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124. 新年のお祝いで割れます(本編)




その日リーエンベルクでは、遅れていた新年の振る舞いが行われた。



武器狩りなどの昨年の被害を受け、これまでの年のような華やかさから一転し、荘厳な空気の中で、それでも振る舞いのテーブルにはウィーム中央を代表する店々の素晴らしい料理が並ぶ。



花びらを降らせる花火や、豪華で華やかな花飾りの通路などはないが、抑えられた装飾は個々の美しさが際立ち、ウィームらしい清廉な美貌を湛えている。



今年は儀式に重きを置く事にはなるものの、それでも新年の挨拶をするエーダリアを一目見たいと集まった領民達も、華やか過ぎる装いは避け、落ち着いた色合いの服を選んでいるようだ。


時折、華やかな装いで混ざり込んでしまった観光客などもいるが、そのような者達にはリーエンベルクの騎士達や街の騎士達が、喪章代わりになる黒いリボンを渡し手首に巻かせることで、可能な限り危険回避をさせようとしていた。




空は綺麗に晴れている。



そこかしこに飾られているのは青紫色のリボン飾りで、テーブルクロスは敢えて真っ白なものにし、そこに青紫色の色の花をふんだんに飾った花瓶を置いてアクセントとしてあった。



(このような時に、真っ白なテーブルクロスをこれだけ使えるという事は有難いのだ)



食器などを含む欲望の魔物の領域の白は、世界中の広くで自由な使用を許されている特別な白だ。


だが、こうして儀式的な側面を持つ場でこれだけの白を使うとなると、やはり一定の配慮が必要になる。

それを考慮せずに使えるようになったリーエンベルクでは、同時に、白を多用することで小さな生き物達の障りを防げるという恩恵が得られるようになったのだ。


どれだけ高位の魔物達がこの場にいても、テーブルクロス一つで防げる便利さには及ばない。

恵まれているからこそ、手立てを少なく出来る対策というものもあるのだった。



「私の前任の歌乞いさんが亡くなった時も、このような新年のお祝いになったのだそうですよ」

「その辺りは、エーダリアがよく人外者の理を理解しているようだね。些細な気遣いが出来ずに、被らなくてもいい呪いを貰ってしまう人間は多いんだよ」

「そもそもが貰い事故のようなものなので、避ける事が出来れば避けたいですよね…………」



所定の位置に立ちディノと話をしながら待っていると、リーンリーンと儀式の始まりを告げる鈴が鳴らされた。



観覧区画や、振る舞い料理の待機区画に集まった人々のお喋りがぴたりと止まり、辺りは水を打ったように静まり返る。

しんと落ちた静謐の断面は雪の夜のようで、ネアは、こちらの世界の儀式の纏う気配の美しさを思い、期待に胸を膨らませた。



今年の新年の振る舞いでのネアは、ただの参列者役だ。



エーダリアが祭司となり執り行う儀式に列席するだけで良く、お祝い料理は、別途分けてあるものを儀式の後でリーエンベルク内で食べることになる。


領民達もこの場で食事をしてゆくというよりは、テーブルに並んだお料理を、持って来たお弁当箱などで家に持ち帰って食べるのが儀式と化した新年の振る舞いの特徴だ。



勿論、少しであればその場で食べていっても構わないのだが、楽し気にがははとやってしまうと、恨みを溜め込んでいる誰かの標的にされてしまう可能性もある。


せいぜい知り合い同士で挨拶を交わしながら小さな一口料理をつまむくらいで、本格的に食事をしてゆく者と言えば、呪いなどに脅かされないという自信を持つ者達ばかりだ。



なお、大好きな領主を存分に眺める時間を大幅に減らされてしまったからと、今年は美味しい料理の持ち帰りに全てを賭けるという者達もいた。


料理をお持ち帰り出来る分量に制限があり、かなり多くの人々にご馳走が行き渡るものの、気に入った料理を手に出来るかどうかは、どれだけ早く順番が巡ってくるかに大きく左右される。


