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石壁と木の実のシロップ



ぴたぴたぴしゃんと雨が落ちる。

大きな木の枝から滴る雨の滴は、時折、きらりと光る祝福石が混ざった。


その全てが木の根が絡み合うでこぼことした大地に落ち、小さな青い小花が咲いている下草に吸い込まれてゆく。

その場所にはぽわりとした不思議な光る花が咲いていて、菊科の植物のような葉っぱには僅かに結晶化している部分もあった。



思わずそんな光景に見惚れてしまい、ネアは、はっと息を飲んでから慌てて周囲に鋭い視線を向けた。

今ここには、ネアの介助を必要としている弱り切った魔物達がいるのだ。

彼等が目を覚ますまで、悪いものが現れ次第にきりんボールを投げつけなければいけない。



ネアは勇ましい守り手の乙女の心持ちでふんすと胸を張り、胸元から顔を出しているムグリスな伴侶も、ちびこい三つ編みをしゃきんとさせている。

なお、この伴侶は呪いでムグリスになっているのではなく、伴侶の膝の上に頭を載せている弱った魔物がいるので、それに対抗して、むくむく毛皮の生き物になる事を選んでしまったのだ。


困ったことだが、たいへん愛くるしいのでこのまま胸元に収まっていて貰おう。



ぴしゃんと雨音が落ちた。

雨を浴びた森は瑞々しく、濡れた森の香りのふくよかさに思わず深く息を吸い込んでしまう。

雨粒に叩かれた花々の香りに、どこかで実っているらしい木の実の甘酸っぱい香りまで。


雲間の向こうが晴れているようで、差し込む陽光に、優しく降る雨がきらきらと光る。

ネアはすっかり心を弾ませてしまい、唇の端を持ち上げた。



(……………さっきまで、あんな目に遭っていたのに)



この森には先程まで、とても邪悪な精霊がいたのだ。


その精霊に仲間を奪われたか弱く純真な人間は、守られて震えているしかなかった。

けれども、日頃の行いがあまりにも良かったからか、最終的にはご主人様を守らんと奮起した使い魔な魔物が邪悪な精霊を倒してくれて、ことなきを得ている。



そんな使い魔は今、くたくたで眠り込んでいた。

そして、最初の犠牲者はまだ目を覚さないようだ。



「…………むぅ。ウィリアムさんは大丈夫でしょうか」

「キュ!」

「ふふ。ディノにそう言って貰えるとほっとしますね」

「キュキュ!」

「ウィリアムさんはとてもお強いのですが、木の上から、ミーミー鳴いている祟りものになりかけた石壁が落ちてくるのは苦手なのだと、初めて知りました。アルテアさんも吐き気を堪えながら戦っていたようなので、合成獣的な要素があったのかもしれません」

「…………キュ」



そう話し出せば、ムグリスな伴侶がぴっとなって震え出してしまったので、ネアは慌てて撫でてやらなければいけなかった。

戦いの際中、ディノはしっかりとネアを抱き締めていてくれたが、それでもとても怯えていたのだ。



(やはり、荒ぶる石壁にお絵描き兎さんの顔があったからかしら。それとも、ミーミーと鳴くのに、威嚇の時だけワオーンだったからなのかな…………)



