クーベルの羽者と帰り道の花束
「クーベルの羽者、ですか?」
「ああ。そのように呼ばれているらしい。今回は外に出る任務になるが、……………大丈夫そうか?」
「ええ。勿論です。エーダリア様の事ですから、ディノやノアと相談してから決めて下さったのでしょう?」
ネアがそう言えば、遠征業務を申しつけた領主は、心配そうな顔のまま頷いた。
クロウウィンの事件が未だに尾を引いているが、その後で初めての遠征業務で、おまけに重ねてゆく守護の層が完全ではないともなれば慎重にもなるのだろう。
そう思い、ネアは微笑んで頷く。
成る程、膝の上に三つ編みが設置されているのは、この為だったようだ。
なので、隣の魔物にも微笑みかけておき、お口に押し込まれたギモーブをもぐもぐしながら、ご主人様は怖がっていないし食欲も落ちていない事を証明してみせた。
「怪異と呼ばれているのだが………」
「ホラーは辞退します」
「話を最後まで聞かないか。野鳥を研究していた、学者が住んでいた屋敷なのだ。そこで、冬の間はずっと屋敷の周囲に羽が舞い散っているらしい。昨年からなのだそうだが、近隣の住人達は、その学者の屋敷は森の中にあるので、森狼などが鳥を襲ったのだろうと思い込んでいたのだそうだ」
「ですが、そうではなかったのですね………?ふむ。そのくらいであれば、ホラーの領域ではなさそうですね………」
「大丈夫そうかい?」
「はい!」
クーベルの羽者は、大きな羽のコートを纏った妖精なのだそうだ。
だが、妖精と言っても人型ではなく、狼のような獣が羽で出来たコートを羽織っているらしい。
そんな怪異の調査にネア達が差し向けられるのは、どうやらその妖精が、魔物に成りかけているという情報が入ったからだ。
「妖精から魔物に成る者は珍しいんだ。恐らく、コートの下が妖精で、何かを纏う事で転属しつつあるのだろう。街の騎士の調べた情報を聞いていると、悪いものではないと思うよ」
「確か、元は、絵描きさんな妖精さんなのですよね?」
そう問いかけたネアに、昨日その屋敷の周辺を調べたというヒルドが頷く。
現れる羽者が魔物に成りかけた妖精だと突き止めたのは、このヒルドなのだ。
(絵描きさんな狼さん………!)
芸術を愛する人外者は多い。
それ故に、絵の系譜の者達は決して少なくはないらしく、コートの下の獣は、そんな絵の系譜の中の絵描き妖精と呼ばれる存在なのだそうだ。
大抵は人間や人外者の貴族の家に仕える妖精で、最初の内は気ままに振る舞うのだとか。
けれども、それでも大事にしていると、屋敷の主人の為に勤勉に働くようになり大きな力を持つようになる。
(絵描きの要素はどこなのだろう………?)
