152. 尖り棒と戦います(本編)
森から引き摺り出すまでもなく、ずるりと出てきたフリル棒は、まるで歴戦の兵のようにぶるりと身震いをした。
「…………むぐ」
ネアは、ピンク色のフリルを纏った筋骨隆々とした兵士を思い浮かべてしまい、あまりの破壊力に青ざめる。
しかしその慄きは、フリル棒が、こんなところにあるとは思わなかったリンゴンベリーの見事な茂みを踏み潰すのを見るまでだった。
せっかく赤く実った実を無残に踏み潰してしまったフリル棒に、木の上に避難していたもわもわ兎型の妖精が目を瞠って震えている。
そしてそれは、そんな兎妖精の競合としてリンゴンベリーを狙うのも吝かではない、強欲な人間の心にも大きな衝撃を与えた。
そんな事を気にかける様子もなく、その周囲にあった小さな小花も踏み潰してずしずしと前進してくるフリル棒の足跡には、無残に潰れた赤い実の汁がどこか凄惨な色を残している。
「…………美味しそうなベリーが踏み潰されました」
「ネア?」
「おのれ、許すまじ。きっといいジャムになったに違いないのです!こんなピンクの軟弱棒など、すぐさま滅ぼしてくれる!!」
「ネア、落ち着いて!」
だしだしと足踏みをして憤りを示すネアに対し、フリル棒は笑止と言わんばかりの冷ややかな気配をこちらに向ける。
人間の小娘ごときの挑発には乗らない冷静さに、周囲の騎士達がごくりと息を飲んだ。
顔に相当する部分がなくとも、ノアの方を熱心に見ているのは分かるので、塩の魔物の顔色は良くないようだ。
(でも、………聞いていたように、ディノやエーダリア様を狙う事はないのだわ。向こうでは、ゼベルさんも狙われていないようだし…………)
それはせめてもの朗報だろう。
残念ながらリーエンベルクの騎士達に既婚者は少ないのだが、戦ごとの中で絶対に狙われない人員がいるというのは戦略的にも大きな意味を持つ。
「ノアベルト、終焉の魔術を借りるから、遮蔽の徹底をお願い出来るかい?」
「うん。でも、シルがその系譜の魔術を使うのって珍しいね」
「祝祭道具だからか、随分と守りが頑強なようだ。おまけに魔術階位も高いから、終焉の系譜の災厄を内部で再現して内側を腐敗させてみるよ。…………ネア、それまでは動いてはいけないよ?」
「はい!………ぐるるる。弱らせた後は、私が踏み滅ぼします。リンゴンベリーの敵です………」
「そのような魔術の扱い方も出来るのか…………」
(…………あ、)
鳶色の瞳を丸くしたエーダリアが感嘆の呟きを落としたその直後、フリル棒の足元の草花が見る間に枯れ落ちていった。
さりさりと霜が育つように色を変え、フリル棒そのものの色合いも僅かに黄ばんでゆく。
そして、その瞬間を逃さなかったのは、二人の騎士だった。
ノアと連携したエーダリアの指示でさっと飛び出し、一人が囮になってフリル棒の目を引いている間に、もう一人がすらりと抜いた剣を振り下ろす。
がきんと固い音がして、先程のネアの道具ではへこむくらいの傷しか与えられなかった固い木の表面に深い傷が残される。
ぎゃおおおんと、フリル棒が鳴いた。
その鳴き声に、周囲の木々の枝に隠れていた妖精達が一斉に逃げ出すような悍しい声だ。
ここで、状態の異常さに気付いてしまうと戦闘意欲が損なわれるので、恐らく脳内で祟り物の獣か何かに変換して扱うのがいいのだろう。
この悍ましさだがフリル棒なのだと気付きかけてしまったネアは、一瞬心が虚無になりかけたものの、慌てて、あれはファンシー棒ではなく邪悪な敵なのだと認識を塗り変える。
悲しい事だが、真実や現実こそが、唯一の活路を閉ざす事がある。
まさに今は、そんな瞬間であった。
「ディノ、私も行きます!」
「うん。腐敗は進めているし、君の守護は重ねてあるよ。ただし、あの木に素手で触らないようにね」
「はい!」
展開されている魔術の邪魔になってもいけないのでと、ネアはまず、きちんと参戦宣言をしてから応戦に加わった。
二人の騎士がフリル棒に跳ね飛ばされた瞬間を狙って飛び込むと、手に持った棒で、力いっぱいフリル棒を殴打する。
今回はしっかりと深い傷を与え、ばらばらと飛び散る木片に、ディノが話していた守りが固いという意味が分かったような気がする。
(木そのものを柔らかくしてからでなければ、攻撃が通り難いのだわ………!!)
