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毛皮の乙女と見知らぬ訪問者




「まぁ、私にお客さまなのですか?」

「はい。ちょうどこちらに来ていたダリル様から、ネア様は一度お会いしておくようにと伝えるよう言われまして………」



その日、ネアに来客のお知らせを持ってきたのは、まだ席次がないという若い騎士だ。


金髪の人の良さそうな青年がたいそう恐縮しているのは、ネアの肩の上にはちびふわが、足元には銀狐がいるからだろう。

なお、見えなくなってしまっているが、胸元にはムグリスな伴侶も入っている。


別にこれはネアが荒ぶって魔物達を毛皮にしてしまった訳ではなく、むくむくの毛皮で伴侶を癒していた魔物と、たまたまボールを持って遊びにきた魔物、そしてリーエンベルクのどこかで悪さをしたのか、またしてもちびふわにされた魔物が偶然揃ったのである。



「むむ、ダリルさんの推薦なのですよね?」

「よく分からないだろうけれど、会っておけば分かるから、まずは会おうかとのことでしたが……………」

「まさしくダリルさんなお言葉ですね。そして、ダリルさんの見立てであれば、きっとお会いしておくべき方なのでしょう。ご案内していただいてもいいですか?」

「お休みのところ、申し訳ありません」



ネアが承諾するとほっとしたのか、青年騎士はふにゃりと緩んだ微笑みを見せた。

貴族の家の子供なのか、美しい所作と少しばかり打たれ弱そうな繊細さのある騎士の姿に、ネアはこっそり心の中で首を傾げる。



(……………リーエンベルクに、こんな騎士さんはいただろうか?)



確かにネアでもよく知らない騎士はいるが、全く見覚えのない騎士はさすがにいなかった筈だ。

同じ敷地内で暮らしている訳だし、少し前迄はヴァロッシュの祝祭に向けての練習などもあり、度々集まっている姿も見ていたように思う。



そんな騎士達の祝祭であるヴァロッシュの祝祭は、昨年のものが大幅に遅れた結果、今年のヴァロッシュまでの期間が短くなり、先日まで騎士達をとても絶望させてきた。



当初は少し時期をずらして夏の終わりに開催される予定であったが、そんな中、エーダリアが夏夜の宴に巻き込まれる一件があり、その後にもお祝い嵐や武器狩りと厄介な出来事が続いたことから、今年のヴァロッシュは見送りとなった。


それを申し出た騎士達はさぞかし落胆しているのだろうかとネアがしょんぼりしていると、ゼノーシュが、延期を満場一致で決めたのは騎士達自身であると教えてくれた。


ウィームに仕える騎士達の多くが、あまりにも準備期間が足りない事に慄いており、幸運にも重なった本来の職務である騎士業の忙しさを理由に、これ幸いと祝祭の開催が伸びたことにこっそり安堵しているらしい。



(でも、そう思うのも尤もだわ。御前試合で今年こそは一人でも多く勝ち抜けたいと思っていた人達は、入念に鍛錬がしたいだろうし、人形劇に出る騎士さん達は、子供達の容赦のない批評に心を折られないよう、完璧な仕上がりで挑みたいのだろうから……………)



