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祝祭の気配と二人のブローチ



冬告げも近くなったその日、ネア達はウィームの街を訪れていた。



「むむ、いつの間にかあちこちにイブメリアの飾りがあります………!」



ネアがアクテーへの来訪などで見逃していた間に、ウィームの街はいつの間にか祝祭の色を帯びていた。


家々の窓辺には先触れのオーナメントが飾られ、気の早いところは戸口に赤いインスの実のリースをかけている。

飾り木を立て始めているのは商店で、こちらは武器狩りを警戒していたので、例年より遅い飾り付けなのだそうだ。



「確かに、せっかく飾り付けたものを戦闘で壊されたら堪りませんものね」

「……………虐待する」

「むぅ。今日はもうなかなかに寒いのですが、ぎりぎり手袋をしなくてもいい気温なので、手を繋いで下さいね」

「可愛い…………」



手を繋ぐととても語彙力の少なくなってしまう魔物は、目元を染めてもじもじしながら隣を歩いていた。

ネアはふと、青灰色の髪色に擬態した伴侶の横顔を見上げ、昨年の頃は無事にディノと伴侶になれるだろうかとやきもきしていたことを思い出す。



悲しい事や大変な事も沢山あって、二人はこれからもずっと一緒にいられるようになったのだ。




「ディノ、年末には私達の結婚記念日があるのを知っています?」

「……………結婚記念日、なのだよね」

「はい。二人が伴侶になった記念の日なので、お祝いをするのが自然なのですが、その時期は他のお祝いも重なってリーエンベルクのお料理も豪華ですから、軽めのお祝いで分けておき、年明けののんびりの日に私がお祝い料理を作りますね」

「…………君が伴侶になった記念日と、同じでいいのかい?」

「もしかして、ディノも独自に記念日を作ってしまったのですか?」

「……………うん」



またここで少しだけもじもじした魔物は、大切な日だからねと嬉しそうに呟く。

ネアはそんな魔物の手をぎゅっと握り、きゃっとなった魔物に微笑みかけた。



「私に、大切な家族が出来た日です。ディノが伴侶になってくれたので、私はもうずっと一人ぼっちにはならないのですよ」

「…………うん。ずっと君の傍に居るよ。持ち上げるかい?」

「ふふ、今はこの素敵な街の雰囲気を楽しみたいので、自分の足で歩こうと思います。むむ!見て下さい、ディノ。このお店の飾り木は夜明けの光のようで何て綺麗なのでしょう」

「弾んでる………」



ネアが見付けたのは、小さな刺繍糸のお店だった。


ウィームの表通りや街中は石造りの大きく壮麗な建物が多いのだが、美術館の裏手のこの辺りには一軒家風の邸宅が幾つか並んでいる。

そうすると、各々の家にイブメリアの飾り付けがあるので、わざと遠回りをして歩いて正解だったと、ネアは小さく弾んだ。



「ここは、刺繍糸のお店だったのですね。青緑色の飾り木の葉に、この小さな水色の結晶石がこれでもかと飾られていてぴかぴか光るのが、とっても綺麗です!」

「湖と星の結晶石だね。とても古いもののようだが、丁寧に手入れされている」

「そうして大事に持っている飾りをつけるのですから、やはり武器狩りの前には飾らなかったのでしょう。この、刺繍で作ったオーナメントもとても可愛くて、また刺繍を始めたくなってしまいますね」



小さな楕円形の布のオーナメントには、花々やインスの実などの繊細な刺繍が施されていた。

ネアにもそろそろ見分けがつくようになってきたようで、妖精の手によるものだなと思えばいっそうに心が浮き立つ。




(大好きな季節だわ…………)




イブメリアに賑わい、華やぐウィームは例えようもなく美しい。



ネアは、一人きりで生きて行くしかなかった元の世界でも、クリスマスが大好きだった。


誰とも祝えない寂しさに打ちのめされても、それでもクリスマスは何かを愛したり何かに愛されたりするような奇跡を望んでもいいような気がする、慈しみ深い祝祭の日だったのだ。




