南瓜とごろごろぱちぱち
ネア達はその日、ツダリに来ていた。
ツダリは、ザルツ近郊の農業都市である。
そこで行われるのが、毎年恒例の南瓜を拳で叩き割る南瓜祭りであるのだが、今年のネア達に委ねられた任務は少々謎めいていた。
転移を踏んでふわりといつもの南瓜畑の横に下り立ち、ネアは伴侶の魔物に本日の仕事内容を伝える。
「ごろごろぱちぱちというのが、標的の仮の名です」
「ごろごろぱちぱち…………」
「転がりつつ燃えているのかなという擬音ですが、それ以外の情報についてはあまりないようで、エーダリア様も困惑されていました」
「ごろごろぱちぱち……………」
その怪異は、秋の品種の収穫が最盛期を迎えた半月程前から現れたのだそうだ。
収穫時から収穫を終えた今でも、この南瓜畑に謎めいた怪音の生き物が現れるらしく、畑の持ち主だけではなく、畑や森の周辺を歩いていた街の住人達にも何度か目撃されている。
あまり良いものではなさそうだという事で、これ迄は騎士達が何とか追い払ってきたが、祝祭の今日はどうしても守りが手薄になる。
なので、お祭りの間の見回りを兼ねつつ、その正体の解明や対処をというのが本日の仕事であった。
このような任務になってくると、調査などの側面が強く本来はリーエンベルクの騎士達が引き受ける仕事なのだが、今回は行き慣れたツダリという事もあり、ネア達が引き取る事になった。
断じて叩き割った南瓜の料理を出す屋台狙いではないので、そのあたりは徹底していただきたい。
そして、ごろごろぱちぱちの言葉の響きに混迷を深めてしまったディノは、どこかしょんぼりしながら三つ編みを差し出してくる。
ちょっぴり怯えている魔物の為に、ネアはその三つ編みをぎゅっと握ってやった。
雲間から青空が見える、秋の日である。
少しだけ昨日より冷たい風は、夜半過ぎから冷たい雨になると言われているからだろう。
秋に入ると、ウィームは一気に冬への駆け足を始め、周囲の景色は目まぐるしく変わってゆくのだ。
懐かしの南瓜畑には、今年も畑の周囲や森からやって来る生き物達の為に、南瓜が残してあった。
小さな子犬のような森返しの妖精や、もこもこの毛玉のような畝の精霊などが、お裾分けの南瓜を真剣に削り出している。
ちょろろと走ってゆく姿が辛うじて見えるのは、畑鼠だ。
小さな生き物でよく畑に住んでいるらしいが、ネアの近くにいる魔物達は小さな生き物達の生態はあまり知らないので、結果として、今も謎の小動物のままである。
魔物がつきやすい南瓜だが、既に殆どの物が収穫されているので、ネアの苦手な南瓜の魔物の姿は今年もないようだ。
残っていたものも、ディノが遠ざけてくれたらしい。
街の方から、わあっと歓声が聞こえてくるので、お祭りに参加している力自慢の男達は、大きな南瓜を拳で叩き割っているのだろう。
「…………最近になって色々な事を学び、ふと思ったのですが、………ツダリのお祭りのように、えいやっと拳で悪いものを払えるのは、とても凄い事なのでしょうか?」
「ウィームの人間くらいでしか、聞いた事はないね。祭りで使う南瓜に良くないものを呼び込み、砕いてしまう行為そのものが、この土地の人々の固有魔術らしいのだけれど、…………どうしてそれで壊せるのかは、良く分からないんだ」
「まぁ。ディノにもよく分からないままに、拳で南瓜を粉砕する人々が暮らしているのだと思うと、何だか同じウィームの民として誇らしいですね」
「…………うん」
とは言え、実際に障りや災いなどを呼び込み叩き割る南瓜は数個程度で、残りの南瓜は、お祭りの料理にする為に力自慢の舞台で叩き割るのだそうだ。
また、何も悪いものは入っていなくても、勇ましく南瓜を叩き割る姿を見せる事で、街に忍び込んでいた人外者達を震え上がらせる役割も果たす。
