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モンスーンと青い鈴蘭の酒 1





雨まじりの風に香るのは、土の香りと青い葉の香りだ。


海から吹き上がる風は強く強く駆け上り、けれどももう、海の香りを宿してはいない。

海沿いの街を通り過ぎて森や渓谷を吹き抜けた際に、海の気配はどこかに置いてきてしまったのだろう。



けれどもやはり、その風には少しだけ異国の香りがあった。


ウィームらしからぬ、遠くの土地から訪れたものというその香りに、ネアは、まるでモンスーンのようだと遠い記憶を辿る。



視界の端でさらさらと揺れたのは、真珠色の魔物の前髪で、ネアは、宝石を紡いだような髪に映った曇天の日の光の色に見惚れた。

なんて綺麗なのだろうと見つめていると、こちらを見たディノが、少しもじもじする。


ここにいるのは、伴侶なのに見つめるだけで恥じらってしまう、とても繊細な魔物なのだ。



「この風が、海忘れと呼ばれるのですか?」

「うん。君が出会うのは初めてかな。旅の系譜の風になるから、旅立とうとする者を何処かへ誘う性質があるとも言われているね」

「旅立ち……………」



そう呟いたネアが、この世界であればどの辺りがこの風に相応しい旅先になるだろうかと少しだけ遠い目をすると、はっとしたようにディノがこちらを見る。

その直後、ネアはすかさず持ち上げられてしまい、気付けば魔物の椅子に座っていた。



「…………まぁ。なぜ椅子になってしまうのでしょう?」

「ネアが、旅に出ないようにかな…………」

「あら、私は、旅行に行くなら大事な魔物を必ず連れてゆきますよ?」

「うん。…………君はそうしてくれるだろう。でも、この風は心の底に凝ったものを揺らす事もある。………危なくないようにこうしていようか」

「むぅ。私はきっと、心の底でも裏でも、大事な魔物と離れる事こそが怖いと考えているのに、困った魔物ですねぇ」

「…………ネア」

「ただし、お家の中に於いては、本などを読む為に独立心を養うのも吝かではありません」

「ひどい…………」

「同じお部屋の中にいても、不安になってしまうのです?」

「紐で、繋ぐのならいいのかな…………」



やはりその運用で定着してしまうのかと、一般的な読書スタイルを追求したい人間は悲しい溜め息を吐いた。

同じ屋根の下で、紐での拘束なく、それぞれに自分の好きな事をするのがネアの理想である。

しかし、その夢を叶えるまでの道のりはまだまだ険しそうであった。



「…………風に、いつもとは違う匂いがするのですが、それは何か影響が出るようなものではないのでしょうか?」

「この風は、吹き始めの海を有する国を超えると、異なる地からやって来たものとして生まれた土地の香りを宿すらしい。こうして、いつもの風に嗅ぎ慣れない香りがしたら、海忘れの風かもしれないと考えられるんだ」



