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来訪者と必要なピース




ざざん、ざざんと波音が聞こえる。


窓は閉じた筈なのにと首を傾げ、ネアは、少しの肌寒さにふと、海竜の事件で見た北海の竜の姿を思い出した。

青い青い海の底で床に倒れていた人の体から流れ出す赤い血や、心が崩れ落ちるような誰かの慟哭も。




「ずっとお前を呼んでいた。けれども、呼べども呼べども、この声は届かないのだ」



そう呟く誰かの声にぎくりとしたネアは、どこか広い部屋に裸足で立っている。


窓の向こうにはコルジュールの光る海があり、はらはらと舞い落ちるのは王家の黄色い薔薇の花びらだろうか。

物悲しい歌声は遠く、この海辺の街では見かけなかった噴水の、さらさらと水が流れる音が聞こえた。



「良い獲物を見付けたと思ったのだが、既に誰かと邂逅したのだろうか。そしてそれを退けたと?…………いいやまさか。この世界で瞬く星の中でも、消えてしまいそうな程に暗く弱いその星が、凝り呪う我等を退ける事などあるだろうか」



そう言いはしたものの、声の主は、どこか不安そうであった。



「…………だが、ではどうして近付けないのだろう」



この人は誰だろうと慎重に首を傾げかけたネアはふと、見た事もない庭園の中に佇んでいる。

いや、不思議な事に、この広い部屋の中に一部だけ庭園が広がっていて、ネアは、切り取られた景色の中にあるガゼボで、さあさあと降る柔らかな雨音を聞いていた。



ゴーンゴーンと、どこかで葬送の鐘の音が聞こえてくる。



(…………鎮魂の鐘の音だ。あの葬列は、どこへ続いてゆくのだろう)



連なる黒い馬車を見送り、そんな事をぼんやりと考える。


窓の向こうには相変わらずコルジュールの海が見えるのに、ネアの思考は、夢の中のような取り留めのなさであちこちに彷徨ってしまうようだ。

がらがらと音を立てて走ってゆく馬車の黒い色に、同じような質感の艶々と光る黒い車の夢を思い出した。


ぞっとして小さく吐息を震わせたが、幸いにも、ネアはこの薔薇の花の咲くガゼボの中にいるので、あの馬車はこちらに気付かないのだ。



(でも、どうしてここにいると、気付かれないのだろう?)



そう考えた途端、こぽりと清廉な水が湧き出し、足元に深い湖が姿を現す。

ガゼボの骨組みは深い森の木々の枝葉に変わり、その緑の天蓋が鳥籠のように覆いかぶさった。


遠くに夏至祭の喧騒の気配を滲ませたここは、ネアハーレイが名前を貰ったあの森だろうか。

ここまで統一性のない変化が訪れるとなると、いよいよこれは夢なのかもしれない。



(でも、……………)


だがしかし、この世界では夢もとても危ういものなのだ。

夢の中からも攫われはするし、夢の中で殺されてしまう人もいる。

であれば、こんな場合はどうすれば良かったのだろうかと考えていると、耳元でしゃりんと妖精の耳飾りが揺れた。



(ああそうだ。…………私はもう、あの名前の守護に代わる物を手に入れたのだ。勝手に借りた名前などではなく、私だからこそと与えられた、愛情と信頼で結んだこの庇護の証が同じ色をしているからこそ、捨てた筈の名前と一緒に剥離しきれなかった何かが残ったとしても、私の守護はもう、安全な物に書き換えられている)



同じようにそこには森と湖があり、そして今は、終焉の守護もこの身にある。


ネアハーレイと言う借り物の名前の響きに宿る、同じ無残さを湛えた運命ではなく、その要素を持つ全く別のあたたかなものとして。


だからもう、安全なのだ。


では、一つ一つ欠片を探して埋めてゆくこの長い道のりの中で、他に足りない物はなんだろう。



(この思考は本当に、私の物なのだろうか…………)



