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飾り木の街と美味しい昼食 3



ぎいい、ばたん。


重たい扉には何か魔術の効果が付与されているのか、エーダリアが扉を見て目を輝かせている。


嬉しい事のあった魔物達のようなきらきらではなく、エーダリアの瞳の輝かせ方は、静かな眼差しがよく見ればきらきらと煌めくような心の動かし方なのだ。

それが何だか控えめで無防備で、ネアは、にっこりしかけてもっと嬉しそうにその様子を見ているノアに気付いた。


扉に付与された魔術が気に入ったらしい契約者に何かを話しかけているノアは、記された魔術陣について説明しているようだ。

ノアの青紫色の瞳が楽しそうな輝きを帯びていて、相変わらずの仲良し家族にネアは微笑みを深めた。



ここは、チョコチップクッキーの有名店である。



食事の後だった事もあり、何となくお買い物はソーセージからと思っていたのだが、アルテアの、近くの専門店街から回ってゆく方がいいだろうという提案から、まずはこちらのお店への訪問となったのだ。


可愛らしいペチュニアの花壇のあるお店の正面は、大きめに取られた窓から店内の売り場がよく見え、前を歩くだけでも心が弾んでしまう。

それだけではなく、焼き立てのクッキーの甘い香りがしてくるとなれば、腹ペコでは歩けない恐ろしい通りだと言わざるを得ない。


細工のある木のカウンターの上には真鍮の縁取りのある硝子のケースが並び、その中の籐籠には、専用の紙のシートを敷き、たっぷりの焼き立てクッキーが積み上げられている。


一枚からでも購入可能であるが、量り売りでしっかり買い込むのが主だったお客の購入方法のようだ。

よく見ていると、買い上げたものを紙袋に入れて貰いながら、その中の一枚だけは食べ歩きでとお願いする素晴らしい買い方を何人かの常連さんが示してくれていて、ネアはそれも悪くないぞと考えたが、お口の中に残る林檎と胡桃のタルトの後味を消すのは偲びない。



新しいクッキーを焼いても焼いてもという感じなのは、この季節だからでもあるのだろう。



祝祭用のお菓子としてなのか、家族へのお土産なのか、ぎょっとするような量を買い込んでゆく者達が多い。

奥にある厨房からは、焼き立てのクッキーが運ばれてきて、その度にいい匂いがぷわんと漂ってくる。


広い店舗なのだが家族連れの姿も多く見られ、子供達は祝祭用のアイシングクッキーに目を丸くしていた。

なお、そちらは少し割高のようで、一緒にいる父親がぎくりとしている。



「アルテアさん、私の奢りなので好きなクッキーを買って下さいね」

「…………また何か企んでいるんじゃないだろうな?」

「まぁ。先程、守って下さったお礼なのですよ?にゃわなる仕打ちにはそれを好む方もいますが、ぎりりと痛そうな音がしたので、私は我慢なりませんでした……」



そんな身勝手な感想を告げたネアを、アルテアは、ひたりと静かに見つめた。

どこか複雑そうな眼差しなので首を傾げると、なぜか責めるような表情になるではないか。



「珍しく執着を示したかと思えば……。いいか、その妙な表現はやめろ」

「…………我慢ならない?」

「その前だ………。言っておくが、俺にそちらの趣味はない」

「にゃわ………」

「やめろと言わなかったか?」

「え、アルテアってまさか………」


ここで、ちょっぴり悪戯っぽい目をした義兄が会話に参加してきてしまい、アルテアがじろりとこちらを見る。


「おい………」

「なぜ、私が叱られる風なのです?………それと、ざくざくチョコチップクッキーと、普通のチョコチップクッキーの違いは何なのでしょう?………むが?!」


とても大切な質問をしただけだったのだが、ネアはなぜかアルテアに鼻を摘まれてしまい、じたばたした。

すぐに伴侶の魔物が助けてくれたが、乙女の鼻は丁重に扱うべきなので、即時解放の依頼をするのではなく、二度と同じような悲劇を起こしてはならないのだと徹底せねばなるまい。



