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小さなひび割れと優しい炎




ネアは、ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎を見ていた。

並んで部屋の長椅子に座り、今日あったことを話しながらゆっくりと色を濃くしてゆく、夜の空を見つめている。


夜は少しずつ色を変えながら魔術の歌声を上げてゆき、やがて静謐が豊かで黒い帳を下ろす。

重なり合う祝祭の儀式の詠唱のようだとネアに話した事があったが、ネアにはその歌声は聞こえないらしい。

グレアムにも、ウィリアムやアルテアにも。

けれども、ノアベルトだけは、綺麗な歌声だよねと頷いてくれた。



テーブルの上の青い陶器の皿には、アルテアの焼いたダリミア小麦のクッキーが置かれている。

守護の定着を図る為に何度かに分けて食べるのだが、ネアは、そんな魔術定着の為のクッキーを美味しそうに食べていた。


本来は何の味もない儀式用のクッキーなのだが、アルテアがネアの希望を聞いてくれたので、カラメル味のクッキーになっているらしい。

それが嬉しかったのか、ネアは美味しそうにクッキーを食べていて、その横顔を見ているだけで幸せな気持ちになる。


ネアが、食事をする姿を見ているのが好きだ。

微笑んでいたり、安心して眠っている姿を見るのも好きだけれど、こんな風に食べている時のネアはとても幸せそうで、彼女が何かを美味しそうに食べていると胸の奥が温かくなる。



(……………あ、)



しかし、密かな幸せを噛み締めながらネアを見ていたら、つい先程まで幸せそうに瞳を輝かせていたネアが、ふっと眼差しを暗くした。


そうして窺える心のひび割れは、決して珍しくはない。


けれども彼女は、そんなひび割れを丁寧に塗り固めてしまう事が多く、あまり触れさせてくれないのだ。

けれども今回は、じっとクッキーを見つめ、少しの間自分の心の中のひび割れを覗き込んでいるようだった。


その小さなひび割れが痛そうで、可哀想で、どうしていいのか分からなくなる。

慌てて抱え上げて膝に持ち上げるとネアは少し暴れたが、こちらを振り返ると困ったように瞳を瞠った。

さらりと揺れた青灰色の髪は、ネアがこの世界に来る前に憧れていた色だ。

古く、手入れが出来ないままもう着られなくなった毛織りのコートを持ち上げ、こんな綺麗な髪の毛の色だったら私にも妖精が見えたかしらと悲しそうに微笑んだネアを見た時に、練り直しで贈る髪色は、絶対にその色にしようと思った。


(その時以外にも何回か、ネアはその色への憧れを見せていたし、今も気に入ってくれているみたいだ………)



だから、今のネアが気に入っているこの髪色は、ディノのお気に入りでもあるのだ。

擬態で同じ色を纏うと、ネアが好む色を纏っているという喜びを得られる。


ネアを呼び落すのはウィームがいいだろうと思っていたが、それは同時に、ネアが最も心を寄せたのがクリスマスという向こうの世界の祝祭だったからでもあった。

イブメリアがこの世界で一番美しい場所であるウィームは、幸いにも、ネアの憧れた色彩を好む土地で、ウィームを育む冬の系譜の者達はネアに好意的でいてくれた。



だからもう、その心のひび割れには、このウィームの祝祭の煌めきを落とす事も出来る。



「ディノ、どうしました?」

「何か、怖いことがあったのかい?」

「……………む。………むぅ。聞いても呆れません?」

「勿論だよ。怖いものは、話してしまうといいのだろう?」


そう言えば、体を捻ってこちらを見上げたネアが、どこか途方に暮れたような目をする。

まるで、たった今思い出したようにその体を抱いている腕に触れ、ふうっと安堵の息を吐いた。


(ああ、こんな風に君が安心するのが好きだ。君が怖くなくなって、私がここにいるのだと気付いて手を差し伸べてくれるのが好きだ……………)


