特別な薔薇と美味しい薔薇
薔薇の祝祭の近くなったその日、リーエンベルクでは祝祭で使う薔薇の選定が行われた。
広間の一つを開放し、そこにカタログにある全ての薔薇が届けられて、その中から自由に選ぶことが出来るのだ。
自分が使う薔薇を選び出し全員が選び終わった後に残った薔薇は、お部屋に貰える仕組みなのだが、そんな余り物の薔薇を部屋いっぱいに飾れるこの季節は何だか心も華やぎ贅沢な気持ちで毎日を過ごせる。
なお、そんな余り物の薔薇は、女性であるということでネアが何かと優先的に選ばせて貰える雰囲気ではあるのだが、ネアはリーエンベルクの新参者らしく、強欲になり過ぎないよう、領主であるエーダリアや、みんなで使う共用スペースのものなどを一度優先させ、その後で残った薔薇を選ばせて貰っていた。
しかし、今年は胸を張って優先されていい理由がある。
恋の祝祭の一つである薔薇の祝祭において、新婚であるネア達はなかなか多くの恩恵を受けられるのだ。
大広間いっぱいに並んだ、白い琺瑯や水色のバケツの中に色とりどりの薔薇が溢れる。
芳しい薔薇の芳香と、薔薇だけが集められた花畑のような空間を、ネアはうきうきと歩いた。
色ごとに区画が設けられているせいで、えもいわれぬグラデーションがあちこちに生まれ、あまりの美しさに胸がいっぱいになる。
異性間のそれにとどまらず、誰かを愛するという気持ちはこんな弾むような美しさにあるのかもしれないと、ネアは俄かに詩人にもなってしまい、近くにあったアプリコットカラーの薔薇のころんとした可愛らしいフォルムを愛でた。
どこか素朴で愛らしい薔薇の印象に合わせたものか、小さな葉っぱがついているあたり、この薔薇を用意した者はなかなか優秀なようだ。
「ふぁ。…………可愛いです…………」
「ネアが可愛い、弾んでる…………」
毎年この日ははしゃいでしまうネアに、ディノは目元を染めて恥じらってしまう。
ネア自身も冷静ではないことは重々承知なのだが、一刻も早く全てを見なければという謎の焦りや、ゆっくりこの贅沢な空間を堪能したいという相反する思いに心が乱れてやまないのだ。
「ディノ、この薔薇を見て下さい!ぽこんとした小さな檸檬色の薔薇が沢山集まっていて何て華やかなんでしょう。飴玉のような可愛さもあるので、見ていて楽しくなりますね!」
「かわいい、腕を引っ張ってくるなんて…………」
「ネア、その薔薇僕の!」
「まぁ、ゼノにぴったりの薔薇ですね。はい、どうぞ」
お目当の薔薇にネアが興味を示したので焦ってしまったものか、慌ててこちらに駆けてきたゼノーシュが一生懸命に自己主張する。
薔薇の花の中をぱたぱたと走ってくるクッキーモンスターなど愛くるしいの極みであるので、ネアは、周囲を囲む薔薇に加えて目元を染めてちょっと不安そうにこちらを見上げるゼノーシュに、すっかり心を満たされてしまった。
「有難う。…………ネアも、この薔薇が良かった?」
「ふふ、この薔薇はゼノのものですよ。私は通りすがりに愛でていただけなので、心配しなくていいですからね」
「うん!………今年もね、グラストが喜んでくれるような薔薇を選ぶんだ」
「グラストさんは薔薇の祝祭が楽しみで堪らないのではありませんか?こんなに可愛い大切なゼノから、素敵な薔薇を貰えるのですものね」
「この薔薇、グラストは気に入ってくれるかな…………?」
「ゼノが選んだだけでなく、可愛くて綺麗な薔薇ですので、きっとグラストさんも喜んでくれますよ」
「うん!」
ぱっと笑顔になったゼノーシュの破壊力たるや、ネアはくらりとしかけて慌ててディノの三つ編みを握るしかないではないか。
唐突に三つ編みを掴まれた魔物は、ご主人様はとても懐いていると、また唇の端を持ち上げている。
繊細な花びらを傷付けないように広間の中に並んだ薔薇の間の通路をゆっくりと歩けば、並んでいる薔薇ごとにその香りが違うのがまた贅沢な気分にさせてくれる。
瑞々しい果実のような香りもあれば、水や氷の香りや、いかにも薔薇ですと言わんばかりの華やかな香りもあった。
(そして、今年は少しだけ趣向を変えてみる予定なのだ…………!)
