王様ガレットと銀狐
その日、ウィームではネアが待ちに待った王様ガレットの販売が無事に開始された。
残念ながらネアは、お家から飛び出して店の前の列に並ぶ係であったのでこの目では見られなかったが、開店と同時の販売開始ではないらしい。
なぜならば、王様ガレットは行列必至の品物である。
対するザハのカフェ部門は、観光客や常連客などの絶えない老舗カフェで、贈答用のお菓子を開店と同時に手に入れたいお客や、立ち寄るのにはこの時間しかなかった観光客も珍しくはない。
そんなお客達をまずは店内に入れてしまい、店頭に駆け込んで来たり、転移で飛び込んでくる者達がいても危なくない状態を整えてから、王様ガレットの販売開始となるのであった。
(開始の瞬間の、雪水晶のベルの音を私も聞いてみたいな)
王様ガレットの購入は諦めているけれど、ちりんちりんという澄んだ音を聞き、この季節を感じる領民達も多いのだそうだ。
「……………そして、買えませんでした。私はまさかの七十二位です」
「わーお。シルの転移を使ったのにかい?」
「ふぁい。手練れの皆さんの連携の妙技の前に敗れたのです。ゼノ曰く、雪水晶のベルが鳴り終わりさえすれば、家を出て到着していて構わないそうですので、鳴り終わりまでの時間を予測する計算と、誰が鳴らすかによっての鳴らし方の癖などを皆さんは研究するのだとか」
「え、それって万象の魔物の力を以てしても無理なんだ……………」
「……………走って来ていた人間もいたよ」
「ハツ爺さんだろう。私も一度、見学したことがある……………」
どこか悄然と呟いた魔物に、エーダリアも頷いた。
ウィーム領主になったばかりの頃、ダリルに連れられて王様パイの販売の現場を視察した事があるそうで、エーダリアは、瞬き程の間に雪煙が上がり、気付けば五十人以上の領民達がそこに並んでいたのだと、どこか遠い目で教えてくれる。
「……………あれは、本当に人間なのかな」
「一度その疑惑が持ち上がり、踊り狂いの精霊達による厳密な調査が行われたそうだが、人間で間違いないのだそうだ。想像を絶する健脚なのだとしか言いようがない……………」
「人間なのだね……………」
「まぁ、ディノがくしゃくしゃに……………」
ご主人様に美味しいパイを食べさせてあげられなかったと、ディノは、羽織ものになりながら悲し気に項垂れていた。
すっかりぺそりと項垂れてしまった魔物が不憫になり、ネアは大事な伴侶の腕を丁寧に撫でてやる。
「ディノ、あれでは仕方ありません。もう少し勝利の余地があるのかなと思いましたが、全力で挑んでもあの順番でしたし、となると、皆さんの長年の研究に勝つだけの優位性をどこかで見つけ出してくるのも難しそうです……………」
「ごめんね、ネア。他のパイでもいいかい?」
しかし、悲し気にそう言われ、ネアは目をしぱしぱさせた。
確かに星祭りの夜の感じでは、他の店のものであれば入手出来そうな手応えであった。
とは言え、あまりにも圧倒的な差を付けられて呆然としていたネア達は、そんな願い事の結果をすっかり忘れてしまい、もうリーエンベルクに戻って来てしまったところなのだ。
ネアは帰って来てから気付いてあっと思っていたのだが、ディノがあまりにも落ち込んでいるので、そちらも買い逃してしまったとは言えずに敢えて気付かないふりをしていたのだ。
「……………他のパイがあるのです?」
「うん。アルテアが同じようなパイを焼いてくれているよ」
「……………まぁ。もしかして、ディノがお願いしてくれたのではありませんか?」
「君は、そのパイを楽しみにしていたのだろう?」
おずおずとそう言われ、ネアは微笑んだ。
不安げにこちらを窺う魔物は、そのパイが正解かどうかが分からないのだろう。
正確に言えば勿論、それはネアの欲しかったものではない。
だが、そうしてディノが準備していてくれたパイは、また別の特別に食べたいパイになった。
「ディノ、そのパイが楽しみで仕方ないので、一刻も早く食べたいです。ふふ。ディノのお陰で、私は王様ガレットを食べられることになったのですね!」
「ご主人様!」
「こんな素敵な伴侶がいるだなんて、私は幸せ者です」
「……………可愛い」
ネアが小さく弾めば、魔物は嬉しそうに口元をもぞもぞさせた。
