美味しいキノコと優しい朝
しとしとと雨が降る。
柔らかな木漏れ日が雲間に隠れてしまい、森は透き通った青い影に沈む。
僅かに残った陽光に煌めく庭園の花々や木々の枝葉は、その影の中で陽光に晒される時とはまた違う美しさを見せていた。
「あめあめキノコ……………」
しかしその朝、美味しいキノコを求める人間は、そんな森の美しさには目も止めず、特別なキノコを求めて鋭い目で周囲を見回していた。
たたんと音を立てて雨を弾くレインコートを着ているが、収穫作業があるので、その上からディノに雨除けの魔術をかけて貰っている。
「雨音のキノコは、結晶化している木の下に生えているらしいよ」
「はい!…………むむ、あちらの班に動きがありました!………わ、私とて。………ぐぅ」
ネアは、眠いのとお腹が空いたのとで、相反する欲求に心を引き裂かれつつ、事前説明を受けた綺麗な栗色のキノコを求めて朝の森を彷徨っていた。
一緒にいる魔物は、三つ編みを引っ張って貰えてご機嫌だが、その伴侶はまだ眠たいので、一刻も早くキノコを見つけてお家に帰りたいのである。
清しい水の香りに満ちた森で、瑞々しい朝の花々の香りを嗅いだり、伴侶との森の散策を楽しむ余裕はまるでない。
「ネア、これは違うのかい?」
「………むむ、これは……………謎キノコです」
「謎キノコ…………」
「はい。お目当てのキノコではありませんが、では何なのかも分からない斑模様のキノコですね」
「持ち帰ってみるかい?」
「ヒルドさんに聞いてみましょうか?」
「うん」
ここでネア達は、少し離れた場所でキノコを探していたヒルドに声をかけ、問題のキノコを見て貰った。
こちらに来てくれた森と湖のシーは、傘はささず、柔らかな雨に少しだけ羽を濡らしていて、宝石を削ったような美しい羽はいつもとは違う煌めきを帯びる。
これは、雨除けの魔術が届いていない訳ではなく、この森に降る雨を敢えて浴びているのだそうだ。
きちんと髪の毛や服は濡らさないようにしているヒルドは、ディノが見付けてくれたキノコを見ると目を丸くした。
「……………これは、猛毒のグレム茸ですね。食用にはなりませんが、駆除対象ですので見付けていただいて助かりました」
「まぁ、…………駆除、なのですね」
「ええ。この通り……………」
ヒルドがすらりと剣を抜いた瞬間、異変は起きた。
大人しくという言い方も妙だが、大きな木の下に生えていたキノコが、ささっと逃げ出したのだ。
目を丸くしているネア達の前で、そのキノコは素早く剣を一閃させたヒルドにあっという間にばらばらにされたが、それまでは、明らかに意思のある動きで脱走しようとしていなかっただろうか。
「…………ぎゅむ。キノコが走りました」
「ご主人様…………」
「まぁ、怯えてしまったのです?」
「これは、キノコの分類ではありますが、人間を害する妖精の一種ですよ。春先でなければこの妖精を好んで襲う捕食者がいるのですが、今の時期は食べる者達がおりませんので見付け次第に駆除する必要があります」
「…………走れるという事は、自分でここに出てくるのですか?」
「人間に食用として持ち帰られるのを、普通のキノコのように擬態して待っていると言われていますね」
「…………ぞくりとしました」
グレム茸は、普通のキノコとして採取される事で、魔術的な領域での勝利とする因果の系譜の妖精だ。
誤って調理しようとした人間を毒で弱らせ、安全な人間の住処でぬくぬくと成長する。
幼体であるキノコ姿の時には住処を得る事が目当てなので人間を襲う事はないものの、成体の蝶の姿になると人間を襲う。
「キノコから、蝶になるのかい…………?」
「ふぎゅ。という事は、これは幼虫さんなのですね………」
とは言え、厄介な妖精だがなかなかの希少種なので、あまり悪さをする事はないという。
ウィームでの駆除報告は年間に五十件程と聞けば、今回は、見付けて駆除が出来た事が幸運なのだった。
「ディノ様、グレム茸を見付けていただき、有難うございました」
「……………うん」
「まぁ。私の魔物は、キノコが走った事でとても弱ってしまいました……」
