ヴァロッシュとドーナツ
「…………揚げ鶏………」
「ええ。今年は私がその役ですので。台詞が少ない役なので、人形劇前に取られる時間が少なく済みますから、暫くは大丈夫です。ただ、ダリル殿も戻られておりませんし、あちらで何か動きがあったのか、気になるところですね」
「ああ。ノアベルトも参集されたからな。どうも、方針の再編を考えなければならないような事が起きているらしい」
「もし、ゼノーシュの手が必要であれば…」
「いや、ヴァロッシュこそ、ゼノーシュが最も離れられない日だろう。計画の変更があるとは言え、あちらは大丈夫だ」
エーダリアがそう言えば、グラストの隣に立った見聞の魔物がゆっくりと頷いた。
その眼差しがどれだけ暗い決意に満ちているのかは、正面に立った者にしか分からないのだろう。
契約の魔物にとって、この祝祭の日にお目当ての騎士に声をかけようとしているご婦人方以上の懸案事項はなく、もし、ここでグラストから引き離してガーウィンに派遣などしようものなら、ネアからも苦情が来るだろう。
(………ガーウィンでは、何が起きているのだろう…………)
高位の音の遮蔽魔術なしにおいそれとやり取り出来る内容ではないので、こちらにはまだ、情報が下りてこない。
今、グラストと護衛を交代しているヒルドが聞き取りに出かけているが、思っていたより帰りが遅いようだ。
さわりと風に揺れた木々の枝葉に、穏やかな木漏れ日が落ちる。
久し振りに顔を合わせる騎士達の談笑の響きや、屋台に並ぶ人々のお喋りに、わあっと上がる歓声や子供達の笑い声。
空は晴れ渡り、ウィームでは珍しい雲ひとつない青空は、このような賑やかな祝祭にぴったりだ。
どこかでまた、歓声が上がった。
試合が始まる前にお目当ての騎士に紙吹雪を舞い散らせた子供に、水色の紙吹雪に目を細め、騎士が笑い声を上げている。
どうやら、試合に出る兄に、弟が興奮してしまったらしい。
笑い合う家族の幸せな姿を見ていると、ついつい唇の端を持ち上げてしまう。
だが、ふと隣を見ると、少し前迄は隣に立っているのが当たり前だったグラストの姿がある。
それなのに、今はもう必ずと言っていい程に隣にいてくれるヒルドやノアベルトの姿がない事を、なぜか寂しく思うのだ。
(いつの間にか、……………そんなにも側にいたのだ………)
家族のようにと思えば、もうとっくに家族なのかもしれない。
その微笑みや伸ばされる手に馴染み、エーダリアはすっかり贅沢になった。
はらはらと、舞い落ちる花びらや紙吹雪。
じゅわっとドーナツを揚げる音に、顔を青く塗ったご老人達が陽気に歌を歌っている。
その歌声が寿ぎの詠唱になっている事に気付き、慌てて振り返ったエーダリアは、初めて耳にした高度な魔術の並びに目を瞠った。
(あの術式詠唱は、どうやって組み合わせているのだ…………?)