だが、今回は攻撃が効いているようだ。
ここで手を緩めてはならないと考えたネアは、ぎゃおんと鳴いたフリル棒がのけぞった瞬間を狙い、続け様にヒルド直伝の蹴り技で戦闘靴の一撃をお見舞いした。
「…………っ、?!」
「ネア、一度下がるよ」
「は、はい!」
しかし、フリル棒は、これだけの傷を負っていても、思っていたようにばたんと倒れないではないか。
ネアは、一緒に飛び込んでくれていたディノに抱きかかえられるようにしてすかさず後退し、手負いとなって暴れるフリル棒の攻撃を避ける。
このフリル棒はどれだけ頑強なのだろうと、戦慄しかけたその時、最後の反撃を躱されたフリル棒が、ふっと動きを止めると、ずしんと大きな音を立てて倒れた。
「今だ!」
そう叫んだのは誰だろう。
こちらには、魔物達やネアがいるからか、席次のある騎士の姿はあまりない。
だが、席次を持たない騎士達もまた、ヴェルクレア国内でも有数の実力者達ばかりである。
倒れたフリル棒に飛び掛かり、かなり苦労はしていたようだが、何とか暴れる棒をばらばらにしてしまった。
「や、やりました!騎士さん達が、フリル棒を倒しましたよ!!」
皆で倒した尖り棒の最期に、ネアは感極まってびょいんと飛び跳ねた。
武器の棒を片手に垂直跳びをした人間の横で、荒れ狂うピンクのフリル棒を見続けなければならなかった伴侶の魔物は、とても疲れ果てていた。
「うん。終わったようだね………」
「まぁ、ディノ。すっかりくたくたなので、頭を撫でます?フリル棒めを弱らせてくれたご褒美です」
「ご主人様……………!」
「あ、そこまででいいよ。後は僕がシルの使った腐敗を利用して崩しておこう。………腑分けに手間をかけると、まだまだ同種の棒がいるからね」
「ああ。………こちらもなかなか手強いな」
「ぎゃ!エーダリア様が、既に二本目と戦っていました。わ、私だってなのです!」
ネア達がフリル棒の事後処理をしている間に、エーダリアは、近くにいた一人の騎士と共に反対側から襲い掛かってきた尖り棒を倒していたようだ。
一緒にいた淡い金髪を短めの三つ編みにした美しい女性のような騎士が、倒された棒の弔いの詠唱を行っている。
棒部分の細工を見るに、こちらもクッキー祭りの棒シリーズであるらしい。
「恐らく、クッキー祭りの道具達は、ひと揃えでこちらに来てしまったのだろう。まだ随分といるね…………」
「わーお。ざっと数えたところだと、残り十七体かな」
「まぁ、そんなにいるのです…………?」
「ノアベルト、その木の上にも一体いるのだ。………このような物が街に向かわなくて良かったと思うべきなのだろうが、……さすがに多いな」
森から姿を現しにじり寄ってくる尖り棒達の中には、さすがにもう、ピンク色のフリルの個体はいないようだ。
ディノが周囲を探ってくれたところ、悪変はあの一体だけだったそうで、この先は、地道に固い棒を倒してゆくばかりになるらしい。
勿論、襲い来る尖り棒はこちらの種類だけではなく、リーエンベルクの外周では、騎士達がそれぞれの持ち場で多種多様な尖り棒達と戦っていた。
寧ろ、どれだけの尖り棒があるのだと思わずにはいられない光景に、ネアは遠い目になる。
特に遠慮したいのは、羽のようなものがあってぶーんと飛び回る尖り棒だ。
ネアは昆虫にはあまり詳しくないが、あれはもはや蜻蛉でいいと思う。
がきんと、また一つ、ディノが祝祭の魔術を解いて柔らかくしてくれた尖り棒を、ネアは専用の道具で殴り倒した。
使い慣れてくると先端の少し曲がった部分を引っ掛けて使う事も出来るようになり、そこで尖り棒を一度こちらに引き寄せてから、ばしんと殴り付けられるようになった。
客観視すると、棒を持って棒と戦う乱暴者だが、これが祝祭の作法なのだから仕方ない。
周囲を見てみれば、こちらに応援で駆け付けてくれた騎士達の親族のご婦人方も、ネアと同じような打撃系の武器を扱っているようだ。
(ディノが、この戦い方で手首や肩を痛めないように、魔術で調整してくれているけれど………)
ここはもう、魔物達が一括で尖り棒を倒してしまえばいいのにと思う者もいるかもしれない。