いつもであればディノには少し待っていて貰って、先に会場入りしたネアが一人で薔薇を選ぶのだが、今年は二人で選びに来ている理由がある。
ネアはそんなわくわくを胸に、隣を歩く魔物の袖をくいくいっと引っ張った。
「ディノ、こうして一緒に来て貰ったのは、今年はせっかくの新婚の年の薔薇の祝祭なのですから、趣向を変えようと思っているのです。何かこんな薔薇が欲しいというような注文はありますか?いつもの薔薇から雰囲気を変えて、お祝いの年らしいものでもいいんですよ?」
来年もまた、薔薇の祝祭はやって来る。
毎年あますことなく楽しみ尽くす所存の祝祭であるので、これからも何回も何回も、この薔薇選びの日はやってくるのだろう。
今のところは、ネアが心を動かされた中でもネアらしさのある薔薇にしていたのだが、そうすると毎年の色味が近しくなることにネアは悩んでいた。
いつものネアの薔薇の雰囲気ということで覚えて貰うのも悪くないが、せめてディノには、今年くらいは違う雰囲気のものを贈ってもいいのかもしれない。
(薔薇の祝祭で貰った薔薇を集めたお部屋の中で、同じような色味の薔薇が並ぶ中に、今年だけ違う雰囲気の花束が並んでも素敵だなと思うのだけれど…………)
そう考えての質問だったのだが、魔物は澄明な水紺色の瞳を瞠って不思議そうにこちらを見る。
元々美しいリーエンベルクの広間の中には薔薇が溢れており、そんな中に立つ真珠色の髪の美しい魔物は、こうして見ていると心が震える程の美貌だ。
瞠った瞳の揺らめきは無垢なのだが、その奥に、これは伴侶に大事にされているらしいという喜びの煌めきがあるので、そんな眼差しを向けられたこちらまで恥じらってしまうような美しさはなかなか心臓に悪い。
こんな些細なことで乙女のように恥じらい喜ぶ魔物の姿を見ていると、ネアは何だか、新婚の花嫁ではなく花嫁が可愛い花婿な気分も味わえてしまうのだった。
「…………新婚のときは、趣向を変えたりするものなのかい?」
「特別なときには、いつもとは違うことをするのも楽しいですよ。例年の私の好む色合いの薔薇はまた来年も贈れますので、今年はいかにも新婚さんですという雰囲気の花束にしてみてもいいかもしれませんね。愛情を司る祝祭である以上、私は大事な伴侶に喜んで貰いたいのです」
「………………ネアが虐待する」
「解せぬ」
ここで、ネアからの言葉を聞いてぺそりと背中が曲がってしまった魔物は、伴侶からの刺激が強すぎると悲し気に訴えてくるので、まだ薔薇選びを始めたばかりなのだが一度休憩を挟むことになった。
魔物曰く、伴侶から与えられる愛情表現はとても危険なので、思いがけないところで与えられると胸がいっぱいになってしまうようだ。
ネアは、一般的には薔薇色のものや赤系統のものなどが深い愛情を示す色合いであることを教え、また、ディノにとっての特別さが感じられる色でもいいかもしれないと幾つかヒントを与えておき、魔物を休ませてやることにする。
「おや、ディノ様は宜しいのですか?」
再び薔薇選びに戻ったネアに声をかけてくれたのは、見本の薔薇の手入れをしているヒルドだ。
清廉な森と湖の系譜の妖精が薔薇の見本の森の中に立てば、この日ばかりは、リーエンベルクのどこからか朧げな姿を見せる亡霊までがざわりとさざめく。
たくさんの薔薇を喜ぶ彼等にとって、その中に佇む美しい妖精の姿も喜びなのだろう。
ディノの場合は息を潜められてしまうので、こんなところにも種族ごとの対応の差があるようだ。
ふわりと通路の向こうに翻ったドレスの裾は、いつの時代の誰のものだろうか。
ヒルドが薔薇に触れる指先に、どこからかうっとりとした溜め息が聞こえ、宝石を削ったような妖精の羽が煌めけば、わぁっと小さな生き物達の歓声が上がる。
「ヒルドさん。……………私の伴侶は、愛情を込めて新婚さん用の薔薇を贈られることに恥じらってしまい、今は心を立て直している最中なのです……………」
ネアがそう伝えると、ヒルドは優しい微笑みを深めた。
