寝過ごし列車と祝祭の森 2
トゥルデルニークのお店で無事に蜂蜜オレンジのものを手に入れたネアは、木の棒にくるりと巻いて焼き上げたトゥルデルニークを、指で千切ってお口に放り込んだ。
(美味しい……………!!)
蜂蜜をかけて良く焼いた表面はかりかりしていて、生地に練り込んであるオレンジピールがふわりと香る。
内側の生地はもちもちしており、焼き立てのパンの甘いいい匂いが口の中に広がった。
「むぐ。オレンジのものにして良かったです。おいひいれふ!」
「美味しいね……………」
「表面にふりかけた木の実や、この赤いのは乾燥苺でしょうか?」
「蜂蜜を足さないのかい?」
「……………むぐぅ」
甘さ控えめのトゥルデルニークのお店だと時折見かけるのだが、蜂蜜やクリームなどをご自由にどうぞな感じで加えられるよう、トッピングの小瓶が並んでいるのだ。
この店も蜂蜜とシナモンはご自由にどうぞと置いてあり、ネアは、先程からそのあたりを何度も見てしまっていた。
「このままでも充分に美味しいので、蜂蜜をかけるかどうか悩ましいところですね……………」
「アイスは乗せなくていいのかい?」
「……………むぎゅふ。ソーセージも食べるので、アイス様にはご辞退いただきました」
基本ネアは、トゥルデルニークは素朴にそのままで食べたい派である。
しかし、こうしてご当地トゥルデルニーク的なお店では、見たことのないアイスなども売られていて、初めましてな森コケモモアイスには興味津々だったのだ。
(で、でも、行きの列車でメランジェも飲んでしまったし、ソーセージも食べるのだから……………)
ネアは、強欲な自分に必死にそう言い聞かせた。
これからの時期はご馳走も多いし、雪白の香炉の舞踏会では、新しいドレスを着る予定なのだ。
ウィームでは、幸いにして早めにグレイシアが捕縛されたこともあり、ゆったりとではあるもののイブメリアまでの季節が再び動き始めている。
今年は脱走するのが早かったようなのでまた脱走してしまうかもしれないが、ひとまずバベルクレアくらいまでは順調に進むのではないだろうか。
(なぜか遠い目をしたエーダリア様が二種類目の花火を考えていたから、二度目の脱走は回避不可なのかもしれないけれど……………)
なお、本来なら真っ先に舎弟を諫めなければならない筈のネアは、もう少し延びてもかまわぬぞよな気分なので、困りましたねぇと微笑むに留めておいた。
「と、ともかく、これからは美味しいお食事が多い季節に入りますので、アイスは乗せないのです……………ぎゅ」
「ネア、好きなだけ沢山食べていいのだよ?」
「ソーセージも食べますし、もしかすると、この先にも他に食べたいものが現れるかもしれません……………」
そう答えたネアに、ディノは少しだけほっとしたようだ。
しかしネア自身は、おやつの量を制限しようと思っているのに、どうして自分はまだ食べるかもしれないと考えているのだろうと、心の中で難解な謎と向き合っていた。
ピチチと、どこかで鳥が鳴いた。
頭上を見上げると、誰かからせしめてきたのか、むくむくとした茶色い鳥が、体に対して大き過ぎる菓子パンを咥えている。
その隣に並んだ小鳥が、分けてくれと言わんばかりに囀っているが、茶色い小鳥の眼差しはとても冷たい。
あの菓子パンを誰かに渡すつもりはないのだと感じたネアは、その強欲な小鳥がすっかり気に入ってしまった。
「このあたりは、思っていたよりも人がいますね」
「森の方から歩いてくる者達も多いようだね。向こう側から繋がる道もあるのだろう」
季節の駅の周囲には深い森が広がっていて、駅からの真っ直ぐな道沿いに並ぶのがこの商店だ。
