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185. 冬告げで貰います(本編)




はらはらと、触れれば淡く光って消えてしまうような雪が降っていた。

ホーリーテの木々は、お伽噺の様相で冬告げの舞踏会の会場を囲っている。

飾られたオーナメントがきらきらと輝き、会場の白灰色と繊細な金色、そして、ふくよかな赤色の組み合わせがはっとする程に美しい。


テーブルの上に落ちる飾り木の影に、ネアは、胸がくしゅんとなってしまい小さく足踏みした。

そこには会いたかった雪のシーが立っており、こちらを見て、あらあらと微笑むハザーナもいる。

おまけに、その隣のテーブルには宝石のような彩りのデザートが並び、見たことのない小さなグラスの特別な飲み物のテーブルまであるではないか。


ここを楽園と言わずして、なんと言えばいいのか。

ネアは、男性らしい優雅さでエスコートしてくれているウィリアムを見上げ、唇の端を持ち上げた。


優しく瞳を瞠ってこちらを見たウィリアムは、僅かに体を屈めて、目の下に口付けを落としてくれる。



「む?」

「また危ない事があるといけないからな」

「ふふ。これなら安心ですね。………ふぁ!ウィリアムさん、見たことのないテーブルがありますよ………」

「飲み物のようだな。俺も、あの並びは初めて見た」

「紅茶や珈琲などの温かい飲み物で、上に載せたクリームが全て違う味なのだ。俺が勧めるなら、その奥にあるキャラメルと林檎のクリームを載せた紅茶だが、それぞれ風味がまるで違うので、好き好きという以上に種類がある。幾つか飲んでみるといい」

「まぁ!飲み物でもわくわくしてしまえるのです?」


未知のテーブルについて教えてくれたのは、ミルクブルーの長い髪を美しく編み込んだディートリンデで、ネアは、思いがけない情報に小さく弾んだ。

久し振りに会うのに子供っぽい仕草になってしまったが、ディートリンデは金色の虹彩模様のある水色の瞳を細め、優しく微笑んでくれている。



「お久し振りです。ディートリンデさん、ハザーナさん」

「この前は、そなたがヒルドに素晴らしい菓子を持たせてくれたお陰で、皆がたいそう喜んでいた。礼を言う」

「ちびちびした方も多いので、自分の好きなクッキーやチョコレートを見付けられるように、詰め合わせ缶にしてみました」

「ああ。それは凄い騒ぎだったぞ。俺も自分の分を慌てて取っておかねばならなかった」


そう笑う雪の妖精王は、甘いお菓子が大好きなのだ。

そんな美しい妖精が、詰め合わせのお菓子缶をちびちびもふもふした生き物達と覗き込んでいる姿を想像してしまい、ネアはほっこりした。


「お久し振りですわ、終焉の君。今年も素晴らしい装いですこと」

「やあ、ハザーナ。君のドレスも素敵だな。それに、先日は君の妹に世話になった」

「いえいえ、ダイヤモンドダストを降らせただけで怪我を負った子供達が目を輝かせて笑ってくれたのだと、あの子達も喜んでおりましたよ」

「ハザーナさん、この髪飾りの素敵な祝福石も、有難うございました」

「とってもよくお似合いですよ。ウィリアム様から、是非にあなたにと言っていただいて、年甲斐もなく、私も張り切ってしまいました。でも、こうやって使っていてくれる姿を見られるのは、とても嬉しいものね」


二人の妖精に挨拶をし、ネア達は、お久し振りからのお喋りを楽しんだ。

だが、にっこりと微笑んだハザーナが、私達はここで待っていますから先にデザートを食べていらっしゃいと送り出してくれてしまい、有難くそうさせて貰う事にする。


今年のテーブルの配置では、デザートテーブルの前に立ってのお喋りは難しいのだ。

大きな飾り木の木陰にテーブルが設置されているのだが、飾り木の幹に寄せた為にテーブルをぐるりと囲めず、誰かがテーブルの前に立っていると後続の者達がケーキにありつけなくなる。

よって、食べたい物を取り、テーブルから少し離れた位置でお喋りするのがスマートと言えよう。


いつもならお喋りをしながらケーキを取れるのに、これは厄介な配置にされたぞとそわそわしていたのだが、そんな落胆にハザーナも気付いたに違いなく、ネアは、ここは素直に年長者のご厚意に甘えてしまう事にした。



