百合の木と隠し棚
ウィーム中央には幾つもの公園がある。
街中にある公園は人々の憩いの場になっていて、そこの木々や花壇で暮らす小さな妖精や、お買い物途中の竜にとっても大事な休憩用の空間であるようだ。
領民達には、それぞれにお気に入りの公園があるようで、生活圏内の公園だけでなく、少し遠いが一番ご贔屓の公園というような場所を選ぶ者もいる。
この土地で暮らして日が浅いとは言えなくなったネアですら、まだ全ての公園を訪れてはいないくらいの公園数があるのは、かつては王都であったこのウィーム中央ならではだろう。
そして、そんな公園の一つに、ネア達は向かっていた。
百合の木の公園と呼ばれるようになったその場所は、元々は、工房区画外れの公園だとか、職人街外れの公園と呼ばれていたらしい。
中規模で花壇などもある美しい公園なのだが、特筆するべき見所がない為にそんな風に呼ばれてしまう事を憂いたのは、近隣住人達であった。
そして、そんな公園に何か見所をと考えた彼等が、一本の百合の木を植えたことで、その公園は百合の木の公園と呼ばれるようになったのだという。
「百合の木と呼ばれる木があるのですね」
「ああ。正確には、音楽の雫の木なのだが、花が百合に似ているので、地元の住民から百合の木と呼ばれるようになったらしい」
まだ清掃人が入っていないのだろう。
色鮮やかな絨毯のように落ち葉が積もった歩道を歩きながらそんな話をする。
曇天の空ではあるものの、雨は降り出しておらず、だが僅かに湿った土の匂いがする。
冬告げ前とは言えそろそろ雪が降ってもいい季節なのだが、本日は、どこかで季節の系譜が何かをやらかしたらしくウィームも初秋の気温であった。
なお、ネア達が歩いているのはリーエンベルクではない。
なんと、今日のエーダリアはお忍びでの外出執務なのだ。
そんなウィーム領主の隣を歩くのはヒルドで、ネアの隣にはディノがいる。
今回はノアがお留守番という珍しい構図だが、お目当ての百合の木は妖精の管轄であるらしく、ヒルドが同行することになったのだった。
「土地の領主を呼んでいるという事でしたので、何か事情はあるのでしょう。グラストの報告では、何か問題があるというよりも、伝えたい事があるという雰囲気だったという事でしたから」
「ああ。ノアベルトが様子を見に行った際にも、ただ私に話をしたいと言うばかりで、懸念するような気配はなかったそうだ」
「となると、余程にエーダリア様と何かお話ししたい事があるのですね…………」
こつこつと石畳を踏む音はするし、周囲には朝のウィームの街を歩く領民や観光客の姿もある。
だが今回は、ディノの階位での魔術の道を歩いているので、そんな人々にこちらの姿が見える事はない。
とは言え、このウィームの住人達の中にはディノですら驚くような階位の者もおり、そんな誰かとうっかり擦れ違う可能性がないとも言えないのだった。
今回、エーダリアの外出に至った発端は、とある公園にある百合の木が、ウィームの領主に直接話したい事があるのだと願い出たからなのだそうだ。
公園に住むチューリップの妖精がその声を聞き、誰かにリーエンベルクに連絡を取って貰おうと、まずはよく公園のベンチでお弁当を食べている近くの刺繍工房の職人に相談した。
その職人が工房のオーナーに事情を説明し、商業ギルドを通してリーエンベルクに一報が入ったという経緯である。
最初はグラストとゼノーシュが代理で公園に行ったが、どうしてもエーダリアに話したいと言われて、次はノアが安全確認に出掛けていった。
何しろこのウィームの領主は、領民に出来る限り寄り添いたいのだ。
そう言うのであれば伺おうと言ったエーダリアの為に、ノアが、百合の木が安全かどうかの面接のような事をしたのだという。
「グラストさんとゼノに、ノアまでが様子を見てきてくれたのに、その時は、どのようなお話をしたいのかという内容の説明なども教えてくれなかったのですね」
「ええ。領主と話すとの一点張りで、なぜ会いたいのかは、決して話そうとはしなかったそうですよ」