だが、この戦いは祝祭の儀式なのだ。
尖り棒を生み出してしまった人間たちが、祝祭儀式として尖り棒を退け、そして葬る事に意味がある。
魔術の理と同じように、高位の魔物達すら完全に掌握する事が出来ないものの一つに、この祝祭そのものの約定が結ぶ魔術があった。
はらはらと舞い散るのは花弁ではなく、どこかで灰にされた尖り棒の残骸だ。
そんな災いの残骸が、なぜか儚く美しくひらりと舞う。
「エーダリア様?!」
ネアの正面に滑り込むように、ずしゃっと石畳を滑るように尖り棒の攻撃を避けて着地したのは、エーダリアだ。
戦闘に加わる姿を見るのは夏夜の宴以来の事なので、ネアはおおっと眉を持ち上げる。
「…………っ、通常時であれば、こちらの数を減らした後、街の応援にも行けるのだが………」
「ていっ!…………むぅ。なかなか、すばしっこい棒めです。………この様子ではさすがにまだ、騎士さんを減らせませんものね………」
「ああ。……エト!後ろだ!………っ、」
「おっと!エーダリア、こっち側は僕に任せていいよ」
「ああ。すまない。死角から近付かれている事に気付かなかった………」
「ネア、こちらの物は全て横にしてしまったよ。踏むかい?」
「むむ、順番に踏んでゆきますね!」
「わーお。もしかして、シルとネアは、この祭りの相性がいいのかな…………」
ディノがそれぞれの棒の魔術系譜を削いでくれたので、ネアは、そこに縦型配置の尖り棒を横倒しにして、地面に転がすひと手間も追加でお願いしてみた。
すると、地面に転がしてさえ貰えれば、後はもう順番にぎゅむっと踏み締めて歩くだけなので簡単に滅ぼせてしまう事が判明したではないか。
これが思いがげず上手くゆき、三本の尖り棒を一度に無力化出来てしまった。
その様子を見ていたエーダリアやノア、周辺の騎士達もその作戦に協力してくれるようになり、ネアは、びちびちと石畳の上で暴れる尖り棒の両端を騎士達に押さえていて貰い、転ばないようにディノにエスコートされつつ踏み滅ぼすだけの作業に専念した。
尖り棒はかなり素早く動くので、勿論、すぐにとはいかなかったが、その工程を繰り返している内に、まずはクッキー祭りの祝祭魔術を帯びた尖り棒の殲滅に成功し、続けて、その後で現れた一匹狼型の何体かの尖り棒達も無事に滅ぼし終える。
ふはっと息を吐いて額の汗を拭えば、先程までとは違い、周囲には穏やかな季節の美しさが戻り始めていた。
(群れで動く尖り棒と、一体だけで動く尖り棒がいるのかな………)
目的の為にひと揃えで作成されてそのまま保管されるような道具は群れになるようだが、その多くは各家庭で尖り棒疑いをかけられ派生した道具達なので、孤立派生型の尖り棒になるようだ。
そんな派生の違いなども感じながら、ネアが頭上の木の上から襲いかかってきた小型尖り棒を滅ぼし、ぜいぜいと肩で息をしていると、少し戦況が落ち着いたものかヒルドがやって来るのが見える。
あれだけの交戦の後ではあるが綺麗に縛られた髪が乱れる事はなく、美しく清廉な妖精の姿にネアはほうっと安堵の息を吐く。
森と湖の美しいシーは、ネアと目が合うと優しく微笑んでくれた。
それだけで、得られる不思議な幸福感と清涼感がある。
「エーダリア様、こちらは、七十九体の処理を終えました。観測魔術師達の報告では、六百十八と連絡が来ておりますので、リーエンベルクで処理出来るこの近隣の尖り棒はこの辺りが上限でしょう。そろそろ、街の方へ騎士を向かわせた方が良さそうですね」
「ああ。少し休息を取らせて、街の担当と振り分けよう。……可能であれば、四人出せるだろうか。二人一組で回らせるのが効率的だと思うのだ。今年はクッキー祭りの道具棒が現れたからな、…………他にも祝祭の魔術を帯びた物がなければいいのだが………。アメリア、どう思う?」
エーダリアがそう尋ねたアメリアは、前回の尖り棒祭りで指揮を取った騎士の一人なのだそうだ。
その当時は、グラストが家庭の事情で休職扱いになっており、ヒルドもまだウィームには来ていない。
