山猫と領主と魔物
ひやりとするような一瞬であった。
その瞬間に手を伸ばし、けれどもその手は届かなかった。
飲み込まれる瞬間に翻ったネアのスカートの裾の色が鮮やかに脳裏に焼き付き、息が止まりそうになる。
ネアは確かにこちらを見た。
けれども、その手を掴むのに間に合わなかったのだ。
「やれやれ、祝祭じゃないんだから冷やかしで近付かないでおくれ!うちの子が一人、山猫の金庫に落ちちまったよ…………」
凍りついたように動けずにいると、ダリルのそんな声が響き、その不自然な冷静さにゆっくりと息を吸う。
胸の奥は凍えるようで、このまま、あの箱に触れてすぐにでもネアの所へ駆け付けたいのに、それが出来ない。
考えろ。
考えろ。
冷静になれと自分に言い聞かせる。
(……………そういう事か。これは周到な罠だ。僕も、ダリルすら気付かずに接近を許していた。…………となると僕はここに残って、あの箱が持ち去られないようにしなければいけなくなる。ネアを迎えに行く役目は、アルテアに任せて………)
「ジルク。あの中に、すぐにでも下りる方法はあるかい?」
「あなたであれば、山猫の金庫がどんなものかご存知でしょう。下りるのは簡単ですが、取り出せる者はここにはいない。…………まったく、なんて事をしてくれたんだか」
問いかけたジルクの返した言葉はまるで、箱に触れてしまい、その中に落とされたネアを責めるようだが、その鮮やかな燐光の緑色の瞳は、鋭く山猫の馬車の周囲を見ていた。
ややあって、ふっと、唇の端が吊り上がる。
「………ねぇ、騎士君。あの男性はウィーム領民じゃないね?」
「へぇ。それは不思議だなぁ。リーエンベルクは確かに有名な観光地だけれど、仕入れ業者に混ざって立つにはおかしな位置だね。呼び止めて少し話を聞こうか。………って、ありゃ。ジッタが捕まえたぞ」
柔らかな木漏れ日の落ちる春の日は、穏やかに終わるはずであった。
それを台無しにした人物を目敏く見付けたのは、ジルクだけではなかったらしい。
なぜか、こんな日にたまたま騎士棟への納品に来たというジッタが、その不審人物を簡単に拘束してしまった。
どんな口実で捕まえたものか、小さなパンを口に押し込まれた男は、虚ろな目でジッタに付き従い始める。
こちらに気付くと、ジッタはにんまりと微笑んだので、分かっていて捕縛したのだろう。
その時、軽い靴音に振り返り、ノアベルトはぎくりとした。
「…………ネアに何かがあったのだな。そちらの指揮をダリルに任せ、私がこちらを引き継ぐべきだろう」
窓から、何かがあったのだと見て理解し、ダリル達を動けるようにする為にと慌てて駆け付けたのだろう。
グラスト達に付き添われて現れたエーダリアは、きちんと騎士の姿に擬態をする安全策を取ってはいる。
それでも、背筋が震えた。
「おっと。それは僕たちでどうにかするよ。もしかすると、標的はあの子じゃなくて、そちらは陽動の可能性もあるからね」
声を落としてそう告げると、こちらを見て目を瞬いたエーダリアをさり気なくヒルドとダリルの間に押し込めば、ダリルが冷ややかな微笑みを深める。
こちらも、あの瞬間に何が起こったのかを察している人物なので、任せておける。
春らしい淡い水色のドレスの書架妖精は、可憐さは欠片もない冷ややかな微笑みを歪め、青い瞳には苛烈な程の苛立たしさを浮かべていた。
彼の弟子達も忙しなく動き始めており、ジルクは、リーエンベルク側の動きを邪魔しないようにと、同行した部下達を馬車に戻らせているようだ。
「困ったねぇ。仮にも、公式事業の新規仕入れ先との発注締結の場だ。魔術を多く動かす現場で、ウィームの歩き方に慣れていないお客にもしもの事があるとまずい。少し離れていて貰えると助かるね」
「はは、まったくだ。ところで、俺の大事なご主人様の姿が見えなくなったのは、まさか、あの御仁がまずい位置に立っていた所為じゃあるまいな?」
そうぼやいてみせたジルクの声音には、隠しようもない苛立ちが滲み、リーエンベルク前広場に立っていた二人の領民と思しき、けれども恐らくは人間ではない男達が短く頷いた。
