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夜のスケートと氷上の靴跡




この季節のウィームの川は、最後のスケートを楽しむ領民達で賑わう。



昼間は子供達の姿もあり賑やかだが、夜のスケートとなると、淡い魔術の火が透明度を増した氷上に揺れ、何とも幻想的でどこか儚い印象である。


冬の最盛期には青白く分厚かった氷は、まだ充分にスケート客達を支え切れる厚さではあるものの、川底に光る結晶石の光などを通すようになってきた。


スケート客の中には、そんな煌めきを気に入っており、この時期を選んで訪れる者達も多い。



「……………ふは!」



手前の入り口から凍った川に降りたネア達は、既にここ迄で一滑りを終えている。

僅かに熱くなった呼気と、胸の中いっぱいに吸い込まれた冬の終わりの夜の冷たさが混ざり合う。



「楽しかったかい?」

「はい!やはり、風を切ってびゅんと滑ると、堪らない気持ちの良さですね。胸がいっぱいになる夜の景色の中で、おまけにお目当てのホットミルクの屋台もやっていたので、とても素敵な夜です」

「買ってきてあげるよ。一つでいいかい?」

「まぁ、ディノが買ってくれるのですか?」

「うん。そう約束しただろう?」

「ふふ。私には、スケート場でホットミルクを買ってくれる素敵な伴侶がいるのだと、あらためて幸せな気持ちになってしまいますね」

「……………ずるい」



魔物は少し弱ってしまいながらも、ネアのお気に入りの屋台で、ラベンダー蜂蜜のホットミルクを買ってくれた。


最近判明したのだが、どうやらこの魔物は、一度訪れた事のある屋台での買い物は怖くないらしい。

その代わり、初めましての屋台だと、お買い物可動域もスタート地点に戻ってしまうのだ。


ただし、店主から世間話を振られてしまうと、二度目のお店でも弱ってしまう儚い生き物だ。




「君の好きなものだよ」

「ディノ、買ってくれて有難うございます!…………ほこほこしていて、紙カップを持つだけで幸せになってしまいますね」



実はこの屋台のホットミルクの容れ物には、悲しい歴史があるのだそうだ。


とても人気の屋台なので、店の主人が、ホットミルクの容れ物を少し割高な陶器のマグカップにした事がある。

ウィームのスケート場には観光客も訪れるので、欲しい人は持ち帰れる仕様にしたのだ。

ここ迄はウィームの街中にも多い仕様であるし、マグカップを返却すればその分のお金は戻されるので、価格的に問題は起きなかった。



だが、街歩きと違って、スケート靴での移動となると、足元はいささか不安定になる。

うきうきとマグカップを持ち帰りにしたものの、思っていたより邪魔になってしまい、自分でお持ち帰りにしたくせに荒ぶる人外者が続出したらしい。


人間目線ではたいへん迷惑な話だが、荒ぶる人外者に屋台を襲われる危険を回避する為に、結局、マグカップ販売は中止になってしまった。


その代わり、川のスケート場のホットミルク屋台の記念マグカップは、リノアールの食料品売り場や、ウィームの中央市場でも買えるようになっている。




「……………はふ」



あつあつのホットミルクを一口飲み、ネアは、幸せな甘さにふにゃんと蕩けそうになった。

ほんわりとした優しい甘さなので、飲み続けている内に最後の方で甘くて嫌になるという事もないあたり、やはりこの屋台のご主人はホットミルク職人である。



びゅおんと吹いた風が髪の毛を靡かせ、カップの上にほこほこと浮かび上がった湯気を、夜空の星たちの方に巻き上げてゆく。


今夜はとても穏やかな夜だが、時折、強めの風が吹くようだ。


川沿いの木々の根元には、水仙が満開になっているのがこちらからもよく見える。

冬と春の合間の季節らしい彩りは、ぼうっと燃える花蜜など、夜になるとその幻想的な様相を強めていた。



(わ、………とっても綺麗だわ…………)



ネアは、ひらりと翻る薄物だけでスケートを楽しんでいる氷の妖精達を眺め、淡い青色の羽に煌めく川沿いの灯りの美しさをこっそり堪能しつつ、ホットミルクを美味しくいただくことにした。


五人組で楽しそうにお喋りをしながらスケートをしていたその妖精達は、自分達を凝視してくる人間からの視線に気付いてしまったものか、おやっとこちらを見た。

その結果、あつあつのホットミルクをふぅふぅして飲もうとしている万象の魔物を見てしまい、全員でよろめいている。



青灰色の髪色に擬態していても、類稀なる美麗な魔物が両手でホットミルク入りの紙コップを持っている様子は、周囲の人々もほっこりさせているようだ。



(もしかすると、お店の紙コップに、牛乳瓶と蜂蜜瓶の絵が描いてあるからかも………?)



