夜明けの見回りと堕落の飲み物
「朝の見回りに参加………しまふ」
「ネア、今朝はとても寒いだろう?もう少し眠っていてはどうだい?」
「ゆうわくにはまけません…………ぐぅ。………は!……み、見回りにでるのですよ!」
寝台の上で、ネアはかっと目を見開いた。
その日は今年の秋の一番の冷え込みとなったが、朝の見回りに参加すると申し出たのはネアである。
よりによってなぜ今日にこの冷え込みなのだと思わなくもないが、ネアは己から言い出した事を、怠惰さによる我が儘で引っ込めるような事はしたくなかった。
寒いのは皆が同じである。
騎士達だって、同じように寒い思いをして起き出し、毎日リーエンベルクの外周を見回ってくれるのだ。
そもそも、なぜ朝の見回りに参加する必要があるのかと言えば、本日のネアのスケジュールに要因があり、自ら朝の見回りを申し出たからではないか。
ネアは今日、美味しいかりかりスブリソーナを買いに行く為に、午後からお休みをいただいているのだ。
そこで、仕事はいつも午前中に終えられるとは言えちょっぴり罪悪感に駆られた人間は、前倒しで仕事を引き受けておこうぞと、朝の見回りを買って出たという訳だ。
「でも、元々どこかで、私がリーエンベルクの外周を見回る必要があり、今月中には見回り体験を予定していたのですよね?」
「うん。君の新しい守護の形と、リーエンベルクの排他結界の相性を見たかったからね。こうして君を見ていると何の問題もないとは思うけれど、あの後で、リーエンベルクの排他結界にも少し手を加えている。一周ぐるりと歩いてみて、違和感や変化などがないか確かめてみようか」
「ふぁい!」
とは言え、それは寒い寒い朝であった。
晴れている筈なのに朝の光は弱く、ぬくぬくと部屋の中で過ごせる朝なら大好きな灰色の空が、ここまで寒い朝となると少しだけ恨めしい。
震えながら顔を洗って着替えると、よろよろしながら西棟の通用口から中庭に出たネアは、びゃっと飛び上がると騎士棟までは建物の中を抜けてゆくことにした。
「ま、まさかの寒さです!」
「可哀想に、やはり周囲の気温を変化させた方がいいのではないかい?」
「き、騎士さんは、皆さん寒い中で頑張られているのですよ。そんな中、私だけがぬくぬくほこほこで現れたら、きっとむしゃくしゃする事でしょう。いいですか、ディノ。腹ペコと同時に、気温の格差問題もまた、場合によっては人間の心を狭くしてしまうものなのです。これに関してはもう、私はなかなかの経験者ですので、騎士さん達と同じ条件で挑まなければならないことを知っているのですよ………」
きりりとしてそう主張すると、ディノは困ったように瞳を揺らしながらもこくりと頷いてくれた。
暖かさ問題は、かつて、常にネアを大きく悩ませてきた重要な議題であった。
以前に暮らしていたネアの屋敷にはストーブがあったものの、とても古くなっていたそれはよく壊れた。
おまけに燃料は意外に高く、とは言え、もう少し効率のいい暖房器具を買うだけの余裕はネアにはなかったのだ。
どれだけ大事でもそれはもう古い屋敷であったので、最初に取り付けられていた暖房器具は、ネアが大人になる過程で古くなってしまい、その頃には体を壊したネアが困窮していたのである。
自分の家の中なのに、火の付かない頑固なストーブと向き合いながら、コートを着てお湯を飲んでいた夜があった。
あの日の惨めさと恐ろしさは、それを分かち合う家族が誰もいなかったからであったのかもしれない。
(よって私は、自分が寒い時にぬくぬくしている人達への憎しみを知っている………)
ふんすと胸を張り、ネアは、あの遠い日々を思った。
沸かしたお湯を湯たんぽに入れ、かたかたと震えて過ごした冬の夜。
寒いので、毛布は頭まで被ってやり過ごすのが常であったが、暖かさと引き換えにすぐに息苦しくなってしまい、ぷはっと顔を出してしまうのだ。
部屋や家全体が温かい暮らしに心から憧れたが、それよりもきらきら光るビーズのオーナメントを買う方が自分の心が死なないと知っていた年は、そちらに投資をしてしまい、震えて過ごした事もある。
愚かだが、ネアハーレイの取捨選択は、そうせざるを得なかったのだ。
「なので私は、寒さにも打ち勝ってみせるのですよ!」