素早くどこかへ姿を消したのは、先程、明らかに不自然にネアの近くに立ち、彼女をあの山猫の金庫に落とした男の背後関係を洗い出しに行ったのだろう。
(今のは、ネアの会の会員だな。となると、グレアムにも話が行くと思うけれど……………。今は、中に誰が入るかだ。アルテアからの応答はないから、ウィリアムが鳥籠に入ってなければいいんだけれど………)
背筋を冷たい汗が伝う。
だが、こちらを見たジルクに取り乱す様子がないので、まだ猶予はあると見て間違いない。
山猫の金庫について知っているだろうと言われはしたが、見聞きして認識しているのは、その表層に隔離排除型の罪人金庫が仕込まれている事と、そこは権限のない者が不用意に触れば落とされる場所だが、出るのは容易ではないという事くらいだ。
どのような形で落とされるのかまでは、戻って来た者があまりいないので知られていない。
だが、それは罪人の隔離地なのだ。
どんな扱いになるのかは、想像に難くない。
(……………シルが一緒だった。シルがいれば、あの子に危険は及ばないだろうけれど…………)
それでも、胸が苦しくなる。
ネアは、怪我をしていないだろうか。
怖がって、泣いていないだろうか。
あの子はとても強いけれど、それは苦しみの免罪符にはならない。
そしてやはり、可動域が低いという事は大きな足枷になる。
今すぐにでも、駆け付けて、守ってやれたのなら。
「さてさて。残念ながら、俺がこの荷馬車を離れる訳にはいかないし、そちらも、今このリーエンベルクを空けるのは得策じゃないだろう。誰が迎えに行くんだい?」
「ウィリアムを呼んでいるところだ。こちらでしておいた方がいい事は?」
「……………最悪だ。よりにもよって、終焉を呼んだのか………。はぁ。………だが、呼んでしまったものは仕方ない。力を損なわず、見た目だけの擬態はさせておいてくれ。白は騒ぎになるが白灰色くらいなら問題ないだろう。それと、俺は念の為に別の商談箇所を経由して帰る。その間に今回の事故に見せかけたものの裏が取れるだろうね。ただ、となると、ご主人様をこちらに戻せるのは一日後だ」
「うーん、随分とかかるね。…………ウィリアムの都合が付けば、それで手も打てるけれど、中に入る者次第かな」
「まぁ、そりゃそうなるな。会の者も動かせるが、竜は避けた方がいい。どの街に落ちたかにもよるが、ハムとムゴであれば、相性が最悪だ」
聞き慣れない街の名前を記憶に留めつつ頷き、何気ない会話を装って密談を続ける。
「擬態に指定があるのは、意味があるのかい?」
「あの中では擬態が解けないからね」
「……………っ、それじゃぁ………」
「だが、落とされた者は、暫くその場に罪人用の鎖で捕縛されて固定される。…………おっと、俺にそんな目を向けても、どうにもならんだろう!…………その代わりに、罪人用の鎖を解ける者にしか罪人は視認出来ないという利点もある。金庫の中の街で騒ぎになったり、俺達の管理下にない面倒な奴らに拾われる危険はない。終焉には、その鍵の予備を渡すようにしよう」
(……………シルが、魔物の姿に戻れない)
それは、最悪の知らせと言っても良かった。
おまけに、罪人として捕縛されるのであれば、今のネアは、どれだけ恐ろしく心細い思いをしているだろう。
ぐっと指先を握り込み、何も考えずにあの箱に触れたいという思いを必死に堪える。
「他に留意するべき事はあるかい?」
「………この方法が選ばれた理由が腑に落ちないな。俺が金庫に入る奴には、俺の名前で権限を付与する書状を渡すつもりだが、中でもある程度は警戒しておいた方がいいだろう」
「…………嬉しくない情報ばかりだなぁ」
「はは。そりゃそうだ。現状、誰よりも嬉しくない状況に置かれているのは俺だろうしなぁ………」
これは、魔術を立ち上げては落とし、隠す会話と敢えて聞かせる会話を交互に組み合わせながら行っているやり取りだ。
老獪な商人であるジルクのような人物だからこそ可能だった事で、例えば、階位が高くともウィリアムなどには苦手な作業だ。