ネアには、魔物達がどこで弱ってしまったのかは分からないが、様々な形で傷を負ってしまった魔物達にはどうか早く元気になって欲しい。


それは何も、香草塩だれで漬け込んだ美味しい塩だれ鶏肉がお昼ご飯なので、一刻も早く帰りたい訳ではないと主張しよう。

多少の憧れは心の中にあるし、綺麗な琥珀色の牛コンソメのスープを思うとお口の中がむにゃむにゃするが、それは本能的な反応なのである。



「キュ………」

「むむ、ウィリアムさんが目を覚ましてくれそうです………?」

「キュ!」

「あ、いけませんよ。あんまり乗り出すと、ぽてりと落ちてしまいます!ここから出すので待っていて下さいね」

「………キュ」

「まぁ、出たくはないのです?」

「キュ!」

「むぅ。アルテアさんが膝枕なのは確かですが、吐き気があったようなので、頭を上げておいた方がいいと思ったのです。体調の悪い人に荒ぶってはいけませんよ?」

「キュキュ!」

「ふふ、荒ぶってもむくむくで可愛いだけなので、撫でてしまいます!」

「キュ?!」



むくむくのお腹を撫でまわされたムグリスディノはこてんとなってしまい、ネアは、ふくふくとしたお腹の毛皮の素晴らしい手触りを楽しんだ。

こんな素敵な姿になってくれる伴侶がいる幸運に感謝して、これからも沢山撫でてゆこう。



ふつりと、木のベンチの上に横になっていたウィリアムの睫毛が揺れた。

閉じていた目元がぴくりと動き、ネアは、その表情を窺う。


ちゃんと目を覚ましてくれるだろうかと息を詰めて見守っていると、ふっと瞳が開き、白金色の瞳がどきりとするような冷ややかさでこちらを見た。



それはまるで、鋭く磨かれた剣のように。

どこまでも鋭く、そして冷たい。



(ああ、…………)



これは人間に優しくない魔物の目で、野生の獣の瞳だと、その一瞬で思った。


だが、不意の攻撃で意識を失ってしまったのだから、目を覚ました時に近くにいる相手を警戒するのは当然なのだろう。

いつものウィリアムが身を置く環境の過酷さを思えば、その場で斬り捨てられてもおかしくなかったのだと気付き、ネアは、こんな風に不用意に近くにいた事を反省する。


もしここでネアが、うっかりウィリアムに傷付けられてしまったりしたら、それを誰よりも悔やむのはウィリアム本人ではないか。


だが幸いにも今回は、ウィリアムはすぐにネアの事を認識してくれたようだ。



「…………ネア、………っ、俺は」



木製のベンチに寝かされていたウィリアムは、体を起こそうとして顔を顰める。

慌てたネアはその首筋に手を当て、よもや、首の骨などがやられてはいないだろうかとはらはらした。



「首が痛みます?」

「………いや。どちらかというと、ぶつかった頭の方だな。………っ、ネア。傷薬はなくても大丈夫だ」

「しかし、頭の中の怪我は怖いものなのですよ?」

「司る物的に、俺は自身の損傷を修復するのは得意なんだ。任せてくれるか?」

「………むぅ。………そしてここは、森の中にアルテアさんが作ってくれたガゼボなのですよ。突然、石壁の精霊さんが木の上から落ちてきたのを覚えていますか?」

「………ああ。だから、石壁に潰されたような気分なんだな。すまない、手間をかけさせたな。ネアは大丈夫だったか?」



慎重にではあるが、体を起こしたウィリアムが、淡く苦笑した。

ここで、ネアの胸元から心配そうに見ているムグリスなディノに気付き、目を瞬いている。



「私にも手に負えないくらいに、怒り狂って祟りものになりかけていた石壁さんでしたので、アルテアさんが死闘の末に倒してくれました」

「……ん?アルテアが?」

「はい。すっかりくたくたで、ぐっすりなのです。お膝の上に頭が載っているので実は足を動かせず……」

「ネア、まずはアルテアを下す手伝いをしよう。可哀想に、重かっただろう?」

「む?まだ、そこまで重く感じる事はないのですが、アルテアさんも疲れ果ててぐっすりなのですよ?何しろ雨の日でしたので、雨でびしゃびしゃになった石壁の精霊めと、たった一人で戦ったのです」



ウィリアムは首筋を片手で撫で、眉を寄せている。

首がどうにかなってしまっていないか心配だったのでネアが勝手に襟元を開けてしまっており、なぜ服装が乱れているのだろうと訝しんだらしい。



「………これは、ネアか?」

「はい。何しろ石壁が木の上から降ってきたのです。骨がやられていて、肌に内出血などが現れるといけないと思い、勝手に剥いてしまいました。………その、襟元を少し広めに開けただけなのです。………ぎゅむ」

「いや、怒っている訳じゃないんだ。意識がないとは言え、よく首元に手をかけられても目を覚さなかったなと思ってな………。心配してくれたんだな。有難う」

「………ちじょでもありません」

「ああ、勿論そんな事は思わないよ」


にっこり笑ったウィリアムに、ネアはひょいっと持ち上げられてしまい、その途端、体の左側でごつんと音がした。


なぜかウィリアムの膝の上に乗せられてしまったネアは、慌てて、膝枕の強制解除で後頭部を強打したアルテアの方を見る。



「……………おい」

「むぐ!い、今のは事故です!」

「……………ウィリアムか。………くそ、お前の不始末を片付けてやったんだぞ」

「うーん。最初にあの木の上の精霊を見付けたのは、アルテアだったように思いますけれどね」

「それで、お前が無様に押し潰されたんだったな」



アルテアも木のベンチの上で体を起こし、石壁に苦しめられた魔物達は、どこか冷え冷えとした微笑みを交わして見つめ合った。

ネアは、これはもう仲良しなのではと思わずにはいられなかったが、胸元に入ったムグリスな伴侶は心配そうに見ている。


なお、この伴侶がムグリスになって胸元に設置されたのは、ガゼボの中の木の椅子が、ネアの左右に横たわった終焉の魔物と選択の魔物で満員になってしまったからでもあるのだ。



