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薔薇の色と伴侶の色




大切な客を見送ると、支配人に挨拶をして控え室に駆け込んだ。

魔術併設された従業員路ですれ違った同僚から、これから薔薇の祝祭かいと尋ねられ、微笑んで頷く。



勤務時間が終わり、ここからは時間との勝負だ。

とは言え、焦ってはいけない。

ザハの古い従業員用の廊下は、時折、併設の魔術の道が歪むのだ。

常に足元をよく見ておき、色の違う部分があった場合は決して踏まないように。



給仕の制服を素早く脱ぎ、シャツを綺麗に畳んだ。

本来なら洗濯に出してアイロンをかけたいところだが、今夜は時間が差し迫っているので持って帰る余裕がない。

着替えを進めながら魔術洗浄をかけておき、自分のシャツに着替えて上からセーターをかぶり、仕立ての優美さが気に入っている灰色のロングコートを羽織った。


靴を履き替え、マフラーと帽子を掴み、ポケットに手袋が入っているかどうかを確認する。



かちゃりと音がして、制服をしまった棚の扉を閉じれば、後はもう魔術灯を消して部屋を出るばかりだ。

身支度を整え終えると、レストラン担当の伝統に則り、支給されている魔術の真紅のチーフを自分の更衣室の戸口にかけて退出の知らせとした。


魔術の潤沢なウィームだからこそ、ザハの従業員更衣室は個室になっている。

勿論広いものではなく、着替えをしまう衣装棚と備え付けの小さな机に椅子があるくらいで、それでもあえて個室を設けているのは、人目につかないところで着替えなければならない種族の従業員がいるからだった。

ホテル業務の方のリネン係には、赤い羽根をお仕着せに隠して職場の仲間達と良好な関係を築いている妖精がいるし、料理人の一人は、玉葱の呪いで、見るとかぶれる呪いの術式を背中に刻まれている。



なお、この赤いポケットチーフは、支給された者が手放すと退出の印が支配人の部屋にある名簿に浮かび上がる仕組みだ。

料理人はコック帽で、ホテルマン達は銀色のペン。

日頃身に付けられるものにして勤怠管理を簡単にする一方で、勤務時間内にあえてそれらを手放し、異変が起きていることを周囲に知らせることも出来る。



宿泊に料理に、その他の身の回りのお世話まで。



ザハは、優秀な従業員達を揃えるからこそ、彼等が我が儘なお客に攫われないように常に管理を徹底している。


実はグレアムは、純白の事件の際にその手順を飛ばして姿を消してしまった事があった。

幸いにも、擬態の自分と本来の自分が魔術的に紐付かないように対価魔術が分離させていたお陰で、身を案じた仲間達から証跡を辿られることはなかったが、心配をかけたようだ。



そして、その対価魔術は本来、ここに居るのがグレアムであることを覆い隠してしまう、決して逃れられない魔術誓約の檻のようなものだった。

しかしその時は、その檻に救われた形になったばかりか、今のグレアムはもう、檻の外に出て本来の自分としてシルハーンやネアと接する事が出来る。



決して自分からは名乗ることの出来なかったグレアムと出会い、それが今代の犠牲の魔物ではなく、先代の犠牲の魔物であることに気付いたのはネアだった。


見付けたのはネアだとシルハーンは言い、ネアは、シルハーンもいつか気付いただろうと言う。

けれどもそれはやはり、この世界の仕組みに疎く、異邦人としての眼差しを持つネアだからこそ、グレアムを見付け出せたのではないだろうか。


こうしてグレアムが戻ることを可能にしたのは、グレアムが犠牲の魔物であったからこそであり、本来そのような魔術はこの世界には存在しないとされている。

ネアがたまたま魔術の理に明るくない異邦人だったからこそ、魔術でそのようなことも可能とするに違いないという拙い確信の下、彼女だけが核心を突いたのだ。


であればやはりグレアムは、そんな伴侶をシルハーンが得たという恩寵に感謝をし、敷かれた魔術の檻が破られた幸運を噛み締める。




(ウィリアムも、気付いてくれればいいのだが………………)