悲しげに震えている大事な魔物に三つ編みを持たされているネアを見て微笑むと、ヒルドは、向こうで雨音のキノコを探しているエーダリア達の方に戻って行った。
「ディノ、美味しい雨音キノコを食べて元気を出しましょう?」
「…………そのキノコは、走らないかい?」
「はい。そちらは普通のキノコだと聞いていますので、走って逃げたりはしない筈なのです」
そう宥めてやりながら、ネアは少しだけ不安であった。
何しろこの世界では、一輪挿しも聖人になって走るのだ。
お目当ての雨音キノコは、こんな春の雨の日の朝にだけ、収穫されるものなのだと言う。
ざあざあ降りの日ではなく、ほんの少しの陽光が雲間に隠れるくらいの、絶妙なしとしと具合の霧雨が降り、尚且つ風のない日にだけぽこんと生えてくる。
おまけに、一本のキノコは三人までしか食べられない。
四人目からはたいそう不味く感じるようになる、何とも謎めいた制約の多いキノコなのだ。
「雨音のキノコは、とても地味…控えめな茶色いキノコですので、森の色に紛れてしまうと発見が難しいそうです。しかし、その美味しさはまさに祝福なのだとか」
「採取した者にしか、調理が出来ないのだったね」
「はい。エーダリア様達と、私とディノとで、二本見付けられるといいのですが………」
走る毒キノコに出会い少しだけ眠気が飛んだので、ネアは、先程よりも鮮明になった視界で茶色いキノコを探す。
調理さえ出来れば誰もが美味しく食べられるので、雨音のキノコは、妖精や精霊などの森の住人達にも好まれており、人間が手に入れられる機会はとても少ない。
それをなぜ今になって探す事にしたのかと言えば、この森で、今月に入ってから五人の騎士達が雨音キノコを見付けているからだ。
これ迄、菌類の学者やガレンの魔術師達は、雨音キノコを育てる特別な土壌条件はないとしてきたが、現在のこの森に整えられている何らかの条件が、雨音のキノコを同じ場所に育て続けている可能性がある。
となれば、学術的な興味はさておき、この機会を逃さずに是非に食べたいとなるのが、人間の強欲さというものであった。
「………バターソテーか、チーズたっぷりで、リゾットでふ。………じゅるり」
「可愛い………。震えてしまうのかい?」
「これは、美味しさへの期待の震えなのですよ。…………むむ!」
ネアはここで、眼光鋭くちらりと見えた茶色いものに駆け寄ったが、残念ながらただの落ち葉だったようだ。
落胆しかけたところで、今度こそ間違いなくお目当てのキノコだという茶色い物を見付けて駆け寄ったものの、そこにいたのは、突然人間に詰め寄られて震えている木の実姿の精霊だったと肩を落とした。
「おのれ、紛らわしいのだ!」
「ご主人様…………」
むしゃくしゃした人間に、木の実姿の精霊はむんずと捕まれ遠くに投げ捨てられてしまい、荒ぶる伴侶に魔物が慄いている。
そんなネアの元に、しゃくしゃくという濡れた下草を踏む音が聞こえて来たのは、紛らわしい場所に佇んでいた木の実への怒りがほんの少し収まってからの事だ。
キノコ探しをしていた仲間達がこちらに合流してしまう理由は一つしかない。
まさかと思い振り返ると、そこには、頬を上気させたウィーム領主の姿がある。
「エーダリア様…………」
綺麗な瑠璃紺色のレインコートを羽織っているが、塩の魔物による雨除けの魔術もかけられていて、コートの表面はまだ濡れていなかった。
そして手に持った籠には、ネアが追い求めている素敵に茶色いキノコが鎮座しているではないか。
「その様子だと、そちらではまだ見付かっていないようだな。お前のことだから、すぐに見付けてしまうと思っていたのだが………」
「…………ま、まさか……………」
「ネア、これが雨音のキノコだ。現物を見ておいた方が、探し易いだろう」
「……………エーダリア様が、雨音キノコを持っています」
「ああ。ノアベルトが発見してくれてな。こちらでは、私かヒルドが採取するという事になったのだが、焼くだけでも調理になるという事で、今回は私が採取させて貰ったのだ」
