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151. 尖り棒祭りが始まります(本編)




こおっと風が鳴る。


どこからともなく花の香りが鼻腔に届き、薄暗い書架の中に佇んでいるような静謐な高揚感がある。

空の上は風が早いのか、目まぐるしく表情を変えている雲の様子に、時折、光の筋がこちらに差し込み、足元の石畳に複雑な模様を作った。



本日のウィームは、十年に一度の祝祭を迎えている。



尖り棒祭りと言われると何事なのだろうと思わずにはいられないが、そうではなくても何事だろうと困惑するような事態が目の前には広がっていて、ネアは、腰回りのリボンが心なしか前回に試着した時よりも扱い易くなっている本日の制服を纏い、リーエンベルク前広場に立っていた。


伴侶な魔物が、何か工夫をしてくれたのかもしれない。



「ディノ、私から離れないようにして下さいね」

「…………うん」

「ヒルドさんやノアが攫われそうになったら助けにゆきますから、そんな時は、私が振り回す棒にもご用心下さい」

「棒を、振り回すのだね…………」



襲ってくる尖り棒に対し、棒で応戦するのが不思議でならないのだろう。

万象を司る美麗な魔物はすっかり困惑しており、どこか悲し気に睫毛を伏せた。


ネアが手にしているのは、妖精の磨き粉で綺麗に磨き上げたばかりの、尖り棒祭りで使う尖り棒撃退棒だ。

そんな説明だけでも不慣れな人間は心が折れてしまいそうだが、この道具を開発した魔術師は、棒には棒で対処しようと思ったのだろう。


持ち手部分は竜革になっていて、流星結晶の棒部分は、微かに水色の煌めきを内包した銀水晶のような質感だ。

先端部分がくいっと曲がっているので、そこに何かを引っ掛ける事も出来る。


とは言え見た目の印象は、婦人用にもかかわらず完全に暴徒の武器だ。

もう少し、女性が扱う道具らしい可憐で素敵な見た目には出来なかったのだろうかと、思わずにはいられない。



ゴーンと、どこかで鐘の音が響いた。

周囲の騎士達に走った緊張から、ネアは、いよいよ祝祭が始まるのだと気を引き締める。



ここからはもう、いつ尖り棒が現れてもおかしくはないのだ。



僅かに手首を持ち上げ、爽やかな青い果実とヴァーベナに薔薇、そしてほんの僅かなラベンダーの香りのする香油の香りを吸い込み、手に持った銀色の棒を握り締めた。

荒れ狂う尖り棒が現れたなら、この棒で叩きのめして構わないらしい。




(エーダリア様達は大丈夫かな…………)



ネア達は今、尖り棒の襲撃に備え、リーエンベルクを出てその外周に並んでいる。


新年などと同じ措置が取られ、リーエンベルクは魔術的に封鎖されており、前の広場の一画に設けられた仮設の小屋が、負傷者の収容などに使われる事になっていた。


これは、リーエンベルクの損傷を恐れてというよりは、リーエンベルクの見回りなどに人手を割けなくなるのでと、取られた措置であるらしい。

本日は、どの騎士も自分の身を守れるように、尖り棒の事だけを考えよと厳命されている。


つまりは、それだけ過酷なお祭りなのだろう。



尖り棒はぽこぽこ現れるものではなく、祝祭の開始と同時に一斉に現れるのだそうだ。

どの土地にどれだけの数の尖り棒が現れるかは予測出来ないが、今回のリーエンベルクの布陣は、出来るだけ全体数を減らしたいという徹底抗戦の構えである。

ヒルドや魔物達がいるので、今回は、可能な限り防衛ではなく排除に重きを置くらしい。



「最中に襲われると魔術の扱いが危うくなりますので、人々が集まるような祝祭儀式はないのだそうです。その代わりに、尖り棒を倒す度に詠唱で弔うのですが、毎回、リーエンベルク周辺で最初に倒した尖り棒は、エーダリア様が詠唱を捧げる決まりなのだとか」


