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オルゴールとガラマオ



ガラマオは、音の魔術の調整に長けた魔術工具の一つだ。



売られているものは、夜鉱石や結晶化した楓の木で作られた物が多いが、中には妖精の祝福石や、竜の亡骸で作られる物もある。


希少なものとなると、タジクーシャの宝石のガラマオが報告されており、吸い込まれそうな南洋の海の色をしたそのガラマオを所有しようと、小国の王達が戦を起こした事もあると言う。


市販のものでも、性能の高い工房の物は市場に出るとすぐに価格が吊り上がるらしい。



ではなぜ、ガラマオの価値が高騰しやすいのか。



その歴史を紐解けば、オルゴールの音の魔術を調律する為に作られたのが始まりで、そこからガラマオは、魔術工具として着々と階位を上げた。


初期の頃はピンや鉛筆の形をしていた物が多く、指揮棒の形を経て、今は手のひらくらいの長さの小さな杖の形状が最も好まれている。


握りの部分の装飾は美しければ美しい程に良く、上質な祝福や、心を壊さない程度の災いを飾るのがいいのだそうだ。

魔術は美しければ階位を上げるというのはこの世の習わしと同じだが、それがどうやら多くの者たちの心を掴んだらしい。



人々はこぞって繊細な、或いは豪華なガラマオを作り、人外者達までが手を出した結果、ますます高価希少なガラマオが世に送り出されていった。

そしてその結果、名だたる好事家達による争奪戦ともなるのだ。




「それで、こちらに到着した時にはもうこの有様だったのですか………」

「はい。どうやら何人かで大騒ぎしていたらしく、偶然近くにいた私達が駆け付けた時にはもうこのように………」

「ゼノーシュ、奥の扉の方は問題なさそうか?」

「うん。あちこちから集まれるように、門を作ってからここで会合を開いていたんだろうね。誰も逃げていないみたいだから、みんな死んじゃったのかな」

「……………ガラマオの収集家達は、毎回凄まじいものだな」



そう肩を竦めたのは、ネア殿とディノ殿と一緒にこちらに来た終焉の魔物だ。


死者の王と言えば、人間には近しい魔物であるのと同時に、恐怖の対象にもなる最高位に次ぐ魔物である。

これ迄の自分であれば考えもつかない事だが、今は、リーエンベルクで飲食を共にするだけでなく、部下達の指導を手伝ってくれたり、こうして任務の現場に立ち合っていたりもする、よく知る魔物の一人となった。



(不思議な事だ……………)



崩れた壁の向こうには、美しい春の街があった。

街路樹の木漏れ日と、どこか街角で奏でられているらしいバイオリンの音色。


ガラマオに纏わる事件を扱うのは初めてではないが、初めてその工具が引き起こす騒ぎに巻き込まれたあの時と、今はあまりにも違う。


喪った家族を取り戻す事は出来なかったが、ここには新しい我が子のように慈しみ共に暮らしているゼノーシュがいて、大切な主君であるエーダリア様も、かつてのように思い詰めた目をする事はなくなった。


よく部下達が、その全てはネア殿が来た事がきっかけとなって齎された恩寵だと話しているが、そんな彼女がこの土地で暮らしてゆく為の基盤を整え、その信頼を得たのはエーダリア様だと思うとどこか誇らしい気持ちになる。



あの方が自分の手で掴み取り、作り上げてきたものこそが、こうして花開き実を結んだのだと。

そんな思いは、その後ろに立つ事を許された自分勝手な執着が強めたものかもしれないが、それでも、考える度に不思議な満足感を覚えるのも事実だった。



誰もいない部屋で、娘との思い出の品物に触れて涙を落としていた日々がいつの間にか終わり、休みの日には、今日はどこに行くのと目を輝かせるゼノーシュと笑顔を交わす。

出会った頃の主従にも似た堅苦しさを、ゼノーシュは今でも根に持っているらしく、どれだけ寂しかったのかを話してくれる事もあった。



(ああ。そうだな。…………俺も寂しかった)



そう思い、優しく揺れた胸を押さえる日々。

それはこんな何気ない事件の日すら、不思議と明るくする。



今回のガラマオを巡る事件に、グラストは、思うところがあった。


収集家達が奪い合うようなガラマオは、音楽に震える程の美しい響きを与える。


そうして調整された素晴らしい音楽に一度身を浸し、その豊かさに溺れた者達は、その魅力から抜け出せなくなるという。

音楽の中で全身で触れた喜びが毒のように魂を蝕み、その幸福をもう一度とこうして殺し合う程の極端な行動にすら走らせるのだ。



「グラスト、どうしたの?」

「……………ゼノーシュと会う前に、ガラマオの事件を担当した事があったんだ。その者は、ガラマオ欲しさに伴侶だった妖精の妻子を売り渡そうとして、妖精達の報復で殺されてな…………」



