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守護の指輪と杏のタルト



目を覚まして、またしても片手で目元を覆っていた事に気が付いた。


これからの季節は肌寒くなる。

全ての季節に於いて、室温を外気に合わせて変えているリーエンベルクだからこそ、かけ布団からあまり体を出さないようにしていたのだが、これは、どうしても抜けない癖なのだ。


腕が痺れていたり、そうではなくても疲れが抜けきらなかったりと、何かと問題の多い体勢なので、何とか直してゆこうと思っていたエーダリアは、はぁと溜め息を吐き、体を起こしたところで、寝台の上で仰向けになって寝ていた銀狐にぎょっとした。



「ふ、腹部を冷やしてしまうぞ?!」



慌てて持ち上げると、夢でも見ているのか前足をばたばたさせた契約の魔物を体温で暖まった毛布の中に押し込み、顔だけは出るようにしてやった。


これが本物の獣であればそこまで焦らないのだが、本来は寝具に包まって眠る魔物である。

この姿の時は毛皮に包まれているからといって、これでは寒かっただろう。

一体いつの間に部屋の中に入ったのかと首を傾げ、ふと、視線を右手に向けた。



清廉な朝日を受けてきらきらと光るのは、銀白の守護の指輪だ。



魔術師は、この手の、人外者の力を宿し、その魔術師の代名詞となるような特別な魔術具を身に付ける者も少なくはないのだが、エーダリアは今までそのような特別な道具は持たずにきた。


それを一昨日、ヒルドとノアベルトが守護の指輪を作ったと言って、この指に嵌めてくれたのだ。



(それも、…………あんな簡単に………)



その日、リーエンベルク周囲の魔術調整をするにあたり外に出たエーダリアに対し、ヒルドはこれを付けておくようにと指輪を嵌めてくれると、呆然とするエーダリアを残してそのまま自分の持ち場に歩いていってしまった。



特別な魔術具には、特別な魔術を込めるものだ。

とてもではないが気軽に頼めるような作業ではなく、終生の契約や約定、代理妖精契約などの従属型の契約があってこそ叶う魔術師の嗜好品に等しい。


だからこそエーダリアは、ヒルドがいてもノアベルトがいても、その二人に特別な魔術具への祝福付与を求めずにきた。


だが、他の誰かからの祝福を持ち歩くのは違うような気がしたし、とは言え、それを乗り越えてもどうにかして魔術具を持っておきたいという程に、扱う魔術が心許ない訳でもない。

寧ろ、王家の指輪に各種の魔術書、ネアがどこからか持ち帰ってくる品物や、借りている剣などもあるので、人並み以上に道具には恵まれている方だろう。


困窮している訳ではないのだから既にもう充分に力を貸してくれている二人にこれ以上を強請るのはと考えている内に、魔術具を得るという事自体を失念していたのだ。



そうして、ヒルドに呼び止められて振り返ったところで、これを外さないようにとさらりと嵌められたのがこの指輪だった。

勿論、そんな風に簡単に差し出していい品物ではないので、エーダリアは慌ててヒルドを追いかけなければならなかった。



(…………見ればここにあるのに、まるで何も付けていないかのようだ。ネアの話していた魔物の指輪と同じような魔術運用なのだろうか。………これなら、他の作業をする際に気になって外してしまう事もないのだろう。………それに、)



「なんて美しいのだろう………」



思わずそう呟いてしまい、エーダリアはぎくりとしたが、こっそり隣を見たところ、幸いにも銀狐は眠っているようだ。

ほうっと安堵の息を吐き、もう一度、朝陽の差し込む寝室で右手の中指に嵌めた指輪をじっくりと見つめる。



細やかな細工は、冬聖の葉のリースのようにも見える。

よく見れば、ホーリートの実に模して銀狐のボールや、葉のように見せかけてのヒルドの羽が隠され、守護を付与した者達を示す署名となっていた。


そんな細工に加え、この指輪の素材自体も素晴らしい。

光の角度で銀色にも見える指輪だが、実際には殆ど白だという事を知っているのはここで一緒に暮らす者達だけだ。

そう考え、少しだけむずむずする心で、心の中で呟く。



(……………家族しか、知らないのだ)



