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陽光の障りと葡萄ゼリーのお供




ぼんやりと差し込む白い光に目を開けると、涙の気配に強張った瞳の端がひりついた。


ネアは、その感覚にぎくりとしてから目元をそうっと指先で辿り、そう言えば睫毛は治して貰ったのだと安堵する。

けれどもそうすると、今度は、吐き出した吐息の不自然な熱さが気になった。




(これは…………)



風邪だろうか。


最近はあまりないが、かつての自分がよく馴染んだその予兆に、僅かに眉を顰める。


結局昨晩は巣を組み直せなかったのでと隣に寝ている魔物は、ネアが体調を崩すと怯えてしまうのだ。

ただでさえ昨日は心配をかけたので、せめて今日は元気にしていたかったのにと、胸の底で小さな腹立たしさのようなものが揺れる。



健やかに過ごしたいのだ。



それは憂いなく万全であり、尚且つ幸福な状態を指していて、かつてのネアには到底手の届かなかった、きらきらしているもの。

やっと手に入れたその恩恵を噛み締め、ネアは、漸く手に入れたそんな心の自由さをとても大切にしている。


自分以外の誰かの日常だった筈のものが、こうして自分の日常になった事がまだ、信じられないくらいなのだ。

だからこそ、時折その伸びやかさを奪われると、居心地の悪さにそわそわしてしまう。



きっと気のせいだと体を動かそうとして、ネアは、くたりと寝台の上に崩れた。

寝返りも打てないへなへなの体にふがっとなる。



「…………ネア、どうしたんだい?」

「……ディノ、起こしてしまいましたか?」

「悲しそうな目をしているね。…………どこか、痛むかい?」

「…………体調はそこまで悪くないのですが、息が熱くなっているので、もしかすると熱が出始めているのかもしれないのです。お薬を飲んでおいた方がいいかもしれません」



ネアが渋々そう告白すると、隣で少しだけ体を起こしていたディノの水紺色の瞳が揺れる。

その悲し気な水紺色の瞳に、ああ、悲しそうなのはディノの方ではないかと、ネアは、ちくりと痛んだ胸を押さえた。


けれども、額にそっと触れた手のひらはひんやりとしていて、その心地よさにすり寄ると、ディノの唇の端が少しだけ持ち上がる。

ディノが思ったよりも怖がらずにいてくれたので、ネアは密かに安堵した。



「…………人間の体温には詳しくないけれど、いつもの君よりは体温が高いようだね。不快感や苦痛はあるかい?」

「むぐ。発熱しているからか、少しふわふわする感じはありますが、今のところそのような感覚はないようです。そして、……今日は少し気温が高いのでしょうか?日差しが強くありませんか?」

「気温がかい?…………いや、昨日とあまり変わらないのではないかな。熱いのであれば室温を下げようか」



目を瞬いたディノにそう言われ、ネアは、僅かな体調の異変の兆しにへにゃりと眉を下げた。



「窓から差し込む朝陽に、なぜだかおでこがじりじりと焦がされているような感じがします。………ディノが熱くないのであれば、これが異変なのです?」

「陽光………。少し待っていておくれ」

「ふぁい…………」



体を起こしたディノは、さっと立ち上がってどこかへ行ってしまうのではなく、ネアの額に手を当てたままでいてくれた。


些細な事だが、そんなことで傍にいるよと伝えてくれているように感じ、ネアはふにゃりと目元を緩める。



これ迄の苦しくて辛い時は、いつも一人きりだった。

だから、風邪などで顔が大惨事になってさえいなければ、こうして甘やかされている感覚はなかなか悪くない。


なんと贅沢なのだろうとほくそ笑み、ネアは寝返りに失敗した体を居心地がいい角度に整える。



カーテンを引く音がして、夜明けの光を感じられるようにと僅かに開けてあったカーテンの隙間が閉じられた。


ネアは、カーテンの隙間から差し込むウィームの夜明けの色や、朝の木漏れ日の光の筋が大好きだったのだが、今日ばかりは光が遮られたとほっとするのだから、やはり異常があるのだろう。