ネアはいつも、どんなものからも守ってくれるから、そんなネアをどんなものからだって守ってみせよう。

そう思い頬を寄せると、ネアの瞳が柔らかく細められ、唇の端が持ち上がるのを見てまた嬉しくなる。


肌の温度に吐息の温度。

その全てが愛おしくて、暫く触れたままでいた。



「……………実は、この美味しいクッキーが、前の世界で大好きだったカラメルクッキーと同じ形だったので、以前にあった悲しい事件を思い出してしまったのです。それはもうずっと昔の事なのに、あの時の悲しさや惨めさを思い出してしまい、堪らずに胸がぎゅっとなってしまいました」

「どんな事だったんだい?もう二度と、そのような事がないようにしよう」

「……………ぎゅむ」



それは、ネアが家族の残した古い屋敷に一人きりで暮らしていた時のこと。


その時のネアにとっては、小さな長方形のクッキーは、とても貴重な菓子であったらしい。

カラメル味のクッキーは高価なのだと教えてくれたネアに、そんな事を初めて知ってゆっくりと頷く。


だから、たまたま、街角で発売したばかりの商品のアンケートに答えて貰う事の出来たそのクッキーは、ネアにとっては、特別なご馳走だった。

なので、まずは四分の一を大事に食べ、その日の夜に薄い紅茶と合わせて、また四分の一を食べた。

だが、残りは週末の楽しみにしようと思い、大事に袋に入れて取っておいたクッキーは、封の仕方が完璧ではなかったらしく、霧の多いその国の気候に負けてしけってしまったのだと言う。


美味しくなくなったクッキーをネアが食べた日は、祝祭の日だったのだそうだ。



「たった四日の待ち時間でした。けれどもそのクッキーはもう美味しくないばかりか、ふにゃりとしてもそもそしていて、風味が悪いどころか少し厄介な味すらしました。お腹を壊しても無駄にお金が飛んでいってしまうので、私は、楽しみにしていた残りのクッキーを、紙に包んで捨てるより他にありませんでした…………」



ネアはその時、支払わなければいけない税金を納め、困窮していたのだそうだ。


少し体調が思わしくなく、食事を削る事は出来なかったのでと、甘い菓子類は諦めていたらしい。

それでも、自分だって祝祭を楽しみたかった彼女にとって、その小さなクッキーは、恩寵のような訪れだったという。

だからこそ大事に大事に取っておき、そして、小さな期待を打ち砕かれ、打ちのめされたのだ。


惨めさに泣いてしまった事で、ネアはその後、体調を崩してしまったらしい。

そうしてまた、治療にかかる費用が彼女の生活を貧しくし、小さなカラメルクッキーは棘を刺すような記憶の品になった。



「私の屋敷は、王都近くの閑静な住宅地でした。あの通りにはとても裕福な人達も住んでいて、そんな人たちの通うサロンでは、お店の品物を見に行くだけでお茶請けに出される可愛らしいクッキーだったのです。……………けれど私には、高価な買い物でした。なぜだかあやつは、小さなクッキーだからと、二十枚セットからしか販売がなかったのですよ……………」

「……………もう二度と、そんな事がないようにしよう。君はいつだって、美味しいクッキーを食べられるからね」

「ふぁい。幸いにも今は、新しいクッキーを自分のお給金で買えますし、美味しいお料理もおやつも、出来たての内に沢山頬張れるようになりました。こちらに来てからは、個包装のクッキーをゼノへの贈り物にも出来るばかりか、なんと、お高い葡萄酒やフルーツケーキですら贈答用にしてしまえるのですよ!」



そう言って嬉しそうに胸を張ったネアにとって、ゼノーシュへのクッキーの贈与は、彼との友情を繋ぐ証であるのと同時に、かつての惨めさへの決別でもあるのかもしれない。


最初の頃は、彼女が自分以外の魔物に食べ物を与えるのは悲しかったが、ネアがなぜか誇らしげにゼノーシュにクッキーをふるまうので、彼女にとっては必要なことなのだろうと考え、止めなくなった。



「また、トトラにもカードを送るのかい?」

「ええ。頻繁に会いに行く方ではないのですが、こうして、送ったカードを大事にしてくれる知り合いがいるのは、何だか素敵な贅沢ですから。ディノも、またカードを送ってしまってもいいですか?」

