108. 思わぬ贈り物です(本編)
とても怪訝そうな顔の本日は他人設定の筈な使い魔に見据えられ、ネアは、ウィリアムの影にそっと身を潜めた。
オフェトリウスに出会った場に同席していたのだから、仲間にしないでと察してくれ給えな気持ちなのだが、使い魔としては突然のこと過ぎて受け入れられないのだろうか。
そして、出来ればここにいる選択の魔物を引き取って欲しい紫紺の髪の同伴者は、なぜだか理知的で美しい瞳に仄かな恋心などを浮かべてオフェトリウスの方を見ている気がする。
(まさか、……………)
「……………もしかして、またふられてしまったのです?」
「なんでだよ」
「見ず知らずの方ですが、こちらにいらっしゃっている間に、同伴者の方がすっかり興味を他所に移してしまっているような気がしますよ?」
「放っておけ。あいつは元々だ」
「なぬ。となるともしや、恋の橋渡し役的な……………」
ネアは、選択の魔物にもそうして手を貸してあげる女友達などがいるのだなと頷きかけ、アルテアのような魔物がここまで親身になってあげる女性なのだから、本当は自分こそがと思っていた相手なのに泣く泣く幸せを願ってあげているのかもしれないと、俄かに胸が苦しくなった。
思わずじっと見上げてしまったその先で、アルテアはひどく嫌そうに顔を顰める。
「…………おい、またろくでもない事を考えているんじゃないだろうな?」
「……………あの女性の恋の成就を願いつつ、でも本当は振り向いて欲しいのです?」
「なんでだ。やめろ」
「傷付いた心には、甘いものがいいのですよ。そちらに素敵なトルテがありますので、味を覚えがてら心を癒してみては如何でしょう?」
「何の為に食わせようとしているのか、吐かせるまでもない発言だな」
「おやなんのことでしょう」
ふわりと両肩に乗せられた手に、ネアが顔を上げると、背後から覗き込むようにして微笑んだウィリアムが、そっと耳打ちをする。
「アルテアは素直じゃないからな。同伴者のところへ戻らせてやろう」
「ウィリアムさんも、アルテアさんの健気な行いに気付いていたのですね……………」
「ほぇ、ウィリアムといちゃいちゃしてる………」
「おい、そいつの場合は分かっていてだぞ」
「………む?」
なお、ヨシュアはもう当たり前のように一緒にいるので、最後まで一緒にいるつもりなのかなと思っている。
置いて来てしまった冬の系譜の女性も、これだけ長く放置されていたら、嫌になってしまうだろう。
出来れば、美しい舞踏会に心を躍らせてやって来たであろう女性を一人にしないであげて欲しかったが、ネアにとっては見知らぬ女性なので必要以上に案じることもない。
そこはやはり、ヨシュアと彼女の問題なのだ。
そう考え頷いたネアは、オフェトリウス達が、アルテアの連れだった女性に促されて少し離れた事に気付いた。
ネアとしては上々の展開なのだが、アルテアは完全に置いていかれているような気がする。
「………ところで、完全にこちらの組み分けにいらっしゃいますが、戻られなくていいのですか?」
「シビルは、オフェトリウスの知己だ。放っておいて構わない。さっさと離れろと予め話してあるからな」
「アルテアさん、大切な方の恋の応援も大事ですが、ご自身の想いを優先する事も必要なのではないでしょうか?ここに落ちているもさもさを私があちらに投げますので、華麗に守って差し上げてから想いを伝えてみては…」
「いいか、俺の伝えた言葉以上のものを勝手に上乗せするな。それと、お前が手に持っているのは、冬走りの精霊の尻尾だ。どこから取ってきた」
「まぁ、なぜこの可憐な乙女が、どこからか引き千切ってきたかのように言うのでしょう。落ちていたんですよ!」
「……………待ってくれ。これが落ちてたのか?」
「ウィリアムさん?」
ネアが拾っておいたふさふさの銀色の尻尾を見ると、なぜかウィリアムの顔色が悪くなった。
