。途中から流通経路が確保され、もう少し丈夫で扱いやすい建材が入ってくるようになり、街の外周からは淡い灰色の石材に変化しているので、初めて来る方は、街並みの色合いの変化に驚かれるようですよ」


道は石畳で舗装されているが、四角い石を切り出して舗装するウィームとは違い、こちらは大きさにばらつきのある楕円形の石を使っている。

その隙間には様々な形の敷き石を当て嵌め、パズルのような石畳になっていた。


(隙間のない石畳ではないから、少しぼこぼこするけれど、風合いがあって可愛いな)


だが、すっかりリンツェの街並みを気に入ってそう思っていたネアは、石畳の隙間に隠れている小さな妖精を発見し、これは踏んでしまいそうで怖いやつではないかと気を引き締める。


街の形が変わるという事は、その上に広がる暮らしぶりも変わるという事なのだ。

きちんと足下まで気を配らねばなるまい。



「あちらにあるのが、夜の教会になります。元は夜の系譜への信仰を集めた教会でしたが、統一戦争後は修復の魔物の信仰も受け入れておりますので、ガーウィンからの司祭も常駐しておりますよ」

「送り火さんの捜索なのですが、今回はそちらの方とは連携しなくていいという指示を受けています。その方は、教会の司祭様としてのお仕事はなされているのですか?」

「ああ、余計な仕事はしないと聞いたのでしょう。司祭としては働きますよ。ただし、最低限だけですね。気のいい男なのですが、教会関係者にしては驚く程に勤労意欲がない。だからこそ、夜の系譜への信仰の篤い土地への配属は、双方にとって幸せな事なのかもしれません」


マイロの少しだけ悪戯っぽく締め括ってみせた説明に、ネアはふむふむと頷いた。

リンツェについて学んだ際に驚いたのは、この地にある教会が、鹿角の聖女の信仰とは別物だった事だ。


慌ててディノに教えて貰ったのだが、この世界での教会組織は、現存する全ての教会を造り上げたという訳でもないらしい。


そちらの信仰が根付くより前から別の主神を持つ教会も多く作られており、ネアは、教会に別の人外者を祀る神殿を持つ事までを知りながらも、すっかり教会とは鹿角の聖女の信仰ありきの建造物だと思っていた。

先入観で誤認していただけで、別の用途で建てられた教会も少なくなかったのだ。


だが、その部分を理解すると腑に落ちる部分も多い。

教会の全てが修復の魔物の信仰あっての物であれば、高位の人外者達が、ああも多く住んでいないだろう。



(そして、こちら側の世界の教会は、不思議なことに、私が生まれ育った世界の教会と殆ど同じ造りなのだ)


あちらとこちらですら、同じ建造物を選んだ文化の定型がある。

であれば、そのような定型さの何某かが、鹿角の聖女への信仰が生まれ一大勢力となる前から教会を造り上げ、こちらの世界の信仰を捧げる舞台としての建築基盤として根付いていったのだろう。


そうして重なる形や文化が多いからこそ、ネアも、この世界で違和感なく暮らせているのかもしれない。



「あちらの建物は、工房かい?」

「お察しの通り魔術工房です。小さいとまでは言いませんが、この規模の街なので、威圧感を出さないようあまり工房らしくない形にしたんですが、あなたが御覧になると、やはり魔術層の色が違いますか」

「魔術の織りが見えるし、歌も聞こえてくるからね」

「成る程、あなたの目にしか見えない物もあるようだ。勉強になります」



マイロの受け答えは丁寧だが、決して卑屈には聞こえない。


穏やかに微笑んでいても、面立ちがきりりとしているので脆弱に見えないというのもいいのだろう。

上等な仕立てのコートは古い型だが、修繕を生かして入れたステッチなども見られ、手間をかけて手入れされているのだなと思えば、この街の長い夜を、じっくり丁寧に楽しめる人だという感じがした。



