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新年と安息日の朝




静かな静かな朝に、きらりきらきらと窓辺で光ったのは、片付けぬという固い意思によりそのままにされている飾り木の置物だ。


閉じられたカーテンの隙間からちらちらと揺れる雪の色に、ネアはふにゅりと目を開けた。



「むぐ」


お腹の上に置かれていた誰かの手を引き剥がしてぺっと捨てると、低い呻き声が上がる。

首を傾げながらもそもそと体を起こせば、柔らかな声がかかった。



「おや、お目覚めですか」

「……………ヒルドさん?」

「そろそろ、エーダリア様を回収しても良さそうですね」

「………エーダリア様を?………ぎゃ?!」



窓辺にある長椅子に座った、森と湖のシーの羽は、宝石のように煌めく。

ヒルドの言葉を訝しく思いながら振り返ったネアは、見てしまったものに仰天し小さく飛び上がった。



そこには、綺麗に並んで眠っているネアの大切な家族達がいて、そうそうな事ではこのような場所に混ざっていないエーダリアの姿もあるではないか。


エーダリアはノアと寄り添ってすやすや眠っているが、残念ながら隣の魔物が全裸なので、裸の魔物に捕獲された被害者に見えなくもない。

とても可哀想なので、まずは塩の魔物に服を着せることから始めるしかないようだ。



「………昨晩、………私達は正気のまま、会を終えた筈なのです」

「ええ。私もエーダリア様も自室で寝台に入った筈ですので、そこで寝ている魔物の仕業なのでしょう。ウィリアム様とアルテア様もいるのは、いささか意外でしたが………」

「……………は!」



ここでネアは、新年のこの日、エーダリア達は王都での式典に参加しなければならない事を思い出してしまった。


さぁっと青ざめて立ち上がると、隣で寝ていたらしい伴侶の魔物が体を寄せていたものがなくなりごろんと転がってしまったが、今はそれどころではない。



「ヒルドさん、今日はお忙しいのですよね?」

「残念ながら。……ですが、不思議なことに、疲労感は残っていないようです。寧ろ、体は軽いくらいですね」

「言われてみると、………私も、とても元気です」

「おや、ネア様もとなりますと、何らかの魔術の祝福は受けていたのかもしれませんね」

「……………それについては、ノアベルトのものだろうね。彼は、魔術の根源と同時に、命に近しいものを司る魔物でもある。心に根付いた祝福であれば、そのような事も可能だろう」


不思議そうにそう呟いたヒルドに、その理由を説明したのはまだ少し眠たそうな顔をしたディノだった。


体が転がってしまった事で目が覚めたらしく、三つ編みは解いてあるので、その佇まいはどこかから攫われて来てしまった美しい王様のようだ。



(…………ノアが、みんなをここに集めてしまったのかしら?)