それどころではないのに、ついついそわそわしてしまい、ちらりとこちらを見たゼノーシュに、ぎくりとする。
慌てて意識を正面に引き戻すと、また新しい試合の開始の合図に、僅かに片手を上げた。
今日は自領の祝祭ではあるが、だからこそ領主たるべく、微笑みを浮かべる。
「本日は、ネア様達がガーウィンから戻る迄は、お側からは離れないようにいたします」
そこからふた試合が終わり、自身の参加の為に会場に向かうグラストと交代で、漸くヒルドが戻って来た。
やらなければならない事があると顔を出してくれたノアベルトも、なぜかそう告げたヒルドと同じような、思い詰めた眼差しをこちらに向ける。
ノアベルトがいてくれれば、周囲に会話が漏れる事を気にせず話せるので、ほっとして質問をした。
「あちらは、問題ないのか?」
「このまま進む方が不利益となり、ひとまずは、盃の取得を諦めて撤退するという事で合意したようです。ネア様達にお怪我はありませんでしたが、剣の魔物は、治癒済みではあるものの大きな手傷を負ったのだとか」
「…………彼が、か?」
「あ、それはね、ハーティクスの盃の祝福効果で、男性特有のあれで動きが悪くなったところで、運悪く重なった白本の攻撃を避け損ねただけだから」
「……………そ、それは如何ともし難いな。…………ん?白本と言わなかったか?!」
「え、何で目を輝かせちゃうの?!エーダリアは僕の契約者なんだけど!」
「ち、違うのだ。ガレンにも、かの魔物の祝福を得た魔術師がいてな。ある日、愛用の魔術書に、見た事もないような不可思議な頁が混ざり込んでいたらしい」
「わーお。魔術師ならまず問題ないだろうけれど、それ、場合によっては災厄だからね?興味津々だなぁ……」
「エーダリア様?」
「……………すまない」
にっこり微笑んでお説教の目になってしまったヒルドと、どこか先程のゼノーシュのような目をしているノアベルトに詰め寄られ、エーダリアは慌てて謝罪する。
やれやれと溜め息を吐いたヒルドは、ガーウィンの黎明の教区の飛び地で起きている事を、分かりやすく整理して共有してくれた。
説明を聞きながらノアベルトに添付されているのは、妖精によく作用する守護のようだ。
元々付与されているものに重ねがけされ、じんわりと体に祝福の光が染み込む。
(…………様々な可能性を得られたと思うのは、こんな時なのだ)
エーダリア自身も小規模な音の壁の魔術は使えるが、相手の階位によってはその限りではない。
あちらとこちらに手を分け、それだけではなく、こうして公の場に身を置いていても、契約してくれたノアベルトのお陰で惜しみなく魔術の恩恵に与れる。
また、本来なら、対価の必要な程の知識が会話の中に幾度となく現れ、そのやり取りから蓄えてゆける叡智はどれ程のものか。
もしかしたら、この守りがなければ、自分はとうにいなかったのかもしれない。
そう考えてしまう自分に苦笑しつつ、守護を加えてくれたノアベルトにお礼を言った。
「そういう訳だから、エーダリアは、今日は必ず僕かヒルドと一緒にいる事。ヒルドも、もし林檎の妖精の気配を感じたら、必ず僕を呼ぶように」
「私は問題ないでしょう。それよりも……」
「あの妖精は本来、同族の伴侶を好むんだよね。他の仲間が得た伴侶に影響されるなら、ヒルドだって、遭遇すれば見初められる可能性が高いよ。油断しないでおこうか」
そう言われたヒルドは困惑した様子だったので、エーダリアは力強く頷いておいた。
もし自分が妖精であれば、絶対にヒルドの方が良いと思うだろう。
この美しい森と湖のシーは、今も、その清廉さと美しさで周囲の妖精達の視線を集めている自覚はないらしい。
「だがまさか、妖精の伴侶選びの作法まで関わってきていたとはな……………。古い妖精種だ。………文献の中で触れられているばかりの、今はもういない種だとばかり考えていた」
「あんまり表舞台に出ないんだよ。それこそ、災いを齎す時くらいしか地上にはいないかな。人間の世には、林檎の木の災いとして一括りで残されている記録が全てだから、情報が少ないのは肯けるね。同じ系譜なら林檎の魔物も障るけれど、あの妖精の災いに比べたら可愛いものだよ。精霊種は、あの時代の林檎はどうしてだか穏やかなんだよね………」