「ネア、大丈夫だったかい?」

「ふぅ。どちらかを選べないというのであれば、こんなことをせずに素直に教えて下さいね」

「なんでだよ」

「ディノ、初めての訪問なので、一番有名なチョコチップクッキーを買うつもりなのですが、他にも種類があるので欲しい物があれば教えて下さいね」

「うん。何でも買ってあげるから、好きなだけ買っていいよ」



そう微笑んだ魔物は、ご主人様はアイシングクッキーが欲しいに違いないという目をしていたが、ネアは、このようなお店では、可愛いよりも美味しいが優先されてしまう事があるのだと、説明してやらねばならなかった。


確かに祝祭用のアイシングクッキーは可愛いのだが、ざくざくで美味しい素朴なチョコチップクッキーを想定しての買い物では、そこまで重要な購入対象ではない。


「こちらのクッキーが好きだと聞いていますから、ゼノの分も買いますね。となると、お仕事の合間などに食べられるよう、騎士さん達へも……………」

「それは私が買うので、お前は自分の買い物をしてくれ。折角このような場所に来たのだ。忙しい季節で頑張ってくれている皆への土産にしたい」

「では、そちらはエーダリア様にお任せしてしまいますね」



このような時、ネアは、いえいえ私がと主張することはない。


自分にとっても日々の生活の中で大切な隣人たちであるが、それよりも深い関係性にあるのが、エーダリアと騎士達だ。


であれば、エーダリアはそんなみんなに美味しい差し入れがしたいだろうし、騎士達も、エーダリアからの差し入れの方が嬉しいだろう。

資金的な問題についても、ネアは、どうせエーダリアのお買い物はさっとノアが支払ってしまうに違いないと知っているのである。



「ノアベルト?!」

「気にしなくていいって。僕だって、いつも遊んで貰ってるからさ。これで足りるかい?」

「……………あ、ああ。すまない」

「エーダリア、自分の分は買った?」

「ああ。干し葡萄とシリアルの物と、チョコチップクッキーの袋がそうだ。お前やヒルドと食べようと思ってな」

「うん。……………えへへ、……………そうだよね、僕達と一緒だよね」

「あらあら、ノアが幸せいっぱいの笑顔なのです?」

「そりゃ、僕達は仲良しだからね。エーダリアは、いつだってこんな風に僕やヒルドの分も買ってくれるんだよ」

「そう言えばエーダリア様は、お昼に食べたソーセージを、ノアやヒルドさんに食べさせてあげたいと話していましたね」

「……………ありゃ」



嬉しそうに目をきらきらさせる塩の魔物は、受け取ったクッキーの沢山入った紙袋を魔術金庫に仕舞いながら、口元をむずむずさせている。

ネアの大事な義兄をそんな風に幸せにしてしまうのだから、やはりエーダリアは只者ではないのだろう。

なお、そんなエーダリアも恥じらってしまっているので、両思いの構図のようになってしまった。



「こちらのチョコチップクッキーは、どちらが皆さんのよく買われる物なのでしょうか?どちらも美味しそう過ぎてしまい、人気のある物を多めに買いたいので助言をいただけますか?」

