夜明けとスカビオサ
夜明けの青白い光で、目を覚ました。
薄い毛布の縁を掴んで引き上げたところで、ぎくりとして息を詰める。
腕の中に収まっていた華奢な体がごろんと横向きになり、青みがかった灰色の艶やかな髪に夜明けの光が鈍く広がっていた。
「……………そうか。そうだったな」
止めていた息を吐き出し、ふうっと肩の力を抜けば、隣で眠っていたネアの幸せそうな寝顔に唇の端を持ち上げる。
手を伸ばして反対側に転がってしまった彼女をもう一度こちらに抱き寄せると、その温もりに心を緩めた。
溶け込み滲むような肌の温度は、指先や、巻き込んだ腕の中から心の内側を解いてゆくよう。
心地よいと感じること、愛おしいと感じることで、こんなにも柔らかな気持ちになるものか。
今更ながらにそう思い、腕の中で僅かな寝息を立てている額に口付けを落とす。
「…………おい」
「……………ん、ああ、アルテアも起きていたんですか」
「隣で妙な真似をするなよ」
「気になるようであれば、隣の客間に移動されては?」
「お前の箍が外れないように忠告してやっているんだ。感謝しろよ」
「俺の上限はこの程度ですよ。…………失う訳にはいきませんからね」
「そう思っているなら、もう少し分かりやすい言動をしろ」
「はは、口煩いな」
「……………ウィリアム」
ここは主寝室で、仕事から戻ってきた後にそのまま眠ってしまっても支障がないように寝台はかなり広い。
敢えて有翼種族用の寝台を注文したので、奥に寝ているアルテアとの距離はある程度保たれている。
それでも、アルテアと同じ寝台で眠る羽目になるとは思わなかった。
「………足弾みの音楽の影響は、抜けたみたいだな」
「シルハーンはどうですか?」
「眠っているみたいだな。………おい、なんで籠がこちら側なんだよ。シルハーンはお前の方でいいだろうが」
「はは、いつの間にこの並びになったんでしょうね。…………おっと、ネア?」
「………むぐぎゅ。…………むふぅ、……ウィリアムさんです」
「爪先は何ともないな?」
「む…………。すっかり眠たい感じにくてんとなっているので、踊り続けたりはしなさそうですね。ディノは、……」
「ムグリスのまま、籠の中で眠っている。安心していいからな」
「………良かったです。ディノもディアニムスの祝祭をとても気に入っていたので、うっかり危険なジュースを飲んだせいでそれが台無しにならなくてほっとしました………」
「アルテアの魔術剥離で、問題なかったみたいだな」
「当たり前だ。問題がないなら、お前は客間に戻れ」
「むぐ……………起き上がって移動すると、このとろとろんとした夜明けの心地よさがリセットされてしまうので、このまま二度寝に入りますね。………むぐ、ウィリアムさんの体温が丁度いいのですよ。………すりすりして寝ますね。……………ぐぅ」
「おい……………」
「はは、まだ眠たいものな」
昨晩、ネアとシルハーンは街角の屋台でジュースを買って飲んでいたのだが、詳しい商品説明を読まずに選んだ事で、夜あわいの梨のジュースから、踊り歩きの祝福を得てしまった。
あの祝福は、音楽に合わせて踊り歩きたい者達の為の補強魔術なので、慣れていない二人は、無意識に踊り歩いてどこかへ行ってしまう危険があったのだ。
すぐにアルテアが魔術剥離をしたし、屋敷に帰るまでの道中でも何の問題もなかったが、夜寝ている間にもしもがあると、異国の祝祭明けの夜で、おまけにその時期のディアニムスには植物の系譜の人外者も多い。
もし夜寝ている間に無意識に外に出てしまい、植物の系譜の者達に気に入られでもしたら困った事になる。
そう考えて、皆で並んで眠ることにしたのだった。
(あの砂漠のテントでも、並んで眠った…………)
そんな事を思い出し、寝乱れたネアの髪の毛を耳にかけてやる。
まるで家族のように。
或いは、特別な友人のように。
そこにアルテアまでいるのだから、この結ばれた輪の奇妙さと特別さは言葉にしようもない。
「キュ?」
「……………あれ、シルハーン、もうお目覚めですか?」
「キュ………キュキュ!」
アルテアが立ち上がったからかシルハーンも目を覚ましたが、ネアが寝ている事を確認すると、用意したタオルを敷き詰めた籠の中にぱたりと倒れてまた丸まってしまった。
夜明けの光は差し込んできているが、まだ起きるには早い時間なのだろう。
昨晩は遅くまで街に出ていたのだから、尚更だ。
一度リーエンベルクに戻り、朝食後の散歩でまたこちらに来ると話していたエーダリアやヒルド、ノアベルト達も、この国をとても気に入ったようだ。
そうして皆が心を温める土地が守られて、本当に良かったと思うし、年明けに終焉の予兆が現れてからの作業が無事に全て終わったことに想像以上に安堵した。
ウィームは勿論だが、ここもまだ、滅びには早過ぎる。
アルテアは客間に向かったようだが、ネアとシルハーンは同じ寝台の上で眠っている。
淡い夜明けの光と朝霧の色が重なる窓の向こうに、満開になった青いスカビオサの花壇が見え、唇の端を持ち上げた。
あの花は、この国で暮らしていた頃に花の妖精から与えられた祝福結晶をアルテアが勝手に置いていったものだが、今も美しく咲き続けている。
目が覚めたら、ネアとシルハーンにその頃の話をしようか。
朝食の仕度は、客間でなく厨房に向かった気配のあるアルテアに任せても良さそうだ。
本日の更新はお休みとなります。
ほんの少しだけですが、こちらのSSのお話をお楽しみ下さい。




