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161. 隠れ家で話し合います(本編)





エイコーンの王都にある屋敷の中で、魔物達が顔を合わせていた。


ネアはなぜか、上に羽織っていた擬態をぺりっと引き剥がした後は、不機嫌さを継続させているアルテアから魚介のリゾット的な素晴らしい昼食を振る舞われている。


魚介のお出汁がよく染みた美味しいリゾットをはふはふと食べながら、無事に文書館の退館手続きを終えてきたノアの作業を覗き込み、ネアはリゾットの上のムール貝的なものを最後に食べるかもう食べてしまうかを少しだけ悩んだ。



(ノアは、惑わせる術界というものを展開してそのままの姿で、私の代わりに退館手続きを済ませてくれたらしいけれど、………)



魔物達の擬態ともなれば、異性になることも可能だ。

ネアは最初、ノアが女性に擬態して退館手続きをするのかなと思っていたが、そのままで済ませられたと知ってほっとした。


なお、周囲の人間たちはネアが擬態していた女性だと思い込んでいるので、またあれこれと悪口を言われ、ノアはきちんと報復をしてきたのだとか。



「でも、僕がそうやって魔術で誤認させられたのは、ネアが最初に頑張ってくれたからなんだよね」

「むむ、そうなのですか?」

「ネアがあの場所にいた魔術的な証跡を乗っ取るようにして、僕が入り込んだんだ。最初から僕だけで済ませられれば良かったんだけどね………。さて、これで良しと」

「このブローチめは、役に立ちますか?」

「勿論だよ。僕の妹を傷付けようとした人間の持ち物なのが癪だけど、まぁ、もういないからいいかな」

「…………いなくなってしまったのです?」

「ありゃ、気になるかい?」

「いえ、私に任されても、多分崖から海に千切り捨てたのですが、その手間をかける事によって今回のお仕事に問題が出ていないといいなと思ったのです」

「………わーお。僕さ、ネアのそういうところ大好きなんだよね」

「ふふ、大事にしたくなったら、いつでも、燃えるケーキのお店のお誘いをお待ちしていますよ?」

「あ、いいね。また行こうよ」



持ち帰ったブローチは、無事にこの国の特殊な魔術の祝福を宿していたようだ。

今は、ブローチのままアルテアの用意していた薬液に浸されており、そこで容れ物の宝石を緩め、抽出された魔術をノアが紡ぎなおして形を整えるのだと言う。


散々ディノ達を心配させてしまったので、せめてこの一つは役に立って良かったと胸を撫で下ろしたネアは、すりりっと首筋を撫でてくれたディノの顔を見上げる。



「……………怖かったですね」

「…………うん。君が、とても驚いていて、自分が欠けていたらどうしようかと怯えているのが伝わってきたんだ。背中合わせで隣のあわいにいたのに、君を守ってあげられなかった。………でも君は、この仕事を自分の手で終えたかったのだろう?」

「はい。事前に皆さんが備えてくれたお陰で、怪我をしてしまうような事はないと思い出したのです。ディノも、私が損なわれないと分かっていたので、沢山我慢してくれたのですよね?」

「………そうだね。けれど、とても不愉快だったよ」

「であれば、あの通りすがりの嫌な方々に言われた悪口の分は成果を上げ、どうだ、私は凄いのだぞと誇らしげにしたかったのです。けれども、そのせいでディノに怖い思いをさせてしまいました」

「………痛くはなかったのだね?」

「不思議なものですよね。……その瞬間は、体があちこちにぶつかるので、痛いに違いないと思うのです。ですが、すぐに、おや痛くないぞと気付きました。ディノの祝福のお陰ですね」

「うん………」


正直に言えば、痛み以外の衝撃は沢山あった。

祝福を受けた鉄の武器を力一杯振り下ろされ、書架に叩きつけられ、床に崩れ落ちたのだから、当然だろう。


もしかしたら、執拗に追い回されて斬り付けられたら、もっと怖かったのかもしれないが、今回は幸いにもと言ってもいいかどうか、何よりもびっくりしてしまったというのが最大の感想である。



(そう言えば、このお屋敷はいつの間に手に入れたのだろう)