各ブロックごとに置かれた料理は違う。

事前に発表されるテーブルの内訳表を見てお目当ての料理を手に入れる為に動線の研究を重ね、家族で分担してお目当ての料理を手に入れる為の壮絶な駆け引きが既に始まっているようだ。



ネアはこの一連の動作の手練れ達に、先日の王様ガレットの勝者達の姿を見て戦慄する。



「ディノ。…………あちらの方は、王様ガレットを買おうとした時に我々より遥か前にいた方ですよ」

「………どうして髪の毛を二つに結んでしまったのかな」

「恐らく、効率的にお料理を取るにはあの髪型が良かったのでしょうね。それ以外に、あの紳士然とした方が可愛いお嬢さんのような二つ結びにした理由が思い付きません………」




いつもなら領主が座るテーブルがある場所には、二つの祭壇が置かれていた。



一つは鎮魂の儀式に使われる慰霊祭壇で、もう一つが新年の到来を祝うもの。

どちらも今年の新年飾りの色である青紫色を効かせてあり、雪の中に佇むリーエンベルクを背景にすれば一枚の絵のようだ。



瑞々しい柊の葉に、冬のライラックの小枝、

ローズマリーの枝とオリーブの枝も。

祭壇に捧げられた慰霊用のブーケは、エーダリアの詠唱が始まるとはらはらと花びらのようにも見える灰になって風に解けた。



エーダリアの後ろには、ヒルドとダリルが並び、その一歩後ろには騎士に擬態したノアがいる。

ノアの後方には他の騎士達が続き、歌乞いの魔物を連れたネアやグラストは、少しだけ離れた位置に立っていた。


そんなネア達の向かいには、ゆったりと立った、白い髪の清艶な美貌の魔物がいる。

ネア達にはそのままで、それ以外の者達には擬態用の面立ちで目に映るような魔術を敷いた選択の魔物は、本日はしっかり帽子も被った漆黒の燕尾服姿だった。




響き渡った詠唱は、ウィームの誇る領主のものである。



使われているのは古い魔術の詠唱で、ネアには美しい詩を吟じているようにしか思えなかったが、その言葉と音が魔術を繋ぎ、祈りや祝福を結ぶのだという。

いつもの華やかで楽しい振る舞いではなくなるが、今年の新年のお祝い儀式では、そんなエーダリアの詠唱がたっぷり聴けるのだった。



(……………あ、ジゼルさんの子狐さんだわ)



ネア達の斜め向かいには来賓達が立っていて、各ギルド長や商会の代表、雪の魔物や雪竜、そして氷竜達などの姿がある。

ザルツからも使者が来ているが、今年はザルツでの慰霊の儀式も大々的なものになるので、名のある貴族というよりは、辛うじて失礼にならない階位の人物を選んだという感じであった。



淡い水色を基調に青紫色の糸で刺繍を施したエーダリアの盛装姿は、華やかだが今年のお祝いの色も備えており、慰霊の儀式としても華美過ぎない清廉さだ。


腰回りに垂らした尻尾飾りのようなものに目を奪われるお客が多いが、これは、人気者の銀狐の尻尾を切り落として飾りにしてしまったのではなく、より効果的に進化させた毛玉のお守りの姿であるらしい。


ウィームの領民達はそのくらいお見通しかもしれないが、それでも視覚的な可愛いの暴力が突然割り込んでくることは否めない。


そちらを見て頬を緩ませているご婦人方や、にっこり見守っている封印庫の魔術師達がいたり、そんな姿もまた誇らしくて胸が熱くなってしまったのか、涙ぐんでいるバンルの姿も見えた。


こちらの世界では、合成獣や悪変を嫌う。

ちゃんと飾りの上の部分には装飾を施し、エーダリアの体に尻尾が生えたようには見えないように工夫されているのだが、それくらいではウィーム領主が銀狐尻尾を付けているような視覚効果の威力は揺るがなかった。




(……………しっぽ。しっぽのエーダリア様が!!)



