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116. 朝には贈り物の話をします(本編)




朝になり、暖房の入っていない部屋の布団の中で僅かに躊躇したが、クリスマスなのだからと気を取り直し、誰もいない部屋に下りて行くと、そこはしんと静まり返っていた。


空っぽの部屋はがらんとしていて、窓の向こうはしんしんと雪が降り積もっている。


家族で暮らしていた家はもう、随分と古くなった。

誰もいない部屋をもう一度見回し、ここでまた誰かと笑い合う事を夢見た自分の浅はかさに少しだけ泣いた。


紅茶の缶は先月から空になり、クッキー缶ももう空っぽだ。

お湯は沸かせるがさてどうしようと溜め息を吐き、クリスマスの日に食べるべきものを考える。



「……………料理までも欲しいと我が儘なんて言わないわ。せめて温かい紅茶を飲んで、ケーキを食べられたらいいのに」



そう呟けば、胸が締め付けられるように痛んだ。

本当はケーキなんていらないから、家族が欲しい。

誰かとクリスマスだねと話をして、降り続ける雪をただ綺麗だと言ってみたい。



それだけでいいから。



それだけでいいから、神様。






「……………ネア、」

「………むぐ?」



柔らかな朝の光は青白く、今年は少しだけ菫色がかっている。

カーテンの隙間からこぼれた美しい煌めきに目を瞬き、枕元に置かれた飾り木台が、しゃりんと音を立てた。



「おはよう、ネア。怖い夢を見たのかい?」

「………ディノ」



目を覚ませば、そこには真珠色の長い髪を下ろした美しい男性がいた。

これはたった一人の大切な伴侶なのだと思えば、しんと静まり返っている雪原のようだったネアの胸の中が、きらきらと輝き出す。


水紺色の瞳を細め、そっと落とされた口づけは甘くて優しい。

ネアはなぜか、わぁっと声を上げて泣いてしまいたくなった。


甘やかな口づけの合間に、手を伸ばして逃してはならない魔物をぎゅっと抱き締める。



「可哀想に、怖い思いをしたのかな。君はもう、一人ではないよ?」

「……………ディノは、逃げたりしません?」

「勿論だよ。ほら、君の大好きなイブメリアの朝だ」

「………ふぁい。こうしてぎゅっとされて安心したので、後はもう美味しい朝食のことしか考えていない私でも、嫌いにならないでしょうか?」

「ご主人様……」



さっそく食べ物へと心が彷徨い出てしまったネアに、魔物は少しだけ困ったようにしたが、それでももう一度ネアを抱き締めてくれた。


ネアは、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる魔物に、おや、抱き締めていたのは伴侶ではなく犬だったかなと思いながら小さく笑う。

そんな魔物を受け止めながら、ほこほこする胸の温かさは擽ったい程だ。



(そうだ。………こんな風に誰かと、今日はクリスマスだねって話したかった)



一度ぬくぬくと毛布の中で丸まり、ネアは起床に向けてぐぐっと体を伸ばした。

枕元のテーブルに置いた飾り木台を眺めれば、その美しさに心がふにゃりと蕩けてしまう。



「ディノからの贈り物が、朝になってもこんなに綺麗だなんて………」

「……………可愛い」

「見て下さい、これで二本です!また来年に一本増えて、森のようになってゆくのでしょうか………」




歌劇場からの帰りの馬車で、ネアがディノから貰ったイブメリアの贈り物は、飾り木台と今年の飾り木であった。



これはもう、どれだけ飾り木に執着があるのかを見抜かれていると言わざるを得ないが、貰った瞬間に、あまりにも綺麗で馬車の座席から滑り落ちそうになったくらいなので、飾り木愛は隠しておけそうにない。



一昨年のイブメリアに、ディノから貰ったフィンベリアのような飾り木の置物がある。



ネアはそれがとても気に入り、イブメリアになるといそいそと取り出して飾るのは勿論、夏場にも時々じっと見ていたりするのだ。

今年の冬告げの舞踏会でクロムフェルツに出会ってから更に症状が悪化しており、ネアは、重度の飾り木大好き症候群に悩まされていた。



がらがらと車輪の音が響く馬車の中で、ディノが取り出したのは贈り物専用のリボンがけされた、白い天鵞絨の小箱で、はっと息を飲んだネアが震える手でその箱を開ければ、その中からはまたしても素晴らしい飾り木の贈り物が出てきた。