「………また、送ってくれるのかい?」

「ええ。何しろディノは、私のたった一人の伴侶なので、伴侶にしか送れないようなカードだって沢山ある筈です。折角なので、みんな楽しんでしまいましょうね」

「うん………」



楽しそうなネアが可愛くて、口元がむずむずした。

それは、口付けて抱え込みたくなるような欲ではなく、優しく抱き締めて髪を撫でていたいような不思議な甘さで、ネアに出会ってから存在を知った感情だ。

ネアがそうしてくれて、それが一つの愛情の形だと知るまでは、どこにも存在しなかった筈の柔らかく幸福なものだった。


「もうすぐ、イブメリアのお買い物の季節です。カードや、可愛らしくて素敵な贈り物に、自分用に買ってしまう季節限定の品々もあります。リーエンベルクで暮らしているお陰で、リースや飾り木を買いに行く必要はないのですが、それでもついついオーナメントは欲しくなってしまいますね」

「それでは、買えばいい。君が欲しい物を買ってあげるよ」

「まぁ、いいのですか?私はもしかすると、一個と言っておいて二個も欲しがるかもしれませんよ?」

「うん。何個でも。………けれど君は、あまり一度に沢山ではない方がいいのだよね?」

「ええ。それが宝物のお作法ですから。ただ、人間は限定という言葉を出されるとたいそう荒ぶりますので、錯乱したまま沢山買い込んでしまう品物もあるかもしれません」

「セールのようなものかい?」

「ふふ、セールも張り切ってしまいますよね」



この世界で暮らすようになった彼女は、自分で言うように強欲に様々な物を集める一方で、惜しみなく、親しい者達に贈り物をしてきた。

そうして貯め込まずに差し出せる品々が、ネアにとっての自由の証なのかもしれないと思うと、彼女には好きな事を好きなだけさせてやりたいと思うのだ。



そんな在り方を、魔物にしては寛容過ぎると苦言を呈する者もいる。


けれどもここに来る迄のネアは、欲しかった物が殆ど手に入らなかったのだ。

こうして幸せそうなネアの笑顔を幾つでも見ていたい自分のように、彼女にだって、望むものを沢山手に入れて欲しい。


咎竜に呪われたネアがたった一人で全てを諦めてしまおうとしていた時の事を思うと胸がおかしな音を立てるので、この世界がある限り、彼女には多くを望み、そして幸福でいて欲しい。



多分、もうどこにも行けないように。

そして、彼女の心を満たすのなら、どこにでも行けるように。



「週末には、またクッキーの専門店に行くかい?」

「行きたいです!きっと、イブメリアのクッキーが店頭に並び始めている筈ですから……………。あぐ!」


指先で摘まんでいたクッキーの欠片は、丁度、四分の一くらいだっただろうか。

それを一口で食べてしまい、ネアは満足気に微笑む。


「むふぅ。もはや私は、クッキーの四分の一など何も考えずに一口で食べてしまえる、悪い女になりました」

「悪い人間なのかな……………」

「それでも、美味しいハムはなぜか、ちょび食べをしてしまうのです……………」

「では、出かける日は、帰り道でイブメリアの屋台の塊ハムを食べてみるかい?」

「まぁ。それは素敵な提案ですね!しっとりとした、朝食でよくお目にかかるハムも大好きですが、炙りハムや焼きハムには、別の魅力がありますよね。私は、どちらも大好きで美味しくいただけてしまいます」



きらきらと輝く鳩羽色の瞳は、彼女の大好きな祝祭の季節の冬空の色。

そして、願い事を司るグレアムを思わせる色だ。

だからいつも、ネアがこちらを見て微笑むと、とても幸せな気持ちになる。


その指先が欲しかった物に触れ、寒さに縮こまっていた彼女が幸せそうに体を伸ばして眠っているのを見ると、嬉しくて堪らなくなる。



(……………君に、君が欲しいものを沢山あげよう。君の願いが叶うように。君が、沢山の幸せなものを願えるように……………)