そんなやり取りをしていると、こつりと石段を踏む音がした。


顔を上げると、いつの間にやって来たのか、どこか呆れたような目をしているアルテアがいる。

用事があって午前中からリーエンベルクを訪れていた選択の魔物は、本日は白いシャツにクラヴァット、黒いジレ姿とシンプルな装いだ。


上着は持ってきていないのか、或いはどこかの金庫的な場所にしまわれたのだろう。

杖は持たず、帽子も被っていない。


その足元にびょいんと弾む銀狐の姿を見付け、ネアは告白は失敗したのだなと遠い目をした。

使い魔の慰安旅行の準備をしていたが、引っ張り出しておいた革のトランクは、また戸棚に戻しておこう。



「狐さんは、使い魔さんに遊んで貰いたいのです…………?」

「いい加減、庭に放しておくのはやめろ。危うくこいつは、濡れた土の上に入り込むところだったんだぞ」

「…………そうなのだね」

「ぎゃ!ディノが落ち込んでしまいました…………」

「また花壇に入ろうとしたのかな……………」

「足は拭いて、ひとまず水と泥汚れを弾くようにしてある」


つまりアルテアは、悪さをしようとしていた銀狐を捕まえ、濡れたり汚れたりしていた体を綺麗にしてくれた上に、これ以上汚さないようにしてくれていたのだ。


ネアは、銀狐よ、なぜにそんな事になってしまったのだと心で話しかけてみたが、義兄の魔物は咥えたボールをアルテアの足にぐいぐい押し付けており、こちらを見てくれない。


その姿を見ていると、もし何らかの呪いで獣になってしまった場合は、ボールだけには手を出すまいと心に誓わざるを得ないではないか。

かつては人間を呪っていた塩の魔物は今、鈴付きのお気に入りのボールをあぐあぐと噛み締めている。



「お手数をおかけしました。アルテアさんは、エーダリア様達との会議は終わったのですか?」

「ああ。大枠はな。ザルツの運用に関しては領域外もいいところだが、統括の領地内ではある。………まぁ、シルハーンとノアベルトで、あの国の王族達は意識を練り直ししておいたようだが」

「問題の根を断っておいた方が早かったからね。ノアベルトの施した呪いの檻で、あの人間はもう、今後二度と音楽に纏わる問題への興味を持つ事もないそうだよ」

「そのノアベルトはどうしたんだ。今日はリーエンベルクにいると聞いていたのに、どこにもいないぞ」

「…………まぁ。どこに行ってしまったのでしょう」

「…………いないのだね」



ネア達の悲しい呟きに、アルテアはまた女かと溜め息を吐いていたが、お探しの塩の魔物は、絶賛その足元ではしゃぎ中だ。


緊張した様子もなく、ぶんぶんと尻尾を振り回しているからには、今日こそは銀狐の正体を告白するのだと言っていたものの、その告白は何らかの事情で断念したらしい。


残念ながら告白出来なかった事を悲しむ様子もないので、朝食時の誓いは忘れてしまったのかもしれない。




「それと、…………シルハーン、ウィームの中央市場で、雷の妖精が目撃されたそうだぞ」

「…………おや。ではこちらへは近付けないようにしようか」

「むむ、悪い奴なら私が滅ぼしにゆきますよ?」

「お前は、なんでも狩りから始めようとするのをやめろ。お前にとっては相性が悪い生き物になる筈だ。絶対に近付くなよ」

「ホラー的なやつなのです?」

「よく分からんが、多分それだな。…………それは、魔術の紡ぎ糸か?」



声をかけて銀狐を預けたら帰るのかなと思っていたが、アルテアは当然のようにガゼボの中に入ってくると、向かいの椅子に座った。


すっかり甘えたモードの銀狐も抱っこで隣の座席に乗せて貰い、咥えたボールを引き続きかみかみしている。

ディノは、そんな友人のあまりにも無防備な姿に震えていたが、ネアはもう、敢えてそちらを見ないようにした。


「はい。この糸は、ヒルドさんの風車小屋の視察に同行させて貰った際に、管理人さんに分けて貰ったのです。こっそり忍ばせておくと、いざという時に様々な用途に使えるそうですので、効果的に使えるような方法をノアに教えて貰い、ハンカチの刺繍に上手く縫い込んでいるのですよ」

「隠し縫いだな。それなら、最後の糸は花の部分ではなく、葉の方へ針を通してから始末しておけ。使われている刺繍糸の系譜が違うことで、いっそうに隠される」

「まぁ。そういうものなのですね!では、そうしてみます」



からりと音を立てて、グラスの中の氷が崩れる。

グラスの表面の結露がコースターを濡らし、美味しいリーエンベルク特製のレモネードは、グラスの中で溶けた氷に少しだけ薄まったようだ。


どこからかグラスを取りだしたアルテアも、ピッチャーからそのレモネードを注いでいる。

ディノはレモネードの酸っぱさが苦手なので、ニワトコのシロップを水で割ったものを飲んでいた。


ネアはちくちくと残りの隠し縫いを終えてしまい、ふはっと息を吐くと、裁縫道具を首飾りの金庫にしまっておいた。

仕上がったハンカチは夜の光を浴びさせると良いそうで、晴れた夜に窓辺に干しておけば仕上がりとなる。



(……………辺りが暗くなってきた)