この祝祭は、祝祭作法の口伝が出来ない厄介なものなのだが、開始されてから作業の分担などについて話すのは構わないらしい。

あくまでも、新たな尖り棒を生まない為の制約なので、祝祭前に尖り棒を思い描くような話をしなければ良いのだろう。



「この土地の人間達でも、儀式詠唱を途切れさせるようなものが現れるのかな…………」

「むむ、そのような事になりますよね。因みに、本日の祝祭そのものを丸ごと儀式に置き換える術式が組まれるらしく、尖り棒さんを葬る事こそが尖り棒祭り最大の儀式なのだそうです」

「…………棒を葬るのだね」



またどこか不安げな面持ちになってしまったディノに、ネアは拳を握って力強く頷いた。


以前ダリルに同行して自尊心をへし折られた仕事とは違い、このような力業でばりんとやれる仕事はネアの得意分野と言えよう。

こうして参加することそのものが本日の任務となるので、力いっぱい尖り棒を滅ぼす所存である。



意気込みも新たに足を踏み替えれば、ひらりと揺れる本日着用のウィスタリアがかった水色のドレスは、ネアの大好きな色だ。


よく見れば、儀式制服とは言えど色合いは様々らしく、こちらでの攻防戦に協力いただくリーエンベルクの騎士達の親族であるご婦人方のドレスの色合いは、それぞれに微妙に違っている。


とは言え、一様に水色の領域の中で作られているようなので、尖り棒の危険に晒された男たちが助けを求め易いような配色にしてあるのかもしれない。



(リーエンベルク周辺だと紛らわしいけれど、領民の人達にとって水色の制服はリーエンベルクの騎士を思わせる配色だから、有事に頼る人達の制服の色という印象が元々あるのではないかな…………)



ゴーンと、また一つ鐘の音が重なる。

けれども、その響きを余韻まで追う前に、街の方でぎゃああと悲鳴が上がった。




「………なぬ」

「…………ご主人様」

「むぅ。私もびゃんとなりましたし、ディノがすっかり怯えてしまう程の、どんな悲劇が起きたのだという悲鳴です。ウィームの皆さんにあの声を上げさせる程の、何が現れたのだ…………」



ネアが最も恐れているのは、尖り棒としか聞いていない棒状のものが、どんな形状で現れるのかを知らない事だ。


犠牲の魔物であるグレアムから、おまんじゅうを対価に儀式作法やこの祝祭の起源は教えて貰えたが、元は口伝すら禁じられているものである。

尖り棒がどのような形状であるのかは、最も伝達が難しいとされており、さすがのグレアムも、その形状をネアに伝える事は出来なかった。



(もし、…………ホラーな棒だったら)


