111. 誕生日会でも婚約はしません(本編)
食器の触れ合う音に、どこか遠くから聞こえて来る美しいバイオリンの音色。
音楽の小箱かなと思えば、この音色は禁足地の森で妖精達が奏でているものらしい。
昨晩の花火で降った宝石を集め、森の妖精達がパーティーを行っているのだそうだ。
窓の外には細やかな雪が降っていて、静かな雪の日にだけ満ちる青い影がそこかしこに落ちる。
お誕生日会の開始にあたり、まずは集まった面々からの魔術の繋ぎに触れない程度のお祝いが伝えられた。
殆どリーエンベルクにも住んでいるような感じになってきた選択の魔物だが、それでも出来ない事はあるのだ。
その後、本日の主賓は乾杯用のシュプリに夢中になってしまったので、ネアはまずはお祝い料理と素敵な時間を過ごすことにした。
「……………むぐ。魅惑のちびサーモンミルフィーユです」
「魅惑の……………」
一口大の小さな正方形の前菜を頬張り、ネアは、ふにゃむと頬を押さえた。
蕩けるような燻製鮭は、間にフェンネルの効いたソースを挟んでミルフィーユ仕立てになっている。
燻製の香りに混ざるのは林檎だろうか。
ぷちりと上に載せられた赤い粒は、小さな冬夜葡萄の赤い実なのだそうだ。
小さな一つでこんなに幸せになるのだから、お皿一杯食べられたら儚くなってしまうかもしれない。
みょいんと伸び上がり、何とか美味しさを表現しようとしたが、喜びを逃がしきれず、ネアは伴侶な魔物に小さく体当たりしてしまう。
突然のご褒美にきゃっとなった魔物は、まるで幻の秘宝を見るかのようにサーモンミルフィーユを振り返った。
(この国では、スモークサーモンという言葉はあまり一般的ではないけれど……………)
多言語に亘り、なぜその言葉までもが通じるのだろうというものもあれば、微妙に通じない言葉もある。
サーモンはその最たるもので、なぜかカルウィやランシーンなどでは使われているのだが、大陸のこちら側では鮭での統一が図られているらしい。
幸いにも、博識な魔物達や、エーダリアにヒルドもサーモンで通じるのだが、ネアのよく知るスモークサーモンを想像して発言すると、こちらの世界のサーモンは少し塩味が強い保存食寄りである。
「むぐ。ついつい前の癖でサーモンと言ってしまいますが、このように美味しいのは、鮭の燻製でしたね……………」
「間違いじゃないんだけど、味が違うから紛らわしいよね」
「ふぁぐ。この一品は、私の中の美味しいの殿堂に入りましたので、敬意を以て鮭の燻製とお呼びします」
「ネア、こっちも食べた?フェンネルのクリームじゃなくて、芒果クリームチーズだよ?」
「ゼノ……………?」
あまりにも殺傷力の強い情報に、ネアは小さく打ち震えた。
よろよろしながらそちらのものもお皿に取り、ぱくりと食べて無言で世界に感謝する。
燻製鮭のとろりとした塩味と薫香に、芒果の香りは素晴らしい組み合わせだ。
「ふぐ……………」
「ネアが可愛い……………ずるい」
「グラストも食べて。これね、絶対好きだと思う!」
「ゼノーシュのお勧めなら、食べないとだな」
食べ物に舌鼓を打つネア達の横で、こちらは食べ物ではないが、そのやり取りだけでも胸をいっぱいにしてくれるグラストとゼノーシュの二人がいる。
ノアとアルテアは、なぜか厳しい眼差しでシュプリを飲んでいるようだ。
先程から、まるで生産者のような眼差しでひそひそ話し合っている上に、ネアはこの二人が、シュプリを大事そうにちびちび飲む姿を初めて見てしまった。
ノアはいつもの白いシャツに黒いパンツ姿で、本日のアルテアは紫色がかった濃灰色のスリーピース姿だ。
あまりの真剣さにメゾンのオーナーと出資者のような組み合わせに見えるが、家族で過ごすお誕生日会に集まった魔物達である。