「……………震えながら言う事か?」
ネアの高潔な主張に、呆れた目をしたのは赤紫色の瞳を細めた使い魔だ。
だが、そんな顔をしながらも、どこからか取り出した柔らかな毛皮のマフラーを巻き付けて襟元をほこほこにしてくれる。
頬や顎先に触れる毛皮はもふもふして、アルテアのいい匂いがした。
「ぐ、ぐぬぅ!ここは、ご主人様の健気さを知り、讃えるべきところなのです。なお、このふかふかマフラーはとても素敵なので有り難く使わせていただきますね」
「アルテアなんて………」
「俺は、素直にシルハーンからの気温調整を受けた方がいいとは思うがな。その手の魔術を、周辺調整なく出来るのはシルハーンくらいだぞ」
「な、なぬ。………そうなのです?」
「俺も可能だが、とは言え、ある程度の制限は出る。………考えてもみろ。衣服への付与魔術でもない温度調整は、小規模とはいえ世界調整に等しい」
「ほわ。………ディノは凄いのですね」
「かわいい。袖を引っ張ってくる………」
なぜ、リーエンベルクの朝の見回りにアルテアがいるのかと言えば、ディノの話していたネアの守護の定着とリーエンベルクの結界との相性を見る為に、わざわざ来てくれたらしい。
アルテアは、朝の遅い印象のある美貌の持ち主だが、よく朝市で食材を買っている姿を見かけるので起きる時間自体は問題なかったのだろう。
「アルテアさんは、早起きなのですよね。それはもう、市場のおかみさんくらいの早さなのです…………」
「やめろ………」
「そうなのかい?」
「守護を貰った日は、少し遅めの起床にしてくれたせいか、朝食の準備の手順が気になってしまったのか、私が起きる前から、何やらぶつぶつ色々呟いていたのですよ………」
ネアがそう言えば、その呟きには自覚がなかったらしい使い魔は赤紫色の瞳を瞠っていたが、きっと、いつもの時間に起きて仕込みなどが出来ないのが心配なのだろうなと思い、隣で眠っていたネアは申し訳なくてそわそわしたものだ。
「……………で、どちら周りだ?」
「ささっと話題を変えてしまう使い魔さんの為に、ここで発表しますね!騎士棟近くの門を出てから、左に向かうコースでの見回りとなります。こちら側からだと、反対のコースより早く禁足地の森との魔術汽水域に入りますので、普段はこの早朝の見回りは眠っているもふもふを見るのが大好きなアメリアさんが担当しているのだとか」
「ネアが浮気しようとする……………」
「ディノ、今朝の私はもふもふ目当てではないので、荒ぶってはいけませんよ?………ですが、偶然に見回りの中で出会えるもふもふがいるのなら、そのような出会いを得るのも吝かではありません」
「いいか。お前はシルハーンの三つ編みでも手でも、しっかり握っていろ。どんな獲物や獣がいようと、絶対に勝手な行動を取るなよ」
「たいへんな誤解を受けているようですが、私は、これでも立派な淑女なのですよ?」
ネアは、自分がきちんと見回りの出来るご主人様である事を主張したが、魔物達は、何やら顔を見合わせて警戒態勢に入っている。
なぜそうなるのだろうと首を傾げながら門を出ると、早朝の街の騎士達との見回りを終え、丁度リーエンベルクに帰って来たグラストとゼノーシュに遭遇した。
「おはようございます。グラストさん、ゼノ」
こんな時間に挨拶が出来る事は滅多にない。
何だか誇らしい気持ちになってしまい、ネアが笑顔で挨拶をすると、グラストが琥珀色の瞳を細めてにっこりと微笑む。
灰色の空の下のウィームらしい暗い朝だが、このリーエンベルクの筆頭騎士の微笑みは、なぜかいつも陽だまりを思わせるのだ。
見聞の魔物がどれだけ威嚇していても、後から後からグラストに淡い想いを寄せるご婦人や少女が現れてしまうのも頷ける。
「おはようございます、ネア殿。本日は、お手数をおかけしますがどうぞ宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ、霧用ランタンなどを貸していただき、有難うございます。………ところで、ゼノは、何かあったのですか?」
「はは、………少し苦手な相手がいるようでして」
「街の騎士の飼っている森竜が、毎回グラストに会いに来るんだよ。グラストは僕のなのに!」
「まぁ、グラストさん狙いの竜さんがいるのです?」
