13 . 赤い薔薇にも歴史があります(本編)
かたんと小さな扉が開いた。
ネアはその中を覗き込んで目を丸くする。
ヒルドは昨年の薔薇の祝祭で、覗き絵の魔術を敷くことでここではないリーエンベルクの庭を見せてくれる扉を開けてくれたが、今年はノアが趣向を凝らすと聞いて、こちらも変えてみようと思ったらしい。
昨年の場所も気に入っているんですよと微笑んだヒルドが開いたのは、見たこともない天球儀と夜空の部屋だった。
「ほわ……………」
「そのまま進んでいただいても構いませんが、上を見ていると足元がおぼつかなくなりますので、お手を預けていただいても?」
「……………ふぁい。素敵すぎて、喜びに弾む体力ごと奪われ、呆然としています…………」
「おや、それは光栄ですね。やはりこの部屋は気に入っていただけましたか」
そう微笑んだヒルドは、ばさりと羽を振るうとこの部屋に立ち並んだ大木の幹くらいもある鉱石と同じくらいの光を宿した羽をふわりと広げた。
ぼうっと光るのは鉱石ばかりではないのだと、ネアはそんな妖精の羽の美しさにも見惚れてしまう。
このような夜の中で、朝陽を透かしたように煌めく妖精の羽は、そっと伸ばした手で触れたくなる。
そして、そんなヒルドが佇むこの部屋の全てが、例えようもなくネアの目を奪った。
(………………凄い)
花々が咲き誇る空間にもおとぎ話めいた美しさがあるが、ここは、一目で魔法の物語の中の世界だと確信に至る空間に違いない。
大きくて特別な、そして何よりも不思議な天球儀が部屋の中央に置かれ、触れれば壊れてしまいそうな硝子めいたその作りの内側に、たくさんの夜と星屑を蓄え、更には素晴らしい赤薔薇までが咲いている。
天球儀の中の夜にぼうっと赤く輝くその薔薇は、この場所から見ても溜め息を吐きたいくらいに美しい。
胎動するように光の強さを変えていて、夜の真ん中で真紅の光が脈打つようだ。
(薔薇の輝きが弱まると、天球儀の中の星屑の光が強くなるんだ…………)
足元はどこまでも続く草原になっていて、そのあちこちには、木の代わりに鉱石が生えているようだ。
古くなり倒壊したものか、地面に崩れて粉々になってしまっているものもあるが、そんな欠片がまた、夜空の星々を映してきらきらと光る。
草間に煌めくその欠片までが、堪らなく美しい。
「天球儀の中の夜と、お空の夜の色は違うのですね…………」
「ええ。天球儀はあくまでも、この部屋の夜空をどう動かすかの羅針盤のようなものに過ぎません。ここは、あの聳え立っている流星結晶を蓄える為の部屋ですから」
「…………となると、結晶の柱は生えているのではなく、あのように保管されているのですか?」
「流星結晶は、星を湛えた夜空にさらしておかないと劣化しますが、大きな魔術を動かす際には何かと有用ですからね。とは言え夜空の質が悪いと流星結晶まで質が落ちてしまい、管理が難しい魔術資源の一つなんですよ」
「…………あの結晶の柱の為に、天球儀を用いて、この夜空のお部屋を作ったのですね……………」
ほけっと夜空の天井を見上げてしまい、ネアは慌てて首を振った。
今年は新婚の薔薇を渡すくらいなのだから、女性として優雅な姿も見せつけなければ。
だがどうしても、この美しい部屋に目を奪われてしまう。
(それにしても、保管庫でこんな風になるなんて、やっぱりリーエンベルクは凄い……………)
「この部屋は、統一戦争の後で修復されたり再現されたりしたのでしょうか?」
「いえ、ここは統一戦争の際にはリーエンベルクが部屋があることを隠したようですね。ヴェルリアはウィーム王族の全てを洗い出す為の術式を敷いたそうですので、残念ながら内側に残った人々を守る事は出来ませんでしたが、その代わりにこうしてリーエンベルク内の要所を守り、相応しい担い手が戻るまでは扉ごと隠していたようです」
その言葉に、ふっとあの炎の色が瞼の裏に蘇った。
ヴェルリアが敷いた認識と探索の魔術を恐れ、ウィーム王家の人々やその血を引く人々は、決して国内のどこかに身を潜めるようなことはしなかったという。