その可愛らしいイラストと、美しい魔物のどこか稚い姿の対比には、ネアも、腕を組んでうむと頷きたいくらいだ。


だが、こちらの手にもラベンダー蜂蜜の入ったホットミルクのカップがあるので、残念ながらそのポーズを取るのは難しいだろう。

代替え案として、ネアは、こちらを見た伴侶ににっこり微笑みかけておいた。




「可愛い……………」

「……………むふぅ。やはり、この夜のスケート場で飲むホットミルクは格別ですね!」

「うん。…………飲む場所で、味を変えて出している訳ではないのだよね?」

「ふふ。確かにこのラベンダー蜂蜜のものはリーエンベルクでは出ませんが、きっと同じものを作っても、同じような味には感じないような気がします。少しスケートを楽しんで、その合間にいただく美味しさが加わっていますものね」




それは多分、食べ物や飲み物に執着のなかったディノが、これまでの日々では知らなかったこと。

そして、今やっと堪能出来ている日常の驚きや喜びなのだろう。



ネアがそう言えば、ディノは目をきらきらさせてこくりと頷いた。

そんな仕草が周囲の人々に、ラベンダー蜂蜜のホットミルクをとても尊いものに思わせたのか、ホットミルクの屋台にはあっという間にお客が殺到している。



ほこほこと湯気を立てるホットミルクは、晩冬とは言え氷の上で冷えた体を、じんわり内側から温めてくれる素敵な飲み物だ。

こくりこくりと飲み、空っぽになってしまった紙コップは、魔術が途切れてしゅわりと消えた。


こんな時、以前のディノは慌てて自分の物も飲み終えようとしていたが、今では、自分のペースで飲んでもいいのだと理解してくれていた。


だからネアは、まだホットミルクを飲んでいるディノの隣に寄り添い、川の向こうの街の灯りをうっとりと見つめていた。



ウィームの夜は美しい。


川の上から望む街並みは、宝石箱のような繊細さであるし、大聖堂の尖塔や美術館の建物などを、いつもとは違う角度からウィームの街並みを眺める事が出来る。



川沿いの店や家々に落ちるのは、街路樹の影とそこに住まう人外者達の煌めきだった。


紫紺に染まる夜空に星々が瞬き、凍った川の上を滑るのは人間だけではない。

妖精の羽が煌めき、不思議な魔術の光を落とす生き物もいる。

川の端には小さなもふもふの妖精や、謎の箒めいた生き物までスケートを楽しんでいた。




「ディノ、箒さんがスケート靴を履いているのですが……………」

「一足だけなのだね……………」

「むぅ。なぜに私の影に隠れてしまうのでしょう。さては苦手なのですね?」

「ご主人様……………」



ネアに、見慣れないおかしな生き物の存在を教えられてしまい、びゃっとなった魔物は、ホットミルクを飲み終えたのを幸いと慌てて羽織物になってくる。


ネアは、魔物を羽織ってしまった事で変化した重心に、つるんと転んでしまわないように慌てて両足にしっかり力を入れた。




(……………あ、)



夜空を切り裂くように、飛んでゆく竜の姿がある。


あの色合いは氷竜かなと考えたネアは、昨年起きた氷狼の事件のことを思い出してしまった。

危うくベージを喪うところだった事件だが、あれから一年経った今、氷狼に襲われた少年と氷竜の王女はどのように過ごしているのだろう。



先日の薔薇の祝祭の積み残しの事件もあり、ネアは、竜の宝というものについてあらためて学び直したばかりだ。


竜の宝を得た竜と言えばドリーを思い浮かべてしまうが、そう言えば、ネアが出会った頃のジゼルなどは愛する者を亡くした孤独な竜だったのだと、今更ながらにその苦しみを思う。