「撫でて貰おうとするんだ。だから、そういう時は僕がグラストの手を離さないの」
「となると、竜さんはしょんぼりなのでしょうか…………」
とある街の騎士がよく連れている森竜が、小さな毛皮のにょろりとした生き物である事を知っているネアは、少しだけその無垢なる生き物が可愛そうになったが、そうすると、苦笑した他の街の騎士達が撫でてやって元気いっぱいになるらしい。
だが、毎回ゼノーシュに威嚇されてしまうのに、すっかりその事を忘れてしまう森竜は、グラストを見付けると大興奮で撫でて貰いに来るのだそうだ。
「…………グラストは、あんな竜には渡さないんだ」
ぷくりと頬を膨らませてしまい、可愛さが殺人的になったクッキーモンスターに、ネアは、当番の時間的にどこかで会うかなと思い持って来ていた個包装のクッキーを献上する。
今回の献上品は檸檬クッキーで、最近発売されたばかりの、爽やか過ぎない味わいで檸檬の香りが素晴らしい、ネア的には最近一押しのクッキーなのだ。
そんなクッキーを受け取り、グラストにひょいと抱っこされたゼノーシュは少しだけ明るい表情になったが、ディノに、森竜を契約の人間に近付けてはならないと忠告する事を忘れはしなかった。
「森竜には、気を付けた方がいいのだね……………」
「またしても、謎の知見を増やしてしまいましたね……………」
結果として、森竜を警戒する魔物が生まれてしまったが、割とその手の感覚は常識人であるアルテアもいるので、もし森竜が現れても一緒に対応してくれるだろうと、ネアは密かに胸を撫で下ろしていた。
こつこつと、僅かに濡れた靴音が響く。
夜の内にまた落ち葉の積もった石畳はしっとりと濡れていて、けれどもこんな秋の名残りの彩りを楽しめるのは後僅かだろう。
石畳がしっとりしているのは、夜霧の名残りだ。
ごく稀に、きらりと光る夜霧の祝福石を落としてゆくこともあり、ウィームを訪れる観光客の間では、特別なお土産として大人気なのだとか。
とは言え、並木道や花壇に暮らしている小さな生き物達が収穫してしまうので、夜霧の祝福石は、滅多に手に出来る物ではない。
門を抜けてすぐは、リーエンベルクの外壁沿いの歩道をゆっくり歩く。
石造りの門の上からは壁の向こうの木々の枝が零れ、見事な蔓薔薇やライラックの花などが鑑賞出来るのだが、少し赤紫がかった色の花も混じる秋ライラックの見頃が終わったばかりなので、次なる冬ライラックの花が見られるのはもう少し先になる。
だが、蔓薔薇は、まだまだ美しく咲き誇っていて、そんな美しい花々を眺めながら歩く事が出来る。
「そう言えば、アルテアさんお気に入りの、リノアールの食料品フロアにある香辛料専門店が、いよいよなくなってしまうのですよね」
「アルテアが気に入っている店なのかい?」
「よくお見かけするので、行きつけに違いないのですよ」
「さぁな」
「なお、出会ったばかりの頃にも、ディノとあのお店でアルテアさんをお見かけした事があります」
「………移転して、ザハの向かいの通りに店を構えるらしい。最近、宝石果実の栽培を成功させたからな。そちらの取り扱いも始めるんだろう」
「なぬ。あの、専用のミルでがりがり削っていただく、宝石果実ですか?」
「前回の武器狩りの際にこちらを訪れた妖精と、土壌研究の提携を結んだらしい。こちらの香辛料を卸す代わりに、あちらの宝石果実の苗と、栽培に適した土の情報を得たんだろう」
「むむ。………となると、あのお料理がまた………」
「いいのか?見回りなのに、食い気だらけになってるぞ」
「は!」
ネアは、お仕事中であるのだと慌てて見回りに集中し、すぐに、一つの難事件を解決した。
リーエンベルクの通用門の横に置いてあった、茎が細く成長が危ぶまれている植え込みの花用の支柱に引っかかり、なぜ自分は前に進めないのだろうと首を傾げていた森狼の子供がいたのだ。
そのもふもふは、枝葉を支える為に十字型になっている支柱の横棒に胸がぶつかっているのだが、もふもふの毛並みで体に当たっている横棒が隠れてしまい、なぜ前に進めなくなったのだろうとずっと足踏みをしていたらしい。
そんな様子は愛くるしさの極みでもあったが、そのまま直進していたら植え込みに突入していたところなので、花側からすれば、支柱があったお陰で侵略を免れていた事件という事にもなるのだろう。