ヴェルリア側の王家の血をその最後の一人まで滅ぼすという意志は明白であり、逃げ延びた者の為に戦争が長期化し、関係のない人々の命が失われることを防ごうとしたのだ。
あの時にネアが見た人達は、誰も生き残れなかったのだろう。
けれどもこうして、稀少で美しいものを守り抜くだけの力を蓄えたリーエンベルクに、彼等の叡智が残されている。
「これは、生き残ってくれたものなのですね……………」
「ええ。この部屋は、エーダリア様がリーエンベルクに暮らすようになり、比較的早く姿を現したようです。けれども、ネア様がこちらに来られてからはこの扉が常に見えているそうですので、住人が増えたことを喜んでいるのでしょう」
そう言ったヒルドが結晶の柱に触れると、流星結晶は喜びを示すようにぼうっと光を強めた。
ネア的には、ヒルドのような妖精が訪れてくれるのも嬉しいのではないかなと、こっそり微笑みを噛み締める。
「歓迎されておりますから、安心してこちらでお寛ぎ下さい」
「まぁ!可愛らしいテーブルセットがあります!…………夜水晶のテーブルですか?」
「ええ。この部屋に元々あるものですが、夜空の最も美しいところに移動させて貰いました。これだけの質のものは、近年あまり発掘されません。このテーブル一つを取っても、この部屋が隠してくれて良かったと思わざるを得ませんね…………」
「ふわ。…………指先で触れると、チリリと音がしました!綺麗ですねぇ…………」
喜んだネアが小さく弾むと、部屋の天井の夜空がしゃりんと流れ星の軌跡を描いた。
ヒルドが、これは部屋が喜んでいる印なのだと教えてくれて、ネアはますます嬉しくなる。
そっと大切に夜水晶の椅子に腰掛け、さわさわと夜風に揺れる下草を踏まないように爪先を彷徨わせると、微笑んだヒルドが、足を下してもいいと言ってくれる。
これは一種の敷物なので、踏んでしまっても損なわれないのだそうだ。
「こんなに素敵なものが敷物だとなると、敷物聖人さんが敷物を大事にするようにと荒ぶるのも、少しだけ分かってしまいますね………」
「…………あの日の事はなかなかに忘れ難いですね…………」
「ゼベルさんから、被害者の騎士さん達はお風呂上がりだったので、助けようとした側にも甚大な精神の負荷がかかったと教えて貰いました…………」
珍しくちょっと遠い目をしたヒルドが、この話はやめましょうと言い、ネアはこくりと頷いた。
誰しも、悲しい記憶には蓋をしたいのだ。
きゅぽんと音がして、ヒルドが開けたのは小さな魔術の飾り箱だ。
何だろうと思ってわくわく見守っていると、細工の美しい小箱の中から、美しい薔薇の絵付けのあるティーセットが取り出され、ヒルドが丁寧に紅茶を入れてくれる。
贅沢にも角砂糖の代わりに薔薇菓子を添えてあり、ネアはその甘さと香りを楽しんだ。
昨年飲んだミミッタのジュースも美味しかったが、確かにこの風景の中では、紅茶がしっくり来るような気がする。
「なんて美味しい薔薇の紅茶なのでしょう!苦味や酸味が残らずに、甘さがふわりと残るのでとても飲みやすいですね…………」
「これは、幸福な薔薇達からのみ、花びらを貰い作られたものなのだそうです。リノアールの中にある紅茶の専門店からリーエンベルクで使うものを仕入れておりますが、店主は薔薇の系譜の妖精の夫婦でして、特に薔薇の紅茶は種類がありますよ」
「だから、こんな美味しい紅茶もいただけるのですね……………」
そう微笑んだネアに、ヒルドが微笑みを深める。
僅かに天井の夜空を仰ぐようにすると、瑠璃色の瞳に夜空が映った。
「朝食の席では、ネイと色々な会話をされたようですね。…………先日から少し考え込む様子がありましたので、気にかけてはいたのですが…………」
「……………何かあったのですか?」
「…………ヴェルリアのとある辺境伯の屋敷で、歌乞いの魔物が解任され崩壊する事件がありまして。歌乞いは辺境伯の次女だったそうですが、契約した魔物が、花蜜だけではなく他の小さな魔物を食べることを知り、嫌悪感から突き放したようです。…………ネイは、その報告をエーダリア様が受けている時に、膝の上におりましたからね」