南瓜畑の向こうには緩やかな土地の傾斜があり、次の畑の畝が盛り上がって見えた。
隣の畑との間にあるのはローズマリーの茂みだろうか。
右手には深い森があり、以前はそちらから厄介な案山子の成れの果てや、赤い小人がやって来たりもしたのだ。
(こうしてあらためて見てみると、広い畑なのだ…………)
ウィームの中では、南瓜の一大生産地の一つである。
だからこそ南瓜の祝祭があり、手間をかけて育てられる美味しい収穫を目当てに、様々な生き物たちがこの土地に集まるのだろう。
なだらかな畑の連なる奥には絵本に出てくるような丘があり、一本の林檎の木が生えている。
小さな白い漆喰の家は赤い木の扉が可愛らしく、どんな人が暮らしているのだろうという想像が掻き立てられた。
(わ、………この部分は、土がふかふかさくさくだわ………)
さくさくと踏む土は、畑の外周独特のものだ。
元々の土壌と畑の為に混ぜ込まれた肥料などが混ざり合い、どこか硬めの雪を踏むような不思議なさっくり感がある。
もう少し畑から離れるとしっかり踏み固められた土になるが、ネア達が警戒するのは畑の中に現れる謎めいた生き物なのだ。
ふおんと、丘の方から吹いてきた風に、スカートの裾が揺れる。
今日は畑の中も歩くのでと、いつもよりは少しだけスカートの裾を上げ、土が付いてしまわないようにしていた。
その所為か、風に揺れるスカートはいつもより軽やかに感じ、これ以上ばさばさと広がらないよう手のひらでそっと押さえてみる。
「今のところ、ごろごろはしていませんね……………」
「うん。ぱちぱち、もしていないようだね……………」
問題の生き物はまだ現れていないようなので、二人で少しだけ畑を見回ってみることにする。
ツダリは畑に集まる人外者の対応などの為、配属されている騎士たちの水準が高い。
特別に遠方から配属された優秀な騎士たちという事ではなく、ツダリ出身の騎士は、リーエンベルクでの勤務も可能なくらいの者もいるだそうだ。
「ツダリの騎士さんが手を焼くようなものですので、出来れば、今日の内に任務を終えてしまいたいですね」
「音を立てるということは、何らかの意思表示をしてはいるのだろう。そこに在るだけでこちらに関わる意思のないものは、静かにしているからね」
そう教えてくれたのはディノだ。
言われてみればその通りなのだが、そもそもが野生の生き物である。
音や声を発するのは、何か意図あってのことなのだろう。
(今年のお祭りでは、怖いものが現れないといいのだけれど……………)
ツダリの南瓜祭りも含め、過去にこのような祭りでは何度か、ぞくりとするような生き物にも遭遇している。
だがそれは、祭りというものの特性上決して稀有なことではなく、儀式が行われて土地の魔術が動けば、深い森の奥から得体のしれないものが顔を出すことは少なくない。
ましてや、悪しきものを封じて滅ぼすという意味を持つ、ツダリのお祭りであれば尚更だ。
「……………む」
そしてここで、最初の動きがあった。
ざあっと黒いけぶるようなものが視界を横切り、ネアは目を瞬く。
一瞬、目が疲れているのかなと思ってしまうような変化だが、ディノがさっとネアを持ち上げたところを見ると、少し離れた畑の隅で異変が起きているようだ。
「迷い風だね。……………つむじ風の一種だが、森や川などで行方不明になった者達の感情の残滓が入り込んでいることが多い。あまり触れない方がいいだろう」
「そのようなものは、畑にやってくることも多いのでしょうか?…………例えば、このような場所に現れるのが珍しいものであれば、街の人たちに警戒を促したほうがいいかもしれません」