得られないと諦めていたものを手にすれば、そんな強欲さが動くのだろう。

しかし、ここに自分がいるのだと伝えたがる心は、グレアム自身の執着でしかない。

だから勿論、ウィリアムは、知らずにいることを選ぶのも自由なのだ。




けれどもそれでは彼は、ずっとあの日の崩壊の責任を背負い続けはしまいか。




(それは、不公平ではないか…………)



グレアムがこうして幸せを得た今、何よりも気がかりなのは、大切な友人が心の奥に抱えたままであろうその傷深さであった。




ザハを出て、祝祭に賑わう街を足早に歩きながら、遠い記憶の向こうで微笑む、深紅の髪の美しい伴侶を想う。



エヴァレインが死んだのは、ウィリアムの所為ではない。

彼女は様々な要因が重なり、転がり落ちるように狂乱したのだ。

ウィリアムはそれを止めようとし、己を犠牲にしようとしても叶わず、そして彼女を終わらせるしかなかった。



いや、あれはグレアムの罪だ。



彼女があの国の子供達を溺愛している事を、脆弱な人間というものを愛し、そこに傾ける心の危うさを、きちんと理解していた。

二人でも話し合いをしてきたし、彼女が人間と生きるのは初めてではない。

そう考え、その愛はやはり弱さなのだという認識が足らないまま、グレアムは伴侶を守り損ねた。



彼女がとある人間の一族に差し出した愛情を毒に変えた策略は、グレアムを破滅させる為に仕組まれたものだ。



エヴァレインがウィーム王家の血を継ぐ遠い異国の子供達を愛するからこそ、その子供達が、かつてグレアムが手を貸し、白夜の組み立てた醜悪な呪いから生き延びさせた子供の末裔であったからこそ、白夜はあの企みを残したのだろう。



あれは執念深い魔物で、かつて、自身の愉快な狩りの邪魔をしたウィームの王宮付きの魔術師を、決して許しはしなかったのだ。



邪魔をされ失った道筋から報復する。

クライメルの手から逃れた人間の子孫を使い、クライメルの邪魔をしたグレアムを滅ぼす。

その手法はまさしく白夜らしく、それなのにグレアムは、クライメルはとうに蝋燭にされたものとして、その執念深さをすっかり失念していた。



(あの頃はまだ、世界のあちこちにクライメルの意思や、影が残っていた。最初にあの国の魔術基盤に手をかけたのはクライメルだが、それを成就せずにクライメルが蝋燭にされたことで、俺はすっかり警戒を解いていたが、あの男は先々まで手を打っておいたのだろう…………)



そういうものなのだ。

それは例えば、昨年の蝕で確認されたクライメルの手駒だった巡礼者達のように。

実は、蝕で地上に姿を現した巡礼者はヴェルクレアだけではなく、グレアムを標的とした者達がカルウィにも姿を現した。


かつてクライメルが毒を注ぎ育てた駒は、既に滅びた者達が全てではないだろう。

これからもどこかで、その気配や侵食を見付けるかもしれない。



既に崩壊し跡形もなく滅びた筈の前世界の残滓を影の世界で見た時、グレアムは、決して失われないものの悍ましさを嫌と言う程に思い知らされた。




『古くてとても嫌なものを見たよ。あれは私にしか壊せないものだから、壊しておいた』



蝕が終わった後、カルウィの近くで出会った昔馴染みに、そんなことを言われた。

こちらに関しても、グレアムはそんなものがまだこちら側に残っているとは考えていなかったし、そもそも、その昔馴染みが自分をかつての犠牲の魔物と同じ者として認識していることも知らなかった。

慌ててどうして気付いたのかと尋ねれば、同じ顔と匂いをしているからだとさらりと答えられてしまい、絶句したものだ。



最初に気付いたのは霧雨の妖精王だと思っていたが、この様子では、他にも気付いている者がいるのかもしれない。


ノアベルトが気付き、アルテアも気付き、ひたひたと、少しずつ砂地を波が削るようにして、この身を隠し隔離していた檻が崩れてゆく。




(だからこそ、もう二度と、大切なものを喪う訳にはいかない…………)