何しろ人形劇の人形は手作りなのだ。

騎士としての仕事をしながらそのどれもをこなすとなると、やはり準備期間が一年は欲しいというのが騎士達の本音だろう。



しかし、騎士達に負担のある催しであればなくせばいいのではないかと一概に言えないのも、ヴァロッシュが祝祭だからこそである。



また、御前試合や人形劇のどちらにも、毎年参加を楽しみにしている騎士やお客がいる。

ましてや、この祝祭が若手の騎士達や適年齢期のご令嬢達にとっての格好の婚活市場でもあるとなれば、ヴァロッシュの祝祭はウィームの伝統として今後も残り続けるのだろう。



そのような側面を踏まえ、今回、ウィームでは特例措置が一つ設けられた。

ヴァロッシュの祝祭に男女の出会い的な楽しみを持つ者達にとっての一年は長かろうと、今年に限り、騎士達の交代制領内巡回研修が考案されのだ。


ウィーム領内の大きめの都市や要所などから五箇所を選出し、各地から数人ずつの騎士達を交代でその中のどこかの土地に派遣し、一泊滞在の研修とする。


人員の組み合わせを緻密に計算した上で回すので、騎士達にも滅多にない経験が出来るだけでなく、土地の者達との交流も可能になる。


人員の入れ替えで警備の穴などがないように調整された結果、各騎士達の研修日程は公表されており、ご令嬢達はお目当の騎士のいる街に、交流会のチケットを買って遊びに行くのだとか。


交流会のチケットの売り上げは各土地に落とすので、それぞれの土地にとっては思わぬ臨時収入にもなる。

また、土地の騎士達はリーエンベルクの高位の騎士達の知見も得られるのでと、準備に一手間かかるもののどの土地からも歓迎の声が届いていた。




しかし、その施行は週明けからだと聞いている。




(……………その、試験運用という訳でもないと思うのだけれど……………)



前を歩く騎士の背中を見ながら、ネアはまた心の中で首を傾げた。


足元を歩く銀狐もどこか不審そうに見ているし、肩の上のちびふわは爪を立てるのはやめて欲しい。

胸元のムグリスディノには、念の為に今は隠れていて貰うことにした。



「ネア様は、王都やガーウィンには行かれないのですか?」



こつこつと歩くのは、騎士棟に併設された、外客用の施設への道だ。

廊下に並んだ窓からは、陽光の少ないウィームの冬に近しい曇り空の日の光が床に落ちている。


そして不意に、見慣れない騎士はそんな事を尋ねた。


おやっと目を瞠り、ネアは周囲を固めてくれているふわふわした毛皮の護衛達の表情を窺う。


時として、問いかけ自体が罠である場合もあるので、不審に思った相手からの質問には用心したいところだが、幸いにも今回は問題なさそうだ。



「観光でと言う事でしょうか?或いは、お仕事でという事ですか?」

「いえ、国の歌乞いですから、そちらに拠点を移す事はないのかなと思っていたんです。ネア様の資質があれば、本当はアリステル様を凌ぐほどの功績を上げる事も可能なのでは?」

「それは、さすがに買い被りというものだと思いますよ。私は可動域が低いので、日々のお薬の精製を手伝うのがやっとですし、今のように暮らせているのは、この環境だからこそなのです」

「そうでしょうか?あなたはご自身が思っているよりも、才能のある方だと思います。王都に行けば、より多くの者達から賞賛されますし、ガーウィンならば、聖女として、より多くの人々を救う活動の手助けをして貰えるでしょう」



前を歩く騎士がこちらを振り返れば、誠実そうな水色の瞳には、どこか気遣わしげな表情を浮かべている。


その眼差しの問いかけには、まるで、ネアが不当にウィームに留め置かれているかのような作り物の同情が垣間見え、到底純真無垢とは言えない心根のネアは、思わず失笑してしまいたくなった。



「政治的な評価にも慈善活動にも、私は、さっぱり興味がありません。身の丈に合った望みしか抱かないのだと言えば立場的に触りは良いですが、有り体に言えばそのような場所で活動する為の、根本的な資質が私にはないのです。私はとても我が儘な人間で、欲しいものがとても極端なのでしょう」

「僕としても、地位や名声だけの為にとは申しませんよ。あなたが身に持つ責務として、もしくは、あなたがより良い人生を送れる場所として、そのような選択肢もあるのではないかなと不思議に思ったまでです」




(……………この人は、親切めかして随分と上から物を言うのだな……………)



ネアは、さもお辛くはありませんかと言わんばかりの無害そうな顔をした騎士にそつなく微笑み、さて、これはどこから来た誰なのだろうと考える。


ダリルからの伝言を伝えてくれた事は、何となくだが嘘ではないような気がした。


実際にこの時間はエーダリアとの打ち合わせでリーエンベルクに来る予定であったし、あの言葉の選び方はまさしくダリルという感じがする。



(となるとこの人は、ダリルさんが敢えて泳がせている?もしくは、ダリルさんと面識があって騎士のふりをしていられるような人なのかもしれない……………)



