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春のドレスと夜露の包帯




「まぁ、まぁ、どうしてアルテアがいるんです?」

「……………さてな」



その日、ネアは春告げのドレスの採寸で訪れたシシィを迎え入れていた。

勿論、シシィを部屋に案内したのはヒルドで、この仕立て妖精が悪さをしないようにしっかり見張っている。



今年の採寸で初めての立ち合いとなった選択の魔物は、ご愛用の椅子ではないリーエンベルクの椅子に腰掛け、どこか気怠げな様子でこちらを見ていた。


濃灰のスリーピースに白いシャツ、お洒落な水色の宝石のついたクラヴァット留めの上品な装いだが、ネアはそんな使い魔の様子をこっそり注視していた。




(……………私の計画に気付かれてはならない)



実は、この採寸の裏で密かに動いている計画があり、ネアは、それを如何に使い魔に悟られないようにするのかを本日の課題としていた。



「さぁて、今年も飛び切りのドレスを作りますよ!…………まぁ、少し増えました?」

「ぎゅ?!」



つかつかと歩み寄った仕立て妖精は、可憐な花柄な細いピンヒールのパンプスに淡い檸檬色のパンツスーツ姿で、くりんと巻いた髪がなんとも上品で小粋な感じである。


ネアの大好きな妖精の一人だが、残念ながら、シシィにとってのネアは、復讐の道具なのだ。

すいっと伸ばされた手でひょいと胸の下に指先を差し込まれ、ネアは思わずびゃっとなってしまう。


そんな様子を見て、ディノはノアと一緒に逃げていった。



「…………シシィ?」

「まったく、これだから堅物妖精は。さては、一番動揺していますね?」

「………ほわ、いきなりのことで驚いてしまいました。……………ディノ?」

「……………ネアが虐待する」

「今の出来事を振り返ってみて下さいね。私は立っていただけなのですよ?」

「おい、まともな採寸にしろ」

「……………ふふ、アルテアが動揺するのは珍しいですねぇ。………いいですよ、いいです!お胸はふっくらとして、腰も及第点です。アルテアが春告げの舞踏会の床に突っ伏すようなドレスにしましょうね」

「今年もまた、清々しい程に復讐の道具であることを隠そうとしていません…………」



ネアの胸の下に差し込んだ手をヒルドに掴み出されつつ、にっこり微笑んだ仕立て妖精の王女は、にんまりと微笑む。




「今年は、アーヘムの持って来たとっておきの布地がありますからね。参考になる生地見本を持ってきたんですが、ご覧になりますか?」

「み、見たいです!」

「これなんですが…………、ふふ、そのお顔だと、既に夢中ですね?」

「…………こ、この生地は!!」



ヒルドの手を払って自由になったシシィがいつものトランクからひょいと取り出した生地見本に、ネアは、思わずびょいんと弾んでしまう。


少し厚手の紙に貼り付けられたサンプル生地は二種類あり、そのどちらもがうっとりと見惚れてしまいそうなロマンティックさなのではないか。



「気に入ったのかい?」

「この色と質感がもう、……………ふぁ」



それは、曇りの日の春の朝を思わせる、淡くウィスタリアがかった灰色の布地であった。

同じパターンの布地が、はりのある艶やかなシルクのようなものと、すり硝子のように薄らと透けている生地とで二種類ある。


ふわっと透き通る花枝の影を落としたような、精緻な水彩描写のような模様は、青み寄りの薄紫のライラックの花だろうか。


ドレスに仕立てて貰うのは勿論だが、ネアはもう、カーテンにして毎日見ていたいと思うくらいにその布地に心を奪われてしまった。



「この二種類を使って、今回はあえて上品で清楚なデザインに仕立てようと思っています。形は胸元の曲線とスカートの広がりで可憐に美しく。胸元や袖周りに工夫をするのなら、腰回りは何もしません。襟元や袖周りをすっきりさせるのなら、腰回りにリボンか花飾りを付けましょう」