だが、そう考えるといっそうに気恥ずかしくなってしまい、エーダリアはもう一度毛布に顔を埋めねばならなかった。



(……………ああ、でも家族だけなのだ。そして、ヒルドもノアベルトも、この指輪を贈る事で、ずっと共にあるのだと伝えてくれた……………)


そんな事はずっと前から理解していた筈なのだが、人ならざる者達とのかかわりに於いて、その関係性が永遠ではない事を理解し、若い魔術師達を諫めるのもガレンの長の役目である。

だからこそエーダリアは、心のどこかで、その重石を取り除けずにいたのかもしれない。


この指輪を受け取ってからやっとその事に気付いたのは、例えようもないくらいに安堵したからだろう。

ああ、これでもう二人はずっと傍に居てくれるのだと、何かがあっても自分がこの指輪を手放さない限りは、その祝福が寄り添うのだと理解出来たから。



(だから、……………嬉しかったのだ)



誕生日でもないのに、こんな特別な贈り物を貰ってしまった。

彫り模様に色を載せて銀色に見せているものの、実際には白いこの指輪の裏側は、美しい青緑色になっていて、ヒルドはその色の宝石に死の舞踏に相当する魔術を編み上げてくれたらしい。


正確には、ネアのブーツにもある死の舞踏と同じ物を作り、それをノアベルトが魔術で再編した上で、ヒルドがもう一度宝石に紡ぎなおすというかなり手のかかる作業をしてくれている。

そんな工程を経たと聞けばすぐに分かるのだが、つまりこの指輪自体は、もっと以前から準備されていた物なのだろう。



(いつか、私が与えられた道具に慢心せず、多くの物を手に持つ事に慣れ、この魔術具くらいでは浮足立たなくなった頃に渡す予定だったのだと、ヒルドは話していた……………)



エーダリアがそれをどう扱うかではなく、手にした事で却って身を危うくしないように時期を見ていてくれたのだと聞くと、いっそう胸の奥がざわりと揺れる。


いつの間にか、朝起きて会食堂に向かえば、そこに誰かがいるのが当たり前になっていた。

起こった事や厄介な問題を近くにいる誰かに話せるのが当たり前で、困難に直面した際には、必ず誰かが前に出てくれるようになった。


今更、こんなに甘やかされていていいのだろうかとも思う。

エーダリアはもう後見人が必要な年齢ではないし、このウィームの領主なのだ。

それなのに、今は誰かの背中の後ろに匿われる事の安堵を知ってしまっている。

こんな風に寝室に家族がいて、ふかふかの毛並みをそっと撫でる贅沢は、いつから当たり前になったのだろう。


そんな事を考えながらもう一度指輪に視線を落とし、ついつい綻ぶ口元を何とか整えようとしたが、どうしても上手くいかなかった。

おまけに、そんな時に限って、普段はノックなく部屋の扉を開けないヒルドがやって来てしまうのだ。



「…………っ?!ヒルド?」



視線を感じてぎょっとして顔を上げると、こちらを見ているヒルドがいる。

なぜか慌てて右手を隠してしまったエーダリアに、瑠璃色の瞳を瞠ったヒルドは、くすりと微笑んだ。



「気に入っていただけたようで、良かったです」

「……………き、気に入らない訳がないだろう……………」

「ですが、ネア様のように、指輪という装身具に慣れず、意識しなければ肌に触れる感覚もない物であれ、都度外してしまわれるという事もありましたからね」

「…………そう言えば、以前にそのような事を話していたな。ついつい、就寝時には外したくなると。……………今はもう慣れたようだが」

「ですので、今朝は外さずに就寝出来たかを確かめに来たつもりでしたが、どうやら問題ないようですね」

「ああ。……………勿体なくて、外す事など出来ない」

「おや……………」



思わず本音を告げてしまい、頬が熱くなる。


ゆっくりと歩いて来たヒルドが、寝台の端に腰かけ、こちらを優しい目で見ている。

こんな風に距離を狭められるようになったのは、皮肉な事にも、エーダリアが一人で多くの事を出来るようになった、リーエンベルクに来てからであった。

エーダリアがそうされても不自然ではなかった年齢の頃には、ヒルドは、決してこんなに近くには来なかったものだ。



「守護の指輪ですから、そうそう簡単に損なわれる物ではありません。ですが、……………もしもという時には、どうぞ惜しみなく指輪に付与した魔術を使うように。それは、あくまでも道具です。あなたさえご無事でいてくれれば、私もネイも、何度でも同じ指輪を作りますからね」