「その、……お話しされているのは、百合の木さんなのですよね?もしや、荒ぶる時のハシバミの木のような感じに木が喋るのです?」
「ノアベルトが話しかけた際には、乙女の姿を取ったそうだ。羽は見えなかったが、妖精としての派生が近いのだろう」
「まぁ。こちらで暮らしていると、妖精さんに会えるのが当たり前になりつつありますが、そのようにして派生されるものだったのですよね……………」
植物の妖精の派生には、二通りがある。
一つは、薔薇や百合などのように既に大きな一族を持ち、妖精こそが先に派生し、派生した妖精の方が自分の住処やお気に入りの花を選ぶというもの。
もう一つは、植物製の素材から作られた既存の道具や、大事にされている鉢植えや古く立派な木などが、力を蓄えてゆくことでそこから妖精が派生する方法だ。
今回の百合の木は後者の派生であるらしく、五十年程の樹齢の木が地元の住人達から愛され、百合の木という愛称を貰って大事に育てられた事で妖精が派生しかけているらしい。
まだ完全な派生に至っていないので常に人型で姿を見せている訳ではないが、ノアの訪問の時に挨拶をしに現れてくれたように、美しい乙女の姿を見せてくれることもあるという。
「どんな妖精さんなのでしょうね。ノアが綺麗な女性だと話していたので、お会い出来るのが楽しみです」
「浮気………」
「ディノ、百合の木さんは女性の方なのですよ?」
「妖精なんて………」
「困った魔物ですねぇ。手を繋ぎますか?」
「…………それは大胆過ぎるかな」
現場まで転移で移動してもいいのだが、出来れば街中を歩きたいと言ったのはエーダリアだ。
なかなか執務の一環として街歩きを出来る機会はないので、目的地への移動を兼ねて、ウィームの街の様子も見ておこうと思ったようだ。
まだ朝の時間帯であるので、飲食店などの中には開いていない店も多い。
とは言え、通りの歩道には、ちらほらとホットワインや温かな焼き菓子の屋台が目立つようになった。
焼き栗の屋台には焼き栗落ち葉の妖精達が群がり、屋台の焼き立てパウンドケーキを買いに来た竜の姿もある。
出勤時間に飲み物や食べ物を買ってゆく者達もいるので、このような時間から開いている屋台も珍しくはないのだ。
ショウウィンドウの装飾にイブメリアの飾り木やオーナメント、リースなども増えた。
扉に掛けられた緑のリースにも真っ赤なインスの実が飾られていて、高まる祝祭の気分にネアはどきどきしてしまう胸を押さえる。
(……………ああ、イブメリアの準備があちこちで始まっているのだわ)
この時期はもう、ネアの一番大好きな季節の装いがそこかしこにあって、歩いているだけで唇の端が持ち上がってしまうではないか。
今年のインク協会の飾り木はどんな装飾だろうだとか、欲しいと思っているリノアールの限定の入浴剤の発売日がもうすぐだとか、そわそわわくわくする季節の訪れの多さを見ていると、ネアは歩きながらぴょいっと弾んでしまいそうだ。
どうしても顔が緩んでしまいにこにこしていると、隣を歩いているディノの唇の端が持ち上がるのが見えた。
こちらの魔物は、ご主人様がはしゃぐと一緒に気持ちを持ち上げてくれる習性がある。
その時、エーダリアの足が止まった。
「どうされました?…………ああ、あの店ですか」
「あのような魔術の扱いは、初めて見た。………小さな花火を、排他結界の中に閉じ込めているのだろうか?」
「おや、確かに珍しい祝祭飾りですね………。花火が打ち上る瞬間を繰り返しているようですので、装飾用の影絵などを使っているのかもしれませんね」
「ほわ、小さな丸い硝子のオーナメントの中で、花火がしゅわしゅわしています!」
それは、チョコレートの専門店の店先の装飾であった。
通りがかった観光客が固まったまま魅入られてしまっており、店外用の装飾棚の下では、ちびこい栗鼠妖精がその飾りが欲しくて堪らないのか一生懸命手を伸ばしている。