ふと、そんな事を考えた。


けれどもその疑問は、夜風にさらさらと崩れてあっという間に曖昧になってしまう。

足元の静謐な湖はいつの間にか春の花畑に代わり、春告げの舞踏会のものによく似た甘く優しい香りがした。




“おいでおいで、優しい子”



ふと、夜の庭でそう口ずさんだ、大事な人の背中が見えたような気がする。


その懐かしい声に他の誰かの声が重なり、何かを招き入れるその響きは、イブメリアの大聖堂で響くエーダリアの詠唱にも似ていた。


呼び寄せて重ね合わせ、必要な物だけを祈りのように織り上げてゆけば、その先に、あの呪いの中の歌劇場が現れる。


ひたひたと近付いてくる最後の足音が聞こえてくれば、その情景はいっそう鮮明になった。

しかし、そんな願いの先でまた一つ、大切な欠片を拾い集める指先がある。



(最初に、この願いや呪いが、どのような形をしていたのかは分からない…………)



けれどもそれはとても古く絡み合い、孤独で獰猛で、残忍で狂っていた。


そんな祝祭のリースのような複雑な魔術の輪の中で、蹲り膝を抱えた宝物を抱き上げたその日から、いつかの誰かが残した願いの欠片を繋ぎ合わせる日々が始まったのだ。



“おいでおいで”



その声が道を繋いだから、彼等の願いが、これからもずっとこの子に必要なものを呼び寄せるのだろうか。

それとも、出会った瞬間にもう願いが成就していたからこそ、必然として集まるのだろうか。



“おとぎ話の竜は、とても美しくて恰好いいんだ。きっと、悪いものなどぺしゃんこにしてしまうだろう”



そう教えてくれた誰かの優しい声の向こうで、がらがらと音を立てて走ってゆく馬車に飛び乗り、ぺしゃんこにしてしまう竜がいる。


白瑪瑙のような片角の竜は、確かに、ネアがこの世界で一番美しいと思う竜であった。

余分な黒い染みはそのまま壊れてなくなってしまい、誰かが拾い上げた美しい白瑪瑙色の欠片が、パズルのピースのようにぴたりとどこかに収まる。



甘い香りに振り向けば風景が変わり、はらはらと降り始めた粉雪が、人々で賑わう街に降り積もってゆくところだった。



クリスマスという祝祭の足音に華やぐ街で生まれた子供には、どんな祝福がなされたのだろう。


そこには祝福を授ける妖精などはいなかった筈なのに、けれども誰かが、生まれたばかりの子供の額にそっと指先で触れる。


残されていない言葉を知る術はないけれど、何かを確かに願い、誰の目にも映らないままに、生まれたばかりの子供を抱き締めて微笑み合う夫婦を見つめ、踵を返したのは誰だったのだろう。




ざざんと波音が響き、その思索がばらばらと砕けて落ちる。


誰かの記憶や思考のような薄いヴェールが剥がれ落ち、ネアはまた、あの海に面した広い部屋に裸足で立っていた。



(けれどももう、先程の声の主はいなくなったみたいだ…………)



ひたりと落ちていた誰かの異質な気配は消え失せ、代わりにそこに佇んでいるのは、真珠色の髪を長く下した、息を呑む程に美しい魔物である。


冴え冴えとした白さには色とりどりの光と色が宿り、けれども、白という色を損なうことなく、その中に柔らかく溶け込む。



「やれやれ、私の物に触れようとした者がいたのかな」


そう呟く声は憂鬱そうで、先程まで部屋で踊っていた時の幸せそうな無垢さの名残りはない。

ネアはそれが何だか悲しい事に思えてしまい、ぎりぎりと眉を寄せた。


とても身勝手だが、これは美しく優しいもので、ネアの宝物なのだ。

であればいつだって、幸せそうにふにゃりと緩んでいて欲しい。



「…………ディノ」



そう名前を呼ぶと、こちらを見た魔物がはっとするような優しい目をした。


海の色を背に、水紺色の瞳は滲むような光を孕み、ふわりと緩やかな巻き髪になった真珠色の髪が揺れる。

こつりと床が鳴り、こちらに歩いてくるディノの足元には、祝福の光にも似た魔術の細やかな煌めきが星屑のように散らばった。



「目が覚めたのかい?………とはいえここは、夢の裏側だけれどね」

「夢の、裏側なのですか?」

「うん。今夜のように、魅せられて心を許した土地では、夢の裏側で目が覚める事がある。心を傾けた土地だからこそ、夢の中にその土地の魔術や祝福が現れ、その中を歩く夢と覚醒のあわいのような場所なんだ」