これは、安全対策の一つなので、儀式の間だけしか身に付けてくれないものだ。

今しか楽しめない贅沢さを、心ゆくまで堪能しよう。


ネアは、エーダリアの動作によってその尻尾飾りがふさふさ揺れる度にむぐっとなってしまい、ネアとは違う理由で揺れる尻尾を凝視しているのは、ジゼルの肩に乗った白いふわふわの子狐だ。


こちらは揺れ動くものに飛び掛かりたくて仕方ないのか、爛々と目を光らせている。



そうこうしている間に、詠唱に参加する部分が来てしまい、ネアは慌てて視線を正面に戻す。

さっと尻尾飾りから視線を上げ、さもずっと厳かな面持ちでおりましたよと言う風に祭壇を見つめると、気持ち背筋を伸ばした。




「新たなる年の祝福を宿し、安寧と豊穣の加護があらんことを」



幸いにも声がひっくり返ったりもせず、ネアは、詠唱の声を他のお客達と合わせる事が出来た。

何か仕損じはしまいかとじっとこちらを見ている選択の魔物がいるので、たいへんやり難いと言わざるを得ない。




「豊かなりしは我が土地の恩寵。悍ましきは欠落の結実。行く先々にて結ばれる祝福に目を凝らし、一つでも多くの幸いがこの地に暮らす全てのもの達の魔術に結ばれんことを」




儀式の最後には、一際高らかに朗々としたエーダリアの詠唱が響いた。



美しく心を揺さぶるその響きにうっとりと聞き入っていたネアは、魔術の裁定者でもないのに重々しく頷いてしまってからはっとしたが、見れば、周囲でも思わず頷いてしまった者達は多かった。

恐らく、こうして耳を傾けた者を納得させる技量こそが、力のある詠唱というものなのだろう。



儀式が終わると、リーエンベルクの代表者が挨拶に残り、役目を終えたネア達は屋内に入ることになる。


エーダリアは、来賓にのみの挨拶となり、その間はダリルと騎士に擬態したノアが両隣の護衛を務め、ヒルドは一歩離れて会場全体の様子に目を配るようだ。


リーエンベルクの警備担当以外の騎士達も会場に残るので、ここで撤収となるのは、ネア達とグラストとゼノーシュだ。



正直なところ、会場の警備戦力としては、グラストゼノーシュ組みを失うのは痛いらしいのだが、儀式が恙なく終了し、我々は決して楽しんでおりませんよという主張をする為にも、ここで、それなりの階位にある者が屋内に戻らなければならない。


とは言え、領主や領主代理となる者が暫し挨拶に残る必要があるとなれば、退出するのは歌乞いしかないのだ。



以前にもこのようにしたのだと聞くと、ノアやヒルドがいなかった時代のこれ迄の儀式を思えば、グラスト達が退出した後にはどれだけの緊張を強いられていたのだろうかと考えてしまう。



(その頃はきっと、エーダリア様の見守る会の方々が、周囲を警戒してくれていたのかもしれない)



或いは、ダリルの弟子達が密かに群集の中に紛れていたのだろうか。




「ディノ、あちら側に、イーザさんとヨシュアさんもいますよ。擬態をしていますが、ターバンでばればれなのです」

「あれでいいのかな……………」

「お隣にいるのが、スープ屋さんの奥さんなのがまた凄い並びですね……………」

「うん……………」



ネア達にとっては、この儀式の場から退出迄の間が新年の顔見せのようなものなので、ネアは、上品な立ち振る舞いを崩さない程度にきょろきょろし、ベージやワイアートを発見して小さく会釈した。

その二人は本来の姿で来賓客席にいるのだが、仲良し竜のリドワーンもどこかに来ていたりするのだろうか。



ネアは、他にも知り合いがいないかなと会場を見ていたところでスフレ怪人を見付け、わふわふ尻尾を振ってる子犬姿にまた愛くるしさを深めた。


しかしそちらを見ていることに気付いた魔物が荒ぶってしまい、さっと三つ編みを持たせてくるのは、どうか衆目の手前止めて欲しいと思う。




「……………ふは!これで本日のお外でのお役目は終了です」



ぱたんと扉が閉まれば、ネアは安堵の息を吐いた。


先日、リーエンベルクの西門の前で巻き草の亡霊と出会ったばかりなのだ。


獲物を探して彷徨うものなのでどこにいても不思議はないのだが、やはり、そのような事があったばかりでこちらを暗く窺う者がいるかもしれない公の場に出るとなれば、少しの緊張はある。