「…………ふぁい」
今回のキノコ狩りにあたり、ネアは、事前に参加ルールを決めさせて貰っている。
三人しか食べられない物なのでと、仲間達を二班に分け、どちらが発見しても、発見した者達がそのキノコを食べると定めたのだ。
これは、ヒルドやノアなどが、見付けたキノコを譲ろうとしてしまうのではという気遣いの上で施行された家族ルールだが、狩りの女王がまさか手ぶらで帰る事はあるまいという、愚かな人間の慢心からの制定でもある。
「ありゃ、僕の分で食べていいのに」
それなのになぜまだ収穫がないのだとわなわなと震えていると、無事に目的を達成したノアも、こちらにやって来る。
「…………ぎゅむ。自ら定めた法を破るような真似はしないと、気高い私は己の心に誓ったのです」
「でも、そろそろ雨が止みそうだよ。ほら、こんな時はお兄ちゃんに甘えてもいいんだからね?」
「ネア様、私も次回で構いませんから、ディノ様と一緒に、この雨音キノコを召し上がられては?」
「………ぎゅ。やくそくはやくそくなのです。………わ、私とて負けません!!」
ヒルドにまで優しくそう提案されしまい、ネアは、己の醜い欲望に屈してはなるものかと、びゃっと逃げ出し、慌ててそちらのチームから距離を取った。
「わーお。頑なだなぁ」
「そ、そこから近付いてはなりません!リーエンベルクに帰って、新鮮な内にそのキノコを美味しくいただいて下さいね」
「…………ネアが逃げた」
「…………む、むぐ。うっかりディノを置き去りにしてしまいました。こちらも負けずに、雨音キノコを探しましょうね」
それからネアは、必死に雨音のキノコを探した。
数々の木の根本を探り、紛らわしい森の生き物たちは片っ端から投げ捨てながら、図録で見せて貰ったふっくらとした青みがかった茶色いキノコを探す。
しかし無情にもお目当ての物は発見されないまま、空の向こう側には雲間が見え始めていた。
木陰で羽を休めていた小鳥の囀りが聞こえてきて、追い詰められたネアは、悲しみに締め付けられる胸を押さえて周囲を見回す。
心配そうにその様子を見ているエーダリア達の向こうを歩いてゆく家族連れは、同じように雨音キノコを探しに森に入った者達ではないか。
思わぬところで出会った領主と嬉しそうに挨拶を交わしているその様子から、彼等もキノコを見付けたのだと分かってしまう。
「………ぎゅ。ぐるる………」
「もう、今生えていた物は採り尽くされてしまったのかな。ネア、どうしても食べたいのなら、アクスに依頼するかい?」
「…………ふぇぐ。キノコくらい、きっと…………」
優しい声でそう言ってくれた伴侶に、ネアは、ふるふると首を横に振った。
勿論、アクスに手配出来るものであれば、入手経路は厭わないのが強欲な人間だ。
だが今回は、先にキノコを発見したエーダリア達が美味しく憂なくキノコをいただけるように、是非にこちらでも見付けておきたい。
じわっと涙目になりつつ、残された時間は後どれくらいだろうと考えながら、必死に周辺を見回した。
「ネア?」
体を低くして血走った目で木という木の下を凝視していたネアは、不意に聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、そろりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、擬態をしていない白灰色の髪の一人の魔物で、薄暗い夜明けの森の中でも、その夢見るような瞳はきらきらと輝くよう。
なぜだか、こんな森の中にいた、犠牲の魔物である。
「…………グレアムさん?」
「こんな森で、どうしたんだ?」
淡く微笑んでそう尋ねたグレアムは、顔を上げてディノの方を見ると、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「その様子だと、狩りだろうか。困っているみたいだが、………。シルハーン、問題があるようでしたら、俺もお手伝いしましょうか?」
「この子と、雨音キノコを探していたんだ。だが、そろそろ雨が上がってしまいそうだね。どこかで見かけなかったかい?」