「…………は、はい」

「わーお、僕の妹が息も絶え絶えだぞ…………」

「まずは体の状態を見ますから、採寸から始めますね。お胸をしっかりと見せるのなら…」

「見せなくていい」


低く不機嫌な声はアルテアのものだ。

おやっとそちらを見ると、椅子に座ったまま、選択の魔物はすっと赤紫色の瞳を眇める。


「…………アルテアは黙っていてくれますかね。それに、いつから淑女趣味になったんです?それとも、ネア様のお胸を誰にも見せたくないんですかねぇ?」

「ほお?声を奪われて仕事をしたいのか?」

「やれやれ、素直じゃないですねぇ。………ネア様、これは放っておいて、まずは採寸を始めましょう」

「はい!」



どこからともなくさっとメジャーを取り出したシシィの表情は、きらきら光る萌黄色の瞳の悪戯っぽさを削ぎ落とし、自分の仕事に自信を持つ女性らしく、そしてどこか鋭い程の美しさを帯びた。


ネアはふと、アルテアはこのような一面に惹かれたのかなと思い、ふむふむと頷いてしまう。

同性であるネアもはっとする変化なので、異性として見ていれば、その驚きは心を揺らすのではないだろうか。


よく光を集める瞳は、朗らかな煌めきから、謎めいた花影を映した湖のように変わる。



(こんなシシィさんも、とっても素敵だわ………)



ネアは、今日もアンダードレス姿だ。

採寸の為にこの姿になると、ディノがおろおろしてしまうのだが、やはり今回もネアが動くときゃっとなっていた。


ノアは気にかけておらず、ヒルドとアルテアは、渋面だが荒ぶる程ではない。



「…………ネア様、少しだけ左側に傾く癖が出来ましたね?」

「むむ、もしかすると、冬場はぬくぬくする為にと、ディノにもたれかかる事が増えたかもしれません。そのような事でも変化は出ますか?」

「ええ。出るでしょうね。今日から暫くは、ディノ様を右側にして下さいまし。装いの見栄えもそうですが、おかしな癖を付けると体を痛めやすくなりますからね」

「はい。気付いていただけて良かったです。気を付けておきますね。………ディノ、今夜からは右側に座ってくれますか?」



ネアがそう言えば、伴侶の体をとても大事にしてくれる魔物はこくりと頷いた。

一緒にいるノアと手を取り合っているが、決して邪悪な人間に虐められている訳ではない。

たまたま、シシィが、胸周りの採寸をしてくれているだけなのだ。



「ネア様は、肩口と腰回りが細くてお胸があるのが特徴ですね。儚げで少女めいた雰囲気を保ちつつ、女性的で蠱惑的な仕掛けが出来るのが利点なんです。可憐で元気のいい黄系統のものや、色香と艶やかさだけで押し出すドレスは似合いませんが、今回のもののような色合いを合わせると、これでもかと似合いますからね!」

「そう言っていただけると、実はとっても嬉しいんです。私の好きな色ばかりですから」



それは、ディノが練り直しで与えてくれた配色があってこその恩恵であった。

以前は好きな色合いの物があまり似合わず、ネアが無難に着こなせるのは黒色が多かったように思う。



(……………嬉しいな)



どれだけ復讐の道具にされても、ネアがこの採寸を楽しみにしているのは、かつては諦めていた美しい色をこれでもかと纏える日を思わせてくれるからでもあるのだろう。


美しいドレスを着て、妖精や竜、魔物や精霊達と踊れる季節の舞踏会は、おとぎ話の贈り物のような喜びであった。



「襟元をあまり開けずに体の曲線を出して、すっきりとした印象の上半身と、腰にはぎゅっとリボンを効かせて広げたスカートで見せるのもいいですねぇ。ただ春ですから、肩はしっかりと出してしまって、ひらりと軽く揺れるドレスも……」

「胸元はあまり開けさせるな。背中も常識の範疇にしておけ」

「ネア様、アルテアは追い出しておきませんか?」

「むむ、こうして、採寸からわくわくとドレスを作るのだと、そろそろアルテアさんにも自慢しようと思っていたのです。ですが、こちらにいらっしゃるのは偶然なのですよ」

「つまりのところ、勝手に来たって事ですね」

「おい、その目をやめろ」



シシィはその後も、踊るような軽やかな足取りでネアの周りをこつこつと歩き回り、腰に触れたり、メジャーでさっと肩口を測ったり、お尻をぎゅむっと掴んでディノを逃げ出させていた。