「…………その、お二人の体調も心配なのですが、もし、もうお元気なのであれば、あちらの木の茂みのところにいるもさもさ三角生物について、どなたかご教授してくれませんか?」


このままではウィリアムとアルテアが険悪な雰囲気になりかねなかったので、ネアは、かねてより気になっていた三角生物について助言を求めることにした。


現在はウィリアムの膝の上に滞在中なので、今ここで争いを起こされても困るのだ。



「…………おい。一日の間に何回事故るつもりだ」

「なぜ私の責任になっているのかわかりませんが、ただ、初めて見るちょっぴりかびたピザのような森の生き物が現れたというだけなのですよ?」

「…………ネア、ウィームにはあんな生き物がいるのか?」

「ウィリアムさん、私も初めて見るのです。…………その、ずっとあの場所で、木の枝から落ちてくる雨粒を浴びて踊っているのですよ」

「キュ…………」



恐らく、害のない生き物なのだろう。


ふっくらとした三角形の生き物は、三角のホットサンドに限界までカビを育ててしまったような、或いは、あまり上等ではない毛皮素材で三角形のぬいぐるみを作ったような謎めいた形状の生き物だ。


手足などは見当たらないが、雨粒が落ちてくるたびにぴょんと弾んで踊っており、見ているだけで楽しくなってしまうようなはしゃぎっぷりである。


このガゼボは、アルテアがその場で休むために併設した空間であるので、森の生き物達からは見えない。

謂わば、選択の魔物製の簡易あわいのようなものだ。


(箱型の後は三角………)



「放っておけ…………」

「ネア、アルテアの系譜のものだと思うぞ」

「…………なぬ」

「こっちを見るな。知らん」

「ですが、アルテア。どう見ても、選択の系譜の魔物のようですよ?」

「…………まもの?なのです?」

「だから、こっちを見るなと言っただろうが」

「理不尽に叱られていますが、この場合は、思わぬ系譜のお仲間に遭遇し、動揺していると考えるべきなのでしょう」

「…………やめろ」

「アルテアの系譜は、妙なものばかりですね…………」



三角毛皮は、その後も楽し気にぴょんと跳ねては雨粒を浴びていた。

しかし、森の奥の方から、ぶーんと編みかけの靴下に似た生き物が飛んでくると、慌てたようにどこかに走り去ってしまう。


動きは完全に小鹿のそれだが、残念ながら三角生物にはあのような脚がない。

それなのになぜ今の動きになったのだろうと、ネアがふるふるしながらアルテアの方を振り向けば、赤紫色の瞳をした系譜の王様も若干茫然としている。



「…………ネア、ところで目的のジンデンの実はいいのか?」

「は!そうでした。そもそも、ジンデンの実を今日のおやつにいただくことこそ、私の任務なのです」

「その為にあの事件が起こった以上、お前が事故ったと思うのが自然かもしれないな」

「むぅ。なぜか追いかけてきた使い魔さんの、事故率高めの運要素が反映されたのではないのですか?」



そう言えばアルテアはネアの頬を摘まもうとしたが、ムグリスなディノがちびこい前足を振り回して応戦してくれたところ、その手を引き戻した。

小さな手は勿論全く届いてないのだが、伴侶を守り切ったムグリスディノは、三つ編みをしゃきんとさせて自慢げだ。


ネアは、そんな伴侶を指先でたっぷり撫でておいた。



(そろそろ、雨も止んできたみたい…………)