むぐむぐとリゾットを食べていたスプーンを置き、ふと、そんな事を考えて屋内を見回した。


エイコーンにあるこのお屋敷は、明らかに貴族の邸宅であるという壮麗さで、尚且つこの国特有の重たい色彩の石造りの建物ながらも、内装は柔らかな色彩に満ちていた。


内壁は石壁が剥き出しになっておらず、ウィステリア混じりの漆喰の壁はほうっと溜め息を吐きたい美しさである。

家具は淡い灰色で統一され、どこからどう見てもアルテアの趣味ではないか。



「ネア?疲れたかい?」


食べる手を止めたからだろう。

ディノが心配そうにこちらを見るのは、ブローチの魔術の抽出が終わるまではこの国を出られないからに違いない。


いくらネアの物になったとはいえ、そこに付随する魔術はこの国の貴族の物として編み上げられ、運用しているものなのだ。

であれば、どのような形であり、どうやって作用しているかの解析や取得も含め、やはりこの国で仕上げてしまうのが一番なのだった。



(だからこそ、この土地で拠点を手に入れたのだろうけれど………)



「いえ、このお家は、どうやって手に入れたのかなと思っていました。実は、文書館で見たこの国の建築技法や美術的な嗜好は、どこかのっぺりしていて、あまり好みではなかったんです。それなのに、このお屋敷の内装はとても素敵ですよね。この建物は、元々こちらにあったものではないのでしょうか?」

「この屋敷は、アルテアが土地の魔術の内側に造り付けたんだ。古くからあった屋敷の一つで、持ち主の意識や履歴を書き換えても構わない物を探し、人々の意識に歪みが生じないようにして保管してある。そこにあるけれど、誰にも認識出来ないという感じかな。それでいて、認識をする瞬間にはどんな違和感も覚えないというような条件付けにしておいたよ」

「むむ、………ディノがそうしたのです?」

「うん。認識の魔術については、私が調整している。この土地の魔術の育み方はとても独特で、私が関与してしまった方が安全だったんだ」



手に入れた屋敷の内装や改装を任されたのはアルテアだと聞けば、ネアはすぐに納得した。

魔物達もこの国独自の美的感覚はあまり好ましくなかったようで、今後も拠点として扱うのであればとしっかり落ち着く空間にしたのだとか。



「という事は、このお屋敷は今後も所有してゆくのですね」

「そうそう。僕も含め、今迄は誰もこの国の魔術に注目してこなかったんだよね。でも、今回の一件で紐解いてみると、実に興味深いんだ。呪いの対策に生かすのは勿論だけど、今後もこの国で新しい発見があるかもしれない。アルテアが本腰を入れて調査するみたいだから、今回は僕達も拠点作りに協力する出資者になったってところかな」

「むむぅ。聞けば聞くほどに特殊な土地のようですが、どうして今まで見逃されてきたのでしょう?」

「ああ、それはね…………」



ネアの質問に遠い目をしたノアは、エイコーンの魔術がこれ迄見逃されてきた理由を教えてくれた。



エイコーンはもはや周知の通りに、議会制の国である。


その議会の在り方が目を惹く程に有能かと言えば実はそうではなく、外交面や交易などでは適度な失敗も重なっている。

特に魔術に傾倒する様子はなく、国の産業としてもめぼしいものはない。


つまりのところ、人外者達が気に留めるような豊かさも、そして付け入るのに相応しい醜悪さもなく、どこまでも中庸な在り方を保っていたことで透明な存在であり続けたのだ。



「代理妖精の雇用が多いけれど、彼らは元々この土地に派生した妖精が多いからね。特段、妖精達が多く集まる土地という認識もなかった。…………うーん、とにかく地味なんだよね。地味すぎて注目してこなかったけれど、改めてこの地で調べものをするとさ、このぎりぎりの水準を長年維持してきたとなると、かなり巧みな政治判断と魔術水準が必要になるって事が分かったんだ」

「うむ。普通であるというのは、とても難しい事なのですよ」

「特筆するべき点で、尚且つ僕達が見逃してきた部分は、…………ウィームでいう平均水準の暮らしを維持していたとしても、それを構築する魔術がどれも独自の物だったというところなんだ。………こうあるべきっていう、そんな物差しで測っちゃいけないね。まさか、ここ迄独自の魔術文化が発展しているとは思わなかったよ」


そのノアの言葉に頷いたのは、アルテアだ。

ひと仕事終えて擬態を解き、優雅に紅茶を飲んでいる。

ネアにリゾットを作ってはくれたが、自身が食事をする様子はない。


「比較的近年に発展した国だという側面が、影響しているんだろうな。近隣諸国より安定した魔術水準を求めたが、あるべき手本や雛形がどこにもなかったんだろう。見様見真似で水準値だけを合わせようとした結果、殆どの魔術が独自のものになった」

