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薔薇のカタログと花びらの影




リーエンベルクに今年の薔薇の祝祭のカタログが届いた日、ネアは、会食堂に続く廊下の上に不思議なものを見付けて立ち止まっていた。



綺麗な水色の絨毯の上には、はらりと舞い落ちたような薔薇色の花びらがある。


霞んだような甘やかな色の花びらは、きっと美しい薔薇から落ちたに違いない。

たった一枚が絨毯の上に佇んでいるだけなのに、なぜだかそんな事を考えてしまい、ネアは唇の端を持ち上げた。




そして拾い上げようとして、異変に気付いたのだ。




「…………なにやつ」

「ネア?…………花びらかい?」

「ディノ、こやつは花びらではありません!もぞりと動きましたし、ちょび尻尾がありました!」

「………おや、妖精のようだね」

「妖精さん…………」



ネアはもう、不審者を見付けた気分できりりとしていたのだが、ディノはどこかのんびりとしているようだ。


となると、これは害を与えるようなものではないのかなと首を傾げ、ネアは、くしゃんと床に落ちている花びらを凝視した。



(……………尻尾)



よく目を凝らさなければ、ただの花びらなのだ。

しかし、くるりと反り上がった花びらの内側のところに、ちみりとした兎尻尾のようなものがある。


それが動かなければ、花びらにくっ付いた虫か何かだと思ったかもしれないが、ぴこんと動く様子を目撃してしまえば、花びら部分が本体で、ちびりとしたものが尻尾だと考えざるを得ない。



またしても、謎の生き物に遭遇してしまったようだ。



「栞の妖精だね。注意を引いたり、記憶を留める固有魔術を持つものだ。恐らくこの形状なのは、薔薇の祝祭に纏わるものだからなのではないかな」

「………悪さはしません?」

「うん。目印や、呼びかけのようなものを与える妖精なんだ。…………けれど、よく似た違うものだといけないから、ヒルドに見て貰おうか」

「ヒルドさんがお忙しそうであれば、箱か何かに入れて捕まえておきます?」



そんな邪悪な提案にびくりとしたのか、栞の妖精はもそもそと動き、その場から逃げようとした。


然し乍ら、はらりと落ちたような花びらにちょみっとした兎尻尾が付いているだけなので、あまり動くのは得意ではないらしい。

ネアが厳しい眼差しで見守っていても、小指の先くらいの距離しか移動出来ていないので、好きなようにさせておくことにした。




「まぁ!ヒルドさんがいました!」



さて、ヒルドに連絡をしてみるかと通信端末を取り出そうとしたところで、そんなヒルド本人が廊下の向こうから歩いて来るのが見え、ネアはびょいんと弾んだ。


いきなり弾む人間に出迎えられてしまい、仕事の間にお茶をしに来たヒルドはおやっと目を瞠る。


僅かに開いた羽には窓からの陽光が落ち、色硝子を透かしたような美しい影が足元に滲んでいた。

それを理解せずにヒルドを見ると、この妖精は影まで美しいのだなと感動してしまうのだろう。


さらりと揺れた孔雀色の髪が艶やかで、ネアが一番綺麗だと思う妖精は、今日も麗しい。




「ネア様、ディノ様、どうなされました?」

「薔薇の祝祭のカタログを受け取りに来たついでに、お茶をしようと思っていたのですが、この花びら生物を発見してしまいました」

「…………おや、栞の妖精ですね。この様子ですと、触れてはおられませんね?」

「はい。触れてしまうと、宜しくないのですか?」

「栞を挟みたい場所に、強制的に案内されますからね。薔薇の花びらを模しているからには、薔薇のカタログでしょうが、…………このリーエンベルクですと、…………エーダリア様の蔵書はいささか危険も伴うでしょう」

「…………ぞくりとしました」



ふむと小さく頷き、次の瞬間、ヒルドは躊躇うことなくそんな栞の妖精をひょいと摘み上げる。

あっと思った時にはもう、ヒルドの姿はしゅわんと消えてしまっていた。



「ヒルドさんが!」

「大丈夫だよネア、会食堂に移動したみたいだね」

「…………まぁ、会食堂の中にいました!」



ネアは一瞬、ヒルドが拐われてしまったのかと思い心臓が止まりそうになったが、ヒルドは、栞の妖精が示したいものの見当が付いたらしく、敢えてその発現の役割を果たさせてやったらしい。