「ええ。私もその懸念をしておりました。祝祭道具が尖り棒になっているとなると、その思考に連鎖して他の祝祭道具の事も思い浮かべた可能性もあります。クッキー祭りの道具をどの段階で尖り棒にしてしまったのかは謎ですが、場合によっては、………最大規模のイブメリアへの警戒も必要かと…………」
「イブメリアは出来れば避けたいな。………加えて、夏至祭の道具もなければいいのだが………」
そう呟いたエーダリアの声音の低さに、ぞくりとしたネアは、手に持った道具をぎゅっと握り締める。
今日になるまで誤解していた事なのだが、尖り棒祭りに現れる尖り棒は、この祝祭の起源で、茨の杖と取り違えられた棒達ではない。
傘祭りと同じように、毎回違う個体が現れるからこそ、現代になっても尚、この祝祭が残っているのだ。
今回の祝祭で現れる尖り棒達は、前回の尖り棒祭りが終わった後から昨日迄にかけて派生条件を整えたものであるらしく、こうして祝祭道具の尖り棒が既に現れてしまった以上は、その尖り棒を生んだ誰かの思考から、他の祝祭道具も尖り棒になっている危険があるのだとか。
そして、その中でも危険なのが、祝祭で使われた道具が尖り棒になった物であるらしい。
恐らく、危険度はその祝祭の規模によるのだろう。
少し不安になってディノの方を見ると、視線に気付いて微笑むと、そっと寄り添ってくれたディノが説明してくれる。
「これは、因果の魔術と変性の魔術が、術式化して祝祭になったものなのだね。疑念や恐れが形を取って顕現してしまい、そこで一度魔術が成果として結ばれた事で繰り返すようになったのだろう。祝祭の魔術で閉じ込めていなければ、この災いに該当する道具の全てを焼き払わない限り、日を選ばずに続いたようなものではないかな」
「…………ぞくりとしました。十年に一度の大迷惑だと思っていましたが、こうして十年に一度で済んでいる事は、幸運なことだったのですね………」
「元々、魔術は祝福と災いがその多くを占める。このような災いに転じないように作った道具に封じの魔術をかけてしまうと、今度は、道具として機能しなくなるのだろう」
「単純な疑問なのですが、こうして尖り棒になってしまったお道具は、失われてしまうのです?」
そう尋ねたネアに答えてくれたのは、ヒルドとの打ち合わせを終えたノアだ。
「あ、それは大丈夫だよ。今日現れる尖り棒って、その道具の写し絵みたいなもんなんだよね。この道具は尖り棒になるかもしれないっていう人間の思いが、その道具を模った尖り棒を派生させるんだ。…………前にウィームにいた頃に、尖り棒に襲われている人間達や、連れ去られて二度と戻らなかった魔物を見た事があったけど、まさかこんなに大変だとはなぁ………」
そう遠い目をしたノアは、まさか自分が攫われかけるとは思ってもいなかったと言う。
尖り棒祭りの祝祭に根付いた魔術系譜かと思っていた道具が、個々の履歴や材料を元に複雑な系譜を持つのだと知ったのも今回が初めてであるらしい。
そもそも、尖り棒祭りの祝祭魔術と、棒本来の属性で二重属性だ。
そこに、先程のような他の祝祭の道具が尖り棒になった物が現れると、三重属性の尖り棒となる。
つまりそれが、魔物達も苦戦してしまうくらいにやっかいな敵の正体であった。
「これ迄は、滅ぼせば頭数が減るので随分と楽になることは承知の上で、戦力上の問題から、領民を攫わせない事に重点を置いて対処に当たってきたのだ。勿論、滅ぼせる物は滅ぼして貰うが、強大な力を持つ尖り棒に対しては、攻撃よりも防衛を優先させて被害を減らしていた」
騎士達に順番に休憩を取らせつつ、そう教えてくれたのはエーダリアだ。
普段、屋内で過ごす領主としてのエーダリアとは違い、どこか凛々しい雰囲気がある。
「被害を減らすという事は、やはり、被害者も出てしまうのですね?」
「十年前の時は、あまり脅威となる尖り棒がいなかった。それでも、ウィーム全域で十五人の行方不明者が出ている。毎回、観測魔術師が派生の魔術特異点を観測して大まかな派生数を出しているのだが、その総数に対して被害者の数は決して少なくない。…………気の抜けない祝祭の一つなのだ」