「畑や庭園などでは、時折現れるものだから、その心配はいらないだろう。大勢の人間の気配や、人間が整えた土地を探して彷徨うらしいからね」
「そうして行方不明になった方々は、…………助けて差し上げることは出来ないものなのですか?」
迷い風は、そのままくるくると渦を巻き、黒い靄のように遠ざかってゆく。
見ず知らずの誰かの為に冒険に出かけるつもりはなかったが、気になってそう尋ねてみると、ディノは淡く微笑んで首を横に振った。
こんな表情をするとき、ディノは、いつだって魔物の王様に見える。
そしてネアは、どきりとするような美しく静謐な魔物の美貌が大好きなのだった。
「本人からは切り離された、残響に近しいものだ。姿を消してしまった者を救えるかどうかは、それぞれの要因を突き止めてみなければ分からないだろう。だが、ああして迷い風になる囁きは、多くの場合があわいから発せられると言われているね」
「つまり、あの風の中に探している方の気配を感じたなら、その方はあわいにいる可能性が高いのですね」
「そちらを優先して探してみるのもいいかもしれないね。………おや、畑の賢者の引っ越しだ」
「なぬ…………」
ディノの声にその視線を辿り目を凝らすと、畑の一角に奇妙な生き物が整列していた。
殻のない橡の実のような生き物が、緑のものから茶色いものまで、五個並んで整列している。
並び順で綺麗なグラデーションになった色合いがお洒落にさえ見えてしまい、ネアは、おおっと目を丸くした。
「………ご家族でしょうか?」
「同じ姿をしているから、弟子ではないかな。高名な畑の賢者は、何人もの弟子を持つそうだよ」
「たいへん謎に包まれた生態ですが、となると緑色の賢者さんが一番若いお弟子さんなのかもしれませんね」
「この土地は、賢者たちに大事にされているようだね。…………ほら、ああして隣の畑に移り住むのは、祝福や魔術の偏りを気にしてのことなのだそうだ。手間がかかるので、そこまで土地に手をかけない事も多い」
あまりにも階位の離れた小さな生き物のことはよく分からない魔物が、小さな木の実の生態について話してくれるのは、不思議な事のように思えた。
だが、実際には畑の賢者は階位の高い生き物で、相対する時には礼節を以って応じなければならないような存在だ。
そんな畑の賢者に絡まれ、踏み滅ぼしてしまったことのある人間は、とは言え、儚い生き物であることも知っている。
ある意味、畑の賢者を踏み滅したネアの靴裏は、世界の無情さをも知っていると言えるのかもしれなかった。
ごろごろどすん!
畑の見回りが暫く続いた後、突然、どこからかそんな音が聞こえてきた。
これはまさかと思い音がした方を振り返ると、なにやら茶色い塊が森から転がり出て来るではないか。
大きさ的にはネアがようやく一抱えに出来るくらいで、畑の入り口の盛り土に激突して止まったものの、すぐにその障壁をしゃっと回避する。
ごろごろと転がりながらの移動の割に俊敏な動きにどきりとしていると、まんまと畑の中に転がり進んだその物体は、ぱちぱちしゅーしゅーと音を立て始めた。
「……………あやつです」
「うん。…………木の実なのかな」
「表面につやつやしている部分が見えるので、恐らくは…………」
では、ぱちぱちという音は何なのだろう。
とは言えこちらの世界ではタオルハンカチも荒ぶるので、あまり深く考えてもいけないのかもしれないが、生き物から聞こえるには妙な音なので、ついつい何の音だろうかと考えてしまう。
逃さないよう、じわじわと距離を詰めると、こちらの接近に気付いた謎木の実は、よりいっそうにぱちぱちという音を強めた。
「栗の実でしょうか…………?」
「栗に似ているけれど、…………魔術の系譜が違うのではないかな」
「なぬ。栗もどきなのです?」