幸せそうな微笑みを浮かべた人々が行き交うウィームの街を、いつかのように足早に歩いた。

けれどもあの日のように薔薇の花束を贈る伴侶は、もうこの世界のどこにもいない。




(………………それでも、俺は生きてゆけると知った………………)




あの狂乱の果てに、そして一度の代替わりを経たグレアムが葬ったのは、彼女がいないと生きてゆけない自分だったのかもしれない。

狂い壊れたその部分の傷を削ぎ落としたからこそ、今はこんな風に、ただあの頃を愛おしく思い出せるのだろうか。



クライメルは、手駒を使い偶然を手繰り寄せ、何百もの要素を複雑に絡み合わせてあの国を壊し、がらがらとエヴァレインの足元を崩し落とした。

壊れたエヴァレインが、伴侶を巻き込んで崩壊することを見込んでだったのだろうし、その策略に気付いたところで、アイザックやアルテアのように、自分の予定を変えずにあの国の解体をやめなかった魔物達も多い。



とは言え全ては必要な悲劇、必要な絶望だったのかもしれないと、最近のグレアムは思う。

その為に失われたものをそれで良しとは絶対に言えないが、対価があるからこその成就があり、大切なものの一つはこの手のひらに残った。



ふと、街角で彼女によく似た髪色の少女が笑っているのが見えた。

その健やかさに、胸が潰れそうになる。


(エヴァ、…………シルハーンが、あんな風に微笑むところを、君に見せたかった。俺一人がここで幸福になるのは後ろめたいが、でも、…………それでも俺は、あの方が漸く幸せを掴み取ったことが嬉しくて仕方ない…………)



無料で配られた祝祭のビーズを宝物のように握り締め、ネアのことを可愛くて仕方ないという目で見つめていたシルハーンの姿を思い出すと、唇の端が持ち上がる。

そんな姿を見る事が出来たのだから、最愛の人がいない薔薇の祝祭でも、この先の時間も、生きて行くことが出来る。



エヴァレインは、仕方がないわねと微笑むことはしないだろう。

仕方がないと思えなかったからこそ狂乱したのだし、思い留まらせようとした周囲の声も届かなかった。


あの日、自分が側にいたのなら、彼女を救えただろうか。

けれどもその場合は、共に狂乱し、より取り返しのつかないことになっただけかもしれない。



こんな日だからこそそう考えかけ、小さく苦笑する。



今を慈しむのなら、どれだけ鋭くともその過去の全てを有りの侭に受け入れ、やっと芽吹いた幸福を手放さないことだ。

後悔も絶望も愛おしさも、その全てを眠りの淵に沈め、グレアムはもう一度ここに戻ってきたのだから。



歩きながらふわりと身を躱して低階位の魔術の道に入り、その中を歩く見知らぬ者の影を踏んでその気配を纏い、更に一段階深い魔術の道に入る。

一度近くにあるあわいを経由し、また更に一層深い魔術の道へ。


ここで、小さな対価を支払い魔術を編めば、対価にした硝子の装飾品が指先で粉々になる。

この硝子細工は大量に備えてあるもので、あわいの駅の一つに暮らす妖精達が作る術式具だ。

紙のように薄い円形の硝子に精緻な模様を彫り込んであるもので、生贄などの儀式の代用品として普及したが、かなり高価なものなのでグレアムのような使い方をする者は稀だろう。