だとすると、寂しくてというよりはきっと、その幸福感に弾む心がそう願ってしまったのだろうか。

あのシュプリを一緒に飲みたいと用意した塩の魔物は、幸せでぬくぬくした思いで一年を終えてくれたのかもしれない。



「………ノアが幸せそうにしていてくれると、私はとても幸せなのです。ただ、何か着ていて欲しかったでしょうか」

「………何でウィリアムも着ていないのかな」

「ウィリアムさんは、就寝時は着ない主義のようですので、そのまま持ち込まれたのかなと思います。アルテアさんもパジャマですしね」

「アルテアが…………」

「アルテア様のそのご様子を拝見したのは初めてですが、ご自身の領域においてはとても丁寧な生活を好まれる方ですので、………こうして目にすると、違和感はありませんね」

「まぁ、ヒルドさんもですか?私も、アルテアさんのパジャマはとても似合うなと思うんです」



思いがけず同じ意見のヒルドが現れ、ネアがぱっと笑顔になると、どうしていいのか分からないディノが不安そうに周囲を見回している。

ご主人様に三つ編みを渡そうにも、まだ髪は下ろしたままなのだ。


少しだけおろおろした後、ディノはどこからかネアの贈り物のガウンを取り出すとさっと羽織ってしまう。



「あらあら、ディノは、またそのガウンを着てしまったのですね?」

「君がくれたものだからね」

「ふふ、気に入ってくれていてとても嬉しいです」

「…………そして、贈り物で気付いたのですが、私の宝物もこの部屋に攫われて来ています!!」

「…………おや、確かにそうですね」

「むぅ。どれだけのものを盗んで来たのだ………」



窓際の飾り木の置物までもかと、ネア達は少しだけ呆然としながら、裸ですやすや眠っている塩の魔物を見つめる。

とても幸せそうにむにゃむにゃすると、なぜか手にはチーズボールを握り締めているのが見えた。


「……………あれはまずいですね」

「アルテア様が眼を覚ます前に、回収した方が良さそうですね」

「眠っていても持っているのだね…………」

「そして、エーダリア様がそろそろ寝台から落ちそうです……………」

「おや」


エーダリアはゆっくりと反対側に寝返りを打とうとしていたが、初めて見るサイズの巨大な寝台とは言え、これだけの人数が寝ているとなると、そちら側に何もないのは致し方ないことであった。



素早く立ち上がったヒルドが、滑らかな仕草で体を屈めて手を伸ばすと、どさりと落ちて来たエーダリアを軽々と受け止める。




「……………ヒルド?」



不安げでか細い声は、小さな子供のようだった。

寝台から転がり落ちて目が覚めたものの、まだ状況がよく分からないのだろう。

エーダリアは、ぽやぽやと眼を瞬き、銀オリーブ色にけぶる瞳が、徐々に焦点を合わせてくっきりとした鳶色になってゆく。



「っ、ヒルド?!」

「やれやれ、やっと目が覚めましたか。いざという時に、ここまで反応が遅いと危ういと言わざるを得ませんね」

「わ、私は、なぜお前に抱き抱えられているのだ?」

「それは恐らく、ネイに聞かないと分からないかと」

「ノアベルトに……?」


そう呟き周囲を回したエーダリアは、あからさまにぎょっとすると、最後にネア達の方を見てふるふると首を振っている。



「私ではない……と思うのだが」

「ええ。恐らく犯人は幸せでいっぱいで、みんなで寝たかった酔っ払いのノアです。…………これが、ウィリアムさんだったりすると、深刻な心のケアが必要になりますので、是非にノアであって欲しいです………」

「アルテアではないんだね…………」

「アルテアさんは、一人で巣作りしたい魔物さんですので、寧ろここで目が醒めると心が…………起きましたね」

「……………っ?!」



選択の魔物はゆっくりと目を開き、それからはっと目を瞠った。

どこか魔物らしい鋭い眼差しが、却って無防備に見えてしまい、ネアは胸が苦しくなってしまう。

怖くないので森に帰らなくていいのだと言ってあげたいのだが、それは逆効果だろうか。



「……………おい」

「犯人は、そちらの裸の魔物さんかと思われます。我々も被害者なのですよ」

「………は?」


ネアの静かな言葉に、なぜかアルテアは、隣のウィリアムの方を見てしまったようだ。

こちらも裸の魔物を無言で見下ろし、とても険しい顔をしている。



「アルテア、…………ウィリアムではなく、ノアベルトの方ではないかなと話していたんだ」

「……………ノアベルト?」


ここで漸く選択の魔物は、反対側の少し離れた場所に寝ているノアを見付けたようだ。

仄暗い眼差しには殺意すら浮かんでいそうだったので、ネアはこれはまずいかなと狡猾な人間らしく策を練り始める。


しかしここで、ヒルドにお姫様抱っこされたままだったことに気付いたエーダリアが小さく声を上げたので、アルテアの気持ちはそちらに逸れたようだ。



「………っ!!ヒルド!」

「おや、下りようとされなかったのは、あなたの方ですよ」

「だ、だからと言って、すぐに下ろしてくれればいいではないか!………っ、ネア………」

「珍しいエーダリア様なので、じっと見ますね!」

「浮気………?」

「この場合は、家族の新たな一面を記憶に焼き付けておくやつなので、浮気ではありません。……………ディノ?どうしました?……」




ふいに、ひゅおるると冷たい風が吹いた。

屋内なのになぜと思う間も無く、ネアはさっとディノに抱き上げられると、どこか柔らかな場所に巻き込まれて揉みくちゃにされる。


息を飲み、離れてはなるまいとエーダリアとヒルドの方に伸ばした手は、さっと誰かに掴まれた。

一瞬ぎくりとしてしまってから、それがヒルドの手だと気付き、痛いくらいに張り詰めた胸からほうっと息を吐く。




誰も何も喋らず、ひたりと落ちたのは、凍えるような沈黙だった。




(影が、……………暗い)




