130. ほこりの高速お誕生日会です(本編)
「今日はほこりのお誕生日です。諸事情からほんの少しの滞在しか出来ませんから、全てを高速で行いますね!」
そんなネアの宣言と共に始まったのが、本年の雛玉の高速お誕生日会である。
輪の中心でどすんと弾んだ雛玉は、リーエンベルクで大切にされていた時と同じような白いふわふわで、最近は仲良しの白百合の魔物に近付く仇敵が現れたようで、とてもぴりぴりしているようだ。
「ピギ!」
「あのね、ジョーイが心配だから、ネア達と長く過ごせないのが、悔しいんだって」
「あらあら、そんな風に考えてくれる可愛い雛玉には、沢山の美味しいものを差し上げなければいけませんね!」
「ピ!ピ!ピ!!」
屈んだネアが丁寧に撫でてやると、やっと純粋な喜びに身を浸せたものか、ほこりはどすばすと弾んだ。
小石だと思いネアが拾ってきたものから生まれたほこりは、リーエンベルク生まれの星鳥だ。
今はもうシャンデリアの伴侶を得て、かつてはアルテアの城だったところで暮らしているが、どれだけ信奉者を増やしていても、祟りものを沢山食べてどれだけ階位を上げても、可愛いネアの名付け子なのである。
「ここにいる皆さんは、ほこりの味方ですからね」
「ピ!」
「おい、こっちを見るな………」
「ふむ。そちらは後見人さんですので、間違いなく味方です。可愛いほこりをもしその競合さんが虐めたら、きりんさんの刑に処すべきか相談してみてもいいかもしれません」
「その場合、跡形もなくなくなるだけだぞ」
「む?」
「…………そのつもりかよ」
「ほこりは可愛い名付け子で、そちらの方は可愛いほこりを不安にさせるのです。場合によっては致し方ありませんね」
そう言い切ってしまう残酷な人間に、アルテアはどこか呆れたような目をした。
エーダリアはぶんぶんと首を横に振って、安易な殺戮はいけないと主張しているが、ネアはそんな見知らぬ誰かの為の議論などぽいっとやってしまい、いそいそとほこりの為の贈り物を用意する事にする。
「ディノ、お願いしてもいいですか?」
「うん。……………ノアベルト、この子を頼んでもいいかい?」
「ネア、お兄ちゃんのところにいようか。ええと、祟りものを出すからだよね?」
「ほこりの為に狩ってきたのは、森で暴れていた美味しそうな祟りものなのですよ!」
「わーお。狩ってきたんだ」
「ダリルから、祟りものの出現情報を集めていたのは、それでだったのだな………」
祟りものが貰えると聞いて、ほこりはつぶらな瞳をきらきらさせている。
今回も満腹にしてからリーエンベルクを訪れているが、贈り物な祟りものは美味しくいただける範囲だ。
この部屋に集まっているのは、ネアとディノ、エーダリアとヒルドにノア、そしてゼノーシュ。
更には、後見人枠でアルテアも駆け付けている。
なお、騎士達とはレッドカーペット入場の要領でささっと挨拶を交わし、ほこりは、どすばす弾みながら沢山撫でて貰っての会場入りとなった。
どこからかディノが取り出したのは、塊ハムにも似た円筒形のものである。
これが、今年のネア達からの誕生日のお祝いなのだ。
「これです!」
「ピ!」
「おや、その祟りものでしたか」
ディノが取り出してくれたこの贈り物は、サラミの祟りもので、硬くて素早いので捕縛に時間がかかり、祟りものの討伐を依頼されたその土地の騎士達はかなり苦労していた。
どのような事情で祟りものになったのかは知らないが、このサラミは、人間は襲わないものの妖精と竜は決して許さなかったらしい。
人間の領域に被害を出さないのであれば本来は不可侵で良かったのだが、それでもと討伐依頼が出ていたのは、このサラミを作ったのが人間であったからである。
狩りたての竜を囮にして誘き寄せ、ディノが躓かせてくれたところを手刀で眠らせお縄にした時には、周囲で隠れて見守ってくれていた騎士達から喝采が上がったものだ。
そんな、ディノが差し出してくれた祟りものに、ほこりはぱくんと齧り付いた。
途端にみぎゃーと悲鳴が上がるので、エーダリアは真っ青になってしまう。
「わぁ、新鮮なままだね」
「ふふ、踊り食いですね」
「ピ!」