「こうすると、少し楽になるかい?」

「…………ふぐ。おでこが焦げなくなりました」

「となるとやはり、陽光の系譜への反応が出ているのかな。…………薄弱な反応過ぎて魔術の動きを感じ難いから、一度祝福を載せるよ」

「ふぁ…………むむ」



ふわりと落とされたのは淡い口づけで、いつものディノのそれと比べると淡白な触れ方は、落とすだけの口づけにも種類があるのだと教えてくれた。


心を添えて落とされる口づけは、祝福としての軽やかなものでも柔らかくて甘い。

だが、祝福だけを確認で付与する為の行為となると、こんなにもさらりとしているらしい。



さらりとこぼれた真珠色の髪に、手を伸ばして触れたくなる。

けれどもネアは、手を持ち上げようとしてぜいぜいとしてしまい、また力なく横たわった。



「…………陽光の魔術への障りだね。昨日の妖精の薬屋のもののようだ。………対価の魔術の気配があるようだから、グレアムを呼んだ方がいいかもしれない」

「お、おのれ。対価はたっぷり取られたばかりではないですか。無実の罪で乙女の睫毛を奪っておいて、まだこの仕打ちです…………」

「可哀想に。ひとまず、アルテアにも確認して貰おう」

「ふぁい…………」



アルテアは、念の為にと昨晩はリーエンベルクに泊まってくれている。


ネアだけの事であればそこまで迷惑をかけてもと辞退出来たのだが、昨日は、妖精の薬屋のべたべた攻撃を受けた者がリーエンベルク内に複数名いたので、それがもし陽動などだった場合を考慮して残ってくれたのだ。



それを思えば、まさかという思いに少しだけ怖くなる。



(まさか、……………そういうものではない、よね?)



ただの植物の障りであれば、決して珍しい事ではない。

だが、そこに誰かの悪意があったのならどうしようと考えたネアが無言で震える吐息を呑み込んでいると、こちらを見たディノの眼差しがふっと揺れた。



「ネア、アルテアが昨晩話していたような事ではないと思うよ。………なんと言えばいいのかな。昨日の事と、地続きの反応という感じがするんだ。あの植物の反応を利用したものではなくて、そこにもう一つの効果が潜んでいたという感じかな」

「…………何者めかが、私達を脅かす為に仕込んだ罠ではないのです?」

「うん。それは大丈夫だろう。………魔術の階層が、僅かに祝福から障りに変化はしている。けれどもそれは、同じ基盤のものであって、外的な要因に変質されている様子はないからね」



あまりにも専門的な事は、ネアには分からない魔術の不思議なのだが、そうして丁寧に説明してくれると細かな疑問が腑に落ちて安堵した。 

いつだって分からないネアにも理由や状態を丁寧に説明してくれる魔物は、優しい優しい、ネアの自慢の伴侶なのだ。



ふすんと息を吐いて枕に顔を埋めると、眠りの淵の抗い難いような心地良さと、静かに、そして確実に体温を上げている体の軋みが混ざり合う。


僅かに体の向きを変えただけなのに、どしりとした疲労感に襲い掛かられてしまい、ネアは、とろりとした白いスープのような寝具の中に沈んだ。

奇妙な表現だが、深い深い眠りの底にとろとろとぷんと引きずり込まれるような、そんな感覚だったのだ。




(…………ディノ)



曖昧な意識の底でその名前を呼ぶと、安心して微笑むような贅沢さがあった。



こんな風に具合が悪くなってもネアには宝物があって、これを乗り越えればまた、優しくてあたたかなものが手の中にある。


一人ぼっちの寒い屋敷の中で震えながら目を閉じたいつかのように、いっそ二度とこの目を開かない方が幸福ではないかと考える事もない。


優しく髪を撫でる手を眠りの底でも感じ、ネアは、その安らかさにむにゅりと頬を緩めた。

この大事な大事な宝物を抱き締めて苦しめる今は、具合が悪いくらいの事では損なえない、なんて贅沢な時間なのだろう。


幸いにも今回は発熱と脱力感以外には殆ど症状がないので、安心して眠りの中に体を委ねておける。


そんな事を考えながら、安らかな眠りをひび割れさせる発熱の僅かな不快感をげしげしと足で追い払っていた時のことだ。


ふっと水の中から手のひらで掬い上げられるように意識が覚醒し、ネアは、腫れぼったい瞼の重さを感じながらそっと瞬きをした。




(誰かが、…………いる?)