それでも必ず、こうして本来の自分の姿に戻る時には、この対価を支払う。

慎重に証跡を消し、都度洗い流し組み上げ、もう二度と愚かな間違いを冒さないように。



第二位の魔術の道から、最上位の道に入れば、その先に一人の友人が待っていた。

振り返る動きで揺れるのは、淡い金色の長い髪だ。

擬態をしてもなお、その眼差しの穏やかさは失われることはなく、彼が司り治める真夜中の馥郁たる美しさを思わせた。


年始に君が誰なのか分ってしまったと告白され、グレアムは酷く驚いた。

彼については、なぜグレアムの秘密に気付かれたのか、全く分らない。

けれどもこの真夜中の座の精霊王は、ひたりと微笑んで、真夜中とはそういうものなのだと囁いた。

真夜中の座の領域に置かれた砂時計の中に、夜の色の砂粒に紛れて秘されたものが紛れ込むことも多く、真夜中とは特に神秘を司り、秘密が行き交う庭を持つからなのだと言う。



「やあ、間に合ったようで良かった。まだ残っているが、該当の色があるかどうかは微妙なところだろうか」

「出来れば同じ色が欲しかったが、この際別の色でも構わないか。君は、その色を手に入れられたのか?」

「いや、私は先にここに到着し、ネア様達に配布所を教えて差し上げる役目だったからな。あの色を選ぶだろうとは思ったが、あえて違う色を持つことで不自然さをなくす方を選んだんだ」

「それで、赤い薔薇にしたのだな」


見せて貰った薔薇のビーズに頷けば、ミカは、指先で祝祭のビーズをそっと撫でた。

彼をよく知る者達もまた、これ程に高位な精霊の王が、無料配布のビーズで喜びを噛み締めているとは思うまい。

それでも心を揺らし、幸せそうに微笑む姿は、ネアと過ごすシルハーンに少し似ていた。



「…………赤いものも美しいな」

「そうか。君はそう思うかもしれない。もし、他の色しかなければ、私のものと交換するか?」

「………………いや。俺はもう、自分の区切りをつけたのだ。その色はやめておこう」



会話をしながらではあるが、配布口に向かい足は動かしている。

漸く見えてきたその列は既にまばらになっているので、ビーズの残りはあまりなさそうだ。


一番短い列の最後尾に並べば、ミカが隣の列に並んでくれた。

在庫がなくなるかもしれないからなと大真面目に言うので、そんな優しさに何だか苦笑してしまう。

やがて、残すところも三人程になったところで、薔薇のビーズを配布している妖精達が不安げな眼差しになった。



(そろそろ、在庫がなくなってきたのだろう。貰えるといいのだが……………)