「……………おい、災いを落とさせるなよ」
「ピ?」
何とかほこりのお口に入るまではサラミの祟りものを手に我慢したディノも、手を離すなり逃げてゆき、ノアと抱き合って震えている。
ネアは、そちら側にそろりと移動しているエーダリアに首を傾げながら、むぐむぐごくんと祟りものを食べ終え、あまりの美味しさにごろごろと床を転がった雛玉を微笑ましく見守った。
「ピッ!ピ!」
「すごく美味しかったって。サラミの祟りものは、元々大好物みたい」
「まぁ、ほこりは、サラミの祟りものが好きなのですね。また見付けられたらいいのですが」
「ピ!………ピ?」
「………前に食べたのも、同じ味のサラミだと思うって」
「……む?……………もしや、同じ方が作ったサラミが、続けて祟りもの化しているのでしょうか?」
ネアがそう呟くと、エーダリアとヒルドがさっと視線を交わしている。
因果関係があるのなら放置は出来ないと呟いたウィーム領主に対し、ほこりは美味しいものが同じところから生まれたらしいと知り、きらきらと瞳を輝かせていた。
「ピィ」
「もしまた出るなら、討伐するって」
「おや、それは頼もしいですね。では、調査の結果次第で、ゼノーシュ経由で連絡いたしましょう」
「ピ!」
「捕まえるのは、ルドルフにやらせるみたい」
「わーお、白夜がサラミ捕獲かぁ…………」
「ピ!」
まだお口の中に美味しさの余韻が残るものか、どすんばすんと弾み回り、雛玉は部屋の中をくるりと回ったところで、がすっと後見人の靴裏で止められた。
「ピギ」
「おい、やめろ。齧るな!」
「ピ?」
「………これも祟りものだって言ってるよ?」
「魔術隔離用に、祟りものにした竜で作ったからな」
「ピ!」
「食い物じゃないんだぞ!」
ほこりの弾丸お誕生日会の会場は、リーエンベルクの外客用の広間の一つだ。
贈り物が祟りものなので、万が一の事がないようにと内部遮蔽の完全な場所が選ばれている。
部屋にふんだんに飾られたスイートピーのような花は、良い香りで心を満たしてくれるだけではなく、根のあたりが祟りものに転じかけているので、ほこりの素敵なデザートにもなるものなのだった。
お祝いの席には不似合いな鉱石のバケツで飾られているのは、床石への祟りものの侵食を封じる意味合いがあり、採取という形で祟りものを集めてくれたのは、たまたま森に散歩に出ていた領民の一人である。
気持ちのいい朝の散歩の中でそんなものを採取してくるウィームの住人は、可憐な嫁入り前のお嬢さんだったと言うのだから、この土地の人々の底力はどれほどのものなのだろう。
何しろ、街道沿いの森の入り口の過去の何某かに汚染された土壌に芽吹いてしまったこの花は、ひと株の可動域が六百はある筈なのだ。
バケツ二つ分の花を笑顔で街の騎士の詰所に届けた彼女に、そこにいた婚約者は彼女を抱き竦めて、その無事に感謝して泣き叫んだのだとか。
手練れの騎士がそこまで怯えるくらいのものを、お散歩のお土産にした乙女は、結婚後は街のケーキ屋さんで働くそうだ。
趣味は森のお散歩で、得意なのは魔獣狩りと聞けば、ネアは成る程と頷くばかりである。
「ピ!」
「あら、撫でてあげましょうか?」
「ピ!」
ここで、どすばすと弾みながらやってきたほこりを、ネアはまた丁寧に撫でてやった。
しかしなぜか、撫でられたほこりはしゅんと項垂れてしまう。
心なしか白い羽がぽそぽそになってしまい、ネアは慌てて雛玉を抱き締めた。
「…………ほこり?」
「ピ………」
見ていて可哀想なくらいに項垂れたほこりの言葉を通訳してくれたのは、その為に同席してくれているゼノーシュだ。
ほこりとは仲良しで、二人で美味しいものを探しに出掛けることも少なくはない。
そんな風に過ごす友達が出来たのはゼノーシュも初めてであるらしく、時々二人の話を聞いていると、はっとする程に強い友情を感じることがある。
この二人がのんびりと育む友情の輪郭は、金属のような鋭利な煌めきを帯びはしないが、しっかりとした切れない鎖めいたものが、確かにそこにあるのだった。
「あのね、今は宝石が出せないんだって。心の中にもやもやしているものがあると、あまり綺麗な宝石にならないみたい。ネア達にあげるのに、それじゃ嫌なんだって」