今年のものは真夜中の風景の中に佇む飾り木で、雪は降っておらず、豊かな祝福に雪面や飾り木に吊り下げられたオーナメントがきらきらと光る。

おまけにこれには、香辛料用の小さな棚のような魔術仕掛けの飾り木台というおまけがついており、どちらの飾り木の置物も楽しみたいときには、水晶の覆いを外してその台に飾り木を設置しても良いのだ。



飾り木と親和性の高い雪結晶の台に設置された飾り木は、置かれた場所に風景を馴染ませるので、これからもこの小さな飾り木を揃えてゆけば、小さな風景を収集しているかのようになる。



(水晶の覆いをかければ一つで素敵な置物になるし、揃えて色々な飾り木を楽しんでもいいだなんて……………)



考えて嬉しくなってしまい、ネアはまた目をきらきらにして飾り木台を見つめた。

子供のようだと笑われてもいい。

ドレスや宝石よりも、ネアはこの贈り物が大好きなのだった。



そんなご機嫌の伴侶に唇の端を持ち上げると、ディノは、今度はネアの鼻先に口づけを落とす。


ネアが喜べば喜ぶ程にこちらの伴侶も盛り上がってしまうので、隣のディノはいつの間にか、カーテンを下ろしたままの夜明けの仄暗い部屋の中で、輝くようになってしまっていた。



「………とても名残惜しいのですが、そろそろ朝食に行かなければなりません。ディノ、私が会食堂でこの贈り物を自慢ばかりしていても、がっかりしません?」

「君は、いつだって可愛いよ」

「まぁ、ディノがそう言ってくれるのなら、それだけで充分ですね」

「うん………」



微笑みを交わし、祝祭の朝だからか祝福が満ち満ちてしまい、魔術の煌めきがネアにも見えるくらいになってしまった蛇口からの温水で顔を洗い、ネアは今日の為の素敵なドレスを着た。