先程までは、今年も薔薇でいっぱいの広間にはしゃいでしまったものか、すっかり咲いてしまったカーテンの手入れをしてくれており、中でも薔薇の織り模様が頑固だと困ったような微笑みを浮かべていた。
カーテンの織り柄からは艶やかな水色の薔薇が咲いてしまっているのだが、そうなると薔薇同士でより気持ちも盛り上がるのか、他の花よりも多く織り柄を咲かせてしまうらしい。
ヒルドや家事妖精達にとっては頭の痛い問題であるが、実はネアは、そんな薔薇選びの日の問題までをもこっそり楽しんでしまっていた。
織り柄から花が咲くと言えばそれっぽっちの響きではあるのだが、織り柄から咲くものであるので、カーテン地から伸びるその茎は最初は刺繍糸になっている。
そんな茎が途中から薄緑色や薄水色の鉱石に変わり、がくから花びらのあたりで瑞々しい生花になるのが、お伽噺の一場面のようで堪らない。
絨毯から咲く花は躓きそうで危ないのだが、いっそうにここが花畑になったような昂揚感を与えてくれ、非日常の美しい空間を盛り立ててくれるように感じてしまうのだ。
「ありゃ、シルはどうしたのさ」
「ノア、…………今年も花束を作る気満々ですね…………」
「でも、今年は三つだからね。僕の大事な妹にも…………勿論あるからさ」
「…………ノア?」
ここでなぜか、ノアがふっと言葉を飲み込んだので首を傾げてその瞳を覗き込むと、女性の敵とも言える発言をしたばかりの塩の魔物は、なぜだか透明な眼差しを揺らして嬉しそうに微笑む。
「…………よくネアがさ、シルのことを大事な魔物って言うのを、シルは幸せ者だなぁと思いながら聞いていたんだけど、こうやって自分で、ネアのことを大事な妹って言うと、僕はもう一人じゃないって満ち足りた気持ちになるんだなぁと思ってさ…………。何だろうこれ、…………むずむずするね」
「ふふ。ノアだって、私の大事な兄妹ですからね。そしてヒルドさんやエーダリア様も、大事な家族のような方々です」
「……………ありゃ、僕もネアの大事なって言って貰える枠に入るのかい?」
「まぁ、せっかく家族になったのに、寧ろどうして入らないと思ったのですか?……………ノア」
「………………ネアに虐待された」
「…………解せぬ」
ネアには謎に包まれた流れで、なぜかノアまでもが休憩所に入ってしまい、ディノの隣に仲良く座って二人でふるふるしてこちらを見ている。
苛められた子犬のような目で見つめられても、ネアとしては儚すぎるとしか言いようがないではないか。
遠い目でそちらを眺め小さく息を吐いたネアに、この列の薔薇のバケツの並びを調べて帰って来たヒルドが、ふっと微笑む気配がした。
そちらを見れば、ヒルドは口元に当てていた片手を下して失礼と呟く。
「失礼しました。とは言え、幸福であることは良い事ですからね。それから、私のこともそのまま家族だと言っていただいて構いませんよ。これまでのように、これからもここで共に暮らしてゆくのですから、そのくらいの表現でもあながち間違いではないでしょう」
「ヒルドさん…………!」
艶やかに微笑んでそう言われてしまうと、ネアにも、少しだけ魔物達が虐待だと主張する気持ちが分ったような気がした。
当然のように贅沢な愛情を差し出されてしまうと、上手に心を駄目にされるような心許なさに襲われてしまう。
嬉しさで心の中がじたばたしてしまうのだが、こんな時に素早く上等なお礼の言葉を組み立てられなかった憐れな人間は、もぞもぞしながら、喜びを表現する微笑みを返すばかりだ。
「……はい。ヒルドさんも大事な家族です」
「ええ。私にとってのあなたがそうであるように」
(…………何て美しいのだろう。こんなに薔薇がたくさん…………)
かつてネアが育った屋敷の庭には、沢山の薔薇が植えられていた。
薔薇だけではなく、水仙やアイリスや三色菫、アネモネにチューリップにその他の季節の花が溢れ、さながらお伽噺の一ページのような美しい庭を彩ってくれた。
けれど、薔薇を育てるのはなかなかに大変なことで、生活のあれこれで疲弊してしまい、大事な新芽を枯らしてしまうことも少なくはなくて、ネアはその度に自分の中にあるきらきらとした大切なものが欠けてしまったような思いがしたものだ。