「つまりさ、それを可能とするだけの素養がこの国の人間にはあったってところなんだけどね。…………多分、ルーツを辿ってゆけば何かの混ざりものだと思うよ。妖精と竜っていうのが僕の見立てかな」

「まぁ、妖精さんと竜さんの血を引く方々なのです?」

「少なくとも二種類はあるだろうね。だから、…………赤と灰色なんだ」



その言葉に、ネアはこくりと頷いた。



ほんの少し前までこの国にいた府王候補者の一人は、柔らかな灰色の髪を持つ美しい青年だったという。

実際には女性であったその人物は、物憂げな美貌と魔術の叡智から、灰色の雨の殿下と呼ばれていたそうだ。


ネアが文書館で出会った人物もそうであったが、この殿下という呼称は、府王候補者特有のものであるらしい。


(………つまりあの人は、候補者の一人だったという事なのだ………)



「赤色を持つ者達が、この国では大部分を占める。だからこそ、国民の美的感覚として赤が本来のエイコーンの色彩であると思われてきたが、もう一つの血筋の灰色も、長らく生まれてきたものなんだろう。数が多くなく、生まれてくるのは女が多かった。少数派としてありがちな誤解や迫害もあったが、府王として力を持つ人間がその色彩を有していた事で、その立場を保っていたようだな」

「ですが、問題の候補者の方を思えば、灰色を持つ方も優秀なのではありませんか?それなのに、少数派だというだけで迫害になってしまうのですね………」

「その色に生まれ付く人間の、特徴的な資質が問題視されたのかもしれないな。恐らくは、そちらが竜の血筋だ。妖精が大多数で竜が少数派となると、それぞれの種族の気質の違いから、竜は軽視され易くなるだろう。この国の傾向だと特にな」



アルテアの説明に、ネアは、襲撃された馬車に乗っていたという第二席の府王候補者について考えた。


(もし、その方に竜としての力があれば………)


きっと軽視される事もなく、妖精も竜も、各々の良いところが尊重されたかもしれない。

だが、実際には普通の人間と変わらないくらいに血が薄まっており、均等に均されて残る相違性だったからこそ、良くない形での差分となってしまったのだろう。



ネア達がその素性を調べる必要があったのは、呪いの履歴によって対応策が変わってくるからだ。

だが、エイコーンの府王候補者達は、全員が男性であると言われ続けてきた。

馬車を追いかけたノアが、中には女性も乗っていると気付かなければ、そのまま男性だと思われていただろう。



「何か事情があって男性として振舞っておられたのかなとも思いましたが、この国の人々はいとも簡単に、その方が女性であると口にしてしまうのです。最初は、あの方々のお口が特別に軽いのかなとも思いましたが、あまり隠されていなかったのかもしれません」

「だろうな。俺が入り込んだ場所でも、禁忌という扱いではなかった。…………恐らく、府王の候補者として育成される者達は、同時に府王となるべき人間の伴侶候補でもあるんだろう。養子を取る事もあるが、一族の血を薄めないようにはしているらしい」


それは初耳であったので、ネアは目を丸くした。

ただ、男女共に機会を与えているというのではなく、同時にお妃教育まで行ってしまっているとは思わなかったのだ。


「女性の方が、府王になってしまった事もあるのでしょうか?」

「どうだろうな。一律に男性として公表されているからには、そちらもあり得るんだろう」



アルテアの調べた事によれば、府王の伴侶となる女性は、同時に、表に出ない影武者としても働き、公の場では優秀な相棒ともなる。

同じ教育を受け、かつては候補者として切磋琢磨してきた間柄だからこそ、互いに補い合える関係という訳なのだ。


なお、より優秀な者が男女を問わず府王となるが、候補者が女性であるという事が公式には伏せられていたとなれど、対外的には男性という扱いなのだろう。



「多分さ、女性が選ばれた時は、その伴侶である王配が府王だって事にするんだろうね。夫婦で外交に出れば、本当はどちらが王なのかは問題じゃなくなる。決定権はより優秀な方に預けておくけれど、あくまでもそれは内輪の認識ってところは、外交に徹した狡猾さでいいね」