そして、その瞬間は訪れた。
ネアがそう言った途端に、謎木の実は、ひと際大きなぱちんという音を立て、大きく飛び跳ねたのだ。
それはもう、ネアの身長などより遥かに高い跳躍で、ずばんと激しい音を立ててまた畑に落ちてくる。
近くにある南瓜を食べていた毛玉集団は、びゃっと震え上がり、大事なお裾分け南瓜をずりずりと畑の奥に押しやって食事を邪魔されないようにしていた。
畑の収穫が終わっていなければ、今の一撃で沢山の南瓜が損なわれただろう。
「ふぁ、……………跳ねました」
「怒っているのかな…………」
「もしや、栗と間違われたのが気に食わないのでしょうか。………ふむ。では、こうお伝えしますね。あなたは、少しも栗ではありません」
しかし、まずは荒ぶる原因をどうにかしてみようと、勇ましい乙女がそう伝えてみたところ、謎木の実は、先ほどよりも高く跳ね上がる。
どう見ても怒り狂っているという具合の跳ねぶりなので、ネアは、慌てて前に出てくれたディノの背中に隠れ、二択の質問を誤って解いてしまったらしいと項垂れた。
このくらいであれば交戦に出てもいいのだが、大きな木の実となると随分と堅そうだ。
うっかり頭を粉々にされても困るので、ここは慎重に対応してゆこう。
「…………で、では、あなたはとても栗です!」
慌ててそう言い直すと、謎木の実は、途端に溜飲を下げたようだ。
だが、ここでネアは気付いてしまった。
この生き物は、如何にも毬栗ですと言わんばかりに何かをお尻につけているが、その部分を見ると明らかに栗ではない。
「…………栗ではないと思うよ。属性が違うし、魔術の形や資質も違うからね」
ディノもそう悲しそうに言うので、明らかなる栗詐称だ。
一体何がしたいのだろうかと凝視していると、ディノに栗ではないと言われてしまった謎木の実は、怒りのあまりにわなわなと震えているようだ。
だが、どれだけ怒り狂ったとしても、本物でないのなら諦め給えと言うしかない。
擬態をしているのなら兎も角、こちらの世界ではあっさり見抜かれてしまうような嘘は、吐いても仕方ないではないか。
「……或いは、本物の栗さんが、何か悪いものに変えられてしまったのでしょうか?」
「………怒っているね」
「むぅ。違うのですね。…………となるとつまり、この栗ではない何かは、自分は生まれながらに栗だと主張したいのです?」
「…………そのようだよ。ほら、君がそう言った途端に、威嚇しなくなったようだ」
「何という我儘な生き物なのだ」
相変わらず、控えめではあるが、ぱちぱちという音を立てている。
ディノによると、これは謎木の実生物の威嚇音のようなものらしい。
既存の植物の系譜のものではなく、何某かの木の実が悪変しているのは間違いないようで、複雑な属性には毒の要素も過分にあり、街の騎士たちでは扱いが難しいのも頷けるようだ。
「…………あの、外皮の部分を、どこかで見たことがあるような気がするのです」
「知っている木の実なのかい?」
「そもそも、あの部分を見ると、どうしても栗ではないなという感じがしてしまいますよね。…………むぅ。またしても、ぱちぱち威嚇し始めましたよ」
「どうしてあの威嚇音なのだろうね…………」
「本物の栗とて、ぱちぱちは言いませんよね。……………は!」
ここで、賢い人間は気付いてしまった。
この季節になると、ウィームではあちこちに焼き栗の屋台が出る。
紙袋にざらざらと入れて量り売りするネアも大好きな季節の味覚なのだが、そんな屋台の焼き栗達は、ぱちぱちと音を立てているではないか。
あまりにも状態が違うので思いつかなかったが、この木の実の目指すところは、焼き栗なのかもしれない。
「もしかして、……………焼き栗風なのです?」