「ディノ、リノアールでのお買い物ですが、今年も季節の記念品はブローチでいいのですか?」

「額縁に布を貼って揃えるのだろう?」

「はい!でも、お店には沢山の品物がありますので、他のものが欲しくなったらそう言って下さいね」

「欲しいものがあれば、幾らでも買ってあげるからね」

「……………む、むぐぐ。イブメリアの焼き菓子セット……………。しかし、冬告げの舞踏会が近いので、今ばかりは我慢しなければなりません!」

「君はいつも可愛いのに……………」

「あのドレスは、胸元が大きく開いても上品にする為に、腰回りがコルセット風にぎゅっと細く見えるデザインなので、お腹回りを増やさないようにしなくてはいけないのです……………」



今年の冬告げのドレスは、大きく開いた胸元の周りにこれでもかと刺繍を施し、真珠や雪や氷の祝福石や結晶石を縫い止めてある美しいものだ。

ウィリアムに合わせて色は白で、ドレスの裾部分だけふわっとけぶるようなラベンダー色になっている。


裾部分は生花に見える細やかな花飾りが施され、雪の中に咲いた菫の花畑を思わせる美しいドレスだった。


胸元は大胆に開いているが、体の線に沿った縫製の素晴らしさが過分に生かされており、いつもより深い影が落ちる胸元を上品にさえ見せてくれる。

特に寄せた胸の下の刺繍部分は素肌を透かすようにも見えるが実際にはしっかり保温魔術で防寒されており、レースと刺繍の重なりを利用し女性らしい色香を添えてくれる絶妙な仕掛けなのだった。



(ウエスト部分は、コルセット風と言っても締め付け過ぎて飲食の妨げになるようなものではないけれど、……………)



でも、着るとぎゅっとなった細い腰への憧れを少しばかり演出してくれるので、是非に当日まであの仕上がりを維持したい。




「ディノ、あのお店でキンダープンシュを買いましょう!」

「きんだー、ぷんしゅ……………」

「子供用のホットワインなのですよ。葡萄酒ではなく葡萄ジュースを使った温かい飲み物で、実は私はこちらも大好きなのです」

「イブメリアの焼き菓子も売っているようだよ?」

「……………リ、リノアールを見てからにしますね」



本日のお出かけのおやつは一つまでと心に決めている人間は、甘い香りによろよろしながらキンダープンシュを購入した。


この世界にはこの世界の名称のある飲み物なのだが、どうしても前の世界で馴染んだ名称が出てしまう。

ジンジャーブレッドの香りのする素朴な蒸しパンのようなものを凝視していると、くすりと笑った店主のご老人が一口の試食をくれる。



「まぁ、いいのですか?」

「お嬢さんの様子だと、今日のお目当は飲み物だけなんだろう。食べて気に入ってくれたら、また買いに来ておくれ」

「はい!今日はこれからお買い物なので、飲み物だけと決めていたのです。……………むぐ。……………こ、これは、……………ディノまたこの屋台に一緒に来てくれますか?」

「うん。気に入ったのだね?」

「ふぁい。しかし持ち帰って状態保存の魔術で取っておくよりも、こうして屋台で買っていただきたいので、今週末にでも……………」



ぱくりと食べた焼き菓子は、ネアの心に美味しいの嵐を巻き起こしたばかりの四角ケーキ風の蒸しパンのようなものだった。


味わいと風味にはしっかり祝祭の気配があるのだが、この時期に多いドライフルーツたっぷりの焼き菓子とは違い、中には特に何も入っておらず、蒸しパン風の生地だけをもすもすと美味しく食べるものだ。


