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秋の丘と見知らぬ墓所



クロウウィンが近くなると、秋の色は晩秋らしい深みを帯び始める。


橙がかった赤や黄色の紅葉の少ないウィームは、元より紅葉の色合いが深いのだが、いっそうに彩りを深くしてゆく最後の秋の色は、どこかメデュアルの舞踏会の夜のような不思議な暗さも帯びるのだ。


青みがかった灰色の石畳に落ちた葉はかさかさしていて、縁の部分がくりんと巻き上がっていた。

こんな日は素敵な色や形の落ち葉を拾うのも素敵だが、風が吹く度にひらひらと舞い落ちる落ち葉のカーテンをくぐって、ウィームの森に向かって歩くのもいい。



「気持ちのいい秋晴れの日ですね」

「うん。曇り空ではない日は珍しいね」



ウィームは魔術の豊かな土地なので、時には恐ろしい人ならざるものと遭遇することもあるが、ポケットには森歩き用の砂糖菓子などを備えておき、ウィームの街では最近よく見かけるようになった激辛香辛料油なども持っておくといいだろう。


何かを寄越せと荒ぶる妖精達には譲渡の繋ぎを切ってある砂糖菓子を与え、怖いものが現れたら激辛香辛料油を振り撒けばいいのだ。


勿論、そのどちらも効果がないような危険な生き物もいるが、それでも尚と思わせるくらいにこの季節の森は魅力的なのだった。



落ち葉の積もった森の入り口に爪先を下ろせば、ふかふかとした感触の後に、靴底でぱりぱりと葉が割れる音がする。

ネアは、こんな時に感じる季節の響きに唇の端を持ち上げ、隣にいる真珠色の髪の伴侶をそっと見上げた。



久し振りに晴れた秋の日である今日、森の中には様々な光が落ちていた。


淡くけぶるような木漏れ日に、木々の横から差し込む薄く鋭い光、そして、まだ葉の上や花びらの内側に残った朝露がきらきら光る。

こっくりとした紫紺の色合いの森葡萄の房の横には、すっかりむくむくになった栗鼠妖精がいて、美味しい出会いに感動したのか満足気に尻尾を揺らしていた。



木々の向こう側を走り抜けてゆくのは、鹿達だろうか。

びゅんと風を切るような軽やかな足取りは、ただの鹿ではなく、森の精霊達だからかもしれない。



「ネア、少しだけ待っておくれ」

「ディノ、……………何かいました?」

「秋患いがいたようだね。今見たものは追い払っておいたけれど、落ち葉の中に真っ黒な葉を見付けたら、決して触れてはいけないよ」



隣を歩く魔物の眼差しが一瞬だけ冷ややかになったのでそう尋ねてみると、やはり、宜しくない生き物がいたようだ。


聞けば、秋患いは秋をいっそうに美しく見せてはくれるものの、心の中を憂いや悲しみでいっぱいにしてしまう危険な妖精なのだそうだ。


黒い落ち葉の形をした招待状を森の中に置いておき、何だろうと思い拾い上げてしまった者の内側に招き入れられると、こつこつと憂いや悲しみを紡ぎ出すらしい。


秋の季節に行われる冬籠りの支度と、秋特有のどこか詩的な物悲しさを資質とする妖精で、獲物の心の中を憂いと悲しみの紡ぎ糸でいっぱいにすると、満足して立ち去るのだとか。



「せっかくの素敵な季節を台無しにする、何という嫌な生き物なのでしょう……………」

「獲物からは安らぎや希望を奪うから、秋患いに巣食われると健やかな状態に戻すのには時間がかかるそうだ。厄介なのは、その効果がなぜか、祝福の形をしている事だね。秋患いにとっては、秋をより美しく感じさせる憂いや悲しみは、悪いものではないのだろう。過分な安らぎや希望こそがこの季節に相応しくないと考え、その余分なものと引き換えに必要なものを紡ぎ、祝福として満たしておくという考えのようだよ」

