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バルバと竜と焼きスグリ 2




「ほわ、……………あんなに沢山あったタルタルが、消失しました」

「こっちを見ても、追加はないぞ。お前には、ボウルごと渡しただろうが。それ以上は食い過ぎだ」

「残念なことに美味しいタルタルの時代は去りましたが、この先は焼き棘牛さんが登場するので、そちらで楽しませていただきますね」



勿論そんな棘牛が焼き上がる迄の間には、他のお料理などをいただく所存だ。

雨の花のチーズ焼きもとても美味しいし、しゃくしゃくと筍のような食感の、熟していないあざみ玉も美味しい。


尚、今年からは薄く焼いた砂漠の国で好まれるというチャパティのような物も登場しており、これにお肉を載せて食べたらさぞかし美味しいだろうなと心を弾ませる。


ディノが初めての食べ物に困惑していたので、ウィームのパンのように単体で食べるというよりは、具材を挟んだり、シチューのようなとろりとしたおかずに浸しながら食べる方が向いている物だと教えてやる。



「ちょうどいいところに、塩だれの鶏肉様が焼き上がりましたので、試してみましょうか」

「うん。……………ここに載せるのだね」

「はい。そして、くるりと巻き挟んでしまうと指が汚れずにいただけますよ」

「挟む…………」



おぼつかない手つきで、鶏肉の香草塩だれ焼きのチャパティサンドを仕上げた魔物は、ネアに促されてぱくりといただき、水紺の瞳を瞠った。


これはきっと美味しかったに違いないと様子を窺えば、目をきらきらさせて嬉しそうに食べているので、ネアは、また一つ新しい発見をしてしまった魔物に微笑みかけてやった。



「……………むぐ?アルテアさんの、チャパティサンドの欠片が、お口の中に押し込まれました」

「このソースをかけると味が変わる。シルハーンには向かないが、少し辛くするのもありだな」

「……………ふぁむ。美味しいれふ」

「おや、私はこちらの方が好きかもしれませんね」

「うん。辛いソースをかけるのも美味しいね」


ヒルドとノアは辛いソースを支持したが、アルテアの言う通り、ディノはかけない方が美味しく食べられるようだ。


エーダリアはどうかなと思えば、チャパティ対決に気付きもせずにバーレンと土の系譜の魔術の話をしていて、ネアは、この二人はなかなか相性がいいのではないかなと思っている。


グラストとゼノーシュは、ダナエと美味しい氷菓子の話をしてこちらも盛り上がっているようだ。



「……………おや、妖精の道ですね」



そろそろ棘牛焼きの降臨かなと期待に身震いしていると、ヒルドが小さく呟いた。

おやっと目を瞠ってヒルドが見ている温室の扉の外側を見れば、小さな水色の花をつけた植物の花輪が、入り口前の石畳の上に積み重ねられている。



「……………花輪でしょうか」

「わーお。妖精の道の報せかぁ」

「妖精さんの………」

「シルハーン、こいつが巻き込まれないように繋いでおけ」

「ネア、紐をつけておこうか。食事の間は、両手を開けておきたいのだろう?」

「解せぬ…………」



楽しいバルバの日に紐で繋がれた哀れな人間が外を見ている間にも、もう一つの花輪がぱさりと落ちて来た。


この位置からでは見えないが、どうやら木の上から投下されているようだ。

美しい花輪の花びらが散ってしまうので、どうかもう少しそっと置いて欲しいと思わずにはいられないのだが、これは、高位の妖精が近くを通るという先触れであるらしい。



「まぁ、それで花輪を落としてゆくのですか?」

「我々がここにいることを知り、今から暫くは外に出ない方がいいという報せとして、花輪を置いていったのでしょう。大抵は戸口や窓辺に落としてゆくそうですよ」

「昨年の秋に、騎士棟の裏口にも置かれていましたよ。ゼベルが気付かずに扉を開けかけ、エアリエル達に注意されたそうです」

「うん。僕も気付いたから、すぐにグラストに知らせたの」

「お知らせの為だけに、花輪を作ってくれるのですね………」


手に取った訳ではないが、落ちている花輪は、何種類かの花を使った手の込んだ物だ。

各所に配布する用に作るとなると、なかなかの手間ではないだろうか。


「この花輪は、贈り物でもあるそうですが、妖精の気配が強いので、家の中に持ち込むのには向きませんね。ただ、無事に妖精達が立ち去った後には祝福を帯びますので、庭木などにかけておくと数日間は災いを払いますよ」