まずは、ディートリンデのお勧めの飲み物を観察する。


テーブルの上に置かれた銀水晶のトレイの上に、エスプレッソカップくらいの分量で飲めるような小さなグラスが並んでいて、トレイには、綺麗な赤い薔薇の花びらが、さも風で散っただけですよという絶妙な具合に散らしてあった。


雪空の祝福石を使った灰色の燭台には魔術の火が灯り、ふんだんに赤い薔薇を生けた花瓶は、クリスタルのものと、水色がかった白灰色の二つがある。

目で見ても楽しい飲み物のグラスには、飾り木のオーナメントの煌めきが映り、きらきらしていた。



(この飲み物は、硝子のグラスで少しずつ楽しめるようになっているのだわ。木の枝と葉を模した銀の持ち手が付いていて、グラスもとても可愛い…………!)


これ迄の冬告げの舞踏会にはなかった物なので、是非に体験しておかねばなるまい。

とは言え、デザートに入るにあたり、液体と固形であれば、まずは大物のケーキなどから確保するのが良いだろう。

名残惜しさを残しながらそちらのテーブルに向かったものの、勿論ネアは、新形態の飲み物テーブルの監視を怠らなかった。


ケーキをお皿に移設しながら見ていると、会話の合間にさらりといただける小さなデザート風の飲み物は、やはりご婦人達に人気なようで、皆が会話の折にひょいと取ってゆく。

もう少し遅ければ種類が減ってしまっていたかもしれないが、今はまだ、全ての種類がたっぷり残っているので、じっくり好みの物を選べそうだ。


例年よりお客の動きが遅いなと思えば、中階位から低階位の参加者達は、一通りの挨拶を終え、やっと料理を取り始めたところであるらしい。

これまでの冬告げであればそろそろデザートの時間だが、今年はリツムの接触や純白のひと暴れなどの想定外の事態も多かったので、今からやっと冬告げの舞踏会を楽しみ始めた者達も多いのだろう。


もうリツムの接触が絶たれたのであれば、冬眠の精霊王は途中で帰れるようになったのだろうかと考え周囲を見回してみたが、まだ会場に残っているのかどうかは分からなかった。



「ネア、これも食べてみるか?」


そう言って、ネアの取り皿に可愛らしい小さな正方形のケーキを載せてくれるのは、ウィリアムだ。

舞踏会仕様の雰囲気なので、凄艶な美貌の男性が、こんな風に可憐なケーキを取ってくれる姿はどこか無防備に見える。


目が合うと薄く微笑み、期待のあまりに足踏みしているネアに、こちらからは取り難い位置にある何種類かのケーキを取ってくれた。


「むぐ!木苺の酸味とホワイトチョコレートの甘さが絶妙ですね。こちらは、少し大人っぽい雰囲気のビターチョコレートとオレンジのケーキです。……………一口ケーキで七種類もあるなんて、これを考えてくれた方は、きっと、とても優しい方に違いありません」

「このくらいの大きさだと、俺も食べ易いな」

「ふふ。では、一緒に楽しめてしまいますね。………ふむ。幾つかはお口に入れてしまいましたし、これくらい載せれば全種類という感じですので、ディートリンデさん達のところに戻りましょうか」

「ああ、そうしよう。…………おっと、クリームが付いてるぞ」

「なぬ」


そう教えてくれたウィリアムに、指先で唇の端を拭われたネアは、ちょっぴり恥じらった。


女王のような美しく繊細なドレスを着ているので、こんな失敗をするつもりはなかったのだ。

だが、拭ってくれたクリームを指先から舐め取ると、ウィリアムは小さく微笑み、騎士らしい仕事が出来たなと言ってくれるではないか。


「まぁ。舞踏会でも、騎士さんな時もあるのです?」

「ネアが望めば、いつでも対応するよ。…………場合によっては、周辺の警備も怠らないようにしないとな」

「……………む。今、さらさらとした金色の髪のどなたかがテーブルの影にいたのですが、いきなり向こうに走っていってしまいました……………」

「やれやれ。俺が一緒にいるのに、どうして忍び寄ろうとしたんだろうな………。冬の系譜は油断も隙もない。ネア、リツムは剥離されたが、今日は俺から離れないようにするんだぞ?」