新緑の森を思わせる萌黄色の瞳に、くるりと毛先の躍る短い髪の毛。

ネアの肩に薄い布をかけ、じゃきんとその布を切り取り、ふわふわの針刺しから取った宝石のまち針で形を作ってゆく。


この布は、あくまでも採寸用のものであるらしい。

役目を終えるとしゅわりと消えてしまう、霧や朝靄を織り上げたものなのだとか。


ヒルドがゆっくりと袖を捲っているので、今年もまた羽の付け根を掴まれて追い出されてしまうのだろうかと、ネアは密かにはらはらしていた。



「………どちらも作りましょう」

「なぬ?!」

「これはもう、作ってみないと分かりませんね。大きな違いはないんですが、体に合わせると印象が変わりそうだと分かっていながらそれを省くのは、仕立て妖精としては最大の怠惰ですからね」

「その、採用されなかった方は、どうなってしまうのでしょう……………?」

「ふふ、仮縫いですからそこから変えられますし、ドレスとかぶらないような仕立てにして、お作りしましょうか?」



ネアは、すっかり大好きになってしまった生地見本を離さないまま、頭の中で慌ててお小遣いの計算を始める。


シシィの事なのだ。

きっと選ばれなかったものも素敵に再利用してくれるに違いないのだが、残念ながらネアは、提案されたどちらのドレスも大好きだった。


己の強欲さを悲しく思いつつ、いただきましょうと決めた脳内会議を終える。

慌ててディノがこちらに戻って来たので、買ってくれようとしてくれているのかなと思ったが、それよりも早く声を上げた者がいた。



「どちらも仕立てておけ。使い所は幾らでもあるだろ」

「………む、お小遣いのやり繰りが出来そうなのですが…………。アルテアさんは、既に春告げのドレスを用意して下さっているので、こちらは自分でお支払いしますよ?」

「アルテアなんて………」

「ほお?その為に、山にでも行って、獲物を狩るつもりだとは言わせないぞ?」

「な、なぜ知っているのだ………」

「大人しく家にいろ。お前は、どこでも事故る自覚がなさ過ぎるぞ………」

「そこらのお山で、珍しい生き物を何匹か狩ればいいだけではないですか。白っぽい物を狩れば、きっとアクス商会で高く買い取ってくれる筈なのです」

「その色を宿したものが、どれだけ頑強なのかを知らないとでも?」

「……………いえ。ですが、……………えいっ!」



ここで、丁度、一通りの採寸を終えたシシィから解放されたばかりのネアは、白熱する議論で荒ぶった風を装い、アンダードレス姿でアルテアににじり寄っていた。


そして、隙を見て、えいやっと銀のスプーンに垂らした魔物の薬を、使い魔のお口に押し込んでしまったのである。



いきなりそんな事をされてしまい、アルテアは目を瞠った。



「……………ネアが浮気した」

「浮気ではなく、使い魔さんのお手入れです。事前にお話ししておいても、荒ぶってしまうのです?」

「アルテアなんて…………」

「ありゃ、手入れなのかい?」

「ええ。今日は随分と早い時間からこちらに来ていて、あまりにもご主人様のドレスの採寸を楽しみにし過ぎている魔物さんだと困惑していたのですが、…………アルテアさんがその時間にいらっしゃったのは、体を休める為だったのではありませんか?」