「まずは、通りからの捜索と伺っていますが、工房も捜索対象になるのでしょうか?」

「リンツェの工房は、部外者の立ち入りを禁止する術式がありますから、それには及ばないでしょう。

ですが、他に手がかりがない場合は、工房長と話されてみてもいいかもしれませんね」

「立ち入りは、許可制ではなく禁じられているのだね。階位の高い魔術の扱いが多いのかな」

「いえ、そちらの危険というよりは、衛生上の問題なんです。リンツェの工房は、全てがチョコレート工房ですからね」

「まぁ。魔術工房でお菓子作りをするのですか?」

「それが、リンツェのチョコレートの特徴なんですよ。中央のように、一人の菓子職人が全ての魔術付与を行う事が出来ないからでもありますが、魔術工房を作り、工程を分けて製造を行っております」



リンツェの特産品であるチョコレートは、二種類ある。


小さな角の丸い正方形のものと、ぐもっと頬張れる少し大きめの球形と。

そのどちらもとても有名で、どちらかと言えば焼き菓子派でもあるネアですら、リノアールで売られているのを買った事があるくらいだ。


四角いチョコレートの中には、さくさくした食感のクランチや、ゼリーにコンフィチュールなど、食感を楽しめる美味しい物が入っており、使われた果実や花、香辛料の香りがぱっと立つらしい。

対する丸いチョコレートは、中身がとろりと蕩けるのが特徴で、一口で食べないと大惨事になる。

だが、蕩けそうな美味しさなのだ。



魔術で美味しい状態の付与をされたチョコレートは、ひんやりとしたチョコレートの中がほんのり温かいコンフィチュールだったり、常温のチョコレートの中にひんやりしたチョコクリームが入っていたりと、何とも贅沢な物ばかり。


まさか、魔術道具のように工房で作られているとは思わなかったが、マイロの言い分によると、ウィーム中央に出ている店のように、一人の菓子職人が完成までの全ての工程をこなせるのは、凄い事なのだそうだ。


「ウィームから持ち込まれたチョコレートが、リンツェのチョコレートの始まりだと言われています。丸いチョコレートは、見本にした物はもう少し小さかったようですが、リンツェの技術ではどうしても少し大きめになってしまいました。しかし、販売してみると、大きめの物の方が満足感があって美味しいと言う顧客の支持を得られ、本日まで続くこの土地の名産品になっています」

「私の友人は、仕事に持って行くチョコレートは、必ずリンツェの丸いチョコレートと決めているそうなのです。一粒で食べ応えがあって、ポケットに入れておいても割れてしまわないのがお気に入りなのだとか」


そんな見聞の魔物の話をすると、マイロは嬉しそうに微笑んだ。


この妖精が指先で大事そうに本の頁を捲る様子が思い浮かぶように、その微笑みには、リンツェという土地を彼がどれだけ大事にしているのかが窺える。

だからこそ、こんな風に立場のある妖精自ら、送り火の魔物探しを手伝ってくれるのかもしれない。



「さて、最初に目撃情報が上がったのは、こちらの通りです。ですが、送り火の魔物が通い詰めているらしい店は、一本隣の通りの奥ですね」

「では、お店のある方の通りから、捜索を開始してみようと思います。最後に隣の通りに戻るようにすれば、もう一度、ローストチキンのお店の近くを捜索出来ますから」

「ええ。それが宜しいでしょう。……………シルハーン?どうなされましたか?」

「隣の通りに、貪食の魔物がいるようだけれど、問題はなさそうかい?」

「なぬ。ムガルさんが……………」



ディノにそう言われた途端、マイロの顔色が変わった。

さっと青ざめてしまった真夜中の座の妖精に、ネア達は顔を見合わせる。

若干わなわなしているようだが、事件だろうか。



「………街に害をなすような訪問であれば、私が話をして帰らせようか?」

「………そこまでではないのですが、暫し失礼させていただいても?」

「ええ。同行いただいているのは、あくまでもお仕事の合間にという事でしたので、是非にそちらを優先させて下さい」

「申し訳ない。………この通りを真っ直ぐ進んだ右側の奥に、鶏肉料理の専門店があります。……………僕は、ムガルと少し買い占めについての話をしなければ。すぐに追いかけますので、探索を進めていて下さい」