ざわりと、強い風に庭木の葉が千切れ飛ぶ。

魔術で覆いをかけているのでガゼボの中に風が吹き込むことはないが、目まぐるしく変わる空の雲の形を見ていると、そろそろ、ざあっと強い雨が降りそうだ。

アルテアの言うように、街の方では雷光が煌めいている。

時折ごろごろと音がしているので、あの雷雲がこちらに近付いてくるのなら、荒天になるだろうか。



そんな天候の日にネアがガゼボにいるのには、勿論理由があった。



今日は、我が儘な夕立ちの精霊に呪われた酒瓶を開けるエーダリア達の為に、ネア達はここで、魔術の場を整え場所取りをしているのだ。




「エーダリア達は、執務室かい?」

「ああ。すぐにこちらに向かうと話していたが、俺が部屋を出る際に通信が入っていたな」

「嵐が過ぎる前に、こちらに来られるといいのだけれど間に合うかな…………」

「ディノ、雨の円環という魔術は、雨が激しめに降り始めてしまってからでもいいのですか?」

「うん。激しく降る雨の中で、円環状に切り取られた魔術隔離地と雨のカーテンがあれば構わないんだ」

「ふむ。そうなると円形のガゼボはうってつけなのですねぇ」

「とは言え、普通はガゼボごときを、円環の魔術に書き換えて地盤を整えるのは不可能だがな」

「なぬ。そうなのですか?」

「足を着けた場所を自陣に出来るシルハーンだから出来た事だ。誰でも出来ると思うなよ」


それは初耳だったので、ネアはそれならば大事な魔物を誉めなくてはと、魔物の椅子からよいしょと下りると、立ち上がってディノの頭を丁寧に撫でてやった。


「ネアが逃げた…………」

「あら、大事な魔物を誉めただけなのですよ?………むぅ。椅子に戻されてしまいました」

「海忘れの風だ。そこにいろ」

「…………その、狐さんは大丈夫なのでしょうか?」


旅立ちを促す風と聞いていたので、思わずそう尋ねたネアに、魔物達は顔を見合わせた。

若干、もふもふの一匹が混ざってはいるものの、こちらも公爵位の魔物である。


「…………ったく」

「アルテアが、膝に乗せるのかい?」

「他にしようがないだろうが。…………おい、暴れるなよ」

「…………狐さんが、少しだけ虚無の目になりました」

「…………考えているのかな」

「しかし、ボールを嗜む作業に戻ったようです」

「戻ってしまうのだね…………」



ざざんと、また強い風が庭木を揺らす。

禁足地の森の奥を駆け抜けてゆくのは、鹿の姿をした生き物だ。

小さな妖精達も忙しく飛び回っているので、嵐が近付く前にと避難場所を探しているのだろう。

みっと声を上げた毛玉妖精が、風に攫われて空高く舞い上がる。



「…………すまない、遅くなったな」



そこに現れたのは、お休みの日の装いのウィーム領主だ。

ガゼボに入ってくるとほっとしたように息を吐いているので、通信を終えてから急いでこちらに向かったのだろう。


風も強いので、前髪が少しだけくしゃりとなっている。


「エーダリア様。お仕事は大丈夫だったのですか?」

「ああ。そちらはヒルドに任せることにした。…………っ、ここにいたのか」

「はい。狐さんは、先程から、アルテアさんのお膝の上でボールをかみかみしています」

「…………そ、そうなのだな」



今朝の宣言を聞いていたエーダリアも、これは告白は出来なかったのだろうと察したようだ。

どこか不憫そうな眼差しを、夢中でボールをかみかみしている銀狐に向け、けれども、あまりじっと見てはいけないと思ったものか、慌てて目を逸らしている。



「ほお、青鈴蘭の酒か」


アルテアがそう声を上げ、ネアは、エーダリアの手にある瓶に視線を移した。

うっかり銀狐問題に心を傾けてしまったが、これからここで行われるのは、一つの呪いの解術である。


問題の酒瓶はどんなものだろうと注意を向けると、ウィーム領主が左手に持っているのは、不思議な形をした瓶であった。



少し贅沢な厚さに切り出したバウムクーヘンのような形状の平べったい円筒形の瓶には、ぼうっと青く光る鈴蘭が漬け込まれている。


瓶の蓋はコルクになっているが、見慣れたナッツ色のコルクではなく、初めてお目にかかる白いコルクのようだ。

色も白であるし、何か特別なものなのかなと凝視すれば、コルクに貼られたラベルには魔術式がみっしり書き込まれているようなので、精霊の呪いを封じてあるものなのかもしれない。