その男は、ガラマオの収集家ではなかった。

ただ一度、ガラマオで調整された歌劇を観る機会があり、それですっかり魂を奪われてしまっただけで。


あの日のグラストは、愛する者達が隣にいるのにどうしてそんな愚かな事をしたのだと心の中で歯軋りをし、けれども、一度触れた幸福を取り戻すべく我を忘れてしまうその悲しさもまた、残念ながら良く理解出来るものであった。



死者の国に行けば、娘の側にいられる。

けれどもそれは、病気の娘を抱えながらも果たし続けた騎士としての矜持を失い、人間としての真っ当な在り方を手放す事だ。


幸いにもという言い方はあまりにも残酷だが、娘が世話になり、また、とても親しくしていた魔術医師が同日に落石事故で命を落としたばかりで、心の中のどこかで、娘は死者の国でも一人きりにならないというおかしな安堵もあった。


それでも、彼女はたった一人の娘なのだ。

グラストは父親で、あの小さな宝物を守る為だったら、何だってするべきだろう。


だから、時折全てを投げ出して、もう一度あの微笑みを見る幸福に浸りたくなる。

どんな罪を犯してもいいからと、その手を取りたくなる。

自身では抑制出来ない願いに転落してゆく者達のその断崖のところまで、確かに何度かは立ったのだ。




「グラストが、…………悲しかった事件?」

「…………ああ。そうかもしれないな。なので今回は少し構えたが、ゼノーシュがいるからかもう、心は揺れなかった」

「グラスト、あのね」



こちらを見てにっこりと笑ったのは、小さな小さな魔物。

抱き上げて守りたくなるくらいだが、それでもグラストより遥かに長くを生きた、人ならざる叡智を宿すもの。

けれどもこんな時はやはり、この魔物はもう、グラストの大事な家族としてこちらを見てくれるような気がする。



「…………僕がずっと側にいるから、もう大丈夫だよ。ガラマオなんか近付けないし、グラストに悲しい思いをさせるものは、僕がぺしゃんこにする!」

「………はは、ゼノーシュは頼もしいな」

「僕のこと、もっと好きになってくれた?」

「これ以上となると想像が付かないが、勿論大好きだよ」



そう微笑めば、ゼノーシュは、檸檬色の瞳を煌めかせて嬉しそうに微笑む。


ネア殿に報告しているようで、ふわふわの頭を撫でて貰い、ますます笑顔を深めていた。



討伐対象となる加害者や、救助するべき生存者がいない事が判明したので、この先は騎士の仕事ではなくなる。

現場の管理をしつつ、魔術師達の到着を待つのだ。


魔術での争いになったのだろう。

現場に遺体などは残っておらず、床に黒い人影が焼き付いているばかり。

そして、一本の見事なガラマオが、無造作に床に転がり落ちている。



「これがあれば、私の歌声も…………」

「ネア、それは道具を使って組み合わせた旋律を整えるもので、歌声には使えないのだからね?」

「むぐぅ。役立たずでしたね。ぽいです」

「オルゴールの調律には使えるようだが、グラストに預けるのがいいだろうな」

「まぁ。ウィリアムさんも使った事があるのですか?」

「そこまで好みはしないが、一度だけ、ガラマオの命名の由来となったガラードマオの国で、大きな手巻き式のオルゴールに使われたのを聴いた事がある。素晴らしかったが、俺は元々の音も好きだな」




そんなやり取りの横で、ガラマオを拾い上げ、証拠品として丁寧に魔術梱包した。


思ったより時間を取られずに済んだので、帰り道では、昼休憩を使ってゼノーシュと運河沿いの道を歩こう。

春の花が咲き乱れている美しいウィームの春を眺め、手を繋いで帰れば、グラストの新しい宝物はきっと喜ぶだろう。



ぱちんと音を立てて魔術封印の留め金が下され、ガラマオは箱の中に収まった。

いつかまた、この一本の小さな杖が、誰かの心を歓喜に包み、或いは狂わせるのかもしれない。











本日は短めの更新となります。

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