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143. 春告げで不当な扱いをされます(本編)




ダナエとのダンスを終えて戻ってくると、春の森の向こうには静かな霧雨が降っていた。

ネアは、その美しさに目を細め、きらきらと夜明けの光を映す、雨の雫と朝靄の不思議なコントラストに見惚れる。



(…………きれい)



そんな煌めきの美しさに微笑めば、隣のダナエも綺麗だねと微笑んでいて、ネアはこの優しい春闇の竜がますます大好きになった。

それがどれくらいのご贔屓度合いかと言えば、途中ですれ違った妖精を見たダナエが、美味しそうだねと話していても、聞かなかった事にしてしまえるくらいなのだ。


春闇の竜にエスコートされた人間に、さわさわと揺らいでいた人々の囁きは、いつの間にか途切れていた。

今年は初参加の春の系譜の者たちも多いのかなと首を傾げつつ、元の場所に送り届けて貰ったネアは、無言で伸ばされた手にしっかりと手首を掴まれる。



「アルテアさん、今年の春告げは、昨年の参加者の方達と随分顔ぶれが違うのですか?」

「風の系譜の高位の者たちが蜜月に入っているから、それでだろう。花の系譜にも、スリジエが不在の内にと伴侶を決め急いだ者が多い」

「………慶事が多いのはいいことなのですが、スリジエさんのいない内に、なのですか?」

「ああ。スリジエは、気に入った者を抱え込んでいたからな」

「と言う事は、その方々を思っていた人達が、これ幸いと不在の内に頑張ってしまったのですね」



成程と頷き、ネアは、恐らくはそうして結ばれた者たちの代わりに春告げの舞踏会を訪れている、見慣れぬ妖精や精霊たちを見回した。


種族や系譜にもよるが、人外者達にもハネムーンのようなものがあり、人間のそれと比べるとかなり長い期間を二人きりで過ごすのだそうだ。

その場合、数か月はお城から出てこなかったり、何年かに渡って夫婦で旅に出てしまったりもするので、新婚の年から真面目に仕事をしていたディノのような例は珍しいのだとか。




「…………あぐ」


お隣の使い魔から、美味しい春果実のタルトを口に入れて貰い、ネアはもぐもぐした。


向かいに立ってケーキを物色していた妖精たちがぎょっとしたようにこちらを見るが、この人間の使い魔は、二度も危うい場面に立ち合えずに少しばかり気が立っている。

その代わりに、こうしてご主人様の疲労をタルトで宥めてくれる、とても良い使い魔なのだ。



透明度の高い床石には、様々な色の花びらのようなドレスの影が映っていた。

花の森の向こうで煌く優しい雨と、大きな花灯りのシャンデリアが輝く、不思議で美しい春告げの舞踏会。

そこで踊るのは、息を飲む程に美しい人外者達で、ほんの少しだけ、心を迷子にしてくれる謎生物も混ざっている。



深く息を吸い、芳しい春の香りを楽しんだ。

むふんと頬を緩めて隣の魔物を見上げると、なぜかアルテアはゆっくりと頷く。



「そろそろ、もう一曲踊るか」

「…………なぬ。十曲目です………もはや、ダンスバトルと言わざるを得ず…………」

「一度、あわいに落ちたのを忘れたのか?ダナエが付け足した春告げの祝福を、もう少し固めておく必要がある」

「こ、今年のゼリー寄せはいまいちでしたが、その代わりにデザートがとっても美味しいので、今暫くはここにいても良いと思いませんか?」

「いいか、その基準で話を進めるのはやめろ」



わあっと声が上がり視線を向けると、会場の中心近くで、綺麗な檸檬色の髪の男性が一人の女性の前に跪いていた。

求婚だろうかと目を丸くしたネアは、アルテアの言葉に慌てて振り返る。



「ほお、離縁だな」

「…………求婚ではないのですか?その、皆さんが祝福しているようなのですが…………」

「あの精霊達は春の歪を生む程に憎み合っていたが、系譜の氏族の王同士で、離縁が難しかったからな。子供達にそれぞれの氏族の王位を継がせて、漸くの離縁なんだろう。………やれやれ、これで、クローバーの系譜の絶滅は免れたか。祝福もされるだろうさ」