おそるおそるそう尋ねたネアに、謎木の実は、そうだと言わんばかりに小さくびゃんびゃんと跳ねた。
やっと表現の方向性は掴めたが、引き続き、なぜ焼き栗の真似をしているのかという疑問が残る。
焼き栗は皆が美味しくいただく秋のおやつだが、木の実側の立場からの憧れという訳でもないように思えるが、違うのだろうか。
焼かれて荒ぶるならまだしも、焼かれたくて荒ぶるのはおかしな話である。
「………ディノ、こやつが悪変しかけたものであるのなら、現れるのはこの一個体だけなのでしょうか?」
「うん。多く現れるというものではなさそうだね。沢山いたら、土地の魔術にも悪影響が出ている筈だ」
「ふむ。ということは、こやつを滅ぼせば終わりなのですね?」
「ご主人様……………」
いつの間にか、街の方からの荒々しい祭りの掛け声が聞こえなくなっている。
となると、そろそろ美味しい南瓜料理などが振舞われる時刻なので、南瓜グラタンを欲している人間は、一刻も早く仕事を終わらせたいのであった。
「このおかしなものをぱりんとしても、土地に影響が出ないのであれば、そろそろ滅しますね!」
「君は下がっておいで。私が壊してあげるよ。……元はこの土地のものなのだろう。悪変しているままでいると、母体にも影響が出るかもしれない」
「むむ、それは即ち、木の方にということなのですね………」
「うん」
ネアは、木の実単体で荒ぶる場合は、その実りを助けた木とは切り離して考えるのだと知り途方に暮れたが、よく考えれば、木の実とは即ち種子である。
地面に落下した段階でもう、木の方とは別個体という認識になるのは当然であった。
幸いにも、悪変した植物の系譜とは言え、悪変する方向が食べ物に向かってくれていたので、周囲への影響は少なくて済んだのだそうだ。
ディノがすいっと手を振ると、ぶるぶる震えてぱりんと割れてしまい、そのままさらさらと灰になる。
あまりにも簡単な幕引きに、この騒動を遠くから見守っていた畑の生き物達は、悪変した侵入者が滅びたことに安堵したのか、あちこちでぽこぽこ跳ねて歓声を上げていた。
「………これで大丈夫だよ。何かは分からなかったけれど、君があの生き物の主張を紐解いたからね。その情報を持ち帰れば充分だろう。悪変しかけたものを、畑の土壌に長く触れさせない方がいい。壊してしまって良かったと思うよ」
「はい。………何の木の実が焼き栗の真似をしていたのかは謎ですが、あの状態が本来の姿のままであれば、外皮の部分の形状などを伝えると、本当の名前を探って貰えるかもしれませんね」
「魔術回路の繋がりなどはなかったから、母体への影響も今のところは出ていなさそうだね。…………さて、これでおしまいかな?」
「はい!ディノ、悪いものを滅ぼしてくれて、有難うございました。あの謎木の実にも主張や理由があるのでしょうが、人間は人間なりの身勝手さで、大事な畑を荒らすものは決して許さないのです。今日はディノが頑張ってくれましたので、お祭りの南瓜のグラタンを買って差し上げますね」
「ご主人様!」
実は、南瓜よりはジャガイモの方が好きだが、ご主人様に買って貰える食べ物は何でも嬉しいディノは、目元を染めてもじもじと頷いた。
元より、食事のふるまいには愛情表現という意味合いもあるので、ちょっぴり恥じらってしまうらしい。
ネアは、まずはリーエンベルクに、次に街の騎士の詰め所にも任務完了の報告をしにゆき、お祭りの警備でこちらに騎士たちを配置出来なかったので助かったとお礼を言われる。
ディノの話にも、このようなお祭りでは悪いものが現れ易いとあったが、ツダリの住民達の方でも、きっとお祭りの気配に惹かれて姿を現すだろうと予測していたらしい。
悪変した木の実を無事に退治したことで、ネア達はお祭りの料理を分けて貰える事になった。