「ピィ………」
「だからね、お誕生日の贈り物ももう少し待って欲しいみたい」
「ピ………」
「お、おのれ!私の可愛いほこりを、こんなにしょんぼりさせるなど、許すまじです!ほこり、宝石はいつでもいいんですよ?ほこりからの贈り物はいつもとても素敵なのでついつい大喜びしてしまいますが、こうしてほこりが会いに来てくれる事が、一番嬉しいのですからね」
「………ピ?」
「ふふ。という事で私は、ほこりに会えるという贈り物をいただいたところなのです。堪能するしかありませんので、可愛いほこりをもう一度撫でてもいいですか?」
「ピ!」
ネアの返答にほっとしたらしく、ほこりはまた目をきらきらさせると、どすんと弾んで体をぎゅっと押しつけてくる。
いつもは狭量な魔物も、ほこりがネアに甘えるのは、ある程度であれば問題ないようだ。
(……………良かった)
少し落ち着いたらしく、リーエンベルクの料理人達が大皿で用意してくれた、お皿ごと食べられるご馳走もぱくんといただいているほこりに、ネアは胸を撫で下ろす。
一刻程しかいられないのでと、品数は少なめだが、その代わりにお皿作りから手をかけてくれた優しいお祝い料理である。
(…………それにしても、ほこりも大人になったのだわ)
星鳥の差し出す宝石は、個々の相手ごとに種類の差こそあれ、何らかの形の愛情の証なのだそうだ。
だからこそ、これまでは渡せていた宝石を贈れないという事態が、ほこりを悲しませてしまうのだろう。
けれども、まだ渡せていないお祝いの品は、納得のいかない贈り物では嫌だと感じるようになったほこりを見ていると、どこかこの雛玉が大人になった証のようで感慨深いものがあった。
「きっと、これまでより目が良くなったのだろう。宝石を錬成する魔術の中の、微かな濁りや揺らぎが気になるようになったのだね」
「ピィ……」
そう教えてくれたのはディノだ。
どうやら、沢山の祟りものを食べて順調に階位を上げてきたほこりには、宝石の中の、祝福などの内包物までもが見えるようになったらしい。
「まぁ、それは凄い成長なのではありませんか?」
「うん。本来であれば、鑑定や検分などの固有魔術を持つ者の才能だ。もしかすると、そのようなものを食べたのかもしれないね」
「ピ?」
「………っ?!まさかとは思うが、ザサムランドの鑑定師を食ってはいないだろうな?」
「ピ?」
ほこりが食べてしまったらしいものに心当たりがあるのか、アルテアは額に手を当てて無言で俯いている。
呆然と目を瞠ったエーダリアが、それは実在する人物だったのかと呟いているので、名のある獲物だったのかもしれない。
ネアは、討伐対象などではなく清く正しく生きていた御仁だったのかもしれないザサムランドの鑑定師の最期については深く考えないように努め、名付け子の成長を喜ぶ事にした。
「ところでさ、ジョーイとすれ違いがあったり、喧嘩なんてしてないよね?」
「ピ?」
「ノア?」
「うん。いつもならほこりを送ってくるのはジョーイなんだけど、今回はルドルフだったからね。拗れると植物の系譜は簡単に階位落ちするから、念の為にさ」
「………ピィ」
「ジョーイと一緒にいると、我が儘を言っちゃうからルドルフに送らせたんだって」
「ピ」
「ルドルフは、喜び過ぎて変だったみたい」
「………むぅ。時々、今の白夜の魔物さんが不憫に思える時もあるのですが、そのような役割を好む方もいらっしゃるので部外者が口を差し挟むのはやめておきましょう」
そう呟いたネアに、ほこりはすりすりと体を寄せる。
最近とても頑張っている雛玉は、ここで、たっぷりと甘えていくつもりなのだろう。
(…………不思議な感覚だわ)
こんな時、ネアは少しだけ困惑してしまう。
本来、恋や愛のそれは、ネアにとってあまり得意な戦場ではない。
名付け親として少しでも多く力になってあげたいのだが、沢山の恋をして、その為に自らの力や努力で運命を切り開いたこの雛玉は、きっともうネアよりも恋愛事においての経験値が高い筈なのだ。
(おまけに今回は、ジョーイさんの旧知の方がお相手のようで、何かと難しい条件が揃っているようだし………)