「何やら壮絶なお話でした…………」



植物の系譜の人外者に過激な者が多いのはネアも知るところだが、苛烈を極めたクローバーの戦争は、そんな植物の系譜だけでなく、春の系譜の者達の中でも有名なのだそうだ。


そしてその、今から千年程前に始まったクローバーの系譜の全面戦争の休戦を象徴するのが、たった今離縁したばかりの二人であるらしい。


檸檬色の髪の木漏れ日クローバーの王と、淡い藤色の髪の夕暮れクローバーの女王は、それぞれ、敵対している氏族の王として生まれたものの、仲の良い幼馴染同士であった。


系譜の保存の為に春の系譜の高位者達が仲介をし、クローバーの系譜を統一せんとして夫婦になった二人だが、残念な事に、友人同士で志が同じ方向を向いていても、男女としての相性が絶望的に悪かったのだ。


結果として、喧嘩の絶えない王と王妃のせいで、クローバーの系譜の者達の憎み合いは、戦争は起こらずとも二人の婚姻の前よりも激化してしまう事になる。

それなのに、春の系譜の高位の者達の顔を立てて離縁も出来ず、二人は、春告げの舞踏会の日にだけここで共に過ごす冷え切った夫婦生活を送り続けてきたという。


「…………一体誰が、仲人になってしまったのでしょう。対立が激化したあたりで、本末転倒だと言わざるを得ません…………」

「リーヌスと、春薔薇のシーだな」

「…………さもありなんという気持ちになりました。お一方については存じ上げない方にもかかわらず、恋愛至上主義という感じのする並びですね」



視線の先には、長年の憂いが晴れて嬉しそうに笑っている美しいクローバーの女王がいる。

ちょっぴり泣いているくらいなので、とても辛い日々だったのだろう。


本来であれば彼等の子供たちが、もっと早く王位を継承して両親を解放する予定だったそうなのだが、全面戦争になった氏族間の問題が解消されておらず、継承そのものも難航してしまったらしい。



(…………離縁して皆から祝福されるのも不思議な光景だけれど、お二人が幸せになれるのであれば、良い出発の日になるのだろうか)



賑やかな祝いの場を眺めていると、ふっと視界が翳った。

おやっと振り返れば、そこにいた一人の魔物が優雅に会釈をする。

こちらもまた、ラエタという土地で繋がった出会いだった白薔薇の魔物の訪れに、ネアは、慌てて淑女のご挨拶を返した。



「久し振りだな」

「ロサさん、ご無沙汰しております」

「同伴者はどうしたんだ」

「あちらで、友人の解放を祝っているところだ。暫くは帰ってこないだろう…………」


ダンスの続いている会場中央を見たそのタイミングだったから、アルテアは少しばかり煩わしそうにしている。

そんな様子を見て、白薔薇の魔物は微笑んだようだ。


ロサは、本日は珍しく漆黒の装いで、そうすると清廉な印象のある美貌がきりりと引き締まって見え、冷ややかな印象の美貌になる。

春告げの舞踏会なのに珍しいなと思っていたのだが、どうやらその装いには魔術的な事情があるらしい。


「黒の盛装服と言う事は、お前のところもか」

「ああ。スリジエにも困ったものだ。だが、白薔薇の系譜は幸いにも被害が少ない」

「黄薔薇は階位を落としたようだな。せいぜい、気を付けておけよ」

「その心ない激励を笑い飛ばす余裕もないが、最も危ういのはスリジエ自身だからな。春の舞台において、スリジエの代替わりは面倒な事になる。そうならなければいいのだが………」

「あれは自業自得だ。放っておけ」



ぞんざいに片手を振って見せたアルテアに、ロサは、淡く苦笑すると立ち去っていってしまった。

どうやら、わざわざ挨拶に立ち寄ってくれたようだ。



(…………スリジエさんが春告げの舞踏会に来ていない要因は、薔薇の系譜を巻き込むような、何か困ったことが起きているから…………?)



どうやら、あまり良いものではなさそうだ。

どんな事件なのだろうと眉を顰めていると、アルテアが短く溜め息を吐いた。

お揃いの耳飾りが、花びら混じりの風に揺れてちりりと煌めく。



「知るという事で、わざわざ縁を繋げる訳にはいかないからな。さして教えてやれる事はないが、要は管理不足による系譜の獣の悪変だ。障りの体質的に、愛情などを司る花の系譜が狙われているらしい。あの黒い装束は、障り除けの魔術を織り込んだ物だろう」