陽光が差し込んでいたのだから、元々、晴れ間が近付いてはいたのだろう。

雨は最後には細い細い絹糸のような霧雨になり、ふわっと雲間から青空が覗いた。

そうなるともう、収穫に向かうばかりであるので、ネアは勇ましく立ち上がる。



ジンデンの実は、ブルーベリーのような見た目だが齧ると林檎に似た食感らしい木の実で、早春にしか実をつけない貴重な森の恵みだ。


お天気雨の日や、夜虹がかかった夜の翌日、夜明けに鳥たちが不思議な歌を歌う日などに収穫出来るそうで、今日の収穫に向かう前兆は鳥の歌であった。



指先や目の疲れを緩和する薬用シロップの材料になるのだが、朝食の後でヒルドからそのシロップを味見させて貰い、ネアは、すぐさまおやつへの運用を決めた次第である。


そして恐らく、焼け爛れた戦場を見たばかりなので、清廉なウィームの森を散歩したいという申請があったウィリアムとは違い、使い魔はジンデンの実の競合である。


ネアは、ジンデンの実を収穫に行くと聞いたアルテアが、きらりと目を光らせたのを見逃さなかったのだ。



「…………む。ウィリアムさん、自力で歩けますよ?」

「ああ、ついな。…………転ばないようにするんだぞ」

「はい!」

「転ぶのは勝手だが、もう事故らないようにしろ」

「ぐるるる!!」



ガゼボを出ると、ネア達の背後で、先程まで休んでいた空間がふわりと風に溶けるようにして消えてなくなった。


慌てて振り返り、初めて見るその消失の瞬間に目を丸くしていると、先ほどまでガゼボがあった場所には、当たり前のように大きな木が生えていて、立派な木苺の茂みには栗鼠達が集まっている。


空間を併設するという事の不思議さはこのような事なのだと目を瞠るばかりだが、ここは、深く考えてもどうしようもないのだろう。

ぱちぱちと瞬きをしてから、ネアは、ジンデンの実の収穫に向かう事とした。



「ジンデンの実は、大きな雪樫の木や、ウィーム松の傍に育つ事が多いのだそうです。森の反対側は、騎士さん達とヒルドさんが収穫してしまったので、こちらで探してみましょうね」

「キュ!」

「雨上がりの森の匂いはいいな。………静かな気持ちになる」

「また石壁が落ちてこなければだがな」

「むぐぅ。…………む!」



雨粒を纏った森の木々は、どこか宝石質な煌めきを帯びて美しかった。


すっかりお散歩気分が勝ってしまっていたネアは、視界の端にちらりと過った赤い色に目を留める。

だが、これはもうとそちらに向かおうとしたところで、なぜかアルテアにひょいと後ろから抱えられるではないか。



「おのれ!私より先にジンデンの実を奪おうという魂胆ですね!!」

「何でだよ。いいか、あれは、松明カワセミだ。近付くなよ」

「たいまつカワセミ…………」



どうやら、これは捕獲ではなく、危険から遠ざけてくれたようだと分かりこくりと頷くと、アルテアが指示した方向をじっと見てみる。

するとそこには、頭だと思われる部位に小さな種火を宿した不思議なリボン生物が休んでいて、くぴくぴという音からすると眠っているようだ。


柔らかな緑色の体は、森の景色の中に溶け込む為のものだろうか。

形状は不可思議だが、炎の色が柔らかいので、全体的に柔和な印象が強い。



(……………初めて見る生き物だわ)



この松明カワセミは、夜の森で妖精達に灯りを届ける役目を担う精霊の系譜の生き物で、祝祭の日の夜にだけ、大きな翼を持つ立派な青い鳥の姿になるのだとか。


形状から誰かが松明カワセミと命名してしまったが、ネアの良い獲物であるカワセミとは全く違う生き物である。



「獰猛さはないが、祝福を運ぶ生き物だ。殺したり傷付けたりすると、三日は目が見えなくなるぞ」

「なぬ。絶対に脅かさないようにします………」

「キュ…………」



さくさく、ずしゃりと、雨上がりの森を歩く靴音は賑やかに響く。


雨に洗われた空気は澄みわたり、だからか、結晶石や祝福石があるといつもよりよく光る。

ネアは道中で五個の祝福石を拾い、更には、薬草になる珍しいマベナマリーという花を摘む事が出来た。


マベナマリーは普段は黄色いマーガレットのような花を咲かせているが、こうして水の祝福を得ると小さな百合のような花に変化し、その花びらをお茶にして飲めば、土の系譜の災い除けや薬になる。

植物の系譜の障りにも効くそうなので、エーダリアに渡しておこうとネアは二輪程いただく事にした。



(…………あ、) 