飾り木を模した大ぶりな枝を飾った装飾棚は、店先の石畳に根を下ろしたような独特な物で、ネアは初めて見た時に飾り棚が生えてきてしまったのかと思ってびっくりした事がある。
(……………綺麗)
細工の美しい木で出来た飾り棚には、いつも、このお店の本日のチョコレートが飾られていた。
そこに、近くなったイブメリアの雰囲気を出す為に添えられたのが、飾り棚の足の部分に細長い円筒形の筒を設置し、そこに枝を挿し飾った大枝だ。
枝葉にきらきら光るオーナメントやリボンを飾り、なんとも繊細で可愛らしい雰囲気を作っている。
「ああ、断片的に残されていた影絵の切れ端を使ったのだろうね。人間は、色々な物を作るものだ」
「花火のような、動きの大きな影絵でも封じ込めておく事が出来るものなのだな……………」
「と言うよりも、切り出し方が上手いのだろう。あのような影絵は、元々が小さな展開領域なのだと思う。だから、部分的に切り取ろうとすると、そのまま崩れて灰になってしまう事が多いんだ。作った者がとても器用なのだと思うよ」
「しゅわしゅわぱちぱちしていて、綺麗ですねぇ………」
「欲しいのなら、頼んでみるかい?」
「むむ、…………店頭なので素敵な感じですが、部屋に飾ると、どーんと花火の打ち上がる音が響き続けるのが気になるので、こうして眺めて楽しむだけにしておきましょうか」
「うん。ではそうしようか」
エーダリアはどうしてもそのオーナメントが気になってしまったようで、ヒルドを伴ってお店に入ると、店主に、オーナメントをどこで購入したのかを聞くことにした。
この世界での花火というのは、一種の魔術反応だ。
切り取って残しておき、尚且つ硝子玉のような排他結界に入れておけるのなら、可動域や抵抗値が低く花火を見た事がない者達にもその美しさを共有出来ると考えたのだとか。
(エーダリア様らしい考え方だわ)
ネアは、そんな可能性を放置出来なかった上司が誇らしく、ふんすと胸を張ってしまう。
もしその提案が実現すれば、街の郊外で出来る限り魔術に触れないように生活している者達にも、美しい花火を好きなだけ眺めて貰う事が出来るだろう。
排他結界を構築する魔術は内側に向かうので、完全に密閉すれば、その入れ物に触れても支障がない筈なのだ。
いきなりウィーム領主の訪れを受けた店主は感動のあまり興奮状態になってしまい、ちょっぴり早口でエーダリアが領主になってからどれだけ幸せかを語りながら、自慢のチョコレートの詰め合わせの箱と、その花火の入ったオーナメントの予備の物を一個、寄贈してくれた。
あまり大勢で入ってもと店の外で様子を窺っていたネア達にも、半泣きの店主がエーダリアに沢山話しかけているのが見えていたので、何となく様子は掴めていたが、そちらの会の人なのかもしれない。
ただでオーナメントを貰ってしまったエーダリアは恐縮してしまっていたが、問題のオーナメントは店主が趣味で作ったそうで、まだまだ材料もあるので簡単に増やせると聞き、少し呆然としてもいた。
「あのお店は、朝に仕事に出掛ける方々が、今日はちょっぴり美味しいチョコレートで気分を上げたいぞという時に寄れるように、早朝からお店を開けているのだとか。ご店主の奥様の提案なのだそうです」
「人間は、仕事にチョコレートを持ってゆくと、気持ちが上がるのかい?」
「様々な事情でこころが落ち込んでいて、それでも弱音を吐かずに仕事を頑張らねばならない時は、少しだけ贅沢なお菓子を持っている事で乗り切れたりするのです。人間は弱りやすい生き物ですが、同時に頑丈でもあるので、ちょっとしたご褒美や贅沢が、思いがけない程の力を発揮してくれるのですよ」
「君は、あのチョコレートは良かったのかい?」
「あら、今日の午後は、ディノと一緒にガレットを作るので、今日の私のご褒美はそのガレットなのですよ?こうして家族とお仕事ながらも街歩きが出来てしまうのも楽しいのに、重ねてご褒美も手にしてしまう強欲さは、自分でも怖いくらいですね」
「可愛い。弾んでる……………」
「こちらのチョコレートも、お茶の時間にお出ししましょう」