寝台の近くで、誰かが話をしているようだ。

とは言え決して不愉快な話し声ではなく、その声はどれもが耳に心地よい美しさで、よく知っている温度であった。


最初は上手く聞き取れなかったが、徐々に思考が晴れてきたものか、何を話しているのか理解出来るようになる。



「………陽光を切っ掛けにしたのは、元が植物の障りだからだろうな。エーダリアも同じ症状だ。グレアム曰く、一度不調を受け入れれば、必要な報復を受けたとして障りも剥がれ落ちるらしい」

「という事は、症状を緩和しないで受け入れさせた方がいいのだね?」

「植物の系譜のものは、残しておく方が厄介だからな。くれぐれも、苦しんでいるから引き剥がすというような事はするなよ」

「…………うん」

「はぁ。よりにもよって、守護の潤沢さが障りに繋がるとはなぁ………。こういう経験がなければ、知りもしない事例だったね」

「ここまでの守護を集める人間は、あまりいないからだろうね。…………ノアベルト、エーダリアの方を見ているかい?」

「うん。こっちにはシルとアルテアがいるなら、僕は向こうにいようかな。今回は、僕にまで反応が出ないで良かったと思うしかないかな………。何であんな草に、僕の大事な二人がここまで振り回されなきゃいけないんだろう………」



その言葉に潜んだ苛立ちに、ネアは、胸の中がぽかぽかする。

当たり前のように大事にされる喜びを、こんなところでも知ってしまえるのだから、有り難く噛み締めるしかないではないか。



「反応が現れるかもしれないような、人間の擬態だけは取るなよ」

「うん。ネアとエーダリアが回復するまでは、それはやめておくよ。ただ、後々に響くといけないから、二人が完治した後に、どこかで敢えて擬態を取っておいた方がいいかもだね」

「魔物の状態であの果汁を浴びたのなら、大丈夫だとは思うがな………」



(エーダリア様も、…………熱が出ているのだわ。……………苦しんでいないといいな………)



ヒルドは、きっととても心配しているだろう。

そう考えると、あんな植物は見付けた瞬間に踏み滅ぼしておくべきだったと、悲しくなる。

そうすれば睫毛を失う事もなかったのにと小さく唸ると、はっとしたように会話が途切れた。



「…………ネア、目が覚めたかい?」

「エーダリア様まで熱にするとは、…………むぐ。…………ゆるすまじなのです」

「身に持った守護の頑強さで反応が出ているから、彼は、君程ではないようだよ。それでも、大事を取って休ませているようだ」

「………あんなやつめは、」

「おい。障りが出ているのに、暴れるな」

「…………ぎゅむ。ぐるる…………」

「少し汗をかいているね。タオルで体を拭くかい?」

「…………む。ほかほか濡れタオル…………」



ネアはここで、お湯絞りのタオルで汗を拭いたら気持ちいいだろうという方向に意識が向かってしまい、うっかり目をきらきらさせてしまった。


熱は上がっているのだが体が熱くなることはなく、寧ろ、ひんやりとしているような気がする。

温かいお風呂に入るとなると何だか違うのだが、濡れタオル程度の温度は気持ちいいのかなと思ったのだ。


しかし、よいしょと体を起こして貰い、首元などを甲斐甲斐しくほかほか濡れタオルで拭かれている内に、ネアは、おや、この先はどうなるのかなと不安になってきた。


寝間着の中を拭くとなると、周囲に伴侶以外の魔物がいる環境はたいへんに由々しき問題である。



「おにゃかは、自分で拭きまふ」

「けれど、手が持ち上がらないだろう……?」

「………む。なぜなのだ。まだ体に力が入りません………」

「うん。先程もね、君は何度か寝返りを打とうとしていたのだけれど、体を動かす力がなかったようなんだ。随分と体力を奪われているようだね」

「………むぅ。これでは、自力で葡萄ゼリーも食べられません。…………むぐ?!」



ここで、ぺりっと寝間着の裾を持ち上げられてしまい、濡れタオルでお腹を拭かれてしまった人間は羞恥に打ち震えた。

さすがに勢いよく捲り上げられはしなかったので、目撃されてしまったのは恐らくお腹くらいのものだろうが、こちらにおわすのは慎み深い淑女なのである。



「にゃむ。…………私はしゅくじょなのですよ?」

「おい、暴れるな。情緒のなさは今更だろうが」

「ぎゃ!挟み撃ちで背中を拭くのはやめるのだ………」

「よーし、お兄ちゃんが足を拭いてあげよう」

「むぎゅ…………ぐるる」



ネアは、発熱時のタオル運動は、必要最低限の箇所を押さえればいいのだと主張したが、魔物達はそうは思わなかったようだ。


結果として、汗を拭くのはノアが一番上手だというどうでもいい事を知ってしまいながら、ネアは、涙目でほかほか濡れタオルの侵略を受け入れる。

大事にしてくれているのは勿論有難いのだが、人間の女性にはある程度の羞恥心というものが存在する事を、いつかは異なる種族の魔物達にも理解して貰えるだろうか。


しかし、そんな事を考えたのは最初の内だけで、ネアは途中から、もう種族も違うしいいかなという気分になってしまう。

タオルで汗を拭いて貰うのが気持ち良かったので、些事が気にならなくなってしまったのだった。



(棘牛も食べると美味しくて、ワンワン鳴いていても、多少とげとげでも気にならないから…………)