店々の建築様式は統一しておらず、けれどもそのちぐはぐとした感じが、木々に吊るされたオーナメントや、イブメリアのリースによく似合っている。
旅支度の為の道具屋や食堂のようなお店もあり、よく見れば宿屋まであるのは、ディノの教えてくれた森からの旅人達がいるからだろう。
(縁のない人達は偶然にしか立ち寄れない、季節の駅なのに……………)
そう思えば、ここを訪れる旅人達はどこから来るのか、そして店を構えた者達は他の季節はどうしているのかが、ネアは不思議でならなかった。
先程、エーダリアが貰った家具屋のカードにも、営業は秋と冬だけだと書かれていたので、もしかするとこの駅に店が見当たらない季節もあるのかもしれない。
はらりと風に落ちたのは、色づいたばかりのころは見事な真紅だったであろう楓の落ち葉だ。
今はもう焦げ茶色に近い色になっており、それでも背の高い木々が枝葉で雪を支えてくれているので、最後まで残っていた葉だったのだろう。
(上空から見たら、ここは雪原の下なのだろうか……………)
そう思えばますます不思議な場所だが、季節ごとの入れ替えがある以上は、隠れ里のようなものでもない。
だが、このような不思議で美しい場所が、この世界には沢山あるのだろう。
他のお客のカップにこぽこぽと音を立てて注がれているホットワインから、いい香りのおこぼれをこっそり楽しむ。
ネア達が飲んでいるのは、小さな紙のカップで出される無料の冷たい水だ。
他の領地では有料な水がこうしてふるまわれるところは、確かにここもウィームの一部なのだと言う感じがした。
「…………この水は随分と祝福が濃いものだね」
「きりりと冷たくて美味しいと思っていたのですが、いいお水なのです?」
「祝祭の魔術が潤沢なので、より美味しく思えるのかもしれないね。イブメリアは特に、一年で最も祝福の強い季節の一つだから」
「体の内側までが潤うような感じがして、ごくごく飲んでしまいます。…………むむぅ。どこかに、このお水は売っていないのでしょうか?」
そう呟いたネアに、お店のご主人が駅前の飲食店で瓶入りのものが売っていると教えてくれた。
この森で湧きだしている清水は、魔術の強い薬や呪い剥がしの薬草を飲むのにもいいのだそうだ。
また、顔を洗う際に使うと肌がもちもちするらしい。
しかし、ネアが女性だからこそ教えてくれたその情報は、残念ながら洗顔後のクリームもさぼりがちな人間の心には響かなかった。
ネアにとって、美味しい水は飲むものなのである。
「お留守番をしてくれているヒルドさんに、何かお土産をと思っていましたが、このお水も買って帰りましょう!」
「うん。ヒルドは森の系譜だから、このようなものは喜ぶのではないかな」
「むぐふ。そしてこのソーセージも、内側が滑らかでたいへん美味しいです。お肉の食感が残るものではなく、ムースのようなむっちりソーセージなのですね」
「弾んでる……………可愛い」
肉汁しっかりめでお肉感のあるがつがつ食べるソーセージも大好きだが、内側のお肉をなめらかになる迄挽いた上品なソーセージもネアは大好きなのだ。
加工肉が総じて好きなのだというまとめでもいいのだが、今回のソーセージの特筆するべき点は、何と言っても香草の効かせ方だろう。
乾燥させたものや、香草塩などではなく、刻んだ生のものを使っているような気がする。
鶏の香草焼きのようないい香りがふわっと口の中に残るので、油がくどくなくさっぱりと食べられてしまう。
まさに、トゥルデルニークと合わせて売るのに相応しい一品であった。
美味しい時間はあっという間に終わってしまい、最後に美味しい水で口の中をさっぱりさせると、ネアは、まだ書店からエーダリア達が出てきてないことに気付き、おやっと眉を持ち上げた。