「むぐ!」



だがここで、女性達が多く集まっているデザート区画に来てしまった事で、思いがけない事態が起きた。

終焉の魔物を見付けた女性達が、デザートテーブルからの人の流れを利用し、さっとウィリアムを囲んでしまったのだ。


ウィリアムはそれでもネアの手を離さないでいてくれたが、くすりと微笑んだハザーナが、彼女はこちらで預かりますよとディートリンデとの輪に引き入れてくれたので、ネアは、急激な環境の変化のあった終焉の魔物の隣から逃れ、美しい冬の妖精達とデザートをいただくことにした。


ウィリアムがとても助けて欲しそうに見ているが、あちらに行ったら素敵なドレスのご婦人方に蹴散らされる未来しか見えないので、ここは、にっこり微笑んで気付かないふりをしておこう。

お皿の上の美味しいデザートは大事にいただくべきだと考えた人間は、冷酷な判断であれ、離脱するしかない事もあるのだと苦い微笑みを浮かべる。



(今年の冬告げは、一人参加が許可されたからなのかしら………)



毎年、お相手を伴って訪れていても恋の鞘当てが繰り広げられていたが、今年はそんな様子がより顕著なのかもしれない。

これもまた、特例があってこそ見られる、珍しい光景なのだろう。

そんな事を考えながら、ネアが離れたのを見てこれ幸いと更に集まってきたご婦人方に踏み荒らされないよう、ささっとハザーナが空けてくれた場所に収まり、ふぅと息を吐く。


「ふむ。あのような戦場からは一定の距離を置く賢い人間は、尚且つ、大好きな妖精さん達のお隣をこっそり押さえてしまいました」

「あらあら、こんなお婆ちゃんですけれど、いいのかしら?」

「まぁ!私の大好きな、とびきり素敵なハザーナさんですので、こうしてお隣でケーキをいただく時間は、この上ない贅沢なのですよ!」

「ふふ、ダイヤモンドダストの祝福石の髪飾りを付けた子にそんな風に言われたら、私も嬉しくなってしまうわ」

「そなたは、ハザーナを喜ばせるのが上手いな。俺も、少しは見習わなくてはいけないかもしれんな」

「そうですよ。あなたときたら、会場に到着するなりケーキに夢中でしたもの」



ディートリンデに悪戯っぽくそう言い、くすくすと笑うハザーナは、今年は優雅な藤色のドレスを着ている銀白の髪の美しい老婦人だ。


シンプルだが流れるように美しいドレスは、裾のあたりにレース模様のような素晴らしい刺繍があって、ハザーナの雰囲気によく似合う。

上品な佇まいがただ美しいばかりではなく、にっこり微笑みかけてしまいたくなる優しさに満ちていて、ネアの大好きな妖精の一人である。



「……………ふぁ。このケーキは、なんて美しいのでしょう。チョコレートの壁の中に沢山の果物を宝石のように入れたゼリーが入っていて、贈り物のようなケーキです………」

「ゼリーの下に敷かれた、ピスタチオのクリームと蜂蜜のスポンジとの相性が素晴らしいので、是非に一緒に食べてみるといい」

「はい!………はぐ。………お、美味しいです!」

「そうか、そうか。まだまだあるからな」

「ふふ、ウィームの愛し子が嬉しそうにしているからって、あなたまでそんなに嬉しそうに」

「先程は、リツムなどが現れてひやりとしたのだ。せっかくの舞踏会で、冬の愛し子に怪我などさせようものなら…」



ここで、ふっと酷薄な眼差しを見せた雪の妖精王を、ネアは意外な思いで見ていた。


人ならざる者達の酷薄さも残忍さもよく知っているつもりなのだが、この美しい雪の妖精については、いつの間にか、穏やかに微笑んでいるような表情ばかりに見慣れてしまっていたらしい。