今年のイブメリアのものは、表面が白くけぶるようにも見える水色の天鵞絨のドレスで、ぱっきりと白くなり過ぎないシェルホワイトのレースとの組み合わせが素晴らしい。

襟元はふんわりと開いていて、肌に馴染むレースの色は女性らしい優美さよりも、静謐で穏やかな雰囲気を整えてくれる。


雪白の舞踏会に行く際には、舞踏会用のまた別のドレスを着るが、それ以外の時はこのドレスで過ごす予定だ。


「……………ネアが可愛い」

「………む。さては、このドレスが気に入りましたね?」

「虐待する………」

「その用法で減点です!」

「ネアが、…………可愛くて狡い?」

「………むぅ。それで及第点としましょう」



二人が会食堂に向かう道中で、ちょっとまだ眠たい感じに壁に寄りかかって立っていたノアを拾い、入り口のところでアルテアとも合流する。

ウィリアムは早くに起きてウィームの街を見てきたそうで、窓辺に立ち森の方を見ていたようだ。



「おはよう、ネア。今日は……………可愛いな」

「まぁ!ウィリアムさんにも褒めて貰いました」

「ネアが狡い…………」

「え、何で僕も褒めたのに、こんな風に喜んで貰えなかったの?」

「それはノアの言葉の選び方に、大きな減点があったからではないでしょうか?」

「ありゃ」



こつこつと規則的に床を踏む音がして、会食堂に入ってきたのはヒルドだ。

イブメリアの儀式の多い今日は、深い瑠璃色の盛装姿が何とも艶やかである。

長い髪を下ろしていると、まさに妖精王という風格もあるのだから、ネアはじっくり凝視するしかない。



「ヒルドさん、おはようございます」

「おはようございます、ネア様。今朝は、ディノ様に幸運が訪れたようですね」

「……………む?」


異変を察したネアがしゅばっと窓に駆け寄ると、そちらに立っていたウィリアムが、苦笑して雪雲なのに彩雲がかかっていると教えてくれた。


「まぁ。それはきっと、私がディノからの贈り物ではしゃぎ過ぎたからに違いありません」

「…………ん?そっちなんだな………」

「ディノから貰ったイブメリアの贈り物は、とっても素敵だったのですよ!じ、自慢したくてならないのですが、長くなるのでエーダリア様も揃ってからにします!」

「はは、長くなるんだな」



騎士の休日のような寛いだ装いのウィリアムに対し、祝祭などの装いはきちんと整える派のアルテアは、優美な灰色のドレスシャツに暗い葡萄酒色の盛装ジレ姿だ。

きゅっと締まった腰回りのラインが美しく、宝石装飾のボタンがきらりと光る。



「すまない、ムグリスの反乱があり、少し遅れてしまった」

「おはようございます、エーダリア様。そ、その反乱について詳しく教えて下さい!」



少し早足で会食堂に入ってきたのは、グラストとゼノーシュと一緒のエーダリアだ。

本日の装いは、図らずも少しネアと似ていて、淡いミントグリーンの艶がかって見える水色の天鵞絨の装いに、美しい白色の毛皮飾りのあるケープを羽織っていた。


配色の色味はそれぞれに違うのだが、何となく色調が揃ったようになり、おやっとお互いの姿を確認する。



「リーエンベルクの飾り木に、何匹かのムグリスが巣を作ろうとして暴れたんだよ。あの木が気に入って、冬が終わるまで飾り木に住むんだって」

「その気持ちはとても良くわかってしまう飾り木愛好家な私ですが、リーエンベルクの飾り木はみんなのものです!」

「わーお、僕の妹が熱くなったぞ………」

「飾り木は、今夜までのものですからね。立ち退きを納得させることよりも、それを知った時の錯乱が激しく、説得に少し時間がかかりました」



ムグリス達の荒ぶりを思い出したものか、グラストが苦笑しながら教えてくれる。

お気に入りの飾り木が今日いっぱいで片付けられてしまうと知り、悲しみに震えるムグリス達を回収したのは、禁足地の森に住むミカエルだったのだとか。


森に落ちていた最初のバベルクレアの花火の宝石の欠片を貰い、なんとか落ち着いたようだったと言う。



「あまりにも綺麗で、ずっと見ていたいですものね!」

「…………なんでお前は得意げなんだ」

「私には、ディノのくれた素敵なちび飾り木がありますし、雰囲気ごと楽しむ際には、アルテアさんがくれた教会に行く事にしています。ぬかりはありません!」

「わーお、すごい自慢してるぞ………」



ふんすと胸を張ったネアに、ディノは少しだけもじもじしてしまい、窓の外は重たい雪雲の下なのに虹がかかってしまった。


ぱきぱきと音がして、三輪程咲いてしまった鉱石の花に、なぜかはっとした様子のエーダリアとアルテアが向かい合う。

しかしその花は、残酷で強欲な人間が全て採取してしまったので、二人ともがっかりしたようだ。



「でも、シルの気持ちは良くわかるなぁ。ほら、僕達はそんな風に喜んで貰えることなんて、殆どなかったからね。一番大事な女の子にそんなに喜んで貰えたら、僕も虹を出しちゃうかもだよ」

「お前にはかけられないだろうが」

「わーお。アルテアはさ、さり気なく指貫を触りながら話すのやめて欲しいなぁ」

「アルテア、食事中には行儀が悪いので外したらどうですか?」

「ウィリアム…………」



にっこり微笑んでそう言ったウィリアムに、ネアとディノはこれはやはりと顔を見合わせた。


実は、これからの朝食の後で話題に上がるイブメリアの贈り物には、そんなウィリアムにとっての少し変わった贈り物が控えているのだ。




「……………今年のケーキが!」



しかし、視界に入った白いものに気付いたネアの心は、ここで、テーブルの上に鎮座したケーキに魅了されてしまった。


イブメリアに食べるケーキは、白い雪に見立てたケーキに血脈の繁栄を意味する赤い実を使ったものが、伝統に則ったケーキとされる。


だが、リースなどに使うインスの実で美味しそうなのに食べられない赤い実を散々見せつけられてしまい、赤い実を何としても食べたかったに違いない先人達の嘆きを受け、イブメリアのケーキは、白いクリームと赤い果実を使ったものとなったに違いないと、ネアはこちらの世界に来てすぐに見抜いていた。