また少し歩くと、結晶化している青白い木の根元に、見事なジンデンの茂みが現れた。


ジンデンは、小さな楓のような独特の形をした葉が綺麗なので、透けるような青緑色の葉にネアはいつも目を奪われてしまう。

生い茂る葉ばかりであれば、決して見慣れない植物ではない。



「あ、ありました!実がなっていますよ!」

「キュキュ!」

「ったく。落ち着け」

「ここの茂みは私のものです!アルテアさんにはあげません!」

「それなら、アルテアは近付かないようにしておこうな」

「おい…………」



やっと見つけた最初の茂みに、ネアは、すっかり強欲になってしまった。


あまりにも強欲でしょうもない主張をするネアにアルテアはすっかり呆れていたが、これは、敵が呆れている内に収穫を終えてしまうという巧妙な作戦である。


ネアは、ウィリアムに付き添って貰いながらいそいそと茂みに近付き、持って来た収穫用の籠に入っていた妖精の収穫鋏で、実のついている枝を切り落とした。


このジンデンは、実を収穫させる事で派生する収穫の喜びの魔術を糧にする植物なので、こうして刈り取っても障りを受ける事はない。

小さな籠に半分くらいの実を集めると、ネアは、綺麗な鋏で可愛らしい赤い木の実を収穫する楽しさに頬を上気させた。



「むふぅ。とても素敵な充足感を得られますね。赤くてころんとした実がとっても可愛いのです」

「確か、籠のこのくらいまでは必要なんだったか。もう少し必要だな」

「はい。…………む。アルテアさんが消えました」

「ネアの後ろの木の横にいるぞ」

「…………ぎゃ!新しい茂みが侵略されている!!」


ウィリアムに教えられ、振り返ったネアは驚愕した。

ネアがこちらの茂みに夢中になっている間に、使い魔は別の茂みを見つけてしまい、そちらでジンデンの実を収穫していたのだ。



「むぐ。…………ぐるぅ!」

「そっちの茂みは譲ってやったんだ。構わないだろうが」

「負けません!私も、シロップを作るのに足りるようにと、ヒルドさんが教えてくれた量を確保してみせます!」

「キュ!」



かくしてここからは、ジンデンの実採り合戦となった。



周囲にはウィーム松が何本も生えており、ジンデンと同じようにこの環境が合うものか、ラベンダーに似た可憐な花をつける植物が足元を覆うくらいに茂っている。

ウィーム松の枝には小さな葉が可愛らしい蔓が絡みつき、淡いピンク色の花を咲かせていた。


ネアは、ウィリアムにも手伝って貰って結果四つの茂みを見付け、ジンデンのシロップが作れるだけの量を収穫する事が出来た。

アルテアはネアより少なめだが、魔術薬を作る為に使うのでそれで十分であるらしい。



「後はもう、帰りものんびりとお散歩しながら…………む?」



ジンデンの実が入った籠を腕輪の金庫の中にしまい、ネアはふはっと満足の息を吐く。

しかしそこで、森の奥からずしーんという重たい足音が聞こえてきた。



「………ウィリアム」

「ええ。転移で帰った方が良さそうですね」

「な、何やつでしょう?!悪いものなら、狩っておいたほうがいいでしょうか?」

「いや、危ないものではないが、…………そうだな、ネアは帰ろうか」

「ウィリアムさん?………その、なぜか気になる疑惑の表現ですので、理由の開示を要求します」

「ネア?」

「む、むぐぅ」



にっこり笑ったウィリアムに押し切られてしまい、ネアは、渋々復路は転移を使うことにした。


さかんにウィリアムとアルテアが視線で会話しているので、危険はなくとも、遭遇してはいけないような生き物なのだろうか。


転移の際に薄闇に閉ざされる向こう側に、もふもふとした巨大兎のようなものが見えたような気がしたが、そんな可愛い生き物から逃げる筈はないので、足音の主は別のものだったのだろう。




なお、リーエンベルクに戻ってから木の上から襲いかかってきた石壁の精霊の話をすると、以前に、石壁の蜂起があったのでウィーム中央の石壁は厳しく管理されており、近隣のものではないだろうと教えられた。


エーダリア曰く、遠方の土地から流れてきた旅の石壁精霊だろうと言われ、それはどんな旅人なのだろうとネアは途方に暮れてしまったが、ちょうど美味しい塩だれ鶏が出てきたので、深く考えないことにした。



午後には、魔術調理の関係でジャムのように加熱調理しなければならないらしく、お砂糖をかけてボウルの中に寝かせてあるジンデンの実でシロップを作るのだ。



パンケーキにかけて美味しくいただけるだけでなく、体にもいいという素敵なおやつである。

ご主人様がパンケーキを焼いてくれると喜んだ魔物は、目をきらきらさせていた。





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