ああ、この人も高位の人外者なのだと認識すれば、この冬告げの舞踏会の柱となり得る生き物らしい美しさがあらためて感じられた。


本日の装いは深い青色に白く透ける織布を重ねた美しいもので、長い髪の編み込みの飾り紐のような楽しいアレンジは、何となく飾り木のオーナメントを思い浮かべてしまう。

そんな事を思えば、真上に枝を広げる大きな飾り木の煌めきを見上げ、また、むふんと心が緩んでしまうのだから、幸せな時間以外の何物でもない。


基本的には一人上手なネアだが、ディートリンデやハザーナは、特別に親しい人が一緒ではなくてもお喋りが気詰まりにならない、大好きな人達であった。



「………今年も、お二人とお喋り出来ましたし、こうして大好きな飾り木の下に入れました。下から見上げているだけでも、オーナメントやリボンの色が万華鏡のように透けて見えて、なんて綺麗なのでしょう………」

「おい、ウィリアムはどうしたんだよ」


ついつい大好きな飾り木の美しさに心を蕩してしまうネアに声をかけたのは、禁欲的にも見える装いが、なぜか危うい程の色香を添えてしまう選択の魔物だ。

こちらに来るまでに一度ネア達の傍から離れたのだが、どこからともなく戻ってくると、すっと目を細めてこちらを見ているので、すぐ近くでご婦人方にわいわいやられている友人の姿は目に入らなかったらしい。


かつりと靴音を響かせこちらに歩み寄ると、当たり前のようにネアの隣に立つ。


「む、使い魔さんです。先程の、透き通るような水色の髪のお嬢さんはいいのですか?」

「言っておくが、あれはウィリアムの嫌がらせだぞ」

「是非に一曲踊って欲しいと、とても初々しい雰囲気の可愛らしい方でしたね。まさか、ダンス大好きっ子なアルテアさんがまだ踊っていなかったとは、ウィリアムさんの指摘があるまでは思ってもいませんでした。あのような素敵なお相手が見付かって良か……むぐ。鼻を摘むなどゆるすまじ」

「ウィリアムは、………あの輪の中か」

「話題のテーブルの近くにいたところ、あっという間に攫われてしまったのですよ。ですので、私は戦場には行かずに、ディートリンデさんとハザーナさんと、楽しくお喋りをしているのです」

「…………ここならまだいいが、ウィリアムの手を離した段階で、俺を呼ばなかったのは減点だな」

「なぬ………」



減点を出してしまったネアは、お皿の上の檸檬のクリームを花の形に飾ったケーキの半分を求められてしまい、怒り狂った。

だが、安全面での対策を怠ったと言われてしまえば謝るしかないので、最後の抵抗として、半分ではなく、フォークで三分の一に切ったケーキを差し出す事にした。

少しだけ意地悪な微笑みを浮かべたアルテアが、指先で唇を示してみせたので、何と手のかかる使い魔だろうと思いながら、そのお口にフォークでケーキを押し込めば、偶然こちらを見ていた白百合の魔物が目を丸くしている。


ネアは、少し離れているが、いつもほこりがお世話になっていますの会釈をしておいた。



「ったく。情緒の欠片もないやり方だな」

「ぐるる……。私の檸檬ケーキを食べておいて、食べ方にまで拘るなど許すまじ……………」

「………お前な。その皿の上を見てみろ。どう考えても一人分じゃないだろうが。大きめの取り皿があるのは、複数の客が集まっているテーブルに、菓子類を分けて持っていく事が出来るようにだ。一人で全種類を盛り付ける為じゃないからな?」

「まぁ、おかしな事を言う使い魔さんですね。ケーキに様々な種類があるという事は、全てのケーキを美味しくいただいて下さいねという事なのですよ?」



そう主張したネアに、ディートリンデまでもが頷いてしまったので、アルテアは遠い目をしたようだ。

いつの間にか、準羽織り物の位置に立っており、ネアは、こっそりお食事中の背もたれとして頼らせていただいた。



(……………ああ、綺麗だな)