そう言うと、マイロはふわりと転移を踏み、姿を消してしまった。

相当急いでいるのだなと思えば、事態の深刻さがこちらにも伝わってくる。



「ほわ、買い占める系のお客でした……………」

「買い占めてしまうのも、困るのかい?」

「他のお客様の分を残すという配慮をしないと、お店にとっては、折角買いに来てくださった他のお客を逃しかねない困った事になる場合もありますからね。何となくですが、ムガルめは限度を知らないお客になりそうです」

「叱られてしまうのかな……………」



隣の通りで何が起きているかも気になったが、本日の訪問理由は、グレイシアの捜索と捕縛である。

近くで騒ぎが起きるようであれば、その前に通りを調べてしまった方が良さそうなので、こちらも急いだ方が良さそうだ。



「ディノ、ひとまず通りのお店の方々から目撃情報などを聞いてゆき、問題の鶏肉専門店を見てみましょう。擬態して買いに来ているという情報ですが、何か疑わしいお客を見ている人もいるかもしれません」

「そうだね。グレイシアを匿っているという者が、分かるといいのだけれど」



その協力者は、なかなか有能な人物であるらしい。

今年の捜索の鍵となるのは、間違いなくそちらだろう。


何しろ脱走中のグレイシアは、この街で美味しいローストチキンを食べているという目撃情報は幾つもあるものの、どこに滞在し、いつ買いに来ているのかは謎のままなのだ。



ネア達は、通りの手前から商店主やお客からの目撃情報を集めつつ、噂のお店に向かった。

前方から攻めてゆくと決めた段階から、ディノに通りの魔術反応を探って貰ってはいるが、残念ながらグレイシアがこの近くにいないのは確認済である。



であればと始めたのは、この捜査の初手の、情報収集であった。


だが、マイロが懸念していた部分が如実に表れる形で、そんな情報収集は最初から思わしくない結果が出てしまう。



「困りましたね。この街の方々は、仕事が終わったらすぐにお家に帰りたいので、お買い物に時間をかけません。飲食店に入っていても、持っている本を読んでいたり、持ってきた刺繍をしながらが基本なので、周囲を見ていない一人上手の方が多いようです」

「街の外や公園に人間が少ないのも、それでなのかもしれないね」

「ええ。暖かくなると公園のベンチなどで読書をしている方もいるようですが、今日は雪の日ですものね…………。グレイシアさんのような方にとっては、潜伏するにはもってこいの街でした」

「この街の人間達は、あまり交流を持たないのかな…………」

「話しかけると皆さん穏やかな雰囲気で、排他的な気質という感じはしませんので、お家時間や趣味に心を傾け過ぎてしまい、特にこの季節は、外での交流があまり密ではないという感じなのでしょう。郵便舎の利用や魔術掲示板の利用はとても多いようなので、冬場でもお喋りの輪がないという訳でもないのだとは思います。………ただ、そのような身内の輪に我々が入れて貰うのは難しいので、グレイシアさんの捜索に来ているという情報を住人の方が拡散することで、情報が届くのを待つという方式になるかもしれませんね………」



なお、噂の鶏肉料理専門店は、素晴らしい品揃えであった。


ネアは、鶏肉のコンフィと鶏レバーのパテ、噂のローストチキンなどをお土産買いしておき、お持ち帰り用の袋や箱の保存魔術がなかなかの技術だとディノに教えて貰う。


勿論このお買い物には経費は使わないし、沢山お買い物をしながらより多くのお客さんから話を聞き、尚且つお買い上げで機嫌のいい店主からより多くの情報を引き出す作戦である。



