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子供見舞いと二度寝の朝



ふわふわとしたものが首元にかかっていて、ネアは、うっとりと目を閉じた。

もぞりと動いたりもするが、たいへん素敵なふわふわ具合である。

だが、ちびこい舌で口元を舐められると、まだゆっくり眠っていたい人間はむがっとなった。

温かなふわふわは素晴らしいのだが、睡眠に障るような動きを警戒する、何とも自分勝手な生き物なのだ。



するとここで、ふーっと威嚇の鳴き声が聞こえてきて、続けざまにムギーっと声が上がった。


どたどたばたんと何かが寝台の下に落ちてゆき、ネアは小さな毛皮生物を案じる心と二度寝は何と素晴らしいのだろうという心の鬩ぎ合いを経て、頑張って目を開けてみる。



「むぐ……………」

「……………ネア、ノ…………狐と、アルテアが床に落ちたようだ。まだ眠っていてもいいよ」

「……………むぐ。私の大事なふわふわ達は、怪我などはしていませんか?」

「うん。………ただ、窓の向こうに何かいるみたいだね」

「なぬ」


そう聞けば寝ている訳には行かず、ネアはそっと目を開けてみた。


夜明け前の青白い光に染まった部屋の中は、顎先までかかった毛布の中の温度の心地良さと、首元を覆ってくれているちびふわのもふもふで、もう一度眠りの中に引き摺り込もうとしてくる。


だが、窓の外にいるものが素敵なもふもふだった場合、その生き物を見逃したことをずっと後悔するだろう。



「ウィリアムさんなちびふわは、少しだけこちらに移動していて下さいね。……………む……………ぎゃむ」



しかし、そこ迄の努力の末に体を起こして見た窓の方には、明らかに巨大な生き物がへばりついているではないか。

大きなもふもふがと言うよりは、なかなかにぞくりとする様相だ。


カーテンを閉めているので全体像は見えないが、巨大な生き物が窓にへばりつき、カーテンの僅かな隙間の部分に鼻面を押しつけているようだ。

カーテンの隙間から鼻先が覗いており、見える範囲の姿からすると、恐らくは獣型の生き物ではあるのだろう。



とは言え、大きな生き物に窓にへばりつかれ、尚且つ、カーテンの隙間からこちらを覗くような事をされればとても怖い。



「フキュフ!」


ここで、しゅたんと寝台の上に戻ってきた赤紫色の瞳のちびふわが、窓との間に入ってくれた。

慌てて寝台に這い上がってきた銀狐も、尻尾をけばけばにして足踏みしている。



「…………ディノ、不審者………不審獣さんです!」

「子供見舞いだね。グレアムの系譜の生き物だよ」

「………なぬ。グレアムさんの。そして、………ここにお子さんはいませんが、ちびふわが小さくて可愛いので、来てしまったのですか?」

「……………アルテアとウィリアムが」

「フキュフー?!」

「フキュ…………」



ここでネアはなぜか、ディノにぎゅっと抱き締められた。


肩の上に設置していたウィリアムなちびふわがけばけばになっているが、ディノはなぜか、何も言わずに暫くネアを抱きしめていてくれる。



「…………ディノ?」



気付けば窓の向こうの影はいなくなっていて、いつもと同じような淡い夜明けの光が窓の向こうから差し込んでいた。

アルテアなちびふわは威嚇をやめていて、銀狐はこちらを見上げて尻尾をふりふりしている。



「…………あの獣はね、前にもこの部屋を訪ねた事があるんだ。色が変わっているので気付くのが遅れてしまった」

「まぁ、以前にも?」



体を少しだけ離し、こちらを見たディノの眼差しは静かで、どこか気遣わしげであった。

おやっと思い目を瞠ったネアに、淡い微笑みを浮かべ、ディノはそっと頬を撫でてくれる。



「あの獣は、家族や血族を喪った子供達が同じような場面に遭遇したとき、その翌朝に子供を訪ねるらしい。その日の夜に眠れたかどうか、一晩明けても子供が一人でいないかどうかを確かめ、子供が一人きりで眠れずにいると、家の玄関に焼き菓子を置いてゆくのだそうだ」

「……………もしかして、あの獣さんは、私の様子を見に来てくれたのです?」

「恐らくそうだろう。…………君を、………その、可動域の上で子供だと判断する生き物達もいるからね」



ディノは最初に子供見舞いを見かけた日に、リーエンベルクに入れる生き物なのだろうかとエーダリアに尋ね、その名前を知ったのだという。

グレアムの系譜の生き物である事は、現れた際に気付いたようだ。


ゆっくりと頷き、ネアは、もう誰もいなくなった窓の方を見た。



「…………市場での事が、君の記憶に触れたのだね?」

「…………ええ。多分、………少しだけ。運ばれてゆく人達や、その周りで泣いている人達や、………あのように大勢の方達がわあっとなる姿に、幼い頃に巻き込まれた劇場での事件を思い出したのです。…………でも、ほんの少しだけだったのですよ?それを悲しむ程の思いではありませんでした。………それなのに、あの獣さんは私を訪ねてくれたのですね」

「…………あんな獣なんて」

「まぁ、荒ぶってしまうのです?私がもう悲しくないのは、この素敵な伴侶や、こうして側にいてくれる素敵なもふもふがいるからなのですよ?」

「ご主人様!」

「フキュフ………」

「フキュ………」



そう言えば伴侶の魔物は嬉しそうにこくりと頷き、これだけ一緒にいても時折不器用になってしまう手つきで、そっと頭を撫でてくれた。



「………うん。ずっと、………ずっと側にいるよ」

「はい。なのでもう、あの獣さんの焼き菓子は、まだそのような素敵な家族を得られていないお子さんのところに届けて貰いましょうね」



そう言いながらネアは、少しだけ、つきんと痛んだ目の奥の熱を飲み込む。



前の世界で広い屋敷に一人きりになったネアハーレイのところにも、あの焼き菓子が届いたら良かったのに。


そうしたら、堪えていた涙が溢れてしまったかもしれないが、またあの優しい獣に会えるだろうかと楽しみに生きてゆけたかもしれない。

残された自分を案じてくれた優しい獣の事を思えば、窓の向こうを見るのは楽しみになったのではないだろうか。



誰かがそこにいるかもしれないという期待を持てるかどうかは、多分、とても大きい。




(この世界には、そんな子供がきっといるのだろう………)




だから、もう一度最愛の寝台に横になり、素敵な肌触りの毛布を引き上げつつ、どちらが首元を担当するのかで戦いを繰り広げていたちびふわ達を掴むと、どちらも首元に設置し、隣に横になった伴侶の体に寄り添い、そんな子供達のことを考える。


銀狐は、くるくると足踏みして自分なりにいいところを見付けると、ぽふんと丸くなって眠りについた。




(…………でも、あの獣さんの持っている焼き菓子は、誰が焼いているのかしら…………)




ちょっぴりそんな事を考えたが、深く考えるのはやめよう。

ただ、あんな優しい獣がいるこの世界は何て素敵なのだろうと思えば、優しい気持ちで二度寝に入れそうだ。



誰もいない屋敷の中で呆然と蹲っていたいつかのネアハーレイを訪ねてくれる子供見舞いはいなかったが、その先の長い長い道の先にはこんなご褒美があった。

長い間の一人きりの夜と朝を我慢しただけ、大きな贈り物が待っていたのかもしれない。











本日の通常更新はお休みになります。

こちらより、SSの更新とさせていただきました。

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