「ネア、もう怖くないからね……………」

「ふぁい。私の大事な魔物や家族に悪さをする人がいたら、すかさず滅ぼさなければなりません。ずっときりん箱の準備はしていました」

「ご主人様……………」



一緒に屋内に入ったグラストとゼノーシュは、ここから広場の見える外客棟に移動し、引き続き警戒にあたるのだという。

ネア達はというと、会食堂に移動し、お祝い料理の魔術付与を確認する役目を申しつけられていた。

お祝いのものなので、魔術的な役割も持つ大事なお料理なのだ。



「ネア。僕ね、外のお皿に、美味しそうな子棘牛のパイ包み焼きがあったのを見たんだ。きっとネアの好きな料理だと思うよ」

「ゼノ、大事な情報を有難うございます。私も、お砂糖の祝福をかけたという、白いお花のケーキを発見しました。中には南国の果実の美味しいクリームが入っているようですので、きっと美味しいですよ!」

「……………僕、絶対にそれは食べる」



互いに儀式の間に発見しておいた料理の報告をし合い、ネアは、檸檬色の瞳をきりりとさせたゼノーシュと共に頷いた。


一秒でも長くを大切な人と過ごしたいのが魔物で、ゼノーシュはどれだけ愛くるしくても、そんな魔物らしさをしっかりと持っている。

なので、かつてのようにネアとゼノーシュが一緒に街に出かける機会はもうなくなったが、二人の心は今も、美味しいもので固く結ばれているのだ。




「ディノ、我々はこれから、会食堂に並べていただいた御馳走の中から、新しいお店のものなどを、一通り目視で確認します。お料理に添えられていたメッセージカードを読み、魔術の仕掛けなどがあるものは念の為に危なくないかも調べるのですよ」

「……………豆の魔術が紛れているようだね」

「まめのまじゅつ?」



まだ会食堂に入る前に反応したディノによると、お祝い料理の中に、豆の魔術を多用したものが混ざっているらしい。


ネアは、それは一体何なのだろうと首を傾げていたが、会食堂に入ったところでその原因が判明した。

入ってすぐのテーブルの上に、小さな胡桃くらいの大きさの雪花椿の実を使ったお料理があったのだ。



「ディノ、こちらのお料理のようです…………」

「うん。何で光っているんだろう……………」

「元々光らないものが光っている事に関しては恐怖しかないのですが、そもそも、この光り輝く豆の山は、食べ物としては大丈夫なのでしょうか?」

「先程の魔術は、この外殻の部分にかけられているようだね。…………触れると殻が割れるもののようだ」

「……………むぅ。ぱりんと割れるのか、粉々になるのかによっては、食べる際に注意が必要かもしれません。こちらに添えてあるカードを拝見すると初めて参加するお店のようですので、食べる際には注意しましょうね」

「……………粉々」




ネアが初めて食べる事になる雪花椿は、これ迄に何度も市場で見かけてきたものだ。


茶色い皮の大きな豆にしか見えないものだが、中身は栗のようなほっこりした味わいであるらしい。

一般的には蒸かすようで、そのまま蒸かして塩をつけて食べる人の多い季節の味覚である。



しかし、ネアがこの実を食べようとすると、外側の硬めの皮が可動域の低さから剥けず、都度誰かに皮を剥いて貰わなければいけない。

となると、如何に季節の食材が大好きなネアであっても、自らの無力さを突き付けてくる食べ物は好ましくないと言わざるを得ず、これ迄には手を出してこなかった食べ物の一つであった。



(その魔術で皮剥きが楽になっているのなら食べてみたいけれど、……………なぜ金色に光るのだ……………)