「うむ!とげうしは美味しいので、ほかほか濡れタオルはよしとします」

「……………おい、熱が上がってるんじゃないのか?」

「わーお。バルバの夢でも見ているのかな…………」

「ネア、眠たくなってきたのなら、横になろうか」

「それなら、葡萄ゼリーはなしだな」

「…………ぐるる。私は起きているのですよ!」



ネアはここで、荒ぶるあまりに少しだけげふげふしてしまい、アルテアが持って来た冷たい林檎ジュースで喉を潤した。


ストローを口に咥えさせて貰いグラスを持っていて貰う介護方式だが、あまりの美味しさに三杯も飲んでしまい、とは言え葡萄ゼリーは後程受付けますという気分で積み重ねた枕に寄りかからせて貰う。

葡萄ゼリーの準備もあるようだが、やはりまだ体に力が入らないので、そちらはもう少ししてからという事になったのだ。



ぽふんと枕に寄りかかり、見上げる形になったノアがにっこり微笑みかけてくれる。

その、くしゃりと乱れている髪の毛を見ていたネアはふと、魔物達は朝食を食べているのだろうかと不安になった。



「朝食は……」

「いいか、大人しく寝ていろ」

「わ、わたしではありません!皆さんは、朝食は食べているのですか?きっともう、その時間は過ぎていますよね?」

「…………この後で食べるから、安心しておいで」

「側にいてくれると安心なのですが、無理はしないで下さいね?」



やはり、朝食はまだのようだ。

まったく困ったものだときりりとした面持ちを意識してみたが、優しく微笑んだディノは、昼食は食べられるといいねと、こちらの心配ばかりしてくるではないか。



(エーダリア様も、朝食はいただけなかったのかな…………)



「ノア、エーダリア様は、大丈夫なのでしょうか?」

「うん。ヒルドが自分の部屋に引き取って、看病しているから心配しなくていいよ。元々今日は、急ぎの執務はあまりなかったみたいだし、おまんじゅう祭り関連が一件と、その後にある尖り棒祭りの準備の書類は、ダリルが引き取ってくれたみたいだ」

「…………とがりぼうまつり。そ、そうでした。初めましてのおかしなお祭りが控えているので、私も熱など出していられないのです………」

「え、僕の大事な女の子を、あの祭りには出したくないなぁ…………」

「ノアは、そのお祭りを知っているのですか?何やら、お祭りの概要を言葉で伝えたり、文献に残したりしてはいけないようで、誰もどんなお祭りなのかを教えてくれないのですよ?」

「…………うん。ええと、知らなくていいと思うよ」

「どんなお祭りなのだ…………」



ネアは、恐らくウィームの人達の事だから、尖り棒祭りなる十年に一度の奇祭は、きっと尖った棒を持って暴れるのだろうなと考えておくことにした。

この土地の祝祭の中には、深く考えてはいけないものが多いので、ある程度は心を無にしておく必要がある。


何となくだが体力を奪われそうなお祭りなので、それまでには体調を整えて直しておかねばならない。

なお、その前にはおまんじゅう祭りがあるので、そこで沢山食べて回復を図るのが最も有効かと思われた。




「…………ディノ、怖くないですからね?」



ふと、隣で静かになってしまっていた伴侶が心配になり、ネアはそう声をかけた。

するとディノはなぜか、目元を染めてこくりと頷くではないか。

熱を出したから怯えてしまったのかなと思ったが、どうやらそうではないらしい。

なぜ魔物が恥じらっているのかが分からず、ネアは、熱で若干朦朧としている頭を使ってその理由を探ってみる。



(落ち込んでいるよりはいいのだけれど………)



少しだけひやりとしたが、寝間着はきちんと直されていたし、林檎ジュースもこぼしていないようだ。

困惑したまま視線を辿ってみると、ディノはどうも、ネアの腰のあたりを見ているような気がする。

では、寝間着の上着の裾がくしゃくしゃなのかなと思ったのだが、そうでもないらしい。



(……………む、)