どんなに美しく薔薇が咲いても、楓の木の葉が目が覚めるような深紅に色付いても。
あの庭には、一人ぼっちのネアがいるばかりだった。
大きな槿の木が枯れ、立派なミモザの木も枯れてしまいと、在りし日の情景から失われてゆくものも多く、そんな日の夜にはお風呂の中でひっそり泣いた。
(あの日から、……………こんなに素敵なところまで)
薔薇の祝祭だからこそ、そうして噛み締める幸せに心を震わせる瞬間がある。
ネアの暮らした庭には収まりきらない程の薔薇に囲まれ、その中には、星空を映して星影が煌めく薔薇や、夜明けの霧を這わせてぼうっと藤色にけぶる薔薇など、目を奪うものがたくさんあるのだ。
伴侶であるディノのものだけではなく、今の自分には選ばなければいけない薔薇がたくさんあるのだと思えば、ネアはまだ空っぽの自分用のバケツに微かな焦りを覚えた。
「…………ヒルドさんやエーダリア様に贈る薔薇は、とびきり素敵なものを選びます…………」
「おや。では私は、少し離れていた方がいいかもしれませんね」
「ふふ、大事な家族であるヒルドさんの為にも、今年のこれぞというものを選ぶので楽しみにしていて下さいね!」
ネアのその言葉に、ヒルドは瑠璃色の瞳をふっと和ませ、蕾がほころぶような美しい微笑みを浮かべてくれる。
微かに開いた羽に淡く光が入り、ステンドグラスの影のような鮮やかな色を床に落とした。
「……………今日は良い日ですね。こうして、愛情に連なる美しいものに囲まれ、今の自分がどれだけ恵まれているのかを知ることが出来る。カーテンや絨毯の花々に呆れながらも、私自身も花を咲かせてしまう彼らの気持ちが分るような気がします」
「まぁ、ヒルドさんでもはしゃいでしまうのですね?」
「勿論ですよ」
悪戯っぽく秘密めかした微笑みを残し、ヒルドは、部屋の奥で咲いてしまったバルコニー前の絨毯を移動させる為に出掛けていったようだ。
途中で立ち止まり、この雪のリーエンベルクを思わせるような水色の薔薇の区画を見ているので、ネアはあの辺りにも欲しいものが沢山あるのだとそわそわした。
「……………ネア」
「ディノ、休憩出来ましたか?」
「うん……………。ノアベルトと話をしたら、市井の者達は薔薇色の花束を尊いとするのだそうだ」
「華やかでいかにも薔薇という感じがしますものね。それになぜか、愛情の色と言われると、赤や薔薇色を思い浮かべてしまいます」
「愛情などを司る者達も、確かにその色相の者が多いね。……………その、……………それなら、……………」
「……………今年の花束は、薔薇色の中から選びましょうか?」
「………………うん」
もじもじしてしまいスマートにお願いが出来なかった魔物の為に、ネアは微笑んでそう問いかける。
目元を染めて嬉しそうに頷いた魔物は、ネアが薔薇色の薔薇がたくさん並ぶ区画で、あれこれと薔薇を選び始めると瞳をきらきらさせて期待の籠った眼差しでこちらを見ていた。
「ディノは、野薔薇のような素朴なものや、花びらの先が鋭いものよりは、ふっくらとした薔薇が好きですよね」
「そうなのかな……………」
「あら、こちらとこちら、どっちが好きですか?」
「……………こちらの方だね」
「うむ。やはり思っていた通りでした。素朴な美しさやつんと澄ました感じよりは、舞踏会のご婦人方のドレスのようなものがいいのかもしれません」
「……………それも、薔薇なのだね」
「……………もしかして、野薔薇だと、あまり薔薇として認識出来ないのでは…………」
「薔薇なのだね……………」
思いがけないことに、ディノは花弁の少ない野薔薇を、きちんと薔薇として認識出来ていなかったようだ。
薔薇の魔術は感じられるので、薔薇の系譜を汲む程度のものだが、需要があるので薔薇として扱われているのだと考えていたらしく、立派な薔薇の一つだと説明されて目を瞬いている。
(それとも、こちらの世界の区分だと違うのかしら?…………ううん、ここにも揃えられているくらいだから、薔薇でいいと思うけれど……………)