小さな呼びかけではあるものの、それは祝福からなる良き知らせである。

無体に扱うと祟ることもあるそうなので、知らせはきちんと受け取った方がいいのだとか。



覗き込んだ会食堂の中にヒルドを見付け、ほっとしたネアは胸を押さえて安堵の息を吐く。

なおこれは、転移ではなく、誘導の魔術なのだとか。

移動可能な距離だったので、素早く誘われたという扱いであるらしい。



(……………わ、)



栞の妖精に示され、ヒルドが手に取ったのは、今年の薔薇の祝祭のカタログだ。


丁度お茶の時間だからと届いたカタログを会食堂で受け取る事にした選択が今、こうして、美しいカタログを手にしている森と湖のシーという、素晴らしい光景を目の前に描き出している。



(綺麗…………)




「……………ポスターに描かれていたものより、ずっと綺麗です!今年の薔薇の祝祭のカタログは、なんて綺麗なのでしょう」

「ネア、…………?」

「…………は!見惚れてしまいました。…………ふぁ、綺麗ですねぇ」

「今年のカタログが、とても気に入ったのだね」

「はい!」



本当はヒルド込みで見惚れていたのだが、狡猾な人間はその問いかけににっこり微笑んだ。


今年の薔薇の祝祭のカタログは、まさにヒルドに馴染む色彩とも言える、青みがかった深緑色の装丁になっている。

表紙にはえもいわれぬ繊細さで、淡いピンク色の薔薇が描かれており、カタログの題名部分に記された文字と年号は金の箔押しだった。


毎年思うことだが、このカタログだけで一冊の画集のような美しさではないか。


希望団体には何冊かは無料で配られ、配布数を超えたものは購入する事で手に取ることが出来る出版物である。


リーエンベルクには、毎年数冊のカタログが無償で届けられるので、その中の一冊は書庫に保存しておくのだそうだ。


残りのものは希望した騎士達や家事妖精などに譲られていると聞いていたネアは、お届けの冊数が少ない年のカタログを欲しい場合には、リーエンベルクへのお届け分をいただかずに、自分の分は自分で購入しようと決めていた。



(カタログを貰えることを、ずっと楽しみにしている誰かがいるかもしれないのだもの…………)



それは、給与体系が謎に包まれている家事妖精や料理人達かもしれないし、高給取りと思わせておいて、思わぬところで困窮しているゼベルのような騎士かもしれない。


そんな誰かの楽しみを奪ってしまうのは嫌なので、今はもう、薔薇のカタログを買う事が出来るお財布を持つネアは、今年は初めての購入に挑戦している。



今年の薔薇の祝祭のカタログは美しいと、どこからか前評判が広がった。


それを聞いたネアは、カタログのポスターをじっくり拝見した後に購入を決意したし、とある組織からも大口注文があったそうで、カタログの発行元が大幅な増刷を余儀なくされ、今年は各所への配布冊数が最低限のものになってしまったと聞いている。


今回は増刷に合わせて校了日が二日前倒しになったらしく、カタログの挿絵画家達は静かに絶望したという。



そんなカタログは今、ほうっと溜め息を吐きたくなるような美しい妖精の手の中にあった。



「この薔薇があることを、知らせたかったようですね」



そう微笑んだヒルドの指先で広げられた頁には、貴色の白い薔薇が並んでいる。

その中の水色がかった小ぶりな薔薇の一つを、ヒルドは指し示してくれた。



「…………まぁ!これは、リーエンベルクの薔薇なのですか?」

「正式には、リーエンベルクの薔薇から株を分け、ローゼンガルテンで育てられたものです。今年から薔薇の祝祭に登場すると聞いておりましたが………」



絵の下の説明書きに目を輝かせたネアに、ヒルドはどうやってその薔薇が増やされたのかを教えてくれた。


栞の妖精のお勧めは、一つの枝に、栗のようなふっくらとした形の小さな花を幾つかつける可愛らしい薔薇だった。


水色がかった白の清廉さだけではなく、小さな花の中にたっぷり花びらを詰め込んだその可憐さも相まって、一輪挿しに活けて大事にしたくなるような薔薇だ。



(大ぶりな薔薇が淑女のドレスなら、この薔薇はちびころのドレスだろうか………)