ネアは、これでどうだと加算の銀器を手にふんすと胸を張ったが、こちらを振り返ったノアが、なぜか悲しげに首を横に振るではないか。



「………ええと、幾ら相手がアルテアでも、傷薬は飲み物じゃないからね?」

「………し、しかし、以前はそれで、とてもよく効いたのですよ?」

「うん。だとしても、アルテアがそれを堪能したかどうかは疑問だなぁ………」



そう言われてしまうとしょんぼりと眉を下げるしかないが、ネアは取り敢えず、無理矢理薬を与えられて悶絶している使い魔の顔を覗き込んでみた。



「うーん、いいですねぇ。春告げの前に、こんなやり取りが見られただけで、ネア様が顧客で良かったと思いますよ」

「もう、採寸は終わりましたね?」

「……………ついでに、こっちの堅物も同じような目に遭わせてくれるといいんですが……」

「ネア様、シシィを外まで送って参ります。アルテア様は、もしお泊まりのようであれば部屋を用意しておきましょう」

「はい。シシィさん、今年も有難うございました」

「仮縫いが終わったら、合わせにだけ参ります。ディノ様、宜しいですね?」

「うん。構わないよ。その時にネアが他に欲しいものがあれば、作ってやっておくれ」

「……………ネア様、ご伴侶にも何か注文されます?」



ここで、空気を読むのが得意なシシィに、そんな問いかけをされた。

ネアの伴侶な魔物は、二着目のドレスの仕立権をアルテアに取られてしまい、少しだけ悲しげなのだ。


ネアはにっこり微笑むと、気付いて汲み上げてくれたシシィの慧眼に感謝する。



「まぁ、いいのですか?」

「ふふ、物欲しそうな目でこちらを見ておられましたからね!」

「で、では、ディノとお揃いの簡単なものをお願いしたいのです。密かにお揃いというものに、最近私の魔物は憧れていまして。わざとらしいお揃いだと少し気が引けるので、さり気なくお揃いに出来る小物や、シャツなどをお願い出来ればと思うのです」

「では、そのお話も合わせの時にしましょう」

「はい!お願いします」



ついでに伴侶の魔物の目をきらきらにすることに成功したネアは、アルテアについて気遣ってくれたヒルドにもお礼を言い、部屋を出る二人を見送った。




「……………いつから気付いていたんだ」



そこに、地を這うような暗い声がかかる。

おやっと振り返ったネアは、椅子の上で万倍傷薬の味に体を折り曲げて耐えていたアルテアと目が合った。


苦しげな表情だが、赤紫色の瞳には、どこか呆れたような気配もある。



「椅子から、少しも動かなかったからでしょうか。いつものアルテアさんなら、もっとうろうろされますし、シシィさんが来た時にも座っていて、…………後は、表情ですね」

「…………表情か、」

「ご主人様は、使い魔さんの健康管理にもきちんと気を配るのです」



ここで、アルテアがげふげふと咳き込んでしまい、ネアは慌てて傷薬を持って駆け寄った。

しかし、顔を顰めた使い魔から、咳き込んでいるのはその傷薬のせいだと叱られてしまう。



「……………むぅ」

「アルテア、この子は、すぐに君の異変に気付いて、とても心配していたんだよ?」

「…………だとしても、その薬は服用薬じゃないだろうが」

「で、何で選択の魔物がそんな怪我した訳?」

「……………放っておけ」

「先日の、アルビクロムの後始末かな。付随されていた魔術の形は、そちらの国のものだ」



ディノにそう言われてしまい、アルテアは僅かに遠い目をしたが、それはやはり彼自身の領域なのだろう。

肩を竦めただけで、答える様子はなかった。



ネアは、それでも別に構わないと思う。

リーエンベルクに騒ぎを持ち込まれたならそうも言っていられないが、アルテアが自分の足でこちらに立ち寄るからにはそんな不手際もない筈だ。


であるならただ、使い魔の傷など治してしまうばかりなのである。




「……………では、脱ぎましょうか」

「…………は?」

「恐らく、外傷だったと思われます。治ったかどうかをきちんと確かめなければなりませんので、まずは脱いで下さいね」

「……………ネアが、アルテアを……………」

「わーお。僕の妹が容赦ないぞ…………」

「いらん。あれだけのものを飲ませておいて、もう充分だろうが。…………っ、おい、服に手をかけるな!」

「弱っている今の内です!服を脱ぐのだ!!」

「ネア、アルテアを脱がせてはいけないよ。…………もう、僅かにあった気配の歪さも落ち着いたようだ。君の飲ませた薬で治ったと思うよ」

「ほわ、………良かったです」



であればもう、使い魔を脱がせる必要はないだろう。

ネアは、引っ張り出してしまったシャツを戻そうとしたが、たいへん険しい顔をした使い魔に阻止された。



「……………いいか、手を中に入れるな」

「むぅ、元通りにしますよ?」

「おい、シルハーン。こいつを押さえておけ」

「ネア、こちらにおいで。アルテアは、自分で直せると思うよ」




とは言え、ここで物陰に隠れて服の乱れを直すともならないのが魔物達で、アルテアは上着を脱ぐとその場で一度シャツも脱いでしまうようだ。



(……………あ、)