今年のリーエンベルクのケーキは、白いクリームを塗ったケーキの土台に、ホーリートのリースを模した葉っぱをクリームで繊細に描き、ぷちりとした赤い実をたっぷり乗せてリースに見えるデコレーションとなっていた。


「ふぁふ。今年のケーキは、可愛くて美味しそうだなんて………」

「ネア、落ち着いて」

「ディノ、このケーキの上に載っている赤い実が、何の果物だか分かりますか?私には何の果物なのか分かりませんが、一粒ずつ微妙に赤の色合いが違うのもとても可愛いのです」

「僕知ってるよ!それね、一粒ずつ中にソースの入ったゼリーなんだよ。雪苺と、雪下木苺と、さくらんぼと赤葡萄なんだよ」

「まぁ、果物ではなく、果物を模したソースの粒なのですね?」

「うん。果物はケーキの中に入っているんだって。雪苺だよ!」

「ふぁ…………」



そんな新しいケーキとの出会いに感動に打ち震えつつ、ネアは席に着いた。


今年はケーキの上に果物を敷き詰めたりはしてないが、やはり手の込んだ、それでいて過剰な装飾に傾かずにきちんと食べて美味しそうなケーキなのが堪らない。

逸る心を宥めつつ、料理のお皿を見ればまた心が弾んでしまう。


「おい、弾み過ぎだぞ」

「むぐぅ。アルテアさんには、このお皿の素晴らしさが分からないのですか?」

「ったく、落ち着け」

「ネア、これを持って深呼吸しようか」

「なぬ。なぜに三つ編みが登場したのだ」



ほこほこと湯気を立てる、美味しそうな牛コンソメのスープ。

これはウィームの冬の伝統料理なのでこの時期は何かとお目にかかるが、シンプルなスープなので少しも飽きる事はない。


そこに、この祝祭の季節に食卓に並んできた様々な料理が一口ずつ盛り付けられた、イブメリアの朝食のお皿が並ぶのだから、ネアは喜びに弾むしかない。


全員が揃いいただきますとなれば、エーダリアは真っ先にクラヴィスの鶏肉を食べていた。



「ぐぬぬ、ローストビーフを最後にするか、鶏の香草焼きを最後にするか、たいへんな試練が待ち構えていました」

「私のものも食べるかい?ローストビーフは、ふた切れあるよ」

「…………むぐ。し、しかし、このお皿は、様々なお料理で奇跡的な均衡を保っていますので、大事な伴侶にも全てを美味しく食べて欲しいのです。ディノ、一緒に同じ感動を分かち合いましょうね」

「ネアが甘えてくる………」



お皿の上に並んだのは、鶏の香草焼きやローストビーフだけではなかった。

ネアの心を狂わせるサーモンミルフィーユに、さり気無く前菜として出ていたものだが、彩りも良く定番のゼリー寄せまで。


(凄い……………。ゼリー寄せの中のお野菜が、お花みたいになっている!)


型に入れる際にそう見えるように配置したのだろう。

そんな心憎さにも打ちのめされながら、ネアは美味しい一口料理を堪能した。

小さく正方形に切り分けて盛られていた、主菜のお皿に添えられていた挽肉のトマトソース煮が入ったラザニア風グラタンもほこほこと湯気を立てており、蕩けたチーズごといただけばローリエの香りも良く至高の味わいである。