「エーダリア様とノアは、本屋さんに夢中のようです。時間制限もありますし、声をかけてきましょうか」
「古い、隠し魔術のある本屋だね。このような場所が残っているのはとても珍しい。ほら、店の壁のあたりに咲いている花を見てご覧」
「ほわ、鉱石のお花が咲いています!しかも、……………蒲公英でしょうか?」
「あの花が咲いていると言うことは、この店がイブメリアの季節に属していない、魔術的な隔離地のような場所だという証なんだ。この店だけは、どの季節に来てもここにあるのではないかな」
本屋さんに入るにあたり、ネアは、ディノがどこからか取り出してくれた濡れおしぼりで指先と口周りを拭った。
そうして、紙ものを扱う本屋さんに入ってもいい状態を整えてから、木の枝が絡み合うような優美なデザインのお店の扉に手をかける。
戸口に吊るされているのは、ベルなどの代わりの小さな結晶石で、扉を開けると石同士がぶつかり合ってしゃりりんと音を立てるのだ。
「いらっしゃい」
そう声をかけてくれたのは何とも言えない美しい淡い藍色の髪を結い上げた老婦人で、小さな体を折り畳むようにして、随分と座面の高い袖机付きの椅子に座っている。
その椅子を見たネアは、先程のタンジュの家具屋の椅子であることに気付き、おおっと眉を持ち上げた。
ぷんと香るのは、古い本の匂いだ。
そこに重なるのは冬の日の夜のような澄んだ冷たい香りで、ネアは、天井の高い石造りの建物の中で感じる夜を思った。
店内は飴色の木と泉結晶と砂色の鉱石で出来ていて、吊るされているのはシャンデリアではなくぺかりと明るく光る星屑を詰めた鳥籠だ。
少しだけ煤けた星屑も混ざっているので、買って来たものではなく自分で拾い集めたものなのだろう。
(夜の教会のように静謐で、とても居心地のいいお店だ……………)
「む。発見しました」
「ノアベルトが……………」
「……………ありゃ。もしかしてもう、食べ終わっちゃったのかい?」
どうやら、最初に覗き込んだ通路が当たりだったようだ。
ぴょこんと覗いたネア達に振り返り、悲しげに目を瞠ったノアは、手に持った小さな四角い籠に五冊くらいの本を入れていた。
エーダリアのお目付役で同行したのかなと思っていたが、こちらの義兄もすっかり夢中だったようだ。
その隣にいるエーダリアは、手に持った本の目次を夢中で調べていたが、面白そうな内容だったのか満足気にぱたりと閉じると、ノアと同じように手に持っている籠に丁寧に入れている。
ネア達に気付く余裕もない程に夢中なのか、また近くにある本を手に取ろうとしたエーダリアに、ノアが素早く動いた。
エーダリアが手に取ろうとした一冊の本の背表紙を、指先でさっと押さえたのだ。
「これはやめておこうか」
「……………ノアベルト」
この店内では瑠璃色の虹彩が際立つ瞳を瞬き、エーダリアは夢から醒めたように頷く。
そのついでにネア達に気付いたものか、ぎくりとしたようにこちらを見た。
「………っ、もうそんな時間が経っていたのか……………」
「エーダリア様、お隣は雑貨屋さんですので、別行動しませんか。まだこちらの書店を、全部見られていないのでしょう?」
「ああ。……………い、いや、今回は出来るだけ多くを見ておきたいのだ。ひとまずここで選んだ本を買い上げておき、帰り際に時間があるようなら、もう一度寄ろう」
「はい。では、お会計をお待ちしつつ、私もささっとお店を見てみますね」
「ああ。……………ノアベルト?」
「わーお。……………僕さ、二冊買うつもりだったのは覚えているんだけど、いつの間にか籠の中身が増えているんだよなぁ……………」
「……………っ、私も、こんなに買うつもりでいたのか」
エーダリアの籠は、既にぱんぱんだ。