こうもぴかりと光るとディノに雪花椿の実だと言われなければ、全く別の食べ物だと思っていたに違ないので、ネアは怖々と光り輝く豆を凝視する。


金鉱脈の妖精のような輝きは、食べ物というよりは、その硬質さも相まって鉱石のようではないか。




「木の実の皮を割るには、随分と階位の高い魔術を敷いているようだね」

「ますます不安でいっぱいになりました。エーダリア様達が揃ったところでいただきましょうね。ノアかアルテアさんに先陣を切って貰おうと思います」

「うん……………」



お役目を果たすべくしっかりと確認したところ、その他の料理は、不安を掻きたてず美味しそうなものばかりであった。


お祝い料理に相応しい華やかな盛り付けではあるが、装飾過多で食べる気になれないというようなものは少なく、そんな事がウィームという土地の健やかさを感じさせてくれる。




「まぁ、このザハのお魚蒸しは、とても美味しそうです。酸味のあるカシュダムの実を使ったお料理のようですね」

「ほら、君の好きな鴨もあるよ」

「……………誰もいない内に、このお皿だけ私の前に移動しておくという手もあるのかもしれません」



邪悪な人間はそんな思考に捕らわれがちでもあったが、現在の配置でも、一番近いお皿に美味しそうな一口パイなどがあることに気付き、白熱した脳内会議を経てそのままの運用とした。



新規参加の店舗や、新進気鋭の料理人のお皿を確認し、添えられていたメッセージカードに目を通す。



特に新規のお店や料理人のものは、話題の一環として忘れずに食しておくことが求められるのだそうだ。

その辺りは給仕妖精達が心得ていて、最初に食べておいた方がいいものはテーブルの中央に集められていた。



「ディノ、アレクシスさんからの新年のスープです。……………まぁ、各自の名前が振ってあるのでそのスープをいただくのです?」

「私のものもあるのだね……………」

「ふふ、それぞれの体に合わせた効能があるようですよ。騎士さん達や、お客様への振る舞いのものは普通のスープになっていたと、給仕妖精さんの一言が添えてありますね」



ネアに用意されたのは、自家製のサルシッチャの入った美味しそうなトマトのクリームスープで、体の中の祝福や守護などを整える働きと、一度くらいであれば死にかけても大丈夫な働きがあるのだそうだ。



「……………ほわ、死にかけても大丈夫みたいですよ」

「どうしたらこの祝福がスープになるのかな。でも、結ばれている祝福は確かにそのようなものみたいだね…………」

「ノアのスープは、女難除けになっていますしね……………」

「ノアベルトが…………」

「え?僕がどうしたの?」

「ノア!」



そこに戻って来たのは、無事に新年の挨拶を終えたエーダリア達だ。


エーダリアだけでなくヒルドも無事に退出出来たようで、まだ振る舞いが続いている会場にはダリルが残り、お客達の御馳走の持ち帰りを最後まで見守っているらしい。



「まぁ、ダリルさんが残って下さったのですね」

「ああ。私が退出しても、わざわざ来てくれた者達の為にはウィームの顔になる人物が取り仕切る必要がある。このような場合はいつも、ダリルに頼むのだ」

「僕思ったんだけど、今回みたいな儀式優先の振る舞いの場合は、会場に残る騎士目当ての女の子達が意外に多いねぇ」

「あら、今日は狙い目なのでしょうか?」

「ほら、要人警護の要素がなくて、振る舞い料理の周りの警備をしているだけだから、どこそこの料理を探しているんだけど見付からないっていう風に声をかけるんだよ。武器狩りでヴァロッシュが延期になっているから、尚更なんだろうね」

「ふむ。小規模な戦争の気配を察知しました。お嬢さん達も大変ですねぇ」




そんな場所にグラストがいたら、さぞかしゼノーシュが荒ぶったに違いないので、ネアは、歌乞いチームが一足先の退場であったことに心から感謝した。




「ところでネア、…………この料理は何なのだ?いや、料理ではないのか………?」

「皆さんも視線が釘付けですが、新しいお惣菜屋さんからの持ち込み料理で、雪花椿の実を少しのお酒とお砂糖で美味しく煮込んだものなのだそうです。ディノ曰く、豆の皮を割る為の魔術が添付されているようなので、触れる際には注意して下さいね」



