ほこりの誕生日と橙色の小石
今日は、朝からリーエンベルクが騒がしい。
一年に一度の特別な日が訪れ、人々はその準備に奔走していた。
お祝い料理を作り慣れている料理人達も、今日ばかりは細心の注意を払った大皿料理を作る。
何しろ本日のお客は、場合によってはお皿ごと料理を食べてしまうので、出来れば食べられるお皿が望ましいことを彼等は知っているのだ。
よって、この日の為にと、リーエンベルク付きの料理人としての矜持を損なわない美しさで、尚且つ食べられるお皿の研究が密かに進められていたらしい。
また、騎士棟でも大きな動きがあった。
この日の為に集められた祟りものや呪物など、封印や浄化に手のかかるものを、騎士達が精査の上で箱詰めにしており、その箱には綺麗なリボンがかけられる。
封印庫から取り寄せられたものもあり、これまでは完全に浄化を終えるまでに長い討伐などを必要とした品々が、本日の主賓を大喜びさせつつ片付けてしまえることを、騎士達は喜んでいた。
そのどちらもが、ネアの可愛い名付け子のお腹に入る。
「では、」
本年も乾杯の合図を取らせていただいたネアは、昨年に引き続き持ち込まれた食べたくならない謎グラスで、美味しく葡萄酒を飲み干すほこりの姿を見ていた。
乾杯の前なので完全なフライングだが、全体的に丸のシルエットであるので、こうしてグラスからお酒を飲む姿はとても可愛い。
なお、エーダリアとヒルドは、なぜだかヒルドには礼儀正しく接したくなるらしいほこりにより提出された、美しい青緑色の宝石を囲んで目を丸くしていた。
内側がぼうっと燃えている素晴らしい宝石は、久し振りのリーエンベルクへの里帰りで弾み過ぎてしまったほこりが、入り口の階段で弾み戻ってしまい転がっていたところを、ヒルドが助けてくれたことに対するお礼であるらしい。
二人の表情を見るに、かなり凄い宝石であるのは間違いなさそうだ。
「ピ」
「ほこり、お誕生日おめでとうございます。また少し綺麗になってしまった上に、ずっとずっと可愛くなってしまいましたね?さすが自慢のほこりです!」
「ピ!」
「ふふ、あんなに小さかった雛玉が、すっかりつやつやの美雛玉になってしまって………」
そう褒められたほこりは大喜びだったが、喜びのどすんばすん弾みの中ではっとしたようにこちらを見ると、慌てて弾み戻ってきて、ネアの膝にぺったりとくっついてくる。
短い足をじたばたさせた後でじっとこちらを見上げるその様子は、まだ伴侶を見付けられなかった頃のほこりが、悲しいことがあると甘えに来た時の仕草ではないか。
「あらあら、甘えたなほこりも健在なのですね?」
「ピィ」
どうやら、大人になると甘えられなくなってしまうと思ったようで、慌てて幼気な雛玉感を出してみたようだが、どれだけ元気に育っても、ほこりはネアの可愛い雛玉なのである。
勿論たくさん撫でてやり、ほこりがせがむので、久し振りに幼い頃にしてやったちくちくセーターの話もしてやった。
「ピギャ!」
伴侶を得た今でもそのお話は好きなのか、お話が終わるとほこりは大興奮で部屋を転がっている。
その転がりを片足で止めたのは、なぜか渋面をこちらに向けるほこりの後見人だ。
今日は珍しくオリーブグリーンのスリーピース姿で、クラヴァットは少し変わった結びになっていた。
どうも、夜にどこかで夜会に参加するらしい。
「……………ほら見ろ、お前のせいだぞ。大人しくさせろ」
「可愛いほこりが、お誕生日にはしゃいで何の問題があるのでしょう。それに、アルテアさんの足に激突しただけですし、アルテアさんは可愛いほこりの後見人です」
「ほお、それなら…」
「ピギ」
「ほこりがね、帆立をたくさん食べようかなだって」
「やめろ……………」
アルテアは、ほこりが帆立を大量に食べてしまったことで生まれた帆立の祟りものから、周囲の人達の頭が帆立に見えるという恐ろしい呪いにかけられたことがある。
それ以降、ほこりと帆立の関係にとても敏感なようで、今回もそんな雛玉の一言でぴたりと黙ってしまった。