「ヒルド……………」

「そうそう。念の為に、一個予備があるんだ。もしもの時はすぐにそっちに変えるからね」

「……………ネイ、起きていたのなら、寝台から出なさい」

「ええ。まだ朝は寒いよ。僕、今は毛皮ないんだけど………」

「も、元の姿に戻ったのだな。……………それと、控えも作ってあるのか?」


少し驚いてそう問いかけると、ヒルドとノアベルトは顔を見合わせ苦笑している。

おかしな事を訊いただろうかと首を傾げれば、その理由をノアベルトが教えてくれた。



「さっき、ヒルドも話していたけど、それはあくまでも道具だよ。今朝のエーダリアみたいに、大事にしてくれると凄く嬉しいけれどね。だからさ、着れなくなった服はすぐに変えて欲しいし、服を汚したくないからって自分が傷付くような事はしないで欲しいな。そうやって使って欲しいからこそ、常に替えは用意しておくからね」

「…………まさか、ずっと起きていたのか?」

「ありゃ。目が覚めたのは、エーダリアがその指輪を見て微笑んでいた時からかな。ヒルドが部屋に入ってきたからね」

「……………見ていたのだな……………」



恥ずかしいところを見られてしまったと項垂れると、寝台から立ち上がりつつ伸びをしていたノアベルトが、小さく笑った。


髪の毛は乱れていて、着ているシャツはくしゃくしゃになっているが、それでもはっとする程に美しく高位の魔物だと一目で分かる容貌をしている。

だが、そんな魔物が、綺麗な青紫色の瞳を輝かせて幸せそうに笑うのだ。



「僕は幸せだなって思える光景は、見逃しちゃいけないよね。だからこそ、何個だって作ってあげるから、惜しみなく使っていいよ」

「……………ああ。そのように心掛けよう」

「僕の守護や、ヒルドの庇護だけの単体のものじゃなくて、少し複雑な魔術の織込み方をしているから、その分頑丈な筈なんだ。単一な織り目じゃなくて、幾つもの織物を重ねるような感じでね。アルテアにもグレアムにも相談して、僕の知らなかった織りも加えてあるから、きっとエーダリアを守ってくれるよ。あ、それと、ヒルドの死の舞踏の効果もあるから、有事の迎撃では魔術の効果が跳ね上がるから」