さっそく黄金の豆の山に気付いてしまったエーダリアに、ネアはそう厳かに説明した。



「わーお。このカードだと、食べる際には皮が割れるから食べやすいとしか書いてないぞ。……………この魔術量おかしくない?」

「………外皮を金色にしたことで、余分な魔術付与がかけられているんだろう。見栄えは奇抜で目を引くが、抵抗値の低い者には毒になりかねない。どれだけ味が良くても祝賀料理としては失点だな」


そう酷評してみせたのは会食堂に入ってきたアルテアで、金塊のように光り輝いている豆のお皿を顔を顰めて一瞥すると、すぐに視線を外してしまった。

出来れば使い魔か義兄に味見して貰ってから挑みたい狡猾な人間は、ここで、早くもアルテアが興味を失ってしまったことにわたわたする。



「アルテアさん、これはどのようにしていただくのですか?」

「俺は興味がない。皮は割れるんだろ。勝手に食ってろ」

「むぐぅ!!」



どれだけ食べ物らしからぬ輝きであっても、ネアが普段は食べられない雪花椿の実は、今日一番の興味の対象と言ってもいい。


雪花椿は、料理で他の素材と合わせる事には向かない繊細な食材なので、お料理の中のものを味わうという機会も少ないのが実情である。

見た目は不安しか感じないものだとしても、美味しければいただこうかなと考えていたのだが。




「ノアは、雪花椿の実が大好きでしたよね?」

「ありゃ。勝手に好物にされてるぞ。一番手で食べるのが不安なのかい?」

「……………むぐ。なんのことでしょう」



ネアはそんな事は存じておりませんの表情を整えたが、義兄な魔物は青紫色の瞳をふわりと細めて微笑むと、いいよ食べてみようかと金色の豆に手を伸ばしてくれた。



「…………待て」

「え、アルテアが食べる?」

「いや、こいつ発信で得体の知れないものに手を出す訳だからな。守護結界を周囲に展開してからにするぞ」

「……………それ、僕はどうなるんだろう」

「豆料理ではないのか……………?」

「確かに、私の目から見ても付与されている魔術量が多いようですね。このテーブルには他の料理もありますから、念の為に用心しましょうか」

「むぅ。豆とは何なのだ……………」




遠い目をしたネアと、怯えて羽織ものになった伴侶の魔物も見守る中、お皿の周辺には選択の魔物の防御結界を張るという厳戒態勢の下、黄金の豆料理の試食が始まった。


ごくりと息を飲んだノアは、まずは袖を捲ってからそろりと手を伸ばす。

そしてそこで、一度手を引っ込めた。



「…………でもさ、こうして盛り付けられたってことは、その段階では何の変化もないんだよね?」

「往生際が悪いぞ。さっさと食えよ」

「え、何で僕がそんな扱い?!」

「ノアベルト、……………その、頑張ってくれ」

「わーお。エーダリアからも死地に向かうような激励をされたぞ……………」



かくして、再びの黄金の豆チャレンジが始まった。

白持ちの公爵位の魔物が、恐る恐る黄金に輝く豆に手を伸ばす姿はどこか涙をそそり、何とも言えない気持ちになる。



余談だが、この豆料理が盛り付けられているのは上品な青磁のお皿なので、こうして見ている内に眩い輝きに目が慣れてしまい、何だか美味しそうに見えてきたネアは、ぐーっと鳴ってしまったお腹を慌てて押さえた。