そもそも、棒の中のホラーの定義は分からないが、そちら寄りの姿を持つものが現れた場合、果たして自分は冷静に対処出来るだろうかと考え、ネアは少しだけ憂鬱になる。


折角力を示せるような任務が与えられたので、是非に活躍したいと意気込んでいるのだ。

それに、例えどんな生き物が現れたとしても、大事な家族を奪われるわけにはいかないので、戦うしかない。


しかし、あまりにもホラーだった場合は、このか弱い乙女の心に深い深い傷跡を残すだろう。

多少獰猛でもいいから、見た目が何とか許容範囲であればいいのだが。



「棒さんが現れるまでは、どきどきですね。…………むぅ。邪魔な棒きれです。てやっ」

「ネア……?」

「足元に、踏んだら転びそうな棒きれめが…………む?」



襲撃に備えて神経質になっていたネアは、足元に転がってきた罪のない木の棒をぞんざいに蹴りどかした。

しかし次の瞬間、ぎゃあっと声が上がって、蹴りどかした木の棒がじゅわっと灰になってしまうではないか。


はっとしたように振り返った騎士達が、どこか感謝の眼差しでこちらを見てくるがどういうことなのだろう。

伴侶な魔物と顔を見合わせ、ネアは、もしやという予感にふるふるする。



「…………まさか、今のが尖り棒なのですか?」

「尖り棒なのかな…………」

「ただの、棒きれです。私の肘下程の長さもない棒めに、何が出来ると言うのだ…………」

「あの棒に、攫われてしまうのかい?」



だが、近くにいたエトという騎士によれば、今のが尖り棒で間違いないらしい。

接近に気付かずにいたと恐縮しきってお礼を言われてしまい、ネアは、茫然としたまま頷いた。

思いがけないところで尖り棒との最初の邂逅を果たしてしまい首を傾げたが、もう一度その状態を確認しようにも、件の尖り棒は既に灰になってしまっている。



尖り棒出現の報告を受けたものか、離れた左翼側にいたエーダリア達が慌ててこちらにやって来るのが見えた。


リーエンベルクの周辺に出現した最初の尖り棒になるので、こちらの現場では、エーダリアが弔いの詠唱をしてくれるらしい。


ヒルドは騎士達の方に残り、駆け付けたエーダリアにはノアが同行している。

リーエンベルク周辺ににいるのは、騎士や騎士の家族くらいのものなので、今日は騎士姿ではなく、髪色だけを擬態しているいつものノアだ。


「ネア、既に一体倒したか!」

「わーお。さすが僕の妹だね。………シル、顔色が悪いけど大丈夫かい?」

「…………うん」

「…………一体という数え方なのですね。因みに、私の肘下よりも短く、細い棒きれでしたよ?」

「ああ。そういう事もあるのだ。どうか油断しないでくれ」

「…………むむ、そういうこともある…………?」

「ああ。開始となったので漸く説明出来るが、個体差があるものなのだ」



と言うことは、尖り棒には、小枝状の物も含む様々な種類があるのだろうか。


ネアは、てっきり成人男性を拐えるくらいの大きさのものだとばかり思っていたので、ある程度の大きさの物だと考えて警戒していたが、もう少し注意レベルを上げた方がいいかもしれない。

リーエンベルク周辺には森や並木道があるので、小枝サイズの敵もいるとなると、なかなか周囲の監視も大変そうだ。



(そうか。だからここそ、ここまで神経を尖らせていなければいけないのだ…………)



そう考えたネアが、鋭い目で周囲を見回した時の事だった。



わぁぁと声が上がり、少し離れた位置にいた騎士達がざっと散開する。

慌ててそちらを見ると、ネアが思い描いていた通りの成人男性ほどの大きさの尖り棒ではあるが、先端部分が割けて尖っているだけの丸太のようなものが飛び跳ねているではないか。



やっとその全容を目にする機会を得られた尖り棒は、幸いにもネアが懸念していたような手足などはついておらず、真っすぐな丸太でしかない物であった。


目鼻立ちがあるようにも見えないし、悍ましい造形が加算されている事もない。

ただひたすらに、良い建材になりそうな立派な丸太である。



「…………ぎゅ。尖り棒という定義すら、脅かしてきました。あれは丸太です………」

「…………あの木も、尖り棒の区分になるのだね」

「何でも尖り棒になってしまうとなると、もはや、お料理用の串が現れても驚かないくらいの覚悟をしておいた方が良さそうです…………」

「市場だと多いのかな…………」



不慣れなネアが目を瞠って丸太と騎士の戦いの様子を見ている間に、隣では、エーダリアの弔いの詠唱がなされた。


慌てて視線を戻し、何だか悪魔払いの神父のような格好いい詠唱だぞと、ネアは、物語本の中の冒険を思って目を輝かせる。



「こうして、詠唱で障りを封じる。次からは、近くにいる騎士が詠唱を済ませてくれるからな」

「はい。私やディノでは出来ないとのことでしたので、近くにいる方にお願いしますね。………その、あちらは苦戦しているのです?」

「リーナの婚約者がいるからな、問題ないとは思うのだが…………」



ネアが案じた丸太との戦いはかなりの激戦の様相をなしていたが、やがて決着がついた。


ぐわんと体を屈めた丸太に投げ飛ばされた騎士が一人いたものの、最終的には、リーナが丸太を転倒させて輪切りにしてしまい、その婚約者の少女がとどめを刺したようだ。


そこまでの作業にリーエンベルクの騎士三人がかりだったという事は、街での尖り棒退治がどんな騒ぎになっているものかは想像に難くない。



(やはり、騎士さん達も普段のようには動けないのだわ………)



こうして優秀な筈のリーエンベルクの騎士達の弱体化を目の当たりにしてしまったネアは、ここが思っていた以上に苛烈な戦場であることをしっかりと噛み締め、もう一度、鋭い目で周囲を見回した。




