雪の指輪と家族の部屋
降り積もったばかりの雪を手に取り、魔術で結晶化させて指輪を作った。
白に身に持つ色彩に近い青紫色の滲むその結晶を、小枝に実った宝石の実を模した指輪に変える。
手のひらの上の指輪を眺め、小さく笑う。
こんなものを作っても、贈りたい女性がいるかと言えば違うような気がする。
(ネアにあげたかったんだけれどな……………)
リーエンベルクに来る前の自分であれば、これを贈りたい相手だなんて一人しかいなかった。
あの、ラベンダー畑でこちらを見て、一緒に森の中を走った彼女がそれを受け取ってくれるのなら、どんなものでも差し出しただろう。
ラベンダーや菫の花の石鹸の香りのする遠い夜の中で、二人は色々な話をした。
ホットミルクを入れたマグに、膝掛けとクッション。
こちらを見て眉を顰め、冷たく凛としたあの横顔に触れたいと何度思ったことか。
あの時のネイは声を上げて笑うことはないし、静かな湖のような眼差しは決して親しみ易いものではなかった。
けれども、彼女が良かったのだ。
その手を取り、一緒に行こうと微笑む姿を何度も想像し、その全てはあの統一戦争終結の朝に焼け落ちた。
白い吐息を吐く。
雪の降る庭で、くるくると、作った指輪を指先で回した。
そこに誰かの影が落ち、気遣わしげな声が届く。
「……………ノア?」
「………アルテアのリンデル、羨ましいなぁと思ってさ」
「まぁ、指輪を作ってみたのですか?綺麗ですねぇ………」
「もし、これをあげるよって言ったら、君は貰ってくれる?」
「ディノを悲しませないようなものであれば、ノアは家族なので受け取るのも吝かではありません。でも、私に指輪をくれてしまうとなると、エーダリア様とヒルドさんにはどうするのです?」
大真面目にそう言ったネアに、ふつりと微笑みが溢れる。
それは諦観に満ちたものではなく、ただ、ただ、穏やかで温かいものであった。
(そうなんだ)
自分でも感じ、どうしたものかと思う違和感は、そこなのだった。
「……………だよねぇ。だから僕も、何だか指輪はもう違うなぁと思っていたんだよね。僕の宝物は、身に付けられるものじゃなくなったからさ」
「ボールはポケットに入れられますよ?」
「ありゃ」
けれど、そう言いながらネアは、全てを分かってくれている秘密を宿した目をして、隣に座ってくれる。
この、リーエンベルクの庭の端にある森向きの小さなガゼボは、近年になって作られたものだ。
ネアが生まれた世界の屋敷には、朽ち果てたガゼボがあったらしい。
椅子は座れる状態ではなく、屋根には穴があった。
その枠組みだけを薔薇の支柱に利用していたが、本当はそこでお茶をしたりしたかったのだと話していたネアの為に、シルがこのガゼボを作ったのだ。
今ではヒルドが休憩をしていたり、エーダリアが庭の花の種を集めていたり、ゼノーシュとグラストがおやつを食べていたりする。
最愛の妹がリーエンベルク本来の景観を壊さないようにと伴侶に願って作られた小さなガゼボは、今は、みんなの憩いの場になっていた。
そこに座り、今は二人で雪の指輪を見ている。
肩を寄せて、もう家族になっていて、どこにもいかない世界で一番大切な女の子を見ている。
魔術で固定をしていない指輪は、ゆっくりと溶け始めていた。
「ふふ、本当はちゃんと知っているのですよ。ノアの宝物は、あのお部屋でこのリーエンベルクなのですよね?」
「……………わーお。僕も狡いって言いたい」
「あら、仮にも義妹なのですから、ちゃんと私の家族の秘密は押さえてあるのです」
「……………うん。君は僕の家族だ。シルも、エーダリアとヒルドも。それ以外のみんなは、遠い親戚くらいかな」
「でも、家族なのです?」
「……………うん。僕の宝物は、指輪をはめて貰うには大きいんだよね」
そう呟いて微笑むと、体を屈めてネアの頬に口づけを落とした。