「まぁ、それは素敵ですね。ヒルドさんに、この花輪の意味を教えて貰わなければ、誰が花輪をくれたのだろうと探しに行きかねませんでした……………」

「ヒルド、この花輪の合図は、妖精の中でも古い種族の作法だと聞いているが、そうなのだろうか?」


そう尋ねたのはエーダリアで、何回かこの花輪に出会った事はあるものの、花輪を落としていった妖精達を見た事はないらしい。


「ええ。そして、植物との親和性の高い種族の作法のようですね。互いの道が交差しないように暫し待って欲しいという印ですので、人間に好意的な、けれども共存には向かない種族でもあるのでしょう」

「この気配だと、森揺らしか雨研ぎではないかな。竜種の中の春闇みたいな立ち位置の妖精だよ。明確な形を持たない状態を有している、珍しい妖精達だ」

「うん。そのどちらかだろうね。雨研ぎは遭遇するとひと月程冷え性になるから、僕の大事な妹が遭遇しなくて良かったよ。ほら、女の子は体を冷やさない方がいいってよく聞くからね」

「むむ、これからは伸びやかな季節になりますので、冷え性は困るのです」



雨研ぎは、雨靄のスカートを翻して現れる乙女達だが、嫋やかな姿を見せながらも、身を研ぐような鋭い雨を司る妖精達なのだという。


雨の系譜の魔術が刺し貫くように体に浸透するので、その雨に打たれた者の体には根深く冷えが残る。

特に冬場などは、命にかかわる事もある危険な妖精なので、見かけた際には注意が必要なのだそうだ。


もう一方の森揺らしは、風も吹いていないのに森の木々がざわざわと揺れているような日に訪れる者達で、こちらは姿を見ると死んでしまうと言われている、致死性の高いもっと危険な存在だ。

森色の靄のような姿や、木の葉の翼を持つ大きな鳥の姿をしているのだとか。



では、そのどちらがこの森の近くに来ているのだろう。


ヒルドが魔術通信をかけ、リーエンベルクの騎士達にも注意喚起がなされた。

害を成す者ではなさそうだと言うことで、暫く外に出ないようにという連絡だけで済ませ、グラスト達が戻る必要はないと聞いたネアは、ほっとして胸を撫で下ろす。



ふっと、陽が翳ったようにして森が暗くなる。


すぐ近くに人ならざる者が訪れているのだと分かる様子には、領域外の存在の来訪を告げるどこか不穏な気配も漂うのだが、幸いにしてこちらは安全な温室の中にいるのでと、引き続きバルバな時間だ。