尚且つ、ほこりとジョーイは、恋人同士という訳でもない。
何しろほこりは既婚者で、ジョーイはあくまでも、統括の仕事の上での相棒なのだ。
あまりにも難易度の高い課題にネアは困り果ててしまい、どうしたものかなと部屋を見回し、ディノとエーダリアには視線を止めず、まずはノアを見た。
「…………むぅ。良く刺されてしまうノアです」
「ありゃ、何かの審査で落とされたぞ………」
「問題の性質上、ゼノやヒルドさんという感じでもないので、アルテアさんでしょうか。何か、いい知恵はありませんか?ほこりの力になってくれたら、恋愛博士の称号を差し上げますよ」
「やめろ」
「………ピ」
ほこりは、アルテアからの恋愛指南は嫌だったのか、短い足でげしげしとアルテアの靴先を踏んで怒られている。
その帰り道でエーダリアやヒルドの方にも寄り、撫でて貰ってどすばすと弾んで喜びを示していた。
「ピギ!」
「あら、この宝石はくれるのですか?」
「ピ」
もう一度ネアの前に戻ってきてからけぷりと吐いた宝石は、見事な紅玉と金剛石の一種かなという煌めきを宿した黄色の宝石。
更にははっとする程に美しい、青い宝石もある。
「贈り物じゃなくて、挨拶みたい。贈り物にはもっと凄いのがあるんだって」
「ふふ、ほこりは凄い雛玉なのでした。こんなに可愛いのですから、白百合さんとて、ほこりに勝る可愛いものなどいないという結論に至る筈なのです」
「ピ?!」
「あら、ほこりはそう思わなかったのですか?」
「ピ」
褒めて貰って恥じらった雛玉は、もぞもぞと体を震わせた後、大好きだというちくちくのセーターの話を強請った。
もう膝の上に抱き上げてやることは出来ない質量になってしまったが、それでもディノが敷物を出してくれた床の上に座り込み、ネアはほこりが伴侶探しに苦しんでいた時のように、ちくちくのセーターの話をしてやる。
うっとりとお話を聞いていたほこりは、最後のところで喜びに打ち震え、部屋中を転がり回った。
「…………妙な感慨深さがあるものだな。このような悩みを持つようになったのか」
「むむ、エーダリア様が自立した子供の父親のような気持ちになっています」
「ええと、その場合、シャンデリアが義理の息子になるのかな」
「ネアが名付け親で…………」
「ディノ、荒ぶってはいけませんよ?この場合、私は名付け親ですが、ここでほこりの成長に触れた皆さんが、親のようなものという気持ちになっていいのです」
「……………親のようなもの」
ディノにはまだ少し難しい感覚であったらしいが、取り敢えず納得はしてくれたようでこくりと頷いた。
「それにしても、問題の方は、そろそろ来たところに戻れば宜しいのではと思いますが…………」
「ありゃ。ネアが怒ってるぞ」
「降った雨で固まる地面があるとは言え、こうして長い間不安や悲しみに触れていると、心が疲れてしまいます。私はほこりの名付け親なので、どれだけ不公平にほこりの味方をしても許されるのですから、やはりここはきりんさん………」
「やめておけ。ジョーイがこの状況で切り捨てられない相手なら、余計に拗れるぞ。植物の系譜は、他者との関わりに於いて集団や組織の嗜好が強い。魔物は例外的とされるが、他の魔物のその他と同じ感覚で認識すると、思いがけず深い絆があったりするものだ」
「ほわ…………」
ほこりの恋敵を闇討ちしてしまおうとしていたネアは、アルテアのその説明にふすんと息を吐いた。
確かにそういうものはある。
寧ろ、人間は本来、そのような関係性や社会性を有する生き物だ。
もしかするとディノも、ネアに対してそのような場面での我慢を強いられる事が多々あるのかもしれない。
(そうか。…………だから私は魔物さんが良くて、だからここは、私にとって居心地の良いお家なのかもしれない……………)
ネアは、不意にそんな事を考えた。
ディノが魔物らしい狭量さを持ち、何にも於いてのたった一つをと願う魔物だからこそ。
そしてリーエンベルクやエーダリア達が、空っぽにされた場所からの再生を図る者達であったからこそ。