すこしだけどきどきしたが、怒られることはなく、ネアは鳩羽色の瞳で優しく微笑んだ。
(こういうところだよ……………)
シルハーンだけではない、アルテアもウィリアムも、会員達や、そして今はもう少しだけオフェトリウスも。
線引きを付けて多くを切り捨てるのに、時折ネアは、泣きたくなるくらいのものを許して与えてくれる。
「実は、……………ここだけの秘密のお話があるのです」
「秘密を教えてくれるのかい?それは聞かないとだね」
「誰にも言ってはいけませんよ?」
「勿論。僕は口が固い男だよ」
「では、ノアだと見込んでお話ししますね。………エーダリア様の主導で、私とディノとヒルドさんとの共同出資のリンデル購入計画を立てているのです。私は、その工作員の一人として、リンデルを贈られるかもしれない家族の、好みの絵柄を確認しなければなりません」
「……………え」
「家族から家族への贈り物なのですよ?なので、それは勿論、完璧でなければなりませんからね」
唇の端が少しだけ震えた。
嬉しいのに目の奥が熱くて、胸が破裂しそうになる。
目の前のネアを抱きしめたいけれど、一人きりで森の中をスキップしたいような気もした。
「なので、雪の結晶かラベンダーのお花、狐さんの尻尾、ホーリートや飾り木の葉っぱ。リーエンベルクのシルエットでもいいのではという話もあります。どれが気になります?何しろ、今回のものは一生物なので、好きなものを考えておいて下さいね」
「……………え、泣かされるんだけど」
「ふふ、締め切りは今月いっぱいです!ノアは、服装も華美にしませんし、あまり装飾品を好まないでしょう?指輪よりも、リンデルがいいのかもしれませんね。道具なので、外していたい時にもしまっておけますから」
「……………わーお。目が変なんだけれど」
ネアの言葉を聞いていたら、目にシュプリが入ったようにしゅわしゅわした。
瞬きをしても瞬きをしても、ずっと目が水っぽい。
手を伸ばしてネアを抱き締めると、きっと微笑んでいるに違いない妹は、ふんわりとしていて温かかった。
さらりと揺れた髪の手触りだけが、冬と同じ冷たさをしている。
「まぁ、こんなお外で泣いてしまうと、涙が凍ってしまいますよ?お茶の時間なので、中に入りましょうか?」
「うん。…………ネア、今日はボール投げして」
「なぬ。幸せをそちらに振り切ってきましたね?今夜は、エーダリア様が噛み付く絵本を開けるそうなので、夜はみんなでそれを楽しむのもありですよ?」
「……………え、何それ怖いんだけど………」
エーダリアは一体どんな絵本を読もうとしているかと眉を寄せると、あれだけ手に負えなかった涙は止まっていた。
広げて座ったコートで受け止めた涙が、鉱石の花になってしゃりしゃりと咲いている。
このリーエンベルクで暮らすようになってから、涙がこぼれるのは初めてではなくなったが、どのような花を咲かせるのかはその時の気分次第だ。
今日は、ころんとした薔薇の花になっていた。
手折った花をネアに差し出すと、子供のように喜んでくれる。
他の花は、エーダリアやヒルドにあげるように言われ、そうだねと頷いた。
この会話の流れで生まれた花だから、きっと二人の宝物になると思うと言われ、また少し泣けた。
清廉な雪の中で、リーエンベルクの庭を彩る花々はひっそりと眠っているような静謐を帯びる。
祝祭の魔術に煌めく雪の中で、淡い色を灯してそこかしこに。
森の奥で枝から雪が落ちる音がした以外には、あまりにも安らかな静けさがあるばかりだった。
「…………僕さ、ここに来る迄は大陸のこちら側の文化圏や、それに近い土地の中でも比較的温かい土地ばかりにいたんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。寒い日に女の子達とごろごろするのも好きだったけれど、…………雪が降ると綺麗なのに、みんなだけが誰かといて僕が寂しいからさ」