安全な場所から見守る冬告げの舞踏会は、それはそれは美しかった。

今回の会場は、色合いもさることながら、曇り空の下の夕刻から夜にかけての時間の空気も素晴らしい。

吐き出す吐息が白くなりそうな冷気を感じるが、目には見えない硝子で遮られているかのように暖かく、蝋燭の明かりの環が幾つも重なる。


流れる音楽に合わせて踊っているのは、妖精や竜、そして精霊や魔物達。

若干、あれはなにやつだろうという心を不安定にしてくる生き物もいるが、そちらには焦点を合わせずに会場を見回せば、例えようもなく贅沢な気持ちになる。



「リツムの接触については、あらかた片付いたようだな」

「ああ。リツムの核となり、夏の気配を持ち込んだ者については、冬の祝祭の王の怒りに触れたらしい。持ち去った贈り物については既に回収が済んでいて、二度とこのような事が出来ないくらいには階位を落とされたそうだ」


ネアがもくもくと幸せな気持ちでケーキを食べている横で、そんな会話を始めたのは、アルテアとディートリンデだ。


(今のやり取りからすると、重なった部分を剥がしただけではなかったのだろうか…………)


「………もしや、その核というのは、リツムの中にいた白銀の髪の男性のことでしょうか?」


おずおずと会話に入らせて貰うと、ディートリンデが重々しく頷く。

眉を顰めたハザーナは、あのような無作法なお客は大嫌いですよと首を振っていた。


「元は、夏至祭の祝祭道具だったと聞いている。持ち去ろうとした冬告げの祝福だけでなく、これ迄に蓄えていたらしい他の祝祭の魔術や、その他の祝福も全て回収されたようなので、今後、表側の者達の脅威となる事はないだろう。こちら側を明確に認識していた珍しい個体だったようだが、階位を落とせば、表の事などは全てを忘れてしまう筈だ。…………道具屋のあわいから派生した生き物であれば、その方が幸福かもしれん」

「回収にあたったのは、クロムフェルツか」

「なぬ、クロムフェルツさん………」

「ああ。あの者達も愚かな事をした。どうしても冬告げの舞踏会に来てみたかったのだと、こっそりダンスの輪に加わるだけであれば、慈悲深い彼は笑って見逃しただろう。だが、その領域から祝福を盗み出せば、子供達を愛する彼が腹を立てない筈もない」



(そうか。………あの侵食は、入り込む為ではなく、何かを持ち去る為の物だったのだわ)



勝手に、こちら側に出て来る事が目的なのだろうと考えていたが、そうではなかったようだ。

となるとあの入れ替えなどは、陽動の意味もあったのかもしれない。


ウィリアムやアルテアがリツムの剥離こそを優先させ、こちら側への侵食を図った者達を追わなかったのも、別の者達がその役割を担っていたからなのだろう。

あの白銀の髪の男性がまだどこかに居ると思えば不安も残る展開であったので、ネアは、その力を削いでくれた者達がいたことに感謝する。



「すまない、ネア。抜け出すのに手間取った」


そこに、少しだけくしゃくしゃになったウィリアムが戻ってきた。


「ゆっくりしていて構わないぞ。こいつは引き受けておいてやる」

「うーん、ところどころで、気になる発言が多いな。冬告げは、俺がネアの同伴者なんですけれどね。……………ネア、あの飲み物を取りに行ってみるか?」

「はい!ハザーナさんのお勧めは、雪森苺のクリームを載せて、コンフィチュールもたっぷり混ぜた温かい牛乳とホワイトチョコレートの飲み物なのですよ」

「よし、じゃあそれは絶対に飲まないとだな」

「じゅるり……………」

「っ、おい、弾むな!」


ディートリンデとハザーナと別れ、デコレーションされた可愛らしい飲み物のテーブルを訪れると、一緒にいた女性に何かを言ってその場を離れたグレアムも、こちらに来てくれた。

ネアは思わずぴょんとしてしまい、無言で顔を顰めたアルテアに肩を押さえられる。


「ぐるる…………」

「やれやれ、折角楽しんでいるのに、アルテアは意地悪だな。ネア、好きなだけ弾んでいいんだからな」

「どこがだ。お前も、少しは自分の欲を抑えておけ」

「何を言っているのかよく分かりませんが、俺は、こうして喜んでいるネアも、可愛くていいと思いますよ」

「むむ…………」


頭上でわしゃわしゃし始めた二人を見て眉を寄せていると、気付いたグレアムが苦笑してくれる。


犠牲の魔物ならわかってくれている筈だが、すぐにこんな風になってしまうが、この二人は仲良しなのである。

また、お揃いの白い盛装姿で並べば眼福以外の何物でもない美しい魔物達なので、会話の内容がどうであれと、会場のあちこちで、ご婦人たちがほうっと溜め息を吐いている。



「グレアム、やっと全てが片付いたようだな」

「ああ。俺もジゼルから聞いた。運営側に任せておけばいいとは思っていたが、クロムフェルツが回収を引き受けてくれるとは思ってもいなかった。元よりその危険を察していたからこそ、今年の冬告げの会場は、予定されていた椿の森ではなかったんだな」