優しく微笑んだヒルドにそう言われ、ネアは、目をきらきらさせてしまった。
エーダリアが貰った物であるのだが、大容量の大箱だったので、是非に一緒に食べてくれという事であった。
「あのショコラティエさんは、エーダリア様が大好きで堪らなかったのですね」
「しょこら、…………」
「むむ。こちらの世界では、チョコレートを専門で作るお菓子職人さんを、なんと言うのですか?」
「特別な呼び名はないのではないかな…………」
「チョコレート職人とは呼ぶが、今お前が話していたような名称はないと思うぞ。とは言え、違う文化圏では通じるかもしれないな」
「ふむふむ。では、チョコレート職人さんとお呼びすればいいのですね」
ネア達は、目的地の公園までの道をゆっくりと歩いた。
ネアがこの道を歩くのは初めてではないが、そこにエーダリアの目線が加わると、また新鮮な気持ちで街を見る事が出来てしまう。
まだ本番の物ではないのだが、既に街灯にはイブメリアを思わせるリースがかけられている。
リノアールでもそうであったが、ウィームには、イブメリアの本格的な飾りの前に現れる簡素めな祝祭飾りがあるらしい。
シンプルなモミの木のような飾り木の枝とリボンだけのリースも可愛くて、ネアは、そんな街並みを見るだけでもまたにこにこしてしまった。
さわりと吹く風に、また街路樹から葉が落ちる。
曇り空の向こうを飛んでゆく竜の姿に、通りの奥に見える歌劇場の屋根。
かぽかぽと音を立てて石畳を走ってゆく馬車に、歩道に立ち止まり、くあっと欠伸をしている森狼のような生き物もいる。
貴族文化の根付いた街らしく、通りを行き交う人々の装いは色合いこそ落ち着いているものの優雅で上品なドレスや紳士用のコート姿などが多い。
魔術師用のケープを翻して屋台でホットサンドを買っている青年は、本職の魔術師か、魔術学院の生徒なのだろう。
もう少し季節が冬に進めば、スケート靴を履き、凍った川を通勤路にするのかもしれない。
「ここを曲がり、路地を抜けたところだな」
「はい。…………ここは、かつて鶺鴒の魔術師さんの工房だったところですね」
「ああ。今は、金糸雀の魔術師が工房を構えている。工房の引継ぎは、前の持ち主と相似性があるといいのだそうだ。今回は鳥の名前で引継ぎを行ったようだな」
「あのお二人には、お子さんやお弟子さんがおられなかったのですよね」
「ええ。通りの反対に入り口のある調香の魔物の工房を引き継いだのは、同じ調香の魔術師なのですが、道具類はそのまま引き継いで使っている物も多いそうですよ」
「そうして残されてゆくものがあるのも、とても素敵な事だと思います」
ネアは、そう教えてくれたヒルドの横顔を見上げた。
ディノに贈るカード作りを手伝ってくれた調香の魔物は、元は妖精であった御仁である。
一族を亡くしたという共通点から、アーヘムを介し、ヒルドの友人でもあったのだ。
だからこそ紹介して貰えた工房だが、友人であったヒルドは、ネアよりも多くの感慨を持ってこの通りを歩くのだろう。
ウィリアムと出会い、幸福な終焉について考えるようになった時、ネアは、いつもあの二人を思い出す。
愛する者と最後まで幸福な日々を送った夫婦の姿は、ネアの中の大切な思い出なのだ。
「これはもう、帰ったらあのカードを見てしまうしかありません………」
「君が、私に贈ってくれたものだね」
「ええ。色々な要素盛り沢山のカードにしてしまいましたが、大事なディノに出会えた年でしたので、こうして大事な思い出になるような特別なカードを作っておけて良かったです」
「ずるい……………」
工房通りの朝は、遅かったり早かったりする。
しんと静まりかえっている工房もあれば、既に仕事を始めている者達もいるようだ。
そんな細い路地を通り抜けると、綺麗な正方形に整えられた、目的の公園が現れた。
「………まぁ。この少しだけ鋭角の角を曲がった先に、こんな広い公園があるのは知りませんでした」
「この土地で生活している者でなければ、左側の橋を渡って大通りに出てしまいますからね」