野菜のキッシュも定番料理だが、美味しいのでみんな大好きなメニューである。

このようにして、素朴でも美味しい料理が沢山並び、見た目は凝っているがお味はあんまりな料理などは、リーエンベルクのお皿には登場しないのだ。



「むぐ。こうしてみなさんでいただけて美味しいだなんて、至福の時間です!」

「僕ね、ネアとディノから砂風呂つきの旅行のチケットを貰ったから、もっと幸せ!」

「まぁ、私も負けませんよ?」



そう贈り物の話を切り出したのは、ゼノーシュだ。

そろそろケーキをとそちらを見ているので、苦笑したヒルドが、切り分けましょうねと給仕妖精を呼んでくれた。


今年は赤い実に見立てたソースの粒の配置があるので、こちらでお切りしますと言われていたらしい。

確かに、折角の赤い実を潰してしまうと勿体ないので、ここはプロにお任せしよう。



「ディノ殿、ネア殿、有難うございます。ゼノーシュが同じものがいいとお願いしたと聞いていますが、ご負担になってないといいのですが」

「同じものがいいと言ってくれて、以前の贈り物を気に入ってくれたのだなとすっかり嬉しくなってしまいました。またお二人で、のんびりと休日を過ごして下さいね」

「あの砂風呂はいいですね。体の疲れが一気に抜け落ちる」

「ウィリアムさんに教えて貰って、すっかり騎士さん達にも根付きましたね」

「ゼベルとエドモンがいたく感動していましたので、来年には、自分もと計画を立てている騎士達も多いようです」


砂風呂をすっかり気に入ってしまったグラストの為に、秋頃にゼノーシュから、今年のイブメリアの贈り物も砂風呂付の宿泊券がいいなというお願いがあった。

ネアは勿論すぐさま了承し、ウィリアムを介してルグリューに予約のお願いをしたのだった。


グラストが珍しく興奮した様子で砂風呂は凄いと騎士棟で話したところ、他の騎士達も、砂風呂に興味津々になってしまった。


騎士達は、お祝いの祝福も得られることから各自の誕生日の贈り物をみんなで出し合って贈り合う習慣があり、そんな人数分の出資額を集めると砂風呂の日帰りツアーが可能になるらしい。

なので、交通費もそれなりにかかるのだが、それでも多くの騎士達が今年の贈り物は砂風呂にしてくれ給えと意思表示しているのだとか。


そんな贈り物が可能であるのは、リーエンベルクが国外観光にも寛容な領主館であったことが、幸いしている。

ガーウィンの領主館などのように、有事の際の呼び戻しが難しくなるのでという理由から、教会兵や公的な騎士職に就く者達の国外渡航を禁じる土地もあるのだ。



「ネア、あのブーツは…………まさか、位置の補足魔術がついているのだろうか」


おずおずとそう尋ねたエーダリアには、ネアとディノ、ノアとヒルドからで、儀式の盛装でも使える儀礼用ブーツが贈られた。


ヒルドのお誕生日の贈り物と合わせてブーツにしたのだが、こちらには、戦闘用の守護を多めにしたヒルドに対し、儀式の場などに使えるような特別な仕様が盛り込まれている。


「ふふ、位置補足はどこかに迷い込んでしまった時だけ、紐づけた守護から探せるようになっているそうですよ。今回のエーダリア様のブーツは、様々な魔術が飛び交う儀式でも使えるようになっていて、装飾品を変えることで色々な装いにも合わせることが出来るのです。なお、魔術的な効果については、ノアが説明してくれますよ」

「うん、お兄ちゃんに任せて!」


そう微笑んだノアが、儀式盛装に合わせてブーツの色や質感なども変えられるのだと教えてくれた。

元々、魔術擬態や加工をしやすい素材で作ってあるのだ。

その後に続けられた守護などの説明には専門的な用語が混ざり、ネアは頭がくらくらしてしまうが、そのような説明が大好物のエーダリアは嬉しそうに聞いている。


「……………もしや、死の舞踏も」

「ダリルから伝言があります。それを過信して前線に身を置くことへの恐怖を感じなくなると困るので、死の舞踊は贈らないのでそのつもりでということでした。あなたの立場では、それを使うことこそ、本来はあってはならないのだと」