ウィームの人々の潜在能力で考えれば、その被害者の数の多さは言うまでもない。
おまんじゅう屋台に万象の魔物よりも早く並べる人達がいる領地内で、先程のヒルドの報告からすると、尖り棒はおよそ六百強の派生である。
こうして倒される尖り棒の数を差し引いた上で犠牲者数を考えると、これは確かになかなかの脅威ではないか。
クッキー祭りでも犠牲者は出るが、クッキー達は圧倒的な数で攻めてくるのに対し、尖り棒は少数精鋭の兵士のようなものなのかもしれない。
ピチリと、小鳥の声が聞こえてきた。
先程まで静まり返っていたウィームの森は、いつもの賑やかさを取り戻しつつある。
「………ふむ。こちらの襲撃は、このあたりでひと休憩でしょうか」
「ああ。尖り棒は、現れた土地の近くの者を襲うからな。近くに獲物がいない場合を除けば、あまり長距離の移動はしないものなのだ」
「やれやれ。初めて参加しましたが、まさかこのような苛烈な物だとは思いませんでした………」
そう呟いたヒルドに、エーダリアが心配そうな顔になる。
「ヒルド、………怪我などはないな?」
「ええ。幸い、騎士達の中にも重傷者は出ておりません。私はこの通り無傷ですし、リーナとエドモンが傷を負いましたが、傷薬で治癒済みです。後の騎士達は打撲と擦り傷程度ですね。グラストからの報告では、やはり魔術階位の高い者や、爵位の高い者を狙う傾向にありますね。………これはもしかすると、本来の茨の杖の獲物が、伯爵家の娘婿だったからかもしれませんが………」
「ありゃ。そういう傾向は、まだ分析されていないのかい?」
「ああ。発見次第に交戦になる事と、尖り棒達も獲物を選べる状況にない時は、近くにいる者を狙う事が多い。なかなか、結論を出すに至るだけの情報が集まらなくてな………」
そう溜め息を吐いたエーダリアは、ウィームに来てから参加した尖り棒祭りからは、調査機関と協力して統計を取っているらしい。
とは言え、状況的に曖昧な報告も多く、また、前の領主時代の記録が一切残っていないので、狙われ易い者の傾向を特定するには至っていないのだそうだ。
背後では、グラストを中心に議論が重ねられ、街へ応援に出る騎士達が選出されており、様々な面を考慮した後、グラストとロマック、ゼベルとグリモスで派遣されたようだ。
いっそうもう、フレイという公爵家の息子な騎士を囮代わりに街に出してしまうという過激な提案もあったが、却って収拾が付かなくなる可能性もあるとして却下されていた。
戦力を割き過ぎないようには配慮されているものの、グラストとゼベルはリーエンベルクの一席と二席の騎士である。
自分達が抜ける事で、負担を増やしてしまう事にはなるのでと、グラストが出かける前に挨拶に来てくれた。
「ネア殿、お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
「こちらは、私やディノだけでなく、ノアもいますのでどうぞお任せ下さい。街の方で、良くない尖り棒が出ていないといいのですが………」
「ええ。今年はスープ屋の主人もウィームに戻っているそうですので、その点は安心材料もあるのですが………」
そう苦笑したグラストに、ネアは、そう言えばアレクシスは魔術階位は人間の第二席にあたり、おまけに独身者であったのだと思い至った。
なかなか尖り棒が集中しそうな条件であるし、アレクシスなら美味しいスープの糧にしてくれそうではないか。
そんな謎の安心感を胸に、ネアは、街への応援に向かう二組の騎士達を見送る。
その後もちらほらと尖り棒は現れていたが、ヒルドやノアが簡単に対処出来るくらいの物だったので、騎士達は安心して擦り傷の手当てなどが出来たようだ。
「今年は、出来るだけ多くの尖り棒をリーエンベルクで減らす予定でしたので、布陣はこのままで良いでしょう。騎士達には交代昼食を摂らせています。………ネア様、昼食は如何なされますか?」
「私とディノか、ノアのどちらかはここにいた方が良さそうです。皆さんの休憩と組み合わせて、ちょうど良いところで隙間に詰め込んで貰ってもいいですか?………ディノ、それ迄に何か飲み物をいただきます?」