「そうなのか?」
「うん。精霊は、寧ろ今の林檎の方が我が儘かなぁ。古い種族は叡智を資質として、今の林檎は豊穣と結実なんだ。そうして変わってゆく資質によって、大きく在り方を変えたものの一つだね」
古い時代の林檎も、素晴らしい豊穣の証ではあった。
だが、今程に人々の手に届かなかった赤い果実は、瑞々しく香り高いその味わいを知らなければ引き起こされなかった争いにも繋がったとされている。
その時代の林檎が災いの象徴になったのは、林檎に派生した人外者達が、人々が望み焦がれるくらいに優れた者だったからでもあるのだろう。
妖精は美しく残忍で、精霊は賢く物静かだ。
そして魔物は、愛情を授ける事に長けていたがたいへん享楽的だったと、ノアベルトが教えてくれる。
「ネアは大丈夫だろうか。……………いや、ウィリアムやオフェトリウス、アルテアまでいるのだ。問題が起こるような事はないとは思うのだが、…………あの土地には、信仰の魔術が色濃く敷かれているからな。かつての林檎と信仰は、とても結びやすかったと聞いている」
「うん。だからアルテア達もかなり警戒はしているよ。舞台装置に過ぎないのだとしても、白本もいる訳だしね。…………まぁ、あの子は、災いを齎したらすぐに帰ると思うけどね。状況が不確定だから様子を見ようとか、そういう考えは持たない魔物なんだ」
「それなのに、魔術師には祝福を授ける事もあるのだな……………」
「例えばそれが災いを呼び込む役割のものだとしても、身に宿すのが負の資質だけだと、魔物は狂乱しやすくなる。だから白本も、ほんの少しだけ祝福を持っているんだ。魔術師達にその祝福が届き易いのは、彼等が魔術の災いと祝福の二面性をよく理解しているからだね。そこもね、知る者達にしか知られることが出来ない、魔術の天秤なんだ」
会話の途中で、今年は珍しく初戦敗退したゼベルが、屋台の揚げドーナツを届けてくれる。
まだ熱いくらいのドーナツの入った紙袋を手にすると、少し離れた場所にある緑色の屋根の屋台の店主が、こちらを見てお辞儀をしてくれた。
今年の御前試合でのゼベルの敗退の早さには驚いたが、エアリエルを使役出来る彼が会場の見回りをしてくれるのは有り難い。
先程までは、くしゅんとくしゃみをしていたが、今はもう治ったようだ。
敗退が最初過ぎて、騎士の控え所で仲間達を待つ事も出来なかったと苦笑していた。
「ありゃ、ゼベルがもう敗退って、早くない?」
「今回は相手が悪かったですね。使い魔の狼たちを使役する騎士でしたので、どうしても攻撃出来なかったようですよ」
「……………え、それって大丈夫かな」
「あくまでも模擬戦ですよ。実戦ではないからこそ、傷付けることが躊躇われてしまうようですね。討伐依頼などでは、凝りの狼を泣きながら倒していたそうですよ」
「わーお。泣きながらなんだ……………」
そんなゼベルは、今年の人形劇ではお姫様役を演じる予定だ。
人形の質の高さと演技の巧みさで周囲からの期待はかなりのものだが、なぜかリーエンベルクの騎士達の顔色はあまり良くない。
まだ人形を見ていないエーダリアは、二席の騎士がどのような人形を作ったのか気になっているのだが、先に完成したものを目にしているヒルドから、ゼベルにとっての美しいものは狼なのでしょうねと聞いている。
(……………っ、)
ぱたぱたと飛んでゆく、小さな妖精を目で追いかけていると、不意に視界に赤いものが入り、ぎくりとする。
はっとしたようにヒルドも剣に手をかけたが、視線の先の生き物は、こちらの警戒に気付く様子もなく、もそもそと石畳の上を歩いている。
エーダリアには一瞬、ごろりとした丸い生き物が、先程まで話に出ていた林檎そのものに見えたのだ。
「……………え、あれ何?」
「私も初めて見ましたが、妖精ではないようですね……………」
「林檎、……………ではないのだな」
「うーん。赤い実だけど、林檎じゃなさそうだなぁ。李?」