説明の途中でネアは首を傾げてしまったが、どうやら、その屋敷に雇われる最初の段階では絵ばかりを描き暮らしているらしい。
なぜそんな妖精を雇おうと思うのか、絵が好きなら絵師としての仕事をしなくていいのだろうかなど、色々気になるがそのような生き物だと受け入れるしかなさそうだ。
とは言え、今回のその妖精は、魔物に成りかけているので正式な判断が出来ず、ネア達が調査に赴く事になったのだ。
(多分、大きな危険のなさそうな遠征のお仕事だから、私のリハビリ代わりに、任せてくれたのではないのかな……………)
新しい魔物の派生ともなれば、ディノに見て貰った方がいいのも確かだろう。
とは言え、そのようなものが生まれる時に、必ず王が立ち会う必要はない。
このリーエンベルクには、観察と判断に長けたゼノーシュだっているのだから、これが、ネアの為にと割り当てられた仕事であるのは明白だった。
「なので、是非にこの任務を全うしてみせます!」
「可愛い、握ってくる…………」
クーベルと呼ばれるウィーム郊外の森に転移で移動したネアは、現地に到着するなり、伴侶な魔物の三つ編みを握り締めて真っ先にそう宣言した。
これからのウィームは、ウィームが最も華やかになる祝祭の季節となる。
祝祭は楽しく美しいばかりでなく、国内外からのお客様がウィーム領を訪れる中で、大きな魔術が動く大事なものだ。
ネア達が万全だと分かれば、任せたい仕事も増えてくるだろうし、グレイシアの捜索は必ず必要になるだろう。
であれば、どうにかその前に、エーダリア達を安心させておきたい。
「けれど、無理はしてはいけないよ?怖いと思うものがあれば、私に言うんだよ」
「………この森には、私の天敵はいません?」
「近くのものは追い払っておこうか」
「ふぁい。………殆どの場所は綺麗な森なのですが、あちらの小さな川の近くがじめりとしているので、不安になってしまいました」
ディノはすぐさま伴侶の天敵を追い払ってくれ、安堵したネアは伸び上がって頼もしい魔物を撫でてやった。
早くも撫でられてしまった魔物は恥じらっているが、祟りものなら兎も角、あんなものが現れたらか弱い乙女は儚くなってしまうだろう。
「…………豊かな森という感じがしますね」
「街道近くの町で、魔術の動きが活発な土地だね。古くからあるものと、新しい物の交差がとても安定している。集落としては小さなところだけれど、土地を治めている者達が優秀なのだろう」
「ちょっぴり辛口な評論家魂を持つご婦人が町長さんで、その旦那様が町の騎士団を統括されているそうです。町長さんは、ダリルさんと仲のいい方で、口は悪いけれど心の温かい方なのだとか」
また、町長は革新的な意見を厭わない反面、レース編みや刺繍、秋の森の散策などの昔ながらの貴婦人の楽しみを好む繊細な女性で、とても魅力的な人物なのだとか。
残念ながら、今回の任務で顔を合わせる予定はないが、そんな御仁が治めている町なら、是非に安全になって欲しい。
「それにしても、エーダリア様からは、沢山術符を渡されてしまいましたね」
「君を案じているのだろう。私が一緒だし、この土地は危ういものがいないと調べておいたのだけれど、………それでもと思うのかな」
出会った頃のディノならば、人間はよくわからないと首を傾げていただろう。
それが今は、こんな風に理解を示してくれるのだと考え、ネアはにっこり微笑んだ。
なぜご主人様が嬉しそうなのだろうとおろおろする魔物には、一緒にいられて楽しいのだとぼんやりした表現で伝えておく。
その途端にディノが目元を染めてもじもじし出したので、こんな時にはちょっぴり印象の変わる言葉を使ってしまい、伴侶を喜ばせるのも吝かではないぞと、狡猾な人間はにやりとした。
(でも、まだウィリアムさんの守護の調整が済んでいないから、エーダリア様も心配になってしまうのだろうか…………)
あの死者に破壊された守護の修復と調整は、次にウィリアムの再調整を控えている。