まずは塩だれからと、漬け込まれていた棘牛のお肉が、じゅわっと音を立てて網の上に置かれる。

飲み始めのニワトコシロップの飲み物が終わり、ヒルドが、ダナエ達が持って来てくれたお酒を開けてくれた。



きゅぽんと、コルク栓を抜く音が小気味よく響き、ゼノーシュが檸檬色の瞳を輝かせる。



「わぁ、いい匂いだね」

「まぁ、果物のような爽やかで甘い香りがするのですね」

「淡泊な味付けには向かない酒だが、この手の料理には抜群に合う。悪くない組み合わせだな」

「うん。バルバにはいいと思った」

「あちらの国は、肉を食べる事が多いし、味付けが濃い料理が多いもんね。……………うん。巨人の酒の系譜の魔術は感じないね。ネアも飲んで大丈夫だよ」

「むむ、では私も少し試してみますね。美味しいお肉と合うと聞いて、試さない手はありません!」



蒸留酒などを楽しむ小さなグラスに、一枚のミントの葉を入れると砂糖と夜陽炎の酒が注がれ、皆に回された。


グラスの中のお酒は淡い琥珀色をしていて、それなのになぜか青さを感じるという不思議な色合いだ。

ネアでも飲めるかどうか先に口をつけて確認してくれていたノアに続き、ネアもそのお酒を飲んでみる。



爽やかに鼻に抜けるミントの香りは、雨上がりの草原のような不思議な清涼感があった。



「……僕ね、このお酒はバルバにぴったりだと思う。グラストもきっと好きだよ」

「ああ。爽やかな味わいだな。………これは美味い」


一口飲んで目を瞠ったグラストに、ゼノーシュが嬉しそうにその顔を見上げている。

アルテアとエーダリアも気に入ったようだが、ネアには、美味しいものの食事と飲むには強めのお酒だと思えた。


ネアとて弱くはないのだが、どちらかと言えば、お酒を飲み慣れた人向けの物なのかもしれない。

二口目を口に含むと最初よりも格段に飲みやすくなっていたので、一人で飲むと加減が難しそうだ。



「瑞々しいというよりは、からりとするお酒なのですね。お肉の脂っこさなどがしゅわっと消えそうですので、確かにお肉料理に合いそうです」

「ネア、酔ってしまわないかい?」

「ふふ。お酒独自の香りがしっかりありますものね。ですが、このくらいであれば、美味しくいただける範疇ですよ」



ここで、焼いたばかりの棘牛の香草塩だれ焼きがお皿の上に齎された。


ネアは湯気を立てている美味しそうなお肉に心を弾ませ、そんな来訪の手助けをしてくれた使い魔に感謝の念を送る。

しかし、使い魔契約があったのでうっかり心が通じ合ってしまったのか、こっそりの感謝であったのにこちらを振り向くではないか。



「……………なんだ」

「むむ、こんなに美味しいお肉を授けてくれたアルテアさんに、感謝の念を送っていました」

「いいか、調子に乗って、食べ過ぎるなよ。この量の殆どはダナエ用だからな」

「ふふ。この後に他のお味の漬けダレがあることも、私はちゃんと認識しているのですよ?そして、今回は初めましての食材がまだ残っていますから、油断せずに楽しむ予定なのです」

「初めての食材?…………ああ、スグリだな」

「ゼノから、とても美味しいと聞いているので、楽しみにしていますね」



(……………あ、)



ここでネアは、ヒルドのグラスに小さな蜃気楼のようなものが映った事に気付いた。

目を瞬き、慌てて隣のディノにも教えると、陽炎の系譜の魔術には蜃気楼が呼び込まれる事があるのだそうだ。


ネアには分からないが、これは果実の香りのような害のない蜃気楼なのだとか。

ふむふむと頷き、そのグラスの上に揺らいだ夜の街を暫し眺めた。



(青い夕暮れに、砂色の石造りの建物が金色に滲むようで、なんて綺麗なのかしら……。どこの街並みなのだろう………)