「それなら、普通のチョコチップクッキーの方ですね。ざくざく食感の物は、昨年末からの販売なんです。そちらはちょうど試食が出ますから、召し上がってみますか?」

「は、はい!」



お店の人に人気商品を教えて貰おうとしたところ、思いがけない試食をいただいてしまい、ネアは、その場で小さく跳ねた。


丁度焼き上がりのクッキーが追加されたばかりで、店内を見ると、小さく割った試食用クッキーを持って回る店員さんがいる。

子供達が大喜びしている一方で、強面の騎士達もすかさず試食をいただいて真剣に悩んでいる姿が見られるのも、この土地らしさなのだろう。



「はい、ディノ」

「……………虐待する。食べさせてくるなんて………」

「ふふ。折角の焼き立ての試食ですからね。アルテアさんもです」

「アルテアなんて……………」

「おい、押し付けるな」

「あーんですよ。こちらは、ざくざくチョコチップクッキーのようですね。ぎゃ!指を噛むのはやめるのだ!」



顔を顰めながらも手ずからの給餌に応じてくれた魔物に指を噛まれながら、ネアは、素早く頭の中で計算をした。


事前予測では普通のチョコチップクッキーを多めにするようになると考えていたのだが、食べてみたざくざくチョコチップクッキーが思ったより美味しかったのだ。

であればここは半々だと考え、エーダリアも買った干し葡萄とシリアルのクッキーと一緒に注文する。



「ふむ。こちらのお店での量り売りは、あの小さめの籠にどれだけ入るかなのですね」

「国によって計量の数値の基準が違うから、目で見てわかりやすいようにしたのかもしれないね」

「なぬ、その代わりに、おまけをくれるのです?」



明確な数値のない計量は、目分量になる。


それでも苦情が出ないのは、割れてしまった規格外クッキーの詰め合わせを、ぽいっとおまけで付けてくれるからだ。


レジ横には、籠で測る販売方法なので、誤差が出た時の為におまけを付けていますという注意書きが何か国語で書かれており、皆がその運用に満足しているようだ。

何しろ規格外クッキーの詰め合わせは、販売している色々な種類の物が入っている。

これ一つであれこれ食べられてしまう上に、そこそこの量があるので、こちら目当てにおまけが貰える最低量を購入する客も多そうだ。



(ここまで規格外が出るとは思えないから、ある程度は、この詰め合わせの為にわざと割っているのかな。試食用のクッキーを作る際に、こちら用の物も作っているのかもしれない……………)



ほくほくとした思いでさっと支払ってくれたディノにお礼を言い、ネアは、使い魔ご所望の、ざくざくチョコチップクッキーと干し葡萄とシリアルのクッキーが半分ずつ入った袋をアルテアに渡した。


アルテアは、最初はオレンジのクッキーも見ていたようだが、収穫時期の後には作り立ての干し葡萄を使っているらしい干し葡萄クッキーの方にしたようだ。


茶色い紙袋にはこのお店の外観が描かれているスタンプが押してあり、大きな紙袋でクッキーを受け取ったネアは、この街を楽しむ玄人観光者になったような気がしてふんすと胸を張った。



「……………まぁ!雪が降ってきました」



店の外に出ると、はらはらと細やかな雪が降り始めている。


手のひらを持ち上げて雪を受け取ろうとしてしまうのは、前の世界の名残りだろうか。

騎士達は、成る程、雪が降る前だから少し暖かく感じたのだなと呟き、こんな日は温かい葡萄酒に焼き立てのソーセージだと微笑みを交わしている。



「寒くないかい?……………アルテアを巻いてる」

「ふふ。このストールは、アルテアさんが貸してくれたのですよ。ディノは寒くありませんか?しっかり温かくしていて下さいね」

「雪が降り始めた事で、周囲の動きが早くなる。くれぐれも、周りを見ずに歩くなよ」

「ふむ。ではアルテアさんも手を繋ぎます?迷子になったら大変ですからね」

「やめろ」

「アルテアなんて……………」


飾り木の並んだ通りにはらはらと降る雪は、きっと美しいだけではないのだろう。


ここが商業特化した街並みであれば、雪かきや移動の便の運行などにもかかわってくる。

だが、一介のお客であるネアは、ちかちかぴかぴか光る星型の飾りのある飾り木並木に落ちる雪を、ただ美しいものとして見ているばかりだ。



(……………ああ、そうか)



どうして楽しいのに少しだけ胸が痛むのかと思えば、美しくおとぎ話の世界のような様相のウィーム中央よりも、この街並みの方が、前の世界のネアに想像しやすい風景であるからだ。

ウィームを歩くよりももっと、あの日々が身近に感じられ、そんな中を家族と歩いている事がいっそうに胸をいっぱいにしてくれる。


ネアは、持たされた三つ編みをぽいっとしてしまい、悲し気に目を瞠った魔物の手をもう一度繋ぎ直すと、最初からちゃんと手を繋いでくれているアルテアの、手のひらや指先の温度もぎゅっとしておいた。