「………つまり、そうして、どちらがどちらになっても問題がないように、予め認識を均しておくのですね」

「うん。まるでこの国の隠れ方みたいだよね。ここはさ、平均値や平坦さが好まれる土地なんだろう」



そう笑ったノアは、でも、馬車の呪いの核が女性だと分かって良かったよと肩を竦めてみせた。


呪いの扱いは男性と女性によって異なる。

今回は、候補者だと思われる人物が二人乗っており、どちらが呪いの核なのかを判別するのが困難だったのだ。



「同乗していたのは、実子だろうな」

「…………灰色の雨の殿下という方の、お子さんだったのですね」


まだ候補者とは言え、第一席の候補者は既に壮年の男性なのだそうだ。


であれば、あくまでもまだ候補者の域を出ていないだけに公な関係ではないが、その二人は既に夫婦に等しい間柄であったのかもしれない。


聞けば、今回の候補者達は近年稀にみる優秀さで、席次上では順番が決まっているものの、第七席までは誰が府王になっても遜色のない顔揃えだったというから驚きだ。


その中で最も年長者であり、現在の府王の息子である男性が第一席となったのは、今迄の経験や穏やかな気質を買われての事であるらしい。


魔物達は最初、そうして一席がほぼ確定しているのに、なぜ二席を三席が襲撃するような事態になったのかを訝しんでいたが、二席の女性が事実上の府王の伴侶候補であり、その二席を襲撃した人物もまた女性であったと判明すれば、何やら因縁のありそうな構図が浮かび上がってくる。


(………恐らくそこには、府王争いではなく、ほぼ確定している次期府王の正式な伴侶の座を巡る争いもあったのだろう…………)


その理由にあったのが、愛情故の執着なのか、府王に準じる階位を得る為の野心なのかは分からない。


だが、襲撃という手段に出たのにもきっと理由があって、恐らく第二席と三席の間には、二席の女性を排除しなければ埋まらない程の決定的な差があったのではないかと、ノアは分析していた。


その差を付けていたのが愛情の有無であれば、今回の事件は次期府王候補者にとっても、どれだけの悲劇だっただろう。


(女性同士で、二席の方には恐らく一席の方との間に育まれたと思われるお子さんがいた。どうしても次期府王の伴侶の座を諦めきれないのであれば、灰色の雨の殿下ごと、いなくなって貰うしかなかったのだろうけれど…………)



エイコーンが襲撃者側の粛清を急いだのは、今回の騒ぎがより広く届いてしまうと、府王というものの役割りの秘密が国外に露見しかねないからだろう。


ネアは、そのくらいの仕組みであれば公になっても構わないのではないかと思ってしまうが、府王は男性たれという思想が必要なのだとすれば、この近隣ではやはり男性優位な文化が根強いのかもしれない。


文書館でネアが肌で感じた女性蔑視の空気がその基盤となるのであれば、優秀であれば、例え表面上は王配を王だと偽るのだとしても、女性も府王になれるという仕組みがどれだけ革新的なのか分かる。


そのような、保守的な価値観を補う奇抜な発想こそが、この地に魔物達をも唸らせるような固有魔術を育んだ気風なのかもしれない。

それだけ優秀な者達が、この国の上層部には控えているのだ。


「王様という呼称はあれ、外交官のような立場だと聞くと少し不思議にも思いますが、世襲制ということを考えると、政治的な優位性がないだけで普通の国の王位継承争いと変わらないのかもしれませんね…………」

「そうだね。………けれども、人間は不思議なことをする。秘密や魔術の目隠しが多ければ多い程、そこに付随する魔術は複雑になるんだ。結果としては、そうした仕組みで扱われていた認識の複雑さこそが、今回の呪いを強いものにしてしまったのだね………」



ディノが物憂げに呟き、ネアは今度は魔術について考えた。


秘密というものは、魔術の理の中で希少さを示す鍵となるのだそうだ。

となると、身の上に秘密を宿していた二席の候補者は、それが国内では暗黙の了解でしかなかったとしても、高い魔術階位を持つ呪いの核となり得る。

ましてや、同乗していた子供をも殺された母親としての嘆きも深いだろう。


今回、呪いそのものを芽吹かせる役割を果たした御者が何としても逃げ延びなければと考えたのは、馬車で預かっていたのが、母子だったからかもしれない。


御者とは言え、忠義を誓った妖精は愛情深いものだ。

その一族に長く仕えたという御者が、その二人に深い愛情を注いでいたのだとしてもおかしくはない。


秘密と愛情、そして悲劇と怨嗟。

この上なく呪いを育てやすい基盤が整えられ、あの呪いは生まれたのだ。


(この国の人々が被害者側を厭うのは、その呪いがあまりにも強く特異なものと成り果てたからなのだろう。均された物を美しく感じ、そしてその中庸さに隠れて繁栄してきた人々にとって、それはきっと、とても恐ろしい事なのだ………)