そんな事を考えてくすりと笑ったネアは、勿論その薔薇を注文させて貰うことにした。

一人で五本以上の注文は出来ないようなので、贈り物用ではなく自分用のものにする。




この薔薇は、統一戦争以前よりリーエンベルクに自生していたものなのだそうだ。



静かな雪の日の朝に花を咲かせる祝福の薔薇で、そんな薔薇を是非に増やしたいと思ったのは、ローゼンガルテンに暮らす一人の庭師なのだとか。


彼の祖母は、リーエンベルクの庭師であった。

王家の血は引いておらず、統一戦争の時には家に帰されそうになったが、最後まで王宮の花々を世話をするのだと言ってリーエンベルクに戻り、そこから三日目に陥落した王宮からは二度と戻らなかった。


その二年前に亡くなった薔薇の妖精の血を引いた夫との思い出も、その庭にあったのではないかと言われている。



だからこそその青年は、リーエンベルクの薔薇を育てて広めたかったのかもしれない。

リーエンベルクの庭に命を捧げた祖母の証跡を、可憐で美しい花の形で後世に残したかったのだとしても不思議はない。




「ディノ、この薔薇は厨房の窓辺に飾りませんか?きっと、可愛らしくて楽しい気分になりますよ」

「可愛い。弾んでしまうのだね?」

「統一戦争前からリーエンベルクにあったものを、魔術改良して増やしたのだと聞いて、すっかり嬉しくなってしまいました。あの優しい栞の妖精さんも、そんな気分だったのかもしれませんね」

「…………浮気」

「なぜなのだ………」



その栞の妖精はどうしたのだろうと思えば、ヒルドを薔薇のカタログのところへ案内し、すぐに消えてしまったらしい。



「だから、栞の妖精さんの指示に従って差し上げたのですね」

「ええ。このようにして道筋が見えている場合は、その役割を果たさせてやるのが最も簡単ですからね。ネア様達のカタログはこちらに。おや、購入者には薔薇のビーズが付くようですよ」

「……………なぬ」



ヒルドが広げているのがそうかと思えば、こちらは配布用のものであったらしい。

ヒルドが、上品な深緑色の紙袋を渡してくれ、一緒に小さな布袋も差し出された。




「ビーズ…………」



薔薇の祝祭のビーズに思い入れのあるディノもそっと覗けば、布袋には、カタログ購入特典という紙ラベルがつけられていた。

柔らかな水色の素材で、少しだけとろりとしたスウェードのような手触りの布だ。


水紺色の瞳をきらきらさせている魔物の反応を見てから中のものを取り出し、ネアは、ぴっと椅子の上で飛び上がった。



丁度のところで、お茶の準備を整えに来てくれた給仕妖精が、二人の様子を見て微笑むような柔らかな空気を纏う。




「…………ディノ」

「……………うん」



カタログの購入者特典の薔薇のビーズは、薔薇の祝祭で配られているものと同じ素材の、枝葉のある一輪薔薇のものであった。


色は、光の角度で水色にも見える淡い淡いミントグリーンで、そこに、しっとりとしたローズピンクのリボンがついている。

ネアはもうその色合いだけで心が躍ってしまうし、ミントグリーンという最初のリボンの色を見付けた魔物の目もいっそうにきらきらだ。



「………こんなに素敵な薔薇のビーズを、カタログ購入特典でいただけるのですね」

「宝物の部屋に飾るのかな………」

「ええ。前の薔薇のビーズの隣に、飾っておきましょう!」



大はしゃぎのネア達を見て微笑んでいるヒルドは、お茶の時間用の小さなケーキを置いて行ってくれた給仕妖精に何かを伝えている。

どうやら、まだ執務中のエーダリアのお茶の時間を共有しているようだ。



「今年は、随分と良いものを付けているのですね。昨年は確か、三枚組のカードだった筈ですよ」

「まぁ、毎年違うものが付いてくるのですね。………むむむ、となるとこれからは、購入としてもいいかもしれませんし、リーエンベルクの書庫でもカタログは閲覧出来るので、おまけを調べてからそうしてもいいかもしれません…………」