「え、……………何この味。このシュプリ、どうしてもうないの?」
「……………土壌の祝福は、霧雨と音楽、…………黄金と翡翠か?」
「翡翠じゃなくて、瑪瑙かもしれないね。……………うーん、酸味って何だと思う?もしかすると、虹かなぁ…………」
「条件に合う土壌は、現存しないだろうな。本気で再現したければ、影絵やあわいを探した方が早そうだ。或いは、一から作るか……………」
なかなか真剣なやり取りに、ネアはディノと顔を見合わせる。
喜んでいるのは間違いないので、このシュプリも素敵なお祝いになったということだろう。
なお、エーダリアとヒルドも問題のシュプリを味わって飲んでいるが、こちらは純粋に美味しさに感動しながら飲んでいるばかりなので、再現しようと難しい顔になってしまうことはない。
(ゼノは、美味しいお酒も好きだけれど、どちらかと言えば食べ物の方がいいみたい………)
テーブルに並んだ料理は、この世界でのジビエにあたる、夜渡り鹿のビステッカ。
これは赤い木の実のソースと、キノコのソースでいただくのだが、柔らかい部分のお肉だけを使ってあるので癖なくいただける。
ネアの大好きな鴨のオレンジソースがけに、爽やかにいただける冬野菜と氷海老のゼリー寄せ。
野菜たっぷりのリゴレットソースをかけていただくのは、衣をつけてさっと揚げた蛸なのだそうだ。
雪芋とアルバンのチーズを使ったポテトグラタンには、刻んだ根セロリの食感と、削ってかけたミモレットチーズがアクセントになっていて、他の料理の付け合わせとして素晴らしい働きをする。
オリーブと干し葡萄の入ったシンプルなサラダに、牛コンソメと、マスタードクリームの二種類のスープ。
簡単につまめるチーズや果物まで。
ぴりりと香辛料が効いている鶏肉蒸しに入っている鮮やかな橙のキノコは、恐らく初対面のものだろう。
ぱくりと食べて胸を躍らせ、ネアは、森のどこに生えるキノコなのかを調べておくべきだろうときりりとした。
「むむ、ノアとアルテアさんが葡萄畑を作ることで合意しました…………」
「そこから作るのだね………」
「うーん、あの二人が気に入るとそうなるんだな。…………ネア、冬蜜檸檬があるぞ?」
「ふゆみつれもん?」
ウィリアムが教えてくれたのは、綺麗な森結晶の絵の具の絵付けのある陶器製のバスケットに山盛りになった、オリーブの実のような小さな檸檬だ。
蜜の多い林檎のように内側に蜜を蓄えており、皮は薄く、酸っぱさも控えめになっている。
一口で食べるものだと聞いてぱくりとやれば、このまま木に実っているのが不思議な美味しさではないか。
手をかけて作ったお菓子だと言われても信じてしまいそうで、檸檬風味の蜜はじゅんわり瑞々しい。
もぎゅもぎゅ食べて目を輝かせたネアに、微笑んだウィリアムが頭を撫でてくれる。
その光景にぴっとなったディノが、慌てて、ネアのお口に二個目の冬蜜檸檬を入れに来てくれた。
俄かに巻き起こった冬蜜檸檬の賑わいに気付き、エーダリアがこちらにやって来た。
手の上のお皿には、やはり鶏料理が盛られているようだ。
「それは、大雪の日にしか実らない檸檬なのだ。リーエンベルクの庭園にも木があるのだが、普段は調理されて、デザートなどに使われている。昨日の大雪と祝祭の魔術で、皮の苦味のないものが収穫出来たので、そのまま出して貰った」
「まぁ、こんなに沢山、リーエンベルクで収穫出来てしまうのですね」
「大きな木だからな。雪が少なく甘くならない年は、漬け込んで檸檬酒にしている」
「時々、戦場で見かけて食べるんだが、リーエンベルクのものはやはり格段に味がいいな」
そのまま齧っていただく冬蜜檸檬は、ヒルドのお気に入りの果物であるらしい。