屋台のグラタン目当てにお財布を取り出しかけていたが、祝祭のご馳走は、分けて貰える方が祝福が宿る。
貰える場合は、有り難くいただくのがお作法なのだ。
新鮮なチーズたっぷりの美味しい粉砕南瓜のグラタンを紙皿でいただきながら、ネアが、かっと目を見開いたのはそれから暫くしてからであった。
「……………思い出しました」
「ネア?」
「あの謎木の実です。………あやつは、マロニエの実に違いありません!!」
「おや、マロニエだったのかい?」
「ええ。確かこの街の森側の入り口には、マロニエの並木道がありましたものね」
「では、そちらから現れたのだろう」
「……………マロニエの実は、栗そっくりなのに、美味しくいただけないのですよ」
「そうなのかい?」
不思議そうに首を傾げたディノに、ネアは、遠く儚い目をして頷いた。
マロニエの実は、一見美味しそうに見えるが、苦みが強く、毒もある。
全く食べられないという訳ではないが、しっかり手をかけなければならず、栗のような美味しくお手軽な秋の味覚ではない事は確かだ。
それなのに栗によく似ていて、以前の世界に住んでいた時のネアのように、お腹を空かせた人間をとてもがっかりさせる。
「成る程、それが理由なのだろうな。栗は人間達を喜ばせ大事にされるのに対し、マロニエの実は見向きもされない。この季節になってから出てきた焼き栗の屋台などを見ていて、独特な威嚇音を立てれば、人間達に大事にされると思ったのだろう」
リーエンベルクに帰り全ての報告を済ませると、エーダリアが感慨深げにそう呟く。
望まれるような存在になりたくて頑張ったというのであればいささか不憫だが、とは言え悪変したものをそのままにはしておけない。
最終的には討伐するしかなかったので、早めに手を打てたのは幸いだったそうだ。
あのまま階位を上げてもいけないし、焼き栗ではなく、マロニエの実として荒ぶり始めた場合は、植物の系譜独自の厄介さが強まってしまう。
畑などが多い土地で、収穫や結実の魔術を持つ物が悪変するのは、たいへん宜しくない事なのだ。
「…………そんなお話を聞いた後で、お土産の栗のパウンドケーキを食べるのは、残酷過ぎるのでしょうか?」
「………そうなるのかな」
「糖蜜がけの限定のパウンドケーキで、どこか素朴な味わいが美味しいのですよ。ここに、お昼も南瓜グラタンで甘めの味が続きますので、賢い私は秋限定のサラミなどを薄く切り添え、完璧なお茶のお供に仕上げました」
「あ、お帰りネア。……わーお、栗の焼き菓子かい?」
「ノア!無事にツダリのお仕事が終わったので、帰りに運河沿いのお店の限定パウンドケーキを買ってきたのですよ。サラミもあるので、安心して甘いパウンドケーキを食べられるのです!」
「よいしょ。じゃあ、僕も一緒に休憩しようかな。エーダリアもいるなら、ヒルドにも声をかけなきゃね」
「ヒルドであれば、ダリルからの申請書類を取りに行っているだけなので、すぐに戻るだろう」
「じゃあ、紅茶は五人分だ」
先日起きた事件とは関係のない土地の茶葉を使った美味しい紅茶を淹れて、買ってきたばかりの栗のパウンドケーキを切り分けた物を配る。
このパウンドケーキは、ご自宅のオーブンなどで表面がさくさくかりりとする絶妙なところまで温めると、しっとりした美味しさとは違う食感での楽しみ方も出来るそうだ。
それを聞いたネアは勿論、同じパウンドケーキをもう一本買ってある。
ほんわりした湯気に美味しい香りが漂えば、それぞれが一仕事終えての、秋のおやつの時間だ。
ネアは、そういえばこの季節は焼き栗の皮を欲しがるおかしな生き物もいたなと思いつつ、あむりと、ごろごろ栗たっぷりの美味しいパウンドケーキを頬ばったのであった。