すっかりへしゃげていたディノが瞳をきらきらさせる姿に、ネアはほっとして微笑みを深める。
こんな風に、パイが食べられなかったネア本人よりも落ち込んでしまうのだから、何て優しい魔物なのだろう。
「ありゃ、アルテアが来るなら銀狐になっておかないとだ」
「む。お会いしたくない事情が……………?」
「そうじゃないんだけどさ、午後からアメリアとミカエルと森でボール遊びをするんだよね。来てからだと擬態出来ないかもしれないからね」
「ボール遊びの約束をしていたのだね……………」
とうとう人型で誇らしげに語るようになってしまった義兄の姿に、ディノは少しだけ悲し気な目をしていたが、執務を終えたヒルドが会食堂にやって来る頃までには、擬態をした銀狐が、エーダリアにボールを投げて貰って跳ね回る姿にも少し慣れてきたようだ。
「おや、アメリア達との約束は午後からだったのではありませんか?」
「アルテアさんがパイを持って来てくれるので、その前に擬態してしまったみたいです」
「やれやれ、困ったものですね……………」
そう言いながらも、ヒルドは足元で跳ね回る銀狐を優しい目で見ている。
以前、ザルツとの交渉などで疲弊して戻って来た際、無言で銀狐を撫でていたこともあったので、ヒルドにとってもこのもふもふの家族は大切な癒しなのだろう。
そんな光景が何だかあらためて幸せなものに思えて、ネアは、いつの間にか膝の上に登場していた真珠色の三つ編みをそっと手に取った。
「そう言えば、今年の新年の振る舞いは控えめなのですよね?」
給仕妖精からの新しい紅茶も届き、そう尋ねると、エーダリアが少しだけ表情を引き締める。
しかしその足元では、青いボールを咥えた銀狐が顔をぐりぐり擦り付けているので、また少しだけ微笑んだ。
「昨年には、武器狩りなどのウィーム領内での被害が広範囲に渡る事件が起こったからな。人間と違い、人外者達の被害は把握し難く、その心情を察するのもなかなかに難しい。華やかで幸福そうに見える祝い事を顔の見える形式で執り行ってしまうと、恨みを買う事もあるのだ」
「それは、こちらにはこんな悲しいことがあったのに、幸せそうにしている姿がむしゃくしゃするというような事ですか?」
「ああ。新年の振る舞いは、私やお前達も対面で顔を見せる祝い事だからな。見えない障りを受けやすくなってしまう。なので今年は、振る舞いに重点を置き、挨拶事は儀式を優先とする形になる」
「蝕や気象性の悪夢の時は、そのようにしなくていいのですか?」
「ああ。無差別に襲い掛かり、防ぎようのないものの場合は構わないのだ。だが、昨年の武器狩りは、やはり道具を使う者が標的になり、襲撃者になる。そのような事に巻き込まれた者達にとって、顔の見える我々は、憎しみを向け易い相手でもある」
人外者を人間の物差しで測ってはならない。
それは、この世界に暮らす人間であれば誰もが知っていることだ。
だからこそ人間は、用心深くその理不尽にも思える障りを避けて歩かなければならない。
そんな説明をふむふむと頷いて聞いていると、隣にいたディノも、それがいいだろうねと呟いた。
「誰がどのような形で心を揺らすのかは、私達にも予測の及ばない事だ。終焉に触れた者の障りは根深いものになる。鎮めに特化させた儀式にした方が、危険は少ないだろう」
「イブメリアや星祭りはいいのでしょうか?」
「祝祭は誰にでも等しく訪れるものだ。特定の誰かの行いで決定される催事ではないからね、そのようなものは気にしなくていいんだよ。ただし、不幸な偶然で、恨みを抱く者からの障りを受けてしまう者もいるかもしれない。けれどそのようなもの迄は、さすがに事前に回避するのは難しいだろう」
「リーエンベルクの新年のお祝いは、リーエンベルクの意思で執り行う慶事だからなのですね」
窓の外ではらはらと降る雪に、ネアは美しいリーエンベルクの中庭を眺める。
誰かの手で愛する人を奪われるという事は、心に大きなひび割れやさざ波を立てる。
恨まずに生きてゆける方がどれだけ楽か理解していても、一度歪んでしまった心は思わぬ動きをするものだ。
勿論、病でも老衰でも、理解して受け入れる喪失もまた、その悲しみや苦痛は惨憺たるものだろう。
とは言えそちらには、誰もが通る道としての同士が沢山いる上に、生き物としての宿命的な要素もある。