だからこそ、敢えてデザートなどに加工されない状態で出されたのだろう。
その結果、美味しい冬蜜檸檬と出会えたネアは、目元を染めて恥じらうディノの口にも冬蜜檸檬を入れてやり、俺も貰おうかなと微笑んだウィリアムの口にも、えいっと入れておいた。
「……………おい」
「むむ、お誕生日のアルテアさんにも、冬蜜檸檬をお届けしますか?」
「冬蜜檸檬?収穫したてのものは珍しいな………」
「ふむ。満更でもなさそうなので、お届けしますね。えいっ!」
「…………っ、」
ご主人様から冬蜜檸檬をお口に押し込まれたアルテアは、眉を寄せて呆れた顔をしてみせたが、特に嫌がる様子はないので、素直ではないだけなのだろう。
「お兄ちゃんにはなしかい?」
「……………むぅ」
「僕も、冬蜜檸檬は大好きなんだよね」
「給餌職人になった気分ですが、致し方ありません!」
ぎゅうぎゅうと割り込んで来たノアの口にも入れてやると、ぱくりと指を齧られそうになったので、ネアは慌てて指を引き抜いた。
悪戯っぽく微笑んだ塩の魔物は、これはもう、男女の戯れに手慣れていらっしゃるという悪い微笑みである。
反撃に転じたネアが爪先を踏もうとすると、義兄は苦笑して逃げていったが、向こうでヒルドに叱られていた。
「アルテアさん、牡蠣もいただきました?酸味のあるジュレと、辛いソースがあるんですよ」
「おい、お前は幾つ目だ………」
「………四個目…………?」
「じゃあ、何で殻が五つあるんだよ。いいか、食べたら殻はこっちに置け」
「むぐ。もしかしたら、お皿に中身のなくなった殻が遊びに来ただけかもしれませんよ」
「来ないだろうな」
葡萄園の設立と、リーエンベルクに王都からの騎士が駐在する事になった場合の組織編成についての議論なども入り混ぜつつ、和やかな歓談が続いた。
ネアは、今はヒルドと話しているアルテアの横顔を見つめ、警戒しなければいけなかった悪い魔物が、今は外に本宅を持つ家族の一人のようにこの場で過ごしている様子をこっそり眺める。
(ディノのお誕生日の時は、グレアムさんやギードさん、ヨシュアさん達も来てくれるのだけれど…………、)
今、この部屋にいるのが、ネアの家族だった。
上手く言えないが、ネアはここから始めたのだ。
だからこそここにいる人達は特別な家族や隣人で、強欲な人間は、この家族の輪を一人だって失いたくはないのである。
「ナイフは温めてあるのか?」
「ふふ、さては、ケーキのご催促ですね」
「ったく。余計なものを乗せやがって………」
「あらあら、心配しなくても、ちびふわクリームはアルテアさんのお皿に配達されますからね?」
ケーキのご要望があり、ネアはいよいよこの時が来たのだと、湯煎で温めておいたケーキナイフを手に取る。
しかし、切り分ける際にもだもだしてしまい、溜め息をついた主賓な魔物が代わりに切り分けてくれた。
ちびふわクリームの部分でかなり困惑していたようだが、どうやっても一人分のカットにしか乗らないように巧みに配置されているのだった。
「わーお。自分で持っていったぞ………」
「ちびふわが…………」
「クリームのお花の主役なところを取るには、ちびふわクリームも取るしかないという、狡猾な作戦なのです!………ぎゃ!一口でちびふわが!!」
「……………食われたくなければ載せるな」
「むぎゅむぅ…………」
「わぁ、これピスタチオのクリーム?」
「はい!秋に食べたピスタチオクリームがアクセントになったショートケーキがあまりにも美味しかったので、今年のアルテアさんのお誕生日ケーキは、初めてのピスタチオクリームに挑戦してみたんです。………どうですか?」
「凄く美味しいよ。僕、これ大好き!」