このウィームに暮らす人外者と言えば竜達だった時代もあり、リーエンベルクを出れば、ウィームにはやはり竜に関わる者達の姿も多い。


妖精達は隣人という立ち位置であるのに対し、今でも竜達は、もう一歩踏み込んだ家族や伴侶などの絆を結ぶ者も少なくはない彼等の、宝というものへの切実さを知ったのは随分後になってからだ。



「……………むぅ」

「ネア、どうしたんだい?」

「何やら最近、竜さんとその宝や契約の子供のお話をよく聞きましたので、アルバンの山での事件に出かけた際に、ワイアートさんを野生に返す選択をして良かったなと思ったのです」

「あの人間も欲しがらなかったからね」

「ええ。そう考えると、タクスさんのお人柄のお陰かもしれませんね。ワイアートさんがいなければ、リドワーンさんを寂しい竜さんにしてしまうところでした……………」

「そうなのかい……………?」




不思議そうに目を瞬いたディノに、ネアは重々しく頷いた。


ウィームの街を流しているとよく見かけるその二人は、違う竜種であることを踏まえれば、かなりの仲良しだと言えよう。



「私の推測ですが、恐らくあの二人は、竜の宝な感じなのではないでしょうか」

「え……………」

「かなりの頻度で一緒にいらっしゃいますし、リドワーンさんなどは、海を離れてウィームの街で暮らすという大きな決断を下しました。そこに、ベージさんやミカさんなどが一緒に居ることもありますが、やはりこの二人の一緒率がかなりの高さと言わざるを得ず……………」

「……………一緒に活動をしているだけではないのかな?」

「活動……………?」



こてんと首を傾げて、ネアがそう呟いた時のことだった。



どこか遠くで、ぎゃーっという悲鳴が響き、夜のスケートを伸びやかに楽しんでいた人々が、ぎょっとしたように顔を上げる。


ネア達も、これはもう雪熊でも出たのだろうかと目を瞠ってそちらを見た。

スケートを楽しむ川は森林部にも面しており、時折スケート客や凍った川を通勤路にしている魔術師などが、森から出てきた生き物に食べられてしまうのだ。



「……………なにやつ」



しかし、その視線の先に現れたのは、まず間違いなく熊ではなかった。


タオルハンカチ風の雷鳥もいるので断定は出来ないが、きらきらしたレースのショールのような生き物は、どんなに頑張っても鳥類だと思われる。


ネアはさっとディノの袖に掴まり、ショール風ながらも生き物であるらしい生き物を、この魔物は知っているだろうかと見上げた。



「氷靄の妖精だね。……………となると、主人の氷靴の精霊が近くにいるかもしれない。ネア、もし氷の上に不自然な靴跡を見付けても、決してその跡を辿ってはいけないよ?」

「むむ、不自然……………?」

「足跡の持ち主が手負いに見えるようなものだったり、靴跡がとても乱れていたり、後を追いたくなるようなものを残す精霊なんだ」

「その精霊さんは、良くないものなのですか?」

「主に同族の精霊を喰らうものだけれど、人間も食べると聞いている。知るということの対価に獲物を狩るから、足跡を辿りさえしなければ問題ないだろう」

「…………例えば、足跡には気付かずにその先に踏み込んでしまった場合は、どうなるのでしょう?」

「その場合は、氷靴の精霊には会うかもしれないけれど、魔術上での対価は取られない。無理な狩りをする精霊ではないから、食べられてしまうことは少ないのではないかな」



そんなものがいるのだと驚きながら、ネアはこくりと頷いた。


この世界は、不可解な生き物達を知るディノのような頼もしい魔物がいなければ、あちこちにそうした危険が潜み、足を取られかねない場所なのだろう。


得体の知れない不穏な様相の足跡とくればホラーの鉄板でもあるので、ネアは多分、奇妙な足跡を見付けてもその先には行かない。


だが、心優しい人や、正義感の強い人、或いは好奇心旺盛な人など、足跡を辿ってしまいそうな人間もきっと多い。



「因みに、あの妖精さんも何かをするのでしょうか?」

「氷靴の精霊の足跡の先に、姿を現す事が多い者なんだ。すると、風に舞うショールの様に見えるので、ますます獲物を呼び込みやすくなるらしい。あちらの妖精の方は、獲物が体に触れるのを許す代わりに、その場から動けなくするのだそうだ。主従で力を合わせて獲物を狩るのかもしれないね。それぞれに対価と犠牲を司る、グレアムの系譜の生き物達だよ」