アルテアの声に、エーダリアが手に持った瓶を持ち上げ淡く微笑んだ。

「ああ。これは、紡績関係の事業を取り仕切る商人から引き取ったものなのだ。呪いが強過ぎて封を開けられないが、このままにしておくと、いずれ瓶が割れて呪いが染み出してしまうと、先月に封印庫に持ち込まれた」


ではそれがなぜリーエンベルクに届いたのかと言えば、中に入っているお酒が、エーダリアの探していたものだからなのだそうだ。


とは言えエーダリア自身が飲むのではなく、ヒルドがずっと昔に飲んで美味しかったと話していたので、もう何年も探していたらしい。

幸いにも呪いを解けばお酒そのものには影響は出ないそうで、封印庫の負担を減らしつつ、こちらで解術してしまおうという算段である。



「封印術式でコルクを変質させたのは上出来だな。だが、開けて呪いを解放しないことにはどうしようもない」

「ノアベルトとディノに相談し、この雨の円環を使って開封する事にしたのだが、………ネア、お前はここにいて大丈夫なのか?」

「…………む?」

「蜜漬けにした青鈴蘭は湖の系譜のものだが、酒そのものは巨人の系譜の酒らしいのだが…………」

「おい。お前は部屋に戻っていろ………!」

「ネア、部屋に戻ろうか。…………そうだね、エーダリアには私が付き添うから、アルテアに送って貰うといい」

「むぅ。突然追い出されようとしています。雨の円環という素敵な魔術は、見られないのです?」

「その酒瓶を持ち込んだ段階でもう、術式が動き始めている。引き離しては動かせないだろうな」

「ぐぬぅ…………」



ネアは、素敵魔術を目にする機会を突然奪われてしまい、相性の悪い巨人の酒を呪った。

しかし、よく考えてみれば開封するだけなので、何も飲む訳ではないのだと気を取り直す。



「…………どうした。さっさと帰るぞ」

「飲まなければ、大丈夫かもしれません!」

「開封した際に、酒の香気が上昇魔術になる。この風の中でお前が酩酊したら、事故にしかならないだろうが」

「むぐぅ…………」



顔を顰めたアルテアは、膝の上の銀狐をエーダリアの膝の上に移し替えると、まだ気持ちが整わずに伴侶の椅子の上でもだもだしていたネアをひょいと持ち上げてしまった。


抱えて運び出される処遇は遺憾なものだが、とは言え、危険を案じてくれているのだからこれ以上は我が儘を言うまい。


ネアは渋々ディノとエーダリアに手を振り、使い魔な乗り物に乗車したまま、ぱらぱらと曇天から落ちてきた雨粒の中に出た。




(雨粒が大きい…………)


この降り方は何となく、ざざんと、バケツをひっくり返すように降り出すその手前の雨という感じがする。


ぱたぱたと地面に落ちた雨粒に、リーエンベルクの庭は土の色を変え始めた。

強く降る前に部屋に戻れるだろうかと空を見上げていると、なぜかアルテアがこちらをじっと見る。



「…………アルテアさん?」



土砂降りの予兆のある灰色の雲の下は、青ざめたような独特な薄暗さに染まっていた。


その中でこちらを見る魔物の瞳は、はっとするような赤紫色で、ネアはその鮮やかさにぎくりとする。

魔物らしい眼差しでこちらを見たアルテアに、よもや、ここで森に帰るのではと慄いてしまい、ネアは少しだけ手足をばたばたせた。



「その髪留めは何だ」

「む。…………これは、ウィリアムさんのお土産なのです」

「ほお、あいつの守護をこれでもかと宿しておいてか」

「まぁ、お守りにもなっているのですか?」

「お前は、考えもなしにあいつを信用し過ぎだぞ」

「むぅ。ウィリアムさんは、可愛い菫の花の髪留めがあったからと、わざわざ買ってきてくれたのですよ?それに、もう二度とアルビクロム研修には行かないと荒ぶるアルテアさんとは違い、最後まで戦ってくれる優しい魔物さんなのです」