微笑んだヒルドにそう告げられ、エーダリアは分かりやすくしょんぼりした。

最初にその返答を聞いた時には、ネアもなかなか厳しいなと思ってしまったが、よく考えればダリルが話している事は尤もな事なのである。


エーダリアは、ウィームに欠くことの出来ない大事な領主だ。

そして、ウィーム王家の最後の一人でもある。

こうして守り手が増えた今だからこそ、死の舞踏を必要とするような場所に長居してはいけないのだ。


加えて、ネアが戦闘靴で大抵のものは踏み滅ぼしてしまえるのは、極端な抵抗値の高さに助けられているからという部分もある。

例えば同じ靴をエーダリアが履いたとして、踏み滅ぼす前に足から上を魔術侵食されてしまえばどうしようもない。


なお、エーダリアは早速贈り物の靴を履いてくれていた。

この季節は内側を毛皮で裏打ち出来るので、もこもことして温かく履き心地がいいのだそうだ。

本日の儀式礼装に合わせ、水色がかったスウェードのような素材に擬態しており、ふくよかな青緑色の宝石の飾りが美しい。


この宝石はヒルドがリーエンベルクの中にある広間などの森から紡いだもので、リーエンベルクは大事な主人の為に快く宝石を紡がせてくれたのだそうだ。

靴底にはディノが付与した魔術をノアが加工したものも貼り付けられているので、邪な術式などを踏んでもばちんと弾くようになっている。


「私は、革の素材となった竜さんを狩りました」

「……………毎回お前は何でもないことのように言うが、それが一番厄介なのだからな…………」

「今回の竜さんは、森番と呼ばれる荒くれものでしたが、丈夫で良い竜革になるのですよ」


ネアがそう言えば、なぜかウィリアムとアルテアが凄い勢いで振り返る。

そんな二人の魔物に、ネアは、にやりと笑った。


「ですので、この貴重な竜革を無駄にしないように、アルテアさんには、術符から小さな魔術書まで収納可能なブックカバー状の何でもケースを、そしてヒルドさんには薄くなめして、祟りものなどに触れなければいけない時用の、お仕事用持ち歩き手袋にしました。……………ウィリアムさんは、」



朝に目が覚めた時に贈り物が受け取れるよう、ネアは、各部屋に昨晩の内に贈り物を届けておいた。


上着の内側から、黒い竜革に赤紫色のステッチのあるブックカバー的な何でもケースを取り出したアルテアは、朝食の席に贈り物を持ってきてくれたようだ。

ヒルドも、髪色に合わせたくすんだ風合いが何とも言えない上品さの、青緑色に染めた手袋を取り出し、これが森の番人のものなのですねと呟いている。



「俺は、このカード入れだな」

「はい!これなら、いつもやり取りをするカードを入れれば絶対に守ってくれます。そして、品物が小さい分、ウィリアムさんのものにはおまけがあるのですよ?」


ネアがそう言えば、ウィリアムはやはり気付いていなかったものか、目を瞬いた。

胸ポケットから取り出したカードケースをぱかりと開いて中を見れば、イブメリアのカードの下に、薄い泉水晶のカードが収まっているのを発見してくれたようだ。


てっきり型崩れ防止の板だと思っていたと苦笑したウィリアムは、そこに記された古い魔術の文言を読み、白金色の瞳を瞠った。



「シルハーン、……………これは」

「古い騎士の誓いという魔術誓約を、術式に置き換えたものだ。この子がね、アルテアに次いでノアベルトにもリーエンベルクから指貫を贈ることになったので、君にも何か家族相当のものを贈りたいと言うんだ。君は、オフェトリウスへの対策も兼ねてネアと騎士の誓いを立てているから、近衛騎士や主従誓言に紐づけて、この国の最も古い騎士誓約の文章を借りた」

「……………っ、」

「これで、君の誕生日には、指貫を贈れるようになる。ただ、騎士の誓いを利用したものだから、親指などにつける防御用の指貫か、腕輪状のものになってしまうから、アルテアに贈ったようなものではなくなってしまうけれど構わないかい?」