「…………美しい街だな。カルウィの都市だろうか」


ネアもすっかり魅せられてしまったが、そう呟いたのはエーダリアだ。

素直に目を輝かせているエーダリアに、ふと、バーレンが優しい微笑みを向けているのを見て、ネアは、やはりこの上司は一般枠ではないなと遠い目になる。



「特徴的な鐘楼が見える。ヨックの街並みだろうな。カルウィの地下にある、砂の妖精達の区画だ」

「まぁ、妖精さんの街なのですね…………」

「酒を造った者が、ヨックを思ったのか、或いはヨックの道具を使ったんだろう。木彫りの道具と彩色したタイルが有名な土地だ」

「良い物をいただいたと思っていましたが、思いがけない土地の風景を見られる喜びもあったようです」


そう微笑んだヒルドに、蜃気楼を覗き込んでいたダナエとバーレンも頷いた。

この蜃気楼は二人が別の瓶を飲んだ時には現れなかったようで、この街にはまだ行った事がないと話している。


ネアは、ここは余さずに異国情緒を味わってみせるのだと、慌てて塩だれの棘牛をチャパティサンドにしてあむりと齧った。

すると、異国の街並みで美味しい料理をいただいているような、不思議な充足感を味わえてしまう。



ヒルドがグラスに口をつけるとその蜃気楼は消えてしまったが、それでも、目蓋の裏には儚く美しい夕暮れの景色が残っている。


ヨックは夜の系譜の妖精達の街のようで、陽光の資質を持つ者を慕うのだそうだ。

それを聞いたゼノーシュは、慌てて、グラストは絶対に行ってはいけないと言い含めていた。


その次に登場したのは棘雉だ。

昔はリーエンベルクの近所にも多く見かけられた生き物だが、雪の妖精達が大好物で乱獲してしまい、都市部を離れた山間や深い森などに逃げられてしまった。


ネアは初めていただいたのだが、お肉の味としては旨味の強い鶏肉といったところだろうか。

こちらは油を落とさずに焼くのがいいと言う事で、網の上に耐熱皿を置いてローズマリー風味の蒸し焼きにする。


生き物としての謎は尽きないこの世界の雉だが、食材としてはある種無難な美味しさだ。

とは言え、棘シリーズの例に漏れず、その種のお肉の味を格上げしたような美味しさである。



「そろそろ、スグリも焼くぞ。こちらの漬けだれの棘牛には、付け合わせにしてもいいからな」

「むむ、お肉に合わせる果実のソースのようになるのです?」

「ああ。バターに近い風味が肉料理にも合う。食感としては、しっかり焼くとマッシュポテトのようになる」

「…………そして、岩風な皮ごと網の上に置くのですね」

「少し焼いたら、上に一度ナイフを入れておくと、爆発せずに済むんだ。くれぐれも、俺が焼いている物に勝手に触るなよ」

「という事は、そうしないと爆発するのです……………?」

「予め水につけて柔らかくしておいてもいいんだが、そうすると風味が落ちるからな」



(やはり、話しておいた方がいいかもしれない…………)


ネアはここで、もしもの場合は爆発するらしい岩スグリの在り方に俄かに危険を感じ、先程、籠の中に積み上げられていた岩スグリが少しだけ動いたような気がすると申し出てみた。


すると、無言で眉を跳ね上げたアルテアが、ノアにすぐさま籠の中を調べるようにと言いつける。


選択の魔物は絶賛、岩スグリを焼いているところなので手が離せないのだ。

こちらもこちらで、ナイフで切れ目を入れる瞬間を見逃さないよう、細心の注意を払う必要があるらしい。



「…………ありゃ。おかしな痕跡があるな」

「痕跡?…………妙なものは混ざってないな?」

「うん。ここに残っている物は、食材として何の問題もないと思うよ。ただ、この籠の中に僅かだけど転移の痕跡があるんだ。………ってことは、何かがここから立ち去ったのか、この籠に触れた何かがいるって事だよね」


どこか釈然としない面持ちでそう伝えたノアに、アルテアが小さな溜め息を吐く。


今日はバルバの煙の香りが付かないようにと上着は着ておらず、白いシャツにジレ姿で、あまりにも華麗にバルバを仕切ってくれるのでたいへん眩く見える。

おまけに、相変わらず綺麗に織り上げた袖をシャツガーターで留めている繊細さには、袖を雑にまくる派のネアは畏敬の念を感じずにはいられないのだった。



「ネア、僕たちが来てから?」

「ええ。ゼノとグラストさんが来てからなのですが、そもそも温室の中に全員が揃ってからの事でしたし、何だろうかと凝視してもその後の動きがありませんでしたので、積み上げ方が不安定で崩れたのかなと思って気にしていませんでした」