先程までの穏やかなウィームの朝の色ではなく、色相が変わったこの場所は悪い夢のようだ。


例えるなら、さっきまでは暖炉やストーブの中で煌々と燃えていた火が消えてしまい、暖かかった部屋が凍えるような冷気に包まれたとでも言えばいいのだろうか。


健やかな現実の煌めきが陰り落ち、幻影や影絵の中の曖昧で歪な色彩に落ちたかのような恐ろしさに、ネアは、大切な伴侶の魔物にぎゅっとしがみついた。




ぎぃ、ばたん。




ふと、どこか遠くで、そんな音が聞こえた。




重たい扉を閉じたようでもあるし、車のドアを閉めたような音でもある。

棺を閉じたようでも、馬車の扉を閉じたようにも聞こえた。


あまりの怖さにかたかたと震え、ネアは、ぎくりとしてディノの腕の隙間から周囲を窺った。

眠っていたノアとウィリアムのことが、心配になったのだ。



(あ、…………)



しかしそこには、しっかりと上半身を起こして片手に剣を持ったウィリアムと、ヒルドが抱き直して小脇に抱えこちらに寄せたエーダリアの手をしっかり掴んだノアの姿があった。


二人とも、先程までの肌色はどうしたのだと言うくらいにきちんと服を着ていて、ディノと背中合わせになるようにして背後を警戒しているアルテアも、パジャマではなく、漆黒の上着と白い杖がこちらに見えた。


やがて、きしきしと空気を強張らせていた冷気がすとんと抜け、ネアはふうっと肩の力を抜いてしまう。

しかし、そんなネアを抱き抱えた腕にしっかりと力を入れ、ディノが小さく首を振った。



(……………まだ?)



こんなにいつも通りなのに。

そう思って呆然としてしまい、ネアは、窓辺に置いてある大切な飾り木の置き物を見つめた。


もしここがどこか異質な場所になってしまっていて、あの宝物を置いていかなければと言われたらどうしよう。


そう考えると胸が潰れそうになったが、体を寄せてじんわりと頬や耳元に触れるディノの体温を感じると、そんな悲しみがはらりと解ける。




「……………再顕現で、より縁の強い者を求めたようだね。とても不愉快で、愚かしいことだ。血の匂いと証跡を辿ったのだとしても、この土地には様々な守護があり、辿り着けはしないだろう。だが、ここは私の領域。手を伸ばしただけでも、許し難い」




じゃりんと鈍く、けれども胸の奥の柔らかな部分を掻き毟るような美しく艶やかな音がした。




(……………あ、)



真珠色の長い髪が、ざあっと下からの温度のない影に揺れ上がり、どこからともなく舞い散った真珠色の花びらの中にふわりと広がる。



気付けば、ネア達の下は震える程に美しい水面になっていた。



いや、花畑だ。

かと思えば、どこまでも深い夜の砂漠であった。

大聖堂の素晴らしいモザイクの床で、ひび割れ朽ち果てた壮麗な大広間であった。



そうして変化してゆくのは、ディノの手にある眩く暗い錫杖もだ。


真珠色を宿した白い鉱石で出来ているようで、深い深い夜の色で、華やかな黄金にも見える。

美しい美しい錫杖は、艶やかに咲き誇る花輪であり、複雑に絡み合い揺れる羽で、芽吹き生い茂る森の小枝だった。


(星々の煌めきで、雪の結晶の優しさで、レースの模様のように精緻に描かれる水飛沫や雨の雫でもある………)




どれでもあり、どれでもない万象のかたちで、その錫杖はもう一度不思議な音を立てた。



(おと、……………)



心を掻き毟る美しさで、それなのに心に残らない。

がらんと響き落ち、空っぽになってしまえば、もう一度思い出させてくれと心が足掻くのだ。




ネアの位置からは、ヒルドの瞳とエーダリアの瞳に映るその輝きも見えたが、他の魔物達はこの美しいものを知っていたのだろうか。



見上げた先のディノは、いつもは斜めに下ろしている前髪が温度のない風に掻き上げたようになっていて、水紺色の瞳はただ恐ろしいまでに美しいばかり。



ネアは、ただその美しさに圧倒され、上手に心を駄目にされてしまい、じっと見ていた。




「……………終わったよ。随分と異質な……………見知らぬ形をしたものを、誰かが食らわせたようだ。元のものが失われてしまっている以上、どのような災いだったのかは私にも分からない。けれど、かつてこの世界に在った時には類稀なる障りや呪いだったのだろう」