こてんと首を傾げたネアに、満遍なくお料理をいただき舞踏会をとても堪能しているヨシュアが、デザートの雪雨の祝福入りの桃のケーキを食べながらふるふると震えている。
「ふぇ。また殺しているよ………」
「なぬ。聞き捨てならない疑いをかけてはなりません。拾得物ですよ!」
「ヨシュア、これをディートリンデとハザーナに届けて来てくれるか?さすがに、冬走りの精霊王の身に何かがあったとしか思えないからな」
「ほぇ、ぼ、僕は嫌だ!そんなものは持たないよ!」
「むぅ。公になり次第明らかに騒ぎになる品物であれば、ディートリンデさん達に渡すのもお気の毒なので、あちらを歩いているニエークさんに投げつければいいのでは?」
「ほお、それでますますお前が疑いをかけられるんだな?」
「むぅ。犯人にされてしまいそうで厄介ならば、通りすがりのどなたかのポケットに捻じ込んでおきましょう」
ネアがそう言えば、人間というものの身勝手さに魔物達は少しばかり慄いたようだ。
しかし、後はもうその辺りにぽいっと捨ててゆくしかないのだが、冬走りの精霊王に異変が起きていることがこのまま発覚しなくても困るのだろう。
ネアはじっと使い魔を見上げてみたが、指先でおでこをこつんと突かれただけだった。
すぐさまウィリアムが腕の中に隠してくれたが、頭上で冷ややかな応酬をするのもやめていただきたい。
そして、ネアにはまだ、食べたいご馳走があるのだ。
(パイで包んで切り分けてある林檎入りの雪豚さんのパテ!そして、あちらにある、とろりとした半生の燻製鮭と霧雨人参の冷製も食べていないのに!)
「やれやれ、シビルは、オフェトリウス避けですか?」
「こいつが、不用意に持ち帰らないようにする為でもあるな。嫌っているにせよ、オフェトリウスだ」
「…………確かに、彼の場合は用心しておくのもいいかもしれませんが、ネアは割と最初の印象から変えませんからね」
「ぐぬぬ。あの魔物さんは少しもお土産に欲しくはありません!しかし、ちびころエーダリア様のお話をご存知であれば、小一時間程聞いて差し上げるのも吝かではありません」
「……………ほら見ろ」
「なぬ。なぜ拘束されたのだ」
「はは、ついな。ネア、今夜は俺の同伴者として、出来れば最後まで一緒にいてくれるか?」
「まぁ、勿論ですよ?それに、あの方は本当に苦手なのですが………」
「ほぇ。ウィリアムがいちゃいちゃしてる…………」
ネアはここで、剣の魔物の物腰はとても紳士的に見えるが、たいそう腹黒いので隙を見せないようにと言われてしまい、紳士的に見えたことはないのだと強く主張したかったものの、また近くに本人が来てしまいさすがに断念した。
「アルテア、シビルがダンスを踊りたいようなんだが、少し借りてもいいかな?」
どうやらその承諾を取りに来たらしく、こつこつと床を鳴らして歩いてきたオフェトリウスは、よく見れば淡い水色の騎士風の盛装姿など、あの出会いさえなければかなりネアの理想に近いのかもしれない。
輝くようだが僅かな憂いのある美貌は、ウィリアムやアルテアの美貌よりは人間の目にも優しいような気がするし、ふわりと風に揺れた淡い金色の髪は、オフェトリウスをとても誠実そうに見せていた。
しかし、残念ながらネアはこの魔物があまり好きではないのだ。
あの初回の印象が余程強かったものか、そうなってしまうともう、むしゃくしゃさせてくれた魔物という以上の感慨は一つもない。
「好きにしろ。返さなくていいぞ」
「ほら、彼は気にしなくてもいいのよ。ただ、トゥーニャは嫌がるでしょうけれど」
「だとしても君のパートナーなんだ。許可は取らなければならないよ」
「…………シビルはアルテア様にまで見放されたようだから、仕方なく許して差し上げるわ。でも、今年の冬告げの舞踏会で、オフェトリウス様は私を誘って下さったのよ?」
「アルテアとは、仕事上の付き合いで一緒に来ただけなの。あら、もしかして紹介して欲しいの?」