とは言え終焉の魔物は、同じ事件で負傷した事により少し前線から退いていた時間があったので、今は目の回るような忙しさなのだ。
ネアの為に時間を割くどころか、果たして眠る時間はあるのだろうかというくらいの有様であるらしい。
加えて、あまりにも鳥籠の中にいる時間が長く、その直後に守護を与えると戦争の熾火が混ざり込む危険があるらしい。
だから、ウィリアムとの守護の更新を経て、ネアの外壁が完全な物になるのは少し先の事になるのだそうだ。
とは言え、戦闘靴や貰ったナイフなど、これ迄品物で受け取る事が多かったウィリアムの守護は手元に残されているので、決して手薄ではない。
先に守護の再構築を行ってくれた、ディノにノア、そしてアルテアのお陰で、今の段階でも前回迄の物くらいの強度はあると言うのだから、ここはじっくりと付与に向いた日を待とうと思う。
(………おまけに、ウィリアムさんの後で、何と、グラフィーツさんからの守護調整が貰えるらしい……………)
そう聞いた時、どれだけピアノを教えてくれる先生であっても、あの魔物にとっての自分は額縁に過ぎないのにと驚いてしまったが、今回の措置は、ディノがグラフィーツと話をして決めてきたのだそうだ。
先日の騒ぎの時にリーエンベルクに無理矢理留まったグラフィーツを見て、ディノは、その依頼を出来ると踏んだのだという。
祝福と災いを司るグラフィーツは、そのどちらもの資質を持つ相手に対しては、最大限の守護や魔術調整を可能とする。
多くの祝福を貰い受け、尚且つ、この世界の運命がないという不安定さを持つネアにはぴったりの、魔術の相性なのだとか。
他の魔物達とは関わり方が違うので、ネアは、砂糖の魔物にそこまでを頼んでしまっていいのだろうかとディノに尋ねてみたが、ディノは、問題ないよと教えてくれた。
例えネアがその額縁に過ぎないのだとしても、グラフィーツにとっては、これが唯一の額縁なのだからと。
だからこそ砂糖の魔物は、あの死者の襲撃を受けたネアが目を覚ますまで、リーエンベルクに留まったのだろうと。
(でも私は、グラフィーツさんの最愛の誰かではないのだ。そんな風に寄り添い、案じたかったのは、きっと大事にしていたのであろう歌乞いさんだったと思うのに………)
そう教えられると今度は、見ず知らずの人間の向こうに見える思い出しか残らなかったグラフィーツにとって、その思い出はどれだけ大切な物だったのだろうと考えさせられてしまった。
決してその誰かの代役にはしないネアを、そこまで惜しんでくれる程の愛情と執着が喪われた時、あの魔物は、どうやってそれを受け入れたのだろうか。
今回、グラフィーツから得られるのは守護ではなく、それ迄に与えられた守護に対しての祝福と災いの調整をかける魔術だが、とは言えこうして手を貸してくれるのは稀有な事だというのは分かる。
またお礼をしなければと思い、先日渡した鈴蘭の刺繍の男性でも使えるようなハンカチを思い、ネアは、またいい物を見付けてみせると、ふんすと胸を張った。
(………そう言えばグラフィーツさんは、私が家族の話をすると喜ぶような気がする。亡くなられた歌乞いさんも、そのように家族の話をしていたのか、或いはその方自身が母親だったりしたのだろうか………)
ネアがそんな事を考えていたのは、これから向かう先の屋敷に現れるのが、絵描き妖精が変質したという生き物だからだろう。
もし、その妖精が、亡くなった学者の屋敷に仕えていたのなら、起きている異変は、その妖精が主人を亡くした事が影響しているのかもしれないと考えたのだ。
「この辺りだね。………ネア、……………手を、繋ぐかい?」
「まぁ!いいのですか?」
「……………うん。君に何かあるといけないからね。………手を繋いだ方が、安心するのだろう?」
「ふふ。ではぎゅっとしていて下さいね」
「……………虐待」
秋色に色付いた森は美しかった。
ふかふかと積もった落ち葉を踏み、澄み渡った晩秋の森の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