「狐さん的な…………」
「あの姿だと、感情の動きが分かりやすいものですから」
(だからノアは、失望されたくないと思ったのかしら……………)
結果としては薔薇の秘密の暴露を経て大事にされただけであったのだが、そんな怖さを抱く気持ちは、ネアにも少しだけ分かるような気がした。
大事になればなる程、執着は増してゆく。
そうして、その日々がひと時の恩寵ではなく日常になると、積み上げられた失点がいつか自分の足元を崩すかもしれないと考えることもある。
「……………ヒルドさん、私はとても強欲な人間なので、一度与えられたものは失われる筈などないと頑固に信じているのですが、もし、これまでの日々やこれからの日々でちょっと目に余ることがあれば、がっかりする前に指摘してくれますか?」
「おや……………」
ネアがそろりとお願いしてみると、ヒルドは微かに瞳を瞠る。
「ノアに便乗して、ここが大好きだと主張してしまう、強欲な人間なのです…………」
「……………ネア様」
静かに伸ばされた手が、そっとネアの頬に触れた。
男性であるヒルドにこんなことを思うのは失礼かもしれないが、こうしてヒルドが触れると、ネアは、時々母親の手のひらの温度を思い出す。
そこには慈しみや愛情がひたひたと滲み、何があっても子供を守ろうとしてくれる確かな強さを、子供心にも感じたものだ。
星々の影が滲むような微笑みを浮かべ、ヒルドは瑠璃色の瞳を細める。
どこか満足げなその翳りに、ネアはふと、人外者達は共に在ることへの執着を何よりも喜ぶのだと思い出した。
(でも、自分に興味のないものであれば、それこそ悍ましいものでも見るように払いのけるのだわ………)
だからこそ、その落差を知る時にはどれだけの残酷さだろう。
彼等は人間を残酷なものだと言うけれど、多くを得られる存在として手の中のものをふるいにかけるのは、人外者とて同じこと。
「あなたはご存知ないでしょうが、そうして不安を覚えていただくことに、妖精は密かな喜びを見出すものです。妖精もまた、我が儘な種なのでしょう。一度捕えたものを手放すことなど考えてはいないのですから、どうかずっとここに………………」
「ふぐ……………。そう言ってくれると知っていながら、手放す気もないのに、今ならノアの会話の流れで再確認出来るかなと訊いてしまいました…………」
「おや、そのような顔をされずとも、そうしていただけると私は嬉しいですよ。都度あなたの執着を確認出来る訳ですから。…………ですが、確認を必要とすることでご負担をかけますから、あまり貪欲に望めるものではありませんね」
(だからなのだろうか……………)
ネアがこの家を大事に思い、この家であればとこんなにも深く愛せるのは、彼等の持つ喜びや執着が、ネアの形のどこかにぴたりと嵌るからだろうか。
人外者達の酷薄さと情深さの比率は、人間としては少し歪なネアの心に丁度いい。
ゆっくりと立ち上がったヒルドが、ネアの方に歩いてくると、ふわりと椅子の上から抱き上げられた。
優しい妖精は、頬に手を添えるだけではこの人間は満足しないかもしれないと思ったのか、愛情深くネアを抱き上げてあやすことにしたようだ。
抱き上げ方が子供用なので、ちらりと、幼児化させられた時の後遺症ではあるまいかと思ったが、それは不都合な真実であったので、ネアはぱたりと蓋をした。
(少しだけ、ディノに似ている……………)
今のヒルドの瞳に滲むのは、喜びなのだと思う。
それは、ディノがネアに向ける眼差しに滲む、弾けるような喜びや安堵や愛情の煌めきの色を少し垣間見せ、かさかさだったネアの心は、そんな無垢な喜びに触れる度、息を吹き返す。
「こんな言葉では説明しきれませんが、私にとってヒルドさんやエーダリア様は、家なのです。………このリーエンベルクでこれからも皆さんと一緒にいられる、その家そのものの意志のようで、私が………そしてノアも、ずっとここで暮らしたいのだと甘えてしまうのは、やはりお二人に対してなのでしょう…………。私がしつこく確認してしまっても、こんな風にヒルドさんが大事にしてくれるので、その度に幸せな気持ちになってしまいます…………」