「ぎゃ!ノアが!!」

「え…………」



するとどうだろう。


エーダリアの隣にいたネアの大事な義兄が、背後に忍び寄った細長い木の棒に、ひょいと吊り上げられてしまっているではないか。


長命高位な公爵位の塩の魔物は、突然の事に何が起きたのか上手く理解出来ないらしく、ぶらんと持ち上げられたまま、どこか無防備に青紫色の綺麗な瞳を瞬いている。


真っ青になったエーダリアに、周囲の騎士達が慌てて迎撃態勢になる中そちらに駆け寄ったネアは、手に持った棒で、義兄を拐わんとする細長い尖り棒を力いっぱい殴打してみた。


がきんと、思っていたよりも随分固い音がして、びぃんと武器を持つ手に振動が走る。


先端部分を襟首に引っ掛け、釣り竿のような状態でノアを吊り上げている細い棒は、長さはネアの身長の三倍くらいあり、けれども、女性の手でもしっかり握れるくらいの細さだ。

何やら細かな彫刻が施され、番号も彫り込まれている。


そんな尖り棒を力いっぱい棒で叩いた人間に、攻撃を受けた尖り棒は苦痛の声を上げた。



「キシャー!!」

「わーお。鳴いたぞ…………」

「ノア、茫然としていないで抵抗して下さい!森の方に、この尖り棒の仲間たちがいますので、集団で連れ去られますよ?!」

「…………え、…………うわ、何であんなに沢山いるの?もう僕、あの光景だけで気を失いそうなんだけど…………」

「くっ、この尖り棒は、クッキー祭りで使う茂みなどを掻き分ける為の棒のようだな。………ネア、こちらでも捕縛の術式をかけよう。………祝祭の術印を持っているので、手強い相手になる。くれぐれも油断しないでくれ」

「なんという嫌な戦いなのだ…………」

「ノアベルトが……………」



ネアが手にしているのは、尖り棒対応の専用道具の筈なのだ。


だが、渾身の一撃でも、殴打した部分がへこんだだけで折れてくれるような様子はない。

持ち上げられてしまった塩の魔物は、じたばたしてみたが脱出出来ず、思ったよりもしっかり掴まれていると悲しい顔をしている。



「今、攻撃術式を…………」

「てりゃ!」



このままでは大事な契約の魔物が連れ去られてしまうと、蒼白になってしまったエーダリアが、魔術詠唱の準備に入ろうとしたところで、業を煮やしたネアが、その棒の根本辺りを力いっぱい蹴り飛ばした。

すると、細長いクッキー祭り仕様の尖り棒は、おおんと低い鳴き声を上げると、ばたんと倒れてしまう。



「…………滅びました」

「ご主人様…………」

「ノアベルト、無事か?!」

「…………うん。え、…………僕、こんな細い棒に攫われかけたの…………?」

「しっかりしてくれ。後続が来るぞ」

「………わーお。これ、後で夢に出そう…………」



(森の中に、何体もいる……………!!)


ノアを連れ去ろうとした一体は破壊したものの、その仲間の尖り棒達は、まだこちらを窺っている。

明らかに獲物の物色をしている様子なので、隙を見せれば途端に襲いかかってくる可能性が高く、少しの油断も出来ない。


禁足地の森の奥から、何本ものクッキー祭り仕様の棒がこちらを窺っている様子は、確かに夢に出てきそうな異様な光景であった。

ネアは、もうきりん札で一網打尽でいいのではないかなという気分であったが、そうすると森の生き物達も殺してしまうので、ここがウィーム領主の館である以上、土地の守護を失うかもしれない殺戮兵器を安易に使用する訳にもいかない。


となると、あの棒達をこちらに引き摺り出し、その上で一体ずつ滅ぼす必要があるのだ。



「ええと、…………僕は一応魔物だから、何か手伝うよ?」

「ノア、ではあの棒めを、個別にこちらに引き摺り出せますか?」

「…………わーお。あの棒を近くに持ってくるって考えただけで、胸が苦しいんだけど」

「…………何と繊細なのだ。魔物さんなのですから、頑張って下さい」

「ノアベルト、怪我はしていないかい?」

「…………うん。……シル、僕が棒に攫われかけたのは、アルテアには内緒にして欲しいな…………」



(そう言えば、使い魔さんはどこで参戦しているのだろう…………)