既に、リーエンベルクにこんな騎士がいただろうかという考えは捨てていた。


言動や思想からして、このような人物はリーエンベルクの騎士には居ない筈だ。

ウィーム領主の館として機能するリーエンベルクだからこそ、その思想にはわざと偏りを求められる。


ウィームを最善とし、その財産を守ろうとしない騎士は、リーエンベルクにはいないのだ。



(リーエンベルクの騎士さんならば、私がこの場所で暮らしている事の重要さを知っている筈だ。私がここにいるからこそ、ディノがいるのは変えようもない事実だし、その結果、私自身に特筆するべき力がなくても、この土地に恩恵を齎している事になる)



であれば、ヴェルリアかガーウィンの者だろうか。


どちらにせよ、午前の仕事を終えてホットワインでも飲みながら市場に買い物に行こうかなと思っていたネアの時間を磨耗するには、不愉快な訪問であるのは間違いない。



でもダリルから回ってきた以上は仕事の範疇なのだろうと、ぐぬぬと眉を寄せつつ、ネアは立ち去りたい気持ちを何とか堪える。


短慮な振る舞いをして、自分や家族の首を絞めるのだけは御免なのだ。



「私の責務と仰るのなら、先代の歌乞いさんの後にその役目を引き継いだ私に求められるのは、どのような思想であれその旗印にならず、国を混乱させない当たり障りのない存在でいることこそでしょう。そして、私の人生を案じて下さるのであれば、私は私が望まない事などしないのだと思っていただければ結構です」

「……………あなたは、そのように生きていて、虚しくはなりませんか?」

「まぁ、何て失礼な問いかけでしょう。私は私の望みを理解し、ここで充足した暮らしと大切な家族を得て満足しております。あなたがどのような立場の方であれ、初対面の乙女の心にずかずかと踏み込むのは失礼だとご理解された方が宜しいでしょう」

「……………あなたの望みなどは関係ないと、誰かがそう望んだとしても?」



その声音には、ほんの僅かに人ならざる者の傲慢さが滲んだ。


ネアは小さく溜め息を吐き、立ち止まって青年騎士をじっくりと見据える。



「私がここで暮らしているのは、それが最も相応しい扱いだからです。あなたはご存じないのかもしれませんが、人間は生来身勝手で歪んだ生き物なので、ぴたりと嵌まらない場所に移し替えられると、そこにある仕組みを軋ませて壊してしまうことも多いのですよ」



そう言ったネアに微笑みを深め、こちらを向いて立った青年は、胸に手を当てて優雅に騎士の一礼をする。


先程までの育ちの良さそうな純朴さは剥がれ落ち、そこにいるのは、成熟した一人の美しい騎士、それもどこか磨き抜かれた清廉な剣の輝きを思わせる人であった。



「どうして、僕が人間ではないと気付きました?これでも、王宮では誰にも気付かれた事がないのですが」

「あなたの問いかけは、とても意地悪なようで整い過ぎたものばかりでした。もし、人間が同じ目的の上で質問を選ぶのなら、そこにはもう少しべったりとした思惑が滲みますから」

「……………ふむ。意地悪を言うには淡白過ぎたのかな。そして、レディ。ご不快な言葉を重ねましたことをご容赦下さい。これでも、僕なりに仕事をしていたつもりだったんですよ」