その素朴な味わいにすっかり魅せられてしまったネアは、週末の予定も決めてうきうきと弾む。


店主から、狐でも食べられるお菓子だよと言われておやっと眉を持ち上げれば、屋台の端には銀狐カードが飾られていた。


にやっと笑ってみせた店主に、ネアは、冬のどこかで食いしん坊な銀狐も連れて来ると約束してから屋台を離れる。




「狐さんの会の人でしたね。あのカードは、ボール投げ大会に参加した方限定のものなのです」

「……………ノアベルトの」

「あら、ディノは未だに慣れませんか?」

「昨晩は、またヒルドの室内履きを盗んだと怒られていたんだ……………」

「……………今度、人型なノアを連れて舞台でも観に行きましょうか?」

「うん……………」



悲し気に頷いたディノは、キンダープンシュの紙カップに口を付けてほにゃりと頬を緩める。


二人とも、一杯程度のホットワインで酔っ払うことはないのだが、こちらはやはり飲みやすいのだろう。

ホットワイン程に体を温めはしないが、まだ歩き始めたばかりなのでこのくらいで充分なのだ。



その時、曇天の空の上からはらはらと落ちて来たものに、ネアはおおっと目を瞠った。



ネアがガゼッタに滞在している中でも一度降ったらしいので初雪ではないのだが、粉雪が降り始めたのだ。




「ディノ、雪ですよ!」

「うん。向こう側の空を見てご覧。雪竜も飛んでいるようだ」

「あの白さとなると、ジゼルさんでしょうか…………」

「そうだろうね」



はふぅと白い吐息を吐き、ネアは唇の端を持ち上げて空を見上げた。



店の外にも商品棚を置いているスパイスリースの店では、慌てて店員が商品を片付けており、いい匂いのリースをくんくんしていた妖精達が無念そうに離れてゆく。



飲み終えた紙カップを捨てたゴミ箱では、観光客だと思われる男性達が、これはどんな仕組みで魔術の繋ぎを切っているのだろうと議論していた。

紙袋を沢山持っているので、買い物帰りだろう。



擦れ違った夫婦が話しているのは、今年のイブメリアの日程についてだ。

どうやらネアの舎弟は、またしても脱走してしまったらしい。



「まぁ、いつもならイブメリア直前に脱走するのですが、今回は冬告げの前に脱走してしまったのですね………」

「この時期だと、まだ青年姿なのではないかな」



とうとう最盛期の姿になる前に脱走してしまうようになったグレイシアは、もしかすると、渾身の花火を二回も打ち上げなければいけなくなるウィーム領主の負担を軽くしてくれたのかもしれない。


バベルクレアの花火は何度でも見たいものだが、武器狩りの事後処理も続いている上に、バベルクレア前日までの間に騎士たちの研修もあるので、どちらにせよ脱走するのであればこれで良かったのだろう。



「……………気になってしまったのですが、イブメリアが予定通りに行われたことはあるのでしょうか?」

「あまりないのかもしれないね。でも君は、今年は少しだけこの季節が延びて欲しかったのだろう?」

「はい。心待ちにしている人達も多いのであまり大きな声では言えませんが、武器狩りなどがあって期間の最初からを楽しめていなかったので、ゆったりイブメリア気分のウィームを楽しめるくらいには、期間が延びてくれたら嬉しいなと思ってしまいました」



(……………すぐに発見されてしまわず、イブメリアの雰囲気の街が余計に何日か楽しめてから戻ってきてくれるといいな……………)



ネアは、その時にすれ違った男性がこくりと頷いたことには気付かなかったが、ディノはちゃんと見ていたらしい。


この後、送り火の魔物の捜索に参加した際にとても重要な手掛かりになるのだが、今はまだその情報が必要になることも知らずにいた。




二人は、ゆっくりと粉雪の舞うウィームを歩き、歌劇場前広場で素晴らしいイブメリアの装飾を眺めたり、見事なリースのかけられた商工会議所の扉の前ではしゃいだりした。



(少し指先が冷えてきたかな……………)