「むむむ、………となると私は、そのような所に迷い込んでしまったのです?」

「迷い込んだという言葉で示す程、問題になるようなものではないよ。誰にでも起こり得る事だし、どちらかと言えば、土地の魔術基盤に触れる恩恵に等しい。………こうして、夢の中でも触れる程の喜びを、君がこの土地から得たのなら、それはとても幸いな事でもある」



差し伸べられた手にこちらの手を重ねると、どこかひんやりとした魔物の体温であった。


けれどもネアが、どこかや何かがいつもとは違っていても、大事な魔物を見間違える事はないのだ。

水紺色の瞳が、はっとする程に暗く艶やかな微笑みを浮かべるのであっても、こうして顔を見合わせればそこにいるのが誰なのかはすぐに分かる。



「先程ここに、誰かがいたような気がしたのです」

「…………君にも、あの声が聞こえたのだね。この海辺に歩み寄り、誰かを呼んでいた者だ。それは君かもしれないし、他の誰かへの呼びかけがこちらに漂着したのかもしれない。そんなものを呼び寄せてしまうような事がどこかで行われたのだろう。………とは言え、そこまで条件が整っていても道を繋げて這い上がる事は出来なかったから、まだ暫くは海の底から出られないのだと思うよ。元より、岸に上がって来る時期ではないと思うしね」

「もしかして、………」



その名前を呼ぼうとすると、指先がふっと唇に触れた。


こちらを見下ろすディノの眼差しは優しいが、それはやはり、優しくても魔物の眼差しである。



「今はまだ、その名前を出さない方がいいだろう。………あのような者の呼びかけはね、寄る辺ない者や、在るべき場所から引き離された者、そして、子供などに届いてしまい易いものなんだ」

「…………むぐ、可動域…………」

「君は、この世界での運命を持たないから、どれだけの守護を得ていても、あのような者の目に留まる可能性がある。………だから、あの声が聞こえてきた今夜は、君の証跡や得ている祝福に、ああした者達が手をかけられるような場所がないかどうか、調べていたんだ」

「私はすっかり眠っていたのに、ディノは気付いてくれたのですね」

「…………おいで。もう怖いものはいなくなったよ。それに、君が辿ってきた証跡に続く扉も、もう閉じてある」



甘やかな声にむふんと心を緩め、ネアは大事な伴侶の腕の中でぎゅっと体を寄せた。


(きっと私の思考に重なったあの声は、私の証跡を辿ってくれていたディノの心の声だったのだろう…………)


ディノはまだ少し魔物らしい佇まいだが、ネアにとっては、こうして夢の中でももう怖くないよと抱き締めてくれる人がいるだけで、にんまりと微笑みたいくらいに幸せな事なのだ。



「あの声が聞こえた時、私の周囲には、雨の降るガゼボや森と湖など、色々なものが浮かんでは消えたりしていました。…………それが、ディノの辿ってくれた証跡だったのでしょうか?」

「君には、そのように見えていたのかな。私には、深い森を歩くようなものなんだ」

「まぁ、見え方が違うのですね」

「うん。私は君が辿ってきた場所の全てを、実際に知っている訳ではないからね」



ひょいと持ち上げられ、海辺を臨む窓に向かって歩いてゆくディノの髪を、伸ばした手でそっと撫でた。

夜の光の中でその輝きが素晴らしかったからであるし、伴侶はいつだって大事にするべきだからでもある。



「ディノ、私が見えていた場所には、魔法などない世界だったのに、それでも私を守るものを呼び寄せる魔法をかけようとしてくれた、いつかの父の後ろ姿がありました。それに重なるように、こちら側で誰かを呼び寄せる同じような詠唱を聞いたように思うのです。もしかして、ディノも私を沢山呼んでくれましたか?」