こちらはこちらで気の毒な感じであるので、ネアは転がっていった雛玉の回収に行きつつ、暗い目で黙り込んだ使い魔のお腹をそっと撫でてやった。
頭を撫でてやろうにも屈んでくれないと頭頂部には手が届かないことを、ようやく最近学んだのである。
となれば、ちびふわ的な見解により、腹部を撫でてやるのがいいだろう。
白けものとしては尻尾の付け根あたりだが、人型でそれ相当の場所を撫でると、恐らくネアの評判は痴女になる。
「…………やめろ」
「寂しくなったら、いつでもちびふわになっていいのですからね。そして、新年の白けものとの時間がまだ確保されていないようですので、そろそろご手配下さい」
「………………何の約定もなかった筈だ。あの獣のことは放っておけ」
「しかし、………白けものは、私に撫でられるのを待っている筈ですから」
「何でだよ」
「……………ピ」
「ほこり?…………むむ、あれはさくさくシュニッツェルですね。お皿に取ってあげましょうか?」
「ピッ!!」
ここでネアは、ほこりの為に、取り皿にシュニッツェルを用意してあげようとしたが、そんなネアの腕をそっと掴んだエーダリアが、なぜか無言で首を振った。
「エーダリア様の分は、残せばいいのですね………?」
「なぜそうなるのだ。ほこりのものは、あちらのテーブルに準備してある。丸ごと食べられるように工夫したそうだ」
「なぬ?!まさか、お皿迄ですか?」
「ああ。陶器に見えるだろうが、特殊な淡水の貝の貝殻でな。絵付け模様に見えるものは全てソースらしい」
「……………ほわ!近くで見ないと気付きませんでした!!そこまで繊細だなんて、何て素敵なお祝い料理なんでしょう。これはもう、絶対にこちらを食べないといけませんね。…………ほこり、お皿も食べられるシュニッツェルですよ」
「ピギャ!」
お皿まで食べられるということが余程嬉しかったものか、ほこりはどすんずばんと弾んで大喜びした。
ゼノーシュ曰く、これはほこりにとって大事な美味しいものポイントになるようで、美味しい料理の乗っていたお皿を食べられずにしょんぼりしているところを、昨年の誕生会で家事妖精が気付いてくれたのだそうだ。
「だからね、今年はお皿も食べられるようにしてくれるって言ってくれてたんだ」
「ピ!」
「ふふ、昨年のお誕生日に、そんな美味しい約束をしていたのですね。待って下さいね、持ち上げて下し………むぐぐ」
「ったく。お前に持てる量じゃないだろうが。寄越せ」
「………………お、驚きました。狩りの獲物より重いなんて……」
幸い、ネアの腕が抜けそうな重さの大皿シュニッツェルは、アルテアがテーブルから下してくれた。
ほこり用なのだから、予め床近くにある段差かなという高さのほこり用テーブルに置いておけばいいのだが、その場合、ほこりが転がってお皿をひっくり返す危険がある。
なので、都度誰かが下すようにしてあるのだが、ネアの筋力では本日の大皿料理を動かすのは難しいかもしれない。
「ピィ」
「ふふ、目がきらきらですね」
「良かったね、ほこり。お皿も美味しいといいね」
(言われてみれば、美味しいお料理を乗せると、食べた後にお皿にソースが残っていたりもするから、それでお皿を齧りたいのかしら……………)
ネアの場合は、そこでお皿を齧るよりはパンなどを登場させてソースをいただくが、ほこりはお皿まで美味しくいただけるのでそちらに気持ちが向くのだろう。
可愛いほこりが、むぐむぐしながらシュニッツェルとお皿を合わせていただく様を眺め、ネアは幸せそうな雛玉の姿に唇の端を持ち上げる。
「わーお、ほこりは大胆だなぁ」
「…………そのお皿は食べてしまってもいいのかい?」
そこに戻って来たのは、ディノとノアだ。
ディノは、ウィームまでほこりを送ってきてくれた白百合の魔物と、外で統括の状況について話をしており、あまり頻繁に顔を合わせる魔物ではないことからノアも同席していた。
「そのお皿は、ほこり用の特別なお皿なんですよ。料理人さんが、………貝?で作って下さったそうです!」