「…………呪いだったのかもしれないな。僅かだが、辻毒の気配がした。こちらを覗いたということは、ウィーム王家に向けたものか?」

「血を追う魔術の指先を見たからね。人間を食べる為に作られたものだ。私達に紐付いたものではないだろう。………だが、第二段階となると、それも定かではない。餌と標的は別なこともあるからね」



強張り過ぎてどう力を抜けばいいのか分からなくなったネアがはくはくしていると、横から手を伸ばしたウィリアムが、ぽすんと頭に手を乗せてくれた。

その振動で、ふぁすっとおかしな音を立てて吐息がこぼれ落ちる。



「ふぁぎゅ。……………こ、怖かったです」

「ネア、もう壊してしまったから安心していいよ」

「ディノ…………。そして、後半はディノの錫杖があまりにも綺麗で、夢中で見てしまいました」

「シルハーンが錫杖を出すくらいとなると、かなりの階位ですね……」

「まだ、無形に近かったね。そして、再顕現はしたもののかつての魔術の輪郭を僅かに残すばかりで、系譜すら持たなかった。………最初は人型を取ろうとしていたようだが、途中で、獣や竜、馬車や船などにも転じようとしていたので、これが必要だったんだ」

「……………はぁ。かなり危なかったよ。どんな手立てを講じても、魔術の系譜が定まらないから、どんどんすり抜けていくんだ。どれも役に立たなかったけれど、少なくとも四十は結界を張ったよね。アルテアは?」

「…………三十六だ。何で寝てたお前の方が多いんだ………」



その会話だけでもぞっとしてしまうが、もっと怖かったのは、互いに体を寄せて離れないようにしていたネア達が、ほっと胸を撫で下ろして思い思いの位置に座ったところで、先程の異変の中で聞いた音を話し合った時のことだった。



「私には、馬車の車輪の音と馬車を牽く馬の嘶きしか聞こえなかった…………」

「わーお。僕には、足音に聞こえたんだけど」

「私には、鳥の羽ばたきに聞こえました」

「俺には鐘の音が聞こえたな。……僅かに、水音も聞こえた気がしたが」



そこでネアは、自分が聞いた音について話し、こちらを見た仲間たちがぞっとしたような目をするのを見ていた。



「え、棺を閉める音とか、ネアのが一番怖いんだけど………。やめて」

「私としては、ラエタの………むぐ、あの物語のあわいの思い出があるので、鐘の音が一番嫌です!」

「……………足音が一番恐ろしいではないか」

「シルは?」

「私には、女性の歌声のように聞こえたかな。………最初に生まれた時に取り込んだものの全てから、その要素を取り出し、どのような物に成るのかを決めようとしていたのかもしれないね」

「……………ぎゅわ」



窓の外は明るくなっていたが、幸いにもエーダリア達が出立するまでには、もう少しだけ猶予があった。



先程のものは、一年の切り替えのあわいから、かつて滅びた魔術が再び同じようなものとして生まれ落ち、危うく形や魂を得ようとしていた瞬間なのだという。


そして、少しでも早く形を定める為に、以前に在った時に食べていたものに近いものを求め、この場所にやって来たらしい。



「……………ふぁ、もう来て欲しくないです」

「念入りに排除しておいたから、暫くは大丈夫だろう。恐らく、……昨晩の真夜中の最奥のあわいに、誰かがその失われた魔術に近しいものを立ち上げ、新しい魔術を生み出そうとしたのだろうね。その錬成が、古く失われた筈の魔術を生み直してしまったんだ」