「……………価値観の相違が、そのような危険を生んでしまうのですね。持ち去られた安らぎや希望はどうなるのですか?」

「秋患いが食べてしまうようだね。ただ、秋患い自身はそのようなものを好まないから、彼らにとっても、あまり幸せな食卓ではないらしい」

「誰も幸せになりません。完全なるすれ違いと負の連鎖ではないですか………。一度、どこかでしっかり話し合いを持ち、是非に違う未来を模索して貰いたいです……………」



ネアは、誰かが秋患いにその誤解を説くべきだと思ったが、そのようにして成ってしまった生き物の暮らしぶりを変えるのは難しいのだそうだ。


となると、良かれと思って憂いと悲しみを紡ぐ秋患いと、安らぎや希望を持ち去られ、少しも幸せではなくなる獲物の宜しくない円環はこれからも途切れずに続くのだろう。



さくさくぱりぱりと、この季節だけの足音を響かせ秋の森を歩く。


このあたりはまだ散歩道なので歩道の整備があり、敷かれている石畳は、森の景色に馴染み易いように僅かに茶色がかっている。

だがこの石材は水分を含むと灰色が強くなるので、森が雪化粧に覆われる頃になると綺麗な灰色の道筋をつけ、雪景色の景観を損ねないという優れものなのだ。



そんな石畳の歩道を歩けば、柔らかな風が吹く度に、ざざんと落ち葉の雨が降る。

丁度お昼時だからか、森の奥の奥まで続く歩道には、ネア達以外の人影はない。

何だかこのまま不思議な世界に迷い込んでしまいそうな景色だが、よく考えれば隣を歩いているのは魔物の王様なのだ。


その艶々と光る真珠色の三つ編みを持たされているだけでも、充分に不思議な事であった。



「エーダリア様から教えていただいた目撃報告によると、そろそろでしょうか」

「ウィームに季節の墓所が現れるのは、数年ぶりなのだね」

「ええ。このような現象があること自体、私は初めて知りました」

「ウィリアムも間に合えば来ると話していたけれど、……………ああ、来たようだね」

「むむ。お仕事は間に合ったのでしょうか」



ディノの声に視線を巡らせると、ふわりと揺れた真っ白なケープがあった。

だがすぐにそれをメランジェ色のトレンチコートのようなものに変えてしまい、終焉の魔物は、さすがに白い軍服は目立つと思ったのか、装いだけを擬態したようだ。


こちらを見て微笑んだウィリアムに手を振ろうとしたネアは、その隣に白灰色の秋物のコートを羽織った夢見るような灰色の瞳の魔物の姿も認め、おやっと眉を持ち上げる。



「グレアムさんです!」

「おや、グレアムも来たのだね」

「ええ。秋の墓所が現れるのは久し振りなので、俺も花を手向けようと思います」

「アルテアの姿がないようですが、後からですか?」

「いや、彼は一足先に向かっているよ。この子もいるから、何か不確定な要素で足元が揺らいでいないか、確かめていてくれるのだそうだ」

「彼女は終焉の子でもあるので、それがいいかもしれませんね。あの墓所を訪れ易い分、その周囲に怨嗟や妄執が残っていると影響を受けやすい」



そう頷いたグレアムは、そんなネアがしっかりと三つ編みを持たされている様子を見て、満足げに頷いている。

ウィリアムも反対側に立ち、ネアの空いている方の手をしっかり握ってくれた。



「……………ウィリアムなんて」

「あら、ではディノも、手を繋ぎませんか?」

「……………大胆過ぎるのではないかな。…………繋ぐかい?」

「はい。ディノの手をぎゅっとしていれば、もっとずっと安心ですね」

「……………ずるい」



ウィリアムのお陰で、荒ぶった魔物が頑張ってくれたので、そんな三つ編み運用から手を繋げる事になり、ネアは、くすりと笑ってウィリアムと顔を見合わせる。

魔物達の背が高いので構図的には連行される犯罪者のようになっているが、これは幸せな安全対策なので気にしない事にしよう。


二人から四人になり、最近の出来事などを話しながらまた少し歩くと、歩道の先に見慣れない広場が現れた。



「……………まぁ」



見上げる程に大きな木が一本聳えており、いつの間にか、周囲は小高い丘の上になっている。