「まぁ、グレアムさんの系譜の方々なのですね……………」



だからディノも詳しかったのだと、ネアは頷いた。

もう一度レースのショールのような生き物を見てみれば、どうやらそんな氷靄の妖精は、本人が意図しない騒ぎに巻き込まれたようだ。


わぁぁぁという声が聞こえてきて、ネアは最近こんな雄叫びを聞いたなと首を傾げる。


(……………あ、傘祭りだ)



そうなるとウィームでは珍しいものではないのだが、氷靄の妖精は堪ったものではない。



「ディノ、……………氷靄の妖精さんが、あのショールが欲しいという妖精さん達と、研究の為に捕まえたいと荒ぶる魔術師さんに追いかけ回されています……………」

「……………うん。捕まってしまうのかな」

「虫取り網のようなもので捕まえるのですねぇ……………」



最初に遭遇してしまった人物は、いきなり生きたショールに遭遇して悲鳴を上げたようだが、幸い、どちらかと言えば捕食者側の気質となる人々が多いウィームでは、困った騒ぎにはならないようだ。


後はもう本人達に任せておこうぞと、ネアは、そっと氷靄の妖精から目を逸らした。




「ディノ、あの木の辺りまで滑りましょう!」

「うん。転ばないようにするんだよ」

「はい!」



ネアのお気に入り薔薇色のスケート靴は、ノアからの贈り物で素晴らしく頑強だ。


刃の部分は澄んだ輝きが美しく、履き口はたいそう柔らかい。

こんな素敵なスケート靴な足元には何の不安もないのでと、ネアはしゃっと氷を蹴った。


やはり刃の部分の性能がいいのか、それともネアが上手過ぎるのか、するすると滑り出す動きは滑らかだ。

もう一度氷を蹴ればぎゅんと加速が付き、頬を撫でる夜風の冷たさが心地よい。


一度試してみたかったが、雪熊対応の猟銃はネアの可動域では扱えないので、もし熊に襲われた場合は、隣の魔物がどうにかしてくれるらしい。


猟銃を肩にかけて凛々しい装いでスケートをする機会はなくなったが、安心して滑れるのが一番だろう。



動き出せば河岸の景色が滲むように流れ、また何とも美しい。




「……………ぎゃ!」



しかしネアは、目的地の三分の二ほどまで滑ったところで、慌てて急停止した。


少し先に、なぜここで呑気にスケートを楽しんでいるものか、明らかにスケート場で浮いている聖職者の装いのリシャード枢機卿らしき御仁がいたのだ。


いきなり急停止したネアに驚き、スケート靴を履いているとは思えないくらいに軽やかに足を止めたディノが、すかさず腕の輪の中に入れてくれる。


スケート靴で踏んでしまうといけないので、あわわとなったところで、こちらに気付いて顔を上げるリシャード枢機卿の姿が見えた。



一瞬意外そうに目を瞠ったが、ふっと微笑みの形に吊り上がった口元に、ネアは小さくぐるると唸る。

リシャード枢機卿だけではなく、その隣にはどこかで見た神父までがいる。



「これはこれは、思わぬところで」

「立ち去り給え」

「やあ、久し振りですね」

「むぅ。なぜに揃っているのだ。せめて、噂の竜の騎士さんであるべきです」

「竜なんて……………」



聖衣にスケート靴というアンバランスな装いの二人は、明らかに浮いているリシャード枢機卿ことナインと、こちらは周囲に溶け込むのがお上手なアンセルム神父であった。


なぜこんなところでスケートをしているのだと眉を顰めていれば、にっこり微笑んだアンセルムが、凍った川の上に繰り出した理由を説明してくれる。



「実は、僕がうっかり大事な書類を一枚、この辺りに落としてしまいまして。勿論、今回は公務で訪れていますので、ウィーム滞在の許可は取っていますよ」

「……………たいへん疑わしいと言わざるを得ません。恐らく偽装工作です」

「だろうな。こいつはスケートがしたいだけだ」

「はは、嫌だなぁ。だから、書類を見付けるまで監視するって付いてきたんですか?」

「寧ろ、それ以外に理由などあるのか?」

「そう言いながら、ナインは、僕じゃなくて上手く滑れないスケート客ばかり見ていませんか?お互い様だと思うなぁ」



何だか冷ややかな目で微笑み合いながらも、案外仲良しなのかなという死の精霊の二人から視線を外し、ネアは困惑した様子のディノと顔を見合わせた。