「ネアが大胆過ぎる……………」

「クッキーのお店に入るまでは、手を繋いでいたので、そちらの運用に戻してしまいますね」

「可愛い、見上げて弾んでくる……………」

「おい、転ぶなよ……………ったく」

「むぎゃ?!足元を、小さな何かがひゅんとなりました!!」

「おや、クッキーの精だね。やはりこの街には沢山いるのかな」

「クッキーの精……………」



思わぬ名称に怖々と振り返ると、パンの魔物と同じような、どう見ても誰かが落としたクッキーに違いないという謎生物が、しゃっと素早く駆け抜けてゆく後姿が見えた。

歩道を歩く人々の中には、ネアのように驚いている者もいるが、殆どの者達は慣れているのか気にする素振りはない。



「………チョコチップです。もしや、色々な種類がいるのですか………?」

「どうなのかな、いると思うけれど………」

「ウィームでは、七種の派生が確認されているが、国によって種類は変わるだろうな」

「エーダリア様が普通に話していますが、私はまず、あやつの存在を受け入れる事から始めなければならないのですよ?」

「そうなのか?………その、クッキー祭りなどを見ているだろう」

「呪いのクッキーが荒ぶるのと、平素から動き回るクッキーがいるのとでは大違いなのだ………」



遠い目でそう呟けば、全員が不思議そうに見つめるので、ネアはとても孤独であった。

どちらかと言えば、感想や立ち位置上は仲間である事が多いアルテアも、今回はクッキーの精などよくいるだろうという顔をしているではないか。



「そもそも、クッキーの精は何を食べるのですか?」

「何を食べるのかな………」

「食楽の系譜の者達だからな。大抵は、その種の食べ物への喜びや愛情を糧とする事が多い」

「…………クッキーを食べる事への喜びを」



ここでネアは、はっとした。


もしや、飾り木にかけられていたクッキーのオーナメントは、クッキーではなく、クッキーの精の方のクッキーだったのかもしれない。

若干、クッキーという言葉が多すぎて混乱してきてしまうし、そもそも、クッキーとはという真理への謎に包まれてしまうものの、ここはクッキーはクッキーだからと諦めざるを得ないのだろう。




「…………むむ、クッキー情報で混乱してきましたので、ソーセージの事を考えますね!」

「行きたい店があるのだよね」

「はい!アルテアさんが、昼食を摂ったお店で使われているソーセージが、どこの物なのかを聞いてくれたのですよ。まずは、香草塩の粗挽きソーセージを買いに行きますね」


ネアの宣言に、エーダリアも重々しく頷いていたので、隣を歩くノアは、こちらもお気に入りなのだなと微笑みを深めていた。

となると、エーダリアの買ったソーセージのお会計はまた取られてしまうだろうが、とても仲良しなのでもっとやり給えの思いである。




はらはらと、雪が降ってくる。



楽しげな祝祭音楽はどこから流れてくるのだろうと周囲を見回すと、クッキーと珈琲をいただけるカフェなどで、楽器を演奏しているようだ。

途切れずに街中にずっと流れている旋律からすると、各店の演出というだけでなく、音楽を絶やさないようにして訪れた人々の気持ちを弾ませておこうという、この街全体の販売戦略なのかもしれない。



薬局のある角を曲がり、僅かに上り坂になっている道に向かう。

そこから二本目の通りを左折すれば、ソーセージの専門街だ。


食肉加工の工程は、飲食店の多い小さな街の中で行うのには向かないので、城壁の外側にある、小さな村で行なっているらしい。


毎朝沢山の食肉が各店に届けられるのだが、そのお届けをするのが馬や牛の下半身を持つ草原の精霊達なのだと聞けば、ネアは少しだけ複雑だった。

だが、こちらは種族や氏族が違えば、竜だって竜革の製品を使うので、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。