悲し気に息を吐き、何冊かは置いてゆくべきだろうなと呟いたエーダリアに、青紫色の瞳をした契約の魔物がくすりと笑う。
「それはお勧めしないなぁ。こういう本は、悪いものでさえなければ、持たされた本が必ずいつか助けになる。僕がざっと見ておかしなものがなければ、全部買っておこうか」
「そういうものなのだな……………」
ノアにそう言って貰えて、エーダリアは寧ろほっとしたようだった。
ふにゃと柔らかい表情になるとお会計に向かおうとして、でもその前に確認するからねと苦笑したノアに籠を奪われている。
(これは、ノアが一緒に買ってしまう流れかしら……………)
そう考えて胸をほこほこさせると、ネアはなぜか羽織ものになってきた魔物を引き連れて、整然と並んだ本の背表紙が絵画のような不思議な色を重ねる書架を見渡した。
ネアの場合、題名から中身を推し量るだけの知識は有していないので、素敵な背表紙や題名で気になる本を見付けるのだ。
コツコツと音を立ててゆっくりと通路を歩き、ネアは、その中で一冊の本に目を留めた。
振り返ってディノに指先で示せば、羽織ものの魔物は微笑んで頷いてくれる。
「とても珍しいものだね。紙折り術式の魔術書だ。書いたのはアルテアだから、罠をしかけていないかどうかは本人に訊いてみるといい」
「まぁ。アルテアさんの書いた魔術書なのですね。ではこれは、持って帰るようにしましょう」
「それと、こちらの本はノアベルトに渡しておこう。きっと気に入る筈だからね」
「…………王宮防衛における、予兆と星読みの魔術……………」
ディノが書架から取ってくれたのは、一冊の綺麗な水色の装丁の本であった。
金の箔押しで控えめに題名が記され、星々の絵がなんとも美しい。
ネアは慌てて元来た通路を戻ると、まだ塩の魔物の検品中だったところに合流し、ディノが取ってくれた本をノアの籠によいしょと入れておく。
「ありゃ、買って欲しいのかい?」
「いえ、これはディノが選んでくれた、ノアが買うべき本なのだそうですよ。因みに私は、こちらの本をお持ち帰りします」
「……………え、アルテアの魔術書なんてどうやって見付けたのさ?!」
「アルテアの……………」
ネアの戦利品を見せたところで、ノアとエーダリアがとても興奮してしまったので、こちらはネアが買って使い魔に危険などを除去して貰い、その上で家族で回し読みすることになった。
なお、ディノが発見した魔術書も、ノアは見るなり絶対に買うと宣言し、その本がリーエンベルクで構築された魔術を後世に残す為のものであると教えてくれる。
「名前を隠してあるけれど、ウィーム王家の誰かが執筆したものだね。ほら、ここに隠し模様で王家の紋章がある」
「……………ウィーム王家の!」
「むむ、エーダリア様、落ち着いて下さい。こちらの本はお持ち帰りしますから、これからはずっとリーエンベルクにありますよ?」
「そ、そうだったな。すまない、つい興奮してしまった……………」
重たい籠を持ったエーダリアが呼吸を整えるべく胸を押さえているので、そろそろ、みんなの大事なウィーム領主の胸はいっぱいいっぱいなのかもしれない。
その様子を見たネアはすっかりいい気分になってしまい、エーダリア達がお会計している間にとまだ見ていない書架をさっと流してくる。
(他にも、そんな本があればいいのに……………)
しかし、最後に覗いた通路で、お客に気付いて慌てて書架に逃げ戻る本があったので、むんずと捕まえてじたばた暴れるのを大人しくさせる為に振り回してから持っていってみると、暗い目をしたノアから、街や国を滅ぼすかもしれない魔術書なので置いてゆくようにと言われてしまう。