「ただのスケート客のようですので、気付かなかった事にして通り過ぎましょう」

「それでいいのかな…………」

「では、ぎりぎりの礼儀の範囲で、一言だけご挨拶をしておきますね」

「ご主人様……………」



ネアはここで、面白がるようにこちらを見ているナインと、おやっと眉を持ち上げたアンセルムに、淑女の微笑みを浮かべて一番無難な挨拶を捻り出した。



「ご無沙汰しておりました。ごきげんよう」

「うーん、再会から別れまでを随分と短く収めましたねぇ」

「…………良い夜だ。伴侶に歌ってやらないのか?」

「ぐるるる!」



ネアは最後にナインに向かって力一杯威嚇し、ぷいっとそっぽを向くとディノの袖を引っ張った。

夜の中でも光を孕む水紺色の瞳を見上げ、こんな精霊とはおさらばなのだと視線で訴える。



「この子が歌ってくれるのだとしても、それは私が得るべきものだ。どうして君から提案があるのだろう?」

「ご不快にさせたなら申し訳ありません」



さすがに歌については聞き流せなかったものか、ディノがそう指摘する。


長身を優美な仕草で屈め慇懃に頭を下げたナインだが、ネアはそろそろ察していた。


この精霊は、その場では引き下がっても、結局のところ懲りないのだ。

どうせまた、次に会う時には同じような事になるのだろう。



「……………ふむ。どうせまた同じような事になると予測しましたので、であるならば、一度の接触時間を削る方向でゆきましょう。さようならです」



きっぱりとそう言い、ネアは後ろから腕の輪の中に入れてくれているディノをそのまま引っ張り、ぐぐっと氷を蹴った。



「ごきげんよう、レイノ。次は、この、君を怒らせる邪魔者がいない時に会えるといいですね」

「もう新しいグラタンを得たので、お会いしなくても…………」

「はは、レイノは可愛いですねぇ」

「…………お前も大概に、妙な趣味だな」




そんな声も、滑り出したネアの耳には遠く響く。

羽織りものな魔物も自分の力で滑り出してくれたので、二人はまた、夜の川でのスケートを心ゆくまで楽しんだ。





後日に判明した事によれば、その場所にガーウィンの聖職者達がいたのは、とあるウィームの大聖堂の教会騎士の監視でもあったらしい。


その騎士は、なかなか高位の妖精に内側から侵食されている恐れがあり、出方を窺う為に、そして可能であればその妖精を穏便に追い出す為に、あのような接触を図っているところだったのだとか。



ウィーム側でもその作業を彼等に委ねておきたい為、今回は、アンセルムも含めての来訪が特別に許可されていたそうだ。



件の妖精は、枢機卿を見付けてお近付きになろうとしたところで、その騎士から引き剥がされてどこかへ収監されている。

冬眠を司る妖精だったらしく、気に入ったウィームを立ち去るのを嫌がり、出ていかなくてもいい騎士の体を寝ぐらにしようとしていたのだとか。



リシャード枢機卿の手駒でもあったらしい教会騎士は、幸いにも、体を乗っ取られながらもすやすや寝ているだけで無事だったようだ。

相手が冬眠を司る妖精だった事もあり、あまり害の無い侵食だった事が幸いしたのだと言う。




「その騎士さんは、もう大丈夫なのですね」

「だが、冬眠妖精に住み着かれた者は、その後は過食の障りに苦しむ事になるのだ。暫くは、その対策に注意を払う必要があるだろうな」

「まぁ、困った妖精さんです」



可憐な乙女にはとても恐ろしい情報だったので、ネアは、冬眠を司る妖精に出会ったら、何はともあれ人知れずそっと滅ぼしておこうと心に誓った。



今日も使い魔の作り置きパイを美味しくいただいているが、これは決して冬眠妖精の障りではない。
















過去の作品の手直しの為、明日3/26・明後日3/27と更新のお休みをいただきます。


本日よりTwitterでアンケートを取らせていただき、その結果を反映したお話を3/28に更新しますので、もし宜しければご参加下さい!

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