「………っ、」
トゥーニャと呼ばれた女性が言葉に詰まったのは、高位の魔物に対して、結構ですという訳にもいかないからなのだろう。
それを承知の上で問いかけたシビルという女性は、あまりそのような界隈は得意ではありませんという雰囲気なのだが、なかなか手抜かりなく女の戦いを繰り広げる御仁のようだ。
「……………シビル。さすがに、アルテアを君達の諍いのスパイスにしてはいけないよ。トゥーニャも、シビルに失礼な事を言っては駄目だ」
(おや……………)
穏やかに微笑んだ表情は崩していないが、女性たちを窘めた声音は冷ややかだった。
ネアは、オフェトリウスがきっとどちらの女性も甘やかすような言葉で、けれどもある程度はそつなく場を収めるのだろうとばかり思っていた。
このような一面を見せるとは思っていなかったので、少しだけ驚いてしまう。
額に手を当ててふうっと溜め息を吐いた剣の魔物は、困ったような眼差しをアルテアに向ける。
「アルテアも、久し振りに君と議論が出来たことは有意義だったけれど、僕で暇潰しをするのはどうかやめて欲しいものだな。それとも、………牽制だろうか」
「剣を払われるのが不愉快なら、剣先をこちらに向けないことだ。その歪んだ趣味の相手を探すなら、自分の領域からにしろ」
「はは、これは容赦が無い。まるで僕が、おかしな嗜好を持て余しているかのように言われてしまった」
そう苦笑してみせたオフェトリウスに、アルテアはぞんざいに片手を振った。
ひらひらと振られてやれやれと呟いた剣の魔物に、ネアは階位の隔たりはあれど、一人一人がその資質の王であるという魔物の特性を思い出す。
「それと、これは僕が預かってゆこう。折角の冬告げで不安な思いをさせてしまったお詫びだ」
「……………むむ。尻尾を引き取ってくれるのです?」
目を瞬いてそう問いかけたネアに、オフェトリウスはぱちんと片目を瞑ってみせる。
きゃあっと小さな声が落ち振り返れば、料理のテーブルの奥にいる女性達が頬を上気させてこちらを見ていた。
「ああ。だから、僕に投げつけずにいてくれると嬉しい。それから、君は僕の贔屓にしている人間の身内な訳だから、あまり嫌わないでくれると少しほっとするかな」
「その私の大切な家族への思いを乱暴に疑われたので、きっと私はむしゃくしゃしたのでしょう。あなたのような方であれば、もっと上手な確かめ方もあったのでしょうに」
「………そうだな。正直なところ、君はそこまで頭のいい人間だとは思っていなかったんだ。知るということは知られることだ。であるならば僕は、身を置く場所に相応しい範囲でしか周囲を見ないからね。一介の騎士が知る以上には君を知らなかった事が、今回の失敗だったかな」
顎先に手を当てて考え込むような仕草をしたオフェトリウスは、それはどのくらいまでの真意だろうかと瞳を覗き込んだネアに、くすりと笑う。
「僕は魔物で、剣を司るものの一人だ。そんな目をされると君のような子を是非に手に入れてしまいたくなるかもしれないから、やめておいた方がいい」
「オフェトリウス」
「はは、ちょっとした忠告だよ、ウィリアム。君とアルテアに庇護され、ヨシュアまでを懐かせてしまうだなんて、剣の主人としての資質はかなりのようだから無理もないだろう。それから、彼女が踏んでいるものを回収した方がいいんじゃないかな?」
「……………ネア?」
「むぐ。足下でもしゃもしゃされたのでついなのです…………」
「……………まぁ。冬滑りは初めて見たわ。アルテアが夢中になるだけあって、面白い子なのねぇ」
「シビル、妙な事を考えるなよ?」
アルテアの低い声に、シビルと呼ばれた女性は、眉を持ち上げて呆れたような表情で微笑んでみせる。
オフェトリウスの方を見ている女性的な眼差しもとても美しいのだが、こんな風にアルテアと飾らないやり取りをしているときのシビルは、女性目線で見てもとても魅力的な女性に見えた。