「申し訳ありません。残り二個なので、お色がもう選べないんですよ。黄色い薔薇であれば残っておりますが、そちらで宜しいですか?」

「ええ。残っていて良かったです」



ようやくグレアムの番になり、申し訳なさそうに眉を下げた女性にそう言われ、微笑んで首を振った。

残念ではあるが、この時間に来たのだからこうなることは想定済だ。

寧ろ貰えない可能性もあったのでほっとしたのだが、心の中でこれはゼノーシュの配色だなと思うと、シルハーンやネアに紐付かないような僅かな寂しさを覚える。


ミカからは、無念そうな顔をしていると微笑んで肩を叩かれ、お互いに顔を見合わせて苦笑した時のことだった。



「僕のビーズと交換してあげてもいいよ」


後ろからそう声をかけてきた魔物に、グレアムはゆっくりと振りかえる。

そこに立っていたのは、水色の毛皮の帽子をかぶりコートを着た、防寒に重装備な雲の魔物だ。


寒さを嫌う魔物だったのだが、最近はイーザの手伝いをする為によくウィームに来ている。

ネア達と過ごしている時には、驚くような幼い言動も見せるが、これは本来、残忍で気儘な魔物だ。

なぜか懐かれているので、グレアムがヨシュアを恐れることはなかったが、この時間が夜であるだけに、周囲に影響は出ていないだろうかと心配してしまう。


銀灰色の瞳に魔物らしい表情を浮かべ、ヨシュアは、どうするんだいと首を傾げた。



「…………ヨシュアは、………ラベンダー色の薔薇にしたのか」

「うん。良く分らないからイーザに選んで貰ったんだけど、そっちでもいいんだよ。グレアムは、この色の方がいいんじゃないのかい?」

「……………ああ。だが、構わないのか?」



断ることも考えたが、そちらの色が手に入るならという思いが優先された。

一度考えてしまうとそちらに紐付いてしまうのか、今持っている薔薇のビーズはもう、どうしてもゼノーシュの印象を感じてしまう。



「その色は、僕の奥さんの色に少し近いからね」

「………………そうか。では、交換してくれるだろうか」

「うん。…………そっちの君はいいのかい?僕は三つ持っているよ」

「であれば、交換して貰おうか。しかし、三つということは、誰かの分ではないのか?」

「全部僕の分なんだ。くれるというから、三回並んだら三つになったんだよ」

「……………ヨシュア、このビーズの配布は、一人一つまでなんだぞ?」

「………………ほぇ。知らないよ。僕は偉大だから、また並ぶように言われたんだと思うし、好きに出来るんだ」

「そのお陰で助かったのだから、俺からはあまり言わないが、イーザに叱られないようにした方がいい」

「………………イーザは、あそこで、薔薇の焼き菓子を屋台で買っているんだ。もうすぐ戻ってくるよ」



そうヨシュアが視線を向けた先には、なぜか大行列になっている薔薇のパウンドケーキの屋台がある。

並んでいるのはほぼ会員なので、何があったのかは想像に難くない。


そしてヨシュアは、そんなイーザを待ちながら所在なく立っていたところ、配布の列に並ぶ見ず知らずの者達に声をかけられてしまい、三回も並んだのだと言う。

余程所在なく見えたものか、一人でどうしていいのか分らずに困惑しているに違いないと考えたウィームの住人達が、親切に列に招き入れてやったりしたようだ。

擬態をしているとはいえ、それが夜の雲の魔物だと思えばひやりとするが、幸いにもその中でヨシュアが気分を害して短慮な振る舞いをすることもなかったらしい。



「……………うん。少しだけ僕のポコの色だ。帰ったら、ポコの部屋に飾ってあげるよ」


グレアムが渡したビーズ飾りを眺め、ヨシュアはそう微笑む。

そっと撫でたポケットが膨らんでいるので、そこには、彼の亡くした伴侶を象ったぬいぐるみが入っているのだろう。


ネアに教えられて作ったというそのぬいぐるみを、ヨシュアはとても大切にしていた。


物言わぬぬいぐるみに、伴侶の魂が宿ると信じている訳でもなく。

ただヨシュアは、触れて話しかけることの出来る形を持った伴侶の姿に、これでずっと愛する者を忘れずにいられると幸せそうに微笑むのだ。


ぬいぐるみが似姿に過ぎないことを理解した上で、伴侶の似姿に相応しい最上級の扱いを彼なりに整え、そうすることで自分の中の思い出に向き合うのだとか。


(残忍で気紛れな部分も多いが、彼の統括は毎回安定している。系譜の者達に対しても、良き系譜の王として敬われ、そして気儘な振る舞いの残虐さを恐れられているあたり、ヨシュアはやはり多くの種を統括することに長けた聡明な魔物なのだろう…………)



「交換してくれて助かった。伴侶の色に近しいのであれば、幸いだ」

「うん。僕はこうするのがいいからね。グレアムは、その薔薇を選ぶようにしたんだね。でもまぁ、君はもう新しい君だからそれでいいのかな。でも、何でだかそう思ったんだよ」

「……………………ああ。今の俺は、この薔薇を欲しいと思った。…………それでいいんだろう」



最初にミカが持っていた薔薇のビーズは、エヴァレインを思わせる深紅のものだった。

けれど、グレアムが選んだのは、シルハーンとネアの二人を思わせるラベンダー色のものだ。

言われてみれば確かに、自分はそこで線引きをつけ、手に入れるものを選んだのだろう。


シルハーンからは、燭台の塔で出会った蝋燭の君は、伴侶のいない世界から旅立つことを望んでいたのだと言われた。

だからグレアムは、その蝋燭が燃え尽きた今だからこそ、伴侶へ向ける思いが柔らかなものになったのだろうかと考えることもある。



(でも、……………)