枝から垂れ下がった森葡萄の蔓に結ばれた紫色の実に、木の上でせっせと団栗を齧っている栗鼠妖精。
周囲を見回せば、この辺りにはもふもふとした小さな妖精が随分と多いようだ。
そして、そんな森の中に、小さなお屋敷が佇んでいた。
「……まぁ!美しいお屋敷ですね………」
「高位の、漆喰の魔物を雇い建てられたもののようだね。元は、人間ではないものの家だったのかな」
「白い漆喰壁に、青みがかった灰色の屋根がなんて美しいのでしょう。尖った三角屋根の塔の部分が、小さなお城のような赴きがあってとても素敵です」
だが、その屋敷の主人はもういないのだ。
何かの事故や病気ではなく、老衰だったと聞いているので穏やかな最期だったのだろう。
とは言え、慣れ親しんだ隣人を失った森の生き物達は、その死を惜しんだりもするのだろうか。
(……………あ、)
ここに住んでいた誰かの足で長年踏みしめられて出来た森の生活路を歩いてゆくと、そのお屋敷の前には、一頭の灰色の狼が立っていた。
艶々とした漆黒の羽の外套を羽織った姿は、何だか不思議な佇まいながらも美しい。
このまま、小粋な帽子などをかぶって欲しいくらいで、狼姿なのにどこか紳士風であった。
「おや、私が来たことに気付いていたようだね。挨拶に出て来たのだろう」
「まぁ、そうなのですね。………綺麗な羽のコートです」
「話をしてみるから、少し待っていてくれるかい?誰かを主人とする妖精は、狭量な事も多い。ここが馴染みのない土地で、あの妖精の主人が男であったのなら、君は出来るだけ話さない方がいい」
「はい。ではお隣で待っていますね。それとも、少し離れていた方がいいですか?」
その問いかけに、ディノは、隣にいようかと繋いだ手をぎゅっとしてくれた。
なのでネアは、そんな魔物と手を繋いで、絵のように美しい屋敷の前に立っている狼の正面に向かう事にした。
こちらを見ている瞳は、澄んだ水色のようだ。
(普通の狼より、一回り大きいだろうか。尻尾の先がくりりんと巻いていて、その先が霧のようにけぶっているのだわ……………)
そしてそんな狼は、ネア達がすぐ近くに迄歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。……………我等が王よ」
意外にも、その狼はすらすらと言葉を話した。
おまけに、紳士風かと思っていたものの、女性であるようだ。
「おや、もう魔物に成ったのだね?」
「ええ。私の主人も無事に魔物に成りましたので、私もと思い、やはりそうする事にしました」
「では、自らの意思での転属なのか。………この屋敷の中にいるのは、死んだ筈の人間かい?」
「ご主人様は、葬儀の前に魔物に成られたのです。少し不完全でしたが、先日やっと安定いたしました」
「葬儀も行われたと聞いていたが、棺は空だったようだね」
「その棺の中から、最初は亡霊のような姿で帰って来られたのですよ。…………あれだけ、もう充分に生きたからと死に向けての準備を万全にしておいででしたのに、最後に取り組んだ大好きな夜梟の論文を思うように仕上げられず、その無念さから、無意識の内に魔物になってしまった困った方なのです」
少し低めの声は、それでも不思議なくらいに柔らかく耳に届いた。
そう話してくれた狼の声音に、ネアは、ああと腑に落ちる。
この元妖精は、仕えている主人を、女性としても愛しているのだろう。
大事で大事で仕方ないというような、こぼれ落ちる思いが声に滲んでいたのだから。
「屋敷の中の気配は、…………うん。問題なさそうだね。何か不都合はあるかい?」
「いえ。ご主人様も、私も大きな不調や変質はございません」
「近隣の人間達が、ここで起きている変化に気付いていたようだ。思い当たる節はあるかい?」
「………まぁ。それはご心配をおかけしました。きっと、近くに暮らす人間達を不安にさせてしまったのは、私の羽でしょう。………実はあの羽は、私なりの威嚇なのですが、転属の途中でしたので、完全に魔物に成るまでは加減が分からず…………」