ネアは、すかさずもふもふの子狼を片手で持ち上げてやり、そっと、自由の約束された歩道に解き放った。
三つ編みリードの先の魔物が少し荒ぶったが、これは隣人の救護活動なので見逃して貰いたい。
「ふふ。あのちびもふが、無事にお家に帰れますように」
「あんな狼なんて………」
「ディノは私と一緒のお家なので、狼さんはお家に返してあげましょうね。………まぁ。今朝の禁足地の森は、随分と濃い霧が出ています……」
「この、………霧用のランタンを持つのだよね」
「はい。これは、霧の中の見回り用の、リーエンベルク専用のランタンなのです。これを持っていると、霧で視界が悪くても、森の住人の方々が騎士さんの見回りだと思って安心してくれるのだとか」
ディノが手にしているのは、手に吊り下げて持つタイプの、美しい森結晶のランタンだ。
透明度の低い結晶を使っているので、すぐに備品を転売してしまう先代の領主にも目を付けられなかったものの、実際には翡翠のようで綺麗な森結晶である。
繊細な細工のランタンの中には、星結晶と陽光の祝福石の昼夜の光源のどちらもが入っていて、魔術的な色が中和されるようになっていた。
手に持ち僅かな魔術を通して結晶石や祝福石を起こしてやれば、ぼうっと光を宿すのだ。
(………ぼんやりしたオレンジ色の光が、なんて綺麗なのだろう………)
とは言え、ランタンを持つことで、ここに騎士がいるぞと知らしめてしまう道具でもある。
禁足地の森の生き物達との共存が上手くいっていてこその運用ではあるが、森はやはりその住人の領域であるからと、小さな生き物達が都度警戒してしまわないように最大の配慮をしているのだ。
同時に、その明かりを目指して森から何かがやって来てしまうのだとしても対処可能な、各自の技量が申し分のないリーエンベルクの騎士だからこそ扱える道具なのかもしれない。
夜が明けたばかりの森は、ミルクの底のような濃い霧に包まれていた。
その中を歩くだけでも、あっという間に頬や指先が冷たくなる。
ディノと手を繋いだりするかもしれないと考えて迷っている内に手袋を忘れてきてしまったのだが、ウィームは晩秋でも霜が下りるので、やはり持って来るべきだったなと後悔しつつ、ネアは三つ編みリードを手放してさっと伴侶の手を握ってしまい、魔物をへなへなにした。
(……………あ、)
霧の中のしっとりとした空気には、冬の気配が混ざる。
ひらりとドレスの裾を翻す霧の精霊達の姿が見えたような気がして目を瞠ったが、バンルの友人のエイミンハーヌが霧の精霊王なので、ウィームの霧の系譜の精霊達はとても好意的だ。
おまけに、よく遊びに来るイーザが霧雨の妖精王と精霊王の息子なので、総じて霧の系譜との相性はいい土地なので怖さはない。
「まだ青いですが、インスが実をつけ始めましたね」
「うん。ここから、冬の魔術を蓄えて赤くなってゆくものだから、まだ祝祭に連なる魔術は宿していないようだ」
「まぁ、そういうものなのですね。………アルテアさん?」
「昨晩は、この辺りの空に、高位の流星が流れたようだな。木の上に流星の尾の置き忘れがある」
「………まぁ、引っ掛かった流星の尾っぽが、イルミネーションのようです!」
「いるみ………?」
「細やかな光を使って行う、私の生まれた世界の明かりの装飾なのですよ。こちらの世界に来たばかりの頃はもう二度と見られない物だと思っていましたが、寧ろ、魔術の細やかな光が多く見られるこちらの世界の祝祭の方が綺麗なくらいでした」
さくさくと、霧の中を落ち葉を踏んで歩く。
少し先すら見えないくらいの濃霧ではあるのだが、ぼうっと光る枝の結晶石や、花蜜を燃やしている花などもあり、幻想的な風景の美しさにネアは溜め息を吐いた。
「………こんなに近くにあったのに、あまり触れてこなかった風景でした。ウィームらしい風景だという感じがして何だか繊細な気持ちになるので、もっと早く触れておけば良かったです」
「気に入ったかい?」
「はい!どこか不思議な森に迷い込んだようで、とても、物語的ですね。ディノとアルテアさんがいるので安心ですし、…………む?」
霧の向こうに、ぞぞぞっと動く大きな生き物がいた。