ひらりと、白く細いものが揺れる。

ネアは、シャツの下に巻かれていたらしい包帯を見てしまいへにゃりと眉を下げたが、ディノが安心させるように頭を撫でてくれた。




「傷の形をしておいても、障りのようなものだったのだろうね。アルビクロムが取引きをしている国の中には、そのような段階を踏んで階位を上げる魔術があると聞いているから」

「…………怖いものなのでしょうか?」


そう尋ねたネアに、異国の魔術について教えてくれたのはノアだ。


「それは僕が詳しいかな!小さな傷や欠けを与えておいて、その小さなものにあるだけの災いを付与するんだ。些細なものだからと見過ごされていると、一定期間の間に損傷を修復出来なかったとして、その災いが階位を上げてゆくって仕組みだね」

「……………おい、まさかとは思うが」

「うん。その術式を組んだのは僕だから、さすがのアルテアでも気付き難かったよね。元は妖精を狩る為に編んだものだけど、いっそ、普通の人間の方が対処し易いんじゃないかなぁ。…………その傷を付けたのは、共鳴でしょ?」

「……………さてな」

「そして多分アルテアは、簡単に傷を治せると知られる方が厄介だからって、敢えて数日間放置したんじゃないかな。そうしたら、思っていたより階位が上がったから、きっとリーエンベルクの魔術遮蔽の中で治すつもりだったんだろうけれどさ」



そう言われると、今回の事の経緯が見えてきた。

ネアはふすんと頷き、色々な事情はあるのかもしれないが、危険な事をしてはならぬとスプーンを翳して使い魔を威嚇しておく。



「……………おい、もう薬は必要ないからな」

「また怪我をしてきたら、お薬を飲ませてしまいますよ!」

「いいんじゃないかなぁ。面倒な解術の儀式を組んで傷口を洗うより、ネアの薬なら味さえ我慢すれば一瞬で治るみたいだし」

「お前は飲んだことがないだろうが」

「ありゃ、僕は薬が必要になるような失敗はしないからかなぁ」



そう微笑んだノアをアルテアはじろりと睨んでいたが、ネアは、またしても絨毯に悪さをした銀狐が、昨晩はヒルドにみっちり叱られた事を知っている。

そして、時には恋人に刺されたりもするので、全く不手際がないという訳ではないのだった。



アルテアが巻いていたのは、魔術的な傷の侵食を抑える為の、夜霧の包帯なのだそうだ。


どうやってずり落ちないようにして留めておくのだろうと思うようなさらりとした素材のものだが、包帯の魔物の作る特殊な包帯なので、巻き付けるだけで簡単に使えるのだと聞けば納得だ。


ひんやりとして冷たいものもあり、洗剤の魔物に次ぐ商売人であるらしい。

美しいご婦人だと聞けば、ネアは少しだけ、どんなものがあるのか包帯の品揃えを見てみたいとわくわくしてしまった。



「そう言えば、ごしごしするのがとても痛いらしくあまり推奨はしませんが、ジッタさんの消しゴムでも、簡単な魔術の障りは消せるのだそうです。今回のアルテアさんのように、傷や痣などの消すべき部分が体に出ているのが条件ですので、今後有用かもしれません」

「…………は?おかしいだろ。何で消えるんだよ」

「それは、販売元に問い合わせていただきませんと………」




ネアの齎した情報により、魔物達は呆然と顔を見合わせてしまった。


握り締めて離さなかったのでシシィがくれた布見本をネアがうきうきと手帳に挟んでいる間に、リーエンベルクでは、休憩時間になったエーダリアも巻き込み、ジッタの消しゴムの能力検証が行われたようだ。




とても素晴らしい結果が出たらしく、その日の晩餐の席でのエーダリアは興奮気味であったが、対する魔物達はとても遠い目をしていた。


ネアは、今度また、ジッタの消しゴムが入荷したら、首飾りの金庫にはお手当用のものを備蓄しておこうと心に誓った。



なお、アルテアはその日の夜は屋敷に帰ったようだ。

とは言え翌日から二日は泊まっていったので、ノアは野生に帰らない使い魔に少し、銀狐問題への懸念を深めたらしい。



















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