そんな事を話せば、ネアの瞳が、どきりとする程に深くで静かに揺れた。
「ええ。……………その寂しさによく似た感情を、私も知っています。一緒にいる事が当然の誰かと寄り添い、こんなに美しい雪の日なのだとお喋り出来ない雪の日は、………どうしようもなく寂しいんですよ」
「……………うん。だから僕は、雪の降る国で冬を過ごす日には、よく舞踏会に出かけていたかな。無責任に騒いで酔っ払うと、綺麗な雪の日はもう終わっているんだ。……………こことは、大違いだよね」
「ノア、私たちは、とっておきのお家を見付けましたね?」
「わーお。また目が水っぽくなりそうだぞ。……………うん。家の中に避難しようか」
そう口にしてから、その響きの温かさに舌が絡まりそうになる。
(家だ。……………ここは、僕の家)
美しくて愛おしいその場所には、大切な家族が住んでいる。
(ここは僕の家だから、アルテアやウィリアムだって入れてあげて構わないしね…………)
寛容さとは、そうして生まれるのだろう。
それに、家族を守れる家族は多めでもいいのだ。
あの頃とは違う賑やかさの中には、例えばウィリアムの場合はやはり切実さが混ざる。
それは何も手に入れられなかった過去に所以する苦々しさと恐怖で、指先から零れたらと思うと恐怖するものを初めて手に入れたアルテアとはまた違うひたむきさだ。
(だから、アルテアがここにいるのはいい事なんだよね………)
みんなが同じだとどこかで全員躓いてしまいかねないので、家族は少しずつ違う方がいい。
そして、全方位をしっかりと見据えて警戒し、何ものからも損なわれないようにしっかりと守るのだ。
だから、オフェトリウスは油断ならないと思いながらも、彼がウィームに暮らすのであれば、それもまた必要なスパイスなのだろうかと考えもする。
所詮彼は家族ではないから、この輪には入ってこないだろう。
輪の外側からウィームとリーエンベルクを見守る、ダリルとはまた違う立ち位置のもう一つの盾として、それを資質とするが故に彼は役割を果たすだろう。
ネアの会と、エーダリアの会と。
会とは同じところにいるようで違うヨシュアや、ほこりを中心とした遠方の繋がりまで。
全てがこの宝物の番人だ。
「…………ネア、オフェトリウスのことだけれど」
「む、…………もしや、もうこちらに来られるのですか?」
「流石にまだだと思うよ。あの王や宰相達も、何年かはかかると試算しているんじゃないかなぁ。………だからさ、もしそれくらい後に、彼のその役割が必要になったら、…………僕はそれを許すかもしれない」
「ふむ。このリーエンベルクを丸ごと宝物にしているノアがそう思った時であれば、私もそれでいいと思うのです」
「…………うん。多分さ、ダリル達以外では、僕と君が一番その辺りの拘りがなくて貪欲だから、まずはここで話をしておかなきゃだって思っていたんだよね」
さくさくと雪を踏んで歩きながら、そう告白すれば、ネアは小さく頷いた。
「……………ええ。ずっと今のままで変わらずにと願っても、私達の周囲はやはり変化してゆくのでしょう。となれば、この大事なお家を経年変化で磨耗しないように守る為には、外側からのお手入れも必要になるのは間違いないのです。…………最良の手を打たずに、何かが足りなくなることだけは、絶対に避けなければなりません」
「……………ネア、ごめん。先の話をすると、少し怖かったかな?」
「むぐ………」
ネアの言葉は理路整然としていたが、その瞳には、この世界は優しくないものも沢山いるのだと教えられてしまった子供のような、ひりついた焦燥感があった。
多分ネアは、時間と共に失われてゆくものをたくさん知っているのだろう。
それは恐らく、彼女が人間だからこそ、僕達が知るよりも残酷で顕著なものだったのかもしれない。