「フォークは、あのままでいいのだろうか。手負いであれば、抜いてやった方がいいのかもしれない………」
「うーん、どうかな。得体が知れないし、エーダリアは近付かない方がいいと思うよ」
御前試合の会場の一画を歩いているのは、不思議な赤い実状の生き物だ。
艶々とした小ぶりな林檎くらいの大きさで、手足などはなさそうだ。
幸いにも林檎とは別の果実であるようで、酷く暗い目をしている頭頂部には、銀色のフォークが深々と刺さっている。
「……………よく見ると、フォークが刺さっていても、負傷しているという気配もないのが不思議だな」
「え、ますます謎なんだけど……………。僕、あれはちょっと苦手だなぁ……」
「あの状態こそを完成形とした、何か食べ物の精かもしれませんね。ただ、あのような食べ物の屋台は、今日は出ていない筈ですが……………」
「ウィームには、時々変な生き物がいるよね。……………ありゃ」
ここで、どこからともなく飛来した小さな竜が、そんな生き物をぱくりと咥え、そのままもぐもぐと食べてしまった。
ぎゃーという悲鳴が響き、近くにいた華やかなドレスの女性達が怪訝そうに振り返っている。
見た事もない生き物を食べてしまった竜は、慄きながら見守るエーダリア達の視線の先で、口に残ったらしいフォークをぺっと吐き出すと、そのまま翼を広げて飛び去っていった。
残されたフォークは、石壁の上からするすると下りて来た、栗鼠姿の妖精達に素早く持ち去られてゆき、そこに不可思議な生き物がいた痕跡が消え失せる。
「後で、ゼノーシュに聞いてみましょう。フォークの様子からするとやはり、食品周りの生き物かもしれませんからね」
「あ、……………ああ。花竜は、あの生き物を食べるのだな」
「野生の花竜だから木の実と間違えたのかなとも思ったけれど、大喜びで如何にも御馳走って食べ方をしてたから、案外美味しいのかもね……………。ええと、何の話をしてたっけ?」
「……………林檎の妖精の話だった、……………筈だ」
「本筋からは外れておりましたが、ゼベルが、狼姿の敵に対応出来るかという話だったのでは?」
「そ、そうだったな……………」
あの生き物を見ても動揺せずに前の会話を覚えていてくれたヒルドに感謝しつつ、話題を林檎の妖精へと戻そうとしていた時の事だった。
ひゅおんと、空気が冷えた。
「……………ノアベルト」
不意に声がかけられ、背の高い男性の影が落ちる。
名前を呼ばれて顔を上げたノアベルトが、おやっと眉を持ち上げた。
「……………ありゃ。何でここにグラフィーツがいるのさ」
「ネアはどうした?まさかとは思うが、ガーウィンじゃないだろうな?」
「……………へぇ。どうしてそう思うんだい?」
「この国の魔物使いの荒い人間の王から、二番目の息子が林檎の妖精に攫われていないか見てきてくれと言われたんでね」
「……………んん?バーンディアから?」
「ああ。俺としても、そうなってくると気にかかる問題がある。こちらの用事も兼ねて仕方なしに来てやったが、シルハーンの歌乞いの姿がないだろう」
そんな問いかけに、ノアベルトは僅かに考え込む様子を見せた。
何かを思案し、ふっと艶麗に口角を持ち上げる姿は、ひどく魔物らしい表情と言える。
さり気無く前に立ってくれているヒルドの羽先が、微かに揺れた。
「僕の大事な妹は、確かに所用でガーウィンにいるよ。ところで、どうしてあの人間が、こちらでも判明したばかりの林檎の妖精の事を知っているのかな?」
「ガーウィンに潜り込ませた、とある聖職者からの情報だな。あちらに手駒を送っているのは、何も第一王子だけじゃないぞ?」
その言葉にどきりとしたが、表面上は冷静さを保った。
この魔物は一度、ネアと共闘している。
対価ではあるらしいが、ピアノを教えて貰う事もあると聞けば、そこまでの警戒は必要ないのかもしれない。
だが、先に関わりを持っていたのは、国王派の方なのだ。