「思っていたよりも、困った事になっていそうです。とは言え、ロサさんがどうにかなってしまいそうな感じもしませんし、こちらには関係ない事なので、ぽいしておきますね」

「…………そうしておけ」



ここで、まだダンス欲を失っていなかった使い魔に手を取られ、ネアは、むぐぐと視線を持ち上げた。

美しい音楽の中で優雅に踊っている春の系譜の生き物達を見ると、その中で踊るのは吝かではないのだが、果たして一曲で終わるのだろうか。


デザートのテーブルを振り返り、一通りのものは食べてしまった事をあらためて確認すると、ネアの表情を窺うような目をした使い魔に頷き、一緒にダンスの輪に向かう。


こちらを見た楽団の指揮者が、えっという顔をしているが、これからは、選択の魔物はダンスが大好きなのだと認識しておいて貰うしかない。

少しだけささくれ立った使い魔の心を緩めるのも、偉大なるご主人様の役目なのである。




「まぁ、冬の色を持ち込むだなん………」


混み合ったダンスの外周の輪を抜けると、背後でそんな囁きが聞こえたような気がした。

しかし、ひゅっと息を飲むような音が聞こえ、ぴたりと黙り込む気配が続く。


もしかしたらそちらを一瞥したのかもしれないアルテアが、ネアの手を取りこちらを見下ろした。

ダンスの為に組み方を変えた手には、手袋越しでもリンデルの感触があり、ネアは少しだけほんわりする。



「いいか、ここでステップは間違えるなよ?」

「まぁ。今日は一蓮托生のようなので、アルテアさんも落ちてしまわないで下さいね。なお、背後にいるのはお掃除ブラシでしょうか?」

「…………は?」



ネアの指摘に背後を振り返ったアルテアは、そのまま、無言で視線を戻した。


アルテアの背後には、どう見てもお掃除用のブラシのような謎めいた生き物がいるが、毎年見かけるお米生物のようなパートナーと優雅に踊っているので、舞踏会の招待客なのだろう。


棒の先端に束子を付けたようなお掃除ブラシ以外の要素がなく、どこでどう相手を支えたり、そしてステップを踏んだりしているのかが謎でいっぱいの、この世界らしい人外者の不思議である。



「…………あれは、」

「放っておけ。俺も知らん」

「…………ふぁい。見ていると不安定な気持ちになるので、あまり凝視しないようにしますね」

「そうしておけ。それと、来年からはもう少しボリュームのあるドレスにしろ」

「………む。今年のドレスは、あまりお気に召しませんか?」



さらりと言われた事だったが、ネアは、気になってしまった。


これまでも、シシィの復讐の道具に仕立てられたネアに対し、アルテアが苦言を呈した事はある。

だが、このような方向の指示を出したのは初めてだ。


春告げの舞踏会は一種の魔術儀式で、ネアは、あくまでも選択の魔物の同伴者である。

例えばその装いが、何らかの象徴的な問題を孕むのであれば、二度とそのような事がないようにしなければならなかった。


ほんの少しの落胆と不安を噛み殺して見つめると、アルテアは、僅かに息を呑んだようだ。



「…………いや、色も形もお前に似合ってはいるが、………スカート部分はもう少し膨らませた方がいい」

「確かに、スカート部分をふわっとさせないドレスを着ていても綺麗なのは、手足の長い妖精さんの特権なのかもしれません…………。ぎゅ」

「ったく。そういう意味じゃない。そもそもお前は、これだけ体を寄せていても何も感じないのか…………?」

「む?」

「…………成る程な。お前の情緒が枯渇しているのならせめて、ドレスくらいは気を遣え」

「…………それはつまり、アルテアさんは、古典的なデザインの舞踏会のドレスがお好みだという事なのです?」

「…………もういい。そういうことにしておけ」



ネアは、アルテアの意外に可憐な趣味に驚いてしまった。


ネアはほほうと思うばかりだが、周囲で踊っていたご婦人たちがきらりと目を光らせているので、中には、選択の魔物のドレスの嗜好を押さえた上で、今後の戦略に生かす者もいるのかもしれない。


とは言えネアも、次のドレスの打ち合わせをする際には、アルテアは、ひらひらふわりとした可憐で保守的なドレスが趣味なのだと、シシィに伝えておかねばなるまい。


(もしかすると、個人的な趣味に加えて、今日のアルテアさんの装いが古典的な盛装服だったから、こちらのドレスも同じような雰囲気の、プリンセスラインのふわっとしたものが似合うと考えていたのかもしれない…………)