「とは言えまぁ、この国の府王問題がどうなろうと僕達は構わないんだけどね」

「ふむ。我々に必要なのは、呪いを退ける為に必要な、呪いの履歴なのですよね」

「そういうこと。でも、ネアの一件で、やっぱりこの国の連中の魔術階位がかなり高いって分かったから、かなり用心は必要だろうね」



そんなノアの言葉に、ディノがまた、ネアがあの重たい剣を受け止めた場所を撫でる。


胸の奥に残った息苦しさも含め、今はもうすっかり影響はなくなっているのだが、それでも心配でならないのだろう。

ディノ曰く、肉体的な損傷がなくとも、ネアの感じた驚きや恐怖は、伴侶であるディノからしてみれば充分な喪失であるらしい。


図らずも、あの一撃がどれだけ守護を揺らしたかで、貴族位にはない人間でもそこ迄の魔術階位を持つのだと判明した訳だが、ディノはすっかり落ち込んでしまっている。


そしてなぜか、アルテアはずっと不機嫌なのだ。



「…………むぐ。アルテアさんは、まだ怒っているのです?」

「…………どうだろうな」

「ありゃ、まだ怒ってるぞ。あの人間達は、体から魂を引き剥がして僕が最も陰険だと思う海の精霊に譲渡してきたけど?」

「当然の報いだな」


それだけを言い、ふいっと横を向いてしまった使い魔に、ネアは眉を下げてディノを見上げた。

なぜかまだお説教はないのだが、その代わりにずっと不機嫌そうなのでどうすればいいのか分からなくなってしまう。


今回の仕事は、三つ目の課題である、呪いを発現させた妖精の調査については達成出来ていない。

そちらについては、元々可能であればという事だったので、今回はエーダリア達にも連絡を入れ、取得した成果だけで調査を終える事になった。


人々の噂の立て方からすると、妖精の御者については然程興味がないようだ。

このまま留まっていても、ネアの役割からはあまり情報は得られないだろう。


となると、ここで魔術抽出を終えたエイコーンの魔術の祝福を持ち帰れば任務完了なので、解散してしまう前に少し話がしたいのだが、じっと見つめると顔を顰めるので理由を問いかける事も出来ない。



「ネア、アルテアは君を心配したのだと思うよ?」

「……………ディノ?」

「けれども君は、自分が攻撃を受けた事で、アルテアが手を貸した任務で失態を見せた事を、怒られると思っているのだろう?」

「………違うのですか?」

「わーお。そりゃ、怒るかぁ………」



ノアにまでそう言われてしまい、ネアは首を傾げた。



「私が襲撃された事が、不機嫌さの要因なのですよね?」


そう問いかけてみても、アルテアは不機嫌そうな目でこちらを見るばかりだ。

とは言え、森に帰ってしまう事はなく、リゾットも作ってくれたし、擬態を解いた後にどこかに怪我をしていないかも丁寧に調べてくれた。



「アルテアは、君が怖い思いをしたのが嫌だったのではないかな?」

「むぐぐ?………勿論、生身で斬られていたら心配してくれるとは思いますが、今回は擬態を羽織っていたので、実際には傷付いたりもしないのですよ。であれば、実際には問題のない部分ではなく、こう、魔物さんの領土問題的な………むぎゃ!なぜはにゃを摘むのだ!ゆるすまじ………」

「お前はもう黙っていろ。どうせその思考になることくらい、想定済みだ………」

「ぐるる………」



鼻を摘む悪い魔物の手に怒り狂うネアの隣で、ノアが、そう言えば、君はそう考える人間だったよねと苦笑している。


「……………むぐ。…………私は、自身がとても冷たい人間なので、比較的に、魔物さんの思考や振る舞いが気にならない人間だと思うのです」

「…………ほお?それで?」

「なので、このような時は、実利的な事だけを案じて下さっていてもさして気にはなりません。もっと大事にして欲しいと不貞腐れる事はありませんから、私は、アルテアさんの考え方で良いと思うのです」