そう考えたネアがさっとポケットから取り出したのは、昨年も愛用した指先に火織りがあるほかほか手袋だ。


今年の春前に男性用も見付けたのでディノとお揃いにしたのだが、ディノはまだ手袋なしでもいいらしい。

お揃い好きな魔物だが、今は手袋をつけたご主人様と手を繋ぐという、刺激少なめの新しい運用に大満足のようだ。




薄っすらと雪をはいたイブメリアの縁取りのあるウィームの街は、宝石箱のようだった。




「時々、私はこの世界なら、一人ぼっちで迷い込んでも幸せになれたのかもしれないと考えるんです」



ネアがそう言えば、魔物は少しだけ困惑したような目をする。


その宝石のような水紺色の瞳を見返して微笑み、ネアは繋いだ手をぎゅっと握り返す。

こちらを見ているのは、ネアの大好きな濃紺のコートを着てくれている美しい魔物だ。



「ネア……………」

「そう考えてしまうくらいに素敵な世界に、ディノが私を迎え入れてくれたのだなと思うと、自分はとびきりの幸せ者だと思えるんですよ。それなのに、こんなに素敵な伴侶や大事な家族、一緒に色々なところに行けるようなお友達までが出来ました。私は、何て贅沢者なのでしょう」



微笑んで見上げたネアに、ディノはほっとしたように澄明な瞳を揺らし、口元をむずむずさせた。

そうして幸福そうに微笑んだ伴侶を見るのもとびきりの贅沢なのだが、そっと爪先を差し出すのはどうかやめて欲しい。


周囲に人目がないことを確かめてから爪先を踏んでやる羽目になってしまい、ネアは、たまたま通行人が途切れたところだったことに心から安堵した。



表通りの広く整った歩道を歩くと、見慣れた複合商店が見えてくる。

瀟洒な佇まいのリノアールに到着すると、ネアは、今年のイブメリアの飾りつけを見上げ、目をきらきらさせた。



(……………きれい)



昨年は、たくさんのオーナメントや結晶石を吊るしてダイヤモンドダストのようにしてあったのだが、今年は、お伽噺の森に入り込むような感のある飾りつけになっている。


高い天井のあちこちには、枝を伸ばした飾り木の装飾がなされ、そこからリボンやオーナメントがぶら下がっている。

白緑色の上品な飾り木の枝はそれだけでうっとりとしてしまうし、はらはらと雪の降る景色を部分的に併設させている区画まであった。



森全体が飾り木になっていて、その中を歩くような気持ちになる。

どこかで微かに焚かれている香にも、深い森と雪の香りがした。



「今年は、上品な焦げ茶色のリボンと瑠璃色のリボンなのですね。何となくですが、エーダリア様の瞳の色を思わせる色合わせで、見ていて楽しくなってしまいます」

「ノアベルトが喜ぶかな……………」

「ふむ。今年のリノアール限定のリースやイブメリアカードもこの配色な筈なので、ノアやヒルドさんに教えてあげましょうね」



美しい森を訪れるような高揚感で奥に進めば、飾られた枝の向こうに見事な飾り木が見えてくる。



どこから切り出してきたのだろうと思うほどの立派な枝ぶりで、飾られたオーナメントは淡い金色で統一され、そこに透明度の高い水色の結晶石が星屑のように散りばめられている。