「この奥にあるのは、住宅地と土地の妖精を祀っている教会なのだ。ウィームでも古い時代の建築にあたる」
「あの青緑の屋根の尖塔があるのが、その教会でしょうか。こちら側の角を曲がらないと、先程の路地からは見えないのですね………」
職人街の路地を抜けると、まずは十字路に出る。
交差する道の、こちらから見ると真っ直ぐに伸びる筈の道が鋭角に右手に入り込んでおり、十字部分の右側に曲がる道の街路樹で綺麗に目隠しされていたのだ。
この辺りは、川沿いの土地を嵩上げしたことで高低差があり、公園の先の道は、石段を下って川沿いの低い土地に下りられるようになっていた。
教会があるのはその一層低い土地なので、こちら側の道を進まないと尖塔が見えなかったのだろう。
「土地の魔術を上手く使い分けているね。水辺でしか錬成出来ないものも多い。そのような魔術を扱う工房を、川沿いの土地に残してあるのだね」
「ああ。大通り近くの工房街よりも古い時代の建物が多く残っているのだが、幸い、水害などは滅多に起こらない土地なので、補修工事なども最低限で済んでいる」
「つまり、嵩上げは、水害対策ではなかったのです?」
「魔術工房というものは、ある程度隣接している方が都市作りとしては勝手がいいのだ。だが、水辺に親和性の高い魔術と、そうではない魔術がある。嵩上げした土地に構えられた工房は、水の魔術とはあまり相性が良くないものが多い」
「そうだったのですね。また一つウィームに詳しくなってしまいました!」
一層低い土地があるという事は、ここにウィームの王都が出来る前には、もっと土地に高低差があったのかもしれない。
とは言え、元々、ザルツなどよりは少し標高が高い位置にある都市であるので、平坦に感じさせながらも僅かな傾斜などは残っているのだろうか。
「私が着任した際に騎士達からの街の案内があったのですが、こちらの区画には、ネア様もご一緒すれば良かったですね」
「いえ、ここで初めて出会った事で、隠し部屋を見付けたような贅沢な気分になれてしまいましたから、これで良かったのかもしれません」
「工房で生まれ育った子供達が魔術学院に入ると、冬場は、この分岐した細い川からスケート靴で学院に向かうのだそうだ」
「むむ、この川がそこまで繋がっているのですね………」
(今日は、新しいものに沢山触れてしまった…………!)
まだ本題すら終えていないのに、ネアは、ほくほくした思いで公園に入る。
外周を背の高い木々で囲うように作られた公園は、木々の多いウィームの街の中では比較的緑の少ない工房街の人々の憩いの場になるように、自然豊かに設計されたのだそうだ。
作り足された公園だから正方形なのだなと考え、ネアは、綺麗な砂水晶の階段を登る。
この低めの階段は幅広になっていて、三段だけの高低差だ。
それでも階段を付けてあるのは、土地の守護や隔離の魔術で公園という敷地を完成させる為なのだとか。
「わ………!」
「随分と、手入れされた公園だね。ここまで祝福が多いとは思わなかったな」
「ああ、やはりここは美しいですね」
そこに広がっていたのは、この季節でも満開のチューリップの花壇のある、たいそう美しい公園であった。
綺麗に整えられた花壇には他にも様々な花が咲いていて、公園の真ん中に聳えているのが百合の木だろう。
青銅のような風合いのベンチは優美な装飾があり、小さな噴水では、妖精たちが遊んでいる。
外周の木々で目隠しされているせいで、まるで秘密の花園を訪れたような気持ちになってしまうなんとも素敵な公園であった。
「あれが、百合の木さんなのですね」
「現れたようだよ」
「むむ!」
公園の真ん中に植えられた百合の木は、ああ、確かに皆に愛されているのだろうなという佇まいであった。
根本には計算し尽されたように、青い小花を咲かせた下草が生え、隣には小さな薔薇の茂みもあるが、その全ては百合の木を主役にする為の舞台配置だ。
木の形を見ていると、恐らく枝葉の剪定なども丁寧に行われているのだろう。