「威嚇の必要があるのなら、この屋敷と、君達を脅かす者がいるのかな」
「そう大きな脅威ではないのです。ですが、ご主人様が戻って来た事に喜んだ森の栗鼠達が、自分と契約しようと何度も窓を叩くものですから…………我慢出来ず……………」
しおしおと尻尾を下げてしまった狼姿の生き物に、ネアは、思わず微笑んでしまった。
問題になっていた羽は、大好きなご主人様を取られないように、この狼が屋敷の周りの生き物達に威嚇していただけだったらしい。
羽の外套は、魔物に成る為に必要な魔術を、一本ずつ羽の形にして、丁寧に縫い込んで作ったのだそうだ。
なぜ羽かと言えば、やはりそこは鳥が大好きなご主人様の為なのである。
(なんだろう。とてもいい話で終わりそうな気がする…………)
そう思っていると、がちゃりと扉が開く音がして、狼姿の成り立ての魔物がはっとしたように振り返った。
「ご主人様!」
「……………やあ、アデライト。お客様だね?」
「………この方は、魔物の王であらせられます。転属したばかりのあなたには刺激が強いので、そこから動かないで下さいな」
「……………ええと、王が、いらっしゃっているのなら、この屋敷の主人の僕がお出迎えしないと駄目なのでは?」
困ったようにそう言ったのは、どこか気の弱そうな青年だった。
話に聞いていた学者に間違いないが、人間として亡くなった時には白髪の老人だったそうなので、魔物になってから青年期の姿に戻ったのかもしれない。
途方に暮れたようにこちらを見ているその青年に、ネアは、ディノの袖を引いて、自分達がこの屋敷を訪れた理由を説明して貰った。
「ああ、そうでしたか。……………私も、まさか自分が魔物になってしまうとは思わず、至らないままですので、何か怪異を引き起こしているかもしれません。屋敷を引き渡す親族もおりませんでしたから、このまま暮らしていますが、町の騎士達に話を通しておけば良かったでしょうか?もしかすると、討伐などされてしまうのだろうかと不安に思い、ここでひっそりと暮らしていたのですが……………」
「この土地の担当の騎士達には、君達がここで暮らしてゆくことを私達から伝えておこう。……君達は、知識の系譜の魔物になったようだから、この屋敷や森で暮らしていくのは問題もないだろう。食べ物も、人間だった頃と変わらないだろう?」
「ええ。以前は牛のチーズが好きでしたが、最近は酸味のある山羊のチーズが好きになったくらいの変化ですね。私はまだ慣れないのでと、食料の買い出しは、アデライトが人間に扮して出かけてくれているのです」
「この町が、多くの人々が行き交う街道沿いの土地で良かったね。元々あまり閉鎖的ではない上に、魔物に対する忌避感もないようだ。存在の認知さえ済めば、今後は、君も町に出られるようになると思うよ」
ディノがそう言えば、二人の新生の魔物達は顔を見合わせてほっとしたように微笑んだ。
舞い落ちる羽の正体が判明し、ここに暮らす魔物達が住人に危険を及ぼす存在でもないと分かったので、ネア達の仕事はここ迄となる。
なお、アデライトという名前の魔物が、ご主人様に近付く生き物をたいへんに警戒している様子が見えたので、ネアは最後まで直接の会話は持たなかった。
ディノが王だという事もあり、きちんと敬意を払って応対しているので、ここはディノに対応して貰うのがいいかなと考えたのだ。
「無事に済んで良かったです。あのお二人………お二人?………も、今後は穏やかに過ごせそうですね」
「うん。エーダリアの方でも、何か手配をするのだろう?」
「ええ。今回は人間からの転属でしたので、ガレンの担当官の方が、生前の財産の引継ぎや、著作物の権利の継続などを行ってくれるのだそうです。ただでさえ魔物に転属される方は珍しいのに、穏やかな対話が出来る方だったという報告が入り、ガレンはかなり活気付いているのだとか」