また、飾り木の根元には清廉な泉の風景が魔術移植されており、深い深い瑠璃色の泉には飾り木の煌めきが映り込んでいた。


成人男性が二人で囲めるくらいの広さの泉なのだが、その透明感からはっとするほどの空間の奥行きを感じさせる。



「泉の周囲に並んだ蝋燭に灯った魔術の火が泉に映り込んで、ずっと見ていられそうな綺麗さですね……………」

「雪影蝋の蝋燭だね。炎の端が僅かに銀色かかっているだろう?」

「……………本当です!炎の端がしゅわしゅわぱちぱちの銀色になっていて、よく見るとこの炎だけでもとっても不思議な綺麗さなのですね」

「屋内に集めているからかもしれないね。これは、雪の系譜に敬意を払い作られたものなんだ。雪を溶かさない温度で燃えるらしいよ」



もはや毎年のことだが、ネアは美しい飾り木に胸がいっぱいになってしまい、暫くの間、無言で見上げていた。


飾り木の頂上にはいつもの星飾りが煌めいていて、しゃりんとした祝福の輝きを投げかけてくれる。



飾り木の周囲には、そんな祝福の煌めきを浴びに来たお客達も多い。


買ったばかりのオーナメントやイブメリアのクッキー缶に祝福を移し、満足気に微笑み合う人々の表情は一様に幸福そうだ。


きらきらと落ちる祝福の光に、ところどころが結晶化している飾り木の枝葉の影。

どこからともなく聞こえてくるのは、柔らかな音楽と、買い物を楽しむ人々の楽しげな声。


大きな紙袋を持って歩く家族連れや、高価な品物が収められているに違いない上等な紙袋を、大切そうに抱えたご婦人の姿もある。




(また来年も、ディノとこうしてリノアールの飾り木を見に来られますように……………)



この世界のあちこちに宿る魔術の結びとして、ネアは、立派な飾り木にこっそり願いをかけた。


祝祭の魔術を宿す飾り木は、ネアの世界にあったクリスマスツリーとは違う、立派な魔術道具の一つだ。

特に祝祭を歓迎する喜びに根差した願いは叶い易いと聞いているので、もしかすると、多くの人達が同じような願いをかけているのかもしれない。



(さて、……………!)



時間をかけてゆったりと飾り木を鑑賞した後は、いよいよ祝祭に向けての買い物が始まる。


ネアはまず、昨年素敵な箱で心を魅了したクッキー屋さんの前を冷やかしたが、現在、クッキーについては若干の飽和状態なので、ひとまず見送りとさせていただいた。



しかし、とは言え騎士棟へのイブメリアの贈り物には買うかもしれないと売り場の周囲をうろうろしたせいで、ディノは、ご主人様がクッキーの詰め合わせを我慢しようとしていると考えてしまったようだ。


心配そうに買ってあげようかと尋ねられ、ネアは、目をきらんと光らせた店員を見ないようにして、慌ててその場から逃げなくてはいけなかった。



「あの詰め合わせはいいのかい?」

「騎士さん達への贈り物として見ていたのですが、今年の箱はスケート場でしたので、他にリーエンベルク的な商品がないかを見てからにしますね。ゼノの情報だと、キャンディ包みな個包装の丸いチョコレートでリーエンベルクの缶が出ているらしいのです」

「またノアベルトがいるのかな………」

「……………そんな狐さんの、リノアール限定くじ引きカードが発売中のようです。何か、決して思い出してはいけない凄惨な出来事が過去にあったような気がしますので、その売り場は迂回させて下さい……………ぎゅ」

「ご主人様……………」



開けてはいけない記憶の扉が見えたような気がして、ネアは慌てて銀狐カードの売り場の迂回路を探した。



すると、選んだ通路沿いに火織り毛布の特設の売り場があったので、さり気なくお値段などを確認しておく。


(やっぱり、このようなところに卸される品物はとても高いのだわ……………)