草地には秋の花々が咲き乱れ、木の下には開いた本のような形をした墓石があった。

もっと壮麗な墓所を想像していたネアは、思っていた以上に簡素なお墓の様子に驚いたが、ひっそりと佇む小さな墓石はこの美しい秋の景色にこの上なくぴたりと嵌る。


景色として眺めると、ああこれでいいのだなという気がした。



「アルテア、周囲の様子はどうだい?」


ディノの声に振り返ったのは、お墓の前に立った漆黒のスリーピース姿の選択の魔物だ。


ここが魔術的なあわいであるからか、帽子に杖も揃えた、謂わば選択の魔物の正装姿である。

けれどもその姿は、魔物らしい不穏さよりも弔いのお客のようにどこか穏やかで静謐に見えた。



「中に入れば、基盤は安定しているな。問題ないだろう。だが、くれぐれもその手を離さないようにした方がいい。何しろ、こいつはすぐに事故るからな」

「…………アルテアさんも、誰かに手を繋いで貰います?」

「やめろ」

「アルテアは、…………多分、一人でも大丈夫なのではないかな」


ディノは少しだけ心配そうにアルテアの方を見たが、鮮やかな赤紫色の瞳を細めたアルテアが顔を顰めてきっぱり首を振ったので、こちらの魔物は誰かに手を繋いで貰わずとも大丈夫だと判断したようだ。




「では、まずは俺が」



そう言い、ネア達より先に墓石の前に立ったのはグレアムだ。


グレアムに場所を譲る形でこちらに下がったアルテアが木の陰から出ると、漆黒に見えた服地が濃灰色のウール地であった事に気付く。

グレアムの白灰色のコートには淡い木の影が落ち、アルテアの時とはまた違う趣の絵になる。




(これが、季節のあわいに現れる墓所…………)



ネア達が訪れたこの墓所は、土地の魔術基盤の揺らぎで現れるものなのだそうだ。

その土地での死者達や失われたものを弔う為のもので、広大な墓地として姿を現す事もあるし、このように一つの墓石があるだけの事も実は珍しくないのだとか。



ここに埋葬された何が失われ、誰に繋がっているのかは誰にも分からない。

けれども、古くから人々は、そうして現れる墓所にその意味など問わず花を手向けてきた。


昨日から数例の目撃が上がっており、ネア達は急遽本日の業務が変更となり、エーダリアに渡されたリーエンベルクの庭園で育った薔薇の花束を持ち、こうして花を手向けに来たのだ。



「では、行こうか」

「はい」


グレアムは、どこからかふわりと取り出した白灰色の薔薇を手向けていた。

その前に、真っ赤な薔薇を手向けたのがアルテアだろう。

ネア達がエーダリアに渡されたのも白い薔薇の花束だが、他にもリーエンベルクの庭園で育った美しい花々も添えられている。



(文字などは、どこにも記されていないのだわ……………)



墓石の前に立てば、そこには何の文字もない。

だが、その佇まいでここが墓所であることは分かるし、このような場所に立つ時には、頭を下げて花を手向けるのだと当たり前のように思った。


ネアは預かってきた花束をディノがどこからか取り出してくれるのを待ち、ずしりと重い立派な花束を受け取ると、そっと墓石の前に置いた。

ひんやりとした木陰には涼やかな秋の風が吹き、丘の向こうには、金色の麦畑と深い森が広がっている。



(……………ここで眠る人達や、ここに眠る多くのものが、どうかこれからも安らかでありますように)



そう祈れば、心の中をざざんと秋の風が吹き抜ける。

それは悲しいけれどからりとしていて、からからと音を立てて風に転がる落ち葉のよう。


ディノはネアのように何かを祈る様子はなかったが、それでも、この墓地よりも長く世界に在る者として何かを思ったのだろうか。


最後にウィリアムが花を手向けたのだが、ここで取り出されたのは漆黒の薔薇で、ネアは初めて見るような如何にも終焉の系譜らしい装いの薔薇を思わずじっと見てしまう。

こちらを見て小さく微笑んだウィリアムが、黒というのも秋の彩りを示す色だからだと教えてくれた。



(そう言われてみれば、夜空の色をいっそうに黒く感じるのは秋の夜なのだ……………)