「私の生まれ育った世界では、下半身が馬の人外者さんが、物語や伝承の中にいたのですよ。私の誕生月の星の形を示す方でもありました」

「そんな生き物なんて………」

「あら、荒ぶってしまうのです?」

「草原の精霊達の属性で考えたんだろう。あの連中は、人間が繋ぎを取るには厄介だからな」

「どのような属性なのです?」

「……………さぁな」

「アルテアさん?………ディノは知っています?」

「ご主人様…………」

「ありゃ、確かに………」



ネアは、なぜ魔物達が草原の精霊達の属性について言葉を濁すのかがわからずに首を傾げたが、目が合ったノアもさっと視線を逸らしてしまう。

エーダリアもそわそわしているので、知っているのは間違いないのだが、なぜか皆、ネアには言えないらしい。


抗議を込めて弾んでみたものの、ノアが関係のない飾り木のオーナメントの話を始めてしまい、うっかりネア自身も興味がそちらに向いてしまった。



「この街はさ、木のオーナメントが多いけれど、何でなのか知ってるかい?」

「アルテアさんから、木箱の職人さんのご家族が作っていると聞いたのですが、ご自宅で可能な副業だからという訳でもないのですか?」

「聖なる木の参礼って呼ばれるオーナメントでね、ずっと昔に林檎の木の災いがあった時の名残りなんだってさ。実際には、たまたま硝子細工や結晶石、ビーズ細工のオーナメントを飾っていた方の裕福な連中が災いの対象になったってだけなんだけど、それを、残った人間が、自分達の使っていた木のオーナメントの装飾には災い除けの力があるって信じて、そこからこの装飾が伝統的な物になったんだ」



その話は、アルテアも知らなかったらしい。

起因する出来事が災いなので、あまり公言されていないようだ。


「林檎の飾りが多いのも、だからなのでしょうか?」

「この辺りはインスの実が採取出来ないってのもあるけど、そんな理由もあるかもしれないね。千年近く前の事だから、今は、知らずにオーナメントを作っている人間も多いんじゃないかな」

「飾り木は、そんな昔からあるのですねぇ」

「何層か前の世界層から存在している文化のようだね。こちらに記憶が残されているのは、三層前が限界だけれど、以前は、違う名称だったとも言われているよ」

「まぁ!前の世界からなのですね」



(でも、私の生まれ育った世界にもクリスマスツリーがあったのだから、形や起源を変えて、様々な飾り木があるのかもしれないわ………)



そう考えると、切り離された筈の世界にも橋がかかるような不思議な感覚で、ネアは、伴侶の魔物の手をぎゅっと掴んでディノの水紺色の瞳を見上げた。



「…………虐待」

「何度か話していますが、私が生まれ育った世界にも、よく似た物があったのですよ。ツリーと言って、同じような木にこうして、沢山のオーナメントときらきら光る飾りをかけるのです。木の先端に星飾りをつけるのも同じなので、何だか不思議ですね」

「世界というものが象られる時に、定型となるような順路は必ずあるのだろう。どの世界にも信仰はあるし、シュプリや葡萄酒のような物も必ずあると聞いているよ」

「むむ、それならきっと、ソーセージもあるに違いありません!」



(クリスマスにケーキを食べるのも同じだし、教会で、祝祭に捧げる歌を歌うのも同じなのだわ)



そう考えてわくわくしたネアは、重ねてクリスマスの話をしようとして、ふっと目を瞠った。



通りの向こうにある小さな円形の広場の飾り木の下に、懐かしく美しい人が立っていたような気がしたのだ。


その人は、慈愛に満ちた瞳を細め、人差し指を唇に当てる、これもまた、あちらとこちらで同じ意味を成す仕草をした。




「どうした?」

「………今、あの広場の大きな飾り木の下に、クロムフェルツさんがいたような気がしたのです」

「おや、彼がかい?」

「………冷静になって考えると、この距離から遠く離れた広場のあの木の下にいる方がよく見えるというのも不思議な事ですし、気のせいかもしれません?」

「いや、啓示や予言などの可能性もある」

「そうなのですか?」

「クロムフェルツは、そのようなものを司る一人でもあるからね。彼を見た時に、何かを考えていたり、しようとしていた事はあるかい?クロムフェルツの姿を見て思い浮かんだ事でもいい」



そう言われたので、ネアは、言葉を選んで直接的な表現は避け、その時に考えていた事を話してみた。



「うーん、ケーキは問題なさそうだから、歌を捧げるって響きの方かな。ネアは………そうだね、シルの歌乞いでもあるし、伴侶になる時には、教会の側の修復の魔物との繋がりを持つ事を警戒したよね?結ぶとまずい響きや認識、或いは禁忌の領域があるのかもしれない」

「そうだね。君は、幸いにも可動域の上では、これからもずっとクロムフェルツの領域の愛し子でもある。彼の祝福の谷間を覗ける者は、よく、忠告や祝福を貰えるのだそうだ。良い気付きだと思って、注視した方がいい部分かもしれない」

「……同じだとしっかり明言してしまう事で、魔術の繋ぎのようなものを、結んでしまうのでしょうか?」

「あちらとこちらは違うから、こちらの作法では問題がなくても、繋がりかねない糸があるのかもしれない。その祝祭に属する者として、クロムフェルツは何かに気付き、忠告しに来てくれたのだろう」



(クロムフェルツさんが………!!)