「…………待たせたな。いつでも入れるぞ」
そんなウィリアムは、すぐにこちらに駆け付けた。
聞けば、所用でガーウィンにいたらしい。
ネアの物とは個別に設けておいたカードで伝えた通りに擬態しており、すぐさま金庫の中に下りられると言う。
その擬態の調整を手伝い、ジルクから聞いておいた金庫の中の街の中でも浮かないような装いにしつつ、短く、一報を入れたその後で判明した事を共有する。
ジルクはなぜかこちらの影に隠れているが、それでも、必要なことはきちんと伝えていた。
「ネアとシルハーンの事は任せてくれ。そちらの問題は………」
「こっちは、僕がどうにかするよ。ジルクも責任を取らなきゃだし、会の者達もいるからね」
「まったく、何て災難だ。俺とて、ご主人様を奪われたんだぞ…………」
「ジルクを使ったという事は、そちら側の商売敵って事も考えられるしね。ウィリアム、任せたよ」
「ああ。言われなくても、あの二人は俺が守る」
思わずその背中に手を当ててしまったのは、彼がこれから守りに行くのが、失い得ない大切な家族だからだ。
そして、ほんの少しだけもう、こちらを驚いたように見たウィリアムの事も、同じ家族の外周に立つ仲間としてとても信用していた。
擬態した黒いコートを翻し、ウィリアムがジルクから書状を預かって金庫の中に下りる。
それを見てほっとしたのも束の間、どこからか現れた一人の男が、ジルクに何かを耳打ちして去っていった。
「…………で、君の商会の諜報部員は何て?」
「ネア様をわざと箱にぶつからせたあの男は、ヴェルリアの商人らしい。そう言えば今回の入札では、そんな商会の名前もあったかな。だが、その商会が反ウィーム派の貴族が興した新興商会となると、いささか見方が変わってくる」
「君が、責任を逃れようとしてそう言っているのでなければだね」
「はは、ダリルにもそう言われるのは分かりきっているからね。調査資料はあちらに提出したよ。正直なところ、魔物達よりも、あの書架妖精の方が怖い」
ここで、ひとまずこの場からは撤収するという事になり、ジルクは馬車の中に控えさせていた部下達と共に、次の商談先に向かう事となった。
最悪、ジルクの持つ箱が誰かに奪取されても、山猫商会の商品箱は一つではない。
ネア達を救出するには他の箱からでも充分なのだが、ウィーム中央を出る前に、ネアの側の会の会員が乗り込み、新たな襲撃や、ジルクの脱走を警戒するようだ。
こちらはグレアムの手配だと知り、安心して任せておく事にした。
「擬態していたからだと思うけれど、エーダリアに、術式や呪いを添付しようとする者はいなかったよ。でもね、ヴェルリアの貴族からの訪問の知らせがあったのと、グラストに悪さをしようとした妖精が何人かいたの」
「緑の羽の妖精達だね。こっちでも一人捕縛してあるよ。ったく、ここで仕掛けてくるとは馬鹿なのかね」
そう肩を竦めたダリルの声を聞きながら、ウィリアムのカードを開き、安堵のあまりに座り込んでいた。
「ノアベルト、ネア達は無事なのだな?!」
屋内に戻ったので擬態は解いているエーダリアが、鳶色の瞳を揺らしてそう問いかけ、安堵のあまりに力が抜けながらも頷いた。
(……………良かった。あの子は無事だ)
無事で、今はウィリアムの庇護下にある。
きっともう大丈夫だ。
「……………うん。あの子は罪人用の重たい鎖を両手に巻かれた状態で、夜の街に一人で落とされたんだ。擬態解除不可の規制があるらしく、やっぱりシルはムグリスのままだね。………でも、ウィリアムが保護したよ。怪我も治したらしい」
「…………それを聞いて安心しました。ですが、お怪我をされたとなりますと、少し心配ですね。こちらで捕らえた妖精達の尋問は、私にお任せ下さい」
「ヒルド……………。だ、だが、ネア達が無事で良かった。ウィリアムが共に居れば心強い。………ノアベルト、お前はこちらの事を考えて飛び込まずに耐えてくれたのだろう。辛い選択をさせてすまなかったな」
「……………ありゃ。エーダリアが泣かせようとするんだけど」