それは、どこか豊穣の夜を思わせる豊かな黒色だ。

であれば、この秋の丘に埋葬されたものたちに手向ける花としても、相応しいものなのだろう。

全員が花を手向け終えると、誰からともなくゆっくりと丘を下り、大きな木の下の墓所をもう一度見上げる。


湿度のないからりとした秋の風には、微かに香ばしいような麦穂の香りがして、なぜだかネアは、遠い幼い頃を思うような胸の痛みを覚えた。


死した誰かを思うやるせなさではない。

二度と戻らない幼い日を懐かしむ切なさに近いのかもしれないが、胸に手を当てようとすると、それはまた、秋の風に解けてどこかに消えていってしまった。




どうか私を忘れないでと、そんな思いがそっと触れ、また遠い過去に離れてゆくように。



だからネアは、沢山のことを考え、そしてこんな場所を訪れる切っ掛けをくれたエーダリアに感謝した。

どれだけ手を伸ばしても無残に潰えた願いや希望、そして、もう二度と会えない誰かの温かな手の温度を思い出し、そっと目を閉じる。





「エーダリア様はやはり、統一戦争の事を思われるのでしょうね。ずっと前から、どこかで一度、リーエンベルクの庭園の花を手向けたかったのだと、そう仰っていました」

「では、こうして君に託せて安心しただろう」

「……………ええ。ふふ、ディノは優しい魔物ですね」

「ネア…………?」



出会った頃の魔物であれば、きっと、こんな風に言ってはくれなかっただろう。

そんな事を思い、ネアは、水紺色の瞳を瞠ったディノに微笑みかける。

なぜだか分からないが突然褒めて貰えた魔物は目元を染めて恥じらっており、グレアムが、どこからかハンカチを取り出して目元に当てている。



また、ざざんと風が吹き抜け、そうするとネア達はもう、森の中にある遊歩道に立っていた。 


目を瞬きぐるりと周囲を見回しても、あの秋の丘も本の形をした墓石も、どこにも見当たらない。



「……………消えてしまいました」

「私達の用事が済んだので、道を閉ざしたのだろう」

「不思議で、どこか切なくて、そしてとても穏やかなところでしたね」

「うん。秋の墓所が姿を現すのであれば、土地の魔術基盤としては正常だと思っていいだろう。他の季節の墓所のような不穏な予兆には繋がらないものだから、これ以上の変化や影響はないと思うよ」



こうして、名もなき墓所が姿を現すのは、秋だけではない。

春に現れる場合は凶兆となり、災厄や疫病などへの用心を促す。

夏はあわいの浸食を警戒せねばならず、見かけても決して近寄ってはならないそうだ。

冬は、深い悲しみや大きな喪失があった年に現れるとされており、統一戦争後のウィームでも多くの目撃談が記録されているらしい。



「今日のお仕事はこれで終わりですが、ウィリアムさんは、すぐにお仕事に戻ってしまいます?」

「いや少し時間はあるが、どうした?」

「いえ、折角皆さんが集まったので、この森の近くにあるパウンドケーキの専門店で……」

「おい、昼食の前だろうが。やめておけ」

「ぐぬぅ……………」

「それなら、アルテアは帰ってもいいですよ。俺は、折角なら少し甘いものを食べたいかな。グレアム、君はどうする?」

「シルハーン、俺も構いませんか?」

「うん。君も来るかい?」

「ええ。ではご一緒させていただきましょう」

「……………ったく。やれやれだな」

「あれ、アルテアは、帰るんじゃなかったんですか?」

「お前たちだけにしてみろ、こいつがどれだけ食べるかを想像するだけで頭痛がする」

「わたしは、皆さんのパウンドケーキを奪うような真似はしないのです……………」



ネアはそう言ったものの、お店には甘いお菓子パウンドケーキと、ベーコンやチーズの入ったおかずパウンドケーキがあることを知ってしまい、ディノやウィリアムの注文の物をちょっぴり味見させて貰う事になった。


想定外の事態であるので、使い魔には、ほら見ろという顔をするのはやめて欲しいと思う。




なお、エーダリアは、墓所に無事に花を手向けられたという報告を受けてほっとしたようだ。


穏やかな弔いを示す秋の墓所が現れた時にこそ、リーエンベルクの庭園の花を手向けられた事に意味があるのだと嬉しそうに微笑んでいた。

その報告は、隔離地の森にいるディートリンデにもなされ、雪のシーである美しい妖精も喜んだのだそうだ。


街の騎士達の報告では、森の上空に白い雪竜の飛影があったそうなので、冬が近づき、既に外に出られるようになっているジゼルもその墓所を訪れたのかもしれない。


後日、グレアムからベージも墓地に花を手向けたのだと聞けば、多くの者達がその穏やかな眠りに救われ、あの美しい秋の丘で遠い過去に思いを馳せたのだろう。















明日10/29の更新も短めのお話、もしくはTwitterでのSSとなる可能性があります。

当日のお知らせをご参照下さい。

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