世界から爪弾きにされたような憎しみを育てずに済む事も、多いのだった。
窓の向こうの雪景色の清廉さに、白い髪を持っていた小さなユーリを思った。
だが、足に激突してきた銀狐にそんな物思いから覚め、ネアは青いボールをぐりぐり押し付けてくる義兄に心を緩めて貰う。
(こうして、新しく家族が増えるとは思っていなかった)
おまけにこの義兄は、ネアの手元から奪われてしまった大好きなユーリと、同じ配色を持つ人なのだ。
そんな不思議な巡り合わせにこっそり感謝しつつ、ネアはボールを受け取るとえいっと投げてやった。
尻尾をぶりぶりに振り回して走ってゆく後ろ姿に、胸の中がもふもふお尻への愛おしさでいっぱいになる。
いつかの遠い世界で一人きりになったネアは、生活が困窮さえしていなければ、こんな風に暖かな生き物と一緒に暮らしてみたかったのだ。
「……………おい、何なんだ」
会食堂の入り口の方で、ムギーっと雄叫びが上がった。
ボールを取りに行った銀狐が、やって来たアルテアの足に激突してしまったのだ。
追いかけていたボールはてんてんとその向こうに転がっていってしまい、追いかけ損ねた銀狐はけばけばになっている。
この障害物は何だろうとアルテアの足に体当たりしているが、その手に明らかにお菓子の入った白い箱を見付けると、はっとしたようにお座りをしてきりりと胸を張った。
「ボール遊びの狐さんと、動線が重なってしまいましたね。そしてその手にあるのは、待ち侘びていた私のパイ様……………」
「まったく、いい迷惑だったぞ」
「まぁ、美味しくパイを食べて貰うことが、アルテアさんの使い魔としての報酬なのではありませんか」
「何でだよ」
顔を顰めて見せたアルテアは、本日は僅かに紫色がかったチョコレート色のスリーピース姿だ。
胸元に飾られた白い花が洒落た雰囲気で、普段とは少しだけ雰囲気が違う。
「おや、サジスティードの会合に出ていたのかい?」
「今年は、ヴェルクレアの状況確認も含めての招聘があったからな」
サジスティードの会合とは何だろうと首を傾げたネアだったが、なぜかエーダリアがとてもそわそわしているので、ウィーム領主が気になるような催しなのだろうか。
「ディノ、その会合はエーダリア様が気になって仕方ないようなものなのですか」
「ネ、ネア……………!」
「やれやれ、あなたという方は………」
ヒルドが呆れたような顔をしている間に、アルテアは、足元に座り込んだ銀狐を器用に爪先でどかしつつ、会食堂に入ってくる。
封鎖を突破されてしまった銀狐は、ムギムギ鳴いてパイが欲しいと主張しているが、アルテアが振り向く様子はない。
とは言え、いつもこんな感じだがしっかり銀狐の分も用意されるので、選択の魔物がどれだけこのふわふわを可愛がっているのかが知れるというようなものだ。
「サジスティードの会合は、道具を扱う者達による異種族間の会合なんだ。武器商人や魔術具の取り扱い商人、農具や狩りの道具なども含まれるよ」
「そのようなものもあるのですね……………」
その会合では、流行りの商品の値段の統一や、災いを呼ぶような魔術の配置を共有したり、銘のある道具の分布確認などを専門家として分析したりもする。
特に銘のある道具は、専門家にしか分からない相性の悪さなどもあり、不用意な配置で歴史ある道具が失われるのを避け、また、魔術反発などで大規模な災害が発生したりしないように監視としての役割も担っているのだそうだ。
「ギルドのようなものだと思えばいい。とは言え、参加出来る者は限られており、人間は、参考人としての招聘が主な参加となるな」
「エーダリア様も参加したことがあるのですか?」
そう問いかければ、絶望的な面持ちでないと答えられたので、憧れの会合であるらしい。
とは言え、エーダリアには参加資格がないだけで、ガレンにも参加経験のある魔術師はいるのだそうだ。
「商品の取り扱いがなければ参加する意味もないが、魔術具などの作成者のように、道具作りの固有技術を持つ一族の者は呼ばれる可能性があるだろうな」
「議題は武器狩りの後始末かい?」
「それもあったが、南方で実用化に踏み切った技術開発が祟りものを生み易いという事で、規制強化が裁定された。念の為に、統括としてこの国にも共有することになるだろう」