「……………おい」

「ふにゅ。こやつが、美味しそうな栗料理に見えてきました」

「よし!お兄ちゃんがまず食べるから、待っていてくれるかい?」

「はい。事件がなければ、ノアの後に続きますね!」




しかし、事件は起こった。




ノアが手に取ったところで、雪花椿の実がずどんと爆発したのである。

ぱらぱらと落ちてくる豆の皮の中、前髪がくしゃくしゃになった塩の魔物はひどく悲しい目をしていた。



「……………わーお。僕の指って残ってる?」

「ノアベルト!」

「エーダリア様、落ち着いて下さい。破裂したのは料理だけですよ」

「……………ぎゅわ。甘く煮込んだお豆が爆発するのはなぜなのだ。ささ、次はアルテアさんの番ですよ」

「やめろ。いらん」

「ねぇ、これって割れるって言う?爆発するって言うよね?」

「……………ノアベルト、中身はどうしたんだい?」

「ありゃ。中身、…………あった」

「まぁ。お皿の上にこてんと落ちています。飛び散ったりはしていなかったのですね」

「そうなった場合は、そもそも料理ですらないからな」




(でも、摘み上げた瞬間に手を離して空中で爆発させれば、食べられるのかしら…………)



ネアはここで、そんな可能性に気付いてしまった。


すっかり怯えてへばりついている魔物を撫でてやりつつ、ネアは、脳内で何度か豆の皮割りの工程をおさらいをしてみた。

考えれば考える程にいけるような気がするし、上手に皮が割れたなら美味しく雪花椿の実が食べられそうだ。


これは人間の業かもしれないのだが、妙案を思いついたからには自分だけは上手くやって見せ、皆に感心されたいという衝動が沸き上がる。


となれば、皆が普通の御馳走を食べ始める前に試してみるのがいいだろう。

和やかな食事の間に爆発事故を起こすのも申し訳ない。




「てい!」


なのでネアは、素早く手を伸ばすとさっと雪花椿の実を掴み、皮の部分がみしっと音を立てる前にひょいっと空中に放り投げた。



「ネア?!」


ぎょっとしたようにディノが声を上げ、向かいの席のエーダリア達があっと目を瞠る。

しかし、ばすんとくぐもった音がしてネアが落ちて来た雪花椿の実を受け取るよりも、さっと横から手を伸ばしてディノがその実を掴む方が早かった。



「……………ディノ?」

「ネア、いきなり触れてはいけないよ。どこも怪我はしていないね?」

「むぅ。偉大な発見をした私は、巧みに空中でどかんとやったので無傷なのです」

「皮を割った直後のものには、どんな魔術の残滓があるか分からないから、受け取るのはやめようか」

「では、ノアの様にお皿に落ちてくるのを待ちます?」

「……………どうしようかな」



あまりにも食べ物に貪欲なご主人様に魔物は困り果てていたが、その困惑は、代わりに受け止めてくれた雪花椿の実を見ると一層に強まったようだ。



「……………皮が剥けていません」

「半分になったね……………」

「おや、真っ二つですね」

「やれやれだな………」



ディノの手の中の雪花椿の実は、ただ真っ二つになっただけの状態で、残念ながら皮が剥けているとは言い難い状態であった。



「……………投げてしまったので、上手に出来なかったのでしょうか?」

「そうか、投げればいいのだな。私も試してみよう」


ここでうっかり興味津々になってしまい、エーダリアが次の挑戦者に名乗り出る。

ヒルドが心配そうに見ているが、ノアが頷いたのでそのまま見守ることにしたようだ。


ネアがどうせ真っ二つに違いないとじっとりとした目で見守る中、エーダリアは器用に雪花椿の実を投げ上げ、ばすんという破裂音と共にお皿の上には綺麗に皮が剥けた中身が落ちてきた。 