「そうだったのですね。では、必要な答えはもう得たのでしょうから、そろそろお帰りになっては如何ですか?」

「おや、冷たいですね。それに、どうして僕が必要な答えを得たと思うのでしょう?」

「そうでなければ、あなたは私の問いかけをのらりくらりと躱し、まだ質問を続けた筈です。出口が分からなければ、ご案内いたしましょうか?」



冷ややかにそう告げたネアに、陽光をよく集める金糸の髪を揺らして、騎士は柔らかく微笑んだ。


どれだけ整った優しげな微笑みを浮かべてはいても、その瞳は決して親密ではない。

今はもう人外者らしい酷薄さが際立ち、瞳の色も、いつの間にか澄んだ青緑色になっていた。



「僕にそんなにつれ無くしてしまってもいいのですか?不愉快に思いながらも質問に答えていたのは、ご自身の立場や、ウィーム領主の立場を慮ってのことでは?」



どうやらこの客人はまだ帰らないらしい。


重ねられた問いかけに半眼になってしまったネアにくすりと笑った騎士に、足元にいた銀狐がムギーと怒りの声を上げる。

肩の上のちびふわも、尻尾をけばけばにしてふーっと唸っているが、こちらはやはり肩に爪を立てないで欲しい。



「私はとても排他的な人間なので、人間の組み上げた政治の仕組みについては詳しくありません。王族の方々や貴族の方々などの様々な人達の、複雑怪奇な均衡を崩さないように振る舞うので精一杯です。………ですが、あなたが人外者さんであれば、そもそもが外的な要因なので、もしもの時はこっそり闇に葬れば良いだけですから」

「……………もしかして君は、僕が邪魔になった場合は、口封じすればいいと思っているのかな?」

「あなたが、私が大切だと思う方々にとっての必要な存在でなければ、時と場合に応じてそうします。ほら、人間はとても身勝手な生き物でしょう?」



少しだけ口ぶりを変え、騎士はどこか思案深くネアを見つめた。


もし、乙女や子供達の理想の王子様や騎士の姿があるのだとすれば、それはこんな姿をした人ではないのだろうかと思わせる面立ちに、僅かに面白がるような気配が揺れる。



「……………多くの国の王宮にもまだ、僕達のような者達を、なぜか人間の価値観で治めようとする人間が多い。君は、人外者の扱いにはかなり慣れているようだ。……………それに、ウィームやエーダリアの足枷にもならなさそうだね。……………うん。合格かな」



そう言ってにっこり微笑まれても、勝手に試験を受けさせられていたらしいネアは、むしゃくしゃするばかりであった。


凍えるような目で一瞥し、お帰り下さいと重ねて言えば、騎士は少し困ったように微笑んで周囲を見回す。



「…………ダリル、もう出てきてくれるかい?僕は随分と嫌われてしまったようだ。ここで、不審者として追及されても、真面目に執務をしているエーダリアに迷惑をかけるからね」

「……………やれやれ。言っておくけれど、ネアちゃんに嫌われると、そうそうここには来れなくなるよ」



ネア達がいるのは騎士棟の廊下なので、リーエンベルク敷地内でも、転移は比較的自由な場所だ。

けれども、どこからともなくふわりと姿を現した緑色のドレス姿の妖精は、きっと、ずっと近くにいたのではないだろうか。



「それは困ったな。武器狩りの事後処理で、もう何回かこちらを訪れる予定なんだ。何とか取り持ってくれないか?」

「嫌なこった。自分でどうにかしな。…………ネアちゃん、こいつはこれでも王都の騎士団長様なんだ。とは言え、もう気付いただろうけれど人間じゃない。でも、人間じゃないことを知っている者はあまり多くないから、くれぐれも内密にね」

「……………むぅ。お会いしておくべき理由があるのなら、もっと普通に引き合わせて欲しかったです。そして、あまり仲良くなれそうにありません」

「はは、あまりにも警戒されると、いっそ手懐けてみたくなるな」

「やめておきな。他の魔物達に殺されちまうよ」

「そうだった。……………では、後でダリルを介して、正式な謝罪の品をお贈りしよう」



もうダリルもいるので、ネアは部屋に帰っていいだろうかという顔になってしまったが、もう少しだけこの客人との時間は続くようだ。


不用意な発言を受け、胸元に押し込まれたムグリスディノがむちむちと体を強張らせているので、早く部屋に帰って宥めてやりたい。


さてとと笑ったダリルは、書架を離れてもはっとするほどに美しい妖精だ。


ヒルドの清廉な美しさとはまた趣を変え、その手の嗜好のある男性が、一度でいいからこのような美女に破滅させられてみたいと思うような絶世の美女ぶりである。


現ウィーム領主とこの代理妖精は不思議な組み合わせにも見えるが、このダリルがいるからこそ、ウィームの堅牢さは保たれているという部分も大きい。



「ネアちゃん、こいつと引き合わせたのには理由があってね。これまで、あの馬鹿王子の会の連中は、バンルしか紹介出来ていなかっただろう。これも幹部の一人だから、紹介しておこうと思ったんだよ」