そう考えてふんすと頷き、ネアは、色めいたこの魔物が意外に保守的な嗜好であったことを、自分の為にも心のメモに書き加えた。


となればやはり、次の誕生日の贈り物は、エプロンなどがいいだろうか。

素敵なコートや珍しい魔術薬など、ちょっぴり趣向を変えた贈り物も思案していたので、良いヒントを貰えた思いだ。



「お前は、また妙な事を考えているな…………」

「まぁ、アルテアさんは、意外に保守的な嗜好なのだなと考えていただけですよ?」

「…………もういい。そう思っておけ」

「むぅ。なぜに投げやりなのだ」



ぐっと抱き寄せられてターンをすれば、たっぷりと布地を使っているスカートがふわっと広がる。


今年のドレスはパニエがないので、こうして持ち上げられると、スカート越しに触れた体から、アルテアの足腰の強さのようなものも感じられた。


魔物の肢体は人間とは扱い方も違うものか、ネア一人を持ち上げてもぐぐっと力が籠ったりはしない。

体のどこにも余計な力を入れず、軽やかに動けるのがやはり魔物というものなのだろう。

それでいて、ファルゴを踊った時のウィリアムのように、着痩せして見えてもしっかりとした分厚い筋肉を感じる事はなく、どちらかと言えばしなやかな肉体だ。


「…………こうして肌の温度を感じると、アルテアさんの体温は、ウィリアムさんより高めなのですね」

「…………は?」


踊りながらそんなことを言えば、なぜかアルテアは、茫然としたように目を瞠る。


ネアは、ウィリアムの体温が低いのは、やはり終焉である事に関係があるのだろうかと首を傾げた。

たまたま近くで踊っていたリーヌスが激しく咽ているが、それなりにお年寄りの魔物なので、誤飲などがあったのだろうか。



「おい、どうしてそんな思考に至った…………」

「今日のドレスは、アルテアさんの体温がとても伝わるので、何となくなのです。先日、ウィリアムさんとファルゴを踊った際に、ダンスの種類的にも、もっと肉体の熱さを感じるのかなと思ったのですが、どこかひんやりしていました。なお私の大事な魔物は、子供体温なのか、ぐっすりすやすや眠っていると少しだけ体温が上がるので、もしかしたらウィリアムさんも………」

「よし、お前はもう黙れ。それと、間違っても、あいつの体温の変化を寝台で調べようとするなよ」

「むぅ。魔物さんの基礎体温情報は、案外繊細な機密情報なのですか?」

「なんでだよ」



ダンスを終えて、もう一度のデザートのテーブルの方に戻る道中で、グレアムとすれ違った。


本日のグレアムは白灰色の優美な盛装姿で、珍しく、髪をハーフアップのような形で結い上げている。

そうすると、夢見るような瞳の魔物は少しだけ艶やかな印象になり、そんなグレアムに擦れ違う瞬間に優しく微笑みかけて貰えたのだから、何だか贅沢な気持ちになるのも当然と言えよう。