そう尋ねると、こちらを見た魔物は淡く微笑んだ。

瞳の色や口元の僅かな変化ではあるが、その穏やかさとひたむきさで表情に宿る温度ががらりと変わる。


「…………うん。私も君を呼んだよ。この世界に呼び落し、練り直しをしてまで君をここに繋ぎ止めた。けれども、そうして手を伸ばしたいと願う君を見付けたのは、偶然が繋いだものだった。だから、もしかすると、様々な願いや祝福や呪いが幾重にもかけた橋のどれかが、そうして私と君を繋いだのかもしれないね」


その静かな声に、ネアは頷いた。


「…………ええ。そうなのかもしれません。………私はこの世界に来て、様々な出来事が糸のように織り上げられ、はっとするような織り模様が生まれてゆく様を何度も見たような気がします。………そうして、意味があったのだと信じたいのは私の感傷に過ぎませんが、少なくとも、してやったりといういい気分にはなれますからね!」

「してやったり、…………なのかい?」

「ふふ。私はとても心の狭い人間なので、私を不愉快たらしめたあの世界の環境も、私の大事な魔物が悲しかったり寂しかったりしたどこかの出来事も、この今の毎日が積み上げてくれる、これでどうだという自慢の幸福感でまとめてぽいなのですよ?もう、私にはディノがいますし、ディノには私がいますので、あんなものに損なわれる事はないのです」


その言葉は、どれだけの充足なのかを示す宣言でもあり、こうして夢の裏側でもネアを守ろうとしてくれるディノへの誓いでもあった。



「…………可愛い」


すると、くしゃんと目元を染めて頭をぐりぐりと押し付けてくる、いつもの魔物の出来上がりである。

ネアは、己の技量が怖いくらいの有能さではないかと得意になりつつも、そんな魔物をもう一度大事に撫でてやった。



ざざんと海が揺れ、あの美しい海辺の街の夜景が広がっていた。


夢の中だというのでもっと閑散としているのかなと思ったが、並木道には人々の影があり、ファルゴの伴奏のギターの音に、伸びやかな歌声までが聞こえてくる。



「君が好ましく思ったものが、そのまま投影されているのだろう。そこに生きる人々がいるという事は、君は、この国の人々の生き様も気に入ったのだね」

「そうなのだと思います。ディノ、またこの国にお泊りに来ませんか?きっと、ウィリアムさんやアルテアさんの介助が必要になってしまうに違いないお国柄ではありますが、それでもこの国はとても大好きなのです」

「うん。では、また来ようか。…………ネア?」

「ここなら、誰もいないのでファルゴを試してみます?」

「…………ファルゴは、…………ネアがずるいから、いいかな」

「どんな理由なのだ」



そんな話をしながら、二人が和やかな空気に包まれた時だった。

ばしゃんという激しい物音がして、ネアは驚いて飛び起きる。



「むが?!」


体を起こしたのはホテルの寝室で、ばくばくする胸を押さえて周囲を見回すと、窓に何だかよく分からないものがへばりついているではないか。


「ディノ………」

「目が覚めてしまったね。…………あれは何だろう…………」

「お、おのれ、深夜に心地よく眠っている乙女の寝室の窓に貼り付くなど、許すまじ…………」

「ネア、近付かないようにしようか。何なのか、…………分からないからね」



困惑したようにディノが見ているのは、イタチかラッコかなという毛皮の生き物である。

だが、造形のよく似たそれらの獣よりも遥かに薄っぺらく、窓に貼り付いてむぐむぐと何かを食べていた。

とんでもないものを食べていたらどうしようと目を凝らせば、幸いにもそれは、海帽子の木に実るナツメヤシのような形状の緑の果実であるようだ。



ネア達の部屋の窓に貼り付いた個体は、ディノが魔術でそっと剥がし、ホテルの周囲にある緑地に捨ててきてくれた。


しかしその際に判明した恐ろしい事実によると、同じような生き物が大量にあちこちに落ちていたというではないか。


襲撃か何かだろうかと震え上がったネアは、起きてしまったお客の部屋に説明に訪れたホテルの支配人から、ここから少し離れた場所にある別のホテルに宿泊している観光客が、召喚魔術の事故を起こしたのだと聞き、わなわなした。