「む。エーダリア様の支持者の方であれば、少しばかり評価を見直します」

「王都時代からの筋金入りだ。とは言え、その資質が歪みなさ過ぎて、王都でのエーダリアに手を貸してやるような真似はしない堅物だったけれどね」

「むむ、上げた評価はもう少し下げます」

「ウィームでは大規模な戦闘があったばかりだろう?それなのに今回は、死者が出なかった。過剰な戦力を隠していると勘ぐる貴族達もいるから、こいつは、王都からの中立な調査の目としてこの土地に不安要因がないか、そして個人的にはウィームにあの連中を手引きした奴がいないのかを調べに来たのさ」

「だから私に、ウィームの不利益になるような野心がないかを聞き出そうとしたのですね?」

「まぁね」



僅かに苦笑した騎士を見て、ずっと誰かに雰囲気が似ていると思っていたネアは、漸く該当人物に思い至った。



(そうか。ロサさんに似ているのだ……………)



となると魔物だろうかとも考えたが、残念ながら擬態が巧み過ぎてそこまでははっきりとしない。

眉を寄せて凝視すれば、困ったようなお兄さんめいた年長者顔をするので、また少しだけむしゃくしゃする。



「……………彼は、剣の魔物のひと柱だ。まさかヴェルリア王家に居たとは驚いたな」

「ウィリアム?!」



不意に後方からかかった声に、振り返ったネアはぱっと笑顔になった。


ムギーと弾んだ銀狐が、あんなやつはやってしまえと言わんばかりに足踏みしている。

なお、肩の上のちびふわがさっとネアの髪の毛の中に隠れたのは、不注意でちびふわになってしまった事が恥ずかしいのかもしれない。



「ウィリアムさん!お仕事はもういいんですか?」

「こちらは少し落ち着いたところだ。クッキーの誘いを貰っていたし、冬告げの舞踏会の打ち合わせをしておきたいからな」



さり気なく隣に立ってくれたウィリアムが、ネアを、ふわりと広がったケープの内側になるような絶妙の場所に入れてくれる。


この立ち位置だけでもう、こちらの関係をある程度理解させる効果があるのだろう。

こちらを見た剣の魔物も、さすがに終焉の魔物が出てくるとは思わなかったのか、苦笑いしてしまっている。



「……………参ったな。ウィリアムがここにいるとは思わなかった。ダリル、まさか彼女の契約の魔物はウィリアムではないよね?」

「さぁねぇ。そうだとしても、そうではなくても、ネアちゃんとは仲良しだよ。もしこれがウィームの過剰戦力なら、中央に報告するかい?」

「いや、さすがにこれは出来ないだろうな。或いは、ここまで来るとバーンディア王は知っているような気もするが……………」

「あの王であれば、俺がウィームと縁深いのは承知の上だろう。オフェトリウス、またその枠組の中でしか働いていないのか」

「はは、寧ろそれ以外のことをしても面白くないよ。僕は、一介の騎士に過ぎない訳だからね」



このやり取りは何だろうと首を傾げたネアに、ウィリアムが簡潔に説明をしてくれた。



「彼は、人間の組織の中で暮らす場合には、役割に見合った以上の事には手を出さないんだ。騎士として暮らすのであれば、その役割を逸脱するような振る舞いはしなくなる。使い手に応じた働きをする剣の本分でもあるが、こう言う場合は状況を把握しないから面倒だな」