「食べられるのだね……………」
「ピギャ!」
「ああ。この近くの湖にも生息している、湖水真珠の貝殻だ。とは言え、あの大きさになるまでにはだいぶ時間がかかるからな。今回は、アルバン近くの大きな湖で育ったものを使ったそうだ」
「わーお。よくあんな大きさのものを見付けたなぁ……………あ、一緒に齧るんだ…………」
「……………喜んでいるから、美味しいのかな…………………」
湖水真珠の貝は、本来は真珠を育む高価な貝なのだが、忘れられたまま大きくなってしまったものが件の湖には沢山生息しているらしい。
こちらの世界における真珠は、一般的な貝真珠は天然ものしかなく、五年に一度、真珠貝達が大事に育てた真珠を受け取ってやらないと荒ぶる恐ろしい貝だ。
真珠を受け取って貰えなかった真珠貝は、世界に絶望しながら大切に育てていた真珠をぽいっと捨ててしまい、周囲の魚や水苔などをがつがつと食べ巨大化し、やがては人間だけではなく竜なども襲うようになる。
とても獰猛で害獣として駆除対象になっているというのだから、やはり不思議な世界なのだった。
貝真珠は、魔術貴賎が低めの白い装飾品として重宝されるので受け取り手は多い。
しかしそれでも受け取り手が現れず生まれる、悲劇の真珠貝もいるのだろう。
真珠を捨てた真珠貝という言葉は、こちらの世界では愛情を受け取って貰えずに荒ぶる生き物を指す言葉にもなっている。
全く別の育て方をする月光真珠や雪真珠も同じように警戒されてしまうので、同じ真珠族には迷惑な話なのかもしれない。
なお、白持ちの魔物達は、自分の魔術から魔物産の真珠を作れたりもする。
(だから、この世界では澄んだ湖の底に、真珠が無造作に転がっていたら、決して近寄ってはいけない…………)
そこには、世界を呪う真珠貝が生息している可能性があるのだ。
「ピッ、ピィ」
「ほこり?……………エーダリア様、この箱の中は何でしょう?ほこりが興味津々です」
「使われた湖水真珠貝を採取した際に、湖の底に落ちていた真珠の祟りものらしい。弾けるので危ないと封印の小箱に入っているが、食べられるだろうか?」
「ピ!」
シュニッツェルは瞬く間になくなってしまったようで、ほこりが次に興味を示したのはその隣に置かれていた黒い小箱であった。
ネアも、先程から動いているような気がすると気にしていたので、中身が荒ぶる真珠であると聞き、少しだけすっきりした。
最近聖人で痛い目に遭っているので、プレゼントボックスの聖人など、謎めいた怖いものでなくて良かったと胸を撫で下ろす。
エーダリアは指先で術式をそっと編み込み、箱の周囲に文字の帯のようなものを作り上げてから、黒い箱の留め金を外して親指と人差し指で作った輪っかくらいの、特大サイズの真珠をほこりに与えていた。
箱に閉じ込められたことで更に怒りを溜め込んでいたものか、勢いよくばいんと弾んだ真珠は、すぐさまほこりの嘴にがっちり咥えられてしまい、そのままぼりぼりとお菓子のように齧られてゆく。
「ピ?!」
「甘くて凄く美味しいみたいだよ。特別な蜜林檎みたいな味なんだって。……………真珠って食べられるんだね………」
「ゼ、ゼノ、祟りものはいけません!」
「うん…………。でも、何か丸くて美味しいお菓子を、絶対に後で食べる…………」
余程美味しかったのか、ほこりは、真珠の祟りものを最後のかけらまで大事に大事に食べた。
ゼノーシュも堪らずに気になってしまうくらい幸せそうで、食べ終えると真珠をイメージしたものか、白くて丸い綺麗な宝石をけぷりと吐き出し、エーダリアを呆然とさせる。
そしてその丸い宝石を、足でころころとエーダリアに押し出した。
「ピィ」
「すごく美味しかったから、お礼だって」
「…………ピ」
「それから、また見付けたら、食べたいって」
「あ、…………ああ。礼などせずとも、また見付けたら取っておくからな」
「ピ!ピィ!ピ!」