リーエンベルクに暮らし始めたのは、ヒルドの方が後からだ。
それでも尚、ネアはこんな風に感じてしまう。
それはやはり、エーダリアの隣に立ち、彼の領域を守る者はヒルドやダリルだからという認識によるものなのだろう。
「今回、このように確認をされたのは、ディノ様の伴侶になられたことが理由でしょうか?」
「…………それもあるかもしれません。何某かの恩恵を差し出せていたとしても、私とディノだからこその不利益や騒動も、きっと多いでしょう。ディノの伴侶になって、私のぐうたら度も増しているかもしれません。…………おまけに今日は、スコーンを四個も食べてしまいました…………」
「あなたがリーエンベルクに来たからこそ、私はここで暮らせるようになったのに?」
「…………甘やかしてくれています」
「ええ、甘やかしますとも。あなたは私の庇護する、大事な方ですからね」
「ふぎゅ。ノアに次いで、私まで泣かされてしまいそうです……………」
「では、薔薇を差し上げることにしましょう。感涙の姿も捨てがたいですが、ネア様には、笑顔でいて欲しいですからね」
まるで当たり前の儀式のように、口付けを一つ落とし、ヒルドはそう微笑む。
唇に触れた優しい温もりは、ネアの胸の中に大事にしまわれている家族という言葉をほこほこに暖めてくれた。
ネアを敷物だという草地に下すと、ヒルドはどこからか見事な赤い薔薇の花束を取り出し、優雅な妖精らしい所作でネアに渡してくれた。
一本に結んだ孔雀色の髪がさらりと揺れる。
その芳しい薔薇の香りとしっとりとした花の重みに心を弾ませ、ネアは今年の花束を受け取った。
「何て素敵な薔薇なんでしょう。花びらが天鵞絨のようです!」
「ロクサーヌ本人が幸福な今、彼女の薔薇は年々美しくなっておりますからね」
「ふふ。第五王子様のことが、可愛くて仕方がないのですよね?」
「ええ。愛する者の為に紅薔薇のシーが咲かせた薔薇を、私もこうして愛する者に贈ることが出来る。…………ロクサーヌと出会った頃のことを思えば、感慨深いものがあります」
「…………む。そう言えば、ヒルドさんは王宮でロクサーヌさんと出会ったのですよね………?」
「ええ。ヴェンツェル様の初恋ですからね。………日に何度、ロクサーヌの薔薇の庭の周囲を、用もないのに歩かされたことか……………。あの頃の私はまだ彼の代理妖精ではありませんでしたから、あまり自由な時間はなかったのですが、その時間の殆どを、ロクサーヌに声をかける為の同伴者として使い切られたことがあります……………」
若干虚ろになった声音に、ネアは、あの超然とした様子のヴェンツェルにも幼い恋にじたばたした時代があるのだと、微笑ましい気持ちになる。
ヒルドの時間を削ってはしまったにせよ、その時間は、当時のヒルドの置かれていた場所に吹き込む健やかな風のようなものだったに違いない。
貰った赤い薔薇をくんくんし、ふくよかな香りにまた喜びを噛み締める。
かつてヒルドが置かれた環境について思うと、ネアはこんなに美しい妖精を苦しめた日々に胸が苦しくなってしまう。
だからこそ、今は共にいられることの安堵を浮かべてしまうに違いない表情を、少しだけ隠したのだった。
「……………そう言えば、ノアが、ヒルドさんの為に毛玉のお守りを作ったそうですよ」
「……………ネイが」
「ええ。ノアは王宮があまり好きではありませんから、本日の訪問はガレンが主な目的地とはいえ、王都に行く以上は守護を鉄壁にするのだと頑張って作ったようです」
「…………なぜ彼は、他に幾らでも作りようがあるのに、あの種のお守りを好むのか…………」
そう呟き、ふうっと息を吐いたヒルドだったが、呆れたような顔をしてみせてもその瞳は優しい。
ヒルドだって、そうして守られることで感じる安堵や喜びがあるのだろう。
(かくなる上は……………!)