ぎくりとしたネアが立ち止まるより早く、一歩前に出たアルテアが背中の後ろに隠してくれる。
「霧帯だな。………近年はあまり見る事がなくなっていたが、こんな場所にも姿を見せるのか………」
「霧帯さん………」
「悪さをするようなものではないよ。渓谷や、山の尾根などに現れる、霧の系譜の帯状の妖精なんだ。ただ、その体に触れている時に霧帯が目を覚ましてしまうと、取り込まれてしまう事もあるから近付かない方がいい」
「食べられてしまうのです?」
「と言うより、同化かな」
「…………ぎゃふ」
魔物達からしてみると、それは、悪さをする生き物ではないのだろう。
勿論わざとでもないのだが、恐らく人間はとても警戒しなければならない生き物だ。
ネアは慌てて隣に伴侶を、前に使い魔を配置し、万全の策を整えた。
ぞろり、ぞぞぞと、霧の中で不思議な帯のようなものが動いている。
名前の通りとも言えるが、大きな白い帯が引き摺られているように見えるのだなと考えかけ、ネアは、となると真っ白な妖精ではないかと目を丸くする。
「………高位の妖精さんなのですね?」
「どちらかと言えば、天候そのものや、植物のようなものに近いかな。明瞭な意思を動かすような妖精ではないから、あれだけの白を有していても、階位としてはあまり高くはないんだ」
ディノにそう教えて貰い、ネアは、白い帯がずずっと動きながらゆっくりと霧の中に消えてゆく様子を見守った。
リーエンベルクに戻ったら、今朝の見回りでは霧帯を見たのだと報告しなければならない。
どんな様子なのかを忘れないよう、しっかりと覚えておこう。
「という事があったのですよ」
しかし、騎士棟の引継ぎで見回りの成果を報告した後、朝食の席でもその話をすると、エーダリアがくしゃくしゃになってしまった。
聞けば、霧帯について書かれた魔術書を読んだ事はあるが、実在する妖精だとは思っていなかったのだそうだ。
「………実在するのだな」
「なぬ。エーダリア様が落ち込んでしまいました」
「ありゃ。…………それで、守護と結界の相性は問題なさそうかい?」
「現段階では、魔術の表層に波紋一つないくらいだな。問題となるのは、ウィリアムの守護次第だ」
「うーん、ウィリアムの守護は、良くも悪くも動きが強いからなぁ………。ねぇ、シル。僕の妹はマグカップに夢中なのかな?」
「マグカップなんて………」
「ぷは!アルテアさんが作ってくれた、杏のお酒を一雫垂らした濃厚ミルクティーなのですよ。体がぽかぽかして、とても幸せな気持ちになります!」
ネアは、この朝の見回りを終え、堕落の極みとも言うべき恐ろしい飲み物に出会ってしまった。
ウィームはカフェ文化が豊かな土地なので、果実のリキュールのようなものを使った飲み物なども多いが、ネアの個人的な嗜好だと、あまりにもお酒の風味が強いと却って飲み難い事もある。
これはもう好き好きなのだが、ネアはお酒も美味しく飲めるが、お酒の風味がない飲み物の楽しみ方にも貪欲でありたい乙女なのだ。
なので、このお酒の風味がほんの一雫だけという紅茶は、例えようもない素晴らしさであった。
「ったく。………今度からは、大人しく気温調整を受けておけ」
「むぐ。………でも、手袋を忘れて行かなければ、この美味しい飲み物には出会えなかったのですよ?」
「やれやれだな」
「アルテアなんて………」
「ディノも、このカップから飲んでみます?きっと大好きになってしまいますから、………むぅ。死んでしまいました」
「わーお。ネアがシルを殺したぞ」
「なんと儚いのだ。美味しいミルクティーを勧めただけではありませんか…………」
「…………おい、今朝は早朝に外に出るから、クリームを塗っておけと言わなかったか?」
「なぬ。塗りました……」
なお、ネアは食事の後で、アルテアからしっかりと顔にクリームを塗り込まれてしまった。
今朝は叱られないようにちゃんと塗ったのだが、残念ながら使用量が少なかったらしい。
とても厳しい監視下に置かれているので、是非にクリームの運用に於ける個人の権利と自由を主張したいところである。
明日11/12の更新はお休みとなります。
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