「むぐる…………。アルテアさんは、すっかり私がしでかしたと思い、お前だなとカードに書いてくるのですよ」

「波ラッコ…………」

「ディノは、初めましての魔物さんなのですか?」

「うん。パンの魔物よりも階位の低いもののようだね。…………風に飛んでしまうのかな」

「先程の支配人さんの説明によると、海から離されると飛んでしまうらしいですね。なぜそんな特定の環境下でしか伸びやかに暮らせない生き物を、歌乞いで呼んでしまったのだ…………」

「うん…………」



あんまりな事件に見舞われ、ディノは少し怯えたようにネアの羽織りものになっている。


波ラッコを捨てに行く際に外を見てきてくれたのは、先程の夢でこちらに触れた者がいたばかりだったので、その関連の土地の異変が起きてはいないかと確かめに行ってくれたのだ。


だがその際に、あちこちの木々に引っかかり、或いは地面に落ちてもぞもぞしている波ラッコを見てしまい、ディノはすっかり怯えてしまっていた。



「そんなアルテアさんは、途中だった商談を片付けてから、こちらに来るそうです」

「ああ、屋敷の近くでアイザックの気配を感じたんだが、アルテアを訪ねて来ていたのか。夜遅くまでよくやるな………」



そう頷いたのは、ディノが波ラッコを捨てに行く間、ネアを保護していてくれたウィリアムだ。


こちらも、突然飛んできた波ラッコが寝室のある部屋のバルコニーに落ちてきたそうで、ぐんにゃりした毛皮の生き物を敷地の外に捨てる作業をしたばかりの、ちょっとお疲れな終焉の魔物である。


自分の屋敷の周囲を片付けてから、すぐにネア達の部屋に駆け付けてくれたウィリアムのお陰で、ネア達は、この波ラッコ事件が、コルジュールでもそうそうない事態だという事を知る事が出来た。



どうやら今回の事件は、観光客の子供が、コルジュールの歌乞いと魔物達の関係に憧れ、こっそりとホテルで歌乞いの儀式を行ってしまい、引き起こされた事のようだ。


儀式を行った少年が憧れ思い描いたのは、男達とファルゴを踊っていた凛々しい魔物の一人であったが、儀式の最中に、うっかり観光ボートで見て来たばかりの波ラッコの姿を思い浮かべてしまい、こんな事故になったらしい。


両親に怒られて街の役所に出頭した少年は、観光客と言うこともあり、厳重注意で済んだようだ。

とは言え、人的な被害が出ていたら、その程度のお仕置きでは済まなかっただろう。




「このような場合は、個体ではなく群れで呼び寄せてしまうのですね…………」

「その人間の可動域は、随分と高かったのではないかな」

「まぁ、それで一網打尽な感じなのです?」

「やれやれ。後は、呼び出された波ラッコが、大人しく海へ帰ればいいんだがな…………」



どこか遠い目でそう呟いたウィリアムの懸念通り、召喚された波ラッコ達は、すっかり少年が気に入ってしまい、海に帰らないと駄々をこねたのだそうだ。


しかし、海から離れると僅かな風でもぺらりと飛ばされてしまうので、屋根に引っかかってなかなか下りれなかった個体がすっかり弱ってしまった事を切っ掛けに、何とか、海にお帰りいただく事が出来たらしい。




そんな夜の騒動を経て、コルジュールの街は穏やかな朝を迎えた。

ネアは、爽やかな朝の光を浴びるテラスで朝食をいただきつつ、隣に座った魔物をそっと盗み見る。


そうして、この世界に呼び落されたその日にネアの前に現れたのが、波ラッコのようなおかしな生き物の群れではなく、伴侶として暮らしてゆけるこの魔物で良かったと、心から運命に感謝したのであった。









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