「余程の暇を持て余しているとしか考えられません」

「うーん、そうかもしれないが、一言で言うなら彼の趣味だな」

「フキュフ……………」

「むむ、ちびふわは早くここから帰りたいのですか?」

「フキュフ」



目の前でにこにこ微笑んでいるオフェトリウスなる名前の魔物が気に食わないのか、髪の毛の中から、ちびふわな魔物が抗議の声を上げた。


ネアはこれを利用しない手はないとずる賢く立ち回り、ダリルの方を振り返る。



「ダリルさん、私はどうやらこの方の面接には受かったようなので、そろそろ失礼させていただいても宜しいですか?お客様というのは、この方のことなのですよね?」

「うん。もういいよ。騒がせてすまなかったね。もう一つ付け加えておくと、こいつはこれでもうちの馬鹿王子とグラストの剣の師の一人でね。害にも毒にもならない代わりに、助けにもならないちょっとした事情通だと思えばいいよ」

「ふむ。確かにこうして一度ご対面しておけば、どこかでお会いしてむしゃくしゃして滅ぼしてしまうこともなさそうです」

「困ったな。僕は余程嫌われたらしい」



オフェトリウスはそう笑っていたが、やはりネアとしては初対面の心象はとても悪いと言わざるを得ない。

相手は騎士団長としての仕事を全うしたに過ぎないのだとしても、かけられた問いかけは腹立たしいものばかりだったのだ。




「それは、そのような思想がやはり王都にはあるのだろうと思うからなのですが、それでも心の狭い私はむしゃくしゃするのです」

「まさか、オフェトリウスがまだ存命だとはな。グレアムと話しておかなかったからこそなんだが、もう代替わりしているとばかり思っていた」

「むむ、亡くなっていると思われていた方なのですか?」

「うん。グレアムが狂乱した時に、剣の魔物も壊してしまったからね。土地柄それがオフェトリウスだと思われていたのだけれど、どうやら別の者だったようだ。………彼が生きていたとは、私も思わなかった」



そう聞けば、知らずに生き延びていた警戒するべき魔物なのだろうかと思ってしまうが、特に深い思惑ではなく、今回のように人間の国の中に入り込んで暮らしていただけだろうと言うのが魔物達の考えだった。


剣の魔物は道具から派生した魔物なので、誰かの臣下として過ごしている間は、完全な擬態を可能とするという特殊な固有魔術があるらしい。

ただし、その固有魔術は、彼が私人となる休日には適用外となるのだとか。



「となると、相性が良くない以外にはあまり危険のない方のようなので、どこかでお会いしても心配しなくていいお相手なのですね?」

「いや、オフェトリウスには用心してくれ。あの通り、柔らかい印象の男だが、かなり老獪な魔物の一人だ」

「なぬ………」

「それと、本人はいたって普通にしてはいるが、武勇に秀でた者が慕われることを特性とし、異性を惹きつける資質を持つ魔物でもある。ネアは大丈夫だろうが、それでも少し心配にはなるからな」

「……………好きではありません」

「オフェトリウスなんて……………」



ディノはすっかり荒ぶってしまって椅子になるし、ちびふわも荒ぶってけばけばになっている。

両肩を掴んで真剣な眼差しのウィリアムに顔を覗き込まれ、ネアは悲しく首を横に振った。



なお、エーダリアの執務室に駆け戻っていった銀狐は、エーダリアの契約の魔物として、剣の魔物をとても威嚇したようだ。

騎士棟では、久し振りの剣の師との再会を喜ぶグラストの横で、とてもぴりぴりしているゼノーシュの姿も見られたらしい。



(……………でも、ウィームでは、武器狩りで死者が出なくて良かったと、単純に喜べないような側面もあるのだわ……………)



今更ながらにそんな事を理解し、ネアは、ウィリアムとの約束のクッキーパーティをした。


今夜は泊まれると意思表示をした結果、バタークッキーを少し貰えたちびふわは、すっかり酔っ払ってしまったので、ネアの冬告げの舞踏会のドレスの試着を見てよれよれになってしまったのがディノだけで済んだのは、幸いだったのかもしれない。






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