なぜディノが止めなかったのだろうかと首を傾げていると、恐ろしい人間にいきなり掴まれてぶんぶん振り回されてしまった本がすっかり怯えてしまっているので、ネアにはもう害を為さないのだそうだ。
「ふは!良いお買い物が出来ましたね!」
「ああ。これから毎晩新しく読むものがあると思うと、素晴らしい気分だ」
「エーダリア、僕はヒルドほど厳しくはないけれど、徹夜はなしだからね?」
「あ、ああ……………。気を付ける」
かくして古本屋でも大満足のお買い物を終え、ネア達は次なる店に繰り出すことになる。
隣の店は窓辺にゼラニウムの花を満開にさせている木造の店舗で、ごしゃごしゃと色々なものが雑多に売られているあたりが購買意欲を擽ってくるに違いない。
これは危険なお店だと気を引き締め、ネアは心して入ることにした。
店名はネアには理解出来なかったが、ノア曰く、北方の古い言葉で楽しい迷路という名前になっているのだとか。
獣除けの魔術陣の描かれた重たい扉を開けば、店内にはバイオリンの音色が流れていた。
よく見れば、店の奥にある立派なオルゴールの中で、三人の妖精がバイオリンを弾いている。
天井からこれでもかと吊るされているのは、結晶石やランプだけでなく、エーダリアがあっと声を上げてしまうような珍しい薬草の束もあり、エーダリアが既に買うものを見付けているのも面白い。
ネアは小さな銀製のひよこの置物が可愛いなと思ったが、なぜか置物の下の部分の分厚い木の板が無残にえぐれているので、澄ました顔をしているが、これは荒くれものかもしれないぞと手を出すのはやめておいた。
(凄い。……………色々なものが売っているのだわ……………)
この店にあるのは、冬の、それもイブメリアに纏わる様々な雑貨なのだそうだ。
中にはすっかり忘れられたまま荒ぶるリースなどもあるが、飾り木の彫りもののある美しいカードケースなども置かれている。
ネアは、事件や事故の際に命綱になる大事なカードを入れるのにどうだろうと考えたが、あのカードはすぐに取り出せることも大事なので、ケースに入れてしまうのは問題があるかもしれない。
とても気になるが今回は見送ることにし、代わりに同じ飾り木の彫り物のある、小さなマネークリップを購入することにした。
ウィリアムの瞳の色のような白金色の小さなクリップには落とし物防止魔術もかけられており、何かと忙しない年の瀬の買い物の際に、お財布とは別に紙幣を持つ人向けなのだそうだ。
「このクリップがあれば、どこか……………出先で滞在を余儀なくされた土地のお金などを、お財布を開かずに安全に持ち歩けるようになります。どんな事故も、まずは土地のお金に換金をするところから始まりますからね。そしてその際、じゃらりと音を立ててしまう硬貨と、ひっそり胸元に隠しておける紙幣は別にしておくと何かと便利なのです」
「わーお。実感が籠ってるぞ……………」
「ご主人様……………」
祝祭のお酒も各種取り揃えていたその店で、ネアは、ヒルドへのお土産に妖精のお酒を買うと、透かし模様の綺麗なオーナメント柄の便箋セットも購入した。
エーダリアは真鍮に雪の日の空を映す魔術を添付した定規を買い、ノアは、大きな飾り木の下に置かれていた研磨機を掘り出し物として買ったようだ。
こちらのお店も大満足で出てくると、ネアは、向かいにあった結晶石の専門店に気付きしゅばっと駆けてゆく。
「ネアが逃げた……………」
「ディノ、森で拾った素敵なものを集めたお店ですよ!見て下さい、この綺麗な結晶化した金木犀の小枝を。綺麗なだけのものかもしれませんが、私はこういうものが大好きなんです!」
「ネアが枝に浮気する……………」
「むぅ。なぜ浮気の括りに入れられたのだ……………」
その店の中には、結晶と名の付く様々なものが並んでおり、ネアは心が爆発しそうになる。