まずは、全員に行き渡ったネアの手作りケーキである。
今年のネアのケーキは、お酒の風味が微かに香る梨を使った、ピスタチオクリームのショートケーキだ。
対するリーエンベルクからのケーキは、果物を沢山載せた、酸味の爽やかな軽めのクリームチーズケーキになっている。
どちらも白いケーキだが、食べてみると味が被らないので、二個のケーキを美味しくいただけるのだ。
渾身作のケーキをフォークで優雅に口に運ぶアルテアを凝視していると、赤紫色の瞳がこちらに向けられた。
ネアはどきどきしながら、感想を尋ねてみる。
「……………どうですか?」
「生地に使ったのは、雪淡の果実蜜か?」
「はい!料理人さんと相談して、今回はその組み合わせにしてみました」
「まぁまぁだな。雪の祝福をかけて正解だ」
「はい!」
クリームに酸味のないケーキで、甘さは控えめながらもある程度しっかりとしているので、雪の祝福できりっと冷やしてある事が評価されたようだ。
アルテアらしい言葉で褒めて貰い、ネアは嬉しくなって小さく弾む。
「わーお、こりゃ美味しいや」
「……………ああ。この組み合わせは美味しいな」
「ありゃ、エーダリアが気に入ったみたいだぞ」
「甘めのケーキの筈なのだが、これは冷たさが心地よくて美味しく食べられるな。俺も気に入った」
「ええ。これは厨房の料理人が作ったと言われても、頷けるものではないでしょうか。ネア様、とっても美味しいですよ」
「ふふ、お祝いのケーキの筈なのですが、皆さんに褒めて貰えて、私が一番に幸せな気持ちになってしまいます!」
試作品の試食にも付き合ってくれたディノは、今日も伴侶の手作りケーキを幸せそうに頬張っている。
グラストからは、ゼノーシュが気に入ったのでこのピスタチオクリームの作り方を教えて欲しいと言われ、ネアは、誇らしさのあまりに口元がむずむずしてしまった。
そうして、ネアがリーエンベルクの料理人の手による果物のケーキも食べ終えた頃。
いよいよ、贈り物などを披露する時がやってきた。
(今年の贈り物は、自信作なのだ……………!!)
「アルテアさんに、どのようなものがいいのか尋ねてしまう禁じ手も使いましたが、今年の贈り物はちょっと凄いのですよ?」
「ほぉ、その自信に見合ったものなんだろうな」
ふっと意地悪そうな微笑みを浮かべてこちらを見たアルテアに、ネアは、期待し給えな余裕をもってこくりと頷く。
ネアがごそごそと首飾りの金庫から取り出したのは、小さな薔薇色の小箱だ。
その天鵞絨の小箱を両手で持ってずずいと掲げると、なぜか、ノアとウィリアムが焦ったように素早く視線を交わしている。
「……………ネア、アルテアからはどんな要望があったんだ?」
「ウィリアムさん?身に付けられるものの方がいいとの事でしたので、この贈り物にしたのです」
「……………わーお。僕がよく言われるやつだぞ」
半眼になったノアに振り向かれ、選択の魔物は顔を顰めている。
「鍋は、一つあればもう充分だからな」
「そもそも、身に付けるものって言ってもさ、手袋に繋ぎ石にベルトに靴で、もう充分じゃない?!」
「俺とこいつの問題だ。放っておけ」
なぜだかわちゃわちゃし始めた魔物達に首を傾げ、ネアは、贈り物の小箱を掲げてびょいんと弾む。
こちらに向き直ったアルテアが、さっさと寄越せと手を伸ばすので、授与の儀式を軽んじてはならぬと厳かに差し出した。
「アルテアさん、お誕生日おめでとうございます!」
そうしてネアが渡した小箱をアルテアがぱかりと開くと、なぜか、小さく呻いたノアが床に崩れ落ちてしまう。
ウィリアムとヒルドもわなわなしているが、ネアは、なぜそんな過剰反応がなされるのかと、今度は反対側に首を傾げた。
「僕の大事な妹が…………!!」