「であれば、書店やリノアール、ローゼンガルテンの商店などでの事前予約の際に、購入特典の告知も成されている筈ですよ。そちらからご覧になってみては?」

「はい!そうしますね。今迄にもリノアールでカタログの予約開始のポスターは見ていたのですが、ポスターの綺麗さにうっとりするばかりで、購入特典については全く気に留めていませんでした」



購入者特典のビーズをディノに持たせてきゃっとさせてから、ネアは、紙袋から取り出したカタログをそっと開いた。



(綺麗だわ……………)



色ごとに並ぶ薔薇の美しさと華やかさに心を震わせ、薔薇の祝祭が終わった後でも、時折眺める事のある大好きなカタログの頁を捲る。



カップに注がれた紅茶は、こんな日だからか薔薇とシュプリのものだ。

本日の昼食のデザートは冬苺のジェラートだったので、今日は、お茶の時間のおやつがケーキになっている。


そうして、昼食のデザートとお茶の時間のおやつでバランスを取るのは、エーダリア達の執務や季節のお菓子などを考えてメニューを組んでくれる厨房の料理人達の心遣いであった。



しっとりとしたお酒の香りのする重めのスポンジケーキに、軽やかな薔薇と木苺のクリームを挟んだケーキは、小さめの切り分けだ。


切り分けられたケーキの大きさで、ぱくりと食べる軽やかなケーキか、少しずつ食べるのが美味しいしっかりめのケーキかが一目瞭然なのも、ここに暮らすようになって知った優しいケーキのお作法である。



(かと思えば、もう何度も手にしているのに、薔薇のカタログを購入すると、素敵なおまけが付いてくるなんて知らずにいたり…………)



馴染んだ事と、まだまだ知らない事があって、この美しいウィームで過ごす日々はどれだけ彩り深いのだろう。



「今年の薔薇は、どうしましょうね」

「……………ずるい」

「早速狡いの用法が行方不明になってしまいましたが、こうして見ているとどれも欲しくなってしまうので、薔薇の見本が届く日まで何とか心を沈めなければなりません………!」

「今年も怪人は出るのかな………」

「…………敷物さんだけは、もう二度とお目にかかりたくありません」

「ネイにも絨毯を損なわないように注意してはいるのですが、…………失礼、一輪挿しの管理報告を確認し損ねておりました」



思わぬところで一つ仕事を思い出してしまい、ヒルドは、慌てて会食堂にある魔術連絡版で家事妖精に一輪挿しの確認作業を依頼していた。


勿論このリーエンベルクでは、花を生けた花瓶や一輪挿しを手入れをせずにそのままにしておくような事は滅多にないのだが、時折、備品倉庫にしまわれている一輪挿しが埃をかぶっていても、一輪挿しの解放運動が起きてしまう。


薔薇の祝祭前はバケツ怪人などが活性化するので、一輪挿し界隈の出現率も高まるのだとか。



「そう言えば今朝、家事妖精さん達がバケツを出しているのを拝見しました。あの作業もなかなか大変そうなのですね…………」

「ええ。何しろかなりの量の薔薇が届きますからね。ですが、家事妖精達はあの作業が楽しいようですよ。毎年あの作業を担当した者から順に、残った薔薇を選べますから」

「まぁ!そのような順番なら、きっと張り切ってバケツを洗ってしまいますね」



薔薇の見本が届くと、購入申請用に選ばれなかった薔薇は、リーエンベルク内で配られる。


勿論ネア達の部屋にもたっぷり届くし、会食堂やリーエンベルク内の各所にもふんだんに薔薇が飾られるのだが、その薔薇はリーエンベルクで働く妖精達にも配られ、この時期はうきうきと薔薇の小さな花束を持ち帰る家事妖精達の姿を見る事も多かった。


そうして手渡された薔薇の美しさは、きっと多くの者達の心を和ませ、幸せな気持ちにしてくれるだろう。


ネアは、小さな花が一輪あるだけで部屋がどれだけ明るくなるのかを知っているし、その為に散策に出かけた森で野の花を摘める春先は楽しかった。



(そう言えば、一度だけ駅で、何かの商品の発売記念に配られていた薔薇の花を貰った事があって……………)