「おや、であれば丁度一本見付けて持ち帰るところですので、ご一緒しませんか?」
灰色の目を瞠ってからそう微笑んだグレアムに、ネアは呆然と立ち尽くす。
今、とても都合のいいお誘いをいただいたような気がしたが、もしや、雨音のキノコ食べたさのあまりに聞こえた幻聴だろうか。
「持っているのかい…………?」
「……………ぎゅ。雨音キノコを採取されたのですか?」
ディノも驚いたようで、そう尋ねられたグレアムはにっこりと微笑むと、手に持っていた小さな籠の中を見せてくれた。
ネアは、グレアムが籠を持っている事には気付いていたが、白い布ナプキンがかけられていたので、その中にキノコが入っているのは見えなかったのだ。
「この通り、偶然森の近くを通った際に見付けて、持ち帰るところです。三人までは美味しく食べられる物ですからね。とは言えこんな時間に友に声をかける訳にもいかず、一人で食べるのも勿体ないなと少し寂しく思っていたところでした」
「ネア、グレアムに分けて貰うかい?」
「……………いいのですか?………その、お一人で食べた方が、たっぷり食べられるのでは………」
それは強欲な人間の本音が透けてしまう問いかけだったが、グレアムは、そんな事はないよと微笑んで首を振ってくれた。
「ネアは、見付けられたら、どうやって食べるつもりだったんだ?」
「……………焼きキノコか、チーズリゾットでふ………」
「奇遇だな。俺も、チーズリゾットにするつもりだったんだ」
「……………じゅるり」
「では、この子にも食べさせてあげてくれるかい?」
「ええ。勿論です。シルハーンもどうぞご一緒に」
「や、やりました!!」
歓喜のあまりに飛び跳ねたネアに、少し離れた位置に立っていたエーダリア達が安堵の表情になる。
グレアムはこれから自宅で調理をする予定だったと言うことで、ネア達は、急遽のお宅訪問となった。
エーダリア達に事情を説明し、美味しいリゾットをいただいてから帰る事になる。
ほっとした様子のエーダリアだが、これからリーエンベルクでは、焦がさないように雨音のキノコを焼くハラハラドキドキの任務が始まるので、ネアは、難易度の低めのバターなどを載せての蒸し焼きを提案しておいた。
「グレアムさん、エーダリア様達にお出掛けしますと伝えてきました。こんな早朝から、お世話になります」
「やはり、このようなものは皆で食べるのが一番だからな。こちらこそ、付き合ってくれて嬉しいよ」
「ふふ。グレアムさんに出会えなければ、しょんぼりと帰るところだったのですよ。…………その、足下の方はどうされたのですか?」
「ああ、これは野良……野生の粗暴な魔物だから気にしなくていい。少し問題があったが、きちんと始末しておいたからな」
「………ふぁ。灰になって消えてしまいました」
「野生のものだったのだね…………」
ネアが少し離れた隙にどんな事があったものか、グレアムは困った魔物を処分していたようだ。
とは言えその服装には少しの乱れもなく、足で踏みつけて滅ぼしてしまったらしい。
にっこり微笑んだグレアムの美しさが、却ってその容赦のなさを際立てていた。
「ネア、良かったね」
「はい!しかも、リゾットなのですよ!むふぅ。とても楽しみです………。グレアムさん、ウィームにあるご自宅の方で作られるのですか?」
「ああ。俺の場合は、少し厄介な魔術の制約があるだろう?ネアを連れて、転移で玄関まで来て欲しいとシルハーンに頼んでいたところだ。簡単な料理に限るが、リゾットには自信があるから、楽しみにしておいてくれ」
「はい!」
そうして転移で訪れたグレアムの部屋は、一人暮らし用の中規模の部屋で、瀟洒な作りの集合住宅の一室となる。
調度品は少なめだが品が良く優美な揃えで、グレアムらしい居心地の良い部屋だ。
玄関には出勤用のコート掛けが置かれていたりと、生活の気配がそこかしこに見られて、少しだけどきどきしてしまう。
(…………あ、リーエンベルクの小さなオルゴールがある。何だか温かい雰囲気のお部屋だわ…………)