「ネア、いくら使い魔だからと言っても、それはどうかと思うぞ…………?いや、……………アルテアを殺せばいいのか……………?」
「まさか、指輪の贈り物だとは思ってもいませんでしたが………」
「……………む?指輪?」
ディノと顔を見合わせ、ネアは眉を寄せた。
どうやらこの贈り物が、指輪のように見えてしまったらしい。
確かに、天鵞絨の小箱の中で煌めいている淡い白灰色の結晶石は、華奢な指輪型とも言えよう。
「魔術指貫です!」
「アルテアなんかに求婚……………え、……………指貫?」
「はい。魔術師さんなどもご愛用の、特別な指貫なのですよ。ディノにも相談して、擬態をしていても隠して使えるものにしたのです」
「…………指貫だったのか……………」
深く息を吐きながらそう呟いたウィリアムに、ネアはきりりと頷く。
正確には、これは魔術具にあたるので、指貫という呼称は間違いなのだが、指貫から派生した道具なのだ。
指の根元まで押し込むものではなく、指の第一関節のところに止めておき、それで魔術を編んだり、魔術の障りや穢れなどがある品物に触れる際の密かな防御とする。
手袋などを使うのが一般的ではあるが、扱う魔術によっては手を覆えないような場合もあるのだ。
また、擬態などをしていると、手袋自体をつけられないこともあるだろう。
(お店の方が、この細さのものは今年の冬から作れるようになったばかりだと仰っていたから、それで指輪だと思ってしまったのかしら……………?)
様々な祝福結晶を錬成した指貫は、その階位に応じて色合いを変える。
今回のネアが選んだものは限りなく白灰色に近いが、光の角度で僅かにラベンダー色がかって見えたり、水色がかって見えたりもする。
所謂指輪という感じのデザインだが、輪郭を少し工夫しており、ほんの僅かな流線形が指を綺麗に見せてくれるのだそうだ。
繊細で美しい彫刻の部分は、夜になると微かに薔薇色の輝きを帯びるらしい。
上質な夜の祝福石で、夜呼びをした部屋で見せて貰ったが、あまりの美しさにうっとりしてしまった。
ネアは自分のものも欲しかったくらいなのだが、ネアの可動域では持っていても使いようがない。
しょんぼりしていたところ、ディノがそのお店に売られていた祝福細工のある細い夜鉱石のペンを注文しようと言ってくれて、美しい彫り模様のある品物への欲求は満たされた。
ネアの手帳用のペンが、どんな持ち物との組み合わせで摩耗されたものか、最近、まだまだ保つ筈なのにすっかり書き味が悪くなってしまったことを、ディノはちゃんと知っていてくれたのだ。
「以前に一度、アルテアさんの爪が変色していた事がありました。素手で扱わないといけない、困った魔術の花に触れたのだと聞いたのを、何となく覚えていたのです。この魔術具は、魔術を動かさずに使えますし、身内から贈られないと使えないものだというので、ぴったりの贈り物ではないかなと思いました」
「…………え、アルテア固まってない?」
「なぬ。素敵な指貫過ぎて、固まってしまったのですか?」
「……………アルテアが」
ネアは、無言で箱の中の天鵞絨の台座に収められた指貫を見ているアルテアをゆさゆさと揺さぶると、ゆっくりとこちらを見た選択の魔物に、道具の説明を続けた。
強欲な人間は、自慢の贈り物についてあれこれ説明したくて堪らないのだ。
「華奢なものに見えるかもしれませんが、これは凄いのですよ!使わない時は少し大きくなるので、指輪のように指の根元に押し下げておけますし、その際には見えないように擬態させる事も出来るのだそうです。持ち主に害を為す魔術をばちんと弾きますが、魔術を……………ぐぬぬ。……………魔術を、悪くしません………」