そんな思いはもう二度としたくないと考えることで、その恐怖を想像させてしまった不甲斐なさに、迂闊な発言を少しだけ後悔した。
大事な大事な女の子なのだ。
何しろ、僕の可愛い妹なのだから。
「大丈夫だよ。僕はずっと世界一可愛い妹の隣にいるから。そうしたらさ、エーダリアやヒルドも、しっかり捕まえておくからね」
「……………約束ですよ?であれば私は、そんなノアがどこにも行かないように、しっかり捕まえておきますから」
「うん」
同じ形の不安を抱き、同じ色の幸福に酔いしれる。
もし、これまでの日々のどこかで似たようなものを見付けたとしても、そこには、今得られているものと同じくらいの幸福は満たされていないだろう。
ここでみんなで過ごすからこそ、この泉は常にひたひたと美しい水を湛えていられるのだ。
「ノア、そう言えばお誕生日会を年明けにしたと聞いたのですが、今年はまだ祝われていないのにいいのですか?」
「うん。イブメリアの翌日だと、結局、橇で遊んだ疲れもまだ抜けないし、みんな安息日でのんびりしているからね。折角の祝祭の余韻の残るいい日なんだから、それはそれで楽しまなきゃ損だなぁって前から思ったんだよね。僕はさ、そういう楽しみを一個も逃したくないみたいなんだ」
「あら、ではこれからも私のお祝いの方が先になってしまいますよ?」
「ありゃ。これからは毎年先を越されちゃうのかぁ」
踏み締めた雪の中から飛び出したのは、小さな毛玉のような妖精だ。
手には、バベルクレアの花火で降らせた宝石の欠片を握り締めているので、雪だまりの中で宝石を探していたらしい。
ネアと顔を見合わせて微笑み、屋内に入る前に魔術仕掛けのマットで靴底の雪を落とした。
戸口に飾られているのは、インスの実と淡い薔薇色の冬椿のリースだ。
ホーリートに似ている柊の葉の上には、指先大の小鳥姿の妖精がこっそり寝床を作っていた。
(僕の妹が喜びそうだ…………)
そう考えたので隣のネアに声をかけ、勝手に作りつけた巣の中で微睡んでいる小鳥を差し示す。
コートの雪を払っていたネアは、リースを覗き込むと嬉しそうに唇の端を持ち上げた。
「まぁ!こんなところに、ちびりとした小鳥さんが!なんて可愛いのでしょう…………」
「祝祭の妖精の一種だね。こうしたリースをかけるフックの妖精だったような気がする」
「定かではないのです?」
「……………多分。それとも、リースを吊るす紐の方だったかな。取り敢えず、リース周りだよ」
「ふふ、では、どんな妖精さんにせよ、リースの中で眠る資格はありますね」
緑色の小鳥は一度目を開けてこちらを見たが、こちらが害を為す者ではないと判断したのだろう。
僅かに体を揺すって羽を膨らませると、また目を閉じて昼寝に戻ってしまった。
「ネア、寒くなかったかい?」
屋内に入ると、庭への続き戸のところでシルが待っていた。
となると、シルには何か用事があってネアが一人で来たのではなく、ネアは敢えて一人で庭に出て来たらしい。
「ええ。このくらいの時間であれば、冬の温度を感じるのはとても素敵ですよ。そして、ノアは誰かにふられて落ち込んでしまっているのではなかったようです」
「そうだったのだね」
「……………もしかして、僕を心配してくれてたのかな?」
「お誕生日会を年明けにすると言った日に、お庭のガゼボに一人でいて、俯きがちに考え事をしていたのですよ?それはもう、心配になってしまわざるをえない状況ではないですか」
「うん………」
「ありゃ……………」
何だかまた胸が温かくなり、狐の姿の時には弾むように駆ける廊下を並んで歩く。
ウィームの王宮だっただけあり、リーエンベルクは大きな建物だが、もうきっと目を瞑っていても歩けるだろう。
酔っ払って廊下で眠ってしまっても、不思議と家の中にいるような温かな感じがした。
(……………もしかして、みんなで気にしていてくれたのかな………?)