「新開発の、後ろからもよく見える、きりんさん帽子を持ってゆきます?」
「……………滅ぼしてはまずい者もおりますので、それは遠慮させていただきましょう。ですが、お心遣いは嬉しかったですよ」
「い、色々なきりんさんの姿を描いた、きりんさんカードもあるのです。全部で五十枚セットなので、あちこちにばら撒ける爆撃符のようなものですが、そちらなら…………」
自分だって大事な妖精を守るのだと足踏みしたネアに、ヒルドは困ったような優しい微笑みを浮かべ、そのカードは受け取ってくれることになった。
カードはまっさらな青い小箱に収められており、両面を絵柄にしてあるのでいざという時に裏だったという悲劇は起こらない。
また、回収の手間を省く為に、持ち手が望むタイミングで燃えてなくなるという効果を、ダリルに相談して添付済であった。
「…………という事は、ダリルは既に?」
「はい!これは難しい仕掛けはないので、既に実用化済です。ダリルさんと、ウォルターさんが持っていまして、リーベルさんは現在ガーウィンの状況が少しきな臭いということで、あまり持たせたくはないけれどと、特別に一枚だけ付与されています」
ネアの報告に頷き、ヒルドは、だから最近は暗殺者や襲撃者が残っていないことが多いのだろうと得心していた。
丁寧な彩色で表現されたきりんカードは撃滅効果が高く、獲物の体が一瞬で塵になってしまうことも多い、なかなか過激な武器だ。
以前は必要とされた、襲撃者を葬ったもののその遺体の処置に困るという問題も解決されているようだと聞けば、なかなかエコな商品でもあると自負出来そうな次第である。
襲撃を企てる者達は、実行犯の亡骸からこちらに侵食魔術を繋げたり、呪いなどを染み込ませたりすることもあるので、後始末もなかなかに難しいのだ。
「エーダリア様には、ぞうさん、獏さん、きりんさんの三種ボールと、ぱらぱらきりん札、更にはさりげない攻撃が可能な、きりんさんフレームの眼鏡などを渡してありますからね」
「………………おや、眼鏡まで」
「はい!ただの眼鏡のフレームにちびちびきりんが描かれていますので、かければ対面する敵はいちころですし、悪い魔術書を覗き込む時にも有用です。さりげなく装着出来るので、相手に気付かれないように仕掛けるのにもってこいなんですよ!発案者はダリルさんでした!」
「……………ネア様の武器の有用性の最たる要素は、魔術が紐付かないところですからね。自然に使えるものであればある程に、その効果は絶対的になる…………」
「ふふ。私の大事な方達を困らせるやつなど、生かしてはおきません!」
素敵な部屋でうっとりとした時間を過ごし、ヒルドに甘やかして貰って美しい薔薇を貰っただけでなく、しっかりと新作の武器まで手渡せたネアは、大満足で会食堂に戻った。
「ウィリアムさん!」
そこには、この後の時間を共に過ごすウィリアムが、ディノ達とお喋りをしながら待ってくれていた。
ネアの声に振り返ってにっこり微笑んだが、なぜかその眼差しが虚ろだ。
「ネア、…………その、………贈与用に、きりんの裏地のコートを開発しようとしているのか?」
「まぁ、聞こえてしまいましたか?コートをばっと広げるだけで攻撃が可能なので、皆さんへの贈り物的装備としてなかなか悪くないかなと思ったのですが、布を織る際に関わる妖精さんが滅びてしまうそうで、残念ながら廃案になりました」
「……………そうか。ほっとしたよ」
心底安堵したようにそう微笑んだウィリアムの後ろで、ディノとノアもふるふるしながら頷いている。
実用化されたら容赦なく着せてしまおうと考えていたネアは、魔物達にはその企画を話していなかったので、知ってしまって怖くなったようだ。
「では、私達はそろそろヴェルリアに向かわねばだな」
「ネイ、あなたは約束があったのでは?」
「まぁね。…………でも、何だかそんな気分じゃなくなったかもなぁ」
「……………ヒルドからも言ってやってくれ」
「ネイ、当日にお断りを入れるのはどちらにせよあまりにも失礼ですが、先方に連絡はされたのですか?」
「…………………ありゃ」
冷やかにそう告げたヒルドに、ノアはさっと目を逸らした。
この様子では、ドタキャンしようとしていた可能性すらある。
「ノア、いけませんよ!大事な家族がまた刺されたり燃やされたりしてしまうと悲しいので、どうか紳士的な対応をしてあげて下さいね?」
「うーん、断ると怒るからなぁ…………」
「だからこそではありませんか………………。もういい大人なのですから、きちんとして下さい。それとも、きりん…」
「うん!そうだよね、僕はちょっと出かけてこようかな!………あ、エーダリアとヒルドはこれを持って行くようにね。僕の渾身のお守りだから!」
「…………また毛玉なのだな…………」
「そりゃそうだよね。僕の一部だから、かなり効果がある筈だよ。シル、断ってくるだけだから、早めに帰るから!」
「刺されてしまわないようにね…………」
そそくさと出かけてゆく塩の魔物を見送り、毛玉のお守りを持たされたエーダリアとヒルドは、それぞれの手の上をじっと見ている。
ただの銀狐の毛玉にしか見えないお守りに、ネアは、アルテアがいない時で良かったなと思うばかりだ。
ネアは、ヒルドから貰った赤い薔薇の花束をディノとウィリアムに自慢すると、こちらも出かけてゆくエーダリア達を見送った。