「であれば、何かが入り込んだという可能性はなさそうだね」


そう呟いたディノも、では何があったのかという事は分からないらしく、首を傾げている。

しかしここで、驚くべき発言をした者がいた。



「岩玉スグリは、沢山食べようとすると逃げるものもあるよ」

「…………は?」


そう教えてくれたダナエに、アルテアが茫然としてしまったが、ネアは、正式名称にも岩が付くのだなとおかしなところで感動してしまっていた。

ネアの中では岩スグリであったが、本来の名前と一文字違いとはなかなかの予測精度ではないか。



「そう言えばダナエは、岩玉スグリが自害したと話していたこともあったな…………」

「うん。あの時は、スグリの系譜の天敵であるレインカルが近くにいたからではないかな」

「え、スグリの系譜の天敵ってレインカルなの?それも初耳なんだけど…………」



以前ダナエが見付けた岩玉スグリの茂みには、沢山の実がついていたらしい。

美味しそうなので食べようと思って近付きかけたが、レインカルの群れが先に食べ始めてしまった。

小さな子供もいたので、譲ってあげようと立ち去りかけたダナエは、レインカルなどに食べられるくらいであればと、自爆した岩玉スグリを見たそうだ。



「ちょっと待って下さい。…………となると、こやつは植物ではない何かなのですか?」

「あのね、苺や林檎と同じ普通の植物なんだよ。でも、植物の系譜だからそういう事もするのかも?」

「なぬ…………。頭の整理が追いつきません」

「別の時に食べようとした岩玉スグリは、外側の茂みの実が、転がって逃げていった」

「…………スグリとは」

「ほお、となるとレインカルが近くにいると分かって逃げだしたのかもしれないな」

「…………なぜ私の方を見るのでしょう?私は、目つきの悪い灰色熊ではありませんよ!」

「ご主人様………」


場合によっては逃げたり自爆したりしたかもしれない岩玉スグリを焼きながら、にやっと笑ったアルテアはすかさずご主人様を虐めてくる。

可憐な乙女を何というものに例えるのだと反論すれば、あまり荒ぶるとスグリが自爆するぞと脅されるではないか。



「ぐるる…………」

「…………ご主人様」

「み、見るがいいのです。この通り、岩玉スグリを手に取っても、爆発はしないではありませんか!」

「ネア、万が一があるといけないから、それは持たずにいようか」

「…………ぎゅむ」

「よーし、いい子だからお兄ちゃんに預けてくれるかい?」

「なぜ、爆発する前提で語られるのだ。解せぬ」

「お前の共通認識が、レインカル寄りなんだろうな」

「ぐるるる!」



アルテアの言葉に、ネアが、唸り声を上げた瞬間の事だった。


ノアが回収しようとしていた岩玉スグリが、ぱりんと儚い音を立てて粉々になってしまったのだ。


しんと静まり返った温室の中で、ネアの手の中にあった岩玉スグリは、爆散もせずに静かに粉々になるとそのままさらさらと細やかな光の粒子になって消えていってしまう。



「…………このような反応が出るのか。これは、事例を集めてガレンで研究してみたいな」

「エーダリア様?」

「い、いや、…………だが、周辺に害を及ぼさない小規模な魔術崩壊に近い反応は、滅多に見れないのだぞ」

「………この岩玉スグリめは、ただ、寿命だったのでしょう。私が触れていた事と崩壊については、一切の因果関係の証明はありません」

「往生際が悪いぞ。どう考えても、お前を恐れて自爆したんだろうが」

「わーお。それも、下手にこちらを傷付けて報復されないように、かなり気を使って自爆したよね…………」

「ディノ、こやつめは、私が怖くて自爆したのではないですよ?」

「…………うん。ご主人様」

「な、なぜ震えているのですか?私は可憐な乙女であって、決してレインカルの要素などない生き物なのです…………」



そんな悲しい事件を挟んだものの、網の上で少し表皮を少し焦がしてから十字に切れ目を入れ、ほくほくになるまで焼いた岩玉スグリは、とても美味しいものであった。


小ぶりな林檎くらいの大きさで、確かに形状はスグリのままだが、見た目は岩そのものである。


どうやって食べるのだろうと見ていれば、焼き上がると綺麗に岩部分の皮が剥けるようになり、オレンジのようにつるりと皮を剥がして中身だけをいただく方式だと判明した。



「はふ!…………むぐ。ほくほくして、とても美味しいです!!」

「…………美味しい」

「ふふ。ディノはこれで、二個目の新しい美味しさとの出会いでしたね」

「うん。これだけでいいかな………」