「……………僕がさ、ネアの居場所を君に教えたのは、君がさっき、あの子の事をご主人様って言わないで、名前で呼んだからなんだけどね。……………だから重ねて言うけれど、こっちもそれなりの手札を切ったとは言え、あちらは撤退を余儀なくされるくらいの状態ではあるみたいだよ」
「くそ、砂糖でも食わなきゃやってられん。…………一つ教えておくぞ。ハーティクスの盃は、以前もウィームの王族を狩りに来た妖精共の扉代わりにされかけていた。念の為にこちらでも備えておけ」
「ありゃ、もしかしてナチャカで盃を沈めたのは、君かい?」
「……………さてな。だが、脅かされているのがネアであれば、この国の王も手札を切るだろう。万象の災いが齎されれば国が滅びかねないし、あの土地だけで済んでもガーウィンが崩れる。妖精の問題は同族のシーに片付けさせるのが一番手っ取り早いからな」
その言葉に目を瞬いた。
その言葉はまるで、父が、問題になっている林檎の妖精に伝手があるようではないか。
だが、思わず砂糖の魔物の方を見てしまうと、くらりと眩暈がした。
淡い金色の髪に青い瞳に擬態はしているが、この魔物は、その上で認識阻害の魔術をかけているようだ。
ヴァロッシュの祝祭に集まった領民達とさして変わらない服装をしており、どうやらバンルとは古い知り合いであるらしい。
「へぇ、あいつに林檎の妖精との縁があったのは初耳だなぁ…………」
「考えてもみろ、しょっちゅう王宮を抜け出してあわいだ影絵だと、あちこちに顔を出している人間だぞ。おかしな縁の一つや二つはあるだろう」
「……………ふうん。でも、その繋がりがあるなら、いい手が打てそうだね。そちらは任せていいのかい?」
「俺としても、市場が失われるのは困るからな」
「ああ、そっか。君にとっての聖域は、市場になるんだね。でも今回は、他の理由が大きいんじゃないかな?ここにだって、ネアがいるかどうか確認に来たんだよね?」
「そりゃあ、俺の砂糖を美味くしてくれる、大事な大事なご主人様だからな」
そう呟き、転移を踏んだ砂糖の魔物の姿がふわりと消える。
振り返ったノアベルトが、もうガーウィンは大丈夫そうだねと微笑んだ。
「あの方は、……………林檎の妖精を知っていたのだな」
「どこで知り合ったのかは不思議だけれど、一人であわいに息抜きに行くような人間だからなぁ」
「ちちう、……………国王が?!」
「ありゃ、知らなかったのかい?……………何ていうか、あれも一種の変人だよね」
「……………あわいに……………」
呆然としてしまいながら、目を瞬いた。
(そう言えば先日、おかしな魔術層に迷い込んだので、今度その話を聞いて欲しいと、兄上から言われていたな……………)
そこにはなぜか父上がいて、珍しく二人で食事をしたのだとか。
であればきっと、リーエンベルクが時折見せてくれるような王家の直轄する特殊な土地なのだろうと思っていたが、もしかするとそこも、不確定なあわいや影絵であったのかもしれない。
「だが、……………それがネア達の助けになるかもしれないのであれば、良かった」
「って言うか、介入が必要だと判断して、尚且つ解決が可能じゃなければ、この手札は明かさないだろうね。…………まぁ、政治的な理由にせよ、こっちもきちんと気にかけられたのは評価出来るかな」
「思いがけないところから、ナチャカの謎が解けたようですね。あちらに共有されては?」
「うん。シルにお願いしておくよ。僕はまず、ここで二人とドーナツを食べなきゃだから」
「ああ、少し冷めてしまったな」
「齧って食べるのであれば、このくらいが適温でしょう。座っていて下さい。飲み物を準備しますよ」
「でもこれって、家族っぽくていいなぁ」
「やれやれ、あちらはまだ片付いていないんですよ?」
苦笑したヒルドに窘められつつ、ノアベルトが幸せそうに揚げたてのドーナツを齧る。
美味しそうな音に誘われて、エーダリアも紙袋に包まれたドーナツを頬張った。
(……………少しだけ。これを食べ終えたなら、またすぐに領主の顔に戻ろう……………)
しかし、そう考えて見回した祝祭の会場に、またあの赤い果実の姿をした生き物が見え、エーダリアは途方に暮れてヒルドの袖を引っ張ったのだった。