でも、グレアムはもう、この薔薇を選ぶ。


手の中で祝祭の光に煌めくのは、グレアムの大切なものを象徴する特別な色。

そして、グレアムの新しい幸福の色だ。



「ヨシュア。この後の打ち上げには出るのか?」

「うん。僕はイーザと一緒だからね。イーザは僕の大事な友達だから、楽しそうにしているのはいい事だと思うよ。それに、こうやって同じことをしていると、イーザが僕を一人にしないんだ。ネアは怖いけれど、シルハーンの伴侶だし、逃げ沼から助けてくれてアヒルをくれたし……………」

「そうか。では、今夜は賑やかになるな」

「でも、イーザは、僕を置いて列に並ぶべきじゃないと思う…………」

「いや、わざと待たせたのではなく、あのあたりは混雑しているから、一人で並ぶようにしたんだろう」


そう言ってやったミカに、ヨシュアは少しだけ不機嫌そうに息を吐く。

見ればこちらに戻ってくるイーザが見えたので、待たされたという主張を表情でも示す為に違いない。

待っている間はそこまでの不満があるように見えなかったので、そうして甘えるのもまた、魔物らしいしたたかさなのだろうか。



「おや、皆もすっかり揃いましたね。ヨシュア?」

「イーザは、もっと僕を大事にするべきだと思うよ。僕はここで一人で待っていたんだ…………」

「ヨシュア、それはあなたが、……………ビーズの色を変えましたか?」

「うん。これは色の薄い黄色と水色の組み合わせが、砂色の体に青い瞳のポコの色に近いからね。ポコにあげるのはこれで、僕はこっちにする。これは、…………ハムハムへのお土産だ」

「……………ヨシュア。なぜあなたは、配布のビーズを三個も持っているのですか?」

「ほぇ、……………怒ってる」

「当然でしょう。一人一つまでとあれだけ大きく書かれているのに、看板の文字が読めない訳ではないでしょう」

「ふぇ。…………イーザが苛めるよ……………」


慌ててこちらに助けを求めてきたヨシュアに背中の後ろに隠れられてしまい、確かに問題はあると思うが、悪意はなかったし、お蔭でビーズを交換出来たのだと説明すれば、イーザも渋々怒りを収めてくれたようだ。


ミカが共に来たというワイアートも揃い、向こうで通り魔に捕まって危ういところだったというリドワーンを保護してきたと教えてくれた。



「薔薇の祝祭の夜には、擬態には気を使わないと。リドワーンは、擬態しても見目がいいからな」



そう微笑んだワイアートの方が格段に若いのだが、ウィームについての理解は彼の方が深い。

ワイアートは、かつてネアに雪竜を見せようとしたシルハーンに狩られたことがあり、その際に意識のないふりをしてシルハーンとネアの会話を聞いていた彼は、解放されて以降、すっかりネアに心酔している。


数いる会員の竜達の中では一番年若く、そして一番の策士かもしれない。

魔物で言えば、ノアベルトやジョーイに似ている部分がある。

ウィームでの暮らしが長く、調整型の穏やかな気質のベージに、竜としての階位がずば抜けて高く、ウィームの者達が知らない海の知識を持つリドワーン、そして交渉ごとに向いているこのワイアートは、なかなかにいいチームではないだろうか。



「さて、では我々も移動しましょうか。リドワーン、しっかりしろ。もうすぐ、支部に着くからな…………」

「………………ああ。危うく、敷物のような生き物の伴侶にされるところだった…………」

「…………ふぇ。イーザ、その焼き菓子は僕にもくれるべきだよ」

「はいはい、あなたの分もありますから、後で分けますよ」




友人達と集まり、いつもの場所に向かう。

それは穏やかで美しい薔薇の祝祭の夜で、グレアムの手の中には、ラベンダー色の薔薇のビーズが握り締められていた。






























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