「ディノは、お肉に添えずに岩玉スグリだけで食べるのが気に入ったようです」

「僕は、肉と合わせるのがいいかな。…………うん。これはいい組み合わせだね」

「これでね、パイにも出来るんだよ。前にトンメルで食べた事があるんだ」

「なぬ。パイ…………」

「今日食べた物量を考えると、焼いてやるにしても、少なくとも二週間後だな」

「………ぎゅむ」



ネアは、このほくほくの美味しさを思えば、ポテトパイなどに近い味わいになるのかなと心を弾ませたものの、残念ながら提供はまだまだ先になるらしい。


ダナエはこの焼き岩玉スグリと、濃厚な茶色いソースを漬けだれにした棘牛の組み合わせがすっかり気に入ってしまい、用意されたものをぺろりと平らげてしまう。



「アルテアと、ずっとバルバがしたい。ネアやみんなもいて楽しい…………」

「良かったな、ダナエ」

「うん。ここは、いつも楽しい……」

「この騒ぎを考えてみろ。一年に一度で充分だ………」

「ええと、結局、岩玉スグリは何個焼いたのかな…………」

「ダナエだけで、三十個だな」

「…………わーお」



勿論、ネアとてそんなアルテアを、お肉を焼いてくれるだけのバルバの魔物だとは思っていない。


合間合間に、蒸留酒やシュプリなどをグラスに注いであげ、時折、強請られるままに、お口にお肉を押し込んであげたりもしている。

この、焼き物作業中の使い魔介護とも言うべき行いは、海遊びなどでも必要とされる重要な任務だ。


任務を果たすと美味しい棘牛焼肉が配給されるので、たいへん有意義な時間を得られる。



「来年も、岩玉スグリが食べたい………」

「これは、市場に入荷があるかどうかだな」

「…………持ってくる」

「そうするにしても、鮮度が落ちる三日以上前の実は持ち込むなよ」

「わかった。新鮮な実を持ってくる………」

「………そう言えば、今年の棘牛さんはダナエさん達が持って来てくれたのですか?」

「うん。でも今年は、一頭しか捕まえられなかった」

「…………三頭繋いであったぞ?」

「であれば、それはリーエンベルク側で用意してくれたものなのではないか?俺とダナエで運んできたのは、一頭だけだ」



そんなやり取りに、ネアは、エーダリアとヒルドと顔を見合わせて首を傾げる。


確かに、先日の水路の事件での報酬としては棘牛を用意したが、今回はダナエの持ち込みがあると思っていたので、用意していなかった筈である。

その代わりに、美味しい鶏肉や冷たいスープにサラダなど、アルテアと相談の上こちらで用意した食材や料理もある。


先程からバーレンがつまんでいる新鮮なチーズも、エーダリアが事前にロマックに頼んでおいてくれたものだ。



「…………野生の棘牛だったのかな?」

「それはないだろうな。係留の縄に、バルバ用と書かれたタグが下がっていたぞ」

「わーお。誰かからの差し入れかな…………」

「む。なぜこちらを見るのでしょう。私が狩ってきたのではありませんよ?」

「ほら、会的な」

「かいなどありません…………」



立派な棘牛の差し入れの主は不明であったが、アルテア曰く、捕獲してきたのは竜で間違いないとのことであった。

竜による運搬の痕があったので、ダナエとバーレンの持ち込みだと判断をしていたらしい。



「かいなどはないはずなので、タルトをいただきますね!」

「僕もいっぱい食べちゃったけど、ネアの会の人が持って来たなら安心だね」

「か、かいなどありません…………」

「ご主人様…………」




みんなでたらふく食べ、美味しいお酒をいただき、デザートのタルトも食べ終えてから窓の外を見ると、先程の薄暗さはすっかり消え失せ、穏やかなウィームの森には、澄んだ木漏れ日がちらちらと揺れていた。



花輪を落とした妖精達は、無事にどこかへと通り過ぎていったようだ。


ただし、その妖精の痕跡を追いかけてゆくと、アルバン近くの農場で棘牛を一頭攫っていっているので、もしかすると、窓からこちらのバルバの様子なども見ていたのかもしれない。



出荷前の棘牛を奪われてしまった農場には、代金のつもりなのか、立派な森結晶の塊が残されていたらしい。


それだけで数年分の稼ぎに相当してしまう森結晶を手にした農場主は、老朽化した設備や道具を買い替えたばかりか、妻子を連れて戻ってきた息子の為に立派な家を建ててやったのだそうだ。



それを聞いたネアは、きっと増えていた棘牛も妖精達からの贈り物に違いないと、晴れやかな気持ちになったのだった。







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