そんな、野薔薇の知見を深めたばかりの魔物が選んだのは、しっとりとした薔薇色のオールドローズのような薔薇だった。
けぶらせたような繊細な淡い薔薇色ながらも、鮮やかな絵の具をじゅわっと染み込ませたように花びらの縁の部分の色がぐっと濃くなっているのが特徴だ。
上品だが情熱的でもある薔薇は、本数を増やして花束にしたらさぞかし素敵に違いない。
「…………そちらの薔薇も選んだのだね」
「ええ。この鮮やかだけれど品のいい水色に白いヴェールをかけたような薔薇は、イブメリアの夜明けのリーエンベルクのようだと思いませんか?それと、昨年までは選ばなかった白ピンク色の甘やかな雰囲気の薔薇も選んでみました。今年の主題は、いつもの薔薇ではない特別な薔薇ということにしましたので、また昨年までとは違った楽しさで夢中になってしまいます!」
「………………その特別は、私にはないのかな」
「むむ。こちらの二本組のものも欲しいですか?」
「ご主人様……………」
特別という言葉が無視できなかったのか、ディノがそちらの薔薇も欲しがったので、ネアはエーダリアに相談して今年は二組に増やしてやることにした。
ノアは兄になったので薔薇を増やし、限定的なものかもしれないが、魔術で繋ぎが出来ているらしいベージにも贈った方がいいのかどうかを尋ねてみたところ、竜に浮気するとディノが荒ぶったので、そちらはやめておくことにした。
(それなら、ベージさんには薔薇の柄のあるカードで、快気祝いのカードを遊ぶ用の縄に添えようかな。グレアムさんとギードさんには、薔薇の祝祭で売られているお菓子をディノの名前もしっかり書いて贈ってあげよう………)
勿論、可愛い名付け子のほこりにも、薔薇のクリームをたっぷり使ったクリームパフを大量発注してある。
ほこりにかかれば一瞬だろうが、おやつとして喜んでくれれば嬉しいなと思う。
祝祭の贈り物には魔術的な意味合いもあり、実際に契約で家族になったノア以外への相手への薔薇は勝手に増やせない。
アルテアとウィリアムへの薔薇については、小さな品物やお菓子を添えて差別化を図ろうと考え、ネアはついつい長居したくなる美しい広間での薔薇選びを終えた。
なお、今年の薔薇の見本には、一本の魔性の薔薇が混ざっていたようだ。
雪蜜の薔薇の系譜の淡い白緑色の薔薇なのだが、近くに行けばふんわりと甘い匂いがする。
花としても充分に美しいので今回は見本でやって来たが、この薔薇は、とにかく花蜜が美味しいので食いしん坊向けの薔薇として有名なのだとか。
花の良さなど分らないが、美味しい花蜜は素晴らしいと思う種族もいるので、そういうお相手への贈り物の薔薇としても重宝されるのかもしれない。
そしてその薔薇は、ゼノーシュが周囲をそわそわ歩くという悶絶の可愛い光景を生み出してしまった。
ゼベルとアメリアがその薔薇を選んだが、リーエンベルクに持ち込まれた見本はゼノーシュが貰えたらしく、二人はあえてカタログからの注文としてくれたのだとか。
幸い、花蜜が美味しい白緑色の薔薇は一種しかないので、紛らわしくもなくカタログからの注文で済んだという。
翌朝、昨晩の内に薔薇の花蜜を美味しくいただき、あまりの美味しさに感動したゼノーシュが注文したというその薔薇が三箱もリーエンベルクに届いた。
薔薇の祝祭の前なので大量注文は出来ないが、今であれば通常販売分の在庫があるらしい。
見本の薔薇を貰ったことが嬉しかったのか、お裾分けでネア達にも、ふんわりしゃりりと凍らせてデザートになった薔薇がふるまわれ、ネアは、甘酸っぱい花蜜と程よい甘さの梨のような食感の花びらの組み合わせに大興奮でぺろりと食べてしまった。
そんな話をどこからか聞き付けたものか、アルテアから、お前は観賞用の薔薇よりも食べられる薔薇の方がいいのかと確認が入ったので、とても傷付いたネアは、綺麗な薔薇の方がいいと慌ててお願いした次第だ。
薔薇の祝祭を控えたウィームの街はとても華やぐ。
ネアは、今年は恋に破れた失踪者や通り魔が少ないといいなと思いつつ、薔薇の祝祭に合わせて売られるようになった美味しい薔薇菓子を制覇しに、ウィームの街に邁進したのだった。