「すまないねぇ。イブメリアのチキンを仕込みたいから、見付けたら捕まえていいよってお客にも言ってあるんだけど、うちには、さっと買い用の販売窓があるから、そちらに来ているんだと思うよ。特に夜明けなんかは、物凄い恰好でも買い物に来れるから、リンツェの商店には多い仕組みなんだ」

「さっと買いの窓口……………」

「店の横に、商品の受け渡しだけの窓口があるんだよ。………ほら、あそこだ。あの小さな窓でやり取りをするから、互いの身なりが気にならないって訳なのさ」

「まぁ、そのような物があるのですね。…………むむ。確かに、くしゃくしゃになって夜更かしをした日の朝に、身なりを気にせずにお買い物に来れるのは素敵ですね…………」



騎士達の勤務があるので、どんな時間でも厨房に誰かがいるリーエンベルク住まいのネアにも、その販売形態の利点はよく分かる。

仕事以外の場面ではちょっぴり引き籠りがちなリンツェの人々の暮らしに於いて、最も大切な時間は、休日前夜の夜更かしなのだそうだ。


そんな素敵な夜を過ごし、早朝に開いているお店に身なりを気にせずさっと着の身着のままで買い物に行けたなら、それは何て素晴らしいことなのだろう。

だが今回は、この土地の人々の暮らしに合わせた商品の販売形態が、逃亡者の情報を得るのに大きな障害となってしまっていた。



「ああ、ほら。また窓口の方にお客だ。これが送り火の魔物だったなら、何の苦労もないんだけれどねぇ」

「主人、ローストチキンを三つくれ。ああ、一羽の方で。……………それと、パテは五つ。冬季でも、保存期間はひと月のままで構わないだろうか?」


くしゃりと人のいい微笑みを浮かべたお店のご主人が、売り場の奥にある小さな窓を開けて、お客の注文を受けにゆく。


こうしてそのやり取りの様子を店内から見ていると、背の高いお客が来ると店内からは顔が見えないようなので、あちらの売り場に来られてしまうと、グレイシアだと特定するのは難しいだろう。

何しろ、こちらのお店は有名店なので、リンツェの外からも大勢のお客が来るのだ。


だが、そんな落胆に肩を落としていたネアは、小さな売り場の窓から聞こえてくる声に、むむむっと眉を寄せた。



「ディノ。ローストチキンを買いに来ているのは、もしや、ドリーさんなのではないでしょうか?」

「……………そのようだね」

「で、では、同じ系譜でもあるドリーさんに、近くにグレイシアさんの気配がないのか、こっそり聞いてみる事も出来ます?」

「出来るのではないかな。……………あ、」

「む?!……………は!いなくなりました!!」


慌ててネア達はお店の裏手に回り込んだが、飛んで来たのではなく、転移を使ってどこかを経由地にしていたらしいヴェルクレアで一番有名な火竜は、あっという間に姿を消してしまっていた。



「……………ぎゅわ。せっかく、いい案だと思ったのです。……………ですが、自分に課せられたお仕事を人任せにするのも本当は反則なので、地道に探してゆくしかありませんね」

「うん。ゼノーシュ達が探せなかったくらいであれば、擬態の質も良いのだろう。…………この街には、様々な魔物の気配があるから、そのせいで探し難かったのかもしれないけれどね」

「なぬ。魔物さんが多く暮らしているのですか?」

「というより、先程の売り方がいいのではないかな。街中への転移も禁じていないようだし、現れては消えてゆく気配も多いから、買い物に来ているのだと思うよ」

「さては、窓口販売……………」


そんな会話をしていると、ふっと誰かがこちらに近付いてきた。

マイロが戻ってきたのだろうかと振り返ったネアは、思いがけない知り合いの姿に目を瞬く。



「まぁ。………先日ぶりのヨシュアさんです」

「ほぇ、……………見付かった」

「ヨシュア?」

「チ、チキンを買いに来ただけだよ。僕は、何もしてないからね!」



そこには、なぜかとても挙動不審な雲の魔物がおり、その奥にはヨシュアを追いかけていたらしいイーザが、頭を抱える姿が見えた。







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