「俺は、リツムの顕現への反応で変化があったのだと思っていたが、最初から籠に仕立てていたらしいな。それでいて、何もしなければ見過ごすつもりだったというのも、クロムフェルツらしいが」

「そういうものだろう。彼の関心事は、本来はそちらではないからな」

「かもしれないな。……………ネア?」

「向こうで、ワイアートさんに引き摺られてゆくニエークさんが助けて欲しそうに手を伸ばしていたので、救出には伺えませんと会釈をしておきました。……………ですが、その途端に泣き始めてしまったのですが、あれは大丈夫でしょうか?」


ウィリアムは、ネアが呆然としていたので、何を見たのだろうと心配してくれたようだ。

名前を呼ばれたネアがたった今起きた事を話してみると、泣いているニエークを見てしまったウィリアムが、小さくうわと呟いていた。

元々ネアと同じ方向を見ていたアルテアは、既に半眼になっており、さくらんぼのお酒の風味のクリームを載せたコーヒーを飲んでいた。



「……………大丈夫だろう。あれは、嬉し泣きだ」

「ほわ、……………嬉し泣き……………。グレアムさんは、ニエークさんに詳しいのです?」

「そうだな。本意ではないんだが、出会う確率がなぜか高いんだ。ああなった場合は、放っておけば自分で楽しむだろう。気にしなくていい」

「じぶんでたのしむ……………?」


それはなかなか専門的な趣味のようなので、ネアはこくりと頷き、記憶からぽいすることにした。


「そう言えば、今年の冬告げでは参加者全員に贈り物が渡される事になったらしい」

「まぁ、それが妥当だろうな。季節の祝福固めには、ある程度、贈与分を上乗せしておく必要がある」

「という事は、私も何かお土産を貰えるのですか?」

「帰りがけに、出口で、雪竜達がそれぞれの贈り物を渡してくれるそうだ。ウィリアムに、寄って貰うのを忘れないようにしないとな」

「は、はい!」


グレアムによると、冬告げの舞踏会では、やはり、イブメリアという冬の祝祭が大きな彩りとなる。

贈り物や願い事を司るイブメリアの祝福が足りなくなっては一大事なので、これからの季節を踏み固める儀式でもある今日は、一人でも多くのお客が笑顔で帰れる事も大事なのだとか。


リツムに取られてしまった者達もいるが、それでもと重ねる祝福を安定させる為には、イブメリアを思わせる贈り物を皆に与えるのが最適なのだと言う。

イブメリアを有する冬の舞踏会らしい魔術の結びではないか。



「…………どうしましょう。私にもお土産があると知って、既にはぁはぁしてきてしまいました。まだまだこの時間を楽しみたいのに、贈り物も、一刻も早く受け取りたくて堪らないのです……………」