「君は、休まなくて平気なのかい?」
「はい。先程冷たいジュースをぐいっといただきましたので、今のところ問題なさそうです。………ていっ!」
会話の合間にも、小さな尖り棒が飛び込んできたので、ネアはすぐさま踏み滅ぼしてしまった。
儚い小枝のような尖り棒は、踏まれると一瞬で灰になってしまう。
このくらいの物ばかりであればいいのだが、街の方にも、フリル棒が出現していないとは言い切れない。
「ディノ、アルテアさんは……………無事でしょうか?」
「彼は器用な魔物だから大丈夫だとは思うけれど、…………カードを開いてみるかい?」
「は!そうです。もし、連れ去られていたら、こちらに助けを求めてきますものね。開いてみます!」
「うーん、アルテアは助けは求めないんじゃないかなぁ…………」
冷たい飲み物と美味しい果物で休憩中のノアはそう言っていたが、ネアは、とは言え事故っていたのなら、何らかの発信がある筈だと首飾りの金庫から取り出したカードを開く。
「……………む」
「おや、メッセージが届いているようだね」
「…………絶対に事故るなと書かれています。そして、事故に遭った際にはすぐに連絡をするようにとも。…………ふむ。それだけですね」
「では、まだ大丈夫なのではないかな」
「はい。この様子だと、アルテアさんはまだ拐われていませんね。もし既に拐われていたのなら、文面がもう少し変わってくると思いますから」
「わーお。読み取られているぞ………」
しかし、ネア達がそんな風に心を緩めていられたのは、ここ迄であった。
「エーダリア様、ヒルド様、これ迄にない形態の尖り棒が現れました。リーナとエドモンで対処していますが、………恐らく白持ちです」
カードを開いてからさして時間を空けず、そんな一報が齎された。
振り返って伝えたアメリアも青ざめているが、報告を受け取ったエーダリアも蒼白になる。
「すぐに、二人の後援を編成する。………白持ちという事は、祝祭道具だろうか。どのような道具かが分かると良いのだが」
「エーダリア様、私も参りましょう」
「ヒルド、すまないが任せていいか?」
「ええ。ネイを借りてゆきますので、くれぐれもネア様達から離れないようにして下さい。こちらの戦況によっては、グラスト達を呼び戻す判断も必要になるかと………」
「………そうだな。ノアベルト、すまないが宜しく頼む」
「うん。白持ちとなると、僕も行かなきゃだよね。………ええと、ネア、もしお兄ちゃんが拐われたら助けに来てくれるかい?」
「勿論です!ですがその前に、拐われそうになったら助けを求めて下さいね」
休憩していた騎士達もばたばたと駆け出してゆけば、途端に周囲の空気が張り詰めた。
どうやら、こちらの正門側からは見えない場所に現れたようで、そちらを守っていた騎士の親族の女性達も、退避する若手の騎士達に誘導されて避難して来る。
「ディノ、手違いでエーダリア様が拐われないように、紐で繋いでおきます?」
「浮気…………」
「むぅ。なぜ荒ぶるのだ………」
「ひ、紐はいらないのではないか………」
(……………え、)
その時の事だ。
ひゅおんと風を切る音が響き、ネアは上空を見上げた。
丁度雲間から青空が覗き、そこに白い白い線が走る。
「…………ネア?!」
「ディノ?…………みぎゃ?!」
「ネア!」
後になって、ネアは、その場所がどれだけ危険だったのかを思い知らされた。
こちらの二人は狙われないとは言え、お隣には万象の魔物なディノがいて、元王族のエーダリアがいる。
そして、たまたまネアの正面に、金髪三つ編み美人な先程の騎士が立っていたのだ。
そしてネアは、ひゅんと飛翔し着地した尖り棒にとって、格好の着地台であったのだろう。
とても頑丈な守護がなければ、ネアはお目当ての騎士を見付けた尖り棒の着地による圧死という、たいへん不本意な最期を迎えたに違いない。
可憐な乙女を圧死はさせなかったものの、ずばんと転ばせた不埒な尖り棒は、つやつやと輝く白色をしていた。