「……………ええ。……………勿論、どのようなものでも」

「わーお、シルがウィリアムを泣かせそうだぞ」

「ふふ、これで仲間外れはなしです!皆さんのものは少しずつ違いますが、私はとても強欲なので、一人も逃したくありませんでした」

「ネア……………」


そう呟き言葉を失ってしまったウィリアムは、口元に片手を当て、暫く目を閉じていた。

そうして再び目を開ければ、白金色の瞳は微かに潤んでいる。



(ああ、やっぱり……………)


ネアは、アルテアへの誕生日の贈り物で指貫を贈った際に、俺もそれでいいと言いながらも、ウィリアムが自分が貰えるとは思っていないような表情でいるのが気になった。

なので、ノアにも指貫を贈ることが決まった時、ウィリアムが寂しくならないだろうかと、ディノに相談してみたのだ。


この様子を見ていると、やはり終焉の魔物は、自分が指貫を貰えるとは思っていなかったのだろう。

とは言え、ディノの言うように、正式には少し家族の輪の端っこ寄りというか、王族などが、直属の近衛騎士や代理妖精を家族として扱う為に用いた誓約を利用しているので、ネア達がアルテアに贈った細い指貫は、ウィリアムには贈れない。


指貫にもそれぞれに階位や敷かれた魔術に違いがあり、ウィリアムの場合は、繋いだ魔術で可能なものから選ぶという感じになってしまうのだ。


「何か利用出来るものはないかなと探していて、グレアムさんも相談に乗ってくれたのですよ。これは、途中でウィームを離れてしまった、ウィーム最初の王家の持っていた魔術誓約の言葉なのだそうです」

「そうか。……………グレアムにも礼を言っておかないとだな」

「腕輪にしておけ。お前は戦場に出ると、手元に気を配らないからな」

「はは、俺も、贈られた指貫を無くす程愚かではありませんよ」

「…………ノアベルト」


ここで、控えめに契約の魔物の名前を呼んだエーダリアがいる。

そわそわしているので、何かとても聞きたいことがあるのだろう。


「ウィームの古い誓約文かい?」

「ああ、それも気になるのだが、今回は誓約を術式にしたものを贈ることで、その魔術を固着させるのか?」

「そうそう。今回のような認識型の魔術は、ウィリアムがネアの騎士にっていう話から繋ぐから、授与っていう形が正式なんだ。言葉を使わないで術式に置き換えて文字を形にして残すことで、その種の繋ぎをつけ難いウィリアムでも、指貫が持てるようにしたんだろうね。あの泉水晶の板がある限り、ウィリアムは、指貫を持っていられるってこと」

「そのような形での魔術の繋ぎ方があることは、知らなかった……………。誓約を文字として刻み、魔術式に置き換える手法はあるが、許可証などの扱いとして常に魔術を巡らせる方法は考えたこともなかった……………」



そんな話をしている内に、切り分けられたケーキが皆に行き渡り、ネア達はイブメリアのケーキをそれぞれに頬張った。



「むぐ!ぷちりとソースが出てきて、とても美味しいです」

「酸味が爽やかで、俺でも食べやすいな」

「僕、もうひと切れ食べる!」



カップに注いだばかりの紅茶が、ほこほこと湯気を立てていた。


ネアは何となくテーブルに着いた大切な家族を見回し、むふんと唇の端を持ち上げてしまう。

ここは少しもがらんどうではないし、美味しくて温かなものがほこほこしていて、目の前には、食べるのが勿体ないくらい可愛いケーキがお皿に乗って置かれている。



(どこまでも。……………どこまでも)



そうして続く幸せな家族の輪こそが、本物の贈り物なのだろう。

抱き締めて頬ずりしたいくらいに、この時間が愛おしかった。



「ところでさ、ネアはシルに何をあげたの?」

「刺繍入りの、もこもこ室内履きです!」

「ありゃ。思ってた感じじゃなかったぞ……………」

「ディノは、私がついつい試し履きしてしまったもこもこ室内履きに心を奪われていましたので、お部屋用のものを注文したのですよ。なお、お手製のワンポイント刺繍を添付魔術で移してくれるというので、私の印章を刺繍して、添付魔術で移動させて貰いました」