喜びに弾むほこりに、出された宝石のあまりの白さに驚いてしまっていたエーダリアも、近くで一緒に宝石を覗き込んでいたノアと顔を見合わせて笑顔になる。
「ふふ、なんて嬉しそうなんでしょう。ほこりの好物がまた見付かったようですね」
「真珠の祟りものは子供を狙うから、ほこりが食べるなら喜ばれるだろう」
「まぁ!真珠の祟りものめは、悪いやつなのですね?」
ほこりは、人型になると、多くの魔物達を容易く籠絡してしまう程の美貌になるが、こうして見ている限りは、あの可愛い雛玉が大きくなっただけの愛くるしさにしか見えない。
そっと手を伸ばして雛玉を撫でてやっているエーダリアも、ほこりに関しては、珍しくその白さを警戒せずにすぐに可愛がるようになってくれた記憶なので、リーエンベルク生まれであることも大きいのだろうか。
「ピ!」
「良かったですね、ほこり」
「ピ!」
「ネアも食べられたらいいのにねって」
「そんなに美味しかったのですね?…………ディノ?」
「……………ネアは、祟りものは食べない…………」
「…………ピィ」
このやり取りでなぜかディノが怯えてしまい、ほこりは、まずいことを言ったと思ったようだ。
羽を少しだけけばけばにした雛玉に、慌てたネアは、本日の目玉でもあるお誕生日ケーキの方へ誘うことにする。
「ほこり、今年もアルテアさんがケーキを作ってくれましたからね!」
「………………作らせた、が正しいな」
「ふむ。ほこりのお誕生日が近いとあって、私は急ぎアルテアさんをカードで負かしてしまわねばならず、可愛いほこりの為に頑張りました!」
「ピ!」
「あのね、今年のほこりの誕生日のケーキは僕の白いケーキに似てるんだ」
「ピ!ピ!」
「……………うん。グラストももうすぐ、…………あ!グラストだ!!」
ここで遅れていたグラストも到着し、ほこりは、どすんばすんと弾みながら挨拶に行った。
じっと見守るゼノーシュに特別だよと言われながら、グラストにも頭を撫でて貰って、また嬉しそうにじたばたしている。
ゼノーシュにとっても、ほこりは大事な友達なのだろう。
ネアは、ご主人様に祟りものなど食べさせないという強い気持ちで羽織ものになっている魔物の方を振り返り、そっと尋ねてみた。
「ディノ、ほこりは統括のお仕事で困っていませんか?」
「そちらは問題ないようだよ。統括の土地では、祟りものが減ったので人間の国が安定してきているそうだ。とは言え、土地の環境を急激に変えてしまうと、そこに面した周囲の場所との均衡が崩れるからね。ジョーイには、ほこりが食べ過ぎてしまうようであれば、他の土地などでも狩りをするようにと伝えておいたよ」
「白百合の魔物さんは、ほこりをとても大事にしてくれるのですね…………」
白百合の魔物ことジョーイは、人面魚事件からのきりん絵事件で階位を落としはしたものの、白持ちの公爵位の魔物だ。
ウィリアムに似ていると評されるのを聞いたことがあるが、大事にする相手にはとても過保護であるらしく、ほこりと、ほこりの下僕なのか信奉者なのかという白夜の魔物の関係など、多くの繊細な問題を上手に捌いてくれている。
ネアが一緒に事件解決に取り組んだことのある、白薔薇の魔物も、そんな白百合の魔物の為にほこりの面倒を見てくれることがあるので、ネアは、白百合の魔物にはとても感謝していた。
「それと、ジョーイは、このウィームに古い友人がいるのだそうだ。以前、伴侶を亡くした時に彼を救おうとしてくれたかけがえのない友人だと話していた。今日は、ほこりをこちらに預けて、迎えの時間まではその友人と昼食を食べるらしいよ」
「まぁ、そのような方がウィームにいらっしゃるのですね。実は、ほこりを待っている間、白百合さんはどうするのだろうと心配していたので、それを聞いてほっとしました」
「妖精の血を引いている人間だと話していたから、随分と長く生きている者がいるらしいね」
「ほわ、またしても凄い人材が隠されています……………」
ほこりは、ゼノーシュを通訳にグラストとあれこれお喋りしたようだ。