「そやつを見付けて、念の為に滅ぼしておけばいいのです?」

「シルハーンが、魔術返しをしたようなものだからな。もう生きてはいないだろう」



くすりと笑ったウィリアムの言葉に、ネアは、さっと手を伸ばすと大事な魔物を沢山撫でておいた。

ディノは少しよれよれになってしまったが、とても嬉しかったようで目元を染めている。




「…………新年早々、これだけの未知の魔術に触れるとは」

「え、もしかして喜びが優った感じ?!」

「エーダリア様?」

「ヒルド………。その、危機感は抱いたのだぞ?」




ネア達が眠っていたのは、リーエンベルクの外客用の部屋だったらしい。


ノアは、なぜ自分が全員を集めて一緒に寝ようと思ったのかを詳しくは覚えていなかった。

ただ、どうしてもみんなで一緒にいたいと考え、頑張って集めたそうだ。



「まぁ、……………全裸で?」

「シル、僕の妹が残酷なんだけど………」

「裸だったのだね………」



ここでウィリアムが少し遠い目になるのは、全裸で運ばれてしまったからだろうか。

しかし、パジャマで運ばれたアルテアもなかなかに暗い目をしている。




「でもさ、………何となくだけど、僕が全員を集めておけたのは、何かの祝福の影響かもね」



そう呟いたノアに、ディノが静かに頷いた。

恐らくは、人間を餌とする古きものである以上はエーダリアが標的であった可能性が高いが、ネアの何らかの要素を、以前の餌と誤認して来た可能性もある。



「この状況だからこそ、取り零さずに済んだのもしれないからね」

「………一人で部屋にいたらと考えると、ぞっとするな………」

「わ、私も、ディノが巣の方で寝ていたら大変な事になっていました………!」

「更に言えばだけどさ、元の形の分からない魔術ってことは、ここにいる誰かが、元の魔術の作者で狙われたってことも考えられるしね」



そう指摘したノアに、アルテアは少しだけ考え込む様子を見せたが、思い当たるものはないのか眉を寄せていた。



「形を定めない災いを退けたとなると、あのシュプリの効果かもしれないな。或いは、あの……………泉か?」

「なぬ。激辛香辛料油で滅ぼしてしまいましたよ?」

「……………ありゃ。そうなると、あのシュプリだと嬉しいかな。ただ、リーエンベルクが手を貸してくれた可能性もあるよね。昨日もエーダリアが喜ばせてたし」

「そ、そうなのか…………?」



王都に向かう者達は新年の挨拶の為に身なりを整え、リーエンベルクに残るネア達は、朝食の準備をするか二度寝に入るかを思案する事になった。



出がけにはっとするような艶やかさで、織り模様のある白い天鵞絨地の盛装姿になったアルテアから、ネアはしっかりと注意喚起された。



「………いいか、シルハーンから離れるなよ」

「ま、また来るかもなのです?!」

「新年早々この引きなんだ。新しい事故を呼びかねないだろうが」

「……………ぐるる」

「アルテア、念の為に俺がもう暫くこちらにいますよ。幸い、まだどこかに呼ばれる様子もないですし」

「ふむ。では、朝食にトマトソースのスフレオムレツでも作りますね」

「はは、それは楽しみだな」

「因みに、新年はリーエンベルクを閉じるので、暖炉の会をして色々お喋りするのです!」

「その遮蔽があれば、安心でもあるな。俺も混ぜてくれるか?」

「ふふ、では三人で暖炉に当たりましょうか」

「ウィリアムなんて………」



お留守番班がのんびり感を打ち出したからか、ノアとアルテアは渋い顔で頷き合っている。




(ノアにはエーダリア様とヒルドさんがいてくれるし………、)



アルテアも行き先は同じであるし、見たところ、指貫もきちんと持っているようだ。

あの異様な事件の後で忙しなく出かけなければいけないが、みんな大丈夫そうだと考え、ネアはほっとした。




窓辺で、ディノに貰った飾り木の置物が朝の陽にきらきらと光る。



ノアにこの置物を持ち込んだ記憶はなかったようなので、これもまた、見えない手による守護のひと匙だったのかもしれないとディノに教えて貰い、ネアは唇の端を持ち上げて美しい宝物をそっと両手で包み持ち上げた。



冬告げの舞踏会での出会いを思い、そっと水晶の覆いを撫でれば、飾り木に付けられた星飾りがしゃりんと光ったような気もしたが、気のせいだったのかもしれない。




結局ネア達は、朝食の後で暖炉の会を開催したものの、完全遮蔽のリーエンベルクにすっかり安心してしまい、暖炉の前ですやすやと眠ってしまった。


ウィリアムは、夕刻頃に戦乱の気配に呼ばれるまで、更にゆっくりと休めたようだ。





新年の朝に起きた事件は、ひやりとするような出来事だったが、目を閉じても、怖いものに支配されてしまう事はなかった。



瞼の裏には、あの美しい錫杖を持つディノばかりが浮かんできて、ネアは、そんな記憶でいっぱいにしてくれた伴侶に感謝した。



ただし、裸の魔物が二人もいたので、そちらの記憶の侵食もなかなかに深刻だったのはたいへん遺憾に思うばかりである。
















明日より暫くの間、薬の魔物の世界のお話となる新連載の更新となります。


ツイッターでのSSの更新や、短いお話の更新はあるかもしれません。

詳しくは活動報告をご覧下さい。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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