ふと、そんな事が気になった。


尖り棒祭りが終わった後、アルテアが行方不明になっていたらとても悲しいので、出来れば見えるところにいて欲しかったのだが、わざわざ擬態した上で参加するくらいなので、気にかかる場所や物があるのかもしれない。


どんな事情があって参加しているのかはとても気になったが、今は目先の敵をどうにかする事が先決だ。

ディノとノアと相談し、森から一体ずつ引き摺り出して対処しようという事になる。


そこ迄を決めた時、焦ったようなエーダリアの声が届いた。


「すまない。私は、アメリアと共にヒルドの応援に行って来ても構わないだろうか?」

「うん。それは勿論構わないけど…………ええ、何であっちは、あんなに棒がいるのさ?!」

「ヒルドさんが危険なのです?…………みぎゃ!変な棒が沢山います!!」



戦力分布的に、こちらは大丈夫だと思ったのだろう。

そう申し出たエーダリアに振り返ったネアは、折れた杖の群れのようなものに襲われているヒルドとグラストに目を瞠った。


二人ともリーエンベルクの中では腕の立つ方で、ただの騎士とは違うのだ。

それなのに、明らかに苦戦している様子ではないか。

押し寄せる杖の群れと必死に戦う姿に胸が苦しくなる。



「おっと、あの状況でエーダリアが加わるのは得策じゃなさそうだね。エト、森の方を見張っていてくれるかい?ここから、あの棒の力を削げるだけ削いでみるよ」

「ああ、分かった」



ノアの声にそう応じた騎士は、ちょっとした魔術の結びで、塩の魔物の友人枠に収まっている騎士だ。

とは言え、特別に仲良しという雰囲気も感じないのだが、こうして話している様子を見ればそこそこの関係は築かれているのだろう。


先日は、禁足地の森で、野薔薇の茂みに尻尾の毛が絡まった銀狐を助けてくれたとも聞くし、日々の生活の中で少しずつ仲を深めてゆく二人なのかもしれない。



「ノアベルト、それは私がやろうか。……こちらの森の中の物は、祝祭の系譜に加えて悪変している物もいるようだ。君もこちらの対処に当たった方がいいだろう」

「ありゃ。こっちの棒は悪変までしてるんだ。…………え、何あの棒…………」



ノアは何かよからぬ棒を発見してしまったようだが、ヒルド達の方を見ていたネアは、それどころではなかった。

なお、エーダリアとアメリアは、どこからともなくアメリアに飛び掛かってきた、小指大の尖り棒と戦っている。



「ゼ、ゼノがいません………!!」

「ゼノーシュであれば、グラストの後ろ側にいるよ。…………あの杖は、……精霊の道具だね。植物の系譜の物のようだから、…………一度、系譜の魔術そのものを削いでみよう」

「ディノ、お願い出来ますか?」

「うん。効果があるかどうかは分からないけれど、あの三人が苦戦しているのは、道具ごとの魔術の系譜がそれぞれ違うからかもしれないからね」



そう言うと、ディノはふわりと微笑んでくれた。

振り返って不安に瞳を曇らせていたエーダリアが、僅かに安堵の表情を浮かべる。

小指大の尖り棒は、無事に倒せたらしい。



直後、すっと指先を動かしたディノに、さざ波が走るように地面が光った。


淡く淡く、魔術の煌めきがぎりぎり可視範囲の繊細な光を纏い、ざざっと地面を走る。

離れた場所ではっとしたように顔を上げるヒルドが見え、こちらからは聞こえないものの、周囲の者達に何かを指示したようだ。


グラストがケープを翻して飛び退り、漸くネアの目にもその後ろで戦っていたゼノーシュの姿が見えるようになる。



(…………良かった。無事だわ!)