そう教えて貰い、ネアは、何とも言えない嬉しさにむぐぐっと口元を引き結んだ。



ずっとずっと、クリスマスはネアハーレイにとっての、そしてイブメリアはネアにとっての、特別なものだった。



きらきら光る装飾や家族の団欒とご馳走への憧れが、祝祭への思いを羨望の中で育てたのかもしれない。


だが、家族を喪って信仰を捨ててからはクリスマスのミサでも聖歌を歌えずにいたネアハーレイにとって、贈り物を誰からも貰えないネアハーレイにとって、それはいつだって、ショウウィンドウの中で煌めく決して買えない憧れの宝物だったのだ。



「ネア?」

「ふふ、何だか、少し嬉しくなってしまいました。あちらの祝祭は、どれだけ大好きでも、大好きで憧れがあるからこそ、私にとっては優しい日ではありませんでした。………けれども、こちらに来てからはイブメリアを楽しみたい放題なのです!その上、クロムフェルツさんがこんな風に何かを教えてくれたのであれば、私は、とうとう大好きな祝祭の一員になれたのだなと思ってしまいました」

「君は、それが嬉しいのだね?」

「はい!これからはずっと、ディノやその他の大切な人達にイブメリアの贈り物が出来ますし、私も贈り物を貰えてしまうのですよ?こうして、飾り木の綺麗な街並みを誰かと歩く事も出来ます」



嬉しくなってまた少し弾み歩きをしてしまったネアを、アルテアはこの時ばかりは叱らなかった。

ディノは目元を染めてもじもじと頷き、なぜか、既に両手の埋まっているネアに、三つ編みまでを差し出してくるではないか。




(ずっとずっと昔のこと…………)



ネアハーレイの母方の一族は、音楽に身を捧げた一族であったらしい。


ネアの知る母方の祖父母は養い親であったので、一族のルーツについての詳しい事は分からないが、何度かそのような話を聞いた事があった。


複雑な事情や厄介な伝統があるそうで、成人してからより詳しい話を聞かせて貰う筈だったのだが、それが叶わぬまま両親はいなくなってしまい、ネアの手元に残されたのは、組み立てられないパズルのピースだけ。


だが、音楽の学びを得た国の教会で行われるクリスマスコンサートには必ず参加しており、不思議な事に、一族の子供達は、なぜか初めての夏生まれの子供となったネアの母親以外は、必ずクリスマスのアドベントカレンダーの中のどこかの日で生まれていたらしい。


クリスマスが大好きだったネアには、それはとてつもなく素敵な秘密のように思え、ますます、クリスマスへの愛着を深めた。



けれども、こんなにも心置きなくその祝祭を楽しめるようになったのは、やはり、この世界に来てからだろう。

ただ楽しいだけのクリスマスは、小さな子供の頃ぶりで、大人になってからの楽しみとしての取り分を得たのは、初めてに等しい。



(…………だから、私はこの世界に来てやっと、本当の意味でのこの祝祭の子供になれたのだわ………)



「お前の歌唱力で、ミサの歌を歌うなという事かもしれんがな」

「ぐるるる!!」



意地悪な事を言い出した使い魔はしっかり威嚇しておき、ネアは、見えてきたソーセージの専門店の看板に心を弾ませ、唇の端を持ち上げた。





“ おいでおいで、私の 大切な娘を幸せにする子”




クリスマスの夜に、雪の降る庭でそう願った父の言葉に、きっとその夜の祝福は、時間をかけてこの幸福を結んでくれたのだろう。




優しい優しい家族に囲まれ、またあの日のように祝祭の夜を祝えるように。















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