「アルテア。ガレンの長として、私も同席して構わないだろうか」
「いや、王都にわざわざ足を運ぶ必要はない。後でこの書類に目を通しておけ」
いつの間にかエーダリアが、アルテアの線引きの何某かの内側に入ったと感じるのはこんな時だ。
王都がどのような場所であるのかを理解した上で、選択の魔物は個別に情報を卸す事にしたらしい。
エーダリアは鳶色の瞳を瞠り、深々と頭を下げてお礼を言ってから書類を受け取ると、魔術誓約のかかった極秘書類を大事そうに抱き締めた。
ここで、ことんとテーブルの上に載せられた白い箱に、ネアは無言でぐぐっと顔を寄せる。
くんくんすれば、香ばしいパイ生地のバターの香りと、甘いアーモンドクリームの香りが楽しめてしまい、ネアはむふんと頬を緩ませた。
さっとアルテアの方を振り返ると、早くいただくのだという眼差しでじっと凝視する。
「……………ったく。やれやれだな」
そう言いながらも箱を開けてくれれば、中に入っていたのは綺麗に模様付けされた美味しそうなパイで、上にはきちんと金色の紙で作った王冠が載せられているではないか。
「お、王冠が載っていますよ!!」
「こういうものは、風習の形そのものが祝福を作るからな。その通りじゃなければ、意味がない」
「という事は、中には陶器人形が入っているのです?」
「入ってなかったら、祝福の行き先が彷徨うぞ」
「ふぁ……………!!」
思いがけない喜びにじたばたしたネアに溜め息を吐きつつ、アルテアは、給仕妖精が事前に準備をしてくれていたパイ用ナイフで、選択の魔物製の王様ガレットを切り分けてくれた。
さくさくと黄金色のパイが切り分けられると、中のアーモンドクリームの香りがいっそうに際立つ。
今回のアーモンドクリームは甘さ控えめで、細かく刻んだお酒の風味の乾燥杏が入っているらしい。
部屋に揃った各自の前にお皿が行き渡り、ポットに用意されていた紅茶はヒルドが淹れてくれた。
「まぁ、この紅茶は、何ていい匂いなのでしょう」
「雪の朝と冬薔薇の香りの紅茶ですよ。今年のものですのでまだ香りが若いですが、このような菓子類には合うでしょう」
幸せな香りに包まれた会食堂で、王様ガレットをいただく会が始まった。
グラストとゼノーシュは、今年もザハの王様ガレットが買えなかった残念会で、騎士棟で作戦に参加した騎士達と別の菓子店のものを食べているらしい。
以前に銀狐の予防接種の後に訪れたことのあるお店のもので、美味しさは間違いないようなので、ネアは、来年はそちらを狙おうかなと考えている。
「むぐ!」
初めていただく王様ガレットの、さくさくのパイ生地ともったり濃厚なアーモンドクリームの組み合わせは、至高としか言いようがなかった。
ただし、本来は甘いものが得意でないと少ししか食べられないかもしれないという甘さでもあるのだが、アルテアのものは、アーモンドクリームの甘さが控えめで刻み入れた杏の酸味と香りが加わっていることで、最後まで美味しく食べられるような王様ガレットに仕上がっている。
「……………美味しいね」
「ふふ、さては、ディノのお気に入りにもなりましたね?」
「うん……………」
今日は頑張ってくれた魔物が嬉しそうにパイを食べている姿に、ネアは、この魔物にまたお気に入りのものが見付かったことへの感謝を深めた。
(……………もしかすると、アルテアさんと話をして、以前からこのパイの準備をしてくれていたのだろうか……………)
そう思えばパイはいっそうに美味しく、大事に味わって食べようと思えた。
「……………む。おかしいです。大事に味わって食べる筈なのですが、お皿の上のパイが消えました」
「お前が、最後まで自分で食っていたからな?」
「謎めいています。もしや、記憶が……………?」
「もう少し食べるかい?」
「いえ、ディノがお気に入りの美味しいものを見付けたのがとても嬉しいので、そのパイはディノがいただいて下さいね。なお、陶器人形が入っていなかったということは、私は外れだったみたいです……………」
ネアがそう言えば、なぜか、皆がこちらをそろりと見るではないか。
がつがつと、お皿の上に薄く切って載せて貰ったパイを食べていた銀狐も、尻尾をけばけばにしてこちらを見ている。
なぜ注目されたのだろうと、ネアは首を傾げた。