楽しかったのか胸周りの羽毛を膨らませてこちらに戻って来ると、ネアの足にすりすりしてくれた。
ちらりとディノの方を見てもいるので、本当はディノにも撫でて貰いたいのではないだろうか。
「ディノ、ほこりのお祝い撫でをしましたか?」
「……………撫でるのかい?」
「ええ。可愛いほこりの二度目のお誕生日です!」
「ピ?!」
「………………これでいいのかな……………」
ディノに、おぼつかない手付きで恐る恐る撫でられてしまったほこりは、ぼふんと羽をけばけばにしてしまう。
ディノも正しい撫で方が分からなくて不安だったのか、指先でそっと撫でただけなのだが、それでもほこりには充分な贈り物だったようだ。
「ピギャ!」
ばすんと弾んだ後、ほこりは大興奮で部屋の中を転がってしまい、再び、ゴールキーパーのごとくアルテアに片足で止められていた。
後見人は渋面で足元を見下しているが、ほこりはまたすぐに反対側に転がってゆくと、唐突に、残っていたサラダをお皿を丸ごとむぐむぐと食べている。
サラダは興奮を鎮める為のものだったのか、食べ終えてけばけばの羽が収まると、またこちらにやって来てくれた。
「ピ!」
「これで、ディノからも撫でて貰えましたね?」
「ピ!ピ!」
「転がる時に、顔面は打たないのだろうか………」
「ピ?」
「エーダリア様、ほこりは魔物ですから…………」
「そ、そうか……………そうだったな」
あまりにも転がるので心配になってしまったようだが、呆れ顔のヒルドにそう言われてしまい、エーダリアは目元を染めて慌てて頷いた。
ついつい可愛い雛玉の感覚になってしまうが、ほこりは既に白持ちの魔物である。
星鳥であった筈なので、その色に見合った高階位の魔術をどこまで使えるのかは未知数だが、割と初期の段階で高位の精霊王も齧って食べていたので、攻撃してこない床を転がるくらいなら心配はなさそうだ。
「ピ!」
そんなほこりがつぶらな瞳をきらきらさせているのは、後見人による手作りの誕生日ケーキの時間が訪れたからだろう。
ほこりが階位を上げたことであまり手の込んだケーキは作れなくなったそうで、結果として今年のケーキは、美味しいスポンジに白いクリームのゼノの特別なケーキのようになっている。
(今のほこりの階位だと、アルテアさんからの贈り物を食べると、不用意な変質をしてしまうといけないからって……………)
分類としては悪食になってしまう特異体である上に、ほこりはアルテアを後見人とすることで選択の魔物の庇護下にあるという状況が、この誕生日ケーキに反映されていた。
庇護の下に悪食を育てるという作業に魔術が紐付かないよう、ほこりには刺激の少ないケーキが用意されたのだ。
飾り気のないケーキは、ケーキに使われる材料のそれぞれに祝福の色が強いからこそこうなってしまったのだが、ネアは少しだけほこりが不憫になってしまい、屈み込んでそっと頭を撫でてやった。
「ほこりの魔術が安定すれば、私からも贈り物が出来るのですが………」
「ピ!」
「お誕生日会があるだけで、凄く幸せだって」
「まぁ!ほこりはとても優しい子ですね。皆さんがほこりを大事にしてしまうのも、当然のことでした」
「…………ピ」
褒めて貰えたほこりは少しだけ照れてしまい、シンプルではあるものの美味しそうな白いケーキをむぐっと齧ってもぐもぐしている。
すぐに目を丸くしてがつがつと食べ始めたので、飾り気はないが、スポンジを焼いたのもクリームを塗ったのもアルテアである以上、きっと特別に美味しいケーキに違いなかった。
幸せそうなほこりも可愛いし、ケーキも美味しそうだなと思ってじっと見ていたネアは、すっと横から差し出されたお皿に目を瞬いた。
白いケーキ皿の上には、綺麗にカットされた赤紫色のつやつやとしたケーキが乗っていて、淡い檸檬色のクリームで象られた小花が可愛い。
「お前はこっちだ」
「…………ほわ、フランボワーズのムースのケーキが現われました!………アルテアさん、この薄く挟まったきらきら光るクリームは何でしょう?色的には檸檬のようなものですか?」