「……………ネアが甘えてくる」

「好きな図案を言って欲しいと言ったのですが、ディノ的には私の印章が良かったらしく、こうして恥じらってしまうのです」


贈り物の紹介を受け、ディノは目元を染めてもじもじしていた。


内側が毛皮のもこもこな室内履きを持つのは初めての魔物は、昨晩は履いて寝ようとして叱られたくらいの気に入りようだ。

最初は、通年で使えないものを欲しがるのは勿体ない気がするとしゅんとしていたので、ネアは、これからはもう贈り物が増えてゆくばかりなので、その時に一番欲しいものでいいのだと諭してやらなければならなかった。


「エーダリア様とヒルドさん、ノアからは、ディノと一緒に使える靴橇を貰いました!これで雪山を蹂躙しますので、きっと沢山の獲物を狩れることでしょう」

「ネア様、あくまでも遊戯用のものですから、狩りの際にはくれぐれもご注意下さい」

「むぐ。夢中になって斜面から転がり落ちないようにしますね。なお、それに付随する形でゼノとグラストさんから、雪山で避けなければいけない、足元に悪さをするやつを排除する守護石を貰いましたので、その石を靴橇に嵌め込めば私はもう無敵なのですよ!」

「おい、こいつに危険なものを渡すな。俺は、年明けは暫く忙しいからな」

「ありゃ、何でアルテアが一緒に行く前提なのさ。勿論、僕が同行するんだけど」



わしゃわしゃしている魔物達を眺め、二切れ目のケーキを食べているゼノーシュがこちらを見た。

ぱくりとお口に入れる一口が大きいのに、とても上品で可愛いのがクッキーモンスターなのだ。

そんな愛くるしいの極みである見聞の魔物は、こてんと首を傾げる。



「アルテアとウィリアムからは、何を貰ったの?」

「ウィリアムさんからは、砂漠の下にある秘密のサーカスのお席を買って貰いました。お休みの日に、一緒に行ってくれるんですよ」

「わーお。腹黒いぞ……………」

「ウィリアムなんて……………」



それを聞いたアルテアが顔を顰めているが、最も贈り物の規格を超えた贈り物は、その使い魔から贈られたものではないかと、ネアは眉を寄せる。

然しながら、昨晩ディノと確かめに行ったところ、とてもお気に入りになったので大事にさせていただく所存だ。


「で、アルテアは何を贈ったのさ?去年は教会だったよね」

「ふむ。去年は教会でしたが、今年は湖です!それも、とても素敵な湖なんですよ」

「……………ん?アルテアから、湖を貰ったのか?」

「また土地を貰ったのだな……………」

「ありゃ、……………思っていた以上に重かったぞ」



アルテアが贈ってくれたのは、星の光の滲むような美しい湖だ。

魔術に明るくないネアには驚くばかりだが、この湖を別宅や教会のある土地に嵌め込めば、手持ちの景勝地が増えるという驚きのシステムであった。



「え、そもそもその土地って、アルテアの別宅の隣の敷地だよね?」

「はい。お隣さんなのですよ。なお、素敵な湖が出来ましたので、今度皆さんも遊びに来て下さいね!そして、ディノからの贈り物は、素敵な飾り木なのですが……………む?」



そろそろ、ディノからの贈り物の素晴らしさを披露する時であると、金庫から持って来た飾り木台を取り出そうとしていたネアは、しんと静まり返った会食堂の様子に、こてんと首を傾げた。


なぜか皆はアルテアを見ているようだが、アルテアは澄まし顔で食後の紅茶を飲んでいる。



(やっぱり、高位の魔物さんの中でも、湖の贈り物は珍しいのかな……………)



しかし、貰った湖はすっかり気に入ってしまったので、勿論返却するつもりはない。

もし返して欲しくなってももう渡さないのだと威嚇をした人間に、なぜか選択の魔物は満足げに微笑んだのであった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] アルテアさん、ネアちゃんが可愛くてしょうがないんでしょうね…。飄々とした裏で、大好きなあの子を繋ぎ止めたくて喜ばせたくて必死なアルテアさんに、リーエンベルクの面々と同じ反応をしてしまいまし…
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