「……………それは、初耳だ」

「ありゃ、僕言わなかったっけ?」

「ネイ………」

「わーお、忘れていたみたいだぞ………」



暫くその場で話をしていると、ヒルドが時計を見た。

そろそろ、支度をして会食堂に向かわねばならない頃合いだ。

ノアはそのまま向かおうとしてヒルドに着替えるようにと叱られており、そんな姿を見ながら顔を洗いにゆく。



きらきらと輝き、明るく温かく、この魂の周囲を照らすように。


顔を洗う為の水を受けるだけでも、手のひらの中で指輪が煌めく。

その輝きの美しさに見惚れてしまい、気付けばまた微笑んでいた。


これまでも数々の守護を増やされてきたし、外套やブーツなども、他に身に着けられる物も贈られてきた。

だが、この指輪は少しだけ趣きが違う。

魔術師の装身具は、これが自分の持つ祝福だと、周囲に誇示する役目も持つ物なのだ。


浮足立たぬようにと言われはしたが、どうしても心が弾んでしまうので、領外との大きな交渉の場が控えていない時期であることに安堵した。

恐らく、ダリルにはいつもとは様子が違う事に気付かれてしまうだろうが、それでも、領主としての大事な執務の前までには心を落ち着けなければならない。



だが、そう思い会食堂に向かおうとした廊下で、窓の外を見て眉を寄せた。



「………虹が出ているな。ディノだろうか……………」



となると、何か特別にあの魔物が喜ぶような事があったのだろうかと首を傾げ、ひとまずは会食堂に向かう。

そこにはきっとネアがいるだろうし、あの虹の理由を聞いてみよう。

そう考え足早に廊下を歩くと、途中でノアベルトを部屋に送り届けたヒルドと合流する。



「ヒルド、窓の外の虹は見たか?」

「ええ。庭園の花が幾つか新しく咲いていますので、ディノ様でしょう」

「アルテアの守護の再構築も、無事に終わったところだ。喜ばしい事があったのなら、良かったのだが……………」



そうしてネアが守護を増やせるのは、伴侶であるディノの気質のお陰である。

あの襲撃を経て、それでも足りないのかと愕然とさせられたが、その段階までの守護ですら異例であった程に、魔物は本来狭量な生き物だ。


ましてやそれが、伴侶であり、歌乞いであれば尚更ではないか。

それなのにディノは、そんな自分の伴侶を、アルテアの屋敷に送り出した日は、心配そうにするのではなく、寧ろほっとしたように息を吐いていた。

ノアベルトとの会話を聞いていたが、ディノは、アルテアの与える守護の再構築も、一日でも早く終えたいと考えていたらしい。



(……………ディノは、今回の事などよりずっと前に、他の者達からの守護をも集める覚悟をし、ネアの身を多くの守護で守る事を選んだのだろう)



ネアから、ディノは前の世界の終わりを見たのだと聞いた事がある。

そして、前世界の終わりが人間の伴侶を亡くした前の万象の崩壊から始まったという事は、ノアベルトからも聞いていた。

であれば今代の万象の魔物は、自分がやっと見付けた伴侶には、その時に喪われた先代万象の伴侶よりも多くの守護をと予め決めていたのかもしれない。


けれども、本来の魔物の気質を思えば、不憫だと思わない事もない。

だが、そんな魔物の柔軟さを当然とせずにきちんと向かい合うネアの事なので、この虹は、そんな彼女が伴侶に何かをしたからかもしれなかった。



「ふふ。ディノにカードを送ったのです」

「カード、なのだな」


会食堂にいたネアに虹の理由を尋ねると、そう微笑み、隣の席でカードと封筒を抱き締めている魔物の方を視線で示してくれた。

ディノの手には、一通の淡い紫色の封筒があり、広げたカードは自分の胸に押し当てるようにしてしっかりと抱き締めていた。



「はい。あの事件ではディノに沢山怖い思いをさせてしまい、その後でお家を空けていたでしょう?そんなディノが喜んでくれるよう、カードが届く手筈にしておいたのですよ。大事な魔物の為に、ザハの杏のタルト付きです!」

「ネアが、……………虐待する」

「そして、朝一番で、ディノがその荷物を引き取り、うっかりお空に虹がかかってしまいました」

「……………成る程。理解した」

「ずるい……………」



嬉しそうに目を輝かせているディノを見ていると、相変わらずのこの部下の調整の上手さに舌を巻く思いではないか。

特別な対価を切り出さずとも、こうして丁寧に愛情を伝えてゆくことで、ネアの魔物は幸せを得ている。

では、自分はどうだろうかと考え、エーダリアは少しだけ反省した。


手紙となるとどう書けばいいのか分からないが、ネアのようにカードを選べば、日頃の感謝などを少ない言葉しか選べなくても丁寧に伝えられるかもしれない。



(人間と、彼等は違う生き物なのだ……………)



だから、ネアに出会う前のエーダリアは、適切な距離を取れと部下達にも話してきた。

ヒルドとの間に適切な距離など取れないのは承知の上であったが、それでも、それが在るべき関わり方だと信じていたのだ。



(だが、今は……………だからこそ、丁寧に歩み寄り、その手を取るべきなのだと思う)