ネアはそこで、寝台の上に置かれていた魔物の三つ編みを、お尻の下に敷いてしまっている事に気付いた。



「ぎゃ!」

「ネアが、凄い甘えてくる…………」

「ディノ、こ、これは事故です。ごめんなさい、引っ張られてしまって痛くなかったですか?」

「ネアが凄く可愛い………」

「なぜ、大はしゃぎなのだ…………」

「わーお。何なら僕も下敷きにしちゃう?」

「お前は、エーダリアの様子を見に行くんじゃなかったのか。さっさと行ったらどうだ」

「ありゃ。そもそも、アルテアは使い魔だけれどさ、僕はネアのお兄ちゃんだからね?」

「ほお、そもそもお前は…………何だ?」



ネアが上手く持ち上がらない両手をへにゃんと差し出すと、アルテアは赤紫色の瞳を瞠ってこちらを見る。

とは言え、すぐに手を添えてくれるあたり、この使い魔は病人の世話に手馴れているのだろう。



「アルテアさん、ディノの綺麗な髪の毛がぺしゃんこになってしまうので、三つ編みの上から退きたいのです。ですが、ディノはこれがすっかり気に入ってしまい、体を浮かせるのを手伝ってくれません…………」

「…………ったく」

「ネアが甘えてくれているのに…………」

「ディノ、このままだと、髪の毛が引っ張られてしまうので、また今度にしましょうね」

「アルテアなんて…………」



お尻の下敷きにされた三つ編みをどかされてしまうと、ディノは少しだけしょんぼりしていたが、それでもネアがまた眠りにつくまで、頭を優しく撫でてくれていた。


甘やかされた人間はすとんと眠ってしまい、次に目を覚ますのはお昼過ぎの事になる。


ネアはそこで、これで少しは復調したかなと一度だけカーテンを開けて陽光を浴びてみたが、肌がじゅわっと焼けるようになったので慌ててカーテンを閉めて貰った。



「ぐぎぎ………」

「陽光を糧とする生き物だからこそ、陽光に触れられなくしたのだろう。氷で冷やすかい?」

「…………ふぁぎゅ。お肌がびゃんとなりました。今度から、妖精の薬屋めを見付けたら、すぐさま除草剤をかけるようにします………」

「枯らしてしまうのだね………」

「…………なぜでしょう。私が被害者の筈なのに、とても邪悪な人間という感じになりました。謎めいています………。そして、先程は確認しそびれてしまったのですが、グレアムさんも来てくれたのですか?」

「うん。君の熱を上げてしまっているのは、彼の領域の魔術だったから、どのようなものなのかを調べて貰ったんだ」

「元気になったらお礼のカードを書くので、届けて貰ってもいいですか?」

「ネアは置いていこうか………」

「なぜ私が同封前提なのだ」



いつものお茶の時間になると、ネアは熱も下がってきたのか、用意されていた昼食を少しだけ食べられた。

本人の心意気としては全部食べられたのだが、アルテアが消化の良い物だけを選んで出してきたのだ。


大事な、チーズと春野菜の鶏ハムはどうしたのだと荒ぶる人間に、焼きたてキッシュとスープとパンが適当であると宣言した魔物は、それで我慢しなければ葡萄ゼリーを取り上げると言う。


ネアはしょんぼりと自家製鶏ハムのない食事を済ませたが、午後のお見舞いに来たノアが、悪戯っぽく微笑んでこっそりハムを一切れお口に入れてくれたので、アルテアに気付かれないようにむぐむぐした次第である。




ヒルドにしっかりと看病されたエーダリアは、ヒルドの寝台で寝かしつけられ、大事に大事にされてしまったらしい。

ノア曰く、ヒルドはそんな風に面倒を見る時間を少しだけ満喫しているので、エーダリアの体調が落ち着いてきてからは、敢えて二人きりにしておくのだそうだ。



晩餐の席で再会したエーダリアは、熱を出していたからか少しだけ無防備で幼気な雰囲気で、ネアは、そんなエーダリアの世話を熱心に焼いているヒルドというたいへん素敵な光景に、病み上がりの心を高く弾ませた。


途中で、向かい側からじっと凝視されている事に気付いたエーダリアは目元を染めていたが、それでもヒルドの手を拒む事はない。

そんな二人を観察しながら食べた葡萄ゼリーは、とても美味しかったと記しておこう。











繁忙期につき、明日の更新は短めのお話(〜四千文字程度)となります。

魔物な誰かの日常のお話のよていです!

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