気遣うような言葉に、安堵したばかりの胸がまた苦しくなり、なぜか少しだけ、一人きりで雪の森からリーエンベルクを見ていた遠い日が思い出された。
少しだけ黙り込んだからか、今度は、ヒルドが肩に手を乗せてくれる。
何も言わなかったが、その手の温度にも、心から感謝した。
ああ、ここにいるのは家族なのだなと、場違いな喜びに胸が熱くなる。
「こっちの調べだと、ヴェルリア貴族の興した商会が絡んでいるのは間違いないね。ただ、こちらに入り込んだ経路が相変わらず不明瞭だ。彼等を手引きしたと思われるあの妖精達は、ヴェルリアに関係のない者のようだからね」
「グラストに浸食魔術をかけようとしたんだよ。僕、絶対に許さない………」
「とは言え、こちらに特別な思い入れがあるようには感じられませんでした。恐らくは、リーエンベルクへの足掛かりとして、この騒ぎに乗じて俺の中に足場を作ろうとしたのでしょう」
慎重にではあるが、そう発言したグラストに、エーダリアがゆっくりと頷く。
顎に手を当てて考え込んでいるダリルに、ヒルドは静かな目をしているが、あれはかなり怒っている時の表情の整え方だ。
「ジルクは、行かせてしまって問題なかったのだろうか。まだ、仕掛けてきた者達の目的がはっきりとしない以上、道中で襲撃を受ける可能性もあるのではないか?」
「そっちはね、会の者達が一緒に乗り込んだから大丈夫だと思うよ。季節的にワイアートとベージは難しいけれど、リドワーンと、グレアムに引っ張り出されたグラフィーツも乗せられたらしいし」
「……………後者は、砂糖の魔物なのではないか?」
「彼はね、グレアムが苦手なんだよ。まぁ、リドワーンは真面目だから、しっかりとグラフィーツがさぼらないように見張っていると思うよ」
「………砂糖の魔物まで…………」
エーダリアは少し呆然としていたが、ダリルはこちらをちらりと見て、満足げに頷いた。
カードや手帳型の魔術通信道具を使って多方面とやり取りをしているようで、ややあって、深い溜め息を吐く。
「…………ヴェルリア側の商会は、どうやら、ウィーム憎しって訳じゃないようだね。山猫達が納品する予定の、検問所の魔術構築が気に食わないらしい。納品にあたっての妨害もあったようだ。………ふむ。となると、ウィーム経由でろくでもない商売をしている可能性があるね。やれやれ、そっちも洗い出さなきゃならないとは…………」
「ってことは、山猫商会とウィームの契約に泥をつけようとしたのかぁ。…………その為に、ネアをあちらの金庫に落とすってのは、やっぱり違和感がないかい?」
「ああ。やり口としては、少し妙さね。妖精達の関わりといい、他にも理由がありそうだ」
ふとここで、ウィリアムからのカードに気になる一言が浮かび上がってきた。
その言葉に目を止め、やはりあの妹はとても賢いのだと、誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。
「ネアがさ、あの箱を覗き込んでいたのは、箱の内側に綺麗な妖精が見えたような気がして、つい目を奪われたからだって言うんだ。もしかするとこれって、その妖精側の理由になるかな?」
手に持ったカードを振ってそう言えば、ダリルは、小さく息を飲んだ。
何か思い当たる事があるらしい。
「…………中に都市を有する程の、隔離金庫。それだけのものを作るには、宝物庫の妖精が必要な筈だ。だが、山猫の金庫に、内側の管理人以外の妖精の番人達がいるという話は聞かないね。何か、裏があるのかもしれないよ」
「確か、東方の国の森林部に暮らす宝物庫の妖精には、緑の羽の者達がいた筈ですね………。カインの宝物庫の妖精もその種だったと、書物で読んだ事があります」
「ハバーレンの一族だね。………ふむ。やはり、あの妖精達の話を聞いた方が良さそうだね。エーダリア、少しヒルドを借りるよ。緑の羽となると、少しはこいつの系譜が利用出来る可能性が高い」
「僕も行きたいな。でも、今はここにいた方がいいよね………」
「安心しな。残しておいてやるさ」
「うん!」