勿論、全ての人間と人ならざる者の関係がそうではないだろう。


中には決して取ってはいけない手もあるし、歩み寄った事で生まれる悲劇もある。

だが、幸運にもエーダリアには、大事に思いそれを示してもいい家族となる者達を得た。



「………私も、見習わなければいけないな」

「あ、僕、エーダリアが何を考えてるのか分かった。やめて、そんなもの貰ったら、僕死んじゃうから………」

「おや、私は欲しいですけれどね」

「…………っ?!このような場合は、気付かないふりをするのではないのか………?」

「カードを送る場合は、郵便舎の記念日配送がお勧めですよ。送付日のスタンプを特別な物にしてくれるので、後でカードを取っておく際にとても素敵なのです」

「そのような物があるのだな………」

「ふふ。私も、以前に、前のお客さんが頼まれているのを見て知りました」


それ以降、ネアは、ディノ宛のカードは記念日配送を利用しているのだそうだ。

そちらを見れば、ディノはもう一度カードを読んでみる事にしたようで、そっと覗き込み慌ててまた抱き締めてしまっている。



(………記念日配送。…………だが、郵便舎を経由するとなると、カードを持ち込む必要があるのだな。ヒルドやノアベルトを同行する訳にもいかないから、ネア達に頼んだ方がいいのかもしれない………)



後日、ネアに私用ではあるのだがと、郵便舎へのカードの持ち込みを頼むと、鳩羽色の瞳を丸くしてから、にっこりと微笑んで頷いてくれた。

きっと喜ぶだろうと保証してくれたが、翌日、カードを受け取ったノアベルトが倒れてしまったのには驚いたものだ。


額に入れて飾ると言うので、また送るのでどうかそれはやめてくれと説得しなければいけなかったが、何日かしてから、ネアから、ヒルドは額装して書き物机の正面に飾っていたと聞き、早急に二枚目を送らなければならないと項垂れる事になる。



どこまでが、特別な慣れない物で、どこからが、いつの間に当たり前になる物なのだろう。



きっと、祝祭でもないのに届けられるカードが当たり前の物になる頃、ヒルドの机の正面の額縁は外されるのではないだろうか。

しかし、そう言えばネアが、どこか遠い目をして薄い微笑みを浮かべた。



「……………甘い見通しだと言わざるを得ませんね。ディノは、今でも私が買ってあげたお菓子の包装用リボンを巣の中に隠してしまう魔物なのですよ?」

「……………それは、………菓子類を買う際にも考えるようになるな。………だが、ノアベルトは同じ魔物だとしても気質が違うし、ヒルドは妖精だ。さすがに、どこかで………」

「あら、ゼノだって、グラストさんから買って貰ったクッキーの缶を飾るお城を作ったのにですか?」

「……………そ、そうなのか……………」

「でも、宝物がいっぱいになって嬉しそうなノアや、ヒルドさんを想像すると私も胸がほこほこしますので、どうかこれからもカードを送ってあげて下さいね」

「……………お前にも、いつか送ろう」



淡く微笑んだネアの瞳に、ふと、救われないまま失われたような何かを見た気がした。


それはきっともう昔の物なのだが、だとしても、今はカードを送れる家族のようなものなのだから。

咄嗟にそう言えば、こちらを見たネアは目を丸くしていた。

ややあって、嬉しそうに微笑むと、頷いてくれる。



「はい。楽しみにしていますね。私もいつか送ってしまうので、忘れた頃に届くのかもしれません」

「……………お前にはもう、受け取りきれないくらいのものを、貰っているのだがな………」

「まぁ、………そうなのです?」

「ああ。お前がこのリーエンベルクに来てから、………私には、家族が出来た」

「ふふ。それは奇遇ですね。私もなのですよ?」




目を覚ますと、きらきらと光る指輪を見るのが日課になった。


同じように、部屋が冷えるようになってきたので、銀狐が部屋のどこかで無防備に眠ってしまっていないかと探すのも日課になったが、幸いにして、まだ三回しか冷えきった契約の魔物を寝台に押し込む事態には見舞われていない。



重要な会合がありガレンに赴いた際には、この指輪を見た三人の役職付きの魔術師が、狡いと声を上げて暴れ出したが、他の道具持ちの魔術師達が上手く鎮めてくれた。

あまりにも苛烈な反応に驚いたが、どこか誇らしくもあるのだから、困ったものだなと思う。


仕事をしていると必ず目に入る銀白の煌めきに、今日も胸の奥が温かくなる。

これは、家族しか知らない秘密を宿した、大事な者達がこの先もずっと共にあるという証の守護なのだ。








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― 新着の感想 ―
[一言] エーダリア様の家族の話は何話読んでも心が温まります
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