ガレンから派遣される魔術師が、あまりお役所手続きが得意そうに見えないあの二人の様々な法的手続きを代行してやりつつ、その際に、体調の変化や転属の時の事などをさり気なく訊いてみるらしい。
とは言え、観察する気満々の魔術師では怖がらせてしまうのでと、対話や調整の上手な男性魔術師が派遣されると話していた。
ネアが、絶対に女性を派遣してはならないと伝えておいたので、アデライトが怒り狂う事もないだろう。
エーダリアが挙げていた候補者は、あの青年と同じように鳥類に目のない魔術師だったので、もしかすると魔物に成ったばかりの鳥類学者は、新しい友人を増やしてしまうかもしれない。
この町の人々は、少し変わりものだが、優しい老人が大好きだったそうだ。
ディノと一緒に報告に出向けば、隣人が魔物に成ったと聞いて驚きはしていたが、いざという時に、知り合いの良い人外者がいるというのは心強いからとあっさり受け入れられていた。
これまで通りの付き合いをしてゆこうと話してくれた騎士は、先生の棺がやけに軽かったのは、そのせいかと笑っていたくらいだ。
「こ、こんなに沢山あると、どうしたらいいのか分かりません!!」
町に立ち寄ったネア達は、素晴らしい品揃えの花屋に立ち寄る事にした。
たまたま出会った花屋さんが、リーエンベルクの庭園にもないくらいの薔薇を揃えており、是非に買ってゆこうとなったのである。
切り花が豊富な店で、中にはごそっと買ってゆくお客がいるところを見ると、同業者の仕入れにも使われている店のようだ。
たまたま、町の騎士の詰め所を教えてくれたのがこの花屋の娘さんだったので、道案内のお礼も兼ねて店に立ち寄ったのだが、すっかり薔薇選びに夢中になってしまったネアは、大興奮するしかない。
お礼の買い物である事を忘れてしまい、好きな薔薇をありったけ選んで素敵な花束を作って貰うと、ほくほくと紙で包まれるのを見守る。
「可愛い、弾んでる………」
「良い報告を持ち帰れるお仕事なだけでなく、こんなに素敵なお土産まで入手出来ました。………ディノ?」
「もう危なくないから、三つ編みにしようか」
「…………手を繋いだままでもいいのですよ?」
「ネアが大胆過ぎる………」
仕事が終わってほっとしたのは、ネアだけではなかったらしい。
本日は頼もしく手を繋いでくれた伴侶は、目元を染めながらネアの手の中から指先を引き抜き、そっと三つ編みと入れ替えている。
たまたま通りかかったと話しているが、恐らくわざわざ挨拶に来たのだろうなと思う、この町の歌乞いの魔物が声をかけてくれたところだったので、ネアは、どうか手を繋いだままでいて欲しかったと眉を寄せた。
荷馬車の魔物だという青年は、町を訪れているディノが自分よりも高位の魔物だと気付き挨拶に来たようだが、そのディノが思っていたよりも高位だったらしく、激しく震えながら一生懸命に挨拶をしていった。
一緒に居た歌乞いの女性はネアに会釈してくれたが、特に交流を深めるという感じではなかったようだ。
もしくは、契約の魔物が震え上がっていたので、一刻も早くこの場から離脱させてあげたかったのかもしれない。
ネアは、お友達になりませんかという言葉を飲み込み、今回は致し方あるまいと薔薇の花束を抱き締めた。
「いい匂いのする薔薇が沢山あるので、寝台のディノの側にも飾りましょうね」
「……………ずるい」
「エーダリア様にもお裾分けしておけば、今後の会話の切っ掛けにもなるかもしれません」
そう言えば、ディノが不思議そうに首を傾げたので、地元のものを知っておけば、どこかで、この土地の者達との会話を円滑に運ぶ為の材料になるかもしれないのだと説明しておく。
ディノは不思議そうにしていたがこくりと頷き、リーエンベルクへの帰り道の転移の道を繋いでくれた。
遠ざかってゆく穏やかな町と森を思い、ネアは、隠れずに町に出られるのなら、午後は焼き立てのペストリーを食べられるぞと喜んでいたあの二人を思い、にっこりと微笑んだのであった。