「…………陶器人形が当たらなくてもいいのかい?」
「ええ。食べる前は当たって欲しいとも思いますし、当たれば嬉しいので大はしゃぎしてしまいますが、ここで食べるからには、必ず家族の誰かには当たりますから。こうして、みんなでわいわいしながら、美味しい王様ガレットをいただきたかったのです」
ネアとて立派な淑女である。
当たりが幾つもあるようなものでなければ、自分が当たらなかった事で荒ぶりはしない。
家族の誰かが、幸運を得られることを喜ぶばかりだ。
「そ、そうか。…………それなら安心して食べられるな」
「うん。私が当たってしまっても、捨てられたりはしないのだよね?」
「ったく。ひやひやさせやがって……………」
「……………なぜなのだ。普通に王様ガレットを楽しんで下さい。ヒルドさんは、普通に食べているではありませんか」
「おや、ネア様の気に入るようなものが出た場合は、差し上げればいいばかりですからね」
「ヒルド……………」
困り果てたようにそう呟いたエーダリアは、はっとしたようにケーキ皿を見る。
何か気になるものがあったのか、慎重にフォークを入れていたが気のせいだったらしい。
どこか気恥ずかしそうにそろりと顔を上げた。
「す、すまない。気のせいだった…………」
「………あった」
「まぁ、ディノのケーキに入っていたのですか?」
エーダリアと入れ違いで発見報告が上がり、皆がはっとしたようにディノのお皿に注目する。
するとそこには、陶器人形を発見したもののどうすればいいのか分からずふるふるしている魔物が、器用にフォークでお皿の上に出してみた、可愛らしい陶器人形がある。
白いお皿の上に、鼻先にアーモンドクリームをつけて鎮座しているものを見て、ネアは無言で椅子の上で飛び跳ねた。
「狐さんの陶器人形です!!!」
そこにあったのは、小指の先くらいの大きさの、何とも可愛い銀狐の陶器人形であった。
ちょこんとお座りをした姿で、足元には青いボールが置かれている。
口角がきゅっと上がったご機嫌銀狐の可愛い陶器人形に、ネアは大興奮でディノにぎゅむっと体を寄せてしまう。
「ずるい……………」
「き、狐さんです!!アルテアさんのパイなので、きっと、こ洒落た陶器人形が入っているのかなと考えていたのですが、それがまさか、欲しかった狐さんの陶器人形が入っているだなんて………!これはもう、アルテアさんをちびふわにして沢山撫でるしかありません!!」
「やめろ」
「まぁ、一番のご褒美なのでは?」
「そんな訳あるか」
(……………可愛い!)
ネアは、ディノのケーキから出て来た陶器人形を、ヒルドが用意してくれていた濡れおしぼりで綺麗に拭いてやり、そっとテーブルの上に置く。
すると、きらきらしゅわりとした祝福の光がそんな銀狐の陶器人形に宿り、ディノの指先にぽわりと飛び移った。
「今のものが、王様ガレットの祝福なのでしょうか?」
「ああ。今のものがそうだ。決して大仰なものではないが、幸運を齎すという普遍的な祝福は、やはり温かく強い光だな」
「………ええ。とても綺麗ですね。私の大事な魔物が、素敵な祝福を得られて良かったです」
そう言ってディノの方を見れば、今日は朝から頑張って奔走した王様ガレット事件の結びに、初めて手にする陶器人形を貰えた魔物は、目をきらきらさせている。
こちらを見てこくりと頷くと、大事そうに小さな陶器の人形に触れた。
(でも、そう言えば……………)
ここでネアは、そのことに気付いてしまった。
「……………市販のものは、魔術的な映し身にならないように、狐さん人形の瞳の色が少し変わっているのです。このお人形は狐さんそっくりですので、アルテアさんが作ってくれたのですね」
会食堂の優しい空気は、ネアのその一言で粉々になってしまった。
使い魔は不利な証言はしないと黙秘に入ってしまい、そんな選択の魔物にまだ真実を告げられていない本当は塩の魔物な銀狐は、けばけばになってぴしりと凍り付いた。
震える銀狐と選択の魔物が向かい合い、緊張感に包まれた会食堂は、それでもなお、馨しい紅茶の香りに包まれている。
ネアは、年代物の美しいカップに唇を付け、とても美味しかったこのパイは、今日でなくても作って貰えるのかどうか、脳内でこっそりと会議を始めたのであった。