ネアがつんと澄ましてそう言えば、アルテアがまた、僅かに顔を顰める。

一番近くにあった通用口ではなく、ネアの部屋に近い扉を目指して歩いているようだ。



「あの学びを続ける必要がどこにあるんだ。現状で要求されないのなら、当分は不要だろうが」

「しかし、せっかく師匠が戻ってきてくれたので、まだ本格的にお仕事を再開していない今の内に、次なる講義を受けてしまった方がいいのでは…………」

「そもそも、お前にウィリアムを縛れるのか?」

「…………むぐ。…………ぐぬぬ。にゃわ、…………にゃわわしではないので、しばりません」

「じゃあ、何の為に行くんだよ」

「偏った嗜好を持つ方についての、精神的な学びを増やすのです。ウェルバさんとも仲良しになったので、きっと私が噛み砕けない事は、ウェルバさんが教えてくれる筈なのですよ?」



ウェルバは優しいのだぞとふんすと胸を張ってそう言えば、ネアはなぜか、使い魔におでこをびしりと指で弾かれてしまった。


ぐるると唸り声を上げ、乱暴な使い魔を叱ろうとした時の事だ。

なぜかぴたりと足を止めたアルテアに、ネアは、首ががくんとなってしまい、眉を寄せる。


しかし、急停止はならぬと訴えようとしたところで、何かを探るように周囲を見たアルテアに気付き、ぴたりと黙った。



(…………何か、異変を感じたのだろうか)



怪訝そうな目で周囲を見回す万国共通のこの表情は、世界が違っても、種族が違っても、共通するものを示す。

であればきっと、選択の魔物には感じ取れた異変が、この近くにあるのだろう。


リーエンベルクの敷地内なので、もしもの場合は困った事になるのだろうかと考えたネアは、アルテアの真似をして周囲を見回したところ、心の端に引っかかりを残すような僅かな異変に気付き、おやっと目を瞠った。


上手く説明は出来ないが、周囲の景色の色相が、

こんなお天気とは言え、普段と何かが違うような気がしたのだ。



そして、そう思った瞬間に重なるように、どこかから、ゴーンゴーンと鐘の音が聞こえた。



(聴きなれない鐘の音は、予兆になる事が多い…………)



だからネアは、これ迄に何度もこんな鐘の音を聞いてきた。

わなわなとしながらアルテアの表情を窺うと、こちらの使い魔も、どこか遠い目をしている。




「…………ったく。すかさず事故るのか」

「なぜなのだ。歩行はアルテアさんに任せておりましたので、私に責任はありません。そもそも、ここはまだリーエンベルクのお庭ではないですか」

「……………パーシュの小道だな。妙な階層を踏まないように、屋内まで戻れる確率はあまり高くないか………」

「ぎゅむ。なぜに近くの扉から中に入らなかったのだ………」

「言っておくが、普通はこんな事は起きない。お前がいるからだな」

「解せぬ」



勿論、混ざり込んだパーシュの小道を踏まなければ、何の問題もないのだと言う。

しかしネアは事件事故のプロフェッショナルでもあった為、とは言え、そう簡単に戻れはしないだろうと、悲しくも理解してしまっていた。



屋根を叩く雨音が徐々に大きくなってくる。

このまま雨足が強まれば、きっと安全な道を探すのも一苦労だろう。


アルテア曰く、迷い込んでも多少おかしな道を通るくらいなので、命を脅かすような危険がないのが幸いであった。




風に混ざったのは、どこかスパイシーで花園の芳香も混ざった、異国の香り。

海忘れの風は、庭から部屋に帰るだけの簡単な道中に、思わぬ旅模様を持ち込んで来たようだ。










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― 新着の感想 ―
常に一緒にいるのは素敵だと思うけれど、ご婦人はそれなりに一人の時間というものを求めたいものですからね。見られたくないお肌のお手入れとかもありますから。
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