枝や葉の形状は椿に似ており、淡いピンク色の百合に似た花を満開にさせたその木からは、桃のような甘い香りがした。
(………でも、)
なぜか、その木の前に立ってこちらにお辞儀をした美しい乙女の顔色は、あまり冴えないようだ。
どうしたのだろうと首を傾げたネアだったが、百合の木が話をしたいというのはエーダリアなので、ひとまず、こちらは一歩下がった場所で見守る事になる。
「………お一人でお越しいただくのは、やはり難しかったのですね」
そう呟き悲し気に俯いたのは、金糸の髪に百合の木の花と同じ淡いピンク色の瞳の美しい女性だった。
可憐さの中にどこか凛とした様子もあり、ネアは、ほうっと見惚れてしまう。
荒ぶる魔物が慌てて三つ編みを持たせてくるが、どうか美しい乙女を眺めるだけなので許して欲しい。
だがやはり、百合の木の乙女はあまり浮かない表情だった。
何やら悲し気に溜め息を吐き、困惑したように、一人での訪問は立場上難しかったのだと説明しているエーダリアに頷いている。
「であれば、ここでお話しするしかないのでしょう。私の仲間から、苦境を伝える声が届いたのです。………リーエンベルク内の、領主様のお部屋にあります、音楽の雫の木で作られた書架の上から二段目の棚が隠し棚になっておられますね?」
「…………っ、そうか!その件であれば私一人で……」
「エーダリア様?」
「ヒルド……………」
「ご自身でも、立場上一人で会うのは難しいと仰ったばかりでしょう。おおよその事情は察しましたので、このまま話して構いませんよ」
「出来れば、お一人の時にお伝えして差し上げたかったのですが…………」
悲しそうに微笑んだ百合の木の乙女は、エーダリアの自室にある音楽の雫の木で出来た書架の二段目に隠されている隠し棚の中の魔術書が、祝福を増やし重たくなっているのだと教えてくれた。
その書架が同じ木で出来ていた為に、リーエンベルク内の誰にも聞こえなかった声を聞く事が出来たらしい。
近い内に隠し棚の重さでその段が崩れ落ち、怪我をしてしまうかもしれないと言われ、エーダリアは、危険を知らせてくれたお礼をいいつつもがっくりと項垂れていた。
「隠し棚があるのは、存じ上げておりませんでしたね」
「……………すまない」
「ほわ、エーダリア様がくしゃくしゃに………」
「戻ったら、その棚の中の本を確認いたしましょう。未登録の魔術書などではないことを祈るばかりですね」
「ヒルド…………」
「ふむ。その危険を知らせようとしてくれていたので、どうしてもエーダリア様とだけお話ししたかったのですね……」
「ええ。男性の方の書架に作られた隠し棚なので、きっと誰にも知られたくないだろうと思ったのだけれど、難しかったわねぇ………」
「浮気………」
「ディノ、場の流れで少しお喋りしただけなので、どうか落ち着いて下さいね?」
大切な事を教えてくれた乙女にあらためてお礼を言い、公園を後にする。
帰ったらどうなるのかが分かっているので、とても緊張感を孕んだ帰路になりそうだが、ネアは、朝食を食べ終えて公園に来た近所の子供達が、百合の木の乙女に笑顔で手を振っている姿を見てなんとか心を宥めた。
美しい百合の木の乙女は、やがて正式に妖精として派生した後は、この公園に集まる人々と共に暮らしてゆくようになるのだろう。
屈み込んで子供達と視線を合わせてやり、微笑んで小さな子供のお喋りに耳を傾けてやっている美しい乙女は、きっとこれからもご近所の人々に大事にされる百合の木であり続けるに違いない。
ネアはまたこの公園に遊びに来ようと誓ったが、まずは、ディノがここに来る事を浮気だと思わないように話し合いをする事から始める必要がありそうだ。
明日11/21・明後日11/22の更新は、お休みとなります。
執筆が間に合えば新規の作品をアップしますので、もし宜しければそちらをご覧下さい。
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