ネアは、ウィリアムからこっそり踏み滅ぼしていた下敷きのような生き物を回収され、ぺらぺらした硬いものは通りすがりの青いドレスの女性に渡された。
終焉の魔物からこれが床に落ちていたとぺらぺらしたものを渡された女性は、厳かに両手で持ちながらも慌てたようにどこかへ持っていってくれた。
「ウィリアムさん、お手数をおかけしました。淑女の足下にびゅんと滑り込んで来た不埒者でしたので、反射的に踏み締めてしまったのです…………」
「いや、足下に来られたら踏みたくもなるだろう。だが、次からは踏んだら俺に教えてくれるか?」
「はい」
「う、嘘だ。あんなもの僕でも踏めないよ!」
「そもそもヨシュアさんは、きちんと地面に足をつけてもいないのでは………」
「ほぇ……………?」
その時、しゃりん、しゃりんとどこからか水晶のベルを鳴らすような音が聞こえてきた。
ネアは周囲を見回してから頭上の飾り木を振り仰ぎ、目を瞠って、ぼうっと輝いた枝葉の美しさに心を震わせる。
(きれい……………)
重なり合い、ずしりと重たく感じる程の装飾を施された枝の随所には、白金色にしゃわしゃわと光る星屑や、結晶化した枝に育った祝福石などがそこかしこにあって星雲のようだ。
ウィリアムに、どうして急に飾り木が光ったのかを尋ねようとして、ネアはぎくりとした。
いつの間にか、ネアは一人で飾り木の下に立っていたのだ。
「……………ウィリアムさん?」
その名前を呼んでみても、応える声はない。
へにゃりと眉を下げたネアは、周囲を見回している内に、飾り木の幹のところに一人の男性が立っていることに気が付いた。
「……………あなたは、」
「ああ、怖がらないでくれ。私は君に害を為すものではないし、ここは祝福の谷間のほんの僅かな夢のようなところだ」
「まぁ。祝福の谷間なのですか?」
「そうだ。君にはいつか祝福を贈ろうと思っていたからね。漸く、こうして私の腕の中に来てくれたのだから、この機会を逃さないようにしなければ」
(……………不思議な声だ)
穏やかで甘く、繊細で懐かしい声には、ふくよかな夜と祝祭の日の朝の清廉さがあった。
男性の声なのに、なぜか母親のような声だとも思う。
長い白緑色の髪色は、極上の青緑色に濁らない白の多い灰色を混ぜたようなえもいわれぬ色で、なぜだかネアは飾り木を思ってしまう。
長い髪は、体の前で飾り紐などを多用した複雑な編み込みにされていて、こちらを見ている瞳はとろりとした淡い金色である。
なぜか、これはとても良いものだと感じてしまう自分に、ネアは、理由もなくそう思えてしまうのは怖いことなのではないだろうかと不安になる。
すると、男性は頭上の飾り木を見上げてごらんと笑うのだ。
(頭上……………?)
天蓋のようにかかる飾り木の枝には、数えきれないほどのオーナメントがかけられていた。
よく見れば、煌めくのは天鵞絨やビーズで作られたものばかりではない。
明らかに最高級の品質な宝石の飾りや、紐でぐるぐる巻きにされてさり気なく吊るされているが魔術書なのではというものもあり、その中でもネアが心惹かれたのは見たこともない不思議な球体であった。
円形の硝子玉は内側が空洞になっており、青白く光る鉱石の花が、とろりと光る金色の蜜のようなものと一緒に入っている。
球体の上下に灰色がかった青緑色の鉱石の装飾があり、その部分に細い紫色のリボンをかけて飾り木から吊るされているようだ。
(中のお花が時々光る様子をみていると、明らかにオーナメント用のものではないような気がする……………)
ドレスの淑女の野生の勘が、これは間違いなく素晴らしいものだと訴えてくるが、ディートリンデ達も関わっている今年の冬告げで、ネアが窃盗犯になる訳にはいかない。
せっかく見付けたのになとちらりと悲し気に見上げはしたものの、ネアは、清らかな気持ちで物欲に別れを告げようとしていた。