真っ白な取り皿の上に鎮座した艶々した丸い実は、ほっこり煮込まれていて美味しそうだ。

エーダリアはどこか得意げにその実をぱくりといただくと、僅かなお酒の風味が上品で美味しいという感想まで教えてくれる。



「ま、負けません!きっと私のものは、空中で受け止めてしまったのがいけなかったのです!!」

「ご主人様……………」

「ディノ、一緒に美味しい雪花椿の実が食べたいので、同時にやってみませんか?」

「うん」


真っ二つの実はさて置き、もう一度挑戦してみたネアは、今度は爆発した実の中身がお皿に落ちてくるに任せた。


するとどうだろう。


ディノのお皿には素敵に皮が剥けた実が着地したのに対し、ネアのお皿には、引き続き真っ二つになっただけの雪花椿の実が落ちてくるではないか。


無言でわなわなしてるネアに、慌てたノアも再挑戦し、こちらも綺麗に皮が剥けた。

不思議そうに挑戦したヒルドも、無言で参加したアルテアも、綺麗に皮が剥けるのにネアのものだけが真っ二つになり続ける。



「これはもう、……………可動域の問題なのではないか?」

「だろうな。皮剥きには足りないらしいぞ」

「むぐるるる!」




テーブルの上には、素晴らしい御馳走が並んでいる。

綺麗なグラスが並び、注がれたのは新年の御馳走に相応しい艶やかなロゼシュプリだ。

たっぷりと雪苺を使った果実味の爽やかな食前酒のようなもので、一口飲めば美味しさに身震いしてしまう。


ほかほかと湯気を立てているパイや、ラビオリが得意なお店のとろとろ玉葱のラビオリは、生地にローズマリーの風味があり、葡萄酢とバターのソースが意外性があって美味しい。

そこのお店からは、揚げ無花果ともったりとろりと熟成生ハム乗せなど至高のメニューが相次いだ。


トリッパのトマト煮込みは香辛料が効いた味わいで、ルリジサを練り込んだパンを細切りにしたトーストが添えられている。

樹氷の祝福を受けた新鮮なチーズを乗せ、とろりとさせていただくのが堪らない。


このチーズは特殊なナイフで削ぎ落として入れるのだが、花びらを撒いたようになる。

お祝い料理らしい華やかさだ。



「このスープは、相変わらずの効果だな」

「うーん。女難を避けてくれるのは嬉しいし、どうやったらこんな魔術効果が付与出来るのか謎で仕方ないし、もう少し効果が続くようにならないかなぁ……………」

「一か月も続けば充分でしょう。そもそも、自身で管理するべき事ですよ」

「……………なぜ私は、気付かずに背負っている魔術書の付与効果削除なのだろう」

「エーダリア様、アルテアさんのものは、擬態時に想定外の損傷を受けないようにと、ウィーミアの階位上げのスープなのですよ」

「放っておけ。疲労回復の効果もあるだろうが」

「アルテアが……………」

「わーお。僕のスープ、これだけの効果で良かったよ。でも、アルテアの眼精疲労への効果っていうのちょっと羨ましいよね。ウィーミアにはならないけど」

「いいか、黙っていろ」



残念ながらスープのお品書きカードがあるので、各自のスープにはどんな効果があるのかが皆に分かってしまう。


ヒルドのスープは疲労回復と、付与された守護や強化をとりあえず七倍にしておくという良く分からない凄さだが、ディノの、夫婦円満絶対強化というスープに至っては、どこまでの効果があるのか分からない怖さが感じられた。



「ディノは、このスープがお気に入りなのですね」

「うん。これが一番かな……………」


とは言え魔物はそのスープがすっかりお気に入りなので、三つ編みが少しきらきらしてしまうくらいには、良い新年の振る舞い料理になったようだ。



美味しい時間は、その後も続いた。

牡蠣の入ったガンボスープのようなものは、ガーウィン風の料理かと思いきや、湖で採れる牡蠣があり山間部の名物料理なのだそうだ。



それなのにネアは、小さな木串で真っ二つにされた雪花椿の実をほじくって食べなければいけない。



悲しみのあまりに小さく唸り声を上げていると、ディノが、綺麗に皮の剥けた雪花椿の実をお皿に乗せてくれたが、四回も真っ二つ事件を起こしてしまったネアには、総計八つの皮つき雪花椿の実が待ち受けている。


悲しい思いで木串を活用して引き続きもそもそしつつ、その合間に素敵な新年の振る舞い料理で心を癒す羽目になってしまったのだった。




なお、雪花椿の実の料理は、新年の振る舞いの中でも話題になったらしい。

送り火でも橇遊びでも荒ぶるウィームの領民達は、この爆発皮剥きがお気に召したようだ。

そのお店も大人気店となり、お年寄りから子供まで、思い思いの方法で雪花椿の実を爆発させている。


こんなところでもウィームの人々は、魔物達の想定を軽々と超えてきてしまうようだ。




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