姿が見えないので気を揉んだが、どうやらゼノーシュは、グラストの背後を守っていたらしい。

まだ周辺の様子をざっと見渡しての感想でしかないが、ネアの見立てによると、尖り棒達には好みの獲物があるようだ。


現に、ヒルド達を襲っていた棒の群れも、他の騎士達には目もくれず、ヒルドとグラストだけを集中的に襲っていたような気がする。


そして、地面を走る光のさざ波がその戦域に届いた瞬間、荒ぶり、お目当ての二人を攫おうと飛び跳ねていた杖達が、ぱたんぱたんと石畳に倒れていった。



「…………まぁ。あちらの棒が一斉に倒れました!」

「ありゃ。効果があるんだね。…………ってことは、祝祭魔術そのものじゃなくて、道具本来の系譜への攻撃が通るのか。………だからさっきの棒は、どれだけ魔術損傷を与えようとしても届かなかったんだなぁ」

「む。ノアも反撃はしていたのです?」

「ネア、お兄ちゃんは一応魔物だからね?」

「無抵抗で吊り下げられているように見えました…………」

「え、酷い………」



ぎいい。

そんな音が響き、足元に細長い影が落ちる。


ヒルド達の方の尖り棒が片付いたことで、うっかり気を緩めかけていたが、こちらの戦場の敵への対処はこれからである事を思い出したネアの背を、ひたりと冷たい汗が伝う。


とても嫌な予感がしてならず、それでもと意を決してゆっくりと森の方に視線を向けると、そこに聳え立っていたのは、ピンクのふりふりを纏ったファンシーな飾り棒であった。



あんまりな棒の様子に、ネアは、もしかして幻覚かなと目をこしこし擦ったが、残念ながら、見えているものは現実であるらしい。


微かな風に、ふぁさっとピンク色のフリルが揺れる。



「…………ほわ、ふりふり棒です」

「ネア、あの棒は悪変しているようだから、気を付けようか」

「はい。……他のクッキー祭りの棒と元は同じ物の筈なのですが、よりにもよって、どなたかにピンクのフリルレースで飾り立てられてしまい、大惨事になっていると言わざるを得ず……。ねこさんや、くまさんのアップリケも貼り付けられているのです………?」

「…………うん。僕もあんなことされたら、悪変するかな………」

「多分、ご自身の使う道具を可愛く改造したかった方がいたのでしょうね…………」



しかし、ピンクのフリルレースやアップリケは、その棒の本意ではなかったのだろう。


そうなってくると、もはや棒とは何かという哲学的な問いも発生してしまうが、とにかく、ピンク色のフリルで飾り立てられた棒は怒り狂っていた。



怒り狂った尖り棒改めフリル棒は、ずしんばしんと弾みながら、時折左右にしゃっと素早く動く。

動作から感じる威圧感は完全に鍛え上げられた武人のそれだが、残念ながらどこをどう見てもフリル感満載だ。


これはもう、荒ぶるのも致し方ないのだろうなと、胸が苦しくなってしまうものの、ここでピンクのフリル棒に大事な家族を攫わせる訳にはいかない。



「ま、負けません!!」

「………あの棒は、粉砕の魔術の系譜だね」

「…………ぎゅわ。粉砕………?」

「それに、クッキー祭りの祝祭魔術の組み合わせかぁ。本来の役目を全う出来なかったものが、祟りものになる祝祭の因果だから、かなり厄介かなぁ…………」

「っ、く、来るぞ!!」



エーダリアの声に騎士達が呼応し、周囲は俄かに最前線の戦場のような空気になった。

フリル棒はずしんと弾んで前進しつつ獲物を見定めていたようだが、どうやら目をつけたのは、またしてもネアの義兄であるらしい。



「むぅ。本来は人間が襲われるお祭りな筈ですが、先程のヒルドさんといい、見境がありません!」

「え、…………また僕なの?!」

「ノアベルト、気を付けてくれ。拐われた者達がどうなるのかは、誰にも分からないのだ」

「わーお。ますます不安になってきたぞ…………」




かくして、リーエンベルク前広場では、ピンク色のファンシーなフリル棒との死闘が始まろうとしていた。


遠く、絶叫や勝鬨なども聞こえてくるウィームの街の様子を少しだけ思い、ネアは、どうか今日という日が終わった時に、ここにいる仲間達が誰一人として欠けていませんようにと、心から願うのであった。






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