「これが欲しいのかい?では、これを取ってあげよう」
「……………む?」
そんなネアに、目の前の男性ははっとするほど穏やかに微笑んだ。
これを貰ってもいいかなと飾り木に穏やかに問いかければ、結晶化した美しい枝がしゃわりと光り、指定したオーナメントがぽとりと落ちてくる。
灰紫色の革の手袋でそれを受け止め、優しい金色の瞳を細めて満足げに笑うと、男性はそれをネアに渡してくれた。
思わず受け取ってしまってから視線を彷徨わせたネアに、くすりと微笑みを深めて頭上の枝を指さしてみせる。
「彼女が譲ってくれたものだから大丈夫だよ」
「私とあなたとは初対面です。それなのに、どうしてこの飾り木さんにお願いして下さったのですか?」
「おや、初対面なものか。君は私をいつも愛してくれるし、私はこちらを見ていつも幸せそうに笑う子供が大好きなんだ。どこにいても、どんな姿でも、聞こえて来る美しい願いや焦がれるような歓喜のその中に、ここ最近は毎年君の声が混じる。私は、そうして私を愛する者達を決して忘れはしないんだ」
「……………どこにいても、どんな姿でも?」
「そう。例えば頭上に、表層を凍らせた雪原と、その氷面に映った月とオーロラの結晶の王冠を掲げていてもね」
そう言ってウィンクしてみせた男性に、ネアは、はっと息を飲んだ。
脳裏を過るのはつい最近も見たばかりの大好きな飾り木の姿だが、目の前の男性が示唆しているのはそれなのだろうか。
「……………それはまさか、淡い白金色にきらきらしていて、時々虹色にしゃりんと光る素敵な星飾りのことでしょうか?」
「そう。そこにも私はいるし、君達が暖かな家の中から覗く王宮の前にもいる。勿論、この冬告げの会場にもね」
「……………むむ、この飾り木さんとは別個体なのに、けれども、飾り木がある場所にはどこにでもいられるという感じなのです?」
「その通り。個々の飾り木達は私の一部でもあるが、私の大切な子供達でもある。さぁ、これを持ってお帰り。君をここに連れて来てくれた終焉の魔物に、私からの感謝を伝えておいておくれ」
伸ばされた手がそっと頭を撫でると、ネアは幼い頃に父親に頭を撫でられた日のことを思い出した。
きっとこの手を、誰かは母親のものに違いないと感じるのだろうし、或いは祖父母や兄弟からのものだと感じる者もいるのかもしれない。
優しい優しい家族の手こそ、この祝祭の気配には相応しいのだ。
「……………ネア?」
「む。ウィリアムさんにぎゅっとされています」
「少しの間だけ、意識が内側に向かっていたようだな。障りがあるような扉は閉じたと聞いていたが、………大丈夫か?」
「…………ふぁぎゅ。祝福の谷間の夢だというところで私はここに一人で立っていて、とても優しい飾り木さんにお会いしました。飾り木が大好きで堪らない私をご存知で、このオーナメントをくれたのですよ」
心配をかけてしまっただろうかと思いながら、起こったことを話したネアに、ウィリアムは得心したように微笑んだ。
「ああ、それならクロムフェルツだろう。飾り木の下で無垢な願いをかけた者の前には時々現れると言われている。厳密にはどの種族にも属さないが、系譜としては願い事を司るグレアムの領域のものだ。……………それにしても、原初の結晶花か。凄いものを貰ったな」
ネアがしっかりと手に持っているのは、勿論、あの男性から貰ったオーナメントだ。
いつものように危ないかも知れないと検査の為に取り上げられてしまうことはなく、ウィリアムはただ、良かったなと褒めてくれる。
「……………節操なしめ」
「なぬ。なぜそんな目で私を見るのだ。これは、飾り木さんが私にくれたものなので、差し上げませんよ!」
「ほぇ。何だか凄いのを持ってるよ」
「きらきら光っていて、とても綺麗ですよね!私の魔物への良いお土産が出来てしまいました。そして、私をここに連れて来てくれたウィリアムさんに、お礼を伝えておいて欲しいという伝言を預かっています」