確認した金額が、以前にグラニのプールの帰り道に購入したものの二倍だと知ると、ネアは勝手にお得感でいっぱいになり、にやりと笑った。



その売り場を通り過ぎると、いよいよ見えてくるのがお目当てのブローチ専門店である。



今年は冬の夜明けのような紺色で統一されている店舗には、既にもう、きらきらと輝く繊細なブローチがこれでもかと並んでいるのが見えた。


強欲な人間は一秒でも早くどんなブローチがあるのかを確かめたい気持ちでいっぱいになってしまい、はぁはぁしながらお店に向かう。

興奮のあまりに手をぎゅっと掴まれてしまった魔物は目元を染めているが、ネアの足取りがおぼつかないからか、頑張ってリードしてくれているようだ。



「……………ほわ。今年は、上品な艶消しの金一色のものもありますよ!」

「おや、彩色がないものでもいいのかい?」

「……………むぐぐ。きっと、金色だけのものの方が色々な場面で使えるに違いないのですが、私は、やっぱり彩色のあるものが好きなようです………」




今年もネアは、迷いに迷ってブローチの森を彷徨い歩いた。



ディノと二人で集めてゆくものなので、実質二個お持ち帰り出来るのだが、このブローチ専門店は、なんと、イブメリア当日までに全てのブローチを売りきってしまい毎年デザインが変わるらしい。

それを知ったネアは、追い詰められた獣のように商品棚の前を行ったり来たりしてしまう。



他のお客達も同じ様子になるくらいの人気店なので、売り切る為の努力をせずともイブメリアの日いっぱいまでで殆ど売り切れてしまうのだが、もし残ったものがある場合は孤児院にも配られると聞き、ネアはすっかり感心してしまった。



リノアールでは毎年、祝祭明けの安息日に、売れ残ったイブメリアの商品の中から人数分の贈り物を選び出し、各孤児院に納めているのだそうだ。


イブメリアの品物には祝祭の魔術が宿るので、この店のブローチのように、都度売り切ってしまい、まだ翌年にはその年のモチーフで作り直す品物も多いらしい。


孤児院に届けられるのは、祝祭明けになってしまうのだが、その美しさで子供達への特別な贈り物になるのだ。



(祝祭の日の朝にはリーエンベルクからの贈り物も貰えるから、孤児院の子供達には、毎年二個の贈り物が贈られるのだわ……………)




「これにします!」



今年のネアが選んだのは、飾り木の下で狐が丸くなっているブローチだった。



色合いといいとても銀狐感があるので、身内としては放っておけないし、飾り木の部分の色付けが堪らなく好みで目に留まったのだ。


なお、眠る狐の横には飾り木の上にある筈の星飾りが落ちていて、銀狐が悪さをしたに違いない構図のあたりでもうムギーという鳴き声が聞こえてきそうな気がする。



「……………これにしようかな」

「まぁ、ディノの選んだブローチもとっても素敵ですね!赤い結晶石がついていて、なんて綺麗なのでしょう」

「君はホーリートが好きだからね」

「ええ。とっても大好きなので、このブローチを見ていると幸せな気持ちになってしまいます………」



ネアは、ブローチの額縁にこの二つが増えることを考えただけでわくわくしてしまい、丁寧に包装されたブローチがイブメリアの絵柄の紙袋に入れられると、どこか誇らしい気持ちにさえなった。


結局同じところに飾られるのだが、お互いのものを買って交換するので、ディノも水紺の瞳をきらきらさせて嬉しそうに商品を受け取っている。



贈り物に同封するカードや、ダナエ達やトトラに渡すイブメリアの贈り物。

ほこりには、アクス商会に注文済みの祟りものの詰め合わせに添える嘴磨きを買い、我慢出来ずにイブメリア限定のいい匂いのするハンドクリームも買ってしまった。




そして、今年のリノアールのイブメリアカラーのボールを衝動的に買ってしまったのは、ネアだけではなかったらしい。


銀狐は、結果として同じボールを五個も貰ってしまい、契約の人間を思わせる配色のボールは大切に運用するようだ。

今遊ぶ用と保存用に分けると話してくれたのが人型の塩の魔物だったので、ディノは、どうしていいのか分からずにおろおろしてしまっていた。



なお、エーダリアの執務机には、観賞用にした一個がててんと飾られている。









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