グラストに手を出されたのが、余程腹に据えかねたのだろう。
その言葉に笑顔で頷いたゼノーシュに、グラストは少しだけ困ったように微笑んでいる。
(……………ネアを、あの金庫の中に落とした)
それは、ヴェルリアの商会が今回の契約の邪魔をする為に行われたもの。
いや、そうだろうか。
既に契約は締結されており、それが魔術によるものである以上、山猫商会側に余程の落ち度がない限りは契約の破棄にはならない事くらい、同じ商会の端くれなら理解している筈だ。
そんな事を考えていたら、エーダリアがぽつりと呟いた。
「…………ヴェルリアの商会の者達が、その妖精達に既に浸食されている可能性はないだろうか?」
「うん。僕も今、その可能性を考えていたんだ。ヴェルリアの連中もそこまで馬鹿じゃないと思うんだよね。…………でも、そうなるとネア達がいる金庫の内側には、その妖精の関係者の誰かが居る、或いはその中に捕らえられている可能性も高い。こりゃ、早急にあの箱の作り方を聞き出さないとだなぁ…………」
「じゃあ、それはほこりに頼むね」
そちらにも人手を割く必要があるのだなと考えていると、ゼノーシュが、そんな事をさらりと言った。
ゆっくりと振り返ると、見聞の魔物は檸檬色の瞳を煌めかせてにっこりと微笑む。
慌ててエーダリアの方を見たが、そちらはもう、完全に途方に暮れていた。
「……………ありゃ」
「今日ね、僕、ほこりのお城に行く予定だったの。行けなくなったって話した時に、どうしてって聞かれてネアの事話したら、ほこりも凄く怒っていたんだ。ほこりは、話を聞くの上手だよ?」
「……………ええと、うーん……………、取り敢えずジルクは食べないようにして、現場にいるグラフィーツの言う事をよく聞くようにって言ってくれるかい?」
「うん!またあの妖精が出たら、指揮権を持たなさそうなのはほこりにあげていい?」
「……………わーお」
「その、ほこりに危険は及ばないのだろうか?今回はクッキー祭りとは違うのだ。悪意を持って暗躍している者達がいるのだとしたら、ほこりが狙われる可能性もあるだろう」
「大丈夫だよ。ルドルフとジョーイもいるから」
「……………エーダリア、絶対に大丈夫だよ」
「……………ああ。そのようだな」
かくして、箱の成り立ちを調べる役割りは、ほこり達が請け負う事になった。
本来ならそれはリーエンベルク側の事情であり、他の土地の統括をしているほこり達には関係のない事なのだが、ネアはほこりの名付け親だ。
大事な名付け親を傷付けられて怒っているそうなので、有り難くそちらは任せておこう。
若干、そこに巻き込まれるグラフィーツの精神状態が気になったが、まぁ上手くやると信じるしかない。
「……………エーダリア、短い儀式でいいから、リーエンベルクの守護の再調整をして貰ってもいいかい?金庫や宝物庫の妖精の類だと、階位の低い者達はこの排他魔術に触れないかもしれないんだ。少しだけその調整をしよう」
「ああ。分かった。調整の仕方は、お前に任せてもいいのか?」
「うん。でも念の為に、封印庫の魔術師にも連絡を取った方がいいかもね。彼等の方が、人間の作った施設に添付された魔術の変化に詳しいかもしれないから」
「分かった。そのようにしよう」
それぞれに、出来る事を素早く。
テーブルの上には殆ど誰も手をつけていない紅茶が残されていたので、声をかけてエーダリアとグラストには、少しでも飲むようにと言っておいた。
場合によっては、これから忙しくなるかもしれない。
そう考えると、金庫の中の街にいるネアの姿を脳裏に思い描き胸がきりりと痛んだが、ウィリアムが一緒だからと小さく首を振った。
心配そうにこちらを見たエーダリアには、アレクシスの居場所が分かればと苦笑して告げるに留め、僅かな不安には目を瞑るようにする。
不安と懸念は違う。
今は、それを履き違えないようにしつつ、ネア達がこちらに無事に戻れるように、地上の企みを一掃する事にこそ専念しよう。
そして、未だに連絡のない使い魔については、ネアが帰ってきたら厳しく叱って貰うしかない。