だからこそネアは、人間という種族にとっては欠かせない社会性を著しく欠いていても、安心してここを自分の住処に出来るのかもしれない。
あまりにも身勝手な安堵なので上手く説明出来ないが、新参者やあぶれ者が、後ろめたさや寄る辺なさを感じずに暮らせる場所だからこそ、誰かに住処を奪われる事を恐れずに羽を伸ばせたような気がしたのだ。
「植物の系譜の方は、色々とややこしいのですね。私には到底踏ん張れなさそうな環境ですので、そんな力不足な私が、そちらに貰われていかなくて良かったです。アルテアさん、教えていただいて有難うございました。危うく、こっそり闇に葬ってしまうところだったのです」
「ほお、そちらの系譜は好かないか」
「あくまでも、その方自身ではなく、その背景としてという意味であれば、私には手に負えないと感じました。私がほこりだったら、むしゃくしゃしてぽいして終わらせたでしょう。………大切なものの為に、挫けずに頑張れるほこりを尊敬します」
ネアはここで、雛玉の成長をいっそうに感じてほろりとしていたのだが、なぜか震え上がったディノにぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「むが?!なぜ拘束されたのだ?!」
「植物の系譜じゃない…………」
「ディノのことは、ぽいしませんよ?合わないと感じてそうするのであれば、流石に伴侶になる前に結論を出しますし、その場合にはお互いの生活に禍根を残さぬよう、きっちり二度とお会いしないようにお別れしましたから」
「虐待する…………」
「解せぬ」
「ピ?」
ここで、部屋の転がりから戻ってきたほこりに、ネアは微笑みかけて声を潜めた。
「頑張るほこりがとても誇らしくなったので、獲物として山猫商会さんに卸すつもりだったものを、幾つか金庫から出しますね。食べたいものがあったら言って下さいね。これは、健気なほこりへの、おやつです」
「ピギャ!!!」
感激に弾むほこりが選んだのは、革紐できつく固定された不思議な書類束で、森の中を元気に飛び回り、近付いたネアを圧死させようとしたので狩らざるを得なかった謎生物である。
ほこりが真っ先に選んだのでと、さっとそれを渡してしまったネアに、エーダリアとアルテアから、同時に悲痛な声が上がる。
おやっとネアが振り返る間に、むしゃむしゃごくんと幸せそうに紙束を嚥下したほこりに、二人はなぜか今度も同時にがくりと座り込んでしまう。
「……………俺が、それをどれだけ探し回ったと思っているんだ」
「秘宝と言われたものが、…………失われたのだな」
「む?」
「ピ?」
「わーお。災厄の譜面が表の世から消えたぞ」
「ネアを脅かさなくなるなら、こっちの方が良かったのかな」
「…………狩れたくらいなら、害を及ぼす事もないだろうが」
「……………むぅ、アルテアさんが珍しく本気で落ち込んでいます」
「いいか、今週はパイはなしだ」
「ぎゃ!!!」
「お前もだ。当分の間、帆立はなしだぞ」
「ピギャ?!」
思わぬ展開にへなへなと崩れ落ちる名付け親と名付け子の姿に、慌ててディノがアルテアを叱ってくれたから良かったものの、その日のリーエンベルクの晩餐には、魂が掠れてしまったようなウィーム領主と選択の魔物の姿があった。
あまりにも悄然としているので、ネアは、今度からは紙束系のものを狩った際には、きちんと魔物達にも相談しようと考えた次第である。
なお、そろそろ卸せる品物はありませんかというジルクからの季節のお便りに、下取りに出すつもりであった災厄の譜面は名付け子のおやつにしてしまったので、また日を改めてと返事を出したところ、たいへん乱れた文字で、あなたは世界の敵だという抗議文が届いたのでそちらは見なかった事にした。
身勝手な人間にとっては、災厄の譜面とやらよりも名付け子のおやつなのは致し方あるまい。
災厄の譜面を食べて帰ったほこりからは、問題の女性から災厄の気配がすると嫌がられ、その女性が、ほこりと一緒にいるジョーイにも数日間近付かなかったと、喜びのお便りをいただいた。
恋愛絡みでは適切な助言が出来ると思えず頼りない名付け親だが、ネアは、可愛いほこりが幸せに過ごせるよう、日々祈っている。