「陽光の蜜菓子を砕いて果実酒のクリームに入れたものだ。お前はこいつと違って、可動域は上がらないからな」
「むぐ、美味しいケーキを捧げながらであれ、私の可動域を貶める行為は許されませんよ…………」
「ピギ」
「おい、齧るな。わざわざケーキを作ってやっただろうが」
「………アルテア、この切ってあるケーキは、僕も食べていいの?」
「……………ああ。魔術の繋ぎは切ってあるから好きに食え」
「わぁ!有難う!!」
最近、すっかりアルテアからの料理提供にも慣れてきたゼノーシュが、ケーキ台の上に残っていたケーキを指差し許可を貰って笑顔になっている。
ご主人様とお揃いにしたい魔物もお皿を持って並んでいるので、選択の魔物は予め人数分に足りるように、丸いケーキをきちんと切り分けておいてくれたようだ。
喜びに弾むほこりと笑顔のゼノーシュに挟まれたネアは、今日は人生で最良の日かなと考え、満ち足りた思いでケーキを頬張る。
すると、フランボワーズのちょうどいい甘酸っぱさと、お酒の風味のあるクリームの少しだけ大人の風味な甘さの組み合わせがお口の中で広がり、更なる天上の喜びをネアに届けてくれた。
「…………むぐ。美味しい幸せにくらくらします」
「可愛い、揺れてる……………」
「わーお、この陽光の蜜菓子、かなりいいものだなぁ。………ほら、木漏れ日が滴ってる」
「………………陽光の蜜菓子は、伝承の中にしかないものだと思っていたのだが、実在するのだな…………」
「おや、私は幼い頃によく食べましたよ」
「ヒルド………?これは、一滴で国が買えるような幻の甘露だと聞いていたぞ…………?」
「あ、市販のやつは高いよね。これはさ、蜜そのものは珍しくないんだけど、収穫が難しいんだ。良く晴れた日の澄んだ陽光を溜め込んだ場所が、急速に冷やされると真夜中に結晶化するものだから、気温の変動ですぐに溶けちゃうんだよなぁ…………」
「むぐふ。どうやって採取するのですか?」
ノアにそう尋ねたネア達の隣で、ほこりが、自分もその美味しい蜜菓子が気になるという目でこちらを見ていたが、用意のいい後見人は抜かりなく加工されていない蜜菓子の結晶を用意していたので、すぐにそれを貰って幸せそうにぼりぼりと齧っていた。
本日の主賓なのに珍しいお菓子を食べられなかったら可哀想だとハラハラしていたネアも、その様子を見てほっとする。
「蜜菓子の採取には、特製の森結晶のピンセットと、樫の木から作られた箱が必要なんだ。高級品だから、専業の採取人がいる筈だよ」
「まぁ、そんなに特別なものなのですね。アルテアさん、美味しいケーキを有難うございます!」
「ピ!」
「ほこりが、結晶のままでもすごく美味しいって。中に冷たい蜜が入っているみたいな味なんだって」
「ふふ、ほこりの為の結晶石も忘れない、優しい後見人さんですね。アルテアさん、ほこり用の蜜菓子も有難うございます!」
「持ってこないと面倒だからだな」
「ピ?」
「おい、わざと足を踏むな。自分の重さを考えろ」
「ピギィ……………」
本来は結晶を煮出して蜜だけを採取するのだが、手を加えてしまうと付与魔術が働いてしまうので、アルテアはほこり用に、採取したそのままの状態のものを持って来てくれたようだ。
ネアは、アルテアにこちらからもお礼を言い、すっかり空っぽになってしまったお皿を悲しい思いでテーブルの上に戻した。
(これは、献上品のリストに加えてもいいかもしれない………)
たいへん美味しいケーキであったので、ネアとしては是非に今後の持ち込みのラインナップに加えて欲しいのだが、この場であんまりはしゃぐとほこりが気になってしまうと思うので、お誕生日会が終わってからオーダーしよう。
やがて、可愛い大雛玉は満腹になってどすばすと弾みながら帰っていった。
帰り際には騎士達からも祟りものの箱詰めを貰って撫でて貰い、すっかり幸せにへなへなになってしまっている。