勿論、どうしても手渡せない物も少なくはなく、ネアが悲しそうにすると胸が苦しくなる。

だが、どうしても駄目なのだと伝えると、ネアはいつだって、この三つ編みを握って頷いてくれるのだ。

そうして諦めさせてしまう願いもあるのだから、それ以外のものを取り上げはするまい。


そんな事を考えていたら、ネアが、くいっと三つ編みを引っ張った。



「ネア?」

「ディノ、禁足地の森の上を竜さんが飛んでいますよ。あれは、氷竜さんでしょうか………?」

「氷竜のようだね。ベージではないけれど、あの場所を飛んでいるのだから、人間に好意的な派閥の者なのだろう」

「本当は大きな竜さんなのに、お部屋の中から見ていると、マグカップで飼えてしまいそうな大きさに見えます」

「竜は飼わない……………」

「あらあら、飛んでいるのを見付けただけなのに、荒ぶってしまうのです?………では、私にはこの大事な伴侶がいますので、こちらで手を打ちましょう」

「ご主人様!」

「竜さんの代わりに、今日は一緒に沢山お喋りしてくれますか?」

「勿論だよ。何か知りたい事があるのかい?」

「……………不思議ですよね。こうして、ディノが私の方を見て微笑んでくれるだけで、胸がいっぱいになる事があって、……………今日は少しだけ、胸の奥がぎゅわんとしました」

「……………ネア」



その心の中には、きっと、沢山のひび割れや、砕け落ちてしまった欠片があるのだろう。

そこは、叶わなかった願いや、奪い取られたものの残骸ばかりが残っていて、だからネアは、時々そんな足元を見て息を詰めたり涙を流したりもする。

けれども、その姿が痛ましくて名前を呼ぶと、こちらを振り返って幸せそうに微笑むのだ。


そんなネアを抱き締め、彼女が、もっと沢山幸せそうに微笑めばいいのにと考える。


ネアが喜ぶ事はなんだろう。

トムファリドの話をしてからは、普通という品物は求めなくてもいいのだと彼女が教えてくれたので、差し出すのは、ネアが日常の生活の中で好んでいるものがいいのかもしれない。


普通の形は今もよく分からないものばかりだけれど、ノアベルトもそれはあまり得意ではないのだそうだ。

その代わりにネアは、自分の好きな物を沢山教えてくれる。

そして、こちらの好むものを見つけ出してくれるのだ。


もう一度窓の外に視線を戻し、空を飛んでいる竜以外にネアの好みそうなものがあるだろうかと考える。

この季節は、ネアの大好きな季節だ。

晩秋からイブメリア迄の時期のネアは、いつだって、どんな小さな喜びも大切そうに拾う。



「今日は星の明るい夜空になりそうだから、もう少し夜の座の領域が深まったら、夜の中庭を散歩してみるかい?君が寒くないように、温かくしてあげるよ」

「まぁ、そんな特別なお出かけに連れていってくれるのですか?」

「……………可愛い」

「では、約束ですよ?晩餐の後でも、その少し前でも、眠る前でもいいので、一緒に星を見てお散歩しましょうね」

「うん…………」



すっかりご機嫌になったネアの姿を見ていて、また、むずむずする唇をそっと押さえた。


そんな風に過ごす時間をネアが喜んでくれた事が嬉しいし、嬉しそうにしているネアは凄く可愛い。

なのできっと、散歩の時には三つ編みを持たせるのがいいだろう。

ネアは三つ編みを引っ張るのが好きだし、時々、体当たりもしてくれる。

そうして、今日は少し悲しい顔もしていたから、寂しくないように抱き締めて眠ろうか。



「ふふ。こうして揺れる蝋燭の炎を見ていると、何だかちょっぴり感傷的で、そして少しばかり特別に柔らかな心になってしまいますね」

「この炎に宿る祝福の効果かもしれないね」



ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎は、食卓の魔術を司る。

この夜の祝福石の燭台に刺した雪白の蝋燭に火を灯せば、その前で食べる食品に、家族の食卓で得られるような繁栄と安らぎの祝福を授けてくれるのだそうだ。

であれば、あのクッキーにぴったりだろうと、エーダリアが貸してくれたのである。


ネアは、カラメル味のダリミア麦のクッキーをすっかり食べてしまい、指先を濡れたおしぼりでささっと拭くと、晩餐が控えているので、試作品の乾燥トマトとオリーブのサレを食べるのはやめておくと、生真面目に宣言している。