「恐らくだが、ネアに特別な祝福を授けようとしても、これまでは身に持つ守護が厚くて邂逅を持てずにいたんだろう。この場所は飾り木の領域でもあるから、やっと声をかけられたのかもしれないな」
ウィリアムにそう教えて貰い、ネアは、貰ったオーナメントを手に、むずむずと込み上げてきた喜びに弾んでしまった。
この冬告げの舞踏会でも素敵な祝福は貰えるが、イブメリアに至る季節が大好きなネアにとって、飾り木からの贈り物はやはり特別なものだ。
「………っ、おい!弾み過ぎだ」
「ぐるる。なぜ体を固定するのだ。自由に歓喜に浸らせて下さい」
「……………お前は自分のドレスをちゃんと見たのか?少しは情緒を育てろ」
「なぬ。思わぬ贈り物をいただいて喜んでいただけなのに、なぜに情緒を貶されたのだ。解せぬ」
「アルテア、彼女は俺のパートナーなので、当然のようにネアの手を取らないで下さい」
「お前の脇が甘いからこそ、こいつが冬走りの尾を取ってくるんだろうが」
「引っこ抜いたのではなく、落ちていたのです。謂れのない疑惑はやめていただきたい」
「ほぇ。何で尻尾が切れていたんだい?」
「ふむ。確かにそれは大きな謎ですよね…………」
ネアが飾り木の祝福の谷間にいた間に、オフェトリウス達はいなくなっていた。
あの尻尾は誰に届けられたのかなと考え、ネアは楽団がダンスの為に奏でる優雅なワルツの旋律に頬を緩ませて美しい飾り木を見上げる。
背後から抱き込むようにしてくれていたウィリアムの胸に背中を預けてそうすると、白金色の優しい目がこちらを見下ろした。
ウィリアムが片手をしっかりと腰に回してくれているので、ネアは安心して飾り木を見上げることが出来るのだ。
「むぐ。こうしているとウィリアムさんなお布団で、体も固定されてすっかりぬくぬくなのです」
「はは、じゃあ、もう少しこうしていようか」
「僕はもう、食べ物は飽きた」
「ヨシュア、好きなところに行っていて構わないぞ」
「ふぇ。………ネア、ウィリアムが我が儘を言うんだ」
「困りましたねぇ。ヨシュアさんは、この素敵な飾り木を鑑賞しないのですか?」
「しない………」
とは言え、ダンスを一緒に踊って欲しいというわけでもなく、ヨシュアは冬の系譜の者達に自分の城の周囲を寒くしないようにと言い含めたら、早く帰りたいのだそうだ。
となるとせっかくの冬告げの舞踏会を堪能したいネアは、お帰りになる際にはお一人でどうぞとしか言いようがない。
「ふ、ふぇぇ!」
「なぜぎゃん泣きなのだ………」
「ネア、ヨシュアは放っておいてもいいと思うぞ」
「ったく。ワルツが続いている間に、下に戻るぞ」
「むむ、なぜ一曲ご一緒するような前提になっているのでしょう?」
ネア達の立つ層には、階下を望むバルコニーの手すりのようなものがある。
絡みついた白い蔓薔薇が見事で、何本かの柱ごとにホーリートの小さなリースが飾られている様は、まさに心浮き立つ祝祭の縁取りだ。
(………ジョーイさんとお話ししているのは、ロサさんかしら)
他にも、ぽわぽわした毛玉を肩に乗せた雪竜のジゼルや、ネアが見たことのない青い長い髪の美しい女性、そして昨年も見かけたレインカルの王子などの姿もある。
「下はまだダンスと社交だな。混む前にこちらに来られて良かった」
「ふふ、お陰で狙っていたものは全部食べられました。ですが、もう一切れだけ甘酸っぱい果実を添えた香草焼きの鶏さんを食べてもいいですか?」
「ああ、勿論だ。せっかくオフェトリウスもいなくなったことだし、ゆっくりしてから下に戻ろう」
ネアは、高位の魔物達がここに集まってしまったのでこちらに近付き難い者達もいるのかなと思ったが、とは言え、まばらにだが料理を楽しむ他の招待客達の姿もある。
もう暫くはここで冬告げの料理と飾り木の覆いを堪能させて貰おうと、強欲な人間はこっそりほくそ笑んだのであった。