可愛らしい結晶石の団栗や、木通のような実の中にトゲトゲした結晶石が育ったものなど、不思議で美しいものがこれでもかと並んでいるのだ。
特別希少なものはなさそうだが、どれもが、おとぎ話の森の景色を見せてくれる。
ネアは、可愛らしい小枝を二本買い、書き物机に置く書類の文鎮代わりにすることにした。
(エーダリア様は、………むむ、結晶化したお花を買ったみたいだわ……………)
その隣の店は、森から紡いだ糸と毛糸のお店で、鍛冶屋と食堂を挟み、衣料品店がある。
向かいの通りにあるのは、飾り木のオーナメントの専門店でネアを熱狂させ、エーダリアはなぜか狐のオーナメントを買ってしまったようだ。
「見てくださいこの素敵な紙袋を!このお店は、イブメリアの祝福入りの化粧品のお店だったのです。手に塗るクリームと、体にもばしゃばしゃ使う化粧水を買いました!!エーダリア様は、お向かいの魔術道具店で、何を買ったのですか?」
「風や炎の魔術を扱うのに使う杖と、術式を書く為のノートを何冊か買った。杖は、随分と変わった魔術の組み合わせだったので、ガレンの専門の魔術師に預けようと思ってな。そしてこれは、……………保冷庫などへの、落下防止柵だ」
「保冷庫…………」
「え、そんな目で僕を見るのはやめて……………」
ネア達が最後に飛び込んだのは、駅前の大きな食料店だ。
ソーセージと瓶詰めの水を買い込むネアと、小瓶の五本セットになった森の蒸留酒を買うノアの隣で、エーダリアは見た事のない紅茶を一缶買うことにしたらしい。
ディノがもじもじと持ってきた飴の袋も籠に加え、無事に会計を終えたネアはずしりと重い水の箱をぐぬぬと金庫に入れようとする。
「持ってあげるよ」
「むむぅ。やはり、六本セットにすれば良かったでしょうか…………」
「十二本、全てヒルドにあげるのかい?」
「いえ、ソーセージと合わせて、ウィリアムさんやアルテアさんにもあげるのです。ディノの買った飴は紅茶味なのですね」
「……………リボンがあるからね」
「まぁ!この袋に描かれたリボンは、ちょっぴり私の印章のものに似ていますね!」
「うん」
そして残念ながら、エーダリアがお会計を終えたところで、時間切れとなった。
狡猾なネアは、途中から時間を過ぎていても気付かないふりをしていたのだが、魔物達があまりにも大喜びなネアとエーダリアの様子を見て、一刻半としてくれていたのだとか。
「うん。もうさすがに限界かな。帰るよ!」
「にぎゃ!あの角のところに、とろとろチーズのクレープ屋さんがあります!!」
「ネア、あまり長くいてもいけないから、また今度にしよう」
「……………っ、あの店は、魔術蝋燭の専門店なのでは……………!!」
「はいはい!そこまで!」
荒ぶる人間たちは、それぞれの魔物に抱え上げられてリーエンベルクへの強制帰還となり、ノアからの連絡を受けて転移の間で帰りを待っていたヒルドと対面することになる。
「おや、不思議なご姿勢ですね?」
「……………ヒルド」
「……………もぎゅわ。に、にげようとはしておりませむ」
「ネア様?」
「ごめんなさい……………」
捕獲された直後の転移であった以上、帰りたくないと駄々を捏ねたのは一目瞭然ではないか。
さっと青ざめたネアとエーダリアに、ヒルドは婉然と微笑み腕を組んだのであった。
なお、カードからアルテアに魔術書のことを話したところ、また事故ったのかととても失礼な事を言われてしまったので、ネアはとろとろチーズクレープのお届けを伝えておいた。
ただしこの時期ばかりは、デートがあればそちらを優先し給えと慈悲深く伝えたところ、なぜかいきなりやって来た使い魔に意地悪をされたので、たいへん遺憾な思いでいっぱいである。