食べてしまってもいいのにと思ったが、今夜の晩餐では大好きなパスタが出るのだそうだ。

少し太めの手打ちのパスタに、白身魚とブロッコリーのソースをかけた料理は、ネアのお気に入りであるらしい。


「肉ではないのだね……………」

「ええ。本来の私の嗜好とは違うかなと思って一口いただき、美味しさに打ち震えた料理なのですよ。白葡萄酒とバターの、大蒜の香り付けをしたオイルベースの美味しいパスタなのです。太めのパスタでも味が表面だけなどという事はなく、しっかりと美味しさが沁み込んでいて、はふはふじゅるりと食べられる素敵な一品でした……………」

「可愛い。弾んでる……………」

「また、たっぷりではなく、適量を小盛りにして出してくれるので、他のお料理もしっかりいただけるので、もう一度食べたい欲が爆発してしまう戦略性もなかなかだと言わざるを得ません」

「爆発してしまうのだね……………」

「以前にいただいた時には、ディノはムグリスだったので、今夜は初めて一緒に食べられますね」

「うん……………」


ネアの手が、当たり前のように腕を掴んでくれる。

ネアはここにいて、そして、ここにいていいのだとネアが迎え入れてくれる。

ずっとこうして話をしていたいけれど、ネアは、これからもずっといてくれるから、心地いい会話がどこかで途切れても怖がる必要はないらしい。



「さて。守護の定着を強める任務を終えましたので、晩餐までにしたいことはありますか?」

「そうだね。では、何をしようか」

「私は美味しいカラメルクッキーを一人だけで食べたばかりですので、次は、ディノがして欲しい事にしましょうか?」

「……………髪の毛を……………」

「梳かしてあげましょうか?」

「……………うん。もう一度三つ編みにしてくれるかい?」

「ええ。大事な伴侶なので、今日は特別に、丁寧に梳かしてもう一度三つ編みにしましょうか」

「ご主人様!」

「今日は、この夜闇のリボンを使っていましたので、別のリボンに変えてみますか?」

「……………では、最初の物にしようかな」

「私達の、思い出のリボンですね」


そう言って微笑み、膝の上から下りたネアが、蝋燭の炎を吹き消す。


その眼差しが空っぽになった皿を一瞥したことに気付き、今度、アルテアにカラメル味のクッキーの話をしておこうと考えた。

今迄ネアがそのクッキーを強請った事はないが、もしかすると、もう好きなだけ食べられると理解しきれていないのかもしれない。


これからのネアはもう、一枚のクッキーを一口で食べてもいいのだ。

大事に残しておいて悪くしてしまう事はなく、出来立ての美味しい物を好きなだけ食べてもいい。

その心の中にある小さなひび割れは必ずしも埋める必要はないけれど、手触りを整える為にこの手を取ってくれるのなら、なんだってしよう。



「優しい優しい炎の色でしたね。また、こんな風に蝋燭に火を灯してみるのもいいかもしれません」

「では今度、冬夜の竜の国にある、蝋燭の専門店に連れていってあげるよ」

「なぬ。そんな素敵なお店があるのですか?」

「うん。……………でも、竜は飼えないから、持ち帰ろうとしてはいけないよ」

「……………なぜ、誘拐犯のように言われるのだ」

「竜は……………」

「私にはディノがいるのに、見ず知らずの竜さんを誘拐したりはしませんよ?何しろ私の大事な魔物は、こんなに綺麗で優しくて、そしてふかふか毛皮のムグリスにもなってくれる、最高の伴侶なのですから」

「……………ネアが虐待した……………」



伸ばした手のひらを頬に当ててくれるネアに、言葉にし尽せない喜びと安堵で心が震えた。

今度は少しだけ城に連れていってしまいたくなったが、これからの時間は髪を梳かして貰うので諦めるしかない。


明日の夜はどうだろうと考えて小さく頷くと、こちらを見上げたネアが不思議そうに首を傾げるので、微笑んで何でもないよと口付けを落とした。

カラメル味の小さな長方形のクッキーと、蝋燭の店は、忘れないように早めに手配をしておこう。









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― 新着の感想 ―
よく思うのが、ネアの住んでいた前の世界の国には生活保護制度なんてなかったのかなぁ。 屋敷は追い出されていたかもしれないけれど……。 それでも手放したくなかったのかもしれないけど。 医療費や税金が免除に…
ディノが最高の伴侶すぎる
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