「おっと、それは困ったな。それなら、冬告げをもう少し堪能する為にも、もう少し踊らないか?」


ウィリアムに手を差し出され、ネアは微笑んで頷く。

アルテアから一曲は残しておけと指示されたので、使い魔枠のダンスも、必須項目になったようだ。



ジゼルと踊っているふわふわの子狐に、頷き合ったディートリンデとハザーナも踊り始める。

グレアムも、ミファーナが戻ってきたので、一緒にダンスの輪に加わるようだ。



優雅なワルツから、人ならざる者達の集う舞踏会らしい美しさと荘厳さを持つ、わっと華やかで美しいダンスの曲まで。


はらはらと雪が舞い散り、会場の真ん中には祝祭の輝きを温かく湛えた飾り木が聳えている。

やがて、どこからかふくよかな赤色の花びらも降ってきて、雪景色の冬告げの舞踏会の会場をぐっと艶やかな印象に塗り替えた。



「ネア、今年は事件も起こってしまったが、楽しんでくれたか?」

「はい!こうして綺麗なドレスを着て、ウィリアムさんとダンスをしているだけでも、胸がいっぱいになるくらいの楽しさです」

「……………そうか。俺も、ネアと踊るのが何よりも楽しいから、同じ気持ちだな」

「ふふ。ウィリアムさんとのダンスは、少し早い音楽になっても軽やかで安定感があるので、安心して体を任せてしまえるのです」


白金色の瞳を細め、ウィリアムが艶やかに微笑む。

その次のステップで体をぐっと寄せ、また一つ、口付けが落とされた。

唇に触れた温度には、男性的で満足気な微笑みが滲み、ネアは、最近は疲弊しきっている事が多かった終焉の魔物の幸せそうな微笑みを見て、また嬉しくなった。


こちらもにっこり微笑めば、今度は耳朶に口付けが落とされる。

くすぐったくて小さく笑い、ネアは、ふわっと回して貰えるターンで目を輝かせた。


「ふわっとなりました!」

「ああ。ネアは、これがお気に入りなんだよな」

「はい。こうしてふわっとなるのは、ウィリアムさんだけなのですよ。ディノも頑張って出来るようになったのですが、やはり、ウィリアムさんのターンとはふわっとさが違うのです」

「気に入ってくれたなら、冬告げ以外の場所でもまた踊ろう」

「まぁ、そんな事を言ってしまうと、執念深い人間は忘れませんよ?」



その後、何曲踊ったのかはもう分からないくらいだったが、音楽が切れたところで、後ろからひょいとアルテアに持ち上げられてしまい、ネアはパートナーを変更する事になった。

ウィリアムは、アルテアは我儘だなと笑っていたが、一休みして、ジゼルと話をする事にしたようだ。



「……………十二曲だぞ。ふざけるな」

「まぁ、楽しくて夢中になってしまっていましたが、靴に踊り疲れないという特別な魔術をかけて貰ってあるので、全く気になりませんでした」

「成る程な。そのつもりで、最初から準備を整えておいたという訳か……………」

「むむ?沢山踊る方が、季節の祝福を踏みしめられるので、良いことなのですよね?」

「俺は、こちらの分も残しておけと言わなかったか?」

「なぬ。まだ踊れるので、ちゃんと残っているのだ……………」



使い魔は待ち時間で拗ねてしまったのか、ネアは、二曲のダンスに付き合う事になった。

手袋を外した手にリンデルを指輪のように嵌めているせいで、ぎょっとしたようにこちらを見る者達もいるが、そんな風に大事にしてくれているのだから、しっかり懐いているのは間違いないだろう。


ただ、祝福は既にウィリアムが沢山してくれたのだと説明すると、首筋を噛むので、噛み癖の矯正などは今後も必要であるらしい。



なお、今年の冬告げの舞踏会のお土産は、エナメルのような素材の艶々とした絵付けが美しい、リースの形をした繊細なオーナメントであった。


中央に飾り木のモチーフがあり、愛しい子供達へと書かれたリボンが何とも優しい気持ちにさせてくれる。

帰りは会場で用意して貰った馬車に乗る事になったのだが、待ちきれずにお土産を開けてしまったネアに、ウィリアムが、クロムフェルツからの贈り物だなと苦笑していた。


「ウィリアムさん、今年も冬告げの舞踏会に連れてきてくれて、有難うございました。……………ですがその、椅子になっているのはなぜなのです?」

「アルテアが一緒に乗ってきたせいで、狭いだろう?それに、この方がネアから離れずに済んで安心だからな」

「清々しいまでに、取り分を控えようともしないな……………」

「あなたも、今日はパートナーではない筈なのに、二曲も踊りませんでしたか?」



からからと車輪の音を立てて馬車が走るのは、雪深い飾り木の森だ。


またしてもわいわいし始めた魔物達は放っておき、美しい舞踏会帰りのほくほくとした心のまま窓の外を見ていたネアは、ひと際大きな飾り木の下で微笑んでいるクロムフェルツを見たような気がして窓にへばりついたが、もしかすると見間違えだったのかもしれない。



だが、あの優しい目をしたひとが微笑んでくれたのだから、きっと今年も、素晴らしいイブメリアになるだろう。









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