「そう言えば、グレアムさんに、もうギルフォーンさんが戻らない事を伝えて差し上げないのですか?」

「…………わざわざ言うまでもなく、あいつなら察するだろう」

「そうかもしれませんね」




春告げの舞踏会も、そろそろ終盤という時間だろうか。


会場には、羊頭の春告げの精霊の従者たちが現れ、参加者達にいつもの小枝を配り始めている。

ネアは、ダナエがいないと困るのではときょろきょろしたが、どうやら近くにはいないようだ。

慌てて探しに行こうとすると、背後から腰に手を回したアルテアにしっかりと拘束されてしまった。



「…………小枝を貰った時の為に、ダナエさんの傍にいるべきでは?」

「清々しいくらいに、不正前提の会話だな」

「む、…………本当は、私とてきっと、華麗にお花を咲かせる事が出来る筈なのですよ?」

「ほお、それなら今年は自力で咲かせてみるか」

「…………ぎゅむわ」



そう言われてしまうと俄かに不安になり、ネアは、へにゃりと眉を下げた。

すると、ふっと意地悪に微笑んだアルテアが、内緒話をするようにネアの耳元に唇を寄せる。



「何輪かだけなら、咲かせてやる。今年の春告げの勝者への賞品は、さして珍しいものじゃないからな。それで我慢しろ」

「女王としての称号にも未練はありますが、商品があまりいいものでないのなら、会場で三番目くらいで手を打ちましょう」

「なんで三位なんだよ。自分の魔術をひと欠片も切り出さないんだぞ。もう少し謙虚になれ」

「まぁ、使い魔さんは私のものなので、それは即ち私の実力なのでは…………」



ネアは必死にそう主張したのだが、アルテアはとても冷酷な魔物であった。

そう言えば、森に住んでいて悪さをする事もある魔物なのでと、ネアは暗い目で邪悪な魔物を見上げ、ぐるると怨嗟の唸り声を上げる。



ネアが春告げの精霊の従者達から受け取り、第三位を目指して掲げた桜の小枝には、たった五輪の花しか咲いていないではないか。

これはもう、立派な虐めであるとじたばたしたが、ネアが怒り狂えば怒り狂う程、アルテアは意地悪な微笑みを深くする。



「…………おのれ、偉大なる私に何という仕打ちをするのだ。この恨みは決して忘れません………」

「過大評価して、五輪にしてやったんだ。お前の可動域だと、本来は緩む蕾すらないんだからな」

「ぐるるる!」

「それと、…………ったく」



何かを言いかけたアルテアは、はらりと舞い落ちてネアの胸元のレースに引っ掛かった桜の花びらを、指先で取り上げて地面にリリースしてくれた。

さも、どかしてやったぞという様子であるが、こちらにおわす人間は、そんな事よりも小枝の花をもっと咲かせて欲しいのだ。


しかし、抗議の為に握り締めた小枝をぶんぶんと振っていると、ぼさりと、手のひらを頭の上に載せられてしまう。



「そろそろ、結果が出るようだな」

「ぎゃ!いつの間にか、審査が終わっています!」



明らかにネアよりも沢山の花を咲かせた小枝を持つ参加者達の中で、藤色の髪の女性が目を輝かせていた。


今年の商品は、春の黎明と春宵の祝福を収めた珍しいお酒のようで、受け取った瓶を手に微笑んでいる今年の春告げの女王は先程見たばかりのクローバーの女王であるらしい。



ネアは、敗退は無念であるが、クローバーの女王が長い呪縛から解き放たれたお祝いになるのであれば、まぁ悪くはないかなと頷いておいた。

そんなかつての伴侶の様子を見守るクローバーの王の眼差しに、どこか切なげな心の欠片が過ったとしても、その奥にあるべき物語は二人だけのもの。



はらはらと桜の花びらが舞い落ち、またどこからか優雅な音楽が流れ始める。

ネアは、ほんの少しだけの花が咲いた小枝を見下ろし、ちゃっかりもっと沢山の花を咲かせているアルテアの小枝と鋭く見比べた。



「…………ヴレメが来ているのか」



誰かの囁きが人波の間からさらりと届き、ネアは振り返ろうとしたところを、アルテアの腕の中にしっかりと包み込まれてしまう。

手にしていた小枝はいつの間にかしゅわんと消えてしまい、代わりに現れたのは、小皿の上に花びらの載った可愛らしいピンク色のケーキだ。



「まぁ!」

「もう充分過ぎる程だが、これくらいは許してやる」

「なぜ許可制になったのでしょう。しかし、このケーキは一番の美味しさだったので、吝かではありません!」

「面倒な奴が来ているようだが、お前の事故はもう上限いっぱいだからな。後は大人しくしておけ」

「………むぐぅ」



ご主人様の権威を維持するべく唸ってはおいたものの、ネアも自ら騒ぎを起こすのは好まないので、大人しくアルテアの腕の覆い中でケーキをいただく事にする。



「…………なんだ?」

「えい!」


そう言えばこれもだったと、フォークに刺したケーキをアルテアの口に押し込んでおき、呆れたような目をした選択の魔物には厳かに頷きかけておく。



ヴレメという名前の白虹の魔物も今年の春告げの舞踏会に来ていたようだが、ネア達の側に近寄ってくる事はなかった。


ネアも後半からはもう、ちょこちょこと会場を移動しているお掃除ブラシ生物が気になるばかりだったので、それどころではなかったと言っておこう。



なお、リーエンベルクに帰ってから何曲踊ったのかを告白すると伴侶の魔物がとても荒ぶったので、ネアは、その夜は体力回復の魔術薬を飲み、ディノとたっぷり踊ってやる羽目になってしまった。



アルビクロムにあるグレーティアのお弟子さんのところには、そろそろ、店の主人が帰ってくる筈だと先触れを出しておいたところ、後日、立派なチョコレートの詰め合わせがリーエンベルクに届いた。

順位を変え、人間の第一席の魔術師となったウェルバに、エーダリアが興味津々だったのは言うまでもない。










明日4/15の更新は、お休みとなります。

代わりにTwitterでSSを上げさせていただきますので、もし宜しければご覧下さい!

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― 新着の感想 ―
何度も読んでいて思うのが、ネアの図太さ。 それがあるからこそ、こういう世界で人外者とうまくやっていけるのだろう。 周りが人間を含めて使えている魔術が使えないのは居心地が悪いだろうけど、この世界から誰が…
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