ネアは、リーエンベルクの正門前にほこりを迎えに来てくれたことで、里帰りでお誕生日会な送り迎えをしてくれた白百合の魔物を見ることが出来た。
擬態をしているのか、黒髪に淡い緑色の瞳の男性の姿をしていたが、優雅にディノに臣下の礼をしてくれる姿を見ていると、人外の美麗な王族のような気品と風格がある。
(何と言うか、ロサさんといい、この白百合さんといい、正統派の綺麗な魔物さん達なのだわ……………)
そう考えて、彼等が何を司るのかをあらためて考えた。
白百合や白薔薇らしい美貌と気品をと思うのは、白百合や白薔薇を愛する人達の願いなのかもしれない。
形あるものを司る人外者達は、そうして外側から輪郭を固められることもあるそうだ。
「今年も、夜はほこりのお城でお誕生日のパーティなのだそうです」
「アルテアの城だった場所だね。今は、白夜が掃除などの手入れをしているそうだ」
「……………魔物さんのお城にも、お掃除が必要なのですか?」
「自分の領域であれば、当人が戻れば手入れが行き届くらしい。私はそのようなことはしたことはないよ。…………ただ、ほこりの城はアルテアのものだったから、今は誰かが手を動かさなければいけないのだろう」
「白夜の魔物さんが、お掃除をしてしまうのですね…………」
「…………うん。彼は、複数の要素を動かすのが得意だからね……………」
仲良しの白百合の魔物に得意げにお土産を見せていたほこりが振り返ったので、こんなに大きくなってという万感の思いを込めて微笑みかけ、帰ってゆく雛玉にみんなで手を振った。
見上げた空はまだ明るいが、夜になると、今日もまた空を流れてゆく星があるのだろう。
その中には、ほこりが生まれたような小石にしか見えない星鳥の卵も混ざっているのかもしれず、ネアは、たくさんの小さな星鳥達が、ほこりのように大好きな伴侶に出会うのかなと考え素敵な気分になった。
見送りも終わったしと屋内に入ろうとしたところで、花壇の隅にきらりと光るものを見付けたネアは目を瞠る。
「……………小石」
「……………ありゃ、ネア?」
「ほこりの時のような、綺麗な色の小石を拾いました。高く売れるものでしょうか?」
そう言って拾い上げたものを掲げると、なぜか魔物達の顔色が変わった。
真っ先に動いたのは、白百合がいるからと見送りについてきてくれたアルテアだ。
「お前の引きの悪さは呪いと言ってもいいくらいだな。…………いいか?これは俺が対処する」
「むが!なぜに略奪されたのだ!最初に見付けたのは私なので、私に権利がある筈です!!」
「ネア、その石はアルテアに預けようか」
「…………むぎゅう」
ディノからも深刻な表情でそう言われてしまえば、ネアとしては、渋々ではあるものの渡すしかなくなってしまう。
悲しい目をして握り締めた橙色の小石を差し出すと、魔物達は不思議なくらいに安堵するではないか。
(もしかして、怖いものだったのだろうか……………)
であれば、心配してくれたのかもしれないと考え、ネアは、その小石がどこに持っていかれたのかをあまり追及しないことにした。
それからひと月後、リーエンベルクに在籍する騎士の母親が、星鳥を伴侶に再婚したという噂を聞いた。
夫を亡くしてからは随分と気落ちしてしまい、西方の森深くにある屋敷に独り住まいの母親を、その騎士はずっと案じていたそうだ。
屋敷の敷地内にある特殊な鉱脈がなかなかの収益を上げている為に金銭的な苦労はないものの、優秀な魔術師だからこそ一人で何でも出来てしまい、友人も作ろうとしなかったその母親に、息子は何度もこちらに移住して共に暮らさないかと提案したが、頷いては貰えなかったという。
息子にも騎士の仕事もあり、婿養子に入ったばかりの妻の一族との兼ね合いもありと、なかなか会いに行けずグラストに相談していた案件だったので、ネアにまで解決の噂が聞こえてきたのだろうか。
ダリル経由で贈与された星鳥の卵は、無事に彼の生家で孵り、母親には橙色の髪を持つ背の高い素敵な伴侶が出来たそうだ。
今は、幸せそうに二人で暮らしているらしい。