その一輪の薔薇を持って帰った日から暫くの間、ネアはご機嫌で過ごしたものだ。


普段のネアであれば買わないような明るい黄色い薔薇であったが、小さく穏やかな明かりを灯すように、思っていた以上に長く咲いていてくれた。



「そう言えば、私の育った世界での薔薇は、肥料食いと言われる栽培には手のかかる花でした。こちらの世界でもそうなのですか?」

「育つ土壌を選ぶという意味では、そのようなものかもしれませんね。その代わり、見合った土壌で栽培するものは手をかけずとも大きく育ち、薔薇の妖精達が派生すると聞いております。禁足地の森に薔薇が多いのは、そのようにして根付いたものなのでしょう」

「ローゼンガルテンもそうなのでしょうか?」

「ええ。戦前はそうだったようですね。統一戦争の際に炎で土地の魔術が歪んでしまい、戦後には、あの土地に薔薇を戻す為の熱心な復興作業が行われたようですよ」



その土地には、薔薇の系譜の様々な人外者達も暮らしていた。



人間の目には薔薇の沢山咲く素敵な高台の土地であるのだが、彼等にとってそこは家であり、町でもある。

となると、再生というような表現ではなく、復興という言葉を使うのが正しいのだそうだ。


人外者達の多い土地だからこその表現も知り、ネアは静かに頷いた。



「そのような土地であのリーエンベルクの薔薇が増やされたのだと思うと、いっそうに大事なものに思えてしまいます。きっと、ローゼンガルテンの薔薇さん達も、嬉しかったでしょうね」

「特に白を持つものは、大事に迎え入れられますからね。ローゼンガルテンに古くから株を置くとある薔薇の妖精が、あの薔薇に派生した妖精に恋をしたという報告も上がってきておりましたよ。アーヘムも、何度か二人が東屋で話をしているのを見かけたのだとか」

「ふふ。ヒルドさんとお喋りしたことで、素敵な恋のお話も知ってしまいました」



ネアが紅茶を飲み干したカップに、慣れない手つきで紅茶を注いでくれたのはディノだ。


一度挑戦した際にネアが沢山褒めてやったので、すっかりこの作業が気に入ってしまったらしい。

とは言えネアは、落としたり零したりしないかと内心気が気ではなく、毎回はらはらしてしまう。



「……………どうぞ?」

「ふふ、ディノがお代わりを注いでくれたのですね。有難うございます!」

「これで、問題なさそうかい?」

「はい。ディノが注いでくれた紅茶は、特別の伴侶仕様ですね」

「ずるい……………」



恥じらって見せるものの、ディノはどこか誇らしげだ。


ヒルドにも上手だったと言って貰い、万象を司る魔物は真珠色の三つ編みを艶々にしている。

こうして小さな喜びを拾う様子にネアも心がほくりとしてしまい、いっそうに薔薇のクリームのケーキは美味しく感じられるのだった。




しかしその日の夕刻、リーエンベルクの中庭で雪の上に落ちている黄色い花びらを見付けたネアが、もう一度の栞の妖精なのかなと思って屈んだところで、悲劇は起きた。



その花びらは栞の妖精ではなく、小さな生き物が花びらを背負って隠れていただけだったらしい。


ネアが近付いたことで落ちた影に気付き、花びらの影に隠れていた生き物が姿を現したのだが、顔を出した生き物を見た途端にネアはぴしりと凍り付いた。



「……………ふぎゅわ」


もわもわした小さな円形のものがこちらを見上げ、虚ろな眼差しで何かを歌っている。

それが何なのかを確かめると同時に、ネアはびゃんと立ち上がってしまい、後ろにいた魔物を驚かせた。



「ネア、何かいたのかい?」

「何もいませんでした。…………何も見ていません………」

「ご主人様……………」



早足で現場から立ち去るネアを慌てて追いかけた魔物は、脱脂綿妖精はいなかったと暗い目で宣言した伴侶にこくりと頷き、震えるネアをそっと抱き締めてくれる。


すぐに世界を知った気になってしまう愚かな人間は、今後は、決して気を緩めまいと己に誓ったのであった。











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