「……………わーお。殺しに行ったぞ」

「ただ、とてもびっくりしましたし、自分の至らなさを理解しているとは言え一応は被害者なので、あまり厳しく叱られると心が折れるかもしれません。人間は、自分が悪いと知っていてもそうして心を守りたい、とても身勝手で自分に甘い生き物なのです………」

「……………だろうな。ったく」



ネアはここで、ひょいとアルテアから差し出された小さなカナッペを、その手からぱくりとお口に入れ、ぐもぐもと噛み締めた。


細かく刻んだトマトとモッツァレラ的なチーズを、香草を加えたオリーブ油で和えたものが載せられており、美味しさにふにゅんと心が緩む。

塩胡椒の効かせ方が絶妙で、味がぼやけないのに、爽やかさを失わないという、さっぱりといただける一品ではないか。



「ネア、…………アルテアも、それでもと考える事もあるだろう。彼は君の使い魔なのだから、君に所有欲や執着以外の思いも持っているのではないかな?」


カナッペをお口に入れてくれたアルテアがリゾットのお代わりを取りに行った際に、ネアは、ディノからそんな事を言われた。


目を瞬き、無言で見上げると、すっかり椅子になってしまった魔物は困ったような優しい顔をしている。


「…………むむ、」

「君は、実際に怪我などをする事はないと分かっていたのだから、アルテアがそこまで心配しないと考えたのだろう?そう思ったのは、彼だからだね?」

「はい。そのようなところは、とても現実的に考える方かなと思っていたのですが、違うのでしょうか?」

「…………そうだね。今回の彼は、それでもと君を案じたのではないかな。傷付かないと分かっていても、君が怖い思いや痛みを感じたかもしれないのが、とても不愉快だったのだろう」

「……………アルテアさんが………?」

「ええと、ネア。アルテアをちびふわに置き換えて考えてみようか。ちびふわだと、凄く怖がると思わないかい?」

「は!………ふるふるぴるぴるしています!」

「そうそれ!………はぁ。僕の妹は、線引きがしっかりしている分、愛情周りの余分を自ら深読みしないから、自分で足場を崩してきたアルテアは損な性格だよなぁ………」


ノアはそう言って溜め息を吐いているが、ネアは、対岸に立つのも好きな魔物にもそのような思いがあるのだとすれば、やはり意外な事だと思ってしまう。


魔物達にはそれぞれに資質的な性格があり、どのような事であれと案じて慈しんでくれるディノやノアとは違い、アルテアは、このようなところではかなりシビアに判断すると思っていた。


なので今回の不機嫌さは、ネアが、自分の守護や策を得ながらも仕損じた事への感情だとばかり考えていたのだが。



「…………何だ。何と言おうと、これが最後だからな。何なら鍋を覗いて確認して来い」

「美味しいリゾットはもう一杯でも食べられますが、…………その、………ご心配をおかけしました」

「…………やれやれだな」

「ぎゃ!!貝を取られました!!それは、大好物なので最後に取ってあったのですよ!!」

「ありゃ。またそういう事するからだよね………」

「可哀想に。ずっと取っておいたのだよね…………」

「ぐるるるる!!」




持ち帰られた魔術の祝福は、ウィームで複製と改良に取り組まれる事になる。

それが完成した後は、やがてはアルビクロムを襲う呪いが、ウィームに到達するのを待つばかりだ。



呪いに心を寄せるのは良くない事なのだが、ネアは、馬車の中にいる者達が、どうか安らかにエイコーンに帰れますようにと思わずにはいられなかった。


それはきっと、殺されて呪いに転じた者達の怨嗟ではなく、大切なものが失われて残された第一席の事を思うからなのだ。


そこにどれだけの愛情があったのかにもよるが、喪われたのが最愛の家族であったのだとすれば、一人残された者の絶望と孤独はどれ程だろう。



誰も帰ってこない家で、ずっと一人で誰かを待っていたネアハーレイの記憶が、見知らぬ呪いの形に僅かにでも心を寄せてしまうのなら、やはり今回の仕事は引き受けて良かったに違いない。


ネアはふと、だからこそディノ達は、多少の危険を覚悟の上でネアにこの祝福を奪わせたのかなと思ったのだった。









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