会食堂に入ると、ヒルドは内心を窺わせないいつもの表情であったが、こちらを見たエーダリアの眼差しに、心配してくれていたのは、ネア達だけではなかったのだと気付いた。
この季節らしい祝祭の香りは、イブメリア限定の紅茶だろうか。
テーブルの上には小さなカヌレが乗ったお皿があり、大皿から当たり前のようにみんなで食べるという、遠い昔にどこかで憧れた方式が適応されるらしい。
「まぁ、カヌレです!」
「試作品なのだそうだ。色々な味があるらしい」
「となれば、急いで席につかなければいけませんね。ノア、ちびカヌレなので、ノアも美味しくいただけそうですよ?」
「うん。勿論食べなきゃだよね」
いつもの席に座り、いつもの席っていい響きだなと考えながらヒルドに紅茶を注いで貰う。
給仕妖精もいるのだが、ヒルドは王宮でそのような役割も果たしていたので、長年あの第一王子にしていたことを、今度は自分の家族に与えたいという欲求があるらしい。
カップから立ち昇るのは、シナモンやクローブの祝祭の香りで、そんな少し癖のある紅茶はミルクをたっぷり入れて飲むか、甘い焼き菓子と一緒に楽しむ。
紅茶だけで飲むと特別に美味しいとは思わないのだが、こうして飲むと不思議なくらいにしっくりくるというのも、ネアから教わったことだった。
(軽めのケーキやゼリーなどには合わなくて、バタークッキーやジンジャークッキー、焼き菓子やチョコレートケーキに合うんだよね)
そう考えてみれば、まさしくこの季節の祝祭の菓子に合わせて作られた紅茶ではないか。
そんな紅茶を家族で飲む時間は、この上ない贅沢さで、けれども日常でもあるのだった。
「やはり、送り火の魔物の捜索は、任せるしかないようだ」
「私の舎弟は、どこに隠れてしまったのでしょう。ディノと一緒に、捕まえに行きますね」
「武器狩りなどもありましたから、今年はこれくらいの猶予があった方が領民達にとっては幸いだったようですがね」
「ヒルド……………」
「おや、私は宝石の花火を二度目にしては如何ですかと、事前にお伝えしましたよ?一度しかないかもしれないからと先に上げてしまったのは、ご自身の判断でなされたことでしょう」
「エーダリア様の次の花火は、まだ完成していないのですか?」
「いや、完成はしているのだが、やはりあの宝石の花火には及ばないだろう。順番を逆にしておけば良かったのだな……………」
「あら、そうでしょうか?一度目の花火は素敵な宝石を降らせましたので、その宝石を拾う時間をゆっくりと取れるよう、一度目のバベルクレアでの打ち上げで良かったような気がするのです。先程もお庭で、宝石の欠片を拾っている妖精さんを見たのですよ」
そんなネアの言葉に、エーダリアが鳶色の瞳を瞬く。
微笑んで頷いたヒルドに、そうなのかと小さく呟いた。
ネア曰く、禁足地の森やリーエンベルクの庭だけでなく、街の方でも思わぬところに残っている宝石を見付けるのが流行っているようだ。
全ての宝石を拾われてしまうと土地に浸透させたい祝福もあるので考え物なのだが、種族を問わずウィームの住人達にそこまで喜ばれていると思えば、花火を作ったエーダリアは嬉しいだろう。
瞳を揺らして淡い微笑みを浮かべたエーダリアを、いい気分で見つめてこっそりヒルドと視線を交わす。
(そうだ。リンデルに彫って貰う絵を考えないと……………)
どんなものにしよう。
家族から贈られるものの中で一番嬉しかったのはここでの生活だけれど、そうして品物で貰えるものがあるということも、堪らなく幸せな気分にさせてくれる。
装飾品をあまり好まないだろうというネアの言葉に、成程と思った。
普段の生活の中でそのようなものを好んでつけないので、今迄は贈り物として挙げられずにいたのだろう。
言われてみれば確かに、リンデルを貰って、今日はちょっと何も着けたくないなという日には外せる方が、自分には合っているのかもしれない。
「今日はさ、あらためて僕の宝物を考えていたんだ」
そう話し出せば、エーダリアやヒルドがこちらを見る。
何もかもを分かってくれているように紅茶を飲みながら微笑んだネアと、そんなネアを見てからこちらに視線を向けたシルも。
どうやって家族に伝えようか。
いつの間にか、指輪を贈りたい女の子が妹になって、ネアがリンデルを贈ってくれることになった時よりも、家族全員から貰えるのだと知った時の方が嬉しかったことを。
ずっと昔、あのラベンダー畑で出会った女の子は、僕がその時に手に入れようとしていたものは、僕の本当に欲しいものではないのだと教えてくれた。
そんなことを、リンデルの話を経て、本当にそうだったなとまたこうして実感している。
こんないい日は、狐の姿で誰かの寝台に入れて貰わなきゃだね。
その体温に救われながらもどこかで憎んでいた女の子達ではなく、家族と一緒に眠る贅沢こそをたっぷり堪能しなくちゃと思う。