そんな部屋の中では今、ことことと、お鍋の中でリゾットが美味しい音を立てている。
ウィームの中央市場で買ってきたチーズと、摘み立ての新鮮な香草が入れられたのは、雨音キノコを入れ、バターと牛乳とコンソメで煮込まれていたリゾットのお鍋の中だ。
素晴らしい音楽に耳を澄ませば、蕩けたチーズがやがて、くつくつと仕上がりの音を立ててくれる。
お鍋は直接テーブルの上の鍋敷きの上に置かれ、各自のお皿に盛り付けられた。
上に黒胡椒を挽き、彩りの香草の葉を飾れば出来上がりである。
しっかりと鍋で煮出されて作られてから冷やされた紅茶に、デザートには新鮮な苺にクリームを添えて。
こんなに素敵な朝食が、他にあるだろうか。
「少し窓を開けますね。こちらの会話は音の魔術で漏れないようにしています。………この時間は、向かいの住人がバイオリンを弾いている事が多いので。………ああ、今日も聴こえるな」
「まぁ!素敵なバイオリンの音色が聴こえてきました。何て贅沢なのでしょう!」
「可愛い、弾んでる………」
「ディノ、グレアムさんの作ってくれた雨音のキノコのリゾットですよ!美味しそうですねぇ」
「うん………。作って貰った」
「ふふ、さては喜んでしまっていますね?私もとても楽しみなので、きちんと座ります!」
優しく優しく微笑んだグレアムは、その夢見るような美しい瞳で、目元を染めてもじもじしながら椅子に座ったディノを見ている。
そんな様子が嬉しくて、ネアはまた、微笑みを深めた。
胸がほこほこしてしまい、ご機嫌でいただきますと口にすれば、こちらを見たグレアムが悪戯っぽい目をして教えてくれる。
「この苺は、アルテアに競り勝って買えたものなんだ」
「まぁ、市場で遭遇してしまったのですね?」
「月に何回か見かけるな。やはり新鮮な物をとなるのか、アルテアも頻繁に市場に来るからな」
「グレアムさんが買ってくれた事で、私達はこの苺をいただけるのですね」
リゾットの湯気で曇る銀のスプーンでチーズとキノコの部分をすくい、ぱくりと口に入れる。
じゅわっと口の中に広がる美味しさに、ネアはむぐっと目を瞠り、夢中でむぐむぐした。
「……………お、美味しいです。これ迄に食べたキノコのリゾットの中で、一番美味しいです…………」
「そう言って貰えると、嬉しいものだな。だが、雨音のキノコの持つ祝福のお陰もあるんだ。少なくともこの季節は、これ以上に美味しいと感じるキノコはないだろう。だが、夏や秋になるとまた違う美味しい物が出てくるから、そちらも食べてみるといい」
「むぐ!そうなのですね…………むぐ。噛み締めれば噛み締める程に美味しくて、とてもしあわせでふ………」
「ネアが可愛い………」
「あら、このリゾットは、ディノも大好きな味だと思いますよ?ささ、一口どうぞ」
「……………美味しい」
グレアムの作ったリゾットをはふはふしながら一口食べ、ディノは、真珠色の睫毛を揺らし水紺色の瞳をふるりと揺らした。
その姿を見たグレアムの眼差しに映ったのは、深い安堵と喜びで。
(……………森で、偶然グレアムさんと出会えて、本当に良かったな)
よく分からない野良の魔物がいたりもしたが、今日は、何て安らかで優しい朝だろう。
窓の向こうでは、また少しの霧雨が降り始め、誰かの弾くバイオリンの音色が聴こえて来る。
三人は、ゆっくりと美味しい朝食をいただき、休日だと言うグレアムと沢山お喋りをした。
あまりにも居心地の良い部屋にすっかりと寛いでしまい、ネアはその後、取り留めのない会話を続けている魔物達の横で、長椅子でこてんと眠ってしまったくらいだ。
目を覚ますと、グレアムが薄手の春毛布をかけてくれており、バイオリンの演奏は終わっていた。
帰ってきてからもディノがとても嬉しそうだったので、ネアは、これからもこんな風に過ごせる日を得られればと思わずにはいられない。
しかし、あまりにも素敵な朝だったので使い魔にも自慢したところ、なぜかおでこをびしりと指で弾かれたので、苺の恨みをここでぶつけるなかれと、ちびふわにしておいたのだった。