ここで、専門的な説明を忘れたネアが慌てて振り返れば、伴侶な魔物が説明を引き取ってくれた。
「ウィームに、良い職人がいたようだ。このリンデルは、触れたものの魔術を攪拌したり変性変質させることはなく、ただ受け流して体に触れさせないようにするものであるらしい。隠し持っておけるものということで、監査官などにも愛用されているそうだよ。この子は、アクテーでの君を見て、隠し持っておけるものという要素にも惹かれたようだ。その前に見ていたリンデルは、都度、取り出して使う幅の広いものの方だったからね」
「はい!このリンデルは、独り立ちする子供達への、身に付けられるお守りとしても、贈り物にされるそうです。因みにアルテアさんのものは、ホーリートと夜の祝福のある指貫……リンデルなので、お守りとしての使い方でもばっちりなのですよ!」
そう熱く語り、じっと見上げたネアに、アルテアは、箱の中から取り上げた指貫を指に嵌めてみたようだ。
ふっと瞳を細め、唇の端を持ち上げておきながら、なぜか少しだけ意地悪な顔になる。
「……………この節操なしめ」
「なぬ、なぜ貶されたのだ……。普通のものより細身の指貫ですが、気に入りませんでしたか?ディノからも、魔術の理の上で身内にしか贈れないものなので、アルテアさんはきっと持っていないのではと言ってもらえたのですが………」
「大丈夫だよ、ネア。多分だけど、アルテアはすっごく気に入ってるから……………」
「ノア?」
「それと、僕もあれがいい。身内にしか贈れないんだから、僕も欲しい」
ここでそつなく、今年の贈り物はもう準備してくれているだろうから絶対にそれが欲しいので、来年の贈り物をあれにしてねと言われ、ネアはなかなかいい贈り物を見付けたようであるとふんすと頷いた。
「……………成る程な。そんなものがあるのか。ネア、俺も今度はそれにしてくれ」
「まぁ、ウィリアムさんも。指貫が大人気です!……………エーダリア様?」
「……………新作だな」
「なぬ……………」
「シヴァルの親族の店のものだろう?その細さのものは、これまでにはなかった筈なのだ。新作が出たのだな…………」
「わーお、かなり詳しいぞ……………」
「…………リンデルは、人間の魔術師にとっては馴染みのある道具だからな。見慣れない細さに、最初は私も指輪かと思ってしまったが、箱の刻印がその店のものだった」
「おや、もしかして、……………魔術書を読む際に時折使われているものもそうですか?」
「ああ。あちらは兄上から貰ったのだが、指先を覆う形のものだからな………」
エーダリアのリンデルは、指貫型ではなく、よりしっかりとした指先に被せて使うものなのだそうだ。
その店の評判を誰かから聞いてきたヴェンツェル王子が欲しがり、五年ほど前にお互いに交換する形で贈りあったのだとか。
ネアは、第一王子がかなり弟を気に入っている事を知っているので、さもありなんと頷いておいた。
エーダリアの時は、第一関節部分に嵌めておく幅のある指貫に慣れなかったそうで、指貫型が欲しかったものの断念し、指サック型にしたのだそうだ。
「武具などに慣れた兄上は気にならないようだが、私はどちらかと言うとあまり道具を使わない魔術師であるし、出来れば指周りに大きな装飾品などを着けたくないのだ。その時にこのリンデルがあれば、こちらにしたのだが……………」
あまりにもアルテアへの贈り物をじっと見ているエーダリアに、くすりと笑ったヒルドが、今度そちらのものを買いに行きましょうかと言って、エーダリアをあわあわさせている。
ヴェンツェル王子に贈られたものとは内包する魔術を変えて作ろうという話を聞きながら、ネアは、ヒルドからエーダリアへの贈り物になるのだろうなと温かな気持ちになった。
新旧どちらも、エーダリアは大事に使うのだろう。
「それにしても、ネアがアルテアに求婚したのかと思ったよね…………。僕の妹がアルテアの婚約者になるとか、どんな悲報かと思ったよ……………」
「もしかして、それであの反応だったのですか?」
「そうだよ!最初から指貫だよって、言ってくれなきゃ」
「ネアは、アルテアに求婚しない……………」
「むぐ!ディノ、羽織りものにならなくても、さすがに私とて、そのようなパワハラはしませんからね?」
「ぱわはら…………?」
「権力を盾に、そのような行為や関係を無理強いをする事です。褒められた行為ではありませんね」
「シルハーンに止める様子がなかったから、なぜなのだろうとは思っていたが…………、そうか、指貫か」
ネアは、気を取り直したようにお酒を飲み出したノアとウィリアムに頷き、伴侶を羽織ったままアルテアの顔を覗き込む。
エーダリアの発言にもあったが、指輪とは違い、針仕事の指貫のように第一関節のあたりにつけるリンデルは、慣れない者には使い勝手が悪いかもしれない。
身に付けられる守りのもので、尚且つ、高位の魔物にしては手仕事などをよくするアルテアの使える専門的な道具であり、見た目も美しい。
これはぴったりだと考えてしまったが、気に入ってくれただろうかと、少し心配になってしまったのだ。
「…………ぎゅむ」
「悪くない」
「本当です?ぽいしません?」
「…………ったく。気に入った。……これでいいな?」
「はい、そう聞いて安心しました。アクテーのようにヴァルアラムさんになっていても、本人に害を為すもの以外の重ねた魔術は弾かないので、使えるのですよ!」
気に入ったと言って貰えて安堵に弾んだネアに、アルテアはなぜか、リンデルを嵌めた手を頭の上にぼすんと載せる。
「確かに、………必要なものは弾かないな」
「むぐるる!なぜにご主人様で試すのだ!!私がばちんと弾かれたら、パイを捧げる相手がいなくなってしまうのですよ?」
「何でその一辺倒なんだよ」
呆れた顔をされてしまったが、リンデルを外す様子もないので、贈り物は確かに気に入ってくれたのだろう。
「迷子防止靴とこの指貫を組み合わせれば、少しでも多くの事故を防げると思うのです……………」
「おい……………」
「なお、その細工はホーリートや祝福の煌めき、飾り木の枝を模した模様なのだそうですよ。あなたが災難に見舞われませんようにという意味が籠められているようです」
「僕さ、ふと思ったけど、飾り木って毎年送り火で燃やされるんだよね……………」
「……………わ、私の使い魔さんを送らないよう、グレイシアには厳しく言っておきますね」
「そうか、…………バベルクレアの花火は、もう一度あるのだったな…………」
「ほわ、エーダリア様が落ち込んでしまいました…………」
「ありゃ……………」
たっぷりと美味しいものをいただき、沢山のお喋りをし、ネア達は選択の魔物の誕生日のお祝いを終えた。
禁足地の森の方からはまだ音楽が聞こえてきており、目を凝らせば輪になって踊る妖精達が見える。
ネアは、リンデルの箱の蓋の裏側に、これからも宜しくお願いしますという文字が入れられていることを、アルテアにそっと伝えておいた。
やれやれだなと言った使い魔は、けれども、明後日には美味しい星林檎のパイを焼いてくれるらしい。
ネアは、以前の記憶を頼りに腰にそっと触れてみて、記憶とは何かが違うような気がするもののまだ括れは生きていることを確かめながらも、近日中に森での狩りに出かけることを心の中で誓ったのだった。
明日12/12の、通常更新はお休みとなります。